第201話 グローバル冒険者
「今日はタイに仕事で来ています。トンヤムクンが美味しぃーーー! 他にも、今バンコクで人気のお店などに案内してもらいます」
このところ、海外での仕事か増えた。
ダンジョン嫌いの獅童総理のせいで、日本国内ではすでに二十近いダンジョンが消滅したが、代わりにベトナム、タイ、ラオス、ミャンマー、インドネシア、インド、スリランカなどに新しいダンジョンが誕生し、既存のダンジョンも多くの冒険者が潜れば潜るほど刺激されて階層が増える。
これからは東南アジアの時代とばかりに経済成長が著しく、俺の仕事は減らないどころか増える一方だ。
欧米や他の外国での仕事も増えた。
欧米にも反ダンジョン、冒険者の動きがあり、イギリス、ドイツの現政権は日本の動きに追随しているし、他の国でも反ダンジョン、冒険者政策を掲げる政党が一定の議席を得てキナ臭い噂も聞くが、世界的に見たらダンジョンと冒険者の需要は増す一方だ。
日本を出て、他国で冒険者として活動する高レベル冒険者は増えた。
高レベル冒険者は国籍など関係なく、世界中で仕事をするようになり、十分に強くなったら富士の樹海ダンジョンからトレント王国を目指すという流れができつつあった。
トレント王国の国籍を取り、アナザーテラと月のダンジョンでさらに稼ぐ。
高レベル冒険者のわかりやい成功例、ゴールだと動画で解説する高レベル冒険者が増えた。
トレント王国国籍の取得だが、二重国籍が認められている国の冒険者ほど積極的だ。
そういえば日本は二重国籍は認められていないけど、なぜか俺や他の日本人冒険者の日本国籍は取り上げられていない、
もう必要がないので法務省に除籍の手続きに行ったのだが、『日本はトレント王国を承認していないので、二重国籍にあたらない』と言われ、『無国籍になるから、あなたの日本国籍は抹消できない』と言われてしまった。
二重国籍でも問題ないのなら、別にそれでいいんだけど。
そんな俺は、今日はタイ政府から貰った仕事をこなし、バンコク観光をしていた。
やはり、本場のトンヤムクンは美味しいな。
「ダンジョンがなくても、東南アジア、いや世界の経済はこれからさらに成長するはずだった。ダンジョンがあれば、ダンジョンもその原資に組み込まれるだけだ。世界経済成長は成長し続けているから、日本で仕事がなくなっても悲観することはまったくない」
今日は剛も一緒に仕事をしているのだが、彼は見た目に反して頭がいい。
獅童政権下で日本が衰退しても、自分たちは気にする必要がないと断言した。
「ゴーレムを禁止しても、結局多くの人たちがロボットとAIに仕事を奪われたしな」
「ゴーレムやダンジョン技術を禁止にしても、まさか自分を世に出してくれた、常温核融合技術、科学は否定できないからな」
獅童総理の支持層の中には科学者も多い。
彼らへの利益供与として科学技術研究に多額の税金が投入され、癒着や無駄も多かったけど、成果も出ているという皮肉な結果となっていた。
いつダンジョンがなくなっても問題ないように備える。
他国も対策はしているが、やはりどうしても勢いがあるダンジョン技術に集中してしまうので、今では日本が世界一の科学技術大国とまで言われるようになっていた。
それでも、結局失業率は上がる一方だったけど。
AIやロボットの進歩が著しすぎて、人間の仕事が次々に奪われていたからだ。
「冒険者は格差を生むとか言っておいて、今の日本も格差が広がる一方だけどな」
結局、ロボットとAIを多数使える企業、投資家、優れた科学者とその家族、インフルエンサーとその家族が貴族のような存在になってしまったからだ。
彼らは稼いだ資産を作った法人に入れ、それを運用するだけで大金が得られる。
子孫はその会社の役員になるだけでお金持ちになり、そのまま身分が固定化されるから、まさに現代の貴族だろう。
別に、冒険者だけがそうなっているわけではないのだ。
「そういえば、もうすぐ日本は衆議院選挙だな。どうなるかな?」
「参議院は日本再生党が一定の議席を得たからなぁ。正直なところ、わからん」
獅童総理のせいで、日本は不景気だし、失業率も高い。
だが彼は、冒険者を民衆の敵だと世論を煽ることで一定の支持基盤を得ていた。
特に痛かったのは……。
「古谷アドバイスの暴露か」
「ああ……」
元々俺の活動を邪魔されないよう、西条社長のアドバイスで作ったのだが、これが週刊誌に暴露されてしまった。
いや、古谷アドバイスはただの法人なので、調べようと思えば簡単に調べられる。
そこには多くの大物元政治家、元大物官僚、大企業のOB、大手マスコミOBが顔を連ねていたことが……実は簡単に調べられるけど。
その結果、世間は大騒ぎとなり、俺はますます日本に帰れなくなった。
動画で正直に古谷アドバイスを作った理由、出る杭が打たれないための対策だと説明したが、俺を支持する層と、俺を悪の権化だと思う層に日本は分断されてしまった。
今の日本では老害とされる連中が莫大な資産を持つ俺と繋がっており、所属するだけで多額の給料を得ていた。
現代に蘇った天下り……今も日本の天下りは少なくないけど……。
