第224話 それぞれの幸せ

「おっちゃん、タコ焼き二個ちょうだい」


「タコ焼きが二個ね。学校は終ったのか?」


「終わったよ。これから友達と遊ぶんだ」


「それは楽しそうだな」


「おっちゃん、ジュースちょうだい」


「いつものオレンジジュースでいいのかい?」


「うん」


「僕は、これとこれね」


「はい、五十円ね」


 とある地方都市の郊外で、俺は小さなお店をやっている。

 地元住民……主に子供たち相手に駄菓子を売ったり、たこ焼きやキャベツ焼きを焼いて売ったり、店の軒先に近所のお婆ちゃんが栽培した野菜を置いて委託販売したり、店内に椅子とテーブルを置いて地元の老人たちにコーヒーを出してみたり。

 お店は古い倉庫と民家を自力で改築したものなのでスペースがあり、コワーキングスペースの代わりに利用してもらったりと。

 このところさらにリモートワームが増えたので、思ったよりも利用者が多かった。

 うちは料金が安いってのもあるのか。

 さらに俺のお店が、この地区に住む人たちの交流の場にもなっていた。

 業種でいうと駄菓子屋がベースで、軽食やコーヒーも売っているので喫茶店でもあり、このところ個人で野菜、焼き菓子、パン、小物などなど。

 委託販売をして手数料を取ったり、ぶっちゃけそんなに儲からないけど、ベーシックインカムがあるからのんびり生活できる。

 隣に無人食堂もあるけど、不思議とうちのお店は潰れなかった。

 無人食堂のタコ焼きは八個入りからしか売ってないけど、うちのお店は二個百円から売っているので、子供たちが二個だけ買える。

 などの細やかな配慮のおかげだと思う。

 子供たちにもベーシックインカムがあるから、お小遣いは十分持っているというのも大きかった。

 このところゴーレム、ロボット、AIを使った飲食店が増え続けており、人間を沢山使っていた店舗が閉店してしまったり、人間の従業員たちを切ってそれらを導入するお店が増えている。

