第223話 モンスタービュッフェ
「有名動画配信者たちがお店を取材して動画を配信してくれるから、ほとんど広告費を使っていないのだ。あっ、ちゃんと投稿前の動画はチェックしているのだ」
「プロト1って、ますます動画配信に詳しくなってるよな」
「常に学習しているのだ」
「学習……ねぇ……」
すでにプロト1に搭載された人工人格は、古谷企画とイワキ工業で開発されている最新AIのデータも参考にして、さらなる進化をはたしていた。
ただ正直なところ、どうしてプロト1がてここまで人間臭くなってしまったのか誰もわからなかった。
優秀だからいいんだけど。
そういえばダンジョンが出現する前、2045年にAIが人間の進化を超える『シンギュラリティ』問題が発生するなんて話があったけど、すでにそれを実現しているような気がしてならない。
『ベビードラゴンのロースト、ステーキ、タン焼き、肉と内蔵の煮込み、タンシチュー。どれもレストランで頼むと、一皿十万円を超えるものばかりなのに、すべて食べ放題なのがお得だぁ』
『魚介エリアも、特殊な海階層からとってきた魚介系モンスターの刺身、焼き魚、他、和洋中と様々な料理があるけど、どれも別格の味です。現在、クラーケンフェアを開催中! タコ煎餅とタコ焼きを自分で作れるんだ。これは必ずやらなきゃ』
『野菜も、普段食べないものばかりだ。ダンジョンで手に入れた種や苗をアナザーテラで栽培したものか。ダンジョン種は栽培が難しいから、お店で買うと高額なのに、これも食べ放題なのは女子には嬉しいですね』
『フルーツもただ甘いたけでなく、酸味とのバランスがよくて美味しい。上品な味ぃ。スイーツ類も充実しているわね。モンスターミルクのチーズで作った各種チーズケーキが今週の目玉になっています。週ごとに目玉スイーツは入れ替わるのね。来週も食べに来たいわ』
『一人五万円だから一見高額だけど、これ元は取れているのか? コスパよすぎて申し訳なくなる』
プロト1から、新店に来店した同業者たちの動画を見せられた。
許可は出すけど、事前に動画をチェックさせてくれとプロト1が条件を出していたからだ。
俺が知っている人も知らない人も、もの凄い人数の動画配信者たちが、上野公園ダンジョン特区内にオープンさせた『モンスタービュッフエ』での試食動画を撮影、編集していた。
こちらがギャラを払っているわけではないので、自由に感想を述べてくれと言ってあったが、新店は概ね好評だった。
コストに関しては、どうせほとんど人間の従業員を使っていないのと、俺が自分で狩ったモンスターやドロップ品ばかり使うから利益は出るという構図だ。
その代わり、在庫がダブついている食材を優先的に出しているから、必ず好きなモンスター、ダンジョン産食品が食べられるわけではないけど。
正直なところ、増え続ける在庫が減って、赤字にならなければいいや程度の感覚で始めていた。
『お一人様一枚限定、ブラックドラゴンのステーキが焼けました!』
『おおっーーー! 上野公園ダンジョン最下層のボスじゃないか!』
『お得すぎる!』
『ベビードラゴンの肉も美味しかったけど、それを超えるな』
『あんなに狂暴なのに、柔らかいし、溢れる肉汁の旨味が……』
『ハンバーグもありますよ。こちらも、お一人様一個までです』
『くれ!』
実はかなりの値段がついているものの、それほど数が出ないものだから、俺がまだ上野公園ダンジョンが一千階層だった頃に虐殺レベルで倒したものが大量に残っていた。
『アイテムボックス』に入れておけば永遠に新鮮なままだけど、さすがに在庫過多が気になっていたので、どうにか減らす方法を考えた結果……まあ、プロト1が考えたんだけど……。
他にも、『アイテムボックス』で死蔵しているダンジョン産食材は多く、だから食べ放題のお店を始めたという理由もあった。
『アイテムボックス』に仕舞っておけば悪くならないってのも、それはそれで考えものかもしれない。
食べ物が勿体ないからロスを防ごうと、ダンジョン由来技術で食材を新鮮なまま保存すると、食べ物がさらに余っていく。
じゃあ、生産量を減らせばいいって?
