第227話 ダンジョン出産
「可愛らしい男の子ですね。おめでとうございます」
「よくやった、マリア」
「あなた、この子だけど……」
「ちゃんと冒険者特性があるぞ、スキルは『魔法剣士』だ」
「リョウジ・フルヤの言っていたことは本当だったのね」
私たち夫婦はアメリカ人で、共に冒険者特性を持つ冒険者だ。
妻のマリアは『魔法使い』、私は『戦士』として日々ダンジョンに潜っている。
もうすぐ出産するマリアは、産休に入っていたけど。
冒険者で体か頑丈だからか、マリアは難産になることなく男の子を生んだ。
生まれたばかりの我が子の可愛さに感動しつつ、スカウター機能を備えたメガネで見てみると、冒険者特性を持っていた。
スキルは『魔法剣士』。
私が『戦士』で、マリアが『魔法使い』だからか?
なら『魔法戦士』ではないかと思うのだが、冒険者特性の遺伝はそんな単純なものではないか。
『魔法戦士』と『魔法剣士』。
共に上級スキルとして実在するが、その差は『魔法剣士』が剣に特化しているくらいしか差がないとのことだ。
『魔法戦士』の方が剣以外の武器も使えるから器用だが、『魔法剣士』は剣の扱いに特化している分、剣を扱うととても強い。
総合力では変わらないらしいけど。
そんなわけで無事冒険者特性を得た我が子だが、以前は冒険者特性に遺伝は関係ないと言われていた。
実際、冒険者特性を持つ人同士で子供を作っても、冒険者特性が発生する確率は、それを持たない者同士の倍くらい。
せいぜい3パーセントから4パーセント。
それでも多くはあるが、大半の冒険者特性持ちの子供に、冒険者特性は現れなかった。
ところが、それを覆した人物がいた。
古谷良二である。
すでに彼には十二人の子どもがいるらしいが、全員が冒険者特性持ちだと聞く。
さすがは古谷良二、世界一の冒険者というべきか。
そんな彼は、冒険者特性持ちの両親から生まれる子供に冒険者特性が出現する確率を上げる方法を独自に突き止め、それを動画で公表していた。
『まず、両親が共に冒険者特性持ちだと、冒険者特性を持たない同士の夫婦の二倍、生まれてくる子供に冒険者特性が出現しやすい。片親が冒険者特性持ちだと1.5倍です』
ここはまあ納得できるというか、実はかなり単純な確率論だったんだなって。
『冒険者特性を持つ子供が生まれる確率を上げる要因。それは両親のレベルを上げること。だけどレベル2000以下では、冒険者特性を持つ子供が生まれる確率に差が出なかった。少なくとも、俺が統計を取った限りではです』
せっかく冒険者特性を持つ両親でも、レベルが2000以下だと生まれてくる子供に冒険者特性が現れるのは3~4パーセントのまま。
俺とマリアはアメリカではトップレベルの冒険者で、レベル3000を超えていたのもあって、冒険者特性を持った子供が生まれやすかったというわけか。
『最後に、これが一番難しい条件かもしれない。出産をダンジョン内で行うこと。それも、深い階層ほど生まれてくる子供が冒険者特性を持ちやすくなる。当然危険ですけど』
というわけで、俺とマリアはパーティメンバーに協力を要請。
大金で医師と看護師を雇って、ロッキー山脈山脈ダンジョンの最下層で出産に挑んだわけだ。
構造変化で1500階層まで増えたロッキー山脈ダンジョンの最下層まで攻略し、モンスターを駆逐してから出産に入る。
魔法薬でいい出産誘発剤があって出産をコントロールしやすく、これは副作用もないので人気だった。
ちょっと高いけど、イワキ工業製なので信用できる。
『以上の条件だと、冒険者特性を持つ子供生まれる確率は98パーセントを越こえます』
「マリア、本当に冒険者特性を持つ子供が生まれたな。リョウジ・フルヤは正しかった」
「ええ」
だけど、これはまた世間で論争になりそうだ。
そうでなくても、すでに世界は冒険者を中心に回っているのに、優れた冒険者の子供がほぼ全員冒険者特性を持って生まれてくるようになってしまうと、ますます格差が広がると騒ぐ人が出てしまう。
「ふう……。デナーリス王国の国籍を取っておくか……」
「そうね」
「俺と妻もそうしようかな。あっ、俺の妻の出産の手伝いも頼む」
「任せてくれ」
「俺の妻が妊娠したら頼むよ」
「喜んで手伝わせてもらうさ」
