第239話 自粛の余波

「さあ! 選りすぐりの美少女アイドル、グラビアアイドル、タレント、セクシー女優、女優。どなたとでも、食事会、お酒の席、デート、夜の時間もセッティングしますよ。古谷さん、お希望の方は?」


「……ええと、ガンソードのヒロイン、ミュールがこの世に実在するのなら!」


「……さすがにそれは無理です。あなたは噂どおりの人ですね」


「まあね」


「奥さんは全員若くて美人ですからね。他の女性に食指が動かないのも理解できます」


「俺、あまり芸能人を知らないし、興味も薄いから」


「ですよねぇ……。とはいえ、男は時に未知の女性に興味を抱くもの。一度くらい、お茶や合コンくらいいかがですか?」


「パス」


「揺るぎませんねぇ。だから世界一の冒険者なんでしょうけど……」





 取引先の紹介で、アテンダーと呼ばれる人と話をしていた。

 彼は、セレブな男女に好みの女性、男性芸能人を紹介してくれるそうだ。

 そんな人に、『アイドルと密会しませんか?』と誘われる俺は、思えば遠くに来たものだと思ったが、困ったことに全然興味がない。

 飲み会や食事に呼べるアイドルなどの写真を見せてもらったけど、イザベラたちと比べるとなぁ……。

 なにより俺は、品行方正にしていても、週刊誌に何度も嘘のスキャンダル記事を書かれている男だ。

 そのアイドルや女優ともの凄く会いたいってこともないので、俺にその手の紹介は無用だな。


「最近、冒険者のお客さんも増えているんですが、古谷さんがその手の席に参加したって話は皆無だったのもので、試しに営業をと思ったものでして。いいお客さんになってくれたら最高だったんですけど……」


「へえ、冒険者も利用しているんだ」


「売れっ子芸能人、財界人のお客さんは減りましたからね。新規開拓ですよ」


 冒険者が荒稼ぎをして資本家になった影響で、その分割を食う、つまり没落した財界人は多かった。

 動画配信者に押されて、仕事が減った芸能人も多い。

 アテンダーである彼としては、冒険者の顧客を新規開拓したいのだろう。


「拳さんも、興味ゼロですしね。さてどうしたものか……」


 剛は、奥さん以外の女性に興味がないからなぁ。


「他の冒険者に当たるしかないだろう」


 高レベル冒険者たちに、密かに女性、男性をあてがう。

 『倫理的にどうなんだろう?』って思わなくもないけど、常に需要はあり、呼ばれるアイドルやせセクシータレントも高額のギャラを貰える。

 自ら望んで参加しているわけで、俺には止める気も、その権利もなかった。


「古来より、この手のお仕事の需要は減らないってね。仕事差し障りがなかったらいいんじゃないかなって」


「私の仕事は必要悪の類いですからね。そこをご理解いただけたら」


「利用はしないけど」


「古谷さんは揺るがないですね。さすがは、世界一の冒険者にして、資本家なだけのことはある」


「面白味のない男さ」


「私は望む人にしかアテンドしないので、望まないのであれば無理強いはしません。無理に押し付けても、トラブルの元ですから」


 この男、そこは弁えているのか。

 というわけで、俺はアテンダーの誘いを断ったのだけど、この件はこれで終わりだと思っていたのに、まさか予想外のトラブルに巻き込まれてしまうとは、想像すらつかなかったのであった。






