第236話 元魔王、弱みを握られる

「はあ……はあ……。いい加減、諦めて死にやがれ!」


「やだね! 俺はお前と違って、待ってる家族がいるからな」


「死ね!」



 武藤と戦い始めて五日がすぎた。

 高レベル冒険者は、治癒魔法と回復アイテムを用いて戦うと何日も戦えてしまうから、こうなってしまうんだよな。

 向こうの世界で、魔王側についた高レベル冒険者と戦った時もこんな感じだった。

 それにしても、武藤はボッチなのか。

 俺の似合わないリア充発言により奴は激昂したが、やはり疲労感で動きが鈍い。


「(とはいえ、俺ももう、あと一撃が限界だけど……)」


 普通の冒険者なら、レベルが三百万も低かったらとっくに殺されていたはず。

 向こうの世界では何度も酷い目に遭ったけど、そのおかげで命拾いするとは……まだわからないか。


「(勝負は一回限りだ! この五日間、片腕を失くしたフリをして戦い続けたのは、武藤の隙を突くためなんだから)」


 いわゆる初見殺しのためだ。

 武藤の体の中心線に仕込み針を刺し、即死させることができれば俺の勝ち。

 即死させることができなければ、もう余力がない俺は武藤に嬲り殺しにされるだろう。


「(こんな賭け、魔王と戦っている時もなかっがな!)」


 それでも、正常な精神状態でこれをやれる俺って……。

 昔の俺じゃああり得ないなと思いつつ、すべての体力と精神力、残った魔力を合わせ、武藤の胸の中心に仕込み針を刺した。


「お前! 回復させていた腕を五日間も隠していたのか!」


 高レベルである武藤の体の中心部に、仕込み針を刺すことは俺でも難しかったが、事前の準備が功を奏したようで、仕込み針は彼の胸の真ん中に、それも装備していた鎧を見事貫通して体内に入っていった。


「(さて、どうなることやら)」


 俺は心の中で祈りながら、その結果を待つ。

 今のところ、武藤に変化はないか?


「なんだ? あの針は? オリハルコン製の鎧を貫通して胸の中に入ってしまったが、チクッとするだけでなんともないじゃないか」


「(変化がない……駄目か?)」


 とはいえ、残念ながら俺はもう疲労困憊で戦うことができない。

 あとは、武藤に嬲り殺しにされるだけだろう。


「(イザベラ、ホンファ、綾乃、リンダ、ダーシャ、デナーリス、子供たちよ)」


 最後に呼ぶ妻の名前が多くて不謹慎かもしれないが、これは本心だ。


「ようやく観念したか? まずは、手足から切り落としてやろう。それが終わったら、なるべく長く苦しませてから殺してやる」


「無駄な時間をかけるところが三流だ。僕なんて言ってたが、ついに本性を現したな。イキリヲタクが」


「古谷良二ぃーーー! 死ねぇーーー! えっ?」


 最後、武藤に言いたいことを言ってから、覚悟を決めて目を瞑る。

 ところが一向に武藤からの一撃がこないので目を開けると、彼はオリハルコン製の剣を上段に構えたまま、白目を剥いて硬直していた。


「成功したのか!」


 即死なのに少しタイムラグがあったものだから、しくじったと思ってしまった。


「ふう……俺は、賭けに勝ったぞ!」


 とはいえ、もう五日間も塔の中に籠りきりだ。

 イザベラたちが心配するし、早く家に帰ろう……って!


「なんだ?」


 武藤を倒したら、レベルが上がった時に感じる高揚感が連続して、しかもそれが止まらなかった。


「これは……つらい……」


 そうでなくとも五日間不眠不休だったから一秒でも早く寝たかったのに、こんなに高揚感が連続しては眠れるわけがない。


「あれ? 武藤のレベルが一千万超えだったから、これを倒した俺はいくつレベルが上がるんだ?」


 もしかしなくても、これってしばらくレベルが上がり続ける?


 俺の予想は当たり、俺のレベルが1012万5641まで上がったが、一ヵ月間ずっとレベルが上がり続けるのであった。

 当然眠れないので、魔法薬の睡眠薬を服用する羽目になってしまったけど。

 だが相変わらず手の平のレベル表示は1のままだったし、寝ている間はレベルのカウントができなかったけど、スカウターの改良に成功して正確に計れるようになったので助かった。





