第221話 知名度がすべて
春。
『今日は家族で、所有している山野に山菜と野草を採りに来ました。そのあとは料理もするよ。おひたし、天ぷら、他にも色々作ろう。ゴーレムたちに管理させている竹林でタケノコも掘るよ』
夏
『海水浴と、みんなで釣りに来ました! 釣れた魚はあとで料理しまーーーす!』
秋
『実りの秋です。ゴーレムたちに管理させていた山で栗や他の果実の収穫します。焼き栗、マロングラッセ、モンブランを作る予定です』
冬
『高レベル冒険者たちで、真面目に雪合戦をしてみた! 寒ビラメ釣りにチャレンジします!』
俺は動画配信者でもあるので、定期的に動画を更新し続けていた。
地球でもアナザーテラでも、本チャンネルのダンジョン動画と根強い人気があるダンジョン産食品の調理動画は続けているが、このところマンネリ感もあって、他のジャンルの動画を増やしていた。
とはいえ、特に珍しいことはしていない。
春はアナザーテラで所持している野山で、家族と一緒に旬の山菜と野草を採ったり渓流で釣りをして、それを調理して食べる。
コラボ扱いでイザベラたちも顔出ししているが、子供たちはいっさい映さないようにしていた。
子供を動画に顔出しさせるかどうか。
人によって考え方が全然違うけど、俺は子供たちが自分の意思で出ると言わない限り、顔にモザイクをかけても出すつもりはない。
夏は、アナザーテラのハワイにあるプライベートビーチで海水浴を楽しんだり、海岸で釣りをする。
二人目の子供を産んだイザベラたちだが、俺が作った魔法薬のおかげでスタイルのよさや肌の艶は以前のままだった。
動画が宣伝効果になっていて、冒険者特区で経営しているエステサロンや美容外科は大盛況だった。
イザベラたちも母親になったので水着は大人しめだけど、これもイザベラたちのプライベートブランドだったりする。
今の世の中の服は、AIがデザインし、ロボットとゴーレムが素材の生産、縫製、流通まで一貫して行う高品質ファストファッションか、ブランド力のある企業、個人、インフルエンサーが経営しているプライベートブランドがほぼすべてとなっていた。
安くて高品質の服が大量にあるので、他の強みがある企業や個人でなければ、ファッション業界に参入するのが難しくなったのだ。
多くの服飾産業に従事している人たちが失業してしまったが、中には個人で服を作って小さく稼ぐ人たちもいた。
それほど稼げないけど、ベーシックインカムも合わせるとそれなりの収入になるし、世の中にはお手頃な価格で個性的な服を着たい人もいる。
そういう人たち向けに稼ぐ個人が増えていた。
AIのおかげで事務処理や経理に手間がかからないので、一人法人の数は失業率が上がっても減ることはなかった。
俺も古谷企画のプライベートブランドの服か、イザベラたちからプレゼントされた服ばかり着るようになり、それらが動画による宣伝のおかげでかなりの売り上げをあげていることを知った時。
ファッションも、知名度が大切なんだなと思い知った。
考えてみたら、ブランドなんていかに有名かどうかだものな。
昔は、凄腕の職人が吟味した素材を手間隙かけて作った服に絶対の価値があったかもしれない。
だけど今は、アナザーテラの広大な土地でゴーレムが生産した自然素材……ダンジョンが出現したせいてナイロンが作れなくなったので、服の素材は天然素材と、ダンジョンから得るしかなくなったからなぁ……は高品質で安い。
縫製も、AIが学習することでゴーレムの縫製技術が上がっていったので、正直なところブランド品と安い服の違いはわかりにくくなっていた。
それならと、服に拘りがない人ほど安い服を買うようになったのだ。
多少服に拘りがある人でも、WEB経由で自分の服をデザインできるようになったので、安くオーダーメイド服を手に入れられるようになった。
こうなると、高価な服が売れる理由がないと服が売れなくなる。
インフルエンサー、冒険者が続々とプライベートブラントに参加するようになり、苛烈な競争が起こっていた。
秋は収穫の秋だ。
俺たちは、アナザーテラで所有する栗林や松茸山を整備していたので、その成果を収穫していく。
勿論食べきれないので、無人食堂で使ったり、他の飲食店に卸したりもしている。
アナザーテラの赤松林をゴーレムたちに管理させると、松茸が大量に採れた。
これを安く無人食堂で出したらとても好評だった。
栗も豊作で、これでスイーツを作っていく。
冬はプライベートブラント防寒着の性能を宣伝しつつ、高レベル冒険者たちと雪合戦をしてみた。
身体能力が極まっている者たち同士なので、なかなかに見ごたえがある雪合戦となった。
他にも、アナザーテラはライバルが少ないので釣りで成果を出しやすい。
釣れた大きなヒラメを調理して食べたり、世界中の雪景色を見に行ったりと、それだけで結構視聴回数が稼げるものだな。
「それは、世界一の冒険者で資産家の社長が色々とやるから、視聴回数が取れるのだ」
「結局知名度か……」
「社長は自分が人気ないって言うけど、一部の自己主張だけ強い変なのに嫌われてるだけで、暮らしぶりは庶民的だし、なにか不祥事を起こすわけでもないし、女性関係もイザベラさんたちだけだから」
「複数の女性と付き合うと、今の世情では嫌われるんじゃないの?」
「人間は色々なのだ。社長はちゃんと責任を取ってるし、甲斐性があるって評価する人もいるのだ。不倫とかしないし」