世間からズルいと言われようと、冒険者特性を持つ子供が生まれた方がいいに決まっている。
ちょっとレベルを上げるだけで病気や怪我になりにくいし、知力、身体能力が向上するから、ダンジョンに潜らなくても生きるのに苦労しない。
私もマリアも親になるので、少しでも子供を有利な状態にしたかったのだ。
それがたとえ、親のエゴと言われようとも。
「リョウちゃん、よくこんなことに気がついたわね。冒険者特性持ちは私の信者になりやすいから、冒険者特性持ちが増えるのは大歓迎だけど」
「ルナマリア様、向こうの世界でダンジョンに潜って子供を生む人はいなかったのですか?」
「魔王とその軍勢が攻めてきているのに、そんなことしている余裕ないしね。そもそも出産間近の妊婦なんてダンジョンに潜らせたら危ないし、戦力にもならない。タイミングよく出産できないと、ダンジョンに籠りきりになっちゃう。出産誘発剤は、イワキとタケちゃんの合作なんでしょう?」
「まあそうなるよね」
冒険者特性を持つ子供をいかにして増やすか。
冒険者の国であるデナーリス王国の課題であったが、俺は何年も研究してその答えを出した。
冒険者特性持ち同士で夫婦になり、高レベルなり、ダンジョンのなるべく下層で出産する。
なかなか難しいが、現在では高レベル冒険者同士が助け合って出産を行い、冒険者特性持ちの子供が増えて続けている。
まずは俺とイザベラたちで実験しており、その結果が正しかったことが証明されたわけだ。
ルナマリア様は、こんな方法があったんだと驚いていたが、向こうの世界では実践するのが難しかったから、気がつかれてなくても仕方がない。
「ねえ、冒険者特性を持たない夫婦がダンジョンの下層で出産したら、冒険者特性が出る確率はどんなものなのかしら?」
「70パーセント前後ですね」
あくまでも、俺たちが護衛をしつつ、ダンジョンの最下層で出産させた結果だけど。
冒険者特性を持たない、それも妊婦が、ダンジョンの最下層に護衛もなく立ち入ったら、すぐに殺されてしまうからだ。
その前に、最下層にたどり着けるわけがないけど。
「ただ、まだサンプル数が少なくて、正確な数値を断言できないんですよ。これから正確な統計を取ろうかと」
「もっとサンプルを集めたら?」
「もうやってる冒険者はいますよ」
普通に生まれて大人になっても、死ぬまで働かない人が半数以上も出る社会になった。
冒険者特性があれば、冒険者になってダンジョンに潜れるから、親としては生まれてくる子供が冒険者特性を持っていてほしい。
そこで、早速俺の研究結果を利用して、出産をダンジョン内で行わせる商売が流行していた。
ただこれまでは、そうタイミングよく出産できないため、長々とダンジョンの最下層で冒険者特性を持たない妊婦を守りながら籠る必要があったので、護衛を担当する冒険者の警備費用が高く、さらにモンスターに殺されてしまう母子も出てしまった。
それが改善されたのは、岩城理事長と剛が安全な出産誘発剤を開発してからだ。
「とはいえ、ダンジョンに潜って出産しても、必ず生まれてくる子供に冒険者特性が出るって保障もないんだよなぁ」
父親と母親に冒険者特性がない場合、生まれてくる子供に冒険者特性が出る確率を上げるには、なるべく深い階層で出産するしかない。
護衛する冒険者たちのレベル次第になっていまうし、実際深い階層に潜れる冒険者の方が護衛報酬は高かった。
今では、それ専門の冒険者まで現れ出した始末だ。
「確かに冒険者特性を持つ子供が生まれる確率は上がるけど、絶対じゃない。だから揉めるし」
依頼者には、『もし生まれた子供が冒険者特性を持っていなくても、責任は取りません』って先に言い、誓約書も書かせているらしいけど、大金を払って危険なダンジョンの最下層で出産したのに、生まれた子供に冒険者特性かなかったら怒ると思う。
「父親と母親が冒険者特性持ちなら、滅多に失敗はないんでしょ?」
「でもゼロじゃないんですよ」
俺たちは、高レベル冒険者夫婦の出産を何度も助けてきたけど、二パーセントの偶然に襲われるケースを目撃したことがあった。
だから俺たちは、ダンジョン内出産の代金を貰っていない。
さらにいえば、両親のどちらがが冒険者特性持ちでなければ仕事を受けないようにしていた。
「じゃあ剛って、幸運なのね」