「リョウジさん!」


「やあ、イザベラ、みんな、久しぶり」


「本当に心配しましたわ! 世間やマスコミやネットでは、リョウジさんはボスモンスターに殺されたって噂ばかり出ていて!」


「そうか……。みんな、心配かけてごめん」


「リョウジ君が無事に戻ってきてよかったよ」


「リョウジ、なにかあった? ないわけないよね?」


「なにしろ一週間も塔に籠っていたんですから」


「一緒に籠っていたムトウはどうしたの?」


 よほど心配だったのか。

 リブランドの塔の前で待っていたイザベラたちに詰め寄られてしまうが、周囲には他にも冒険者たちがいたので、ここで話すのは躊躇われる。


「良二様、まずはよく休んでからにしましょう」


「そうだな(ずっとレベルが上がり続けていて、寝られないんだけど……)」


 ひとまずみんなで家に帰ることにして、俺は一週間ぶりの帰宅をはたし、魔法薬を用いて睡眠を取ることに成功したのであった。





「ムトウさんに殺されそうになった?」


「レベル差から考えたら、俺が殺されててもおかしくなかった」


「三百万のレベル差を覆して勝つなんて、さすがはリョウジ君だなぁ」


「普通、絶望しますからね。良二様は心も強いんですね」


「スキルや、戦闘技能の工夫よね。レベル以上の戦闘力を出すなんて、さすがはリョウジ」


「リョウジさんは、ただレベルが高い冒険者とは違うのですね。さすがです」


「もう! 二度と無茶したら駄目よ」


 翌朝、事情を話したら、イザベラたちに褒められつつも心配されてしまった。

 俺一人なら、あそこで殺されても仕方がないと思ったかもしれないけど、家族がいるというのはいいものだ。

 両親を失った俺だけど、妻たちが心配してくれるのだから。


「社長、これはさすがにルナマリア様に苦情を言っても問題ないと思います」


「そうですね。ルナマリア様が、リブランドの塔の管理神を知らなかったのも原因なんですから


「ごめんって! 」


「「「「「「「「出た!」」」」」」」」


 噂をすればなんとやらで、突然ルナマリア様が姿を現した。


「リョウちゃん! デナーリス! 実はあの塔の管理神なんだけけど、この世界に天転生した魔王だったの!」


「ちっ! つまり武藤は……」


 魔王に唆されて、俺を殺そうとしたのか。

 他に考えられない。


「俺が殺した魔王だけど、他の世界の神に転生するなんてあり得るんですか?」


 俺は、少し目を離したら、信者がお供えした月餅を食べ始めたルナマリア様に問う。

 この人、本当にお菓子が好きだよなぁ……。


「ふんとへえ……」


「食べ終わってからでいいですから」


「ほう?」


 俺は、まるでヒマワリの種を溜め込んだハムスターのように頬を膨らませているルナマリア様に諦めの表情を浮かべた。


「この月餅、美味しいわね。またお供えしてくれたら、少し加護をオマケしようかしら?」


「そんな理由で加護を増やしていたら、キリがないと思いますけど……」


「おほん! 魔王ってのは神に近い存在だから、死ぬと他の世界に神として生まれ変わることもあるわ。この世界だったのは、リョウちゃんに引きずられてでしょうね。殺された恨みがあるから」


「だから、リョウジさんを殺そうたんですね」


「でも神様になってしまった魔王は、自分でリョウちゃんを殺せない。だからムトウって冒険者に力を与えて、唆してリョウちゃんを殺させようとした」


「とんでもない神がいたものだ」


「神なんて、みんなが思ってるほど善良でもないし、悪魔や魔王とベクトルが違うだけで似たような存在なの。この世界の天使と悪魔だって、記述によっては天使だったり悪魔だったりするでしょう? 割と簡単に入れ替わるのよ」


「魔王が神として転生しても変じゃないのか……」


「ただ、今のこの世界で一番下っ端の神なのは確かね。あいつ、プライドが高いから屈辱でしょうし、でもあと数千年はそのままだと思う」


 不老不死でほぼ永遠の時を生きる……神様は生き物じゃないけど……神様は、出世に時間がかかるのか。


「一人の冒険者を限界を超えて強くしたから、かなり力を使ったでしょうね。このツケは高くつくわよ」


「と言いますと?」


「しばらくリョウちゃんにはなにもできないし、人間を誘惑することもできないでしょうね。残念なことに、神様って概念みたいなものだから、リョウちゃんが倒すのも無理だけど」


「俺を武藤に殺させようとした魔王を倒せないのは残念です」


 俺を殺そうとしたので、復讐してやろうと思ったのに……。


「せっかく、かなりの階層まで攻略した手駒のムトウを死なせちゃったし、彼への度が外れた強化で力をなくしてるから、他の冒険者を誘惑もできない。リブランドの塔の難易度は激ムズだから、今後しばらくは、リョウちゃんとイザベラたちしか使わないでしょうね」


