第204話 獅童政権後
「結局、獅童総理はなにをしたかったんでしょうか?」
「本人は、あのやり方で日本がよくなると本気で思っていたんだろうな。現実は、四年間の停滞と衰退だったわけだが……」
「あんまりな気がします」
「そりゃあ、創作物のように賢くて善良な有権者たちが必ず一番優れた政治家を選び、最適解な政策が誰にも反対されずに実行されればいいんだろうが、そんなに世の中は甘くない。一定数バカがいて、その中にいる大きなバカに普通の人たちが引っ張られると、日本再生党が政権を取れたりするからな。バカは、お前の選択が間違っていると一生懸命教えてもそう思わず、むしろお前が間違っていると攻撃する。その結果やはり上手くいかなくても、自分の選択が間違っているとは決して思わない。逆にお前たちが足を引っ張るから失敗したのだと逆ギレする。現に今も、獅童総理を神格化している連中は一定数いる。彼は優れた研究者だったからな。学者と政治家の資質は別なんだが、彼を支持する人たちはそれに気がつかない。我々は、一部マスコミや進歩的知識人たちから、『少数の意見を抹殺する傲慢な権力者だ!』と批判されながら、最適解だと思われる政策を黙々と実行するのみさ」
「最適解だと思われる、ですか?」
「だから言っただろう。バカは自分がバカだと気がつかないって。常温核融合技術を実用化した天才科学者獅童総理だって、政治家になったらアレだったんだ。彼はずっと、自分の政策が正しいと思いながら死んだ。我々ももしかしたら、全力でバカなことをしているかもしれないぞ」
「ええっ! 大丈夫だって思いたいですね」
「なあに、我々がバカみたいなことをしていたら、民衆に袋叩きにされるだけだ」
選挙で与党第一党に返り咲いたのはいいが、残念ながら議席数は過半数を辛うじて超えただけであった。
新党である日本進歩党と連立を組まなければ、安定した政権を運営できない。
我が党の顔ぶれもだいぶ変わった。
日本再生党政権時代の間に、多くのベテランが引退した。
特にダンジョンが消滅してしまった選挙区の政治家は、与野党問わずに既存の政治家たちが有権者に憎まれながら落選、引退している。
ダンジョンがあれば地方再生が楽だったのに.、それがなくなってしまったからだ。
ただ被害者とされる地元住民たちも、獅童政権下では周囲の空気を読んでダンジョンを封鎖に協力し、冒険者たちに嫌がらせをしたり、積極的に追い出していた。
そして日本再生党が大惨敗して獅童総理が急死した途端、彼らは手の平を返してダンジョン消滅を防げなかった政治家たちを憎み、票を新人の日本進歩党の候補者にこぞって入れたが、それも人間の本能だろう。
珍しい話ではない。
戦前、戦争に賛成して軍人たちを支持していたのに、戦争が終わったら途端に批判するようになったのと同じ構図だ。
当選した進歩党の政治家たちは、地方のコンパクトシティー化や、新しい産業の創設、農業、漁業、林業の企業化と収益力の強化を進めているが、年寄りなどの反発が大きいと聞く。
それでも進歩党の議員たちはm時に力技で公約を実行しているようだが。
「四年前に戻しながら、平行して新しいことをしないといけないからな。これから世の中が急速に変化するので、それを嫌がる人は多いだろう。それでもやらなければ日本は世界に取り残されるのだが、この四年で多くの大物ベテラン政治家たちが引退してくれて助かったよ。抵抗勢力になるのは目に見えていたからな。どういうわけか、私は政治家を続ける羽目になってしまったが……」
「この四年間で、多くのベテラン政治家が引退したり、亡くなりました。まだ民時党にも日本にも田中総理の力が必要なんです」
「今の日本政界は、日本再生党のおかげで大きく混乱しているからな」
そうでなかったら、私はとっくに引退しているさ。
本来、すでに年を取っていた私は、総理大臣になれても短期政権で終わっていたはずだ。
それがなんの因果か。