「それはしてないな」
冒険者の中には女性関係がだらしなくて、定期的にワイドシューや週刊紙で暴露されるようになった。
それだけ、冒険者がメジャーな仕事になった証拠だろう。
ただ、以前に俺の件で懲りたようで、素行の悪い冒険者がダンジョンに潜れなくなるわけでもなく、副業で支障をきたすだけで……それも困ることは確かだけど……大きなダメージにはならなかった。
たまに、『もう俺は冒険者なんて危険で野蛮な仕事はしない! 稼いだ銭で事業家になる!』なんて動画で堂々と言っていた冒険者が、不倫、暴力などで仕事がなくなり、コッソリダンジョン探索に戻るなんてことも。
「そこが、他の芸能者やインフルエンサーとの違いかな」
「世間では、『ダンジョン禊』というワードが流行しているのだ」
ダンジョン探索は命がけだから、犯罪で刑務所にぶち込まれなければ、どんなに酷いスキャンダルを起こしても冒険者は続けられる。
生活は立て直しやすいけど、冒険者としてのブランクが長すぎたせいで、呆気なく死んでしまう冒険者が少なくないんだよなぁ……。
「話は戻すけど、社長の動画チャンネルでは、こういう普段の暮らしを撮影して投稿するだけで、これだけの視聴回数が取れてお金になるのだ」
「凄い話だよな」
もし冒険者じゃなかった俺が普段の生活の様子を撮影し、動画を投稿したところで、視聴回数もお金も稼げないはず。
「悲しいかな。知名度と評価が高い人はほどお金を稼げるのだ」
「確かにな」
今や、知名度、評価がその人の稼ぐ基準になってしまったのか。
「だから、迷惑、炎上系動画配信者が次々と生まれるのだ」
そう言われると確かに、失業率の上昇につれてそういう人は増えた気がする。
仕事がないので、とりあえず動画配信者を名乗る。
動画を投稿しても視聴回数が稼げずなかなか収益化できないので、注目を浴びようとしてやらかす。
このパターンが多く、知名度を稼ぐのも大変だ。
「でも、そういう人は続かないのだ」
「だよなぁ」
さらに働かない人が増えたせいか、そういう騒動を起こした人がもの凄く叩かれるようになった。
自分だけが目立って美味しい思いをしようとしている、と考えてしまうのかも。
「その点、こっちは叩かれる可能性が少ない動画で視聴回数を稼げるから楽なのだ。誰でも思いつきそうな内容の動画だから真似はされるけど、知名度ゼロの素人が同じような動画を投稿しても誰も見ないのだ」
「世知辛ぇーーー!」
「でも、社長がそこまで至ったのは、ダンジョン攻略動画を投稿し続けたからなのだ。みんな、世界一の冒険者が普段どう暮らしているか、そこが気になってきたから、こういう動画を見るのだ」
「おおっ! よく分析しているな!」
さすがはプロト1だ。
サブチャンネルで更新する普段の生活動画はプロト1が勝手に撮影、編集、更新してくれるので手間もかからない。
それで儲けたところで俺の生活が変わるわけではないけど、プロト1に任せるのが一番だな。
『ラーメン作ります』
なんとなく動画を撮影してみる。
ベビードラゴンの骨が大量に余っていたのいで、これを寸胴に入れて下茹でをする。
一旦お湯を捨てて水を張り直し、じっくりとスープをとっていく。
『ベビードラゴンの骨のみでスープをとります。他の食材は入れません。ただ、思ったよりも時間がかかるな、これ』
俺は『料理人』スキルも持っているので、ドラゴンの骨からスープをとるのに一週間かかることに気がつき、仕方がないのでゴーレムに鍋の番を任せた。
『スープタレは、黄金大豆で作った醤油、味噌、富士の樹海ダンジョン2367階層で手に入れた『岩塩』を使って作ります』
メンマは、上野公園ダンジョン879階層に出現するようになった『バンブー魔人』が落とすレアドロップアイテム『穂先若竹』から 。
チェーシューは、ベビードラゴンの肉から。
ネギは、アナザーテラで栽培させたダンジョン品種のものを。
煮卵は、モンスターの卵は大きすぎるので、アナザーテラでやっている完全放し飼い鶏の卵を使う。
ラーメンの作り方は動画で調べると出てくるので、そこまで苦戦しなかった。
だからラーメン店の経営って大変なんだろうけど。
美味しく作れるのが当たり前で、他の売りがなければ簡単に潰れてしまうのだから。
『完全に趣味のラーメンなので、レシピも作り方も無料で大公開します』
完成したドラゴン醤油、味噌、塩ラーメンをイザベラや剛に振舞った。
『美味しいけど、これ真似できる奴が少なくないか?』
『そうか?』
『ダンジョンに食材を獲りに行く時点で、普通の人は無理だろうが』
『……確かに』
翌日ネット上で、『冒険者拳剛、古谷良二に正論を吐いてしまう』というニュースが話題となり、ラーメン動画は大いにバズったのであった。
そして……。
『古谷良二が考案した、ベビードラゴン骨ラーメン、醤油、味噌、塩味が新発売! 定価は二人前で十万円と、大変リーズナブルになっております』
「……プロト1、言うほど安くなくね?」
「社長、材料費を考えたら、十分リーズナブルなのだ。利益も少ないし」
「赤字ではないんだな」
「商売である以上、赤字は許されないのだ」
「……なんか、お前凄いな」
プロト1が、俺が作ったラーメンを販売したらかなり売れた。
オリジナルラーメンを売るなんて、まるで有名動画配信者じゃないか。
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