第238話 詐欺師

『いい未公開株があるんですよ。今買っておけば、数百倍も夢じゃないんです!』


『ゴーレムのレンタル事業に投資しませんか? これからますます需要が増えますから、オーナーになれば安定した収益をあげられますよ』


『不動産投資をしませんか? 仕事がなかなか見つからない世の中だからこそ、投資で収入を得る必要があると思います!』


『お祖父さん、オレ、オレ。実は会社のお金を横領しちゃってさ。逮捕されないようにするには、お金を振り込まないといけないんだ』


 このところ、詐欺事件が増えてきた。

 仕事がなくて不安を抱えている人たちを狙うケースが増えており、仕事がない若者が増えたからか、オレオレ詐欺の類いも増加傾向にある。

 大半の人たちは、たまにアルバイトをしながらベーシックインカムを貰いながら楽しく暮らしているというのに……。

 自分だけが無職なのは嫌なんだろうが、すでに60パーセントの人が無職なので、『みんなで無職なら恥ずかしくない!』と考える人が増えたのだと思う。

 ただ、いまた自分が無職なのが嫌、恥ずかしい。

 無職なので漠然とした不安を感じる人は一定数いて、だから投資詐欺に引っ掛かるし、ベーシックインカムだけでは足りないと、怪しげな起業話や詐欺に関わる若者は増えていた。

 ただ、彼らを取り締まる我々警察としては、今犯罪を犯すのはリスクが高いと思うのだが……。


「はぁ? 詐欺で懲役30年だと!」


「詐欺の罰則が上がったからな。お前は騙し取った金額がデカかったというのもある。裁判で情状酌量されたとしても、懲役20年は固いだろう。刑務所は広くて居心地いいものに次々と建て替えられているし、これからは個室が主流警務作業も色々とあるから、退屈はしないんじゃないか?


「ふざけるな! そんなの人権侵害だ! 弁護士を呼べ!」


「いいけど、お前、金あるのか? なかったら国選弁護人だけど、あまりやる気はないと思うぞ」


 弁護士も、AIとゴーレム、ロボットのおかげで余ってるからなぁ。

 経営が下手な弁護士は稼げず、国選弁護士を引き受けることが多かった。

 そんな弁護士たちから良質の弁護を受けることは難しく、なにより今回の刑法改正で、刑事事件の罰則が大幅に増やされたことを世論は大きく支持している。

 冤罪の可能性があるのならともかく、下手に人権派弁護士を気取って犯罪者を養護すると世間に叩かれるので、大半の国選弁護人は量刑をいかに少なくするかが大きな仕事となっていた。

 特にこいつの場合、遊ぶ金欲しさに数億円を騙し取ったので、世間からの同情は皆無だろうな。

 中には、『貰っちゃう女子』を名乗ってオジさんからお金を騙し取った女性詐欺師が、なぜかネットでは擁護されるという謎現象も発生しているけど。

 そんなに可愛い子じゃなかったけど、あの子も二十歳ソコソコで懲役30年を食らっていた。

 可哀想ではあるが、ベーシックインカムのおかげで生活には困らないのだから、詐欺なんてしなければいい。

 しかし、詐欺師ってのはなかなか減らないものだ。


「被害額を弁済できれば、情状酌量がついてかなり量刑を減らせるが、そんな金持ってないだろう?」


 大半の詐欺師は、騙し取った金をすぐに使いきってしまう。

 被害者に全額弁済した奴なんて見たことない。


「刑務所内の作業報酬が上がって、仕事の種類も増えたとはいえ、服役中に被害額を弁済するのは難しい。刑務所に入ってる間のベーシックインカムと共に被害者への弁済に回せるけど、それでも到底足りないからな。諦めて、刑務所で働け」


「そんなバカな! 犯罪者を刑務所に入れるとコストが高いから、重罪じゃなきゃすぐに出されるって!」


「いつの話だよ。刑務所は今、辺鄙な場所に大規模なものが続々と建設中だし、刑務官不足もゴーレムのおかげで解消した。犯罪者は一人でも多く収容した方が社会も安定するし、世論も支持している。犯罪を犯すことがさらに大きなリスクになったんだよ。だいたい、数億円の詐欺なんて重罪だから」


「……」


「刑務所の待遇はよくなってるから、それだけが救いか。反省して罪を償うんだな」


 確かに詐欺師は増え続けていたが、捕まれば最低でも十年刑務所にブチ込まれると知れ渡れば減るだろう。

 さすがにゼロにするのは難しいだろうが……。




「なあ! たった一人車で轢いてしまっただけで、交通刑務所で十五年って! いったいどうなってるんだ? 弁護士が、『交通刑務所はいっぱいだから、あなたが懲役を食らうことはないですよ』って言ってたんだぞ!」


