第210話 企画会議

『えっ? 突き出しとハイボール二杯で二十万円ですか? ちょっと高くないかな? なあ、剛』


『十分の一の値段でもあり得んわ』


『ああん? お客さん、まさか無銭飲食ですか? だとしたらちょっと許せませんねぇ』


『もし払わないってのなら、知り合いの怖い人たちを呼んで説得してもらうことになりますけどね』


『本当にそれでいいのかな? 彼らはちょっと元気がありすぎて、やりすぎてしまうことがあるから、素直に代金を払った方がいいと思うけどねぇ……』




 今日のダンジョン探索『後』チャンネルは特別企画を配信していた。

 このところ失業率が高いせいか。

 繁華街で悪質な客引きや、ボッタクリ商売を始める飲食店……主に、お酒を出し、女性が接客する店だ…… が増えて社会問題化していた。

 反社会的な人たちが失業者を雇い、そういうお店を経営するのだ。

 今の日本は外国人観光客も多く、政府に対策しろと強く言う人が増えている。

 だからなのか。

 その実情を探ると銘打って、古谷良二が冒険者仲間で同じく動画配信者をやっている拳剛と一緒に、わざとピン引きの勧誘についていき、ボッタクリ店で飲食、その後とんでもない 飲食代を請求されている様子が生中継で映し出されていた。

 古谷良二は変装を兼ねて髪を金髪にしており、他は普段のままだけど、彼の黒髪は世界中で有名だったので、 ポン引きもボッタクリ店の店員たちも、彼の正体に気がついていないようだ。

 拳剛も長髪のウィッグをつけているだけなのに、案外わからないものなのだなと、コメント欄に多く記されていた

 強面のボッタクリ店の店員たちは強気な態度で脅しをかけているが、相手が誰だかわかっているのだろうか?

 無知や鈍さは罪なのだなと思いつつ、俺たち視聴者は動画を見続ける。


『警察を呼ぶよ。 いくらなんでも、二十万円は高すぎだ。 これはいわゆるボッタクリだろう?』


『ああん? てめえ、無銭飲食してあげくに人を犯罪者呼ばわりかよ?』


 店員が拳剛の胸倉を掴むが、『こいつ、死にたいのか?』、『チンピラ、バカすぎて草』などのコメントが多数書き込まれた。

 確かに拳剛は、古谷良二よりも弱いだろう。

 だがどう逆立ちしても、チンピラ程度では歯が立たないのだから。


『舐めた口を利いてると、ブチ殺すぞ!』


『東京湾で、ずっと沈んだまま水泳してえか?』


『とっとと金払わねえと、腕をへし折るぞ』


『ふうん、やれるものならやってみたら?』


 金髪の古谷良二は強面の店員たちの脅しに一歩も引かなかった。

 それはそうだ。

 ドラゴンを倒せる冒険者が、たかがチンピラ相手にビビるわけがないのだから。


『こんなことをしていると警察に捕まるぜ』


『おいっ!  まさかこれから警察に通報しようと考えているのか?』


『だが、 俺たちはそんなことをさせねえ。 金を払わなければ、永遠にここに監禁してやるぜ』


『それが嫌だったら金を払うんだな』


 ボッタクリ店のチンピラたちは、自分たちが古谷良二と拳剛を脅迫しているところが、生中継で世界中に流れていることを知らないらしい。

 ダンジョン由来の技術のおかげで、カメラを見えなくして盗撮することが簡単になった。

 覗きや盗撮に使われて一時問題になったが、それ以上にこういった犯罪の証拠を撮影できるようになったので、警察が犯罪者を捕まえやすくなったというメリットもある。

 再び刑務所に多数のゴーレムが配置され、失業率の高さから刑務官になる人が増えた結果、刑務所と人員不足で犯罪者を収容できないから執行猶予判決を出す事例が減り、問題のある人が刑務所に確実に収容されるようになった。

