第211話 桃瀬里奈

『今日のゲストは、テレビ初出演。優秀な冒険者にして、動画配信者でもあり、投資家、事業家でもある、桃瀬 理奈(ももせ りな)さんです』


『はじめまして、桃瀬理奈です』


『美人冒険者として有名な桃瀬さんですが、本当にお美しいですね』


『そんなことはありませんよ。冒険者なので、よく傷を作りますしね』




 優秀な冒険者にして、動画配信者でもある私がテレビに出る理由。

 それは、世間にその名と顔を知らしめるため。

 このところネットではオワコンだと言われているテレビだけど、まだその影響力は大きい。

 事実、私が自分のチャンネルでテレビに出ると言ったら、その反響は大きかった。

 ネットでも大きく取り上げられていて、つまりまだテレビの影響力は大きいってこと。

 世間では大成功していると思われている私だけど、私は満足していない。

 なぜなら……。


『現在、桃瀬さんとダンジョンの女神たちが、世界のトップ冒険者だと言われていますが……』


『私なんてまだまだです(ダンジョンの女神? 彼女たちなんて、既婚者で子持ちじゃないの! どうして未婚で若い私と同列なのよ?)』


 女性冒険者は、美容に気を使う人が多い。

 高収入の人が多く、お金をかけられるからだ。

 ダンジョンの女神たちなんて、自分のエステサロンを持っているくらいだし。

 それに加えて、レベルが上がれば上がるほど加齢が遅くなり、隠しステータスである魅力が上がって、異性が興味を抱きやすくなる。

 なのでここ数年、ダンジョンの女神たちは若く美しいままだ。

 とても子持ちには見えず、そんな彼女たちが利用しているエステサロンや、ダンジョン技術由来の魔法薬や美容品は大人気だ。

 規制の関係でダンジョン特区内でしか使えないし、料金はとんでもなく高額だけど、美容のために金に糸目をつけない人は多い。

 世界中から美と若さを求め、多くの人たちが集まっていた。


 でも今は私の方が若くて美しいのだから、ダンジョンの女神たちはもう引退すればいいのに。

 ところが現実は、ビルメスト王国の女王ダーシャと、トレント王国の女王デナーリスまで加わって……というか、世間で勝手にそう言われているだけだけど……。

 とくにく!

 私は、必ず彼女たちを蹴落とさないときけないの。

 なぜなら……。


『(古谷良二様……)』


 すべての冒険者の頂点に立つ、素晴らしいお方……。

 残念ながら、私が冒険者高校に入学した時にはすでに卒業していて、お会いできなかった。

 私は『インフルエンサー』という、戦う力も、魔法の才能も、カリスマも兼ね備えた上位スキルを持ち、すぐに冒険者のトップに立てると思っていたのに、その予想を軽々と覆してしまった凄い男性。

 そんな人だからこそ、古谷良二様はこの私、桃瀬理奈のパートナーに相応しいのだから。


『(テレビに出たことで、私の知名度は大きく上がった。まずは、古谷良二様とコラボなどをして名前と顔を覚えてもらいましょう。私を見てくれたら……)』


 徐々に私の魅力に古谷良二様がメロメロになって……スタジオに私を見て鼻の下を伸ばしているオジさんがいるけど、お呼びじゃないので!

