第222話 確率師
「ほほう、お前はそんなに強くなりたいのか? それも早く」
「はいっ!」
「ならば、この俺様の特殊スキル『倍ルーレット』を回すがいい。ルールは動画で説明したとおりだ。勿論、失敗すればリスクがあるけどな」
「……いくぞ!」
俺様のスキルはかなり特殊だった。
正式名称は『確率師(かくりつし)』。
レベルに応じてルーレットが当たる確率とその結果を操作でき、他人に賭け事をさせられる、だ。
ただ、『確率師』は戦闘力が低い。
なにより、日本では賭け事が法律で禁止されている。
そこで、まずは法律に触れない方法で金を稼ぐことにした。
効率よくレベルを上げるため、冒険者特性を持つ冒険者たちとレベルを賭けたのだ。
「上がったレベルを賭けて、ルーレットで当たりが出れば少なくとも倍になる」
レベル1の奴は賭けられないが、レベル2の奴ならレベルを1つ賭けられる。
初期のルーレットには、賭けたレベルの没収から五倍までの当たりが存在した。
倍率の高い当たりがある分、当たりが少なめなのは仕方がないが、人間の中にはギャンブルが好きな奴が一定数いる。
上げたレベルを1だけ、運試しで賭ける冒険者が多かった。
「やったーーー! 五倍が当たったぞ!」
「運がよかったな」
ルーレットが外れた奴は賭けたレベルが没収され、俺様のレベルに加算されるが、プレイヤーが勝てば俺のレベルが減る。
一般的に、カジノのルーレットの利益率は2.7パーセントほどと言われているが俺のルーレットもそんなものだ。
「やったぜ! また五倍だ!」
確率の理不尽に襲われ、一方的にレベルを奪われ続けて胃が痛くなることもあったが、続けれは続けるほどプレイヤーたちから少しずつレベルを奪っていき、俺様のレベルは上がっていく。
だが、せっかく高レベルになっても……。
『……レベル2000もあるのに、十階層が限界なのか……』
残念ながら、俺様の戦闘力は低かった。
ルーレットで他の冒険者のレベルを大量に手に入れても、なかなか強くならないのだ。
「もっと多くのレベルが欲しいよなぁ」
スキルを生かして冒険者特区でカジノのディーラーもやり、レベルを賭ける様子を動画投稿したらバスったので、俺は社会的には大成功した。
だけど、金や知名度なんてほどほどでいいんだ。
それよりも、普通の高冒険者のようにダンジョンの深い階層を探索したい。
モンスターを倒してみたいのだ。
「レベルが上がり、最高倍率300倍のルーレットを組むことができた。これに、命がけで稼いだレベルを賭ける奴はいないか?」
冒険者にとって、レベルとは命がけで稼いだ大切なもの。
その大切さは金と変わらない。
俺だってルーレットで負ければ、これまでに稼いだレベルと、レベルの下がり具合が酷ければ、一度構築した高レベル用のルーレットが使えなくなる。
なにより、ルーレットの一番のデメリット。
それは……。
「俺様は、レベルがマイナスになれば冒険者特性を失う。レベル1の時、始めて他の冒険者とレベルを一つだけ賭けたルーレット。これに勝るスリリングは、いまだ味わっていない」
あの時、もし運悪くプレイヤーが勝利していたら、俺はこうやって『確率師』として活動していない。
「常に、いつこの生活を失うかわからない状態がいいんだ。だから生を実感できる。高レベル冒険者のみなさん、レベルが上がりにくくなってきただろう? だが俺様のルーレットなら、俺から奪ったレベルがそのまま加算される。俺様と一緒に狂気の世界に身を投じないか?」
もし俺様のレベルがマイナスになれば、俺様はすべてを失う。
お互い、大切なものを賭けるスリルを味わおうじゃないか。
「……ほほう、それでこれまでに上げたレベルを失ったと」
「面目ない」
「まあ俺は、報酬さえ貰えばレベルリングはしますけどね」
最近、動画がバズってる『確率師』にルーレット勝負を挑み、大量にレベルを失う冒険者が増えていた。
おかげで、俺たちが定期的に主宰するレベリングが大盛況だ。
