第229話 就職しない人たち

「イベント準備の手伝いのアルバイト。三日で六万円は美味しかったな。残念なことに、ようやく見つけた正社員の仕事は落ちたけど」




 転職活動中ゆえ、面接の合間にアルバイトをして、引っ越したばかりの団地に戻ってきた。

 ここに引っ越したのは、これまで働いていた会社が潰れてしまい、再就職先がなかなか決まらないため、生活コスト下げることにしたのだ。

 引っ越し先は、かつてはマンモス団地と呼ばれていたところで、多くのファミリー層が入居していた。

 成長した子供たちが出ていって次第に高齢化が進み、わずかに残ったお年寄りたちも、もっと利便性がいい賃貸や施設へと引っ越していった。

 そして無人になった団地を国がリノベーションして、安く貸してくれるようになったのだ。

 今の俺は無職だが、日本人は全員がベーシックインカムを貰えるし、この団地は家賃がもの凄く安く、誰でも入居できるのが素晴らしい。

 多少都心から離れているけど、公共交通機関や車を使えばさほど問題はなかった。

 今となっては、自動運転機能つきか、ゴーレムが運転する車が安く借りられるので、必要な時にレンタルする人が増えた。

 趣味でもなければ、車を持ち続ける人はかなり減ったとニュースでやっていたのを思い出す。

 ベーシックインカムだけだとあまり贅沢もできないけど、転職活動の合間に単発のアルバイトをすれば、たまに旅行に行ったり、友達と美味しい物を食べに行くくらいはできた。

 毎月ベーシックインカムが貰えるから、あまり貯金をしても意味がないってのもあるのか。

 この団地を抜け出すには貯金が必要かもしれないけど、その前に仕事に就かなければ難しい。

 それと、もし仕事についてもこの団地から通えたり、リモートで働けるなら、無理に引っ越す必要はない気がしてきた。

 この団地、住むのに年収制限もなく、元々はファミリー向けだったから、結婚して子供が生まれても住めるのだ。


「子供がいると家賃が下がるしな。俺も結婚……相手がいればだけど」


 このまま一生、常雇の仕事に就けないかもしれないけど、それで困るのかと言われると、困らないのではないかと思うようになった。

 中には自分に仕事がないことを悩み、自殺してしまう人もいたけど、そういう人は年齢が上の人が多いイメージだ。

 昔の失業率が低い時代の基準で考ええると、無職は恥という考え方なんだろう。

 俺たち若い世代は、『ないものは仕方がないよな』と思っている人が大半だけど。

 ニートでもベーシックインカムがあるから、家族関係がよくなったりして、そう悪いことばかりじゃないと思うんだよね。

 そんなことを考えながら自宅のある棟を目指して歩いていると、顔見知りと出会った。

 俺と同じような境遇で隣の部屋に住んでいる、少し年上の男性だ。

 彼は、見慣れない彼と同年代くらいの女性と一緒にいた。


「あれ? 鈴木さんはアルバイトだったの?」


「ええ、運よく見つかって。武藤さんは……」


「ああ、今付き合っている彼女だよ」


「こんにちは」


「こんにちは」


 武藤さん、彼女ができたんだ。

 羨ましいなぁ。


「今日から一緒に住むことにしてね」


「えっーーー! それはつまり、結婚を視野に入れてます?」


 武藤さん、人畜無害そうなのに思いきったことをするな。

 元々ファミリー用の部屋だから二人でも住めるし、家賃と生活費の節約になるはず。

 ……俺も同棲してくれる彼女欲しい……。


「仕事は探し続けるけど、とりあえず二人で住んで、たまにアルバイトすれば暮らせるしね」


「……確かに!」


 二人で国がリノベーションしている団地に住み、たまにアルバイトをすれば、年に三~四百万円はいくし、基本的な食料は無料で貰える。

 子供が生まれたら家賃が下がるし、生まれた時点で大人の半額だけどベーシックインカムが貰える。

 子供は、この団地の近くにもある無人食堂を無料で使えるから、外食も安く済む。

 大学までは学費も無料だし、十分暮らせるよな。


「(彼女は仕事ができてからって思ったけど、別に無職で彼女がいたっていいじゃん! なんなら結婚もできる)」


 無職というか、俺がモテるかどうかは別として。


「(俺も、彼女を探そうかなぁ……)」