 一緒に番組に出ていて、私に色目を使ってくるタレントや芸人も同じよ。

 私はミーハー女たちとは違うから、古谷良二様以外の男性に興味なんてないのだから。


『桃瀬さんの将来の夢は?』


『結婚して、子供も欲しいですね。ありきたりですけど』


 実はありきたりではないのは、私が古谷良二様との結婚を望み、彼の子供を生んで、家族が幸せに暮らしたいと願っているから。

 誰にも話せないけど。


『(早速、古谷良二様にコラボを申し入れましょう)』


 テレビ出演はあまりやりすぎても効果が薄いので、これで終わりにしましょう。

 なによりテレビに出るのは、色々と手間がかかって面倒だから。



※※※※※




「はっくしょい!」


「誰かが、良二のことを噂しているのかもな」


「そんな人、世界中に沢山いるだろうが」


「それもそうか」


 俺はインフルエンサーで、時には総理大臣にも逆らった男。

 噂くらい、いくらでもされるさ。








「桃瀬理奈とのコラボかぁ……」


「ああ、普段の良二なら断るだろうが、お前、動画チャンネルのマンネリ化を防ぎたいって言ってただろう?」


「言ったな」


「良二は、俺かイザベラたちを除くと、ごく一部の例外以外、誰とも動画でコラボをしないだろう? たまには、他の動画配信者とコラボをするという手もある。桃瀬理奈は凄腕の冒険者でもあるから、妙なことにはならないだろうから」


「確かにな。では、ダンジョン探索『後』チャンネルのマンネリ打開策として、桃瀬理奈とコラボしようと思います。プロト1頼むよ」


「リナ・モモセ。有名な冒険者よね。アメリカでも強くてキュートな冒険者として有名よ」


「私たちとは入れ替わりになってしまいましたが、冒険者高校の後輩ですか……」


「美人だねぇ。お肌もツルツルで。ボクたちも年を取るわけだよ」


 桃瀬理奈の動画を見て、その美しさにため息をつくリンダ、綾乃、ホンファ。 


「いや、ウーたちはこの数年、見た目に変化ないけどな…… 。だから子持ちでも、ダンジョンの女神たちなんだろう?」


「タケシさん、それは褒めているのですか? それとも貶しているのですか?」


「剛は、イザベラたちも桃瀬理奈と同レベルの若さと美しさを維持しているって言いたいのさ」


「そうですか。まあそれでしたら」


 人間とは慣れる生き物だ。

 イザベラたちと出会う前までは、佳代子以外の女子とろくに会話したことがなかった俺が、イザベラの機嫌をすぐに回復させることに成功したのだから。

 でも事実、イザベラたちの美しさが桃瀬里奈に劣っているとは思えないな。


「そういえば、私もデナーリスさんもいつの間にか、イザベラさんたちと同じくダンジョンの女神たち、なんて呼ばれるようになっていましたね」


「美しい高レベル女性冒険者は多いですけど、ただ美しいだけでなく、リョウジとダンジョンを探索できるくらい強くないと、ダンジョンの女神たちとは呼ばれないのよねぇ。全員、リョウジの奥さんなのは関係あるのかしら?」


「デナーリスさんは、リョウジさんがお強くなるまで一緒に異世界のダンジョンに潜った強者ですから、ダンジョンの女神たちと呼ばれるに相応しいです」


「なんか、アイドルのグループみたい。全員、子持ちだけど。リョウジ、私たちはまた産休に入るから、モモセって子に手を出したら、ちゃんと教えてね」


「出すか!」


「デナーリスさん、真に女王様なんですね……」


 自分の夫に複数の奥さんがいても、それが増えても気にしない。

 王族らしいけど、実は向こうの世界にも嫉妬深い女性は多だったので、その人次第だったりする。


「アヤノ、日本の旧華族の人たちにも、愛人がいたり、パパ活の常習者でタレントの卵や女子大生が大好きだったり、美少年好きなのを隠している人もいるじゃない」


「……さすがは、トレント王国の女王。よく調べてますね」


 いわゆる上級国民も人間で、そんな人もいるってことだ。

 綾乃はよく調べたなって、デナーリスに感心していたけど。


「トレント王国の安全保障政策の一環ね。全世界のセレブのスキャンダルは握ってるわ」


「すげえ!」


「リョウジは私たち以外、女性と全然接触がないのよねぇ……。一週間前、冒険者特区内のコンビニでお弁当買って、女性店員から『温めますか?』って聞かれて、『はい』』って言っただけ。なんか、つまらなくない?」


