第200話 イクメン動画配信者
『みなさん、この子たちが俺の子供です。アーサー、ハオユー、文隆、ケビン、ロズウェル、ウェイン。みんな、今日はご機嫌だね』
日本の冒険者特区が自衛隊に占領されてから、三年の月日が流れた。
獅童総理は公言したとおり、いまだ日本の首相を辞めていない。
冒険者特区を占領して特区を解消し、冒険者たちに重税を課したことにより、これまで多額の税金納めていた高レベル冒険者たちの多くが海外に移住し、日本はモンスターの素材、魔石、ドロップアイテムの輸出国ではなくなった。
日本は多くのダンジョンがあるのに国内の需要すら満たせず、なぜか海外からそれらの品を輸入するように。
そのせいでエネルギーと資源の価格が高騰し、日本国内の多くの会社が倒産した。
それでも日本独自のサプライチェーンを維持するため、獅童総理はロボットの研究に多額の税金を投入。
どうにか成果が出て、日本国内の生産性向上に大きく寄与した。
その代わり失業率は40パーセントを超え、獅童総理は職業訓練を義務付けた失業手当の支給延長と、生活保護の条件緩和で国内の不満を押さえている。
日本の生き残った企業は、人間を雇うことをやめてロボットとAIを使うようになり、 職業訓練をしても就職できない人が増えていた。
『ゴーレムとロボット、なにが違うんだ?』と、獅童総理のやり方に不満を抱く人たちは多いけど、彼はどんなに支持率が下がっても決して総理大臣を辞めなかった。
だが、そんなことを続けていればいくら税金があっても足りず、他にも高齢化に伴う社会保障費の増大もあって、大幅な増税となった。
さらに、日本政府は法律を改正して再び国債の発行をするようになり、貨幣量の増加から今度は急激な円安となって、日本国民は輸入品の価格高騰に苦しめられている。
現在は一ドル150円付近をウロウロしており、経済学者に言わせると、もしダンジョンが出現しなかった場合の、為替未来予想そのままだそうだ。
相変わらずプロト1は敏腕で、急激な円安になる前に大半の資産を外貨に交換しておき、円安が進んでから一部を円に交換して莫大な利益を出すことに成功した。
一ドル50円くらいの時に資産の大半をドルに替えておき、150円になった時に円に交換したわけだ。
もはやプロト1に任せておけば古谷企画が潰れることは決してなく、だから俺は完成したトレント王国の王都トレントパークにある屋敷の中で、時間が空けば 子供たちの面倒を見ていた。
動画では子育て系配信者も一定の市場を持っており、俺もそこに手を出したわけだ。
俺個人が子育てに興味があったというのもある。
イザベラたちは出産後、俺が作った魔法薬ですぐに体が回復したので、俺と交代で子供たちの面倒を見ながら、ダンジョンに潜ったり、色々な仕事をすることが多かった。
トレント王国の数少ない欠点は人間が少ないことで、ベビーシッターの確保が難しかったが、高性能ゴーレムのおかげでなんとかなっていた。
ただ念のため、俺か妻たちの誰か一人が子供たちに付きっきりになるルールを定めていた。
『奥さんたちは産休も終わり、今はダンジョンに潜ってます』
俺の子供たちだけど、アーサーの母親はイザベラで、リーの母親はホンファ、文隆の母親は綾乃、ケビンの母親はリンダ、ロズウェルの母親はダーシャ、そしてウェインの母親はデナーリスである。
すでにトレント王国に生活拠点を移した俺は、六人の妻がいることを世界に公表していた。
俺はそのことで世界中から批判され、脅迫状や殺人予告も多数届いたが、トレント王国では一夫多妻制も一妻多夫制も認められており、ちゃんと法律も整備されている。
文句を言われる筋合いもないし、世界には『本人たちが納得しているならそれでいいじゃないか』という意見も多く、動画の収益が落ちるどころかさらに増えていた。
『あーーー』
『アーサー、その産着、肌触りがいいだろう?』
『うーーー』
『父ちゃんが、ダンジョンで倒した幼竜の産毛を編んで作ったんだぞ。リーも、文隆も、ケビンも、ロズウェルも、ウェインもよく似合ってるなぁ』
俺や屋敷の庭で六人の子供たち……全員男の子だ……の世話をしながら動画を撮影している。