それを他人に強制するのは難しいから、安く売って処分することになる。
だけど、そんな安売りされた食材でも量が多すぎて、結局食べられることなく捨てられる。
それなのに、世界にはまだまだ飢餓で喘いでいる人たちがいた。
食料が余っているので、世界中から援助が届いているのに、それを困っている人たちに届ける能力や方法がなかったり。
もっと酷いと、援助で貰った食料を横流しする為政者たちがいるという。
食料が余ってるのに、まだ餓死する人がいるってのが嫌な話だ。
『黄金小麦と、ダンジョンで手に入れた種子や苗を栽培したフルーツを使ったタルトも最高!』
『腕のいい料理人やパティシエがいるんだろうね。味だけじゃなくて、見た目も素晴らしいスイーツだから』
ゴメン。
料理もスイーツも、すでにゴーレムが作っているんだ。
作った料理とスイーツも、『アイテムボックス』技術を使った収納庫に入れておけばずっと出来立てなので在庫の管理も容易く、フードロスもほとんど出なかった。
このところ、世間はフードロスにうるさいからちゃんと対応しており、無人食堂グループの食材廃棄率はほぼゼロだった。
最近では、他の飲食店向けに『アイテムボックス』技術を利用した収納庫のレンタルもしているから、飲食店の廃棄率は大幅に下がっている。
収納庫のレンタル料金の方が廃棄する食材の仕入れ代金よりも安いというのもあって、これで食材廃棄率が下がる……とはなかなかならなかった。
ダンジョン出現前の日本では、生産された食料の三分の一が捨てられていた。
それが、今では大幅に下がっている。
ならば食品ロスが減ったのかというと、生産者側が売れなくて在庫を滞留させており、それも日が経てば腐ってしまう。
それを防ぐため、収納庫を導入した食料生産者が増えたけど、在庫が溜まる一方でついに生産停止にまで追い込まれたところも出てしまった。
だが、それが理由で何年も農地や牧場、養殖場を遊ばせておくわけにもいかず、なぜなら常に生産を続けないと生産技術を失ってしまうからだ。
結局肥料にするケースが多いらしいけど、廃棄を減らそうとダンジョン由来技術の収納庫を導入したら、食料を作りすぎになるという現実。
「世の中って、難しいよね!」
食料生産量をギリギリにすると、もし飢饉になった時に食料が足りなくなっていまうかもしれない。
かといって作りすぎると、在庫過多で食べられずに肥料になってしまう食料が増え、食料ロスが出ればこれも責められるのだから。
「最近、食材の廃棄率が高い飲食店は批判されるのだ」
「それも、飲食店のハードルを上げてるよな」
仕事がなくなった人の中には、そういう問題に敏感になった人が増えていた。
ネットでは真偽は不明だけど、有名な飲食チェーン店や運営企業の食材廃棄率が好評され、それが高いとお客さんが減るなんて現象まで発生していた。
美味しいのは当たり前で、環境負荷の低い飲食店がもてはやされる時代になったのだ。
「だから、古谷企画とイワキ工業の保存庫は売れてるのだ」
保存庫があれば、そこに入れておけば食材は新鮮なままだから、賞味期限切れの廃棄を防げる。
食材のロスがほぼゼロになるから、経費を削減できて利益率も上がる。
料理もできたてのままだから、料理人の労務管理もやりやすい。
あらかじめ料理を沢山作って保存庫に入れておけば、料理人が休日や早朝、夜に働く必要がなるなるからだ。
お店は年中無休なのに、料理人は土日、祝日、長期休暇を取れるお店が増えていた。
すでに調理をロボット、AI、ゴーレムにやらせているところも増えていたけど。
「その代わり、飲食店の生産性が上がって労働者が減ったのだ」
「そのせいで、また叩かれる冒険者」