「俺は妻帯者なんだから、いいことじゃん! というわけで、桃瀬理奈とコラボするから」


 デナーリス。

 さすがはトレント王国の女王だ。

 実に抜かりがない。

 トレント王国が攻められないよう、各国首脳陣やセレブたちのスキャンダルを握っていたなんて……。

 とにかく、桃瀬理奈とのコラボを進めないと。

 スケジュールの調整は、プロト1に任せるけど。

 そして、コラボ動画撮影の日がやってきた。


「はじめまして、桃瀬理奈です」


「古谷良二です」


「本日はよろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 初めて桃瀬理奈と顔を合わせるが、こんなに綺麗なら人気があるのも頷ける。

 挨拶も丁寧で、人当たりもよさそうだ。


「それで早速、動画の内容なんだけど、本当にガチのダンジョン探索でいいの?」


「はい。私も冒険者なので。むしろ、是非お願いします!」


 最初プロト1が、いかにもコラボらしい企画を桃瀬理奈側に送ったのだ。

 二人で好きな飲食店を巡ったり、日帰り旅行をしたり、お勧めのダンジョン探索に便利なグッズの紹介や、それを買いに出かけたりと。

 ところが、桃瀬理奈の回答はガチのダンジョン探索であった。


「(可愛らしい見た目だからそういう売り方なのかなと思ったら、さすがは高レベル冒険者というわけか)では、富士の樹海ダンジョンの最新部アタックをやりましょう」


「よろしくお願いします」


 美少女冒険者が、必死にダンジョンに挑んでいく。

 イザベラたちもそういう動画を織り混ぜることで人気が出ているから、根強い需要があるのだろう。

 野郎だけの場合、ただ汗臭いだけで需要がなかったりするから、男性冒険者が真似すると危険な企画なんだけど。






『えいっ!』


『理奈! 後ろだ!』


『っ! はいっ! このうぉーーー!』


『ようし、その調子だ』




 ついに憧れの古谷良二様と一緒に富士の樹海ダンジョンへのアタックを開始しましたが、まさかここまで命がけなんて……。

 他のダンジョンとは比べものにならないほど強くモンスターたちが次から次へと襲いかかり、私は撮影のことも忘れて全力で戦い続けます。


『(このくらいできなければ、到底ダンジョンの女神たちには追い付けない! あと、『里奈』って呼び捨てで呼んでくれて……はぁ……最高! 身近で見る戦う良二様の勇ましいことといったら)』


 死の危険と、勇ましい良二様。

 癖になりそう……。

 ただ綺麗でスタイルがいいだけの女性では、古谷良二様は相手にしてくれない。

 だから今は、少なくともダンジョンの女神並の力を手に入れなければ。


『(そこが、古谷良二様に相応しい女性の最低ラインなのだから!)』


 一階層でも下に!

 コラボ撮影の期間は三日間しかないので、私はなるべく良二様の近くで戦い続け、ダンジョンを踏破していく。


『(まだまだ! この程度では、ダンジョンの女神たちには及ばない!)』


『里奈、大丈夫か? 無理をして万が一のことがあると大変だから、ここで引き上げても……』


『まだ大丈夫から』


 こんな貴重な機会、一秒でも無駄にできない。

 そして私を心配してくれる良二様……生きててよかったぁ。

 でも、楽しい時間は経つのが早いもの。

 あっという間にコラボ動画の撮影は終わってしまった気がする。


『里奈、三日前とは見違えたね。レベルもいっぱい上がったたんじゃないかな」


『これも良二様のおかげです。ありがとうございました!』


『……様? ああ……綾乃みたいな感じの人?』


 良二様に褒められた!

