第214話 名誉棄損

『良助様、もうそろそろ起きてください。朝ですよぉーーー』


『……ああ、もうこんな時間か……』




 朝目を覚ますと、お気に入りのメイドの顔が目の前にあった。

 世界一の冒険者にして、起業家、芸術家、篤志家……色々とやっているので本業がなんだからわからなくなってきた、世界一の資産家である俺が、数多の希望者たちの中から選りすぐった専属メイドだ。

 優秀で美しく、スタイルも抜群で胸も大きい。

 当然、その能力に見合う給料は支払っている。


『いや、もう少し時間があるか。俺の相手をしろ』


『良助様、駄目ですったら……あれーーー(以下、動画投稿サイトのコンプライアンスに引っ掛かるので自主規制)!』


 場面は変わり、すっきりした俺は執事の給仕で朝食を食べている。

 なお、先程のメイドは疲れたので休んでいた。

 俺は、疲れているメイドを酷使するようなブラック経営者じゃないからな。

 ダンジョンでドロップした黄金米を特別栽培し、収穫したもので炊いたご飯。

 ダンジョン産黄金大豆で作った味噌と、日本産の昆布とイリコで取った出汁、日本産ワカメと黄金大豆を使った豆腐で作った味噌汁。

 富士の樹海ダンジョン六千五百四十二階層で倒したReコカトリスと、六千五百三十四階層で倒したエターナルボアの肉で作ったベーコンを使ったベーコンエッグ。

 漬け物も、ダンジョンから種子を手に入れて栽培した野菜を用いており、一見ありふれた朝食メニューだが、とてつもないコストと手間がかかっていた。


『しみじみ美味い』


 やはり日本人は、ご飯と味噌汁だな。

 朝食を終えると、ダンジョンに潜る前に、各事業に関する報告書をチェックする。


『社長、こちらが今日の報告書です』


 書斎に入ると専属の秘書が待っていて、昨日の報告書を手渡してくれた。

 彼女も、とてつもない競争率を勝ち抜いて雇われた、美しく、スタイルも抜群で、おっぱいが大きく、それでいて秘書としても優れている逸材だった。

 ミニスカートだったり、胸の谷間が強調されているのは、俺の趣味だ!


『ここの数字が間違っているな』


『……確かにそうです。すぐに直させます』


『この事業は撤退を視野に入れてくれ。赤字ではないが微々たる黒字だから、事業を売却をした方がいい』


『畏まりました。すぐに手配します』


『それと、次は……』


『社長っ! 誰か人が来るかもしれません!』


『誰と来ないのはわかっているだろうに』


『社長! あれーーーっ! (以下、動画投稿サイトのコンプライアンスに引っ掛かるので自主規制)』


 各事業の指示を出し終えたので、ダンジョンに挑むことにする。

 秘書は疲れて休んでいるが、俺は疲れている者を無理に働かせるブラック経営者では……以下同文。

 今日は、将来有望な若手冒険者たちを同行させる。


『『『『『よろしくお願いしまぁーーーす!』』』』』


 全員、若くて、可愛くて、スタイル抜群な美少女、美女ばかりだけど、これは偶然だ。

 早速ダンジョンにアタックしていく。


『後ろにも目をつけるんだ!』


『難しいですぅーーー!』


『そうしなければ、ほら』


『イヤン』


 後方への警戒を怠った魔法使いの子のお尻をさわって改善を促す。

 これは決してセクハラではない!