「『爛れた冒険者たち! 高レベルがゆえの傲慢  深夜のご乱行パーティー!』ねぇ……」


「社長、これは社長にも影響大なのだ」


「俺が? さすがに、こんなパーティーに参加していない俺は関係ないでしょう」



 翌週の週刊誌にスクープ記事が出た。

 高レベル冒険者たちが、アイドルやら、タレントやら、セクシー女優やら、その卵たちとご乱行に至っていたという内容だ。

 『別によくね?』って俺は思ったんだけど、その中に無理やりパーティーに参加させられたというアイドルの卵(未成年)がいたことで、大騒ぎとなった。

 他にも、高レベル冒険者たちの大半が妻帯者であることも問題とされた。

 週刊誌のスクープって、大手マスコミはスルーすることが多いのだけど、今回は叩く対象が冒険者だけとあって、連日ワイドショーなどで報道されてしまう。

 世論は、既婚者で稼いでいる高レベル冒険者の不祥事を盛大に批判した。

 冒険者のせいで仕事がない……そう思っている人たちは、殊更深夜のご乱行パーティーに参加した高レベル冒険者たちを強く批判しており、すでに誰が参加していたのかバレていたので、その高冒険者が持っている会社のメールアドレスや、SNSのDMは抗議のメッセージでいっぱいだという。


「なんか俺も、批判されてて草」


 なぜか、そのパーティーに参加していない俺も批判されていた。

 その理由は、俺が高レベル冒険者たちを批判しないからだ。


「仲間同士で庇い合っているってさ」


「間違ってなくて草」


「まあ、間違ってはいないか」


 ただ俺は、学校の生活指導担当教師じゃないんだけどな!

 それだけでも大迷惑なのに、これから俺はもっと大変になってしまう。




「ご乱行パーティーに未成年が参加していたから、警察が捜査するんだと」


「警察も無視できないからね。下手に高レベル冒険者たちを庇うと、『警察は金持ちの味方か! 上級国民云々』」って批判されのだ」


 そしてその影響で、多数の高レベル冒険者たちが、なんとダンジョンに潜らなくなってしまったのだ。


『私は今回の不祥事を反省すべく、無期限ですべての活動を中止します。大変申し訳ありませんでした!』


「きゃーーー!」


 広告を外した自分の動画チャンネルで、無期限の活動中止を発表する高レベル冒険者と、コメントに『二度とダンジョンに潜るな!』、『動画を投稿するな!』と書き込む視聴者たち。

 結局、例のご乱行パーティーに参加していた高レベル冒険者たち全員が、すべての活動を自粛してしまった。

 そしてその事実を知り、俺は女性のような悲鳴をあげる。


「ざけんな! 深い階層で手に入るモンスターの素材、魔石、鉱石、ドロップアイテムはどうするんだよ!」


 ようやく冒険者の平均レベルが上がってきて、これらの品が不足することがなくなったのに……。

 というか、世界が発展しながら続くには、高レベル冒険者たちがダンジョンから手に入れてくる、これらの品が絶対に必要であった。


「綺麗事だけで世の中は回らないのに!」


 確かに高レベル冒険者たちの行動には問題があったかもしれないが、活動を自粛させんな!

 すぐにタプレットで確認すると、すでに彼らが手に入れていた深い階層で手に入る品が大幅に値上がりしていた。

 こんなに大勢の高レベル冒険者たちが活動を自粛すれば、足りなくなることは明白だからだ。

 そしてその影響は、当然俺にも……。


『ホワイトドラゴンの皮が足りないんです。最近では、最先端の素材としても注目を集めてまして、需要が増えていまして』


『同じく、アルティメットスライムの体液は、再生医療の培養液として大量に必要でして……』


『ボーツツリーの枝は……』


「だぁーーー!」


 どうにかそれらの品の相場を安定させてほしい人たちは、俺にそれらの品を沢山獲ってきてくれと依頼してきた。

 それも大勢だ。

 プロト1が対応しているのでパンクしていないが、古谷企画に大勢から連絡が入っていた。


「休みがなくなるぅーーー!」


「このままだと、社長のお休みは消滅なのだ。それでも休みなく語らけば、自粛した高レベル冒険者たちの穴埋めになるのはさすがなのだ」


「俺の心情を考慮してくれよ」


「無理なのだ」


 俺は結婚前、イザベラたちと付き合っていただけで週刊誌に叩かれるし、今もご乱行パーティーに参加してないのに、大きな負担を強いられようとしている。

 正直、なんなんだって思ってしまうのだ。

 

