第216話 一人会社
『高レベル冒険者である○○さんが社長を務める会社の資金十億円あまりを横領したとして、○○○○容疑者を逮捕しました。横領された資金は、○○容疑者が所有する会社の借金返済に充てられたことが警察の捜査で判明していますが、○○容疑者は『借りただけだ』と容疑を全面的に否認しており……
「わりとよくある話だな」
「ですわね」
冒険者が、稼いだ金を元手に投資や起業を行い、成功するケースが増えていた。
『冒険者なんて、体力的にそう長く続けられるものではない』と考えた人が多かったからだが、そのおかげで多くの冒険者資本家が増えていた。
それと一つ計算違いがあって、冒険者はちゃんと体のケアをしていれば、五十歳、六十歳でも続けることはできた。
最下層アタックはお勧めできないが、適度な階層なら危険も少なく安定して稼げる。
冒険者と企業家、投資家。
二足、三足の草鞋で忙しいからと、会社の財務を人に任せるケースが増えていたのだが、冒険者資本の会社は人手が多く必要ない。
オーナーである冒険者と会計責任者一人なんて会社も珍しくなく、そうなると悪事を働く人が増える。
今、イザベラたちと見ていたニュースだが、これで今年何件目だ?
「そこに大金がある。管理する人が一人で第三者の目もない。どんなに真面目な人でも、誘惑に負けてしまう人は出ます」
「綾乃、それは実体験とか?」
「父の会社で、三十年間経理の責任者をしていた人がお金を横領していましたので。対策は第三者のチェックを定期的に入れるか……」
「他にも手があるんだ」
「ええ、良二様のように人間を使わないです。AIやゴーレムはお金を横領しませんし、もし横領しても使い道がありませんので……」
「そりゃそうだ」
ただプロト1の場合、俺が性能アップのため改良、整備すると一番喜ぶけど、それはお金じゃなくて俺がやらないとできないことではある。
近い将来、俺の代わりにプロト1の整備ができる人……子供がいれば、古谷企画の維持は楽なのかなと思う。
「仕事が減っている時代なので、冒険者資本の会社って人気があるんです。沢山は雇いませんが、安定していて待遇がいいので。冒険者からしても、節税になると考えている人が、家族や親戚を雇いますね」
稼ぐ冒険者が家族、親戚、知人を雇う話はよく聞く。
俺は両親を亡くしており、親戚も刑務所の住民だったり、ほとんどつき合いがないので雇ってはいないけど。
知人……は、よく覚えていない人から『高給で雇え!』と連絡がきたことがあるけど、『人手は足りています』と返答していた。
たまに動画やSNSで、『古谷良二は冷たい! 情がない!』と騒いでいる人たちもいたけど、必要もないのに人は雇えないからなぁ。
「俺は不要な人員を雇って、それで節税になったなんて思えないからさ。ちゃんと納税するから、国で対策してくれって思う」
しかも、雇った結果がさっきの横領のニュースというのもなぁ。
それなら、プロト1に任せた方がいいに決まっている。
「ただ、良二様の納税額が大幅に減ってしまったので、それで批判的な人が増えたのだと思います」
それについての文句は、死んだ獅童総理に言ってくれとしか言えなかった。
このままでは、冒険者の資産はすべて国が没収するとか言い出しかねなかったので、多くの高レベル冒険者がトレント王国に移住してしまったのだから。
日本で稼いだ分はちゃんと納税しているけど、以前よりも大幅に減ってしまったのは、彼を総理大臣にした日本人のせいでもあるのだから。
「そしてそのおかげで、高性能ゴーレムの注文が増えたけど。プロト1は、アナザーテラに新設した無人工場で作るから問題ないって言っているけど」
高性能ゴーレムはプロト1の運用データを参考に作ったもので、かなり高度な作業ができる。
たとえば、冒険者が作った少人数法人の会計とか。
もの凄く優秀な人には勝てないけど、起業するならともかく、既存の仕事をやらせるのなら十分に優秀だった。
「高級ゴーレムの性能が、もの凄く上がりましたよね」
