第212話 スクープと勘違い

『理奈!  常に後ろにも気配を飛ばして、後方からの奇襲にも備えるんだ!』


『はいっ!』


『すまない。今日のメンバーは、理奈ほど富士の樹海ダンジョンに慣れてなくてな。あてにさせてくれ』


『任せてください!』





 今日も良二様と一緒に、富士の樹海ダンジョンで最深部へのアタックを続けていた。

 私、桃瀬理奈が持つスキル『インフルエンサー』は、こうやってドローン型ゴーレムで撮影しながらダンジョンに挑むと、戦闘力が劇的に跳ねあがる。

 多くの人たちに注目されればされるほど戦闘力が上がり、その状態でレベルが上がると、様々なスキルを覚えることができた。

 逆に動画撮影をせず、ソロやパーティで普通に冒険者活動していると、あまり強くならないしスキルも覚えられない。 

 この冒険者特性を得た私が、動画配信者をするようになったのは、『インフルエンサー』という、他に誰も獲得していない特殊なスキルゆえだ。


『はぁーーーっ! えいっ!』


 目の前に立ち塞がったモンスターの頭部を片手持ちの剣で突き殺しつつ、後方から迫ってきたモンスターの頭部を裏拳で破壊した。

 私が戦士にして武道家でもあり、攻撃魔法も治癒魔法も使えるのは、『インフルエンサー』スキルのおかげなのだ。


『(良二様とのコラボでダンジョンにアタックする時が、私は一番強くなる)』


 これは気のせいではなく、事実であった。

 私が冒険者になってから様々な人たちとパーティを組んできたけど、中には足手まといとしか思えない人もいた。

 彼らと比べるのは失礼だけど、良二様はソロでも最強なのに、パーティを組んでも最強だった。

 パーティの最大戦力でありながら、常に私たちの安全に気を配ってくれる。


 良二様とパーティを組むと、最速で自分が強くなっていることが実感できる。

 よく野球の名選手は名監督になれないと聞くけど、良二様に限っては例外だと思う。

 自身の戦闘力も、冒険者を育てる指導力も最強なのだ。


『今日も無事に、富士の樹海ダンジョンの八千階層を突破しました。さて、この富士の樹海ダンジョンはどこまで続くのでしょうか? 今後も全力でアタックを続けていきたいと思います』


 私と良二様とのコラボが増えたのは、そうすることでお互いの動画視聴回数が増えるのと、奥さんたちが再び産休に入ったからだ。

 良二様の奥さんたちは、全員二人目の子供が……いいなぁ、私も良二様の子供を産んでみたい。

 まあ、それはおいおいということで、私は懸命に努力して、良二様のライフワークである『富士の樹海ダンジョン最深部アタック』に参加できるだけの実力を身につけることができた。

 だからこうして、良二様が富士の樹海ダンジョンに潜る際には必ずコラボするようになっていた。

 私と良二様が富士の樹海ダンジョンの最深部を目指す動画は、『ガチダンジョン攻略シリーズ』として、多くの視聴回数とファンを掴んでいる。

 私の他にも、世界のトップレベル冒険者たちが数名参加するようになり、自然と私は臨時パーティながらナンバー2的な立ち位置となっていた。

 

『(良二様はリーダー補佐の仕事も任せてくれつようになって……。私は信用されているはず。このチャンスを生かさなければ!)』


 これほどの頻度で良二様と一緒にいられるのは、奥さんたちが出産を終えるまで。

 だから今のうちに、私が良二様にとってかけがえのない女性だと思われるよう、頑張らないと。


『(良二様がそう思ってくださるようになれば、私も良二様と……)』


 無事にトレント王国国籍を得て、王都に住居も得ることができたので、私も良二様と結婚生活を送れるようになった……良二様が結婚してくれたらだけど……。

 もしそうなったら、子供は最低三人は欲しいわね。

 現在日本では、日本国籍とトレント王国国籍を持つ高レベル冒険者の二重国籍状態が問題になっているけど、日本政府はこの件をスルーしていた。

 もしどちらかの国籍を選べとなった場合、多くの冒険者たちが、それも高レベル冒険者たちがトレント王国国籍を選ぶ可能性が高いからだ。

 今はその問題をスルーすることで、日本政府は獅童政権時に失われた利益や税収を少しでも取り戻そうとしている。

 とはいえ、多くの高レベル冒険者たちが税金が安いトレント王国国籍を得て、所持している資産や会社をトレント王国に移してしまったので、なかなか元通りとはいかないのだけど。

