第213話 食料余り

『無人食堂で発売する新商品を紹介するよ! なんと、極楽鳥の肉と卵を使った親子丼が税込み千円です! 子供食堂を利用できる人なら、無料で食べられるよ! 明日、午前十一時から発売開始! モンスターの肉と卵を食べてみたい人は是非!』





「リョウジさん、さすがにちょっと安すぎませんか?」


「極楽鳥の肉と卵がちょっと在庫過多になってね。あいつら、次々と襲ってくるから。イザベラの会社の『アイテムボックス倉庫』もそうじゃない?」


「正直なところそうです。妊娠前に手に入れた在庫がなかなか掃けなくて……。『アイテムボックス倉庫』なので腐る心配はないのですが」


「とはいえ、『アイテムボックス』か、その技術を用いた『アイテムボックス倉庫』に入れておけば腐らないから、無理に安く売る必要ないんじゃないの?」


「それがさ、ホンファ。すでに『アイテムボックス倉庫』の在庫が過剰で、仕舞っておいても『いつ食べるんだよ!』状態なんだ」


「世界中の食料生産量が急増していますし、ダンジョンから産出する食材の量も増える一方ですしね。私の会社では、定期的に世界各国への食料援助に回しています」


「アメリカも食料が余りに余っている状態で、でも日本も食料の輸入量を増やせないものね。日本自体の食料自給率も上がっているから」


「もはや生産した食料の半分を捨てている状態ですし……。私もビルメスト王国のため、急いで食料生産量を大幅に向上させましたが、まさか豊作貧乏になるとは……。政治は難しいです」


