第207話 親友
「『高速機甲ガンソード』劇場版は、今週の金曜日から上映開始となっております。先着順で、キャラポストカードが……」
「ということで、金曜日、俺はお休みだ」
「リョウジ様は、ロボットの映画を観に行かれるのですね」
「綾乃、ロボットじゃない。ガンソードだよ」
「ガンソードはロボットではないのですか?」
「ガンソードは兵器という設定だから、ロボットじゃないんだ」
「そうなんですね」
「綾乃もガンソードを観れば、その面白さがわかるはずだ! 劇場版視聴に備えて、今からテレビ版を観れば……。合計四シリーズ、二百話あるけどね」
「すみません、ちょっと予定が詰まっておりまして……」
「ガンソード、面白いのに……」
高速機甲ガンソードは、俺が子供の頃から放送していたアニメの名前だ。
大ヒットして、続編や新作が続々と作られている作品で、俺がこよなく愛しているアニメの一つだ。
この度劇場版が放映されることになり、俺はこのお祭りに参加すべく、すべてのスケジュールを前倒しでこなしていた。
俺は訓練されたガンソード民なので、必ず初日の最初の回を見なければならない。
監督と声優さんたちの舞台挨拶もあるからだ。
ガンソード大好き民は、監督のお話からわかる詳細な設定もあるので、これを見逃すわけにいかない。
もし当日、緊急の仕事が入りましたなんてプロト1から言われた日には、俺は絶対にブチ切れると思う。
初日、新宿の劇場で最初の上映前に監督と声優さんの舞台挨拶があるから、俺は万全を期して……プロト1に頼んでチケットを取ってもらった。
この機会を逃すなんて、絶対にあってはならない。
イザベラたちは興味なさそうだけど、女子でガンソード好きは少ないから仕方がない。
なにより俺は、イザベラたちがガンソードに興味がないからって、それに不満があるわけではないし。
俺もイザベラたちが好むようなファッションや美容の話に興味がないので、そこはお互い多様性を認め合う関係というやつかな。
「男の子向けのアニメ映画なら、他の女の子を誘って浮気、なんてことはなさそうだから安心ね」
おいおい、リンダ。
俺はガンソードの映画が観たいのであって、妻たち以外の女性とデートなんてするわけがないじゃないか。
「ジャパニーズアニメは、世界中で人気ですからね」
「ダーシャ、一緒にガンソードの劇場版を観るかい?」
「私、テレビ版を観たことないから、劇場版を見てもよくわからないと思うわ」
「残念! まあいいか。共に映画を観に行く同志もいるからな」
「リョウジさん、それはタケシさんですか?」
「あいつ、アニメには興味ないからなぁ」
剛はいい奴だけど、残念ながら趣味は合わないんだよな。
「じゃあ、誰と観に行くんです?」
「昔からの親友さ」
「リョウジ君、友達なんていたの?」
「うっ!」
ホンファの容赦ない一言が、俺の心臓に突き刺さった。
確かに今の俺は、ほぼすべての昔の交遊関係を絶っていた。
どうしてかというと、有名人やお金持ちになると親戚や友人が増えて、そのくらいならいいが、色々と問題が発生する。
特にお金のトラブルが増えることが多く、俺もろくでもない親戚のせいで散々な目に遭った。
従兄弟たちは、俺に便宜が図れるとか、お金を儲けられると嘘をつき、大金を集めて詐欺で刑務所に入れられており、つい数ヶ月前にようやく出所したのに、また同じことをして刑務所に逆戻りしたと東条さんから聞いた。
俺は動画で度々、そういう親戚がいるので、古谷良二は自分の親戚だから特別にお金を出資してもらえる、あなたにもその枠を用意できるとか、便宜を図ってもらえるなどと彼らに言われても、詐欺だからお金を出さないようにと散々注意してきた。
それでも詐欺に引っ掛かって、お金を騙し取られる人たちのなんと多いことか。
自称俺の親戚、友人を名乗る詐欺師のなんと多いことか。
世間にはいまだにM資金詐欺に引っ掛かる人がいると聞くから、詐欺被害をゼロにするのは難しそうだ。
特に今の日本は失業率が高いので、起業系の詐欺が増えていた。
働けないのなら、自分で起業すればいいという体で人を騙す詐欺師が多いのだ。
そんなわけで、父方の親戚たちは再び刑務所生活に戻ったが、被害者の中には俺にも責任があると言い出す人たちが出てきて、裁判をする羽目になっていた。
そんな彼らを唆す、仕事がない弁護士たちが主導しているらしい。
弁護士も他の士業も、事務所スタッフをゴーレムとAIだけにして、効率よく仕事をこなす優秀な人の独り勝ち状態であり、仕事にあぶれた弁護士たちが、俺相手に裁判をして知名度を稼ごうと必死なのだとか。
