第203話 思わぬ結末(後編)

「……惨敗……だと?」


「日本再生党の議席は、改選前の二十分の一以下にまで落ちました。辛うじて議席を保った議員たちもギリギリの勝利です。次の選挙は危ういでしょうね」


「そんなバカな話があるか!」




 総理大臣にして!

 常温核融合技術を商業化し!

 この四年間、身を削って日本のために働いてきた私が応援しているのに、日本再生党が惨敗なんてあり得ない!


「私の知り合いである、選挙に精通している向井教授が、過半数を取れるかギリギリのところだという推計を出していたぞ!」


「向井教授は大学でも爪弾きな方ですし、あなたのコネでどうでもいい研究で補助金を貰ってますから、獅童総理に都合の悪いことを言えなかったのでは? 非政府系のシンクタンクは、日本再生党の惨敗をしっかり予想してましたから」


「なぜ私に正直に言わないんだ!」


「誰しも、ボスやスポンサーに都合の悪いことは伝えたくないからでしょう」


「日本再生党こそ、既存の政党ができないことをやってきたんだぞ!」


「既存の政党ができないことをやればいいってもんじないですからね。結局あなたの言う、誰しもが輝けるように働け、家庭生活も余暇も充実なんて世界が虚構ですからね。人間の仕事を奪うゴーレムを廃したところで、他の人間の仕事を奪うAIとロボットの台頭を防げなかった。企業は利益を得るために経営するものですから、ゴーレムを使う旨味を覚えた彼らが、ロボットを使うようになることは容易に想像できたでしょう。政府がするべきことは、一人でも多くの人間が働けるよう、新しい仕事を増やす政策を行うか。もしくはこれから半数以上の人間が働かずに人生をまっとうする未来が訪れるのだという現実を認め、それに備えた政策を実行すべきです。せっかくベーシックインカムを導入したのに、人は働いてこそ美しいから、働かないことを前提とした制度なんておかしいと廃止してしまって……」


「人は働くべきなんだ!」


「働くことが大切なら、余計にベーシックインカムは必要でしょう。ボランティアや、必要だけど報酬が低い仕事をしている人たちのために。結局就業率が上がらないままベーシックインカムだけ廃止してしまうから、失業手当の延長と生活保護の緩和をして、ただ無駄な手間を増やしただけでしたね。そりゃあ選挙に落ちますよ」


「お前は私の選挙参謀のくせに! お前がダメだから日本再生党は惨敗したんだ!」


「誰が選挙参謀をやっても同じ結果ですよ。いや、私はこれでも優秀でしてね。日本再生党が政党助成金を貰える議席数はどうにか確保しました。他の選挙参謀なら議席はゼロでしたから、私はやっぱり優秀な選挙参謀なんですよ」


「貴様ぁーーー! それが雇い主に対する態度か?」


「あなたという人間の本性が出ましたね」


「なんだと!」


「あなたは、常温核融合技術を商業化した天才的な学者ではありますけど、政治家としては無能です。どうして政治家になんてなろうとしたのか、私には不思議でたまりませんよ。 そのまま学者を続けていれば、あなたをずっと賞賛されたままだったのに……。つまりあなたは、常に自分が一番賢くて、有能で、世界一の偉人だと評価されていないと、それが許せない。だから、突如世界に出現したダンジョンというイレギュラーが許せない。あなたは、ダンジョンに対しては一番になれませんからね。そこで、ダンジョンやそこで活躍する冒険者を嫌ったし、自分が一番になるため、世界から冒険者とダンジョンをなくそうとした。違いますか?」


「私は、すべての人々が幸せに暮らせるように……」


「働くことが尊い。世の中にはそう思わない人だっているでしょうし、そもそも働くことに向いていない人たちだって一定数いる。なによりこれからの世の中は、働かなくても暮らせるようになって、働く以外の価値観も認める必要があるのに、あなたはそれを認められなかった。違いますか?」


「……」


「違う! 人は働かなければいけないんだ! たとえキツくて大変で報酬が低くても、働いている人たちは輝いている!」


「その思想……。さすがは大学時代に共産党の人たちと付き合いがあっただけはありますね。あなたは愚直に働く人たちを上から目線で褒めて、天才である自分の有能さを常に自覚していたい。愚直に低い報酬で働く人たちという比較者がいないと我慢できない。自分の凄さや、誰も自分を脅かさないことを確認していないと不安で仕方がない。だから、あんな非現実的な政策ばかり実行する。違いますか?」


「お前にこの私のなにがわかるというんだ!」


 たかが選挙参謀のくせに生意気な!

 さっきから言いたい放題! 

 総理大臣にこの口の利き方。

 警察と自衛隊に命じて消させるか?

 この私を否定するなんて許せない!