長期政権を担い、野党に転落し、再び総理大臣に就任してしまったのだから。
「人生なにがあるかわからないものだ。だが、私は二年で引退する。だから一日でも早く総理大臣候補と目されるようになってくれ」
「わかりました」
一日も早く政治家を引退して、悠々自適の老後を過ごしたいものだ。
特に今の日本で総理大臣になっても、獅童総理がやらかしたことの後始末ばかりで、いいことなど一つもないのだから。
「冒険者特区は完全に復活したな」
「ダンジョンが消滅したところ以外は、ですが」
ダンジョンが消滅してしまった地域の住民たちが、冒険者特区の復活を求めて陳情を繰り返しているが、当然却下している。
どうしてそんな要求が通ると思っているのか不思議に思うが、それも人間の本能なんだと自分に言い聞かせている。
なにがなんでも自分たちがいい思いをしようと、無理を通そうとしているのだ。
ダンジョンがなくなった場所に、冒険者特区なんて復活させても意味がない。
せいぜい、スマートシティとして有効活用させるくらいだ。
地元選出の政治家たちがこぞって陳情してくるが、仕方なくやってる感があった。
有権者の代弁者ができない奴なんて政治家の資格がないから、それは仕方がない。
「とにかく、上野公園ダンジョン他、日本国内のダンジョンに大勢の冒険者たちが戻ってきてよかったよ」
「まだ最盛期には遠く及びませんが」
「それでも、日本が再び魔石を輸出できるようになってよかったさ」
日本人冒険者の中には、将来また獅童総理みたいな奴が政権を取り、同じような無茶をするかもしれないと言って、海外から戻って来ない者たちもいた。
それは仕方がないことだし、私はじきに彼らも戻って来ると楽観視している。
なぜなら、イギリス、ドイツ、イタリアなどで左派、反ダンジョン、反冒険者政権が誕生し、ダンジョンの封鎖に踏み切ったからだ。
アメリカでも過激な環境保護団体がダンジョンを封鎖したり、ダンジョンに入ろうとした冒険者が銃撃される事件も発生している。
「世界の多くの人たちが、獅童総理の政策を批判、バカにしたが、彼が苦し紛れに知り合いの学者に言わせた『ダンジョン限界説』。これに賛同する環境保護団体や運動家が多いのさ。二酸化炭素による地球温暖化なんて話が消えて久しいからな」
二酸化炭素排出量が増えたせいで、地球は温暖化をしているので排出量を抑えないといけない。
ダンジョンが出現する前は隆盛を誇っていたが、今ではほぼ滅んでしまった。
それはそうだ。
世界中から、二酸化炭素を排出する化石燃料が消えてしまったのだから。
魔石や常温核融合発電では二酸化炭素を排出せず、まだ終わっていない寒冷化のせいで増えた農業工場では農作物の育ちをよくするため、空気中の二酸化炭素を回収して使うようになったので、空気中の二酸化炭素の量は減りつつある。
いまだ寒冷化の影響で気候が寒冷なのもあり、これまで二酸化炭素の排出量をゼロにしろと言っていた人たちは逆に批判されるようになった。
空気中の二酸化炭素量が減って、路地での農作物の育ちが悪くなったからだ。
どんな事象にもメリットとデメリットが存在していて、彼らはデメリットの影響をモロに食らってしまった。
そもそも地球温暖化の原因は二酸化炭素だけとも思えず、太陽の黒点増加による寒冷化の影響を上回るとも思えない。
そんなわけで、心の拠り所を失った環境保護団体は『ダンジョン限界説』を積極的に推すようになった。
主に先進国で、反ダンジョン、反冒険者の政治家を当選させ、政権まで取るように。
もしくは政権を取るまでには至っていないが、侮れない勢力に拡大した国も多い。
そのせいで、冒険者が魔石やダンジョンから持ち帰る量を制限しよう、などという法律が議論されるようになった。
すでに法律が成立、施行されてしまい、魔石やモンスターの素材、ドロップアイテムに大きな制限がかかってしまった国もある。