せっかく大金を投じて高レベル冒険者になれたのに、それを賭け事で失うのはどうかと思うけど、それもその人の生き方だしな。
「お前ら、いい加減にしろよ! 他の冒険者のレベリングもあるんだから」
レベリングを手伝ってくれる剛が、何度もレベリングに参加する冒険者たちに苦言を呈していた。
その理由が、『確率師』とレベルをかけて失った、だからなぁ。
気持ちはわからんでもない。
「すみません、もっとレベルを上げたくて」
「それなら、ダンジョンでモンスターを倒せ!」
「それが正しいのはわかってるんですけど……」
すべての高レベル冒険者がそうではないけど、ギャンブルで身を持ち崩す人って一定数いるんだなって実感できた。
高レベル冒険者は稼ぐとはいえ、レベリングの代金は高額だろうに。
「『確率師』はレベルしか賭けてないから、今の日本の法では違法じゃない。禁止にできないのがなぁ……」
「良二、冒険者特区はギャンブルを禁止していない。だから『確率師』は、上野公園ダンジョン特区のカジノで凄腕ディーラーもやっているぞ」
「よくそんな凄腕ディーラーと賭けなんてするよな。勝率低そう」
高レベル冒険者が、せっかく上げたレベルを賭けに使って失う。
ダンジョンからの成果が減ってしまうので好ましくないが、こんなギャンブルにのめり込む高レベル冒険者なんて少数だ。
大半の高レベル冒険者たちは真面目に頑張ってるから、マクロ的な観点ではほぼ悪影響がなく、日本政府もデナーリスも、『確率師』の活動を制限する気はないようだ。
世の中には、『愚行権』なんてものもあるしな。
「しかし、その「確率師」。そんなにレベルを上げてなにをするつもりなんだ?」
「さあ?」
『確率師』のレベルはすでに三万を超えているそうだが、戦闘力は上野公園ダンジョン千階層が限界だそうだ。
「戦闘に関しては、『確率師』って効率悪いんだな」
「しかも、結果が大きくブレるギャンブルで、レベルがマイナスになったら冒険者特性を失うんだろう? よくレベルを賭け続けられるよな。俺は嫌だぜ」
俺も嫌だし、今のレベル三万超えの時点で賭けからは引退していると思う。
今の『確率師』は高レベルなので、そうそうレベルがマイナスになんてならないとお考えのあなた。
だが、今の彼が構築できるルーレットの最大倍率は三百倍だ。
高レベル冒険者がレベルを二百賭け、三百倍の勝ちを引いた時点で、『確率師』は冒険者特性を失うのだから。
「強メンタルすぎるな。滅多にないとはいえ、ギャンブルってたまに不思議なことが起こるからな」
「俺なら、絶対にあんなことはしない」
「俺もだよ」
『確率師』は、常にヒリヒリとした空気を味わいたいのかもしれない。
向こうの世界で何度も死にかけたせいで、安全と安定が一番だと考えている俺には理解できない考えだけど。
「はははっ、まあこんなこともあるさ。確かに俺様は冒険者としては弱いけど、銃撃くらいでは死なないぜ。それに俺はレベルを賭けてるから、そこまでの大金は持ってねえよ」
賭けの胴元ゆえの悲劇か。
『確率師』が武装強盗に襲われたそうで、その様子を動画にあげてバズってた。
最近仕事がないからか。
短絡的なことをする奴が増えた気がする。
もっとも、ベーシックインカムのおかげて犯罪自体は減っているんだけど。
『賭けの胴元だから、『確率師』は金を持っているはずだ!』と、短絡的に考えて強盗をしてしまう。
『確率師』が賭けてるのはレベルだから金じゃない、ということが動画を見てもわからない人がいるのだ。
そういう人だから、仕事がないとも言えるけど。
『確率師』は高額所得者ではあるけど、常に大金を持ち歩かない。
なにより、確かに『確率師』の戦闘力は他の高レベル冒険者よりも低いが、銃撃くらいでどうこうできる相手ではなく、彼は自分が襲撃されるも、犯人を易々と捕える動画を投稿してバズっていた。
「『確率師』、儲かったな」
「再生数が凄いのだ」
いまだに『警視庁24時』なんてテレビ番組が人気だし、動画でも犯罪を犯す様子を撮影した動画は人気だからなぁ。
「プロト1、もしかして……」
これを俺にもやれと?