 まさか、本当に後ろから一撃入れるわけにはいかないし、肩を叩くくらいでは改善を促せないから、苦肉の策なんだ。

 他にも……。


『踏み込みが甘い!』


『はぁーーーん』


『もし本当にモンスターを攻撃を食らったら、胸を揉まれるくらいでは済まないぞ!』


『はい!』


 将来有望とはいえ、まだまだ未熟な彼女たちなので、今日は何度もお尻や胸をさわって己の未熟さを実感させることになってしまった。

 だけど、その経験が彼女たちを強くするのだ。


『ありがとうございました』


『みんなお疲れ様、今日は夕食を奢ろう』


『『『『『ありがとうございます!』』』』』


 ダンジョンでの一日が終わり、俺は彼女たちをレストランに招待した。

 このレストランはモンスター食材のフルコースを出す有名店で非常に高価だが、彼女たちなら将来常連客になれるはずだ。


『とても美味しいです』


『どのお料理も、とても手が込んでいますね。私一度でいいから、『ヴィクトワール』で食事してみたかったんです』


『ドラゴンのステーキ……。いつか自分で倒せるようになりたいです』


『私、ワインは苦手なんですけど、このワインはとても美味しいです』


『デザートも、ダンジョン産フルーツを使っていて、上品な甘さですね』


 気に入ってもらえてよかった。


『今日はホテルを用意しているので、泊まっていくといいよ』


『このホテルってとても宿泊料が高いから、一度泊まってみたかったんです』


『それはよかった』


 翌日、彼女たちはチェックアウトギリギリまで寝ていたそうなので、よほどダンジョン攻略で疲労が溜まっていたのだろう。

 こんな感じで、俺は毎日忙しくこの世の中のために働いている。


 そして、これからもそんな日々が続くのだろう。





「……なにこれ?」


「AIで作られた、ドキュメントっぽいドラマ動画です」


「実写っぽくはあるか。よく見ると実写じゃやないけど。それにしても、名誉棄損なんてもんじゃないだろう!」


 世界中でバズっているAIで作った動画があるのだが、あきらかに俺を題材に作ってあった。

 『これはAIで作成した、実写に近いにフィクションです』ってテロップが出ているが、ほとんど意味がない気がする。

 誰が見ても、俺を題材にしているのが丸わかりだ。

 俺が、メイド、秘書、後輩冒険者たち(美女、美少女限定)に次々と手を出しているように印象づけられており、これではまるで俺が好色みたいじゃないか。


「そもそも俺は、メイドも秘書も雇っていないぞ」


「オラとゴーレムたちがいるから必要ないんだな」


「そしてなにより、美女じゃないという」


 昔ながらの金持ちは知らないけど、冒険者や新興資本家は、極力人を雇わなかった。

 人を雇うと大きな責任が伴うし、そう簡単にクビを切れないからだ。

 ところが、ダンジョンのおかげで再び経済成長が始まり、メイドや使用人の需要が高まった。

 これで失業率が改善されると思ったら、想定外のことは起こるものだ。

 ゴーレム、AI、ロボットの性能が大幅に上がったおかげで、そちらを導入する人や企業、金持ちが大幅に増えたのだ。


 人間のメイドや使用人は、アタリハズレが激しい。

 他人を家の中に入れるのは抵抗がある。

 そんな人たちはゴーレムやロボットを。


 ゴーレムとロボットに世話をしてもらうのは抵抗がある。

 給料は高いが、優れた人間のメイドや使用人の方が決め細やかな仕事ができる。

 支払えない額でもない。


 そう思った人は人間のメイドや使用人を雇ったが、それでも全体の就業者は大幅に減った。

 優れた技術を持ち、高給が貰える人間のメイドや使用人は限られていたからだ。

 それに、ゴーレムとロボットが駄目なわけではない。

 普通に70~80点の仕事ができるし、もしミスをしたらその情報を吸い上げ、すぐに改善してしまうからだ。

 メイドやロボットはレンタルが基本なので、家庭内で古いゴーレムとロボットを抱え込むリスクが少ない。

 なにより、ゴーレムのレンタル料金と、人間のメイドと使用人の給金を比べたら、どちらを雇うのかは一目瞭然であろう。


「古くからの金持ちなら人を雇うけど、冒険者は人間のメイドなんて雇わないけどな」


 勿論ゼロではないけど、かなり珍しいはずだ。


「俺の秘書は美少女じゃないしな」


 俺はプロト1を見た。

 プロト1は古谷企画の社長だけど、俺の秘書でもある。

 この動画のような綺麗なお姉さんを雇って、イケナイ関係になるわけがなかった。


「社長、それはそれで寂しくない?」


「社長が会長にコンプライアンス違反を勧めるな。俺にはイザベラたちがいるから」


 すでにハーレム状態なのに、これ以上ハーレム要員を増やしたら面倒じゃないか。


「社長って、基本コミュ障ですしね」


「まあな。そこは否定しない」


 今は大分マシになったけど、昔の俺は間違いなくコミュ障だった。

 そんな俺が、早朝からメイドに手を出したり、秘書に手を出したり、後輩冒険者たちに手を出すなんていう、リア充の真似事ができるわけがなかった。


「これ、なんとかならんのか?」