 日本の治安はよくなったけど、こういう犯罪者はなかなか減らないものだと、つくづく思う。


『手品を見せようか?』


『なんだ? 急に?』


『俺たちが怖くて、頭がおかしくなったのか?』


『まさか。これからこの店内がスモークで包まれます』


『なんだ? 本当に煙が大量に吹き出て前が見えねえ!』


『あの野郎! どこに行きやがった!』


 古谷良二の合図で本当に煙が噴き出て店内の視界がゼロになり、なにも見えないチンピラたちが騒ぎ出した。

 これに乗じて、古谷良二たちが逃げると思ったのだろう。

 それを防ごうと店の入り口の方に移動しようとしたようだが、視界がゼロなので、派手にぶつかって悲鳴を上げていた。

  そして煙が晴れると、そこには……。


『はい。二十二時五十九分。監禁と脅迫と、ぼったくり条例違反で現行犯逮捕するから』


『げっ! いつの間に警察が!』


『てめえ! 警察をグルだったんだな!』


『俺は知らないなぁ。 たまたまお店の外で、お巡りさんが聞き耳を立てていたんだよ、きっと』


 古谷良二の惚けた言い分に、コメント欄が多いに盛り上がった。

 『古谷良二の言い分を信じてやれよ。ボッタクリ野郎ども』、『警察官がお店の外で聞き耳立てていたは草』、『ボッタクリチンピラどもざまぁ』、『今度は自分たちが刑務所で、労働力をボッタクられることになるぞ』など。

 視聴回数も鰻登りだ。


『たまたま剛とお酒でも飲もうと思って繁華街の居酒屋に入ったら、ボッタクリでした』


『みんなは気をつけような』


 その後も、変装した古谷良二と拳剛が酷いボッタクリ店に入り、そこで高額請求をされるも強面の店員たちに一歩も引かず、その様子を動画配信サイトで生中継された挙句、警察に現行犯逮捕されるシリーズは大人気となった。

 『今度、このお店に行ってみてください。この店は、ヤバイボッタクリ店です』などと、視聴者から多くの情報が寄せられるようになり、のちには『視聴者に教えてもらったボッタクリ店に入ってみた!』に企画名をリニューアルして、さらに視聴回数を稼ぐことに成功したのであった。





『好みの男性のタイプですか? 古谷良二さんがいいですね』


『愛人にして欲しい動画配信者ですって? そんなの、古谷良二に決まっているわ。愛人系動画配信者としては、狙って当然でしょう』


『古谷良二さん、私と結婚してくれないかなぁ。私、人妻&ママ動画配信者になりたいんです』




「良二、モテモテだな」


「別にそんなに嬉しくないけどな」


「お前の資産目当てだって、顔にわかりやすく書いてあるものな」


 世間では、有名なインフルエンサーは異性にモテるらしい。

 俺もその例外ではなく、 動画の企画の参考にしようと他のインフルエンサーたちの動画を見ていると、妙に俺がモテるのだ。

 好きな男性のタイプ、恋人にした男性のタイプ、結婚したい男性のタイプ、 愛人にしたい男性のタイプ、 子供を産みたい男性のタイプ。

 すべてで、俺が現在世界ナンバーワンだった。

 だが、まったく実感が湧かない。

 これまで、フツメン、二次元好き、陰キャを二十年以上も続けてきた俺が、どうしてキラキラした有名インフルエンサーの女性たちにモテるのか。 

 それは、俺が世界一の資産家だからというのがあると思う。

 でなければ、この俺が女性にモテるわけがないじゃないか。

 