「その認識も古いんだよなぁ」


 刑務所の収容可能数が大幅に増やされたのに、交通刑務所だけ例外なんてあり得ないだろうが。

 以前は、大きな交通事故を起こして人を殺したのに、交通刑務所に収容されない人が多かった。

 悪質なひき逃げか、飲酒運転でのならともかく、過失で人を轢き殺してしまった場合、交通刑務所に収容されないことが多かったのだ。

 ただ、それを批判する世間の声は大きく、交通刑務所を増やし、交通事故で人を殺した人はよほどの例外を除けば、全員交通刑務所に入れられるようになった。


「交通刑務所に入れられたら、俺は会社をクビになってしまう!」


「それは仕方がないですね」


 失業者が多い世の中なので、この人の代わりに働ける人はいくらでもいる。

 会社としても、社用車で人を轢き殺した社員なんて正直クビにしたいだろう。


「しかも酒気帯びだったんでしょう? むしろクビにならない方があり得ません」


「労働者の権利を守れよ!」


 日本では、いまだに労働者をクビにしにくい法律が残っているが、さすがに刑務所に入れられた人はクビにできる。

 そのため、今ではパワハラという名の脅迫、暴行、セスハラという名の性犯罪、背任や横領をおこなった社員の告発が増えていた。

 以前は会社の評判を守るためという理由で隠されていたが、社員を選べるようになった会社が、わざわざそんな奴を雇い続けたくない。

 次々と告発され、刑務所に叩き込まれた。

 中には、『稼ぐ能力と人格のよさが比例する人は少ない。会社の経営のために、そういう社員でも我慢べき!』という意見も一定数あったが、そういう人格に問題があるけど有能な人は一人で会社を経営できるようになった。

 AIとゴーレムのおかげで、数少ない有能な人格者だけで会社が回るようになったので、人格に問題がある有能な人を、少なくとも潰れにくい大企業や公官庁に入れるメリットがなくなったともいえる。


「性格と行動に問題がある人は受難の時代ですね。諦めて、償いの日々を送ってください」


「嫌だ! 弁護士を呼んでくれ!」


「自分で雇いますか? それとも国選弁護人でしょうか? 警察がそれを止めることはありませんよ」


 警察でも、このところ町中に設置された監視カメラの数が大幅に増え、AIとゴーレムのおかげで仕事の効率化が進み、犯罪検挙率が上昇。

 逆に、冤罪率は低下しつつあった。

 これを監視世界といって批判する人もいるが、治安がよくなったのも事実で、こううのは要はバランスの問題だよなって思う。


「このワシが、贈収賄で懲役10年だと! 長すぎないか?」


「刑法改正に賛成したのは、宇垣先生ですよね? それなら仕方ないのでは?」


 政治家も捕まえやすくなり、このところ入れ替わりが激しくなった気がする。

 旧態依然とした政治家たちが、進化、効率化した警察と検察に次々と捕まっていたからだ。

 それでよく田中政権の支持率が下がらないなと思う人は多そうだが、捕まるのは旧態依然とした野党の議員も多かったので、自然と政治家の入れ替わりも進んでいる。

 刑務所の住民も……彼らは弁護団を雇って抵抗するから、もうしばらくは増えないか。


「悪いことをした人は刑務所に入れられる。当たり前の世の中になったってわけです」


「人権は?」


「当然ありますので、刑務所の生活レベルは上がってますよ。その法案に宇垣先生も賛成したのでしょう? 賠償でベーシックインカムや刑務作業を引かれない受刑者は、自由に買い物もできますし、食事の栄養バランスもよくて健康になれますよ」