 最初は無謀にも、低いレベルでリブランドの塔に挑んで死ぬ冒険者は少なくなかったけど、俺が動画で解説したら、誰も挑戦しようと思わなくなったのだろう。

 今では、閑古鳥が鳴いていた。

 今のところは俺たち必ず死ぬ塔なんて、誰も入らないだろうしなぁ。

 難易度が高すぎて誰も入らない塔。

 ゲームならあり得ないんだろうけど、リアルでは攻略に失敗すると死ぬから、入らないのが正解だろうから。


「俺も今回の件で入るのをやめるし」


 残念なことに、武藤の死をボスモンスターに殺されたことにして世間に報告したのだが、俺が謀殺したと思っている連中がかなり多くて困っている。

 殺したのは事実だけど。

 これまでナンバーワン冒険者だった俺が、武藤に抜かれるのが屈辱で殺した。

 この噂が、侮れないほど広がっているのだ。

 とはいえ、真実を公表するわけにいかず、俺は武藤がボスモンスターに殺されたと伝え、あえて死体は持ち帰らなかった。

 すでに、冒険者がダンジョンで死んでも死体を持ち帰る義務はなく……エベレストの頂上付近で登山者死んでも、死体を持ち帰らないのと同じ理屈だ。

 死体を持ち帰ろうとして、まだ生きている冒険者が死んでしまったら本末転倒だろうと。

 『アイテムボックス』に余裕があれば、死人は生き物ではないから入れられるけど、普通の冒険者の『アイテムボックス』の容量は少ない。

 その日の成果を諦めて、ダンジョン死んだパーティメンバー及び、ダンジョンで死んでいる同業者の死体を持ち帰るか。

 完全に、その冒険者個人の判断に委ねられていた。

 だからたまにあるのだ。

 とある冒険者パーティがダンジョンで同業者の死体を見つけたけど、自分たちは探索を終えて『アイテムボックス』がいっぱいだったから、その死体を持ち帰らなかった。

 それでも、写真や身分証明ができる遺品だけを持ち帰り、買取所には報告している。

 パーティメンバーじゃないので仕方がないのだが、その判断が世間から猛批判されてしまったのだ。


 『アイテムボックスの中身を諦めてでも、同業者の死体を持ち帰るべきだ!』


 ダンジョンに潜らない人たちはそう思うかもしれないが、ダンジョンに潜るのは命がけだ。

 一日の成果を捨ててまで、知らない同業者の死体を持ち帰るべきか。

 持ち帰る人もいるし、いない人もいるが、俺はどちらを選択しても、第三者にアレコレ言う資格はないと思ってる。

 俺は『アイテムボックス』に余裕があるから何度か持ち帰っているけど、中には『お前が助けないからだ!』と食ってかかられたこともあった。

 大切な家族の死で動揺していたからなんだろうけど、ダンジョンで同業者の死体を持ち帰ったとしても、必ず感謝されるわけではないということは知ってほしいと思う。

 そのケースとはまるで違うが、俺は武藤の死体を持ち帰っていない。

 持ち帰って検死されると、含み針が体内から出てきてしまうからだ。

 状況的には正当防衛が成立する可能性が高いけど、俺を貶めたい人間なんていくらでもいる。

 過剰防衛だと騒ぐ人たちが出かねないので、そういうことにした。


「私たちも怖いので、リブランドの塔には入らないことにします」


「それがいいよ」


 もしかしたら、リブランドの塔の管理神である魔王がなにかしてくるかもしれないのだから。


「もしかして、このまま誰も利用しなかったら、リブランドの塔は消えちゃう?」


「消えるんじゃないの。他の冒険者たちをあの塔に挑ませるなんて無謀だし、もし懸命にレベルを上げて一階層に挑めるようになった頃には、誰も潜らなかったリブランドの塔は消えてしまうはず」


 ホンファの問いに、お菓子を食べなから答えるルナマリア様。


「じゃあ、放置でいいな」


「それがいいと思います」


「賛成!」


「同じく」


「私も賛成です」


「あんな塔、なくても誰も困らないからね」


 デナーリスの言うことは正しく、俺たちはリブランドの塔に入らなくなった。

 他の冒険者たちも、かつて高レベル冒険者たちが何人も死んだ事実を知っているので誰も入らなくなり、安全のため警察が民間に委託した警備員たちが入り口を見張っているだけの、寂れた場所と化してしまった。

