第202話 思わぬ結末(前編)

『みなさん! もう少しで日本は全国民が幸せに暮らせる国になるんです! 私は公約に従って一期で衆議院議員を退きますが、日本再生党をよろしくお願いします! 私の代わりに東京10区から出馬する、大野をよろしくお願いします!』


『獅童総理から後継者に任じられました、私、大野雄大! 獅童総理の応援を受け、この東京十区で、国民のみな様のために粉骨砕身努力する次第でございます!』





「いかにも選挙演説って感じの演説だな。古臭い」


「リョウジさんは投票なさらないのですか? まだ日本国籍はおありでしょう?」


「それがさ。今の俺は日本国内に住居がないから、投票用紙も届かないんだよねぇ」





 ついに衆議院議員選挙が始まった。

 日本再生党が再び政権を取るか、田中元総理が率いる前与党に政権を奪還されるか。

 もしくは、野党や新党が大幅に議席を伸ばすか。

 テレビでもネットでも、大きく話題になっていた。

 田中政権は冒険者たちに阿り、ゴーレムの使用を積極的に推進したので失業者が増えてしまった。

 人間は働いてこそ素晴らしい。

 獅童総理はそう国民を鼓舞して政権を奪取したまではよかったが、 現在の失業率は40パーセントを超えている。

 確かに一部の例外を除きダンジョン由来の技術とゴーレムの使用は禁止したが、その結果ロボットとAIの研究が進んで、人間の代わりに働くようになったからだ。

 田中政権は一生働かずに人生を終える人間が将来出現することを想定し、ベーシックインカム制度が導入された。

 ところが獅童総理は、『人間は働いてこそ美しい! 人間は働くべきだ!』と強く言い、ベーシックインカム制度を『人間が堕落してしまう!』という理由で廃止してしまった。

 その結果、高失業率から仕事を得られず、生活が困窮してしまう人たちが続出。

 獅童総理は暫定的な処置として、職業訓練を義務付けた失業手当の給付延長と、生活保護の条件緩和で社会不安を抑えようとした。

 『それなら、ベーシックインカムを廃止することはなかったのでは?』と思う人たちも多く、他にも一部例外を除いたダンジョン由来技術の使用禁止、ダンジョン特区を自衛隊に占拠させて廃止に追い込み、冒険者に重税を課した。

 せっかく日本の経済が再び成長を始めていたのに、獅童総理のせいで再び日本の経済は停滞期を迎えてしまう。

 だが、獅童総理はその事実を認めなかった。

 それどころか、自分がやっていることは間違っていないと断言した。


『ダンジョンからモンスターの素材、魔石、資源、ドロップアイテムを持ち帰ることは、地球の環境を破壊することになります! それらの物がどこからやってくると思っているのです? 地球の生命力を削っているのですよ! 持続可能な世界のため、エネルギーは常温核融合発電と自然再生エネルギー。資源はリサイクルをさらに推進しつつ、 宇宙開発で手に入れましょう! 今が踏ん張り時なのです! 国民のみなさん、もう少しの辛抱です!』


 獅童総理はブレなかった。

 どんなに日本の経済が悪化しても、自分のやり方が将来日本を必ず良くすると、信じて疑わないのだ。

 だから強引に常温核融合発電所の建設を進めるし、それを妨害する地元住民や市民運動家たちは強引に排除してしまう。

 旧野党は最初、獅童総理はリベラルだから自分たちも協力できると思ったらしいが、どうやらそうではないと知り、今では完全に対立状態であった。

 獅童総理は、商業用常温核融合技術の特許を無償で全世界に公開していたが、現在常温核融合発電所の建設や運転ができるのは、彼が大株主になっている電力会社だけである。

 その配当金で、彼は世界トップクラスの大金持ちであった。

 旧野党は、強引な常温核融合発電所の建設推進は、獅童総理が株式の配当金で儲けるためだと、大批判を繰り広げていた。

 そんなわけで、獅童総理が応援演説をしても、とにかく人気がなかった。


『嘘つき総理が!』


『仕事をよこせ!』 


『お前ばかり贅沢しやがって! なにが将来の日本のためだ!』


『いい思いをしているのは、 お前と、お前のお友達の腐れ学者どもばかりじゃねえか!』


 聴衆は、獅童総理に罵詈雑言が飛び続ける。

 獅童政権の支持率は、この三年間、常に10パーセント以下だった。

 田中元総理曰く、既存の政治家ならそんな支持率で三年間も政権を続けられなかったはずだが、獅童総理と日本再生党は素人ゆえに空気を読まず、そのままズルズルと衆議院議員の任期をまっとうしてしまった。

 ただ、日本は他の国に比べて極端に衰退したかと言われるとそうでもなく、イギリスとドイツも獅童政権と似たような政策を実行しているし、アメリカは順調に経済成長を続けているが、反ダンジョン主義者の台頭により国内が分裂しつつあった。


「ダンジョンのおかげで世界の人たちの暮らしがよくなりつつあったのに、それが気に食わない人たちがいるんですね」


「世界中の人たちが不幸になっても、自分さえよければいいって人は多いから」


 向こうの世界にもいて、大貴族が魔王と通じていたりしたからな。

 俺がそういう奴を処刑したこともあった。

 この世界で、俺はそんなことをするつもりは微塵もないけど。


「シドウに近い学者が提案した、ダンジョンからエネルギーと資源を採集すると、地球の生命力が減って惑星の寿命が縮むという学説を信じているアメリカ人は意外と多いのよ。だから抗議活動で、ダンジョンを封鎖する人たちもいるって聞いたわ」


 ダンジョンで手に入るエネルギーと資源は、どこからやってくるのか?