おかげで魔石の価格は上昇傾向にあり、そのおかげで日本はすぐに貿易黒字国に戻れたが、 『無尽蔵にダンジョンから魔石やモンスターの素材を採取する日本はけしからん! 日本も環境に配慮すべきだ!』と、反ダンジョン、反冒険者勢力が政権を握った国々から批判されるようになってしまったが。
元々『ダンジョン限界説』は、獅童総理が知己の学者に言わせたトンデモ学説の類なのだが、それを否定する決定的な証拠を提示するのも難しい。
さらにそれを信じてしまい、ダンジョンを封鎖したり、ダンジョンから持ち帰る魔石などの制限を課してしまった国は今さらあとに引けない。
推進しているのが、高学歴の学者や、地位と資産のある権力者たちだからだ。
彼らはプライドが高いので、自分たちがしたことが間違っていましたなんて口が裂けても言えなかった。
元々、『ダンジョン限界説』を唱えたのが日本の学者というのも大きかった。
獅童総理の後輩だという、安奈教授ももうあとには引けないと思ったのだろう。
ダンジョンを再び開放した日本政府批判を繰り返している。
よくテレビに出ており、いわゆる『欧州出羽守』的な人たちと組んで、『日本のダンジョンも魔石などの持ち帰り制限をするべきだ!』と自説を述べていた。
安奈教授は、反ダンジョン、反冒険者たちが政権を握っている欧米諸国に招待され、そこで『ダンジョン限界説』の始祖として賞賛され、我が世の春だと聞いている。
彼が自分の説を間違えたと認めることは、学者としての終焉を意味するから絶対にあり得ない。
日本人学者が欧米で賞賛されているというだけで『ダンジョン限界説』を信じてしまう 日本人も増え始めているので、残念ながら日本の政治情勢も油断できない状態だ。
「そんなわけで、また魔石の輸出量が減っているので、日本は大いに期待されているわけだ。いつ安奈教授に唆された人たちがダンジョンを封鎖するかわからないのは日本の同じだがね」
強引に排除すれば、それはそれでリベラルな連中に批判されてしまう。
人の住む世の中のなんと面倒なことか。
その昔、私を政治家に誘った、今は亡き先輩政治家が言っていたのも思い出した。
『政治こそ最高の道徳だが、その道徳を実現するのは非常に難しい』と。
彼は現役政治家のまま急病で死んでしまったが、 私は一日も早く引退して優雅な老後を過ごしたいものだ。
「魔石の価格は全然下がっていないどころか、また上がっているので、日本のダンジョンを再び封鎖させるわけにはいきません。 最悪の時を強行手段を取らざるを得ませんね」
「そうだな。アメリカもきな臭くなってきた。獅童総理のせいでアメリカに逃げた冒険者たちだが、今度は過激な環境保護主義者に銃撃されたり、ダンジョンに入るのを妨害されたりしていると聞く。知ってるか? 冒険者が無理にダンジョンに入ろうとしてダンジョンの入り口を塞いでいた人を無理やりどかすと、『冒険者に怪我を追わされた!』って大騒ぎし、警察に通報したり、訴訟されたりするらしい」
「そりゃあ、面倒ですね」
「ブルーストーン大統領もお手上げだそうだ。日本にはそこまでする運動家が少ないから、今のところは助かってるよ。だからさらに魔石の輸出量は増やしてほしいそうだが」
「再び世界中の冒険者たちが日本に戻って来るまで待つしかないですね。ところで、古谷良二は戻って来たのでしょうか?」
「戻っては来たが、古谷企画もイワキ工業も本社をトレントに移してしまった。『選挙の結果次第で、再び獅童総理みたいなのが政権を握る可能性があるから、危機管理を徹底する』と言われたらなにも言い返せないさ。国税局は泣いていたかね」
獅童政権時に古谷企画とイワキ工業は日本での商売を大きく減らし、代わりに海外で大きく稼ぐようになった。
だが、その恩恵(税収)は商売をしている国と、本社のあるトレント王国に移ってしまったのだから。
そして今、やはり獅童政権の亡霊のような連中が、古谷企画、イワキ工業など、グローバルに活動している冒険者資本を、 他のグローバル企業と共に叩いていた。
