第218話 スキル『相場師』な人

「まあ、それはそうですよね。古谷企画が上場するメリットなんて薄いんですから」


「半藤さんもそう思いますよね?」


「ええ、私はそれで大分儲けさせていただきましたが、あまり意味はないですね。物言う株主から、『もっと配当寄越せ!』と常に文句を言われ続ける。外資の連中はエグいですからね。私も人のことは言えないですが、この世界で生きているので」


「上場しなきゃいいのに、なんで騙されるかな?」


「冒険者として大成功しても、どうしても野蛮人のイメージが離れませんからね。自分の会社が上場できたら世間に認められたことになる。ほら、上場企業の理念って、割と社会貢献的なことが書かれているじゃないですか」


「実際は儲けるため……」


「それを言ってはいけません、ってやつですよ。上場企業の経営者ともなれば、世間からの評価も上がる。経済的に成功した冒険者が次に目指すのって、社会的な地位や権威。そんなところじゃないですか」


「俺はそういうの、求めてないよなぁ」


「古谷さんには必要ないでしょう。すでに持っているのですから」




 今日も冒険者のレベリングしているのだが、ここ数回連続して利用している冒険者がいた。

 半藤さんのスキルは『相場師』。

 向こうの世界ではレアスキル扱いで、効果は大まかな相場が見える、であった。

 向こうの世界の『相場師』は事前に安い品を大量に買い集め、それが一番高い時に一番高い場所で売り払って利益を稼ぐ、なんてことをしており、正直あまり目立つ存在ではなかった。

 あとは、商人が持っている手形や債権を安く買い取り、上手く回収するとか。

 魔王やダンジョンとは全然関係ないという。

 だがこの世界では、ありとあらゆる投資、投機のやり方があり、さらに動画やSNS等で発信もできる。

 半藤さんは、動画配信もやっている有名な投資家兼冒険者でもあった。

 株、債権、投資信託、不動産投資、先物、FX、仮想通貨などなど……。

 荒稼ぎし、巨万の富を得ていた。

 だが一つ弱点があり、それは『相場師』はあまり戦闘力が上がらないことだ。

 そのため、資産のある半藤さんは犯罪組織に拉致されそうになったこともあるそうで、俺にレベリングを頼むようになった。

 戦闘力が上がりにくいとはいっても、富士の樹海ダンジョンでレベル5000を超えれば、対戦車ライフルで撃たれたくらいでは死なない。

 一回五十億円のレベリング代だって余裕で出せるし、どうせ経費で落とせる。

 そんなわけで、俺と半藤さんはこのところ顔を合わせることが多かった。

 休憩時間にちょっと世間話をするのだが、半藤さんは冒険者が持つ資産管理法人の上場に意味はないと言いつつ、証券会社の上得意客なので、ちゃっかりと株を手に入れて利益を出していた。


「なにか、大金がかかる別の事業を始めるのなら意味はありますけど」


「冒険者に、そんなに大きな事業をやっている暇がないのでは?」


 冒険者は、ダンジョンに潜るのが一番金を稼げる。

 それを資産運用はしているけど、他の事業を始める冒険者は……少なくなかった。

 冒険者として大金を稼げているから自信があるのだろうか?

 高レベル冒険者向けの起業コンサルティングが流行しており、その成功率は一般人よりも高いというか、多少失敗しても節税になるから、別事業を始める冒険者は一定数存在した。

 俺というか、古谷企画というか、プロト1も色々とやっているけど、確かに失敗はしにくいかな。

 新規事業がパっとしなくても、ゴーレムやAIは維持費が安い。

 赤字でも、少しくらいなら節税になる。

 その結果、高レベル冒険者に新事業を提案してくれるコンサルタントたちが暗躍しているとか。

 冒険者にも、『自分はいつまでダンジョンに潜れるのか? もし冒険者を引退することになったら、第二の人生をどう過ごすか?』という問題があって、副業に挑む冒険者が増えているのが実情だった。