 このところ、団地内でカップルや夫婦、赤ん坊が増えたのはそういうことか……。

 この団地、無職ばかりなんだけど、そもそも今の世の中って無職の方が多いから、気にせず恋愛や結婚をする人が増えたんだな。


「鈴木さん、実は香里奈の妹もこの団地に住んでいて、誰かいい男性がいないかなってよく言っているんだけど、今度紹介しようか?」


「是非お願いします!」


 仕事は、運がよければそのうち就けるはず……段々と、別にこのまま無職でも問題ないような気がしてきたけど。

 だって無職でも暮らせるし、女性も紹介してもらえるし、結婚もできそうだから。





「ハザードマップをクリアした古い不動産物件のリノベーションと管理。相続時に放棄され、国に返還された土地、山野、田畑の管理。予算不足で廃止せざるを得ない鉄道、バス、施設、各種インフラの管理……。ゴーレムで安価に管理する事業が儲かっているのだ」


「安くても儲かる不思議」


 今の日本には、過疎化で放棄されたり、予算不足で維持、管理ができないものが沢山ある。

 そのまま朽ち果てさせても問題は少ないのだけど、これを維持したい人たちもいて、古谷企画とイワキ工業がゴーレムでの管理を引き受けていた。

 それも、かなり格安でだ。

 その代わり、たとえば山野の維持なら、その山野で手に入った野草、山菜、木材、猪、鹿、熊などの狩猟、採集物はこちらが自由にできる契約だ。

 その結果、日本全国の広大な面積の土地が古谷企画とイワキ工業によって管理されるようになった。

 多数のゴーレムが配置され、人間を使うと採算が取れないような土地、施設、インフラがちゃんと整備されるようになった。


 ただ、国や地方自治体は、土地、施設、インフラを安く管理してもらえるのでありがたく思い、地元の住民も増税されることなく、放置されていた山野やインフラなどを維持、管理してもらえるのでありがたく思っていたのだけど、今は仕事がない時代なので、騒ぐ人たちが出てきた。


『国土を他国の企業に管理させるのは、国防の観点から考えていかがなものか!』


『田中総理は、トレント王国に国を売り渡してる!』


 まあ、その手の物言いをする人たちが騒いでいるのだけど、気にする日本人はほとんどいなかった。


「じゃあ、この本来廃線にする予定だった電車、そう言ってるお前が管理しろって話なるからな」


「あいつら、文句しか言わないのだ。綺麗事なら、ちょっと気が利いた小学生でも言えるのだ」


「相変わらず辛辣なプロト1」


 そういう俺も、この手の連中は嫌いだ。

 冒険者は積極的にダンジョンに潜ってモンスターと戦い、お宝を持ち帰る人しか生き残れないので、口だけの人を嫌う傾向にある。

 そういう人たちも冒険者を『野蛮人』だと批判するからわかり合えないし、彼らの言い分なんて基本無視するか、ボロカスに批判するのが常だった。


「そもそも、『国土をトレント王国人が管理するなんて!』とか言っているけど、国に値切りに値切られて管理している国有地と、自衛隊基地や重要インフラがある土地を一緒にしないでくれよ。本当、これ儲からないのな」


 ゴーレムしか置かず、管理している山野、河川から得た採集物を販売したり、これらを調理したものを無人食堂で提供して、ようやくほんの少し黒字になるくらいしか儲からないのだ。


「他の企業は、絶対赤字になるから引き受けないのだ。もっとも、人を雇わない古谷企画に仕事が奪われていくって批判する人もいるのだ」


「なんだかなぁ……」


 こっちは、頼まれた仕事をしているだけなんだけど、人間とはなかなかわかり合えないらしい。


「なにより、日本はトレント王国を正式に承認していないから、社長が日本の国有地やインフラの管理を引き受けても、特に問題ないのだ」


 今も日本がトレント王国を承認していないってことは、俺も岩城理事長も日本人のままってことだからな。

 彼らの理屈はそもそも破綻しているという。


「結局日本は、トレント王国を正式承認しなかったな」


「その方が都合がいいのだ」


 トレント王国人の八割が日本人であり、もしトレント王国を正式に承認してしまうと、彼らの二重国籍状態をどうするかという、アンタッチャブルな課題を解決する必要が出てくるからだ。

