第228話 茶道を習ってみる

『ダンジョンが出現してからというもの、油田、ガス田、鉱山は枯れ果て、世界中で、資源、エネルギーが不足。これを手に入れるには、ダンジョンに潜らなければならない』


『まさに命がけだな』


『ところが、各国の軍隊がダンジョンに挑んだがすべて敗れ去ってしまった。近代的な兵器がいっさい通用しないのだ! このままでは、残った資源とエネルギーを巡って人々が殺し合うようになるぞ」


『いったい、どうすればいいんだ!』





 ダンジョン出現により、エネルギーと資源が手に入らなくなり、将来を悲観する世界中の人々。

 自分たちは、これからどうすればいいのか?

 みんなが悩んでいると、そこに一人のヒーローが現れた。


『ダンジョン攻略なら任せてくれ! 俺の名は古谷良二!』


 その男は危険なモンスターが多数蠢くダンジョンに、誰よりも早くたった一人で潜っていく。

 誰よりも強く、ただモンスターを倒し、ダンジョンを攻略するだけでなく、動画を撮影しながらダンジョンやモンスターについて解説を入れ、多くの冒険者が少しでも安全にダンジョンに潜れるようにした。


『一人でも冒険者の犠牲が減らす! これが俺の使命なんだ!』


『ありがとう、古谷良二』


『あんたの動画のおかげで、俺も命拾いしたぜ』


『おかげでどうにか、ダンジョンから必要な魔石やモンスターの素材を持ち帰れています』


『それはよかった。世界の人たちがダンジョン出現前の生活レベルを取り戻し、さらに豊かになるため、俺はダンジョン攻略動画を撮影、更新し続けてるのだから』


『古谷さん、これからどちらへ?』


『聞くまでもない。新しいダンジョンへ! 俺はすべてのダンジョンを踏破し、撮影するつもりなのだから』


 ダンジョンは、冒険者が潜らなければ消えてしまい、潜り続けると階層が増えて

その構造が大きく変わってしまう。

 それでも古谷良二は、その度にダンジョンに潜ってその構造と攻略方法を指南する動画を更新し続けた。

 それも、誰よりも早く。

 

『古谷良二って凄いよな』


『ああ、少しでも追い甥つくぞ!』


『僕、大きくなったら、古谷良二みたいな冒険者になるんだ』


 世界中の人たちの生活は、冒険者によって支えられている。

 そして、そんな冒険者たちのためにダンジョン攻略動画を更新し続ける男、古谷良二。

 彼の挑戦はまだまだ続くのだ。





「……なにこれ?」


「プロト1社長に頼まれて、シナリオを担当した宣伝アニメでござる」


「なんかそのぅ……」


「気持ちはわかるでござるが、そういうオーダーだったので諦めてほしいのでござる。大衆に古谷殿の良さをアピールするには、このくらいわざとらしい作りにする必要があるのでござる」


「同志山田、プロだな」


「創作の世界もAI制作のシェアが上がって、仕事が減ったり、廃業する同業者も増えているのでござる。仕事が積極的に取っていき、依頼主の期待に応える必要があるのでござる」


「大人だ……」


「とはいえこれも、自分がやりたい作品を作るためでござる。最近、プロト1社長と動画配信サイトで無料で流したり、課金して見られる漫画やショートアニメの原作の依頼を定期的に受けているゆえ」


「そういうの増えたよね」


「ただ、コストが下がって大量に作られているため、激しい競争が発生しているのでござる。ようは数が多すぎて目立たないのでござるな。そこで、古谷殿の動画チェンネルの視聴者は多く、サブチャンネルにして誘導することで大成功を収めているのでござる」


「なるほど……」


「作品が多いということは、見られずに終わる作品も多いということでござる。どんな人間も、一日は二十四時間しかないでござるからな。こうなってくると、視聴者のお金よりも時間の奪い合いでござる」