「確実にバズるけど、社長はやってくれないから無理なのだ」
「当たり前だ! 俺は犯罪者たちの目の前に吊るされたニンジンか?」
「社長やオラがやらなくても、すぐに誰かが始めると思うな」
「だよなぁ」
プロト1の予測は当たり、『確率師』の強盗に襲われるも返り討ちにする動画を真似する配信者が増えた。
ある程度レベルがある冒険者たちが、わざと隙を見せて犯罪者を呼び寄せ、捕えて警察に証拠ごと引き渡す動画が大流行したのだ。
「これ、どうなんだろう?」
「犯罪者であることには違いない。というか、わざわざ罠に嵌まるのが間抜けだな」
「だよなぁ……」
ベーシックインカムのおかげで生活に困っていないのに、もっと贅沢したい、遊びたいと考えて冒険者を襲うろくでもない連中とはいえ、犯罪を誘発しているという意見もあったからだ。
「そんなしょうもない理由で犯罪を犯す奴は、また別のしょうもない理由で犯罪を犯すでしょうから、隔離するのも悪くないと思いますよ」
「あっ! 『確率師』だ!」
「佐川高一です。古谷良二さん、ルーレットでもしませんか?」
「やだ」
だって、今の俺は強くなりすぎて、レベルを一つ上げることすら困難なのだから。
賭けでポンポン奪われていいものではない。
「さすがは圧倒的勝者」
「またレベルを上げるのが面倒なんだよ」
「他の高レベル冒険者に頼みますか」
「よく受け入れるよな
「それこそ、今古谷さんが言ったことだろう。高レベルになればなるほど、レベルを上げるのが大変なんだ。それなら、俺様との賭けでレベルを得たいと考える奴が出ても不思議じゃない」
冒険者じゃなくても一か八かで一攫千金を狙う奴は一定数いるから、レベルを上げたい冒険者がレベルを種銭にして、賭けに出ても不思議ではないのか。
「レベルは、コツコツ地道に上げた方がいいと思うけど」
「それを、レベリングを仕事にしているあんたが言うか?」
「……それを言っちゃあ、おしまいよ」
レベリングをした結果、冒険者がダンジョンから持ち帰る成果が増え、この世界の人たちの生活を支えている一面もあるのだから。
「だからルーレットでレベルを賭けましょう」
「賭けない」
「ちっ!」
俺は佐川とルーレットをしない理由の一つに、もし彼が『確習師』のスキルを失うと、俺が世間から批判されるリスクがあるからだよ。
俺の運を侮ってはいけない。
「現在の上野ダンジョンの最下層である2000階層。今の俺様がソロで攻略できるようになるには、レベル十万以上は必要かも」
「ルーレットで稼げばすぐなのでは?」
「ルーレットって、利益率が2.7パーセントしかないので時間がかかるんですよ。レベルを賭ける冒険者なんて、みんなが騒ぐほど多くないし、結果がブレるから、来週にはレベル二万まで下がってるかもしれない」
「それは、メンタルにきそう」
「だから、俺様の動画が人気なんですよねぇ」
『負けたぁーーー! 100倍持っていかれて、レベルが半分になったじゃねえか! 理不尽にもほどがあるだろう!』
確かに、定期的にルーレットで大負けし、レベルが大幅に下がって絶叫する佐川の動画の再生回数が多かったのを思い出した。
「長期的に見ればレベルは上がり続けているんだけど、短期では大負けすることもあるから。まあ、それが楽しいんだけど。勝負しない?」
「しない」
「残念」
レベルをチップにルーレットを回させ、当たれば賭けたレベルが数~数百倍に、外れたら賭けたレベルは没収となる。
『確率師』は、俺にはちょっと向いてなさそうだ。
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