同時に、赤ん坊の体温調節に優れた性能を発揮する、幼竜の産毛で作った産着や、高価なモンスターの素材と高度なダンジョン由来の技術で作られた各種ベビー洋品の紹介も続けた。
今日の動画は、俺が子供たちの世話をしながら、これから世界に向けて発売する高級ベビー用品の宣伝も兼ねていたのだ。
『社長、赤ん坊の世話が上手だな』
画面の外から、撮影用ゴ-レムの指摘が入った。
俺が初めての子育てで六人同時に世話をして上手くいっているのは、『べビーシッター』スキルも覚えているからだと思う。
実はこの世界の冒険者特性を持つ人たちの中にも、『ベビーシッター』のスキルを持つ人は少数ながら存在した。
その効果は、ダンジョンの外では赤ん坊や子供の面倒を上手に見ることができるだが、ダンジョン内では幼い、若いモンスターに強いという、とても使い方が難しい スキルであった。
ベビーシッターとしての能力が高いので、お金持ち相手にベビーシッターをすればお金を稼げるかもしれないが、 冒険者ならダンジョンに潜った方が稼げるわけで。
このスキル、希少なわりに使い勝手がいいわけでもなかった。
俺は他のスキルも使えるから、『子育てに使えて便利だなぁ』ぐらいにしか思っていないけど。
『このぐらいのことはできるさ。 妻たちやゴーレムたちに任せることも多いけど、可能な限りは子育てにも参加しています』
俺が赤ん坊のオムツを替えたり、ミルクを飲ませたり、寝かしつける様子を撮影した時の動画だけど、多くの再生回数を稼ぐことができた。
アーサーたちが使っている産着やベビー用品の注文も殺到し、俺はイクメン動画配信者としても有名になっていくのであった。
「核融合発電所建設反対!」
「「「「「「「「「「反対!」」」」」」」」」」
「絶対に阻止するぞ!」
「「「「「「「「「「阻止するぞ!」」」」」」」」」」
「はあ……。嫌な仕事ですね。彼らを排除して核融合発電所の建設を強行するなんて……。獅童総理にそんな権限 あるんですかそんな権限あるんですか?」
「さあな。今の日本では、電気料金が安くなる核融合発電と、商品やサービスのコストを削減するロボットを否定することは悪だからな」
「同じ目的の魔液による発電と、ゴーレムは禁止されてますけどね」
「それは獅童総理の好みだがな」
機動隊に所属する我々は、新しく建設される核融合発電所の建設に反対して座り込みをしている、地元住民たちを強制排除する仕事に従事していた。
かなり強引なやり方だが、今の日本は核融合発電に頼るしかなくなっている。
自衛隊による強制接収により、ダンジョン特区は消滅した。
冒険者には重税が課せられ、海外に活動拠点を移す高レベル冒険者が続出。
日本国内ではダンジョンから得られるモンスターの素材、魔石、ドロップアイテムは劇的に減少し、誰も潜らなった地方のダンジョンが次々と消滅していった。
日本は魔石、資源の輸入国になってしまい、膨大な貿易赤字に苦しむこととなる。
獅童総理は自分が商業化した常温核融合炉を、問答無用で全国に建設し始めた。
普通発電所というのは、火力でも原子力でも、環境アセスメントが必要なので、新設には二十年ほどかかる。
彼は自分が正しいと思うと、法律だろうが決まりだろうが無視する性分だったようだ。
強引に常温核融合発電所の建設を始め、 地元の人が反対運動を起こすと、機動隊や自衛隊を使って排除するようになった。
彼はリベラルに分類される人間だったはずだが、自分の利益のためならば無視できる性格を持った都合のいい人間だったらしい。
今の日本は急激に円安と貿易赤字の拡大が進んでおり、数年で魔石の大量輸入ができなくなる懸念があった。
いまだ日本国内には多くのダンジョンがあるが、成果の八割を税金として取られてしまうので、日本国内に残って活動している冒険者は、特に高レベル冒険者は少なかった。
だから一日でも早く、日本のエネルギーを常温核融合発電と自然再生エネルギーで賄えるよう、獅童総理は動いていたのだ。
だが今のところ、彼の最終的な夢である『ダンジョン閉鎖』は実現できていない。
彼は常温核融合発電で得た電気を使うEV車の普及を100パーセントにしようとしているが、自衛隊の装備も含めて現実的にそれは不可能だからだ。
