第219話 トレント王国→デナーリス王国

「トレント王国ですが、いい加減正式に承認した方がいいと思いますが、田中総理の考えはいかに?」


「えーーー、その件に関しては、国民のみなさんの声を聞きながら、慎重に検討してから結論を出す予定です」


「獅童政権の頃からの課題ではないですか! 田中総理! のらりくらりと先延ばしにするのはどうかと思いますが!」


「トレント王国と我が国の経済的な繋がりはとても強い。そろそろ正式に承認した方がよろしいのでは?」


「トレント王国は王政国家です! すぐに民主政に移行できるよう、日本が手を差しのべるべきです!」


「はあ? 王政国家なんて、世界中に沢山あるでしょうが! どうしてトレント王国にだけそんなことを言うんです? 内政干渉にあたりますし、そもそもあなた、他の王政国家にそんなことを言ったことないじゃないですか!」


「トレント王国が民主主義を受け入れなければ、日本が正式に承認するわけにいきません!」


「それは日本政府の意見じゃなくて、言うだけ野党で議員生活三十年、化粧が分厚いあんたの意見じゃないか!」


「この私を侮辱するのですか! 民主主義国家である、日本の政治家とは思えない考えですね!」


「そうか? 私は民主主義国家の政治家だからこそ、政治の多様性を認めているのだが。多様性の尊重こそ、民主主義の真髄だろうに」


「トレント王国では、多くの民たちが暴虐の王によって強いたげられているのです!」


「建国したばかりで、高所得の高レベル冒険者しか住んでいないのにもう悪政で虐げられているのか? そんな子供にでもわかる嘘、あんたのくだらない思想政治動画の視聴者しか信じないだろうな」


「なっ! 私の支持者をバカにしているのですか?」


「他にもくだらない陰謀論の動画くらいしかないが、私はそんなしょうもない動画チャンネルでも潰そうとは思わぬよ。表現の自由があるからな。それを信じるのも自由さ。そのせいで損をしてもね」


「きぃーーー! バカにしてぇーーー!」




 今日も与党と野党の政治家たちが、くだらない口喧嘩……論戦を行っている。

 野党の某ベテラン女性議員は相変わらずだが、こんな政治家にも支持者がいて、さらに最近動画チャンネルが好調なので、選挙にも強かった。

 彼女の当選を止められる者はおらず、だが強引に議員を辞めさせるわけにもいかず、釈然としないがこれが民主主義ってものだ。

 それはいいとして……よくはないが、今抱えている問題に比べれば些細なものだ……いい加減、トレント王国を正式に承認するかどうか、政府内でも大問題になっていた。

 トレント王国の場所が、太陽の裏側にあるもう一つの地球なので、その領地、資源、利権が欲しい国内外の連中が色々と騒いでいるが、辿り着けない領地の権利を主張したところで絵に描いた餅でしなかく、基本彼らは無視されていた。