当然裁判に勝てるわけもなく、なんの実りも得られないのだけど、何度も俺を訴える人や弁護士が増えつつあった。
もはやそれが彼らの生き甲斐になっているようで、ただあんまりな裁判なので、俺たちは裁判にかかった費用を向こうに請求している。
払えなくて逃げる人もいたけど、ちゃんと払う人もいて、よくそんなお金があるものだと感心していた。
そんな状態の俺に、昔からの友達なんているはずがないと、ホンファは思ったのだろう。
同級生たちも、殊更俺との仲のよさを自分の知り合いに誇張して回ったり、なんなら自分が呼べば古谷良二はこの場に来るなんて見栄を張り、俺に『今すぐ、飲み会に来い!』なんて連絡してくる奴もいた。
当然断るのだが、それに逆ギレするから困ってしまうのだ。
『お前は人手なしだ!』と怒鳴るくらいならいいけど、『俺に恥をかかせた慰謝料を払え!』だとか、変なことを言い出して警察沙汰になったりと。
イザベラたちも過去にそんな経験をしたことがあるらしく、だから俺が古い親友と映画を観に行くと言ったら驚いたのだろう。
金持ちがどうして金持ちとだけつるむのか、俺は数年かかってその理由に気がついたのだ。
「そいつは、今の俺でも以前と変わらずに接してくれるし、なによりガンソードの映画を心待にしていた同志だからな」
「そんな方がいたのですね。羨ましいですわ」
イザベラも貴族でセレブだから、これまで色々と苦労してきたのだろう。
たまにイギリス貴族たち会っているようだが、あくまでも表面上だけのつき合いで、本当に仲がいいのはホンファたちだけという。
冒険者も、冒険者特性を持たない人とつき合うのが大変だってよく聞くからな。
「金曜日が楽しみだなぁ」
そして、金曜日。
「古谷殿、お変わりなく」
「同志山田よ。久しぶりじゃないか」
「古谷殿は色々と大変でござったな」
「本当にだよ。でも、ガンソードの映画が俺を癒してくれるんだ」
「本当に楽しみでござるな。席も、監督のお話を聞きやすいように最前列が取れてラッキーだったでござる」
映画館の席の予約はネット経由なので、プロト1に頼めば必ず最前列の席を取れた。
彼ならばコンマ一秒早く、予約開始時刻と同時に予約フォームに繋げることができるからだ。
まさに、プロト1様様である。
「しかし、凄い魔法でこざるな」
「魔法というか、魔導工学の成果さ」
俺は素顔のまま外を出歩けないが、変装してしまうと山田に気がついてもらえない。
そこで、山田だけ俺の顔がわかる指輪を事前に送っていた。
俺が送ったメールに記載された暗号を指輪に入力すると、その指輪をつけた人だけは俺の顔がわかるという仕組みだ。
暗号の有効期限は一日だから、翌日その指輪をつけても、俺の顔はわからないけど。
面倒だが、こうでもしないと古い親友に会えなかったのだ。
「古谷殿、パンフレットは購入するでこざるか?」
「当然、なんか減りが早くないか?」
まだ一番早い上映時刻の三十分前なのに、物販コーナーには多くの客が詰め掛け、大量に積まれていた映画のパンフレットはあまり残っていなかった。
「人気作ゆえ、転売屋も出現しているはずでごさる。嘆かわしい限りでこざるが」
「急ぎ購入しよう」
無事にパンフレットを購入した俺たちは、最前列の真ん中の席に座り、監督と声優たちの舞台挨拶を聞く。
そして、ついに映画の上映が始まった。
「古谷殿、楽しかったでござるな」
「大満足だよ」
映画を見終わり、俺と山田はアキバまで移動。
そこでやっている、ガンソードのコラボカフェで昼食をとっていた。
映画はとても素晴らしい出来で、二人とも満たされた気分だ。
一番高いコラボメニューを購入し、お布施をすることを忘れない。
そうすることで、またガンソードのテレビアニメなり、映画が作られるかもしれないからだ。
最悪、俺が出資すればいいのだが。
「ところで古谷殿は、『ガンソードExodus改三デモンズパック装備』限定超合金の予約はできたのでござるか?」
「なんとか間に合ったよ」
これも、プロト1のおかげだ。
ネット予約で、奴に予約のタイミングに勝てる人間などいないのだから。
「山田は?」
「拙者もなんとか間に合ったでござる。しかしわずか三分で完売なんて、相変わらずの人気ですな」
「さすがだな、山田は。まあ、ガンソードは転売ヤーも多いからなぁ」
「本当に嘆かわしい限りでござる」
そのあとは、食事とデザートを楽しみながら、ガンソードの話で盛り上がった。
それが終わると、久しぶりなので近況の話になった。
