第235話 ジリ貧

「……」


「ふん! 僕とお前では、レベルが三百万も違うんだ! いくらお前が世界一の冒険者だったとしても、今の僕には勝てな……なっ! なぜ僕が出血を?」


「言いいたいことはそれだけか? その血はペイントじゃないぞ」


「なぜだ? お前は僕にダメージを与えられないはず」


「実際にダメージを与えているじゃないか。 冒険者を極めた俺に不可能はない!」




 回復させた左腕を『姿消し』で隠し、その手に一定の確率で即死ダメージを与えられる『仕込み針』を持ってチャンスを待つ。

 斬り落とされた俺の腕が地面に残ったままなので、武藤は俺が片腕のままだと思っており、対応が遅れるであろう左側から攻撃を繰り出し続ける。

 『姿消し』で見えなくし、『仕込み針』を持った左腕は最後の切り札だ。

 俺は、左手がないので対応が遅れるフリをしながら武藤の剣撃を受け流していく。

 レベル差があるのでダメージを受けるが、それは治癒魔法で回復させた。 

 そして隙を見ては、防御力無視の『貫通』で攻撃して武藤にかなりのダメージを与えることに成功。

 やはり急激にレベルが上がった影響で、能力を使い切れていないな。

 俺の攻撃を食らい、傷口から血を流している武藤は慌てて治癒魔法で傷とHPを回復させた。

 高レベルで回復手段を持つ武藤に一撃で即死クラスのダメージを与えられないのですぐに回復されてしまうけど、目的は別にあった。

 何度も傷やHPを回復させると、ステータスには現れない疲労感が溜まり、限界を迎えるといくらHPが満タンでも倒れ伏してしまう。

 それを狙ってのことだ。


「(武藤はそれを知らないし、大きなレベル差があるから俺にダメージを与えられるとは微塵も思っていなかったろう。他の、たとえ相手が高レベルでも大ダメージを与えられる攻撃を繰り返し、武藤を疲労困憊状態にする)」


 それで倒れたら御の字だが、それには何日……一週間はかかりそうだ。

 なにより、高レベルの武藤の攻撃を防いでも、俺は無視できないダメージを追うこともあって、彼が倒れる前に俺が倒れてしまう確率の方が高い。


「(武藤に疲労を蓄積させ、仕込み針による攻撃成功率を上げる)」


 俺の目的はこれ一つであり、これが成功しないと俺は殺されるだろう。


「(どうにか仕込み針の成功率を、五十~六十パーセントまで上げたい)」


 そこまで成功率を上げても、勝率は半々とは……。

 久しぶりに俺は死の淵に立っているが、なぜかワクワクしてきて、これは長年ダンジョンで命をかけてモンスターと戦い続けたため、戦闘ジャンキーに……なってねえよ!

 面倒だし、理不尽で腹が立って仕方がないし、テンションなんて上がるわけがない!

 

「(俺は家で、好きな画とゲームとアニメを見てのんびり過ごしたいんだ!)」


 とにかく今は、余生をそうやって過ごせるようにするため、生き残ることを優先しないと。

 ゴブリンソードを構えた俺は、武藤との対峙を続けるのであった。





「くっ! どうして僕の攻撃がかわされて、お前の攻撃が当たるんだ? 僕の方が圧倒的にレベルが上なのに……」


「経験の差かな? 素人君」


「古谷良二ぃーーー!」



 武藤は『人物鑑定』を持っていないが、俺よりも圧倒的にレベルが高いと思っている。

 実際それは当たっていて、その差はレベルにして三百万以上だ。

 当然武藤の方が圧倒的に速度、力、攻撃力、HP、MPは高い。

 だが彼は、急激に強くなりすぎた。

 短時間で急増したレベルとスキルを完璧に使いこなせず、俺は彼が不慣れなところを利用してその攻撃をかわしつつ、『貫通』を使ってダメージを与えていく。

 武藤は何度も体から血を吹き出すが、残念ながら致命傷を与えるには至らず、すぐに治癒魔法で回復してしまう。

 MPも、回復アイテムをそれなりに持っているようだ。


「はーーーはっは! 無駄なことを! レベル一千万超えの僕を、僕よりもレベルが低いお前が一撃で倒せるわけがないじゃないか。ちょこまかと動いて時間を稼いでいるようだが、 レベルの差を埋めることはできないさ。 結局お前は死ぬのさ」


 ドヤ顔でそう言い放つ武藤。

 俺のレベル表示はバグってるし、武藤は『人物鑑定』を使えないから俺の本当のレベルを知らないが、まあ事実ではあるからな。

 実際武藤は強く、俺はこれまでの冒険者としての経験を利用して生き残っていた。

 実際のところ、かなり綱渡りなことをしている自覚はある。


「僕たち以外に、この空間に入れる奴はいない。どちらかが死ぬまでとことん戦おうじゃないか」


「……」


 一つ疑問なのは、武藤はどうして俺を殺したいのだろう?

 もう俺を追い抜いたんだから、『古谷良二って、弱っ!』、『もうお前の時代は終わった!』とバカにしながらマイペースにやればいいのに……。


「その質問に答える義務はない! お前は死ね!」


「お前は、SNSで俺を脅迫している連中の仲間なのか?」


「あんな負け犬たちと一緒にするな!」


 どうして武藤は俺を殺したいんだ?