 もっとも、この世の中には欲深い人間が多い。

 悪辣な王政国家であるトレント王国を国連軍で解放すべき、なんて主張をする連中もいて侮れない支持者がいた。

 そして欧米でそういう意見が出ると、日本には欧米の言うことはすべて真実だと思っている残念な人たちが一定数いて、一緒に大騒ぎしていた。

 もっとも、太陽の向こう側にどうやって軍勢を送り込むかという最大の課題があるのに、その具体的な方法を語っている人たちはほとんどいなかったけど。


 富士の樹海ダンジョンの二千階層からアナザーテラには行けるが、凄腕の冒険者でなければ死ぬだけだ。

 さらに凄腕の冒険者の大半はトレント王国に国籍を持っていて、特に不満などない。

 アナザーテラ侵攻……彼らの理論だと解放らしいが……に協力してくれるわけがなかった。

 日本政府がトレント王国を承認しなかったのは、獅童政権が冒険者を排除しようとしたので、建国されたばかりのトレント王国に逃げ込んだからだ。

 トレント王国では二重国籍など気にもされないが、日本は二重国籍を認めていなかった。

 本当なら、日本国籍を持つ冒険者たちは、トレント王国国籍を得た時点で日本国籍を放棄しなければならない。

 だがもしそれが実行された場合、日本が受ける経済的なダメージば甚大なものとなり、トレント王国の非承認は苦肉の策であった。

 日本はトレント王国を承認していないので、日本国籍所持者がトレント王国国籍を取得したところで二重国籍状態にならない。

 日本はトレント王国を承認していないので、日本人冒険者がトレント王国に住んでいても、日本国内に自由に滞在しても問題ない。

 なぜなら、彼らは日本人だから。

 そういう屁理屈で多数の高レベル冒険者たちを日本で活動させ、居住実態に合わせて税金を集めているのに、本当に日本国籍を放棄させたら、彼らは活動拠点を日本の冒険者特区からトレント王国に移してしまうはずだ。


「(国民の多くが、その事情を理解して黙っているのに……)」


 空気を読む、的な話になって嫌な人がいるかもしれないが、大半の国民は、トレント王国を正式に承認するとデメリットの方が多いから、あえてその件について触れないようにしている。

 獅童総理は、最終的には日本から冒険者を一人残らず追い出すか、廃業させるつもりでいた。

 もしそんな社会が実現していたら、日本は世界の発展から大きく取り残されていたはずだ。

 だから私が裏から役人に手を回し、トレント王国を正式承認させず、トレント王国と日本国籍を持つ冒険者が不利益にならないようにしたのだから。


 だが、この世の中には決まりに忠実で、正義感に溢れる人間が一定数いる。

 日本は法律で二重国籍が禁止されているので、この違法状態を正すべきだ。

 そのために日本が経済的に苦境に陥っても、と思っている人たちがいた。

 その後ろに、それで利益を得ようと考えている悪党がいるケースもあったけど。

 そして、そういう正義に酔う連中の大半は、あとのことなんてまったく考えていないケースが多かった。

 もし二重国籍状態を改善して、日本国籍を捨てた冒険者たちがトレント王国の国民となり、冒険者特区からアナザーテラに本拠を移したとする。

 そのせいで日本の景気や税収が悪化しても、彼らは別の悪を見つけて糾弾するだけだろう。

 なぜなら、彼らは口だけで実務能力など皆無に近いのだから。


「トレント王国の正式承認については、外務省の見解を聞きつつ、どうするか決めようと思います」


「総理! 決められない政治なんて無用です!」


 私もそう思うが、もし即答でトレント王国を承認した結果、また冒険者が納める税収が大幅に減る事実が理解できないのか?

 理解できていないのだろうな。

 もしくは、日本の税収が大幅に減った方が都合がいい勢力と繋がってる?

 いや、それはこの野党議員を買い被りすぎだろう。

 日本はトレント王国を正式に承認すべきと力強く唱えた方が、国民の支持を集めやすいと考えた、が正解か。


「(その辺は、炎上系動画配信者と同じかもしれないな)」


 正しい、正しくないは関係なく、自信満々に強く主張する政治家に魅かれる人が一定数いる限り、この議員のような人間は減らないだろう。


「(トレント王国の正式承認を伸ばしている間に、二重国籍を正式に認めるか? いや、そちらの方が難しいだろう。国内に抵抗勢力が多い。となると、トレント王国国籍所持者の日本在留資格の手続きを簡略化し、長期滞在を……。これも叩かれそうだな。依怙贔屓だと)」


 あっちを立てればこっちが立たず。

 最後の御奉公だと思って再び総理大臣になったが、一日も早く政治家を引退したくなった。

 本当、政治とは最高の道徳なのだな。





「なんか、大変なのね」


「デナーリスがのん気すぎる件について」


「私は、他国の事情なんてそこまで気にしていられないもの。トレント王国の女王は、トレント王国のことが一番大切だからね。そういえば、他国から変な要求がきて笑っちゃったわ」