 少し似ているけど俺のことだとは言っていないし、なんなら容姿や体型が微妙に違う。

 そもそも名前すら一致しておらず、それでも良助だから、一文字は合っているか……。

 それなのに、世間の人たちはすぐに俺のことだと連想してしまう。

 非常に厄介な動画なのだ。


「顧問弁護士の佐藤先生はなんて?」


「訴えても勝てるか怪しいって」


「とはいえ、ここで放置すると追随者が出るぞ」


 みんなが視聴回数稼ぎで、俺だと連想できるようなAI動画を作りかねなかった。

 普段アナザーテラにいる俺の生活なんてわからないので、かなりいい加減な予想で動画が作れらるようになるはずだ。


「オラは、古谷企画の経営的な観点から、あのAI動画は放置でいいと思う」


「経営的な観点?」


「放置しても問題ないし、なんなら他にもっと酷い案件で佐藤先生は忙しいから」


 俺に対する悪質な誹謗中傷、脅迫の類いは増え続けており、佐藤先生はAIとゴーレムの数を増やして対応していた。

 出る杭は打たれるというから、俺もそうなのだろう。

 おかげで、古谷良二ほど刑務所に人を送り込んだ人はいないと、世間で言われることが増えてきた。

 警察も、俺を脅迫したり、誹謗中傷した奴を捕まえると簡単に点数が稼げるので、とても協力的になったという事情があるけど。


「放置しても利益が出るって、本当なのか?」


「すぐにわかるって」


 俺はプロト1に任せると決めたので、その動画を放置することにした。

 すると、やはりそのAI動画を見る人が増えていく。


 あなたは最低の人間です!

 もう二度とあなたの動画は見ません!


 なぜかまったく関係ない俺に、批判的なメールが届くようになった。

 俺がけしからん奴だと。

 AIで作った作り物の動画なのに、それを信じて俺が女性にだらしない人間だと思い込んで批判する。

 ただ正義感に酔っているだけなんだろう。

 そもそも、この動画の制作者ですら俺じゃないと言っているし、かなり見た目も違う……というか、AIで作った映像なんだけどなぁ……。


「困ったものだ」


「社長、どうせオラたちの勝ちだから」


 プロト1は随分と自信があるみたいだけど、本当に大丈夫なのか不安になってきた。

 そして一ヶ月後。




「チャンネル登録者と動画の視聴回数が増えてる……」


 俺をモチーフとした冒険者が女性にだらしない生活を送る、AIドラマが流れてバスったのに、なぜか俺の動画チャンネルも登録者と視聴回数が大幅に増えていた。


「これはどういうことなんだ?」


「社長、悪名より無名だから」


「それは聞いたことあるけどさ」


「まず、あのAIで作ったドラマを本気にしている人が少ないです。数少ない人……ぶっちゃけバカは、わけのわからない抗議をしてきた連中です。彼らが社長の動画を見なくなっても、ここまで誹謗中傷される動画配信者の動画ってどんなものなのだろうって、もっと多くの人たちが社長の動画を観ました」


「だから悪名でも、知名度が高い方がいいってことか……」


「ええ、それにあのAIドラマを作った配信者ですけど、もうこれがピークですよ。次も社長をモチーフにしたAIドラマを作るでしょうけど、視聴回数は大幅に下がるはずです。また似たような内容にするしかありませんし」


「なるほどなぁ」


 プロト1がどんどん知識を蓄えて、人間よりも賢くなった気がする。

 そしてプロト1の予言は当たり、俺をモチーフにしてAI動画を作っていた動画配信者は徐々に視聴回数を減らしていき、次々と真似する人たちも現れて一気に崩壊してしまった。


「栄枯盛衰にしても、早すぎないか?」


「動画配信者は増え続けているので、ちょっとバスっても続けるのは難しいですね。社長たちほど知名度が突き抜けていれば別ですけど」


「だから、悪名は無名に勝るのか」


「もう、あの動画のことを覚えている人なんてほとんどいないでしょう」


 その後、本当にAIドラマを脳裏で妄想していた作った人は行方不明になってしまったという。

 そこまで技術がなく、だから俺をディスって視聴回数を稼ごうとしていたわけで、それが通用しなくなれば生き残れなくて当然か。


「なにより、これから世界は娯楽の洪水となるんです。自然と、一つ一つの賞味期限は短くなります」


 職がない人たちが創作の世界に大量に入ってきたので、IPが増えて一作品あたりの売り上げと寿命が短くなった。

 それほどの収入にならなくてもベーシックインカムがあるから、創作者を名乗る人が増えていたからだ。

 多くが無職なので、時間潰しに漫画、アニメ、動画、音楽、絵画などなど。

 消費する人たちが増えて、ますます市場は大きくなっていた。


「社長、オラたちもオワコンにならないように頑張りましょう」


「おう」


 とは言いつつ、今の俺がオワコンになったところで、別に生活に困るわけでもないし……と密かに思ったのは、プロト1には内緒だ。


 今度、AIでアニメや動画を作ってみようかな?

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