 謎だからこそ、ダンジョンから採取できるエネルギーと資源には限界がある、という学説が説得力を持ってしまう。

 主に先進国では、環境保護団体が冒険者がダンジョンに入れないよう、その入り口を封鎖してしまう事件が多発していた。

 封鎖を突破してダンジョンに入ろうとした冒険者が銃で撃たれ、死傷者まで出ているらしい。


「アメリカってさ。地球が平面だって信じている人が数百万人もいるんでしょう? ダンジョンから得られるエネルギーと資源が有限で、地球の寿命を削っているっていう学説を信じちゃう人、結構いるんじゃないかな?」


「ホンファさん、そういうことを信じてしまう人たちを利用して、自分たちが儲けようとする人が裏にいることが問題なのです」


「救いがありませんね」


 綾乃が呆れているが、日本にも『ダンジョン限界説』を信じ始める人たちが増えていた。

 化石燃料や資源も有限なのだから、ダンジョンの産物にも限界があって当然だと。

 この学説の厄介なところは、絶対にそうではないと否定できない点だ。

 なので日本政府も、他国の政府も、ダンジョンからいくら成果を持ち帰っても問題ないとは言い切れず、彼らの増長を許す結果となってしまった。


「そんなことないんだけどなぁ」


「あっ、ルナマリア様だ」


「使われた魔石のエネルギーはダンジョンに戻って、また新しいモンスターの魔石になるからね。資源は有限なんだけど、今の取得量だと数万年は枯渇しないわね。だって、鉱山で資源を採掘していた時と効率が段違いだもの」


「モンスターがドロップする資源の量なので、効率悪いですからね」


「ちょっと計算したら、わからないかなぁ?」


 みんなでお屋敷で日本の選挙のニュースを見ていたら、そこにルナマリア様が姿を見せた。

 やはりダンジョン限界説は嘘らしい。

 彼女は、冒険者特区廃止の余波で神殿を閉鎖されてしまったので、アナザーテラに拠点を移していた。

 獅童総理を支持する宗教団体の陳情で日本からダンジョン神の神殿が消え、跡地はその宗教の神殿に建て替えられる予定だそうだ。

 上野公園ダンジョンの神殿の土地って古谷企画のものなんだけど、総理大臣権限で土地を奪われてしまった。

 理不尽だけど、あとは古谷企画の書類上の本社であるマンションの一室が接収されたぐらいなので、そのぐらいなら諦めるしかないか。

 その代わり、トレント王国に本社を移した古谷企画とイワキ工業では、ゴーレムややはり移転した冒険者大学により、ロボットとAI、様々な分野の科学技術の研究が進んでいて、それに頼る日本から莫大な利益を得ていた。

 最先端で価格も安いAI、ロボットを手に入れるには、古谷企画とイワキ工業から購入するしかなかったからだ。

 

「アヤノ、シドウのやっていることって意味があるの?」


 ルナマリア様が、綾乃に尋ねた。


「自分が正しいと思うことを全力で進めているので、気分はいいんじゃないんですか?」


「日本人って、相手がバカな為政者でも従順よね」


 支持率が下がっても、強引に獅童総理を総理大臣の座から引きずり下ろそうとはしないからな。

 その代わり、日本人の半分近くが無職という状態に陥ってしまった……いや、このまま田中政権が続いていても、結局は同じことだったか。


「ルナマリア様、もしダンジョンがなくても、将来人間の仕事が減っていくことは予想されていました。ここで暴力的な手段を用いて獅童総理を政権の座から引き摺り下ろしたところで、仕事が増えるとは思っていないのだと思います」


「でもそのせいで、せっかくなにもせずに貰えたお金がなくなってしまったんでしょう?」


「代わりに、失業手当と生活保護で補っています」


「せっかく一つに纏めたのに、それを廃止して再び二つに分割、余計な仕事を沢山増やしているけど、それって日本人が働き者だから? ああっ! そうすることで、公務員の仕事がなくならないようにしているのね」


「そこまで考えているかな?」


 俺は、獅童総理がそこまで考えているとは思えなかった。

 常温核融合技術の研究以外では彼はかなり無能だし、感情的に動くことが多いと知ったからだ。


「どういう結果になろうと、私はこのアナザーテラでダンジョンの神様を続ければいいから問題ないけどね」


「俺もこっちで暮らせばいいから、選挙がどんな結果になろうと関係ないというか、投票もできない俺にはどうにもならないですから」


 日本の選挙結果がどうなろうと、俺やトレント王国に住む高レベル冒険者たちが困窮することはない。

 事前にどう転んでも大丈夫なように動いてきたし、そのことで『冒険者はズルい!』と言われても、『じゃあ俺たちはどうやって生きていけばいいんだよ?』って話になってしまう。


「岩城理事長とプロト1社長が、新党に手を貸しているらしいですね」


「それで前の状態に戻ればいいけど、『冒険者と政治家の癒着だ!』って騒ぐ人が多くて議席を確保できないかもしれないし、上手くいけばいい、くらいの話なのかね?」


 ただ、プロト1が勝算のないことはしないはず。

 冒険者とダンジョンを容認する政権の樹立を手伝い、日本国内の冒険者特区の復活を目指してるのだろう。


「まあ見守るしかないか」


 獅童総理の政権が続いたとしても、俺たちはアナザーテラで生活すればいいからまったく困らないのだから。

 ただ、日本に戻りたい気持ちもあるけどね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る