 うちのお店は俺一人で十分に回るので、食材、料理保存用の保存庫を借りているくらいかな。

 これのおかげで食材のロスが出ず、利益率が高いのも助かっていた。

 駄菓子もよく売れていて、これは微々たる利益しか出ないけど、子供たちが毎日買い物に来てくれるからバカにできない。


「(上を見たらキリがないからな)」


 これでも俺は、つい一年ほど前まで東京の有名な大企業で働いていた。

 ところが、幼い頃に両親を事故で失ってから俺を育ててくれたお祖母ちゃんが腰を悪くしてしまった。

 他に面倒を見てくれる親戚もなく、俺は会社を辞めて故郷に戻って来たのだ。

 東京も色々とあって、このまま住むのはどうなかって思っていたので、ちょうどいいタイミングだったのだけど。

 なにより会社があきらかに人員を減らしたいようで、俺が辞職届を出したら退職金を上乗せしてくれたのもありがたかった。

 上司や先輩、同僚たちには強く止められたんだけど、俺の意思は揺るがなかった。

 ところが、ダンジョン出現後の世界は人間の仕事が減りつつある。

 故郷に戻っても、仕事がなかなか見つからなかった。

 ちょっと焦ったんだけど、お祖母ちゃんは『そんなに焦るな』って、俺が無職でもまったく気にしない。

 それは紆余曲折あったけど、ベーシックインカムが貰えるようになったからだろう。

 贅沢しなければお祖母ちゃんと二人、ちゃんと暮らせるのだから。

 ただ、ずっと無職というのも辛いので、俺は小さく商って生きていこうと計画を立てた。

 ちょっと古いが安い住居兼倉庫を自分で改装し、安くこの店をオープンさせたってわけだ。

 幸いお祖母ちゃんはちょっと歩行に難があるだけで、俺がそこをフォローすれば普通に暮らせる。

 お店はなるべく経費をかけずにオープンさせ、俺一人でやるから赤字にならなければいい。

 今のところは、その戦術で上手くいっている。


「(そういえば、もう明日か)」


 実は明日、中学時代の同級生がこのお店に顔を出してくれることになっていた。

 その同級生はトップレベルの冒険者で忙しいけど、たまたま近くのダンジョンで仕事があって、お店に寄ってくれる。


「(剛のやつ、元気かな?)」


 俺の中学時代の同級生、拳剛は見た目がちょっと怖いけど、実は優しくて頭もよかった。

 多分普通に進学していたら、俺よりもいい大学に行っていただろう。

 ところが彼には冒険者としての資質が出て、冒険者高校に進学してからは大活躍だ。

 あの古谷良二の親友というのも凄いと思う。


「明日が楽しみだ」


 そして翌日、時間どおりに剛がお店を訪れた。


「あーーー! 剛のB級グルメの人だ!」


「すげえ、本物だ!」


 剛は動画配信者としても有名で、いつもお店にいる子供たちが彼を見ると大はしゃぎしていた。

 一緒に写真を撮ったり、サインを貰って嬉しそうだ。

 この地方都市のさらに郊外に、そうそう有名人なんて来ないからなぁ。

 

「剛君は、このお店に取材に来たの?」


「この店の店主は友達だから遊びに来たんだ」


「おっちゃん、凄いんだな。剛君と友達なんて」


「おっちゃん? 安西、お前はまだ二十代前半だろうが」


「子供から見れば、俺はおっちゃんなのさ。当然、剛もな。妻帯者で子供もいるんだから」


「俺は、動画の影響で『剛君』だからな」


 動画撮影で飲食店に行く機会が多い剛は、どういうわけか老人経営者たちからのウケがよかった。

 とあるバズったお店の取材の時、店主のお婆ちゃんから『剛君』と呼ばれて以降、動画内で剛君と呼ばれることが多い。


「今夜は泊まっていけよ。高級ホテルとはいかんが、お祖母ちゃんが夕食を作っているから」


「悪いな。俺は高級ホテルが一向に慣れなくてなぁ。普通でいいんだよ」


 夕方になってお店を閉めると、お祖母ちゃんが夕食を作ってくれた。

 少し足が悪くなって買い物などは俺がするようになっていたけど、家事をやってくれるのでありがたかった。

 お祖母ちゃんも、『足が悪いからって、なにもしなかったら衰えるから』というので、無理をしない範囲でお願いしていた。


「すみません、ご飯のおかわりをお願いします」

 