剛と冬美さんの間にも二人子供がいるけど、共に冒険者特性を持って生まれた。
確率的に言うと、片方は冒険者特性を持っていなくても不思議はないのだけど、剛は運がいいからな。
高レベル冒険者は運もいいので、冒険者特性を持つ子供が生まれやすかった。
「冒険者って、サラブレッドみたい。リョウちゃん、頑張って冒険者を増やしてね」
「はぁ……」
ルナマリア様としては、冒険者特性持ちが増えた方が信者が増えるから、今の状況は大歓迎なんだろうけど。
「生まれの格差反対ーーー!」
「冒険者は、すべての人間に冒険者特性を与えるべきだ!」
「冒険者特性を持たなければ、親が金持ちでもなければ人生終わり。こんな世の中はよくありません! 冒険者は我々に手を差しのべるべきです!」
「……」
今日もデモが行われているのか。
仕事がない人たちが増え、それでもベーシックインカムで暮らせるから、デモに参加する人が増えた気がする。
このところの争点は、ついに冒険者特性の出現率まで弄り始めた冒険者に対する非難だ。
わずかな確率でしか出ないはずの冒険者特性であったが、古谷良二がそれを劇的に上げる方法を見つけた。
冒険者特性持ちが高レベルとなって子供を作り、出産はダンジョンのなるべく下層で行う。
そんな方法で、冒険者特性持つ子供が生まれる確率が劇的に増えるのかと、世間で大騒ぎになったのだが、これには別の問題もあった。
『冒険者特性を持つ者同士での結婚を推奨するようなものだ! よくない傾向だ!』
この世界から徐々に人間がやる仕事が減っているなか、冒険者特性を持つ冒険者のみが安泰という状況になった。
命がけでモンスターと戦う仕事なので、向き不向きがあると思うし、決して楽な仕事ではないのだけど。
ただ、冒険者特性を持たない冒険者は死亡率が高く、現役でいられる時間も短い。
冒険者特性があれば、レベリングをしてもらってから、ダンジョンの二桁階層で戦っていれば死亡率がゼロに近いという現実もあって、富裕層が意図的に冒険者特性を持つ子供を産めるとなると、格差がさらに広がってしまうという問題点が浮上したのだ。
『冒険者特性を持たない夫婦でも、ダンジョンの下層で出産すればするほど、生まれてくる子供が冒険者特性を持つ確率が上がる。これも格差を広げてしまう』
実際、富裕層が大金で高レベル冒険者を雇い、出産をダンジョンの下層で行う例が増えた。
期待して大金を投じたのに、生まれてきた子供が冒険者特性を持たずに捨てられるなんて悲劇もあったが、上野公園ダンジョン最下層で出産させると、両親が冒険者特性を持たなくても72パーセント、両親が冒険者特性を持っていれば98パーセントの子供が冒険者特性を持って生まれたという事実が、多くの富裕層がダンジョン出産を選択するようになった。
上野ダンジョンで出産させると、その子は日本国籍も得られるという利点がある。
海外出産の高級版として、富裕層に人気となった。
だが、その費用は一人五億円だ。
出産促進剤のおかげで出産がコントロールできるようになり、一度に何組も出産させることでコストは下がったが、庶民には高嶺の花であった。
そしてこれを差別だと騒ぐ人たちが増えたのだ。
『全員を無償で、ダンジョン内で出産させるべきだ!』
『冒険者は恵まれているのだから、無償で協力しろ!』
無茶言うよなぁ。
生まれてくる子供全員を、ダンジョンで出産させろだなんて。
物理的に不可能だし、必ず冒険者特性を持って生まれる保証だってないのに。
だが、デナーリス王国国籍を持つ冒険者の子供の90パーセントが冒険者特性持ちなのも事実であり、どうすればいいのか、解決策はなかなか見つからなかった。
「ダンジョン出産のお金を貸すところも出てきたし、みんな冒険者を格差の元凶だって批判しなからも、子供に冒険者特性を持ってほしいんだなぁ」
公務員を批判しながらも、自分の子供になって欲しい職業ランキングで公務員が上位なのと同じか。
なお、ダンジョン出産の資金を借りてその子に冒険者特性が出なかった場合、その子は生まれた時から五億円の返済方法がない借金を背負うことになる。
冒険者特性を得ても、五億円を稼げない者も出てくるはずだ。
それでもみなさん、72パーセントの確率に賭けて、ダンジョン出産を奥さんにさせますか?
