第205話 地球の危機

「おい! 本当なのか?」


「はい! ミケルと名付けられたこの小惑星は、地球への衝突コースを取っています」


「直径一キロの小惑星が地球に激突……。それまであとどのくらいだ?」


「一週間ほどかと」


「時間がなさすぎる! どうすれば、地球への衝突を回避できるんだ?」


「核弾頭で迎撃するとか?」


「B級SF映画でもあるまいし! 宇宙から地表に衝突しようとしている小惑星を破壊できるよう、核弾頭を改良する時間がない! そもそも、どこの国が核弾頭を発射するんだ? お互い疑心暗鬼状態な核保有国同士が、別の国に核弾頭を撃たせるわけがない。もし強行すれば核保有国同士の緊張が高まり、下手をすると戦争になりかねん!」


「こんな時に、そんな足の引っ張り合いをしている場合ではありません!」


「こんな時にも、そんな足の引っ張りをしてしまうのが人間なのさ」


「……」


「どのみち、日本にできることは少ない」


「核を持っていませんからね」




 パロマ天文台から、とんでもない情報が飛び込んできた。

 地球にかなり接近すると言われていた小惑星ミケルが、突然地球への衝突コースを取ったからだ。

 まさかの進路変更に、世界中が大騒ぎとなった。

 急ぎ対策を立てなければいけないが、直径一キロもある小惑星の進路を変更したり、破壊する。

 それも一週間でその準備を終えるなど、ほぼ不可能だろう。

 なぜならこれは現実で、映画ではないのだから。

 もっとも現実的な方法は、核弾頭つきロケットによる破壊だが、一週間でロケットに核弾頭を積み込み、それを打ち上げて地球に迫り来る小惑星にぶつけるなんて不可能だろう。

 すべての面倒ごとを無視して最優先でやれば可能かもしれないが、多分アメリカがやるしかないが。他の核保有国から猜疑の目で見られるはず。

 そのくらいならまだいいが、核保有国には独裁者がいる国もある。

 自分の国が攻撃されると勘違いして、核戦争の引き金になる可能性だってあるのだ。

 

「お互いに足を引っ張ることしかできないので、小惑星の破壊に核弾頭を使う案も却下だな」


「研究中のレールガンは?」


「あれこそ、まだ実用段階じゃない。宇宙空間で使えるものなのかもわからないしな。その前に宇宙に運ぶ手段がないか」


 核弾頭が駄目なら、研究中で試射を済ませたというレールガンを用いる策を官房長官が提案したが、まだ実用段階ではなく、宇宙に運ぶ方法がないので却下されてしまった。

 最初からない核は使えず、他の国に頼むしかない……それは難しいか。

 どの核保有国も核兵器を有するとはいっても、このところのエネルギー不足で、核弾頭を分解して原子力発電に使っている国が多く、小惑星破壊に差し出したくないのが本音だろう。

 もし自国が提供した核弾頭で小惑星の破壊に成功したところで、賞賛だけで一円の足しにもならないというのもあった。

 他の方法で準備が間に合うとも思えず、このままでは小惑星の地球衝突は避けられないだろう。


「今の我々にできることは、ここに小惑星が衝突しないことを祈るか、衝突後の救援作業や 復興を素早く実行するのみか……」


 ようやく獅童政権が終わったというのに、まさか小惑星が地球に衝突するなんて。

 世の中とは、本当になにがあるかわからないものだ。






『リョウジさん、こ無事の帰還をお待ちしております』


『ボクたちも子供たちも、リョウジ君がいないのは嫌だから』


『良二様、ご馳走を作って待っています』


『リョウジ、私も一緒に行けたらよかったのに……』 


『リョウジさん、いってらっしゃい。子供たちのことは心配しないで』


『魔王を倒したリョウジなら大丈夫だと思うけど、油断しないでね』


『ああ、夕食までには戻るさ』




 地球に小惑星が衝突する。

 田中総理からその情報がもたらされ、同時に俺はその破壊を頼まれた。

 魔王を倒した俺なら、小惑星を破壊できると思われたのだろう。

 ちなみに報酬はない。

 獅童総理のシンパでなくても、『すでに大金持ちの冒険者に報酬を支払うなんてよくない! そんなお金があったら弱者の救済に使うべきだ!』という声が無視できないレベルで支持を集めていたからだ。


『その代わり、この小惑星は俺が貰いますよ』


『それならば問題ない』


 田中総理の言質は取った。

 日本政府は、どうせ直径一キロの小惑星をどうこうできる冒険者は俺くらいだし、さらに宇宙空間で破壊される小惑星の所有権なんて主張しても一円の得にはならないと思っていたからだ。

 それでも獅童総理の亡霊たちは、『小惑星の残骸は可能な限り回収して、その利益を日本国民に還元するべきだ!』と騒いでいたけど、その様子は動画でリアルに流されており、世界中から批判の声があがっていた。

 『こんな時に、なにバカなことを言っているんだ!』と。

 そういえば、 獅童総理のシンパたちが集団で批判コメントをしまくっている様子が、リアルタイムでプロト1によって身バレしていることを教えるのを忘れてたよ。

 今頃、彼らのSNSは世界中からのアンチコメントで酷いことになっていそうだ。

 俺はイザベラたちに留守番を頼むと、改良に改良を重ねたメカドランゴンで日本の種子島から飛び立つ。

 そのまま全力で大気圏を突破し、衛星軌道上からさらに深淵の宇宙空間へと飛んでいく。

 デナーリスのおかげで手に入った最新魔導技術のおかげあり、メカドラゴンは宇宙空間でも問題なくその性能を発揮できた。

 残念ながら、生身の人間のみが宇宙空間での活動に制限があるのだけど、俺は宇宙の放射線すら弾く『マジックバリア』を張れるし、酸素を作る魔法と、高性能な酸素マスクのおかげで、特に問題なく宇宙空間で活動できた。


