第198話 暗殺者 川合

「古谷良二が行っているレベリングに参加して、奴を暗殺すればいいんですね?」


「そうだ。野蛮な冒険者たちなど、そのトップである奴がいなくなれば、我々選良の下働きをする奴隷でしかない。報酬は事前に約束した通りだ。頼むぞ」


「わかりました」




 俺は冒険者特性を持つが、残念ながらダンジョンでは活躍できなかった。

 なぜなら俺のスキル『暗殺者』は、同じ冒険者相手にしか絶大の効果を発揮しないからだ。

 かなりのレベル差があっても冒険者なら容易に暗殺できるが、モンスターを倒すのは苦手だった。

 おかげで冒険者としてはパッとせず、代わりに暗殺者として人間を殺し続けてきた。

 現在のレベルは524で、大半は人間を暗殺することで得た経験値からのレベルアップだ。

 俺はモンスターを倒すよりも、人間を殺した