「そういえは山田って、もう大学を卒業したよな? 今、なにをしているの?」
「拙者でこざるか? 色々でござる」
「色々?」
「実は拙者、今、ライトノベル作家や、漫画の原作、ゲームのシナリオの仕事をやっているのでごさる」
「すげえ!」
俺も小説を出してみたい、なんて夢を昔は抱いていたが、残念ながら今のところ叶えられていない。
スキルのおかげで、絵や音楽はできるけど、文筆家や小説家関連のスキルは向こうの世界で覚えられなかった……吟遊詩人は小説の執筆に役に立たないからなぁ。
そんなわけで、さすがの俺も小説は書けなかった。
プロト1やその配下のゴーレムたちは、作っている動画のシナリオをやっているので余裕でできるけど。
「どんな作品を書いてるの?」
「『底辺の俺は、現代ダンジョンで成り上がる』がデビュー作でござる」
「『俺、ダン』、小説も漫画もアニメも面白いよね。あの作品、山田が原作なのか。すげえよ」
「古谷殿に喜んでもらえて、なによりでござる」
『俺、ダン』はダンジョンが出現した現代社会で、クラスでは目立たない、弱い主人公がモンスターと戦えば戦うほど強くなることに気がつき、愚直にダンジョンに挑み、踏破していく作品だ。
幼馴染みの難病を治すため、エリクサーを持つドラゴンに挑むところなど、最高の面白さだった。
アニメのラストもそこで、ネットでとても盛り上がっていたのを思い出す。
「『俺、ダン』は、俺が出資するまでもなく、アニメ化が決まっちゃったんだよなぁ」
「古谷殿が出資する作品、拙者も好みでござるが色々とハードルがあって、なかなか出資者が集まらない作品が多いでござるから」
俺はそういう作品のアニメを視たいからこそ、採算など度外視してアニメに出資する。
どうせ大赤字でも節税になるから、それなら作らなければ損だ。
実は大ヒットした作品もあって、アニメへの投資は黒字だったりするけど。
「しかし、山田が『俺、ダン』の原作者だとは驚きだ」
「運がよかったのもあるでござる。実は、大学卒業時に内定が取れなくて就職にしくじったのも、専業の小説家になった理由でござるが」
最近、大学生の内定率が大幅に下がっていると聞いた。
それでも、他の年代の就業率に比べればマシという。
「山田って、いい大学に行ってたのに」
「そこまでの一流大学ではござらぬし、三分の一の卒業生が内定を取れなかったので、拙者はしょうがなしに学生の頃から続けていた小説家になったのでこざる。専業作家はイバラの道ゆえ」
「それでアニメ化するのって凄いけどな。しかし、そりゃあ冒険者が恨まれるわけだ」
新卒ですら内定を取れない。
冒険者が作ったゴーレムが、人間の仕事を奪っているからだ。
「それに関しては、ゴーレムなどなくても、じきにロボットとAIに人間の職を奪われていた……今もそうでござるな。古谷殿が気にする必要はないと思うでござる」
「気にしても仕方がないと思ってはいるけど……」
「古谷殿も大変でごさるな。拙者はペンネームで、顔出ししていないので気楽でござる」
「それは羨ましい……。まあ、普段は変装できるから、そこまで大変じゃないのか」
「魔法で変装……いいネタでござる」
山田は全然変わらなくて安心した。
まさか、趣味を仕事にしていたとは思わなかったけど。
「新しい作品をアニメ化したい時、出資者を探していたら連絡くれよ」
「大変頼もしいでござるな。ですが、次の仕事は資金は集まったのでごさる」
「えっ? またアニメの仕事するんだ! すげえ、どんなアニメ?」
山田は、コラボカフェのメニュー表に書かれたガンソードを指した。
「(ガンソードの新作だと! 山田、お前……)」
「(また時間はかかるが、楽しみにしていてほしいのでござる)ところで、古谷殿、もう一回観たくないでござるか?」
「好きな映画は二回以上観る! 基本中の基本だな」
「では! もう少し郊外の映画館に行くでござる!」
「おーーー!」
その日は山田と、二回ガンソードの劇場版を観てとても楽しい時間をすごした。
やはり持つべきは、同じ趣味を持つ同好の志だな。
「同じ映画を二回観たのですか?」
「ボクには理解できないなぁ」
「一回で十分では?」
「あとで、サブスクで観ればよくない?」
「私もそう思います」
「リョウジ、ガンソードとやらの、なにがそうさせるの?」
「……」
やはり、イザベラたちには理解できなかったか。
だから俺には、心の友である山田が必要なんだ。
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