『古谷良二さんの精子を売ると偽り、自分の精子を販売した罪で○○○○容疑者が詐欺の容疑で逮捕されました。被害者の女性は○○容疑者の子供を出産したものの、冒険者特性を持っておらず、顔も似ていないため容疑が発覚しました』
「世も末だな」
「ですね」
詐欺師が俺の精子と偽って、自分の精子を女性に売って詐欺で捕まったそうだ。
その女性は、出産してから詐欺に気がついた。
俺の子供なら、冒険者特性を持つから将来安泰だと騙されたらしい。
被害者の女性はこれから大変そうだが、詐欺師に名前を利用される俺もいい迷惑だ。
俺と子供を作っても、相手の女性が冒険者特性を持っていないと、冒険者特性を持つ確率が下がる。
さらにダンジョン内で出産しなければ、生まれてくる子供が冒険者特性を持たない確率の方が高いのだから。
『この子は、古谷良二の子供なんです! すぐに認知して養育費を払ってください!』
『この子は、古谷良二さんとの一夜の過ちで……』
俺、そんなにモテモテだったのか?
というか、俺は出先で女性との逢瀬を繰り返していた?
「いや、俺、仕事で出かけても、現地で遊んだり、泊まったりしないし!」
『テレポーテーション』があるから、少なくとも冒険者特区内の別邸に戻って寝るしな。
たまに変装して地元のグルメを楽しむけど、現地で一晩の相手を探すなんてこと、基本陰キャの俺はしない。
つまり、今動画で俺の子供を産んだと主張している女性たちは嘘をついているのだ。
「というか、この女たち誰?」
「嘘を言ってまでお金が欲しい人が増えたのだ。視聴回数目当てなのだ。当然、法的に対応するけど」
「だよね」
「リョウジさんほど有名になると、ちゃんと否定して対応しないと、あとで大変なことになりますから」
「こうやって世間の人たちは勘違いするのだ。社長がモテモテ王国の王様だって。現物はこんななのに」
「こんな、で悪かったな!」
プロト1め。
段々と口が悪くなってくるな。
「正直なところ、別にイザベラたち以外の女性とそういう関係になりたいとも思わないからなぁ」
世間では二人の子を産んだ妻たちよりも、外の新しい女性なのかもしれないけど。
イザベラたちは、俺と剛特性の魔法薬で若さもスタイルも維持している。
その辺の若いだけの女性よりも、ダンジョンの女神たちの方がいいに決まっている。
「奥さんの数は多いけど、リョウジ君は浮気しないよね。いいことだけど」
「唯一可能性がありそうなのは、モモセさんですか」
「彼女はビジネスパートナーだから。それよりもさ」
冒険者特性を持って生まれた子供たちを教育する初等教育機関を作りたいから、岩城理事長と相談しないとな。
デナーリス王国存続のためには、ただレベルが高くて強いだけでなく、理性のある国民が必要なのだから。
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