「常温核融合技術を商業化し、総理大臣となり、歴史に名前を残すであろうこの私を批判することは許さん! お前はクビだ!ここまでの惨敗、お前の選挙参謀としての経歴もこれで終わりだな!」


  人のことを散々無能扱いしてくれたが、お前だって選挙参謀としては無能だったじゃないか。


「そんなことはありませんよ。本来なら議席がゼロのはずが、十四議席も得られたんですから。実際、もう次の選挙の仕事も入ってますから」


「出ていけ!」


「このあと、あなたが敗戦の弁を述べるという仕事を見届けるまでが契約でして……。あなたは知らないでしょうけど、敗戦の弁は次の選挙のスタートでもあるのです。 私がチェックした原稿どおりに話してもらわなければ」


「お前などいらん! 出ていけ!」


「あなたがそう仰るのなら出て行きますけどね」


 優れた選挙コンサルタントだと聞いていたから大金を出したのに!

 お前のような役立たずは、とっとと消え失せろ!


「ここまで私をコケにして! 引退なんて撤回だ!」


 私が作ろうとしている理想の世界を、愚民たちは理解できないことが判明した。

 こうなったら再び政治家に復帰し、理想の社会を完成させなければ。

 それを邪魔する奴は、人類の敵でしかない。

 私が叩き潰してやろう。

 私の作る理想の世界に、そんな連中は必要ないのだから。


「まずは、政界に復帰する旨をマスコミに発表するんだ!」


 古谷良二を始めとする冒険者たちを日本から追い出せたまではよかったが、あいつらは有り余る金でAIとロボットの開発を進め、日本はハゲ鷹のような冒険者資本に搾取されるようになってしまった。

 必ず総理大臣に復帰して、今度こそ冒険者の息の根を止めてやる!

 それも、物理的にだ。

 長期政権を運営して軍拡を進め、トレント王国に攻め入り、冒険者を皆殺しにしてその資産を奪う。

 さすれば、すべての働く日本人の給料を補助することだってできるのだから。


「そうだ。人間は働いてこそ美しい……。 働かずに酒ばかり飲んで、私と亡くなった母を殴り通けたあのクズ! 働かない人間なんてクズなんだ!」


 理由もなく働かない人間を強制労働させる法律を作らなければ。

 私の慢性アルコール中毒からの肝臓がんで死んだ父親のように、働かずに妻や子供に暴力を振るような無職のクズをゼロにする。

 それこそが、私がこの世に生まれた使命なのだから。


「まずは政界引退の取り止めを伝え、愚民たちに衝撃を与えよう。そして、冒険者が格差を広げる元凶であることをあらためて伝え、抹殺も辞さない覚悟を世界の人たちに伝える。古谷良二、見ていろよ」


 常温核融合技術を商業化した私が世界で一番称賛されないのは、すべてお前のせいだ!

 必ず殺してやるからな!







「……えっ? 急性心不全ですか? なんか怪しいなぁ……」


「岩城理事長から聞いている。君に嘘を言っても、すぐに見抜くのだろう? 一部マスコミで陰謀論めいたことを言っている連中がいるが、彼は本当に突然倒れて死んだ。選挙に惨敗して、彼は出馬していないが積極的に応援はしていたので、支持者たちに敗戦の弁を述べようと壇上に上がった瞬間に倒れたんだ」


「ネット配信で見ましたよ」


「実に呆気ない最後だったな」


「ああ……」




 冒険者を敵視していた獅童総理だったが、自分は政界引退を発表していたものの、日本再生党が再び政権を取れるように選挙の責任者となっていたが、結果は惨敗。

 大半の議席を失い、支持者たちの前で敗戦の弁を語ろうと壇上に上がった瞬間、倒れて急死した。

 死因は急性心不全と発表されたが、彼がまだ総理大臣であったこともあり、一部マスコミやネットでは暗殺されたのではないかという話が広がっていた。

 当然、俺が獅童総理を暗殺したなんて話も広がりつつある。

 勿論俺は根も葉もない話だと否定するが、いくら説明しても理解してくれない人たちは一定数出てしまう。

 これからずっと俺は、一部の人たちから真の獅童総理暗殺犯として批判され続けるのだろう。

 俺と獅童総理の関係が最悪なのは有名な話で、陰謀論ってなかなかなくならないからなぁ。

  昔から言うだろう?

  犯人は最大の利益者だって。

 いくら違うと理論的に説明しても彼らは容易に信じてくれず、要はそういう人たちは俺が獅童総理を暗殺したと思いたいのだ。

 選挙で過半数の議席を取り戻した田中元総理が俺に会いに来て、獅童総理は本当に急性心不全で急死したのだと説明した。

 彼が嘘をついていないのは、俺ならすぐにわかる。

 なにより獅童総理の急死で、最大与党に返り咲いた民自党も大きく混乱していたからだ。

 なぜなら、民自党はかなりの議席を取り戻したものの、単独では安定政権を維持できなかったからだ。

 この選挙で躍進した第三者勢力、日本進歩党と連立政権を組む交渉が終わっていないのに現役の総理大臣が急死し、日本再生党は選挙で大惨敗して大きく混乱していた。

 一応副総理大臣が職務を遂行しているが、その人物は獅童総理の傀儡のような人物で役に立たない。

 一日も早く田中元総理が再び総理大臣に就任して、混乱した日本の舵取りをしなければならない。

 そのため彼は、岩城理事長と俺を訪ねていたのだ。

 なぜなら、プロト1と岩城理事長が日本進歩党の立ち上げに協力していたからだ。


「とにかく、すべてを獅童総理の前に戻さなければ。彼の政策のせいで、日本は二十近いダンジョンを失った。それでも日本はダンジョン大国のままだが……」


「ダンジョンを失った場所は、地方創生が事実上不可能になりましたね」


 田中政権下では、ダンジョンと冒険者特区を用いた地方創生を目指していたが、獅童総理に従ってダンジョンを閉鎖したり、冒険者に嫌がらせをした結果、誰も潜らなくなり、消滅してしまった地方のダンジョンも少なくなかった。