 なぜなら日本は二重国籍を認めていないし、大量の高レベル冒険者に日本国籍を離脱されると、冒険者大国である日本の沽券に関わる。

 なにより、日本人の高レベル冒険者は日本国内で多くの事業を行って税金を払っている。

 彼らがトレント王国人という外国人扱いになると、日本国内での事業で様々な制約を受け、最悪日本から撤退してしまうかもしれないという問題があった。

 そうなればさらに失業者が増えるので、日本政府も今さらトレント王国正式承認という藪を突きたくない。

 もし正式に承認しつつ、トレント人となった元日本人をこれまでどおり日本国内で活動させるには、完全に縦割りのお役所同士の意見を調整しながら数多の法律を整備しなければならず、田中総理曰く『自分が老衰で死んでも、まだ決まらないと思う』と言っていたをの思い出した。

 実は、アメリカ、東南アジアの方が外国人でも商売しやすいので、逃げられる懸念もあったのだ。


「でも不思議なことに、納税は日本とトレント王国の国税庁が話し合ってちゃんとやってるのだ」


「大人だなぁ」


 古谷企画もイワキ工業も、本社をトレント王国に移してしまったので、日本はかなりの額の法人税や、俺たちが払っていた所得税、住民税などを失ってしまったが、そうなった原因が獅童総理なので文句も言えず、俺たちはえらく税金が安くなった。

 それでも、冒険者資本や無人、省力化に成功した大企業などが納める税金で、日本は無理なくベーシックインカム制度を導入できたのだから文句は言わないでほしい。


「海岸の清掃も、ゴーレムたちに任せるそうなのだ」


「人間に拾わせると金がかかるからなぁ……」


 国や地方自治体は、税金の無駄遣いをすると批判されるので、公共事業を安く引き受けてくれる、ゴーレムを用いている会社に頼むようになり、役場も省力化が進んで公務員の数は減り続けていた。

 そしてこれまではそれを望んでいたのに、いざ実現すると職がなくなって批判する人たちが出てくる。

 理不尽だなって思った。


「税金の無駄遣いを指摘したら、また仕事が減ったのだ」


「なんという皮肉」


 だが若い人を中心に、 『別に無職でも問題なくね?』という感じになっており、無職でも結婚し、子供がいる人が増えていた。

 それでもまったく無職という人は少なく、たまに単発の仕事をしたり、小さな商いをする人が大半だったけど、昔のように猛烈に働く人が減ったのは確実だ。

 儲からないけど、好きな仕事を始める人も増えている。

 趣味に全力という人も増えていた。


「若い人はすんなり受け入れた人が多いイメージ」


「昔の『働かない奴は駄目人間』的な考えを引きずる人たちが、職を寄越せとうるさいのだ」


「でもさぁ……。そういう人って……」


 ぶっちゃけ、有能な人なら仕事はあるのだ。

 問題は、自分が有能だと思っている、そうでない人たちが、自分に仕事がないのはおかしいと騒ぐことだと思う。


「無能ほどプライドが高くて諦めが悪いし、切り替えできないのだ」


「プロト1、言い方」


 実際、じゃあ無職でいいやって人の方が、人生楽しそうなのは事実だけど。


「自分で仕事を作り出せる人は困らないのだ」


「そんな人はそういないだろう」


「そんなに働きたいのなら、ダンジョンに潜ればいいのだ」


「そうなんだけどさぁ……」


 ところが、そういう人ほどイメージホワイトカラー的な仕事を求めるし、なんなら冒険者なんて野蛮で3Kな仕事だと思ってるから、自分はやりたくないと思っている。


「自分にはホワイトカラーでクリエイティブな仕事が相応しいと思ってるし、なんならそういう仕事を奪った冒険者を恨んでいる」


「不思議なのだ。自分が有能だったら、下に見ていた冒険者に仕事を奪われるわけはがないのだ」


「そこは矛盾しているかも」


 ただ人間って、矛盾した生き物だからなぁ。


「つまりずっと、事務職で、週休二日制で、年収一千万円超えの仕事を探しているのだ。そんな仕事は、彼らには回ってこないのだ」


「だよなぁ」


「女性が求める理想の結婚相手に、年下、大卒、イケメン、年収一千万超え、専業主婦希望とか言ってるのと同じなのだ。自分を客観的に見れない人は生きにくい時代なのだ」


「……だよなぁ……」


 世界からは徐々に貧困が消えつつあるけど、自分が恵まれていないと思う人たちが大きな声をあげているのも事実で、人間の幸せの定義って人それぞれで難しいと思うのであった。

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