格差を広げる元凶だと。
これでは、日本に本社に戻せと要求できるわけがない。
「日本は失ったものが大きいですね」
「最悪の事態は防げたが、自称真の保守やら国士たちも、動画で私を批判しているさ。『新自由主義の犬』、『グローバルポチ』とな」
「言うだけなら、ちょっと気の利いた小学生でも言えますけどね」
「そんな言うだけの奴に引っ掛かるのも有権者だ。この国が民主主義である以上、甘んじて受け入れるしかないさ」
「そうですね。そういえば、今日も古谷良二の動画は絶好調なようで。事業も世界展開して、売上と利益が爆増中で羨ましい限りですよ」
スマホから見てみると、アナザーテラに住居を移した古谷良二は、アナザーテラの様子をレポートしたり、ダンジョンに潜ったり、子供たちの面倒を見ている動画を投稿して視聴回数を稼いでいた。
先日は、『ダンジョン限界説』を完全否定した動画もあげており、そのおかげで日本はまだダンジョンを封鎖する連中が少なかったが、『ダンジョン限界説』を信じている人たちからすれば、古谷良二は自分が稼ぐために地球を衰退させている大悪党である。
現在、定期的に日本国内で活動しているらしいが、 公安や内調ですらその動向を掴めておらず、つまり我々はまったく信用されていないということだ。
そのことを知ったプライドが高い大物官僚の一部は怒っていたが、獅童政権時、彼の言いなりだったお前たちが信用されるわけないだろうに。
官僚がいなければ国は動かないが、自分たちが万人に信用されているなどと思わないことだ。
古谷良二は、獅童総理に目の敵にされて一時すべての事業を撤退させたので、それを復活させようと 日本国内で動いているものと思われる。
だが、その稼ぎの大半は海外事業に移っており、そのせいで日本政府や日本企業が仕事を頼もうにも、スケジュールが空いていないので断られるケースが多くなっていた。
この件で、再選した日本再生党の議員が、古谷良二は売国奴だと動画やSNSで批判したのだが、『お前が言うな!』と大炎上したうえ、その直後、獅童政権下での贈収賄事件で逮捕されてしまった。
検察庁の前に、その証拠がダンボールに入れられて置かれていたそうだが、間違いなく古谷良二の仕業だろう。
彼の仕業らしい日本再生党潰しはえげつなく、すでに大減少していた日本再生党議員の大半がその後逮捕されたり、スキャンダルで議員辞職をする羽目に陥っていた。
「彼を敵に回すと、ああなるんですね」
「古谷良二や他の冒険者たちは、ダンジョン出現直後から日本政府にかなり協力的だった。それなのにあんなことになれば、仕返しをされて当然だ」
冒険者たちのおかげで、日本は大成功していた。
冒険者たちは、自分たちの邪魔をしなければ、政治に関わってこなかった。
だが、その隙を縫うように日本再生党が躍進し、彼らは冒険者を迫害した。
「冒険者たちは、自分たちも政治に関わる必要性を覚えたのだ」
「それが、日本進歩党ですね」
「そうだ」
しかも、自分たちが矢面に立つと冒険者優位の政策ばかり実行するのだろうと、有権者たちから批判されるのがわかっているから、裏から日本進歩党を支援している。
日本進歩党も、冒険者を守らなければ議席を保てなくなるかもしれないので、獅童総理のような政策を実行するわけにいかない。
冒険者は、上手く日本進歩党をコントロール 下に置いているようだ。
それが気に食わないと、日本進歩党を叩く獅童総理のシンパは多かったが。
「ちゃんとやらないと、民自党も日本再生党の二の舞ですか……」
「だから、しっかり仕事をして総理大臣になってくれ」
「わかりました」
老人である私など、ただの中継点にしかすぎない。
民自党に一日でも早く、若手で能力のある政治家が育ってくれることを祈ろうではないか。
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