この重税でも数は少ないが、日本のダンジョンに潜っている冒険者がいて、彼らのおかげで自衛隊は兵器や装備を動かせる状態であった。
「なんともバカげた話だが、獅童総理は自分の正義を疑っていないからな。なんか、仲がいい学者たちとおかしなことを言い始めたよな?」
「ああ、冒険者がダンジョンでエネルギーや資源を得ると、地球の生命力が減少して滅びが早くなるでしたっけ?」
「陰謀論臭いよな」
冒険者とダンジョンが嫌いで、人間はダンジョンからの成果に頼らず、エネルギーは常温核融合発電と自然再生エネルギー。
資源はリサイクルと宇宙開発で補う。
なぜなら、もしこのままダンジョンからエネルギーと資源を得ていると、地球の生命力が減って滅びが早まるという学説が正しいと言い出した。
獅童総理と懇意にしていて、研究費名目で税金を使い放題。
我が世の春を迎えている御用学者たちが言い出したことだが、この学説の困ったと思うところは、荒唐無稽な学説だと言い切れない部分だ。
自分たちが既得権益を手放したくないので、ダンジョン復活を阻止しようとテタラメ言っている可能性もあるが、この学説に世界中の『反ダンジョン主義者』たちが飛びつき、今や聖典のような扱いになっていると聞く。
日本人に中に一定数いる、いわゆる『欧州出羽守』たちがその学説を支持し始め、ダンジョン封鎖に賛成する日本人は侮れない数いた。
「ダンジョンの研究で最先端を走っていた冒険者大学も廃校になってしまいましたからね。事実かどうかもわからないですよ」
「獅童総理を支持している人たちにとっては、それが事実なのさ。だからダンジョンは封鎖する」
いまだダンジョンにはわからないことが多く、それを研究するために作られた『冒険者大学』であったが、獅童総理によって自衛隊を差し向けられ、廃校となってしまった。
もっとも、冒険者大学は事前にトレント王国に移転しており、自衛隊は無人でがら空きの冒険者大学の校舎を接収しただけで終わったのだが。
「獅童総理の支持者たちは、冒険者特区の接収と廃止、土地の強制収用、冒険者への重税に拍手喝采だけどな」
今は世界中で失業率が上昇傾向にあり、日本は一部の例外を除き、ゴーレムなどダンジョン由来の技術を用いたものを使用禁止とし、人間がゴーレムに職を奪われるのを防ごうとした。
ところが企業側はAIとロボットの開発を進め、人間の代わりに配置するようになったので、日本の失業率は上がる一方だった。
そんな彼らの行きつく先は、『冒険者さえいなければ、自分たちが職を奪われることはなかった!』という『反冒険者主義』だ。
その昔、産業革命期のイギリスで蒸気機関が発達したことで、工場労働者の仕事が一気になくなり、彼らは機械を打ち壊した。
歴史は繰り返したが、獅童総理や自分が可愛い非冒険者資本の企業は、多くの失業者が出たのは冒険者のせいだと、責任転嫁をすることで自分を守ったわけだ。
マスコミも冒険者資本が広告費を出さなくなったので、それに加担した。
そのせいで、もうすぐ日本では衆議院議員の任期満了による選挙が行われるのだが、以前は大敗すると思われていた日本再生党が再び政権を取るのではないかと噂されている。
獅童総理は国債の発行額を増やし、冒険者に重税を課して集めたお金で年金を増額したり 消費税を減税したりしたので、年寄りたちの支持が厚くなっていたからだ。
「もし、次の選挙でまた日本再生党が政権与党になり、獅童総理が再び政権を取ったら終わりだな」
「終わりってもな。ある日いきなり日本が滅ぶわけじゃない。このまま少しずつ日本はオワコン国家になっていくんだろうな。さあて、仕事だ仕事だ。この常温核融合発電所の建設予定地で妨害している連中は、全国から集められた運動員が大半だ。多少叩きのめしても、罪悪感を感じないのがいい」
「ですね」
とにかく今は獅童総理が総理大臣なので、一日でも早く常温核融合発電所の建設工事に着手できるよう、我々は彼の暴力装置となって動くしかない。
失業は嫌だからな。
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