「データ収集していたからさ」
ゴーレムをレンタルする条件に、運用データ収集の許可があった。
古谷企画とイワキ工業が貸し出している大量のゴーレムたちが経験する膨大な作業のデータが集まり、それを参考にゴーレムの性能を上げていった成果だ。
他のゴーレム職人や製造企業とは一線を画しているという自信はある。
すでにゴーレムは普通の労働者と同じレベルに達しており、初期導入費用も量産化の成果で安くなっており、今後ますます人を雇うところが減っていくことは確実だろう。
「このニュースがトドメですね」
「だろうね」
古谷企画とイワキ工業が発売している高性能ゴ-レムは、従来のゴーレムやAI、ロボットを管理することも可能で、これを導入すると冒険者の資産管理法人くらいだと人間が必要なくなるはずだ。
「人間は魔が差すけど、ゴーレムは魔が差さないからな。AIはわからないけど」
「ひと波乱あるのでしょうか?」
「どうかな?」
その後、正式に高級ゴーレムがレンタル開始となり、多くの人たちからの注文が入った。
この結果、ますます会社の生産性は上がったのだけど、人間の失業者も増えてしまい、ついに世界の失業率は五十パーセントを超えてしまった。
「社長、アナザーテラに高級ゴーレムとゴーレムの製造、メンテナンス工場をすべて移転完了。イワキ工業もだけど」
「しかし、本当に日本からすべてのゴーレム工場を撤退させたんだな」
「獅童総理みたいなのが出るとリスクだから。AIとロボットの研究所と、工場は少し残しているけど」
「少しなのか」
「全部アナザーテラに移転させると、みんなうるさいのだ。でも、アナザーテラの広大な土地で工場団地を作った方がコストも下がるから。環境対策もやりやすいし」
「そりゃそうだよな」
その分日本への納税が減るんだけど、獅童総理みたいな奴が再び政権を取らない保障もないので、特にゴーレムやダンジョン技術関連の工場や研究所は日本には置けない。
実はどこの国にもそんなリスクがあって、トレント王国国籍を取った世界各国の高レベル冒険者たちも、工場、工房、研究所などをアナザーテラに移転させており、トレント王国は冒険者、ダンジョン技術の国になりつつあった。
その結果、税金が安いのにトレント王国は世界一の富裕国となり、租税回避地だと批判されるようになったのは皮肉な話だけど。
※※※※
「ふぁーーーあ! もう十一時か……」
半年前までは朝六時に起きて会社に行っていたけど、その会社が倒産してしまい、さらに再就職先も見つからず、俺は無職状態が続いていた。
だが、そこまで悲観的でもないのが今の世の中だ。
日本の完全失業率は五十パーセントを超えており、そこにすでに就職を諦めてしまった人は含めないので、今の日本は失業者の方が多い。
それでも、他国に比べるとまだ日本人の失業率は低いんだけど。
利益優先のアメリカなんて、ゴーレム、AI、ロボットの導入が早く、すでに失業率が六十パーセントを超えてるのだから。
実際、俺の友達にも無職は多いし、倒産した会社の同僚で再就職した人は少ない。
でも、失業手当は割り増しで二年間貰えるし、職業訓練をすれば最長五年まで貰える。
もっとも、職業訓練を受けてもなかなか再就職できないのが現実で、もし再就職できなくてもベーシックインカムがあるから、焦っている人は少ない印象だな。
中には無職は嫌だって懸命にやっている人もいるけど、就職できるかは能力とコネ次第だな。
身内や友人に冒険者がいると、資産管理法人の社員や役員になれる人が多く、だけどそれは運の要素が強い。
新しい親ガチャ、親族ガチャ、友人ガチャなどと皮肉る人も多かった。
ただ、雇ってあげても恩を仇で返す人も一定数いて、会社に管理をゴーレムやAIに任せて、人間を雇わない冒険者も増えつつあったけど。
「職業訓練の講義は午後からだしな。その前に……」
朝食と昼食を兼ねたブランチを作る。
実は、米、醤油、味噌、缶詰、レトルト食品など。