『あとは、小惑星ミケルの接近を待つのみ』


 宇宙空間から地球に高速で接近する直径一キロの小惑星を直接視認できるのは、もはや普通の人間でなくなってしまった俺の役得なのだと思うことにしよう。

 心穏やかに待っていると、ついに小惑星ミケルが視認できるようなった。

 恐ろしい速度で地球に接近しているのだが、相対速度が近いのでゆっくりと接近してるように見えてしまう。

 撮影用の小型メカゴーレムたちが生配信を盛り上がるため、多方面から撮影しているが、俺は小惑星の地球への衝突を阻止しなければならないので、すべて任せていた。


『小惑星ミケル、絶対に地球へは衝突させない』


 徐々に接近してくるミケルを冷静に見つめながら、俺は腰に手を据え、最適のタイミングで……。



『じゃじゃーーーん! 特別製の大容量魔法の袋ぉーーー!』


 ミケルが至近に迫った最適のタイミングで魔法の袋を開け、その口をミケルに向けると、まるで手品のようにミケルはその場から消え去ってしまった。


『収納完了っと。それでは家に戻って夕食にします。 今日の夕食はなにかな?』


 俺はメカドラゴンを地球に向け、種子島へと戻った。

 種子島宇宙センターの今日は使われていないロケットの発射場に、イザベラたちや子供たち、剛、岩城理事長、田中総理、そしてプロト1が出迎えてくれた。


『リョウジさん、おかえりなさい』


『無事に帰ってきてよかったんだけど、 そんな手あり?』


『うん、あり』


 俺は、ホンファの問いにそう答えるしか術を持たなかったいや。


『多分、ボクも含めて世界中の人たちは、リョウジ君が剣で小惑星を真っ二つに切り裂いたり、魔法で派手に吹き飛ばす光景を想像していたと思うな』


『そうしてもよかったんだけど、魔法の袋に仕舞った方が手間がかからないじゃん』


 俺は、ただ派手に攻撃すればいいというものではないと思うんだ。


『それに、剣や魔法で小惑星を破壊すると、デメリットが多すぎる』


『デメリット?』


『そうだよ。たとえば俺が、最近全然使ってないゴッドスレイヤーかなにかで、小惑星を真っ二つに斬り裂くとしよう。斬り裂かれた小惑星はどうなると思う?』


『あっ、真っ二つに斬り裂いただけでは、地球への衝突コースを外れない可能性があります!』


 綾乃はそれに気がついてくれたか。


『ですが、それなら魔法で粉々にすればいいのでは?』


『その方法を選ぶと、かえって面倒臭くなると思う』


『あっ、地球の周囲に大量の小惑星の破片が漂ってデブリになりますね』


『それだよ! ダーシャ!』


 今地球の周囲を回っている多数の衛星に甚大な被害をもたらすだけでなく、地上に墜落して被害をもたらす可能性がある。

 宇宙ステーションに被害が出て人が死ぬかもしれないし、今後地球からロケットを打ち上げる時に面倒事が増えてしまうだろう。

 なにしろ、地球の周囲が多くの岩塊や岩の破片で覆われてしまうのだから。


『さすがはリョウジ。ウケを狙って剣や魔法で小惑星を破壊して後で迷惑をかけるよりも、魔法の袋に仕舞うという冷静な戦法が取れるのだから。さすがは私の夫よね』


 デナーリスは、俺の気遣いに気がついてくれたか。


『とても正しく、そんな動画でも視聴数が凄いけど、『剣で斬らんのかい!』とか、『魔法で粉々に砕けよ!』って、アンチコメントが多くて草』


『プロト1、そこは素直に俺を褒めろよ!』


『だからオラ、正しいと言っているのに。魔法の袋で小惑星を回収すると、全然絵にならなくて撮れ高も微妙だったけど、視聴回数は過去最高だった。つまり正しかったってことで』


 無事、地球を小惑星の衝突から守った俺であったが、その後しばらく、『剣か魔法で小惑星を壊しろよ!』って、多くの解説動画で言わる羽目になってしまった。

 たとえ俺のやり方が正しくても、お約束としてツッコミを入れないといけないらしい。

 そして、報酬の代わりに手に入れた小惑星だけど……。





「あのぅ、古谷さんが無傷で手に入れた小惑星、ほんの一部でいいので譲っていただけると大変ありがたいのですが……」


「いいですよ。価格は……このくらいですかね?」


「いやあ、まとまった大きさの小惑星なんてそう簡単に手に入らないので、是非欲しかったんですよ」


「研究で使いたいから売ってください! 予算は国が出してくれるそうです」


「是非、私のコレクションに入れたいので欠片でもいいから売ってくれ! 金に糸目はつけない!」


 なお、俺に所有権が移った小惑星は世界中から引く手数多で、希望者に切り分けて販売したら、報酬ゼロが気にならないほど儲かった。

 今さら儲かっても使い道がないと言われたらそれまでだけど。





「社長、獅童政権から田中政権に戻ったらまた超円高になったから、FXや株、仮想通貨で凄く儲けたのだ」


「それはよかったな」


「頑張るのだ」


 プロト1には赤字にならなければいいと言ってるけど、別に今の俺が現金の資産をすべてなくしたところで困ることがあるのかと聞かれると……正直ないだろうな。

 しかし、日本の為替相場も落ち着かないよなぁ。

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