「他国から? なんて言われたんだ?」


「地球にトレント王国と同じ名前の国があって、そこから国名の使用権を支払えって」


「ああっ! そういえは!」


 地球に、同じ国名の国があったのを思い出した。

 冒険者や富裕層、若者が逃げ出すほど混乱している国だけど。

 前に在外トレント人民共和国会を仕切っているベベセド君とサンザ君を東京案内したのを思い出すな。

 トレント人民共和国はダンジョンがすべて消滅してしまい、今では最貧国として有名になってしまったけど……。


「で、どうするの?」


「無視してもいいんだけど、なんか向こうの味方をしそう国も出そうだから、国名を変更しようかなって。向こうも、『使用料を払わないのなら、国名を変えろ!』って言ってるから」


「そんなに簡単に国名を変えていいのか?」


 しかも、建国したばかりなのに……。

 

「そういうのって、もっと慎重に決めないといけないのでは?」


「国名が変わったところで、特に不都合はないと思う。それに国名を変えたら、もう文句のつけようがないじゃない」


「確かにそうだけどな」


「もし我が国が国名を変えたら、紛らわしくなくなったからって、正式承認してくれる国が増えるかも」


「……さすがにそれはないと思う」


 というわけでその後、トレント王国はあっさりと国名を変えてしまった。

 そしてその事実は、デナーリスがやってる動画チャンネルで発表されるという軽さであった。


「国名被りしたので、トレント王国から『デナーリス王国』に国名を変更しまーーーす!」


「……軽いな」


「ああ……」


 動画でコラボして、新国名の拡散に協力した俺たちも呆れるほどの軽さだ。


「トレント人民共和国は、国名なんてそう簡単には変えられないと思っていたから、幾ばくかのお金を貰えると思っていたのでしょう」


 俺も、イザベラの考えに賛成だ。

 問題は、デナーリスがちょっと変わった女王様だったことで。


「ビルメスト王国に同じ要求をされたら、お金を払っていたかもしれません」


 普通はダーシャのように、相手はなにも失うものがない危ない連中だから、ちょっと譲歩して穏便に済ませようとするのだけど、デナーリスには通用しなかったという。

 もし俺でも通用しなかったと思うけど。


「しかしデナーリス王国って、自分の名前をつけるかな?」


「別にいいじゃない。私が初代みたいなものだから。それとも、『リョウジ王国』か『フルヤ王国』でよかったかしら?」


「それは俺が嫌だ」


「同じ日本人として、そういうのは気恥ずかしくて嫌ですよね?」


「恥ずかしいよな」


 綾乃も俺と同じ考えか。

 新しい国に自分の名前をつけるなんて、とても恥ずかしいじゃないか。


「国名なんて別にどうでもいいと思うわ。問題は中身だから」


 リンダの言うとおりで、国名が立派でもトレント人民共和国みたいな状況なら意味がないわけで……。


「じゃあ、新しい国名はデナーリス王国つてことで!」


 俺たちが動画で拡散に協力したのもあって、国名の変更はすぐに世界中に知られることとなった。

 これで一件落着だと思われたのだけど……。


「実は我が国も、あなた方が国名を変える前にデナーリス人民共和国に変更していたのです! 国名を変えるか、使用料を払ってください!」


 よほど困窮していてお金が欲しかったのか。

 『普通、一国の政府がそんなことを言うか?』みたいなことをた平気で言ってきて、俺たちは呆れるばかりだった。

 そりゃあ、在外トレント人民共和国人会から、『今の政権が倒れるまでは無視します!』なんて言われるわけだ。 


「……もう無視でいいかな?」


「無視で!」


 デナーリスが無視したことにより、トレント人民共和国は一ドルもお金を得られずに無駄骨に終わってしまう。

 ダンジョン出現後、初動を誤って経済を苦境に陥れ、その責任を転嫁するため国内の冒険者たちを迫害し、結局国内のダンジョンを消滅させてしまったトレント人民共和国はなかなか経済が上向かず、長年最貧国としてニュースなどに出てくる国となる。

 それが改められたのは、ベベセド君とサンザ君が老人になってからであった。

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