「引退したら、遊べばよくね?」


 そのために、大金を稼いだのだから。

 俺は漫画、アニメ、ゲームをして老後を過ごす予定だ。


「私もそう思うのですが、この上場ブームで稼がせてもらっておりまして。私からすれば、投資は仕事ではなくゲームなんですよ。多額の資産はゲームスコアみたいなものでして、減ればガッカリし、増えれば喜ぶ。私は死ぬまで、投資を続けると思います」


「趣味があるっていいですよね」


「ええ」


 休憩終わり、レベリングの再開となった。

 半藤さんは俺の邪魔をしないよう効率よく動き、順調にレベルをあげていく。

 さすがはレアルキル『相場師』といったところか。

 戦闘力は低いけど、レベリングで俺の邪魔をしないという目的はしっかりとこなしている。


「古谷さん、今夜はご一緒に夕食でもいかがですか? 奢りますよ」


「ありがとうございます」


「都内にいいお店があるんですよ。完全会員制のお店で今夜は貸しきりにするので、他のお客さんも入ってきませんから」


 さすがは、冒険者稼業で得たお金を元手に投資をして総資産数兆円なだけはある。

 せっかくなので、是非奢ってもらいましょう。

 レベリングを終えた俺と半藤さんは富士の樹海ダンジョンを出ると、新幹線で都内にある会員制の高級レストランへと移動するのであった。




「うん? 半藤の奴、今日は同行者がいるのか……」


「女か?」


「いや、若い男だ」


「どんな関係なんだろう?」


「さあな? どちらにしても運が悪かったな。我らの大義のため、共に死んでいただこうか」


「どうせ、奴お気に入りの会員制レストランに呼ぶような奴だ。冒険者だろう」


「金持ちと冒険者は、世界の敵だ! 殺せ!」


「「「「「「「「「「おおっーーー!」」」」」」」」」」


 我々は世界から格差をなくすため、立ち上がった者たちだ。

 ここで三流は、厨二感満載な組織名をつけるのだが、我々はそのようなことはしない。

 組織名などなくてもいいのだ!

 ただ、金持ちと冒険者を殺せばいい。

 冒険者は人間離れした戦闘力を持っているが、不意を突けばどんな人間でも必ず殺せる。


「同志諸君! 我々が、みんなが幸せに暮らせる新しい世の中を作るのだ! あの店に突入だ!」


 いくら凄腕の冒険者とはいえ、自動小銃で蜂の巣にすれば死んでしまうはず。


「半藤と謎の冒険者、お前たちが蜂の巣になって死んだ動画を世界中に流し、志を同じくする同志たちの決起を促す! そのための犠牲になってもらおうか!」


 密輸した自動小銃を装備し、俺は同志たちと共に看板すら出ていない、ビル地下にある会員制高級レストランのドアをこじ開け、中に突入するのであった。





『突然ですが、動画を回してます。冒険者で投資家でもある半藤文夫さんと夕食を食べようとレストランに入った直後、いきなりテロリストグループに銃撃されました』


『半藤です。いやあ、ビックリした。というか、このお店、オーナーは私なんだけど、しばらく改装でお休みだなぁ』


『ああっ、ここ半藤さんのお店なんですね。十丁以上の自動小銃で大量に銃弾を撃ち込まれたからね。あっ、お店の従業員たちに怪我はありません』


『どのお店に入っても目立つから、会員制で隠れ家的なレストランを腕のいいシェフにお任せしていたのに……』


『なお、テロリストたちは全員捕らえて警察に渡してます。お腹、空いたぁ』


『お腹空きましたね』





「「「「「「パパ、出てる」」」」」」


「そうですね、パパですね」


 今日は、冒険者にして投資家としても有名な半藤さんと夕食をとると、良二さんから連絡が入ったので……良二さんはこういう時、必ず連絡してきます。こんなことは滅多になく、いつもは私たちと子供たちと食事を共にしたがりますけど……みんなで夕食をとっていたら、プロト1が突如動画を投稿し、私たちにも知らせてきたのです。


