第217話 上場冒険者企業
『田中商事の株式が上場されてから一週間、現在も高値での取引が続いています。このところ冒険者が創業した企業の上場が相次いでおり、人気の銘柄となっております。次のニュースです』
「冒険者の資産管理会社なんて、上場する意味あるのか?」
「創業者には、莫大な株式売買利益が入るのだ。ちなみに古谷企画も、田中商事の株式を購入しているのだ」
「そうなんだ。よく買えたな。大人気で確か抽選だって」
「社長は、証券会社の言葉を信じすぎなのだ。建前は平等な抽選になってるけど、証券会社の人の子なのだ」
「……ああ、太い顧客に優先するのね……」
「証券会社も商売だから当然なのだ。そしてもう利益が出ているのだ」
「購入時の株式がいくらなのか知らないが、上場した途端ストップ高になったんだ。今株を売れば、かなり儲かるんだろうな」
「売らなくても、配当金が入るのだ」
「冒険者が会社を上場までして、配当金を払う意味があるのかね?」
俺も節税で法人化はしたし、大半の冒険者もそうしている。
そのおかげで、日本では会社の数が増えていた。
ゴーレム、AI、ロボットの導入で、大量の既存の会社が合併したり潰れたが、個人で新規に小さな会社を立ち上げる人が増え、さらに冒険者の資産管理会社も多数設立され、さらに別事業を始めたりしたからだ。
「確かこの田中商事って、純粋な資産管理会社だったはずなんだけど……」
田中商事のオーナーである田中真司は、過去に俺がレベリングをしたので知っている。
動画配信も、他のダンジョン探索以外の事業もやっていなかったはずだ。
「会社を上場することで、世間に認められるってことらしいけどな」
「そんな理由なのか……」
というか、剛はよく知ってたな。
「良二は断り続けるから証券会社の勧誘がなくなったけど、法人化している冒険者たちには証券会社から上場しないかって、続々と勧誘がきているんだよ。田中も引っ掛かったんだろうな」
「引っ掛かった?」
「冒険者の資産管理法人なんて上場しても、デメリットの方が多いに決まってるじゃないか。俺はやだね」
「だよなぁ」
なお、その後の田中商事であるが、確かに上場時に手放して売った株式の売却利益で大儲けするが、その後、彼が不運にもダンジョンで殉職してからおかしくなっていく。
残された遺族たちで株式を分けてしまったため、密かに田中商事の株式を買い集めていた海外の投資会社に乗っ取られてしまったのだ。
「命がけで築いた資産が、他人に奪われる悲劇か……」
それでも、社会的な評価が欲しい冒険者の資産管理法人が続々と上場され、株式市場はさらに加熱していく。
『仕事がないのなら、投資家になればいいじゃない。今なら無料で、投資講座を……』
「仕事がないから投資家になろってどうなんだろう?」
「他人に仕事を聞かれて『無職』って答えるよりも、『投資家』って言った方が世間体もいいとおもうのだ」
それはそうかもしれないけど、俺は古谷企画を上場したり、投資家みたいなこともしているけど、投資家を名乗るつもりはないけど。
『古谷良二が勧める、超優良株をお教えします! 今なら、人数限定の投資講座に参加できるチャンス!』
「……だぁ! 勝手に人を広告に出すな!」
俺はそんな宣伝の仕事を受けてない!
もしこれで誰かが詐欺に引っかかったら、俺が批判されるじゃないか!
批判されるだけならまだいいけど、俺の責任だから弁償しろとか、慰謝料を払えって訴訟沙汰にする奴らもいて、佐藤先生の弁護士事務所はほぼ古谷企画専属になってしまったほどだ。
「最近、こういうインチキ宣伝がもの凄く多いのだ。すぐに動画投稿サイトの運営会社が削除すると思うのだ」
「なんだかなぁ……」
仕事がなくなると、こういう犯罪は増えていくのは勘弁してほしいと思う。
しかしまぁ、人間の欲っのはキリがないんだな。
「会議を始めるぞ。このところ冒険者の資産管理法人の上場が大人気で、我が社の決算もかなりよかった。次なる一手だが……」
「ここは派手に、古谷企画の上場ですか?」
「無理に決まってるだろうが……」
多数の社員をリストラし、経営の効率化を図った直後、冒険者の資産管理法人の上場ブームがきて、生き残っていた証券会社の業績は好調だった。
とはいえ、もうそろそろ冒険者の資産管理法人の上場もブームが終わるはずだ。
次なる一手が欲しいので、久々に対面で会議を……このところ年寄り社員が減ったおかげで無駄な会議がなかったから久しぶりだ……開催したというわけだ。
ただ久しぶりなのに、あまりいいアイデアは出ないけど……。
「古谷企画の上場をしたいですね」
「これまでに、すでにない会社も含めて、多くの証券会社が挑んで失敗しているからな」
「もし上場できたら、かなりの大規模上場でしょうね」
「かなりなんてものじゃない。すでに下手な小国なんて勝てないレベルの資産を持っているはずだ。上場するってことは、会社の詳細な資産状況を公開しないといけないからな。古谷企画は上場したらデメリットの方が多い。無理だな」
「やっぱり無理ですか……」
「そもそも、日本で上場できるか怪しいしな」
「なんでです?」