 現在獅童総理が急死してしまったため、彼の言いなりになってダンジョンを封鎖してしまったり、冒険者が一人も潜らなくなったことを容認していた地方の首長が、次々と辞職していた。

 『お前のせいで、ダンジョンが消滅してしまったじゃないか!』と、地元の住民たちに批判され、すでに家族と地元から逃げ出してしまった元首長もいるらしい。

 その地元住民も、獅童総理が生きていた頃は言いなりだったので人のことは言えないと思うけど、人間というのは 都合の悪いことは忘れてしまうものだ。


「冒険者特区は復活させるが、ダンジョンが消滅してしまったところはそのままにしておく。ダンジョンが消滅してしまったところは、じきに人がいなくなるだろうからな。コンパクトシティー化を進めるしかないだろう 」


 元から若者が少なく、これまでどんな地方創生政策を実行しても効果がなく、このまま老人たちが死に絶え、廃村となるところに運良くダンジョンが出現した。

 最初は上手く活用して景気もよかったが、獅童総理の言うことに従ってダンジョンを閉鎖したり、冒険者に嫌がらせまで。

 冒険者や、彼ら目当てで冒険者特区に住んでいた若者が出て行き、冒険者が潜らなくなったダンジョンはついに消滅してしまった。

 獅童総理が死んだ途端、ダンジョンが消えた地方の住民たちがまた地方創生の金を出せと大騒ぎしているが、ダンジョンがなくなった過疎の村などじきに消える。

 ダンジョンがなくなった場所に冒険者特区など不要だし、民自党は政権を取り戻したとはいっても以前ほどの力はない。

 連立を組む進歩党への配慮もあって、無駄な出費は避けなければならなかった。

 地方のコンパクトシティー化を進め、経済最優先でダンジョンもゴーレムも積極的に活用する。

 その結果失業者が増えても、ベーシックインカムで不満を押さえる。

 残念ながら、これからはどう努力しても仕事を得られない人たちが出てしまうので、仕事以外の生き甲斐も見つけましょう。

 そういう社会を目指すことになり、進歩党は新自由主義者の権化などと批判されていた。

 それでも百議席以上を確保したので、民自党は進歩党に配慮するしかないし、進歩党の政策は現実的なので、民自党も受け入れやすかったのだ。

 なお、進歩党が大躍進したので日本再生党は大幅に議席を減らし、既存の野党も議席を減らしていた。


「日本再生党が政権を担った四年間、結局世の中の全体的な流れは変わらなかった。仕事が効率化され、働けなくなってしまった人間が現れ出した。獅童総理はその問題を解決したかったのだろう。だが、いくら国がゴーレムを禁止にして働き口を増やそうとしても、今度はロボットが人間の労働者たちを駆逐してしまった。皮肉な話ではないか。古谷君はそう思わないかね?」


「人間は最低限、文化的な生活を送らなければならない。 そこは共通していますけど、全員を幸せにするのは理論上 不可能ですからね」


「それを支持者の前では言えないがね。まさか私がもう一期総理大臣を務めることになるとはなぁ。 本当は引退したかったんだが……」


 獅童総理の後始末なので、下手な政治家に任せられないらしい。

 田中元総理が再び総理大臣となり、日本は暗黒の四年間を脱することができ、俺や岩城理事長のみならず、多くの冒険者が再び日本で活動できるようになった。

 その代わり、いつ政権が引っ繰り返って第二の獅童総理が出るかもしれないという危機感から、古谷企画、イワキ工業他、多くの冒険者資本がトレント王国に本拠地を置くようになり、日本の税収は最盛期まで回復することはなかったけど。


 そして……。




「いやあ、このアメ横の混雑っぷりも久しぶりだねぇ」


「無事に日本に戻れてよかったけど、俺たち二重国籍になってるけど大丈夫なのかね?」


「そこはスルーしてくれるみたい。 日本って法律で二重国籍が禁止されているんだけど、実は二重国籍状態の人は結構いるらしいから。 二重国籍を認める法律の改正は難しいからな」


「大人の事情ってやつだな」


 獅童総理のせいで、日本が被った損失は計り知れない。

 彼は、研究者としては天才、政治家としては無能と評価されることが多く、そのあっけない最期と合せて長年議論の対象となるのであった。

 なお、彼が強引に進めていた常温核融合発電所であるが、田中総理は続けて強引に建設を進め、その責任を獅童総理に押し付けてしまった。

 政治家ってのは油断ならないなと思ったが、そのおかげで電気代は大幅に下がったのはよかったと思う。

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