最低限の食料が全国民に支給されるようになったので、自炊ができると食費が大分浮くようになった。
だから余計に焦りがなくなってきた気がする。
まあ、焦ったところで再就職はハードルが高いのだけど。
「完成! いただきます!」
ご飯、ワカメの味噌汁、レトルトのサバの味噌煮、漬物の食事をとる。
美味しいし、なにより無料で配布されるのがいい。
「さて、職業訓練に行くかな」
住んでいるアパートを出るが、ここは会社が潰れた直後に引っ越してきた物件で、とても家賃が安かった。
風呂はないけど、近所に銭湯があるし、職業訓練生は銭湯チケットが貰えるから問題ない。
それにしても、最近都心部で安い賃貸物件が増えた気がする。
すでに就職を諦めた人たちが物価の安い地方に移住しつつあり、都心の高級マンションの家賃は相変わらず高額だが、古いマンションやアパートに空室が増え、家賃が安くなった。
人口が減れば空き家率が上がり、条件の悪い物件ほど家賃が安くなった。
国がそこを一括で借り上げ、リフォームしてから失業者やその家族に貸与しているのだ。
「今日はここまでです。訓練の途中ですが、チャンスがあれば求人に応募してください」
「ありがとうございました」
職業訓練は、二時間ほどで終わった。
とてつもなく緩いが、実は日本政府もどんな職業訓練をすれば再就職させられるか悩んでいるのだ。
介護……も、ゴーレムとロボットが大量導入されて人手不足は解消しつつある。
医療……も介護と同じだし、この仕事は高度な教育が必要なので、そっちに進んだ人たちが就職するのは最低でも数年先だ。
交通、流通も、無人運転や無人メンテナンスが主流になりつつあった。
ダンジョン技術を用いた移転装置で人や物を運べるようになったので、以前よりも求人が少なかった。
林業……も、全国の山林は大量のゴーレムが維持するようになった。
花粉症対策で杉の伐採が進んでいるので、その補助で若干期間限定の仕事が増えたくらいだ。
どの企業も、すべてをゴーレムとAIに任せると技術を失ってしまう危険があるので、多少コストをかけても人間による技術の継承を進めている。
ゆえに一定数の求人はなくならないが、かなりの狭き門だった。
俺たちのような職業訓練生は、稀にある優良企業が技術を維持するための求人か、やはり増えつつあるベンチャー企業の求人に応募することが多い。
あとは、少額出資で小さな仕事を始めたり、アルバイトをいくつも掛け持ったりと、仕事の仕方にも多様性が広がりつつあった。
「やっぱりというか、また落ちていたか」
この前、履歴書と職務経歴書を出した企業の求人は落ちていたので、無人食堂で夕食をとることにする。
子供や学生と同じく、職業訓練生も無料なのはありがたい。
少しお金を足すとお酒も飲めるので、ビールを頼む。
『無職がビール?』などと批判する人がたまにSNSに現れるけど、変に落ち込んでも仕方がないと思う人の方が多かった。
実際、無人食堂を利用している客の中には無職も多かったのだから。
「ふう、ビールはうまいなぁ。おっと、単発の仕事があるな」
ビールと牛丼を食べながらスマホを見ていたら、一日だけ飲食店のお手伝いの仕事があった。
職業訓練生のアルバイトは推奨されているので、急ぎアプリ経由で応募する。
するとすぐに、『陣内さんか。またお願いね』と返事がきた。
俺は何度か、この飲食店でアルバイトをした経験があって慣れているからだろう。
「職業訓練学校に『公欠』のメールを送ってと。明日は九時に起きて、仕込みの手伝いからだな」
こんな生活を送っている俺だけど、悲惨かと言われるとそうでもないかな。
衣食住には困っておらず、しいて言えば結婚して子供を持てるか不安だが、俺は元々そこまで結婚願望が強いわけでもない。
どうせなるようにしかならないし、もし再就職先が見つからなかったら、飲食店の助っ人業務を掛け持ちして、のんびり生きていこうかな。
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