「良二は、 イザベラたちにモテモテだろうが」


「イザベラたちとは、職場で知り合ったような感じじゃない。だから不自然さはないんだよ。そうでなければ、俺に彼女ができたり、結婚できるわけないだろう」


「ダンジョンが職場って……。まあ職場みたいなものか……。しかしお前、相変わらずのネガティブぶりだな」


「職場結婚みたいなものだから」


「奥さんが五人いてか?」


「職場結婚だから!」


 実際のところ、稼ぐようになった冒険者は同じ冒険者と結婚することが多かった。

 共に稼いでいて、双方が独立した家計を維持し、生活費や子育ての費用などは折半して出す。

 家事や育児も折半するが、ゴーレム、ロボット、プロの家政婦やベビーシッターに任せることが多い。

 もし離婚に至っても、慰謝料や養育費以外は請求せず、財産分与も求めない。

 他にも細々としたルールはあるが、高レベル冒険者同士のパワーカップルはこういった夫婦生活を営むことが多かった。

 効率の極みというか、だがそのおかげで出生率は3に迫る勢いだ。

 田中総理曰く、『一番効果のある少子化対策は経済対策』だそうで、確かに高レベル冒険者の婚姻率と出生率は高かった。

 お金があるので、大変な子育ても上手く外部の手助けを借りることができるからだ。

 実は日本でも昔から、収入が高い人ほど婚姻率が高く、子供の数も多いそうだけど。

 貧乏子沢山というのは事実ではそうだ。

 高レベル冒険者だからこそ俺はイザベラたちと結婚できたし、子供だって生まれた。

 またみんな妊娠したので、俺はイザベラたちの生活費を稼ぐため、こうやってバズりそうな動画の研究も怠らない。

 だって俺は、無収入でも女性にモテるほどイケメンじゃないから。


「イザベラたちの総資産額なら、良二があくせく生活費を稼ぐ必要はないと思うが……」


「イザベラたちは育休中だから、お父さんが頑張らなければいけないんだ」


「そのイザベラたちも、良二も。働かなくても勝手に資産が増えてるだろう」


 高レベル冒険者の多くが稼いだお金を資産運用して、さらに資産を増やしていた。

 そんな高レベル冒険者たちの大半が、古谷証券、イワキ証券に資産運用を任せており、俺とイワキ理事長は、なにもしなくても勝手に資産が増えていくという状態だ。

 そりゃあ、冒険者を格差を広げる元凶として攻撃する人たちがいるわけだ。

 だけど、非冒険者の金持ちも昔から同じことをしているという。

 ようするに、冒険者がいなくても格差は広がりつつあるのだ。  


「その話をしても意味がないので、今流行している動画は……。釣り動画を強化しようかな?」


「確かに、アナザーテラでの釣りと漁をした動画は人気があるけど、 これ以上増やしてしょうがないんじゃないか?」


「狩猟は、解体すると動画に制限がかかる。画像にボカシを入れる手間もかかるからなぁ……」


「農業とかは?」


「もうやってる」


 ダンジョン探索チャンネルは、定期的にダンジョンの階層が増え、ダンジョン内の様子も変わるので、動画のアップデートが必要だ。

 アナザーテラシリーズの撮影と動画公開も始まっている。

 だが逆にいえばそれだけなので、サブチャンネルの充実が図られているが、どうしても既存の人気チャンネルの後追いになってしまう。

  それでも俺の知名度のおかげで視聴数は稼げるが、なにか新しいアイデアが欲しいと思うのがインフルエンサーというものだ。

 なんて言うほど、俺にインフルエンサーとしての自覚はないのだけど。

 なぜなら 勝手にそう言われるようになったからだ。


「とはいえ、そう簡単に新しいアイデアなんか出てこないだろう。 そんなものあったら俺もやってる」


 剛のチャンネルも人気ではあるが、視聴回数の伸びに悩まされているらしい。

 とはいえ、撮影と編集はゴーレム任せであり、剛も本業は冒険者なのでそこまで気にしてはいないけど。


「メントスコーラでもやるか?」


「定番すぎるだろう」


  結局ただ話をしただけで、画期的なアイデアは出てこなかったけど、定期的な動画の撮影と編集、配信はゴーレムがやってくれるので、特に収入が落ちたわけでもない。

  そのうちなにか画期的なアイデアを思いつくかもしれないし、今は毎日定期的に動画配信を続けることが大切だ。

  世の中には、『偉大なるマンネリ』 というものもあるのだから。

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