第234話 危機

「凄い! こんなに早くレベルが上がるなんて! これがリブランドの塔を管理する神の恩恵なのか! 夢のお告げは本当だった!」




 僕は冒険者特性を持つ冒険者だけど、その強さは下から数えた方が早かった。

 なぜなら僕の限界レベルはたった5で、他のどの冒険者よりも低かったからだ。

 苦労してお金を貯め、ハーネスを購入して使ってみたけど、それでもレベル10が限界で、最近冒険者の平均レベルが上がりつつある今、僕はサラリーマンの平均所得くらいしか稼げなかった。

 命がけでその程度しか稼げない僕を、恋人は見限った。

 もっと稼げる冒険者……元パーティメンバーだ……に奪われたのだ。

 そして、そいつがリーダーをしているパーティからも僕は追放された。

 元々レベルが低い僕はあまり戦力になっていなかったので、それを理由にだ。

 僕が恋人を奪われたことは仲間たちは薄々気がついていたけど、役立たずの僕に味方する人はなく、僕は惨めにパーティから追放された。

 ソロになった僕は別のパーティに入ろうとしたけど、レベルが低いので相手にされない。


 じゃあ、冒険者特性を持たない冒険者パーティに入ればいいって?

 僕は、冒険者特性を持つ冒険者だぞ。

 そこまで自分を落とすなんて、嫌に決まっている。

 ダンジョンに潜らず、仕事にも就かず、ベーシックインカムを貰うような足手まといになるのもゴメンだったので、僕は一人でダンジョンに潜り続けた。

 このところ、低階層でゴーレムにモンスターを戦闘用ゴーレムに狩らせる冒険者、起業、事業主が増え、その結果スライムの粘液などの買い取り価格が落ち、冒険者をやめる人が増えていた。

 僕も低階層で一人で活動していると、収入が落ちたなと感じる。

 それでも無職になるよりはマシだと懸命に活動しているけど、正直心が折れそうになるのは確かだった。


「はぁ……」


 今日も少額を稼ぎ、節約のために引っ越した安アパートに帰る。

 夕食は冷凍食品だったが、それは半額シールが貼られたお弁当は無職たちに取られてしまったからだ。


「こんな生活、いつまで続くのかな?」


 ただ生きるために働くだけの日々。

 最初、冒険者特性持ちだとわかった時は大喜びだったけど、限界レベルが低すぎて役立たず扱いされ、挙げ句の果てに恋人まで奪われて……。


「レベルが欲しい! 」


 そんな風に思いながら就寝すると、その日は夢を見た。

 夢の中で僕は、昔遊んだRPGに出てくる魔王のような巨人に声をかけられる。


「レベルが欲しいのか?」


はい! 欲しいです!」


 僕は、レベル10からレベルが上がらすに苦労している。

 古谷企画からハーネスを購入したせいで貯めていた多額の貯金も失い、恋人にバカにされ、リーダーに奪われ、パーティを追放され、ソロになったら収入が落ちて……全部、古谷良二のせいじゃないか!


「ならば、古谷良二よりも強くなって奴を殺せばいい。さすれば、もうお前よりも強い人間は金輪際存在しなくなるぞ」


「それは本当ですか?」


「ああ、本当だ。まずは、お前のレベル限界を無限にして、上がりやすくしてやろう。そして……」


 僕の前に、異形の化け物たちが多数現れた。


「まずは、こいつらを殺せ! さすれば、レベルが爆発的に上がるぞ」


「わかりました」


 いつの間にかダンジョンに潜る時の格好になっていた僕は、剣を振るって異形の化け物たちを次々と倒していく。

 しばらく一心不乱に異形の化け物たちを殺し続け、一時間ほどですべて倒すことに成功した。


「ふう……」


「よくぞやった。朝、起きてみればわかるさ。あとは、リブランドの塔の一階層から挑戦すればいい。とりあえず、レベル一千万を超えれば、古谷良二を殺せよう」


「えっ? 古谷良二を殺す意味があるんですか?」


「ある!」


「そもそも、お前のレベルが最初5までしか上がらなかったのは、古谷良二のせいだぞ」


「古谷良二のせい?」


「正確には、古谷良二を含めた高レベル冒険者たちのせいだ。神は才能の平均値が合っていれば問題ないと思っている。だから、古谷良二みたいにレベル七百万がいたり、お前のようにレベル10から上がらない者もいる」