 日本では二重国籍が禁止だけど、それを口にする人は少なかった。

 テレビや新聞もダンマリだ。 

 将来日本で二重国籍を認めるにしても、そう簡単に法律を作れるわけがないので、それまでは誤魔化すしかないと思っているのだろう。





 

「ふう……今日は、8002階層で終わりかな。理奈、次もよろしくね」


「はい!」


「もう駄目だ……なにもしたくない」


「まだまだレベル不足か……」


「初めてなのに、俺と理奈についてこれただけでも凄いと思うよ。もっとレベルを上げて頑張ろう」


「「はい!」」


 今日初めてパーティを組んだ高レベル冒険者二人は、もうヘトヘトみたいね。

 なかなか私やダンジョンの女神たちのようにいかず、彼らにはもっと実戦を積んでもらわないと。


「お疲れ、理奈」


「お疲れさまです」


 良二様は基本、奥さんたちとごく親しい少数の人たちしか名前を呼び捨てにしない。

 私も最初『理奈さん』って呼ばれていたけど、ダンジョンで共に戦ううちに理奈と呼び捨てで呼んでもらえるようになった。

 最初に『里奈』って呼び捨てで呼ばれた時、私はこれまで生きてきてもっとも幸せな瞬間だと思ったほどなのだから。


『古谷良二から、呼び捨てで呼ばれるようになりたい』


 これが、より上を目指す多くの冒険者たちの目標でもあったのだから。


「(呼び捨てで呼んでもらったら、次は……)あの、次のコラボの打ち合わせがてら、一緒にお食事でもいかがですか?」


 良二様と食事を共にした人は少ない。

 なのでそこをクリアできれば、もっと関係が深くなるはず。


「そうだね。次のコラボの打ち合わせは必要だね。王都のどこかのレストランでいいかな?」


「はい!」


「(やった! ついに良二様と一緒にお食事を……)」


 初めて呼び捨てで呼ばれた時と同じくらい、私の脳内を幸福物資で満たされていくのがわかる。

 たとえ仕事の打ち合わせでも、良二様と二人きりで食事……。


「マネージャーさんもご一緒にいかがですか? 次のコラボの打ち合わせも兼ねてですから」


「ご一緒させていただきます」


 突然、頭に冷たい水を差し水されたかのような気分だ。

 本当はマネージャーなんていない方がいいんだけど、あくまでも次のコラボの打ち合わせ名目だから仕方がない。

 それでも、私と良二様との関係は大きく前進した。

 トレント王国の王都にあるお店にしたのは、日本国内のお店だと多くの人たちの注目を集めてしまうからだと思う。


「(王都にはマスコミの目もないから、食事のあとは雰囲気のいいバーに行って、そのあとは……。えへへ……。トレント王国万歳!)」


 おっと、必ずそう上手く行く保証はないんだった。


「じゃあ、行こうか」


「はい」


 その日の夕食は、一人前百万円ほどするダンジョン食材を用いた豪華フルコースで、とても美味しかった。

 驚いたのは、一人前百万円のコース料理なのに店内が満席だったこと。

 トレント王国の王都には、子供食道つきの無人食道もあって食事を安く済ませることができるけど、超高級な飲食店もあってどちらも賑わっている。

 私は王都に引っ越してきたばかりだから、外食をしてもほとんど他人から注目されないトレント王国を気に入っていた。

 私がここに引っ越してきた理由の一つに、こういう商売をやっていると避けられない、度を越したストーカー被害があったからだ。


「(良二様にこのことを相談したら、すぐに王都の物件を紹介してくれたし)」


 食事中の会話はほぼ、次のコラボでパーティに入れる高レベル冒険者の人選や、ガチダンジョンアタック以外の企画をどうするかといった話だったど、少しはプライベートのお話ができて嬉しかった。

 良二様は、奥さんたちと子供たちとの時間を確保しようと懸命みたい。

 私もその中に入れないかなぁ。

 そんな楽しい食事の時間も終わり。


「私からお誘いしたのに、すべて出してもらって申し訳ありません」


 マネージャーの分も合わせて二百万円をポンと出してしまう。

 男性を財力だけで計りたくないけど、格好いいなって思ってしまった。


「理奈とコラボし始めたら、このところ停滞気味だった動画チャンネルの登録者数と視聴回数が再び増加し始めたらから、そのお礼も兼ねてね。さすがは、スキル『インフルエンサー』だね。それでは、また次のコラボで」