 ダンジョン動画チャンネルだが、やはり同じことを続けていくだけでは徐々に視聴回数が落ちていくそうだ。

 そこで俺の動画チャンネルをプラットフォームと見立て、サブチャンネル扱いで様々なジャンルの動画や、漫画とショートアニメも始めた。

 基本は無料で、すべて収益は動画配信サイトからのインセンティブのみだが、有料サービスも作って会員を集めている。

 さらに面白い動画やコンテンツを見たかったら、有料サービスを利用してくださいという商売で、今では有名な動画配信者の大半が同じことをして稼いでいた。

 俺の動画チャンネルの登録者から有料サービスに移行する人も多く、かなり上手くいっていると思う。

 コンテンツの数が足りないので、プロト1は同志山田に原作や他の原作者の紹介を依頼。

 人気のある漫画やショートアニメは本格的にアニメ化して配信、なんて商売も始めていた。 

 AIで作成したキャラを動かすドラマなんかも撮影して配信している。

 俺は忙しいから、プロト1と同志山田が色々とあってるけど、まあ赤字じゃないからオーケーってことで。


「しかし、無料コンテンツだけで、一生あっても見きれないくらいの量があるな」


「ゆえに、これらを見て時間を潰せる人たちは幸せに暮らしているのでござる」


 確かに、たとえ無職でも家族でベーシックインカムを貰い、娯楽は無料……俺の動画チャンネルの有料版に入っても月に5000円だ。

 米などの無料配給もあるし、子供は子供食堂を無料で利用できる。

 ドラマやアニメだって、新作じゃなければ無料公開期間があるから、その時に見ればいい。

 一生無職でも特に困らない国に、日本はなりつつあった。

 欲しいものがあれば、短期のアルバイトならかなりあって、同志山田に言わせると江戸時代の江戸に住む庶民みたいな生活になるらしいけど。


「なかなか以前の生活を捨てられない人たちは、冒険者がすべて悪いと批判しているのでござるが……」


「無職なんて恥ずかしい。ろくでもないと思っているのに、仕事がない人たちにとっては辛い世の中だな」


「まだまだ古い時代のバイアスもあって、無職の人をバカにしたり、下に見る、有職者も問題でござるが……」


「全員が納得できる世の中なんて存在しないので、山田社長、アニメを作るのだ」


「全部見ているうちに、人生が終わるほど沢山作るのでござる」


 同志山田も、仕事が増えて法人化したのか。

 しかも彼は、仕事が遊びような人物なので楽しそうだな。

 赤字にならなければ、好きにやってくれた方が俺の推し作品が増えて万々歳なんだけど。





「こんなものかな?」


「リョウジ様、とても上手ですね」


「俺、『陶芸家』っぽいスキルもあるみたい」


「良二様、このお茶椀が完成したら、お茶を立ててあげますね」


「それは楽しみだな。確か綾乃って、裏千家師範の免状を持っているんだっけ?」


「はい」


「リョウジ、サドウって面白そうだから、私も始めようと思うの」


「元異世界人は、日本文化に興味津々だね」


「アヤノさん、私も習いたいです」


「ボクも」


「ジャパニーズサドウ。面白そうね。みんなでやってみましょう」


 数があり過ぎてあまり使わないスキルの確認をしていたところ、俺はなぜかロクロを回して茶碗を作っていた。

 アナザーテラには茶碗を作れる土が大量にあるので、お金がかからない趣味といえよう。

 綾乃に褒められたのと、彼女は茶道の師範なので茶碗が完成したらお茶を淹れてくれるそうで、子供たちの分も合わせて茶碗を作っていく。

 スキルのおかげで、よさげな茶碗が次々と完成した。

 他の茶道具もスキルのおかげで自作でき、ゴーレムたちが屋敷の庭に庵を作ってくれたので、ここで綾乃にお茶を淹れてもらうことにする。


「……あれ? 足が痺れない」


「高レベルのおかげでしょうか?」


「そうかもしれない。おい、プロト1。なぜ撮影している?」


「動画のネタになるから」


「もはや、なんでもネタにしていくな」


 妻たちと、ちょっと変わったことをしていただけなのに……。

 まあいいかと綾乃を見ると、着物姿の姿で茶を淹れる様子はとても優雅で綺麗だった。

 さすがは元華族なだけのことはある。