 太鼓腹で、生活習慣病に悩まされている宇垣先生には朗報ではないだろうか。


「ワシは、刑務所になんて入らんぞ!  出所しても政治家に戻れないじゃないか!」


「そうとは言いきれませんよ」


 前科者でも、選挙に当選している政治家はいるからな。

 また政治家になりたかったら、出所してから立候補すればいい。

 当選できるかどうかは、保証の限りではないけど。


「裁判で逆転無罪になるといいですね。ご自慢のAI弁護団のお力で」


 金持ち、政治家は、その有り余る資産を用いて弁護団を雇うが、このところ人間の弁護士一人、AI弁護士十人なんて弁護団も出てくるようになった。

 社会が効率化された証拠だろう。


 昔から、逆転無罪になる確率は低かったけど、今は警察も検察も、AIとゴーレムの補佐できっちりと証拠を固めるから、やはり奇跡に近い確率だ。


「ワシを誰だと思っているんだ!」


「贈収賄で捕まった、元与党で今は無所属の政治家ですよね? 宇垣先生、明日の取り調べでもお会いしましょう」


「……」


 さあて、このところ警察官も人手不足が解消して労働環境が改善されたので、今日も定時であがるとするかな。






「ええと、もし古谷企画の未公開株が手に入ると言われたら、120パーセント詐欺です。古谷企画の株を上場する予定はありません」



 定期的に動画で言わないといけないのが面倒だけど、俺も有名になったものだ。

 M資金詐欺と並んで、古谷企画未公開株詐欺に騙される人が増えているのだから。


「なぜ何度注意喚起しても騙されるのか?」


「なかなか仕事がない世の中なので、投資で生きようとしている人は多いからね。それと人は、『あなたにだけ特別な儲け話がある』と言われると弱い生き物なんだよ」


「なるほど。岩城理事長はそんな話がきたことあるんですか?」


「それこそ数えきれないほどね。こういう詐欺って、割と有名な経営者でも引っ掛かるしね。M資金詐欺の頃からそんなものだよ。自分は優秀な経営者だから引っ掛からないって誤解するんだよ」


「なるほど」


 俺は、昔は学生だったからそんな話を持ちかけられたことがないし、冒険者になってからは、全部プロト1にシャットアウトされていた。

 そして今となっては、別に儲け話なんて必要なかった。


「古谷君の場合、百代かかっても使いきれない資産があるからね」


「岩城理事長もそうなのでは?」


「そうなんだけど、この前、資産家としても有名な冒険者が詐欺に引っ掛かってたよ。人間の欲望ってのはキリがないのかもしれないね」


「ですねぇ」


「社長、これ」


「ぶぅーーー!」


 プロト1が見せてくれたタブレットには、またも古谷企画未公開株詐欺をやった詐欺師が逮捕されているニュース映像が映っていた。


「何度警告してもこれだ……」


 さらに……。


「またメールが沢山きているのだ」


「またかよ。だから、詐欺師と俺は関係ないんだって」


 古谷企画未公開株詐欺に引っ掛かった人たちが、なぜか古谷企画が賠償すべきだと、定期的に連絡してくるのだ。

 『古谷企画の株式を上場する予定はありませんし、詐欺容疑で逮捕された容疑者と古谷企画にはなんら関係はありません』と、ゴーレムが事務的に返答していた。

 ここに人を配置したら、確実に精神を病むってプロト1が言ってたな。

 そういえは、コールセンターから人間はほぼいなくなった。

 人間がクレーム対応をすれば精神を病むリスクがあるので、コールセンターや電話番にAIとゴーレムを配置するようになったからだ。

 このAIとゴーレムのシェアは、90パーセント以上古谷企画とイワキ工業が占めているけど。

 おかげで、性質の悪いクレーマーのせいで心病む人はいなくなったけど、仕事がなくて病む人もいて、世の中にままならないものだ。


「人は貧すれば鈍するのだ」


 なけなしのお金を奪われ、ほぼ返ってこないことが確実だから、どうにかして取り戻そうと古谷企画にクレームを入れる。

 人間だなぁ……って思う。


「古谷企画は金があるんだから、そのくらい出してやれよって言う人もいるのだ」


 普段はワイドショーで、薬にも毒にもならないことを言っている芸能人や自称進歩系文化人に多い。


「まず実現なんてしないけど、詐欺に遭った人たちや、一定の人たちから支持されるのだ。『いい人戦略』の一環なのだ。いい人だと思われると、仕事が増えるのだ」


 綺麗事、一人よがりの善意もやり方によってはお金になるってことだな。

 そういう発言を好む層の支持を得られるのだから。


「どうせなにを言っても、そういう人は無責任な善意を他人に強制しようとするのだ。自分は一円も負担しないけど」


「だよなぁ」


 まあ、対応はプロト1とゴーレムたちに任せているから、俺はノーダメージだけど。


「それよりも、詐欺に引っ掛からないで欲しいなぁ」


「無理だと思うのだ。詐欺は、人間から欲が消えない限りなくならないのだ」


「プロト1社長って、哲学者みたいなことを言うよね」


 詐欺が重罪になったので、刑務所に長期間入れられる人が増えたおかげて被害額は減ったけど、彼らは出所してもまたすぐに詐欺を働くので、詐欺師を撲滅するのは本当に『無理ゲー』だなと悟った俺であった。




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