 神は残酷にも、ここまでの才能の差を作り出したのか……。


「古谷良二は何人も綺麗な妻を娶り、お前は恋人を奪われる。幸せと不幸の総量は同じだから、神はお前を救わないぞ」


「……」


「俺も神ゆえ、できることに限りがあるのだ。今、お前のレベルは高いが、このままではそれを維持できない。なぜなら、世の中の幸せと不幸の総量はバランスが取れていないといけないからだ。だからこそ、お前が幸せになるためには、自力で行動する必要がある」


「それが、古谷良二の抹殺?」


「そうだ! もしそれに成功すれば、お前のレベルは最強となろう。それも死ぬまでずっとだ」


「僕が最強に……」


 古谷良二を殺すことで、この不幸の連鎖が終わって僕は幸せになれる。

 なら、それに乗らない手はない!


「古谷良二を殺します!」


「そうだ。それでこそ、君は幸せになれる。古谷良二が得ていた富と栄光を引き継げるのだからな」


 古谷良二を殺せば、恋人に去られ、奪われることも。

 パーティを追い出されることも。

 収入が落ちて悩むこともなくなる。


「(ダンジョン内で殺せば、殺人の証拠もなくなる。古谷良二を殺しても、僕が捕まることはない! やるぞ!)やります!」


「頑張ってくれよ」


「はいっ!」


 リブランドの塔の神に励まされたところで目を覚ました。

 慌ててレベルを確認すると……。


「レベル二百万だって!」


 僕は本当に夢の中で、リブランドの塔の神に出会ったんだ。


「これで僕は、リブランドの塔に挑戦できる」


 古谷良二しか挑戦できなかったリブランドの塔だったけど、僕がこの塔を極めれば、すぐにレベル一千万はいくはず。

 それを達成したら、富士の樹海ダンジョンの低層付近古谷良二を襲撃して殺す。

 成功すれば、僕が古谷良二に代わる世界一の冒険者として称賛されるようになる。

 なんて素晴らしい世界なんだ!

 僕は必ず幸せになってやる!


「ふふふっ、前の世界と同じだな。人間は欲に弱いから簡単に騙せる。リブランドの塔の神となってまった俺は古谷良二を殺せないが、刺客を送ることはできる。必ずや、俺を殺した報いを受けさせてやる!」








「はははっ! よくよく考えてみたら、古谷良二一人を奇襲するには、このリブランドの塔が最善だったんだってことに気がついてね。君が無謀にも、高い階層のボスモンスターに挑んで殺されてしまったことにするよ」