 その日はそれでお別れになってしまったけど、次のコラボの日が早く来ないかなぁ……。

 数日後、そんなことを考えながら自宅で寛いでいたら、血相を変えたマネージャーが駆け込んできた。


「理奈! 大変だ! 週刊誌にスクープされてしまった!」


「私が? どうして?」


 私、仕事の時以外は王都で普通に暮らしているだけなのに……。


「この記事だ」


 電子版もある雑誌なのでスマホで確認してみると、『奥さんたちが産休中にもかかわらず、美人冒険者と高級レストランで裏切り不倫デートの夜』という記事があった。


「このレストラン、マネージャーもいたのに……」


「どうやら私の写真はカットされたみたいですね。週刊誌の常套手段ですよ」


「どうしましょう」


 私が良二様を食事に誘ったばかりに、でっち上げの不倫記事を週刊誌に書かれてしまうなんて……。

 申し訳なかったので急ぎ連絡したら良二様は怒っておらず、私に急ぎ法的な処置を行うと説明してくれた。


「真面目にダンジョンにアタックしている理奈に対して失礼な奴らだ。必ず吠え面かかせてやる!」


 その後すぐ、良二様は動画をあげた。

 週刊誌の不倫騒動についてだ。


『捏造記事を書いた、週刊誌を訴えます! 俺と桃瀬さんが夜に二人きりで不倫デートしていたと週刊誌に報じられましたが、あの席は次のコラボ企画の打ち合わせが主な目的であり、あの場には桃瀬さんのマネージャーも出席していました。週刊誌の写真ではカットされていたようですが、ここに本当の写真があります』


 良二様は、週刊誌に掲載されていた写真とまったく構図が似ている写真を提示した。

 確かに週刊誌の写真とは違って、私の隣の席にマネージャーも写っている。


『マネージャーが写っているところをわざとカットする。とても悪質ですし、俺と桃瀬さんに対する名誉棄損と業務妨害です。必ずその報いは受けてもらいます』


 私と良二様が不倫デートをしていたという週刊誌の記事は、世間から多くの関心を集めた。

 けど、すぐに良二様から証拠つきで否定されてしまい、今度は週刊誌の編集部と出版社が世界中からの批判を集めることに。

 さらにその後、本当に良二様から訴えられ、彼が雇っている世界最強と謳われる法務部の活躍でその週刊誌は敗訴。

 その後、廃刊となってしまった。

 そのおかげで、私も出版社からかなりの額の慰謝料を貰ったのだけど……。



 

「理奈、この騒動のおかげで動画の登録者数と視聴回数が増えてよかったわね。とんでもない週刊誌だったけど、最終的には里奈の知名度を世界に広げることができたよ」


「……」


『浮かない顔をしているな。 なにかあった?』


 してもいない不倫疑惑が晴れてよかったけど、良二様は動画の中でこうも言っていた。


『桃瀬さんは大変魅力的な女性だとは思いますけど、俺は妻帯者です。彼女に恋愛感情など一切なく、ビジネスパートナーにして友人ですから』


「そう言うしかないのはわかっているけど!」


 良二様の口から、私に対して恋愛感情はないと世界に向けて発信されてしまったので、私は酷く落ち込んでいた。


(それでも!)


 良二様は、私を大変魅力的な女性だと言ってくれた。

 今後もそのまま一緒にコラボを続けていたら、良二様が私を好きになる時がくるかもしれない。

 いえ、きっとそうに違いない!

 だから私は、良二様とのコラボを受け続けなければ。


「マネージャー、次の良二様とのコラボだけど、準備を怠らないようにね!」


「剣剛とダンジョンの女神たち以外で、古谷良二さんとコラボできる動画配信者なんてほぼゼロだからね。最優先で企画を進めるよ」


 マネージャー的にも、良二様とのコラボは続けるのが吉だと思ったようね。

 ならばそれを最大限利用して私は強くなり、良二様の奥さんの座を手に入れなければ。






「まったく……。これで俺が潰した週刊誌は二つ目だな。しかしみんな、他人の恋愛や不倫に興味津々なんだな。俺と理奈の記事が掲載された週刊誌はすべて売り切れたって」


「社長、それは不倫ネタだから売れたってよりも、社長と桃瀬理奈さん、二人の不倫記事だから売れたんだと思うな」


「どちらにしても、捏造はあかん! 俺はいいとして、理奈は冒険者として真面目に高みを目指しているってのに、その足を引っ張るなんて。そういうことをするから、マスゴミとか言われるんだっての」


「……」


「どうかしたのか? プロト1」


「……なんでもない。さあて、仕事仕事」


 なんだ?

 プロト1の奴、妙に引っ掛かる態度だな。

 まあいい。

 おかしなことに巻き込んでしまったお詫びに、次のコラボではさらにガチで富士の樹海ダンジョンを最下層を狙っていこうかな。

 里奈さんもその方が喜ぶだろうから。

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