獅童総理や彼を支持する連中からすれば、俺は権力者と癒着する悪というわけだ。
結果的に古谷アドバイスは解散となり、利権を失った日本のマスコミの中には俺の批判を始めるところも出てきた。
今後、俺はますます日本以外での仕事を増やすだろう。
日本からは撤収したり、別の日本の会社に事業を任せることが増えてきたが、海外事業が絶好調なので、俺の資産は増える一方である。
「もはや、日本だけで格差の広がりを阻止しようとすると、鎖国でもしなきゃ駄目かもな」
「なんだよねぇ」
そもそも日本だって、冒険者を格差拡大の悪と決めつけて追い出してみたものの、経済成長は止まり、冒険者以外の資本家や古くからの上級国民、新規のインフルエンサーたちが富を独占して、失業率が増える一方なのだから。
田中政権下では、格差の広がりは仕方がない。
経済学的にいえば、富の偏在がないと投資が減るから経済成長が鈍化する。
だからそこは諦め、仕事がない国民に対しベーシックインカムを配ることにしたというのに、今の日本は復活した国債の雪だるま式に増え続け、それなのにデフレと失業率の急上昇に悩んでいる。
獅童総理は自称リベラルなので、どんな人間にも相応しい仕事があり、それを見つけてあげることが政治家の使命だと考えていた。
その結果が、多くの国民がなし崩し的に失業手当を貰う今の日本なのだけど。
「今の日本はメチャメチャな気がするけど、獅童総理が好きな層って底堅いからな。俺たちが日本に戻れる日はいつになるやら。こんなのもいるからなぁ」
剛が俺に、タブレット端末映る動画を見せてくれた。
そこには、日本に残ってくれた冒険者を私人逮捕したところの動画をあげる動画配信者が映っていた。
「あなた! 痴漢をしましたね!」
「そんなことはしてない!」
「冒険者はみんなそう言うんですよ。警察も政治家も、冒険者を庇いますからねぇ」
とんでもない動画だが、多くの視聴回数があり、この動画視聴者は荒稼ぎしていると聞く。
そんな彼に、『よくやってくれた!』と投げ銭まで送る人たちまでいた。
「そりゃあ、実力のある冒険者ほど海外に逃げるよなぁ」
「冤罪なんて押し付けられたら堪らん」
「こんなものある」
次に剛が見せてくれたのは、とある週刊誌の電子版だった。
『有名冒険者○○、都内で女子高生を集めて秘密のパーティー。性被害を受けた女性が全容を語る』かぁ……。
冒険者はレベルアップで知力が上がるので、段々と常識的に、合理的になっていく。
だが中には、こんな人もいるわけで。
それでも、一般人、旧来の上級国民に比べたら何倍も理性的なんだけど、こうやって報道されると、多くの日本人は冒険者イコール常識がないという風に思ってしまう。
そう思わせようとする、獅童総理と彼と組んでいるマスコミの策なんだけど。
「冒険者の犯罪統計があるから、見れば犯罪率が低いことくらいわからないのかね?」
「それがわかっている人たちは静かにしているさ。冒険者は稼いでいるけど、ろくでもない人だと思いたい層かいるんだろうな」
「嫌な話だな。デザート食いに行こうぜ」
「そうだな。あとはお土産も買わないと」
その日は剛と動画を撮影しながら、バンコクのグルメを楽しんだ。
もうすぐ始まる選挙の結果がどうなるかだが、日本再生党の勢力が侮れないとなると、俺たちが日本に帰ることは難しいそうだ。
「ふふふっ、人間とはそういう生き物なのさ。日本全体が豊かになることよりも、自分のプライドが満たされることが重要という奴は一定数いる。再び日本再生党が政権が取れるか怪しいところだが、常温核融合発電所の建設は強引に始めた。日本の政治家や役人に損切りしてまで中止にする勇気はないから、私が政治家を辞めても問題ない」
四年間、私は総理大臣としてやり切った。
次の選挙では出馬せず、日本再生党の支援に回る。
そのあとは常温核融合技術の研究を続けながら、のんびり過ごす予定だ。
「国内から冒険者が消えて清々する」
人が懸命に、安く、無限に得られるエネルギーの実用化に成功したのに、野蛮な石器人……冒険者が魔石などを持ち帰りおって!
ダンジョンさえなければ、今ごろ世界中の人たちが安いエネルギーを使い放題だったんだ。
それを邪魔しやかって!
だから冒険者と古谷良二は日本にいられなくしてやった。
「常温核融合発電が世界中に普及するまで、元総理大臣の肩書きで世界を回るなんてこともしたいな。今は選挙が最優先だが」
予想よりも日本再生党が苦戦していると聞いたので、総理大臣である私が応援をすることになった。
日本全国への移動は面倒だが、これも私を総理大臣にしてくれた日本再生党のためだ。
「とはいえ、日本再生党が与党になれるとは思わないが、最大野党にはなれそうだ。そうなれば、与党の反冒険者、ダンジョン議員とも組める。これからも、バカな国民の嫉妬心を利用して、冒険者を、古谷良二を日本に戻れないようにしてやる!」
世界の偉人となるはずだった私を追い落とした古谷良二。
私は決して許さない!
私の目の黒いうちは、今の政策が続くよう全力で働くつもりなのだから。
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