 俺たちも、俺がデザインしてゴーレムに作らせた着物を着ており、いかにも茶道な雰囲気を出していた。


「アヤノさん、茶碗を三回まわすんでしたって?」


「アヤノ、結構なお点前でしたって言うんだよね?」


「苦っ! ジャパニーズティーってこんなに苦いの? マッチャだから?」


「リョウジ、私は足が痺れてきたわ。セイザ、難しい!」


「リョウジさん、このあとどう立ち上がればいいのでしょうか?」


 初心者だらけの茶道の稽古はトラブル続きだったけど、とても楽しかった。

 この様子を動画で配信したところ好評だったようで、綾乃に茶道を習う俺たちの動画はシリーズ化することに。

 そして、予想もしなかった反響も。


「えっ? 俺が作った茶碗が欲しいって?」


「茶道具を販売する会社や、茶道をする人たちから、売ってほしいと問い合わせがあったのだ」


「こんなの売れるんだ……」


 この手の技術系スキルというか特技は、万能職である勇者として強くなるため、義務として覚えただけなんだけど、高レベルになると、完成する茶道具のレベルはとんでもないことになるってことか。


「それで、いくらで買うって?」


「一千万円なのだ」


「ぶぅーーー!」


 俺は飲んでいた抹茶を拭き出してしまい、プロト1の顔にかかってしまう。

 

「社長、茶道師範の道はまだまだなのだ」


 異世界に、『茶道師範』なんてスキルはなかったからな。

 異世界でよく飲まれていた紅茶みたいなお茶を美味しく淹れられるスキルはあって、これを応用したら紅茶を美味しく淹れられるようになったので、たまにイザベラに淹れてあげると喜ぶけどね。


「適当に土を捏ねて成形し、焼いただけの茶碗で一千万円って……」


「社長の知名度のおかげなのだ」


 苦労して陶芸を極めんとしている陶芸家よりも、俺が作った茶碗の方が高いって、そんな事実が世間に知られたら、また怒りそうな人が出そうだけど。


「ですが良二様、私にくれたお茶碗、私が持っている最高額の茶碗よりもよく出来ていますから、一千万円でも安いと思います」


「……茶碗の価値とか、よくわからねぇ……」


 逆に、それがわかる綾乃って凄いけど。

 そういえば綾乃って、書画や水墨画、工芸品の目利きが凄いんだよなぁ。

 コレクョンもしていて、定期的にオークションや蚤の市に出かけて、価値のある掘り出し物を安く購入して大儲けしていた。

 

「じゃあ、社長が作った茶碗を売るので作っておいてくれなのだ」


「別にいいけどさ。あまり高く売るなよ」


「それはお客さん次第なのだ」


「現在、美術品や工芸品も投機の対象になっていますから、価格の高騰を防ぐのは難しいと思います」


 綾乃は転売目的じゃなくて、世間に埋もれていた素晴らしい芸術品、工芸品をコレクションとして買い集めた結果、評価額の爆騰で結果的に大儲けしたことになっただけなんだけど。

 もしバブルが弾けて価格が暴落しても、評価額では全然損をしていないという強者であった。


「社長の茶碗や茶道具は、オークションで売るのだ」


「任せるけどさ」


 こうして、俺の自作した茶道具の数々が売りに出されたのだけど……。


「茶碗一個で五億円? マジで?」


「マジで五億円で売れたのだ」


「……完全に、投機の対象になってないか?」


「それは仕方がないのだ。価格が上がろうが、下がろうが、社長が作った茶碗の価値は変らないのだ」


「……なに? その一見いいこと言った風の締め方」


「それよりも、もう良二様が作ったとされる茶道具の偽物が出品されていますね」


 綾乃が、オークションサイトで俺が作ったとされる偽物の茶道が出品されているのを見つけた。

 他にも、俺のサインとか、俺が使っていたとされる武器や防具なんかも出品されていて、大半が偽物だったけど。


「偽物が作られるだけ、社長が凄いってことだから」


「それは慰めなのか?」


「偽物はAIも駆使してオークションサイトに通報、削除させているけど、なかなかなくらないのだ」


「なんか凄い世界だな」


 まさか、俺が適当に作った茶道具まで売れるなんて……。

 ますます美術、芸術品がよくわからなくなってきたよ。

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