 それだけで、この三日間の死闘が報われた気がする。

 そして、ドローン型ゴーレムで撮影された私の戦いぶりは大好評で、多くの視聴回数を稼ぐことができた。


『またコラボしてくれることになったし、今度は良二様と……』


 私のマネージャーと、プロト1社長もいたけど、撮影が終わったらドラゴン肉の料理を提供するレストランにも連れて行ってくれたし、間違いなくこれは脈アリよね。

 もっと頑張って、私は必ず良二様の奥さんになるのだから。



「社長、登録者数1000万人超え、イケメン冒険者船瀬亮とのコラボ企画ですけど……」


「あんな顔だけよくて、一桁階層をうろつくだけの雑魚冒険者。コラボなんてしても時間の無駄だから却下。ファンの女の子たちにチヤホヤされて喜んでなさい」


「わかりました。お断りのメールをしておきます」


 私はこれから、ガチで富士の樹海ダンジョンにアタックしてレベルを上げないといけないの。

 だって次のコラボの時、良二様に褒められたいから。


 




「真面目な後輩だったな。ちゃんと教えたら、見違えるほど強くなったよ。それにさ。他の動画配信者の企画を真似したところで、視聴回数の伸びには限界がある。俺たちは最大の強みを強化すべきなんだ。そのヒントを今日得た!」


「それはよかったですわね(リョウジさんの鈍さは相変わらずですわね)」


「(そこがリョウジ君のいいところでもあるし。コラボの度に浮気されたら嫌じゃん。あのモモセって子の表情や態度を見て、気がつかないかね? リョウジ君は))」


「(それがリョジウさんですから)」


「イザベラ、ホンファ、なにか?」


「なんでもありませんわ」


「なんでもないよ。で、どんな企画をやるの?」


「それは……」


 真面目に富士の樹海ダンジョンで奮闘する、里奈を見て考えたものなんだけど……。





『お前たち! 冒険者として一皮剥けたいか?』


『『『『『『『『『『剥けたいです! 強くなりたいで!』』』』』』』』』』


『厳しい指導になるが、頑張ってついてくるんだ!』


『お前ら! スタートだぞ!』




 ダンジョン探索チャンネルは、ダンジョンの攻略情報を伝えることが最大の目的だ。

 たが新しい企画は、ダンジョンに挑む冒険者たちの方に焦点を当てたものとなった。

 冒険者としては伸び悩んでいる連中を集め、剛と二人でスパルタ形式で教えていく。

 動画は、彼らの奮闘が主に撮影されていた。


『後ろにも目をつけるんだ!』


『違う!  いつの弱点は首筋だ! 目なんて当たらないから狙うな!』


『『『『『はいっ!』』』』』


 俺と剛から常に厳しい指導が入り、それでも冒険者たちは懸命にダンジョンを攻略していく。


『辛いのなら、今すぐダンジョンを出るんだな。『エスケープ』で地上に送り返してやる。無理をして死ぬこともあるまい』


『嫌です! 俺は強くなりたいんです!』


『ならば頑張れ! 今はお前が死なないようにフォローしてやるから』


『ぐぉーーー!』 


 俺と剛による厳しい指導の結果、彼らは短期間で見違えるほど強くなった。


『お前たちは俺と剛の試練を突破して強くなった! 油断は禁物だが、お前たちならそんなヘマはしないだろう。これからも頑張ってくれ』


『卒業だ!』


『『『『『『『『『『ありがとうございました!』』』』』』』』』』


 新企画の動画は、冒険者たちが卒業したところで終わった。


「スパルタダンジョン塾企画は、視聴回数が凄いことになってるな」


「社長、人間はこういうのが好きだから」


「確かにそうかもしれない」


 とにかく動画のマンネリ化は防げたので、その切っ掛けをくれた桃瀬理奈には感謝だな。


「彼女も高みを目指しているようだから、今度またコラボで富士の樹海ダンジョンアタックに誘おうかな」


「……」


「なんだ? プロト1。なにか気になることでもあるのか?」


「……別に。社長の鈍さは相変わらずだなって」


「なんだよ、それ」


「わからないのならいいのだ」


 今後、俺がもっと楽できるように、冒険者たちの底上げをしつつ、動画の企画も考えていかないとなぁ。

 あと、動画やSNSで俺とつき合ってると嘘を言ったり、結婚したいと言ってる女性たち。

 あんたらは、桃瀬理奈の爪の垢でも煎じて飲めばいいのに。


 あの子は真面目にやってるから、しっかりフォローしてあげよう。


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