「獅童政権がやらかしたおかげで、古谷企画の本社はトレント王国に移っている。そして、いまだ日本はトレント王国を国家として承認していない。正式に承認していない国に本社がある会社の上場は、お上が許さんだろう」
「ですが、古谷企画の本社がトレント王国に逃げた理由は、日本にあるじゃないですか。そこは少しくらいお目こぼしがあっても……」
「無理だろうな。日本の政治家やお役人ってのは融通が利かないし、その騒動で日本の税収が大幅に落ちてしまっただろう? 古谷良二を憎む勢力もいるって話だ」
「自分たちが原因なのにですか?」
「お前も若いねぇ。どこにでもいるだろう? プライドが高すぎて自分の過ちを認められず、他人のせいにして憎む奴は」
「ええ……」
「彼らは、古谷良二が自分たちに頭を下げて、『日本に本社を置かせてください』って頼まないのはおかしいって、本気で思っているんだ。上級国民様様だな」
「……国家公務員試験、受けなくてよかったかも」
「勿論そんな政治家や官僚は一部だが、そういう奴らに限って声が大きい。懇意のマスコミに古谷良二を批判させたりな」
「古谷企画の上場は無理ですね」
「ああ、彼らが大暴れするからな。もしそれに大衆が煽動され、再び獅童総理みたいなのが政権を握ったら、今度こそ日本の没落は決定だぞ」
「世の中ってままなりませんね」
「だいたいだ。そんなに古谷企画の株が欲しいのかね? 」
「そりゃあ、欲しいでしょう」
「噂によれば、古谷企画はトレント王国のあるアナザーテラに膨大な資産を保持しているらしい。らしいなのは、これまでトレント王国は、トレント国籍を取った冒険者以外、外の人間を受け入れていないから調べようがないからだ。推定してそれを資産に加えての上場だ。株式をどれだけ分割するのかわからないが、我々には手が届かないだろう」
「……確かに……」
もし古谷企画の株が上場されたとして、かえるのは大金持ちだけだろう。
だって、最低でも一株数十億円はするはずなのだから。
確かに俺たちの給料は上がったけど、一株も購入できないと思う。
「社長、上場してた冒険者の会社の株だけど……」
「下がったのか?」
「株価は上がってるんだけど、買い占めてたら、古谷企画が大株主になったのだ」
「冒険者の会社が、他の冒険者の会社の株を買うのかよ……。それはどうなの?」
「法律には触れてないのだ。議決権があるけど、行使するか?」
「するか! というか、上場時に株をよそ者に売りすぎだろう」
上場すると大金を得られるって聞くから欲が出たのかもしれないが、他人に乗っ取られると会社の利益を吸い取られてしまうのに……。
「配当金がショボイので、外国の投資会社に売るか? 高く売れるし」
「売らないよ。そんなことしたら、俺が恨まれるわ!」
「オラもそう思うのだ。冒険者本人に買わせるのだ」
「……それがいい、と完全に言い切れない難しさ」
だけど、外国の投資会社に売るよりはマシだろう。
あいつら、本当にハゲ鷹のあだ名に相応しい儲け方をするから。
「株を他社に売りすぎて、会社を乗っ取られかける。残念すぎる……。自分がダンジョンに潜って命がけで稼いでいるのに……」
そもそも、冒険者の資産管理会社なんて出資者を集める必要がないのだから、上場なんて必要ないと思う。
俺は絶対に古谷企画の上場はしないと、心に誓うのであった。
『本日のゲストは、経済評論家で冒険者評論家でもある佐々木仁平さんです。古谷良二さんが持つ古谷企画が、高レベル冒険者が上場した会社の株を大量に買占め、議決権まで持っている会社の少なくないとか。これはどういう意図なのでしょう』
『高レベル冒険者を支配下に置くためです』
『支配下ですか?』
『はいっ! 株式による冒険者支配です! これは由々しき事態なのです! 冒険者が他の冒険者を支配下に置くのですから。冒険者の自由を取り戻すため、すぐに対策を打たなければなりません!』
『なるほど。確かに、それはよくないことかもしれませんね』
『古谷良二が、ついに野心を露わにしたのです!』
「……なぜそうなる? こいつは俗に言う陰謀論者なのか?」
「テレビ局御用達の知識人ってやつだと思う」
というか普通の会社だって、株式の管理が甘くていつの間にか予期せぬ人物や会社が大株主になり、企業統治に影響が出たなんて話、定期的に聞くじゃないか。
そもそも俺が冒険者の会社が冒険者が上場した会社の株を買い占めてたからって、それはただの商行為だし、議決権があっても無茶な要求は出さない。
だって、そんなことをしなくても黒字だから。
「社長、オラ知ってる。社長くらいになると、人は色々な理由をつけて追い落とそうとするって」
「プロト1、実は俺よりもお前の方が人間をわかっているかもな」
冒険者が上場した会社がどうなったのか?
経営者である冒険者がおかしなことをしなければ安定して続くことが多く、ただ別事業に出資して大失敗して他の会社に買収されたり、敵対買収をされて会社を乗っ取られ、なぜか上場した冒険者本人が会社を辞める羽目になったり。
激しい相続が起こって世間を賑わせたりと、 定期的にニュースになるくらいには当たり前の存在となっていったのであった。
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