 彼に恨みを買うような出来事なんて……俺は武藤と面識がなかったからなぁ。

 ただ俺も有名になったし、大金持ちにもなったから、その存在自体が憎いとSNS等で脅迫、殺害予告はよくされてはいる。

 これはもう、人間の業みたいなものだな。

 今では、顧問弁護士の佐藤先生がゴーレムとAIを使って少額訴訟を乱発し、脅迫者たちから裁判費用と慰謝料を巻き上げていた。

 これまでは無職で資産のない、いわゆる『無敵の人』が犯人であるケースが多いので、『一円も慰謝料を取れませんでした!』なんてことが多かったのだけど、今は日本国民全員がベーシックインカムを貰っているため、そこから払わせることが可能だった。

 月一万円、三十六月ヵ月間、支給される前にベーシックインカムから差っ引く……法律で、あまり短期間に支払わせるのは違法となっているので、長期の分割払いが大半だ……なんてことも可能なので、それでも大分俺に殺害予告を出す人は減ったけど。

 普通の頭をしていたら、余計なことを言ってベーシックインカムを減らすなんてことはしないだろうからな。

 こうでもしないとなかなか誹謗中傷や脅迫、殺害予告をやめてくれないから仕方なくやってるのに、俺に対し阿漕な金儲けをやっていると批判する人たちが出てきて、またそれが面倒だったりするけど。


「(武藤は、あきらかにそういう人種じゃないよな)」


 冒険者だしな。

 ただそれなら、どうして俺を殺そうとする?


「(再び追い付かれるのが怖いのか?)」


 しかし、武藤という男はリブランドの塔攻略の達人と見ていいだろう。

 スキルには現れていないが、なんかしら特別な事情があってリブランドの塔を最速で攻略している。

 俺でも、次の階層にどんなボスモンスターが出現するのかわからないので、ルナマリア様が調べるまでは攻略を止めているのに。


「(つまり武藤は、なんらかの方法で次の階層にどんなボスモンスターが出現するか知っているのか?)」


 勝てるとわかっているから、最速で次の階層に上がれる。 

 だが、どうやってそれを知った?

 この塔のことを一番よく知ってるのは、この塔を管理している神のはず。

 つまり、神に教わっているのか?


「(『神託』系のスキルか? とにかく武藤は、この塔を管理する神からボスモンスターの情報を得ている可能性が高い。だが、それと俺を殺さなければいけない理由が結びつかないな)」


 ルナマリア様が調べてくるまで、この塔を管理している神の正体は知らないけど、もしかしたらイケニエを求める神なのかも。

 この世界には多くの神がいるから、そういう神もいなくはないし。

 ただ、野郎なんてイケニエになるかな?


「(だとしたら、今後この塔には関わりたくねぇ……。攻略はやめとこう)」


 無事に武藤を倒して、この塔から出られたらだけど。


「(武藤は……殺さないと駄目だろうな)」


 さっき試してみたんだけど、武藤はボスモンスターではないので、階層の入り口から逃げられるかもと思って試してみたところ、なぜかボスモンスターと戦っている時のように入り口がバリアーで封印されていた。


「(この塔の神は、どちらかの死を望んでいる!)」


 どちらかが死なないと、この塔からは出られないってことだ。

 そんなことを考えながら、俺は魔法を針状にして武藤の腹を貫いた。


「うぐっ……。また妙なことを!」


 魔法の収束は、魔力を節約するのに一番有効な手だ。

 武藤よりもレベルが低い俺が高威力、広範囲の魔法を放ったところで、彼に対してその効果が薄くなってしまう。

 それならば同じ魔法と魔力使用量でも魔法を収束させた方が、標的の防御力を突破して大きなダメージを与えることが可能だ。

 武藤に刺さった棒状の『火炎』が彼の体に刺さり、同時に体内を燃やし尽くそうとする。

 魔法に貫通された武藤は、体の中を焼かれて苦悶の表情を浮かべた。


「俺、やれるじゃないか」


「古谷良二ぃーーー! 殺す!」


「俺は殺されるなんてまっぴらゴメンだ(とはいえ、これも駄目だな)」


 やはり、一撃で致命傷を与えないとすぐに回復されてしまう。

 だが、レベルにして三百万以上の高い武藤を、 俺が一撃で倒すことは不可能に近かった。


「(工夫して 優位に立っているように見えるが、残念ながらこのままでは俺は負けて死ぬ)」


 とにかく今は、武藤を疲労させて仕込み針の成功確率を上げよう。

 それが、俺が生き残れる唯一の方法なのだから。


「(武藤は、少し疲れてきたか? いや、まだだな)」


 魔力回復剤を飲みながら、これは長丁場になりそうだと予感する。

 二人のレベルとステータスの差を考えると、俺が最後の一撃を繰り出す余力しか残っていない状態まで粘れば、武藤もかなり疲労しているはず。

 仕込み針による攻撃の成功率はかなり上がるはずだ。

 二撃目は……考える必要がない。

 武藤もバカではないので、仕込み針による攻撃など、腕ごと『姿消し』で隠している一回目しか通用しないのだから。


「(低く見積もって四割、高く見積もって六割。ほぼ半々の成功率ってところか……)」


 俺は、武藤から致命傷を受けないように動きつつ、彼にダメージを与え続けた。

 だが、さすがにこの程度で焼石に水なので、やはり最後に切り札である『仕込み針』による攻撃を必ず成功させないと。

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