「リョウジ、向こうの世界だったら考えられない事態よ。食料が余るなんて、そんなこと本当にあるのね」





  日本とアナザーテラのみならず、世界中でゴーレム、AI、ロボットによる生産性の向上が進んだ結果、食べ物の価格が恐ろしく安くなってしまった。

 それはそうだ。

 世界中で大規模農場、牧場、食品加工工場が次々と稼働し、高品質で安い食料が大量に生産されていく。

 これに加えて、ダンジョンからも大量の食材が産出する。

 冒険者の数が増え、レベルが上がるので、多少殉職して冒険者が減少しても、ダンジョンからの成果は増え続けていた。

 その結果、ダンジョン産食材の価格が大幅に下落してしまい、冒険者の収入が減ってしまうという事態も。

 そして多くの国が、増え続ける食料への対処に苦慮していた。

 少し前までは食料不足で大変だったのに、今度は食料が余り過ぎて困っている。

 ダーシャの言うとおり、政治とは難しいものだ。

 この解決策はただ一つで、食料生産量を減らせばいい。

 ただ、人間を使わず大規模に食料生産をしている個人や会社は、恐ろしいほど食料の価格が下がっても赤字にならない。

 多少生産量を減らしたところで食料の価格が上がるわけがないので、そのまま生産を続けていた。

 もし食料が余っても、肥料に加工してまた新しい食料の生産に使うので、現在世界中に食料が溢れている。

 そのため、ベーシックインカムに付け加える形で、国民に最低限必要で長持ちする食材……主に穀物や保存食品を配る国が増えていた。

 ダンジョン産の食材もかなり貴重なものを除けば大分価格が下がり、だからこうして、本来貴重な極楽鳥の肉と卵を使った親子丼を、たった千円で販売している。

 昔は安くても十万円くらいはしたし、今もそれなりのお店に行けば二~三万円は取られるはずだ。


「流通や分配の関係で、世界にはまだ飢えに苦しむ人たちが一部いるけど、大半の国では食べるものがなくて困っている人がいなくなってしまったな」


「だな」


「いいことなんだよな?」


「まあな」


 剛のみならず、俺もそれはいいことだと思っている。

 選ばなければ……とはいえ、国が無料で配っていたり、無料みたいな値段で売られている食料の品質が低いわけではないからだ。

 品種改良と生産技術の進化がさらに進み、大量のゴーレムとAIとロボットを駆使して、大規模に農業、畜産、養殖、食品加工が行われている。

 食料生産に使うエネルギーも、常温核融合発電と、魔導技術を用いた高効率の太陽光、風力、水力、地熱、潮流発電により安くなった。

 その結果世界中で、仕事として食料を生産している人や企業の数が大幅に減った。

 一人の冒険者が数万体のゴーレムを使い、広大な農地や巨大な工場で大量に食料を生産する……アナザーテラでも俺がやっているけど。

 そんな人が世界中に沢山いて、だが彼らのせいで失業した農家はその数千、数万倍にも及ぶ。

 例外は、自給自足のスローライフを始めた人や、その人が作る食べ物に熱烈なファンがついているケースであろうか。

 人気の農家レストラン、人気の無人販売所、米の栽培からおこなっている、希少なお酒を造る酒造蔵など。

 こうなってくると、なにを作ったのかよりも、誰が作ったのかで、消費者が購入する食品を選んでいるような気がする。

 その人にファンがつけば、少し高くても購入してくれる。

 ただベーシックインカムで配られる食料ですら、飲食店で使っても特に問題がない 品質を持つようになってしまった。

 調理方法も、今なら動画で簡単に調べられる。

 ならばあとは、希少で独自性のある食材や料理を販売したり、お店の経営者の人間力、ブランド力が試されるわけだ。

 実は服飾の世界もそんな感じで、今では高品質の服が安く売られたり、 なんなら国が国民に配っていたりする。

 こうなってくると、高い値段をつけた服が高く売れるよう、ブランディングができなければ成功は覚束なかった。


 その一例が、俺たちみたいなインフルエンサーが服飾品や食品を販売することなのだけど。


「つまり、残酷なまでにその人の能力次第というわけですね。ますますこれからの社会は、労働が選ばれた人しかできなくなる」


「そうなることは止められないと思う。働かなくても最低限の生活を送ることができるし、飢え死にする心配はなくなったから、なにかしらお金にならなくても人生の目標を見つけられば、その人は幸福に暮らせるはずだ。元々国が混乱していたせいで、まだそこまでたどり着かない国もかなりあるけど、プロト1の予想だと、あと数十年で世界中の国の生活レベルがあまり変わらなくなるらしい」


 その代わり、働ける人と働けない人、資産を持つ者と持たない者。

 格差はさらに広がるけど、みんなが生活に困らなくなるので、革命騒ぎのようなものは起こりにくくなる。

 たとえばもし欲しい物があるのなら、短期なら仕事があるのでそれをして購入資金を貯めるような生活になるはずだ。

 趣味に走る人が増えるので、その分野での成功を目指すのもいいだろう。

 起業家や富裕層を目指して頑張るのも問題ない。

 もし失敗しても、出資した金額を失うだけだからだ。

 さらに、何度でも挑戦することもできる。

 実際、世界中で起業する人が増えていた。

 大半の人が失敗してしまうけど、その失敗ですら経済活動に加算されると国も資本家も理解しているので、『また挑戦してね』くらいにしか感じないようになり、数少ない成功者がイノベーションを果たすことが増えていた。

 

「そのおかげで、俺は極楽鳥の肉と卵を使った料理を安く売る羽目になってしまったけど」


「それでも、自分が狩ってきた極楽鳥だから利益は出ているんだろう?」


「そうだな」


 子供食堂で、子供たちが極楽鳥の肉と卵を用いた親子丼を無料で食べまくっているが、代金を支払う大人の利用者も沢山いたので、それでも黒字だった。

 冒険者が自分で狩ってきた食材なら、仕入れコストはゼロに近いのだから。

 それに加えて、極楽鳥の肉と卵を用いた親子丼を紹介した動画のインセンティブがあるので、余計に赤字にならないという。


「ですがリョウジさん、思った以上に在庫の減りが早いのでは?」


「そこが問題だ」


 極楽鳥の肉と卵を用いた親子丼のセール半ばにして、在庫が尽きかけているという。

 

「どうするんだ? 良二」


「ならば、極楽鳥を狩ってくればいいんだ」


 俺は急ぎダンジョンに潜るが……。


『無人食堂で開催されている、極楽鳥の肉と卵を用いた親子丼千円のセール。実は最初に用意した在庫がなくなりつつあるのですが、公約どおり期間中は極楽鳥の肉と卵を用いた親子丼を千円で出し続けます。なので今日は、極楽鳥を狩りまくります!』


 動画で、極楽鳥の肉と卵の在庫が尽きかけているけど、約束通りセール期間内は極楽鳥の肉と卵を用いた親子丼を千円で出すと宣言。

 極楽鳥を大量に狩る様子を動画で流したら、さらにお客さんが増えた。

 子供は無料だけど、極楽鳥の肉と卵の仕入れ代金もゼロなので、バズった動画のインセンティブと合わせて、それなりに儲けることができたのであった。


「今さら、俺の資産が増えても意味がないかもしれないけど」


「それは言えてる」


 俺は当然として、剛もすでに子孫が十代遊び続けても尽きない資産を築き上げることに成功しているからなぁ。

 ただ、このような世界になる流れを加速してしまった責任がある以上、俺や高レベル冒険者たちは仕事をしなければいけない。

 なぜなら、それが俺たちの義務だからだ。

 資産があるのに、仕事をしないと社会が保てない。

 本当、世の中とは儘ならないものである。





『次は、パラライズボアの肉を使った、帯広豚丼風、角煮丼、豚のショウガ焼き定食、ローストポーク、ガッツリ豚ラーメンなど色々な料理。これらをすべて期間限定で五百円で販売します。どんな料理か、実際に試食してみましょう』


 こうして俺は定期的に、在庫過多になったダンジョン産食品を用いた料理を無人食堂と子供食堂で格安で提供し、その宣伝を動画で行うようになった。

 この方法だと赤字にならず、俺はもう『少しくらいなら、別に赤字でもよくね? 古谷企画、もう絶対に潰れないし!』と思ったのだけど、プロト1は『企業なので赤字は嫌です。油断していたら潰れるかもしれないので』と絶対に譲らなかった。


「社長、次は海階層で集めて在庫になっている、魚介系のモンスター食材で海鮮料理を出しましょうよ。海鮮丼を安くすれば、お客さんも沢山来るはずです」


「そういえば、そんな在庫もあったよなぁ。あまりに在庫過多だから、ちゃんと管理しないと」


 『アイテムボックス』や『アイテムボックス倉庫』に入っているから腐らずに新鮮なままだけど、やっぱり限度があるよなぁ。

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