 剛は見た目どおりよく食べ、遠慮なくご飯をおかわりする。

 その方が剛らしいし、お祖母ちゃんも料理の作り甲斐があるのだろう。

 ニコニコしながら茶碗を受け取っていた。


「冒険者さんはよく食べるんだね」


「体が資本ですから。ところでその足は……」


 剛は、足を引きずるお祖母ちゃんが気になるようだ。


「急に動かなくなっちゃってねぇ。家事で少し動いたり、短時間立つのは大丈夫だけど、ここから一番近いスーパーに行くは難しいのよ」


「俺は『アークビショップ』だから、診てみようか?」


「頼むよ、剛」


 お祖母ちゃんが歩けなくなった原因だが、医者によると原因不明で、多分加齢による衰えからくるものだそうだ。

 他にもいくつかの病院で診てもらったのだけど、診察結果はほぼ同じ。

 加齢が原因なら仕方がないが、原因不明というのがずっと引っかかっており、色々な薬や民間療法も試してきたのだけど、残念ながら効果はなかった。


「どれどれ……。ああ、これなら『エクスメディカル』ですぐに治るな。じゃあ、パパっとかけるから。『エクスメディカル』」


 剛がお祖母ちゃんの足に手を添えながら呪文を唱えると、一瞬だけ足が眩く光るが、すぐに収まった。


「婆ちゃん、念のためゆっくり歩いてみてくれ」


「はい……。ああっ! 足が全然痛くないし、引きずらなくなったわ!」


「すげえ……」


 お祖母ちゃんは足をひきずることなく、普通に歩けるようになった。

 どこの病院でも治すのは難しいって言われてたのに、冒険者の治癒魔法ってこんなに効果があるんだ。


「剛君、本当にありがとう」


「全然大したことはしていないので」


「これで散歩や買い物に行けるようになる。ありがたいわ」


「助かったよ、剛。それでいくら払えばいいんだ?」


 いくら剛が友達でも、いや友達だからこそ絶対に治癒魔法の代金は支払わないと。

 冒険者が作る魔法薬や治癒魔法は現代医療も効果があるが、それを受けるには高額の代金が必要だと聞いたことがあるからだ。


「代金? 今日の泊まり賃でいいよ」


「さすがにそれでは悪いだろう」


「治癒魔法は魔力しか使わないし、魔力は翌日まで寝れば回復する。そうだな。今回婆ちゃんを治癒魔法で治したことを内緒にしてくれ。俺に治療希望者が殺到すると面倒だからな。それに最近では、治癒魔法の代金もそこまで高くないぞ」


「そうなのか?」


「ああ」


 剛によると、治癒魔法が使える冒険者特性持ちで、戦闘に向いていない人たちは計画的にレベリングされ、日本国内の冒険者特区内にある『治癒院』で働くケースが増えているそうだ。


「『病院』もあるけど、病院はあくまでも現代医学を用いた治療をするところで、魔法薬と治癒魔法、魔導工学を用いた魔法道具を持ちいる治療は『治癒院』の担当なのさ」


 治癒院は冒険者特区内にしか開設できず、冒険者特区の住民で健康保険料を支払っていない人以外は実費負担になる。

 支払っていても、美容系の治療は実費負担らしいけど。

 治癒魔法と魔法薬のいいところは、料金が高くても傷が塞がるまでの療養期間がないことだ。

 特に美容整形の場合、すぐに効果が出て外科手術のように手術痕が塞がるまでの入院、療養期間が必要ない。

 そのため、冒険者特区外から患者が治癒院に殺到していると、剛が教えてくれた。


「勿論、現代医学では治療が難しかったり、できない病気や怪我は高額の治療費がかかる。だが、お婆ちゃんの足は治癒魔法一発で治ったからな。かかっても数万円じゃないかな? それなら宿泊費で十分だろう」


「それは知らなかった」 


「難しい問題なんだよ。もし治癒院に全世界から患者が殺到したらパンクしてしまう。いくら治癒魔法や魔法薬が便利だからって、現代医療も確実に進化させておかないと、もし将来ダンジョン技術が使えなくなったら世界は詰んでしまう。そんなわけでお上が宣伝したがらず、治癒院の存在を知らない人はかなり多いのさ」


 情報に敏感な世界のセレブたちは、治癒院の存在にいち早く気がつき、実費で美容整形をするために来日する。

 当然実費だが効果が絶大だし、肌に縫合の跡が残らなかったり、傷が塞がるまで療養する必要もないので得と考える。


「金持ちは時間の無駄を嫌うからな」


 確かにセレブは、治療費や美容整形が高額でも、すぐに仕事に復帰できた方が得だろうからな。 


「さすがは、秋葉銀行に入社できただけのことはある」


「この仕事になったら必要なくなったけどな」


「そうか。じゃあ俺に雇われるってのはどうだ?」


 剛が、俺を雇ってもいいと言い出した。

 正直なところかなり心動かされたが、この町に住んで一年ほど。

 俺はこの町を気に入っており、今さら勤め人に戻るつもりはなかった。


「俺はお祖母ちゃんと、この店を続けるさ」


「……そうか。この店に定期的に遊びに来るよ。今度は嫁さんと子供たちを連れてさ」


「楽しみにしているよ」


 剛はうちに一泊して東京……上野公園ダンジョン特区に戻ったが、全然変わらなくて安心した。

 俺は冒険者にもなれず、勤め人としても駄目だったけど、お店は上手くいっている。

 お祖母ちゃんの足もよくなった。

 世間では仕事がなくて騒いでいる人たちもいるけど、俺は今の生活に満足している。

 幸せってのはその人それぞれに違うから、まずはそれを見つけるしかないんだよなぁ。

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