「綾乃さん、ここは?」


「西麻布ですね。この近辺は、昔から隠れ家的な飲食店が多いのです。セレブな方々が贔屓の料理人にお店をやらせて、限られた人しか入れません。最近では冒険者も、似たような会員制の飲食店をオープンさせているとか」


「へえ、そうなんだ。じゃあ、この銃撃で穴だらけのレストランって半藤さんのお店で、そこにリョウジ君が招待されたんだね」


「リョウジ、お腹減ったって」


「料理を食べる前に銃撃されたんですね」


「リョウジ、お腹減ってるとイライラするから、犯人たち殺されてないといいけど……」


「多分大丈夫でしょう。 ちゃんと捕らえたたとおっしゃっていたので」


「瀕死でも、『捕らえた』だけどね」


「リョウジのことだから、一度ボコホゴコにしてから、治癒魔法で治したかも」


「リンダ、それあり得そう。それにしてもこのテロリストたち。リョウジ君を殺せると本気で思ってたのかな?」


「思っていたのでしょう。大人数で不意を突げば、どんな冒険者でも殺せる。このところ、冒険者を襲撃する犯罪者が増えてますから」


 日本では生活に困る人がほぼいなくなったのですが、ただベーシックインカムと最低限の食料だけ渡され、毎日仕事もしないで暮らすことに耐えられなくなった人たちが、この体制を作った冒険者を襲撃する事件が増えていました。

 ただ、冒険者特性を持った冒険者を、たとえ奇襲で銃撃しても殺せるわけもなく、被害はその周辺にいた一般人や、冒険者特性を持たない冒険者ばかり。

 そのため、彼ら反冒険者テロリストたちは世界中から嫌われていました。


『銃撃の様子ですが、レストランの防犯カメラで撮影されていたので、半藤さんに提供していただきました』


 動画の映像が切り替わり、リョウジさんとハンドウさんがレストランに入った直後、突然ドアを開けて店内に乱入してきたテロリストたちが、一斉に自動小銃をハンドウさんと魔法で変装しているリョウジさんに向けて連射します。

 

『あっ、半藤さんの隣にいるのは俺ね。今日はこの顔に変装していました。二度と同じ顔に変装しないから、日本の街中を歩いている俺を、みんなは見つけられないと思うけど』

 

 テロリストたちはちゃんと訓練をしていたようで……無職で暇だったのでしょうけど……二人に向けて大量の銃弾が撃ち込まれますが、すべて『マジックバリア』で弾いていました。

 同時に、ウエイトレスの女性や厨房にいる料理人たちにも銃弾が当たらないよう、余裕をもって対処しているのはさすがです。

 続けてリョウジさんは、テロリストたちになにやら魔法をかけたようで……。


「睡眠魔法ですね。これなら、文句も言われないでしょう」


 テロリストたちは魔法で眠らされて武器を取り上げられ、すぐに駆け付けた警察に全員逮捕されてしまいました。


『まるで、警視庁二十四時みたいでしたね。あっ、日本の刑法が改正になって、彼らは未遂でも懲役二十年以上が確定しました。良い子のみんな。こんなことをして、若い時代すべて刑務所暮らしにならないようにね。それじゃあ』


 動画はここで終わりましたが、視聴回数が恐ろしい勢いで上がっていくのが確認できました。

 まさか、自分たちがテロリストに襲撃された様子まで動画にあげてバズってしまうなんて。

 そして数時間後……。


『腹減ったぁ、あの事件のせいで夕食を食べ損ねたので、モンスターの肉を焼きます』


『美味そうですね。お店の厨房が使えてよかったですよ』


 リョウジさんとハンドウさんが、銃弾跡だらけのレストランの厨房でモンスター肉を焼いて食べる動画もバズり、レストランの修繕費となったとか。

 さすがはリョウジさん。

 転んでもただでは起きませんね。

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