「それで、彼らの自粛はいつあけるんだ?」


「社長、さすがにオラにもわからないって」


「だろうな……」


 さすがのプロト1にも、わからないことはあるってことだ。


「自分たちの生活を支えている高レベル冒険者が、不道徳なことをしたら許せない。だけど、彼らが自粛したせいで世の中が不便になったり、物価が上がれば文句を言う。たまにやるせなくなりますけど、まさか我々冒険者が支配者になんてなりたくないからね」


「ですよね」


「私もまっぴらゴメンだよ。常に選挙のお誘いはあるけど」


「岩城理事長なら当選しそうですね」


「するだろうけど、政治家になんて微塵も興味ないから。古谷君こそ、お話がいっぱいあるでしょう?」


「ありますけど……」


 俺はまだ二十五歳になっていないので、あくまでも将来はって話で、政治家に立候補しないかって話がきている。

 絶対に嫌だけど。


「古谷君が政治家になったら、今でもこの様なのに、深い階層から得られるものをどうするんだろうね?」


 まったく、岩城理事長の言うとおりだ。

 高レベル冒険者たちをこんなくだらない理由で活動自粛に追い込んでしまうのに、俺が政治家なんてやれるわけがない。 


「俺も政治家になんてなりませんよ」


 他の冒険者は、まだ国会議員はいないけど、地方議員と兼任の人は増えていた。

 結局選挙って人気投票になりがちだから、高レベル冒険者で動画をいっていれば割と簡単に当選できてしまうからだ。

 中には、『議員を減らしてAIで政治を行う!』なんて公約を掲げていた人はいたなぁ。


「若い冒険者が議員になることで、地方の発展が進めばいいよねぇ」

 

 大半は、田舎の年寄りたちから『変化はまかりならん!』と抵抗されて終わりだろうけど。


「しばらくは在庫を放出しつつ、しばらくはイザベラたちとパーティを組み続けて、産出品の価格安定を保ちますよ」


「申し訳ない。私はレベルが上がっても戦闘には向かないから」


 そういうスキルなので仕方ないし、もし今岩城理事長にダンジョンで死なれると、俺が死んだ以上の混乱が起こるので、後方支援に徹してほしい。


「ダンジョンから色々と産出したあとは、すべて岩城理事長にお任せしてますから、そこで負担が増えたのは俺と同じですからね」


「高レベル冒険者の中には生産職の人もいたから、私もとばっちりで大忙しだよ」


 自粛の波は、生産職の高レベル冒険者にも向いていた。

 色々と影響が大きいので自粛しない方がいい……って親切な人が言うと、同調圧力に晒されて批判されてしまうから、自粛に賛成した方が楽という結論に至ってしまう。

 そのあと、ダンジョンから産出する高品質品の不足や価格の高騰、製品やサービスの提供中止などのデメリットが発生するんだけど、その責任は高レベル冒険者を自粛させた自分たちではなく、お上が悪いと騒ぐのが定番だったりした。


「古谷君たちがフル稼働だと、レベリングも難しくなるねぇ。高レベル冒険者の自粛が早くあけるといいんだけど」


「あまり自粛期間が短いと、『反省していない!』って大騒ぎになるから、慎重に慎重を重ね……られると困る」


 だって、俺と岩城理事長が忙しくなるから。


 どうしても素材不足で世間が混乱しないことを優先なので、高レベル冒険者たちのレベリングはあと回しになってしまうだろう。


「ええ。とにかく、自粛期間はなるべく短く頼みますよ」


「田中総理に頼んでいるけど、限界があると思うなぁ」


 岩城理事長の予想があたり、ご乱行パーティーに参加していた高レベル冒険者たちの自粛は三ヵ月間にもい及び、その間俺と岩城理事長は休みゼロで対応することになった。

 儲かったといえば儲かったけど、『それよりも休みをくれ!』というのが俺の偽らざる気持ちだ。


「はあ……疲れたぁ……」


 これからはさらに深い階層の産出品が大量に必要になるというのに、こんなことぐらいで冒険者業を自粛させるな、としか思えない事件だった。 

 でもそれを言えば、俺が不祥事を起こした高冒険者レベル冒険者を庇っていると思われるのでなにも言えず、面倒な世の中になってしまったなと思う俺であった。










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