ロボット、AI、ゴーレムの調理技術が格段に進歩し、すでにチェーン店で人間の料理人を使っているところはほとんどなかった。
逆に、必ず人間の料理人が作ることが売りのお店もあるけど、料金が高いことが多く、需要もそこまで多くないので、競争が激しい。
意外と個人店が残っているけど、そういう料理人は料理の腕よりも人間性で常連が多いから繁盛しているケースが多かった。
結局、料理の世界も冒険者と同じく、個人の能力が大切というわけだ。
「冒険者が叩かれるのは仕方ないのだ」
「だからって以前のままにしていたら、他の冒険者資本なり企業が生産性の向上を突き詰めて稼ぎ、旧態然とした飲食店を潰す。そうなったらなったで、また騒ぐくせに」
「言わせておけばいいのだ」
「批判されているくらいでは、実害もないか」
ただ、食料の廃棄が勿体ないってみんなが言うから対策したのに、そのせいで仕事を失う食料生産者が出るのは皮肉な話だ。
こうなってくると、事業のことはプロト1に任せるに限る。
「動画配信者たちが、 『モンスタービュッフェ』を撮影した動画は許可を出したので、順次公開されると思うのだ」
「俺たちも食レポをやるしな」
「宣伝乙なのだ」
「……いや、プロト1がやれって言ったんだろうが」
こうしてオープンさせたモンスタービュッフェだけど、ら普段はなかなか食べられないモンスター素材とダンジョン産食品が食べられ、コスパがいいと評判になり、すぐに世界中の冒険者特区内に作られた。
冒険者特区内にしか作られなかったのは、あくまでも俺が持つ過剰在庫を減らすためのお店だったからだ。
「向こうの世界で手に入れた分も合わせて、もっと在庫を圧縮しよう」
「リョウジさん、どれだけ在庫を抱えているのですか?」
「ざっと、今のペースで営業しても数十年分は」
「多すぎませんか?」
「だって、向こうの世界で魔王が倒せる強さになるまで、すべてのダンジョンで虐殺レベルでモンスターを倒し、でも俺が食べられる量なんて限られているじゃん」
それに加えて、地球に戻ってからも世界中のダンジョンで攻略動画を撮影し、暇があればレベルアップに勤しみ、他人のレベリングも手伝う。
これだけ活動しまくれば、在庫が溜まって当然だろう。
えっ?
全部売ったんじゃないかって?
そんなことをしたら、ダンジョンの品が値崩れを起こして俺が他の冒険者たちに恨まれるじゃないか。
モンスターの素材を捨ててくればいいって?
そんなの勿体ないじゃないか!
「リョウジさん、しばらくお休みしても……」
「それも考えたんだけど、前みたいになると、またそれはそれで困るから」
スキャンダルで冒険者業を自粛したら、今度はダンジョンの品が高騰して大騒ぎなったことを思い出してしまうのだ。
「ダンジョンで狩るモンスターの数を減らしたら?」
「それじゃあ、レベルが上がらないでしょ」
俺は、ホンファの提案を却下した。
「まだレベルを上げるの?」
「当然」
「どうして? 必要?」
「単純に気になるじゃないか。RPGでもレベルの上限があるし、冒険者も個々にレベルの限界がある」
それは、『ハーネス』で解決できる人もいるけど。
そして俺には、まだレベル限界が訪れていなかった。
「俺のレベル上限って、いくつなのかなって」
それを知ることこそ、俺が唯一持つ人生の目標だった。
「俺はもうレベルが上がりにくいから、沢山倒さないと駄目なんだ」
「……気持ちはなんとなくわかりますけど、倒したモンスターの素材を捨てられない。リョウジは貧乏性だよね」
「俺は庶民だからさ!」
そんなわけで、在庫過多を防ぐためにも、『モンスタービュッフェ』を運営していかないと。
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