 どうせ冒険者特性がないと入れないから、暇そうにお爺ちゃん警備員たちが見張っている。


「ふう、これで塔もあと二~三年で消滅だな。魔王ざまぁ、ってことで」


 そう思いながら、床に入る俺だったけど……。


「すみませぇーーーん! リブランドの塔を攻略してください!」


「出たな! 魔王!」


「もう俺は魔王ではない。ただのリブランドの塔の管理神だ」


「そんなこと信じられるか! 俺を武藤に殺させようとしたくせに」


「このままだと、俺は管理している塔を失ってしまう」


「しょうがないだろう。自業自得だ」


 それなら最初から、武藤を煽って俺を殺そうとしなければよかったじゃないか。


「この塔がなくなると、俺は便所の神の補佐役に降格になってしまうんだ!」


「それで済むのなら御の字だろう」


 神のくせに、間接的に武藤を殺したようなものなのだから。


「高い階層には、もっと凄いボスモンスターや、希少で価値のあるお宝ばかり取り揃えている。お前なら手に入れられるぞ!」


「……嫌です」


「そんなぁ……」


 転生したばかりで、力を使いすぎたからか。

 魔王……元魔王の外見は、草臥れたおっさんそのものになっていた。

 これでは、俺たちをどうこうできるわけがない。

 武藤の強化にリソースを注ぎ込みすぎたのに、リターンがなくて無駄骨だったので衰弱が激しいな。


「俺を殺そうとしておいてよく言うよな。 別世界では魔王だったからって、この世界でも同じでいられると思うなよ」


「すみませーーーん! 許してください!」


「お前神なのに、俺に土下座なんてしてプライドないのか!」


 そこまでして俺たちに、塔に入ってほしいか?

 便所の神様の補佐に降格するって話だから必死なのか。


「お願いします! もうあなたにしか頼めないんです!」


 難易度が撃ムズだからな。

 他の冒険者がレベル十五万になるまでに、確実にリブランドの塔は消滅しているだろうし。


「じゃあ、ボスモンスターの情報くらい出せや!」


「それは……」


「じゃああんな塔に入らない。危ないから」


 相手が弱い時は全力で押していく。

 これこそが交渉の基本だ。

 どうせ元から塔の攻略はやめるつもりだったから、交渉不成立でも俺は困らないし。


「わかりました! ボスモンスターの情報をお教えしますから!」


「嘘を教えて、俺の謀殺を謀る可能性も少なくないか……」


「そんなことは絶対にしません! お願い! 塔に入って!」


 冒険者が誰も塔に入らなかったら、数年で塔は消えてしまう。

 そんな弱みがある元魔王は、俺に現時点、百階層までのボスモンスターの情報をくれた。

 もし俺が積極的に塔を攻略すれば、百階層からリブランドの塔が成長するからだ。

 そしてリブランドの塔が成長したら、それは元魔王の出世にも繋がる。

 実際、ダンジョンを生長させているルナマリア様は、地球の神様界の中でかなり出世していると本人から聞いたな。


「(今は臥薪嘗胆……。必ず俺は強い神となって、いつかリョウジ・フルヤを……)」


「その目つきはなにかな? 不満があるのか?」


「いえ! 不満なんてとんでもない!」


「ああ、あと……」


「はいっ! なんでしょうか?」


「俺がやむなく殺した武藤だが、ちゃんと生き返らせておけよ。俺の評判が落ちる一方で迷惑しているんだから。お前確か、魂を五つ持ってたよな? 転生しても同じだろう?」


 そのせいで、俺が魔王を倒すのにどれだけ苦労したか。

 そのうえ、リブランドの塔から武藤だけ戻らなかったせいで、無責任に俺を批判する声が大きいから迷惑料くらい貰って当然だろう。


「……はい。わかりました」


 やれやれ。

 武藤の死体は、冒険者の流儀に従って塔の中に置いてきました、と嘘ついておいてよかった。

 俺が『アイテムボッスス』から取り出した武藤の死体に、元魔王が自分の魂を一つ取り出して入れると、彼はすぐに目を覚ました。


「古谷良二! 覚悟……あれ? 力が……」


「残念だけど、もうお前に冒険者特性はないから」


「そっ、そんな……」


 やはり、この世の理に逆らって生き返らせたから、冒険者特性を失ってしまったな。

 余計な欲をかき、元魔王の誘惑に負けて俺を殺そうとした報いだ。


「これまでに手に入れた装備やアイテムを売ればお金になるから、それで暮らすんだな」


「……」


 武藤は肩を落としながら、俺たちの前から立ち去った。


「さあて、リブランドの塔の攻略動画を撮影するか」


 交渉成立ってことで、俺たちはリブランドの塔の攻略を進めながら撮影とレベルアップを行い、またも多くの視聴回数を稼ぐことに成功するのであった。






「えっ? オリハルコンの装備一式で十億円ですか?」


「そのくらいは普通にするよ。これは状態も悪くないし、あんたは普通体型だから、ほとんど調整しないで使えるしな。十億円でいいかな?」


「はい……(投資家になろう)」


 一度死に、蘇ったら冒険者特性を失ってしまった僕だけど、その後投資家としてソコソコ成功した。

 不思議なことに、死ぬ前に比べると勘が鋭くなったようが気が。

 冒険者に戻れないのは悔しいけど、本当に死なずに済んだのはラッキーだったし、古谷良二みたいな化け物に勝てる気がしない。

 これからは、ノンビリ暮らすとしよう。

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