「くっ! 武藤一樹! お前は俺のレベルをはるかに超えたんだろう? 追い抜いた俺を殺す意味があるのか?」


「このレベルは、君を殺さないと維持できないのさ」


「なんだ? その謎のスキルは?」


「さあ! 死んでもらうよ! 古谷良二!」


 なんと。

 俺のレベルをはるかに超えた、レベル一千万超えの冒険者が出現したと、世間で大騒ぎとなっていた。

 単独でリブランドの塔に挑み、すでに二十七階層にまで到達したそうだ。

 凄い人が現れたなと思ったら、その冒険者から、『一緒にリブランドの塔に挑まないか?』と誘いがきた。

 俺はまだ二階層までしかクリアしていない塔なので、喜んで参加したのだけど……。

 まずは腕試しということで、俺が二階層のボスモンスター、ジェネラルゴブリンを倒し、共に三階層にあがろうとした瞬間、武藤に斬りつけられた。

 レベル差から考えたら、俺が一撃で斬り殺されても仕方がない状況だったが、これまでの経験は伊達ではない。

 ダメージを左腕一本だけに抑え、武藤と距離を取ることができた。


「(腕を回復させたいが……)」


 治癒魔法に集中すると、武藤の一撃をかわせずダメージが増えてしまうどころか、レベル差を考えると一撃で殺されてしまう。

 ここは止血のみにして、腕の再生は後回しにしよう。

 俺は利き腕にゴブリンソードを持ち、騙し討ちした武藤と対峙する。


「俺を殺さないと、その高レベルが保てないって? そんなバカな」


「うるさい! この塔の神がそう言ってたんだ! だからお前には死んでもらう! ここなら、お前を殺しても誰にも気がつかれないからな!」


「(そういえばルナマリア様が、この塔を管理している神が誰だかわからず、塔の中を探るのも大変だって言ってたな)」


 ようやくわかったことといえば、強化した冒険者を俺への刺客として差し向けてきたことか。

 塔を管理する神は、邪神の類なのか?


「(しかし、塔を管理する神がなぜ俺を殺そうとするんだ?  実はこの塔の神って、俺と知り合いなのか? いや、俺はこの世界の神様に知り合いはいない)」


 ルナマリア様は元々向こうの世界の神様だから、俺と知り合いのこの世界の神はいないはずだ。


「(謎が多い……くっ! レベル三百万の差は辛いな)」


 俺は、武藤からの攻撃を受け流すことに注力していた。

 回避を主体にしてもし身体の一部を斬り落とされると、さらにダメージが増えて戦闘状態を維持できなくなってしまう。

 それなら武藤の攻撃を一度受けて、それを受け流した方がいい。

 少しでもタイミングを誤ると致命傷を負うので、これは常に死と隣り合わせで戦ってきた俺ならではの戦法だった。


「(腕を回復させる時間が……。多分、成功すると思うけど……)目眩まし!」


「なっ、なんだ! 目がぁーーー!」


 レベル差が大きくても、通用する攻撃はある。

 昔、○ラクエで低レベルクリアを目指した時に効果的な技や魔法を駆使したようなものだ。

 もし武藤が俺と同じように、長い年月戦い続けてレベルを上げたのなら、共に会得した戦闘経験により通用しない懸念もあったけど、武藤の欠点は急激に強くなったことだ。

 彼の動きや俺への攻撃を分析すると、急激に増えた力に振り回されているのがわかる。

 少しでも油断すると一撃で致命傷を食らうので、一瞬も隙を見せられないけど。


「(よし! 左腕を回復させよう)」


 無事に武藤の視力を一時的に奪うことに成功したので、俺はその間に治癒魔法で斬り落とされた腕を回復させた。


「(斬り口から腕が生えてくるのには慣れないなぁ)」


 床に落ちている腕はもう使えないから、新しく生やした方がいい。

 同時に俺は、回復した左腕だけを『姿消し』の魔法で消した。

 床に腕が落ちているので、姿隠しで元に戻った左腕を隠していることに気がつかないだろう。

 さらに、まだ視力が回復しない武藤に魔法を連続して放つ。

 だが、レベル差がありすぎてさほどダメージを与えられなかった。


「くだらない時間稼ぎを!」


 視力が回復した武藤は、回復魔法ですべてのダメージを回復させてしまった。

 これでは、一撃で彼を殺せる攻撃方法を用いないと倒せないじゃないか。


「……『人物鑑定』によると、武藤は『魔法剣士』か……」


 その前は、『戦士』か『剣士』だったはず。

 それが、大幅なレベルアップで上級スキルである『魔法剣士』になったのだろう。

 治癒魔法も使える剣士だから、実質勇者みたいなものか。


「こうなったら、根気比べしかないな」


 武藤が、どのくらいHPと魔力の回復手段を持っているのか。

 俺はかなりの数を用意周到に用意してあるから、魔法薬や治癒魔法で回復できない疲労感で意識を失うまで一週間くらいは寝ないで戦える。

 とにかく時間を稼ぎ、武藤の精神を削り、向こうの疲労感を溜めていくしかない。

 

「(『姿消し』で隠した腕に持たせた『仕込み針』。これを確実に武藤の急所に刺せれば……)」


 レベル差を考えると、成功率は三十パーセントってところだが、武藤を疲労に追い込み動きを鈍らせれば五十~六十パーセントまで成功率が上がるかもしれない。

 そのチャンスを得るため、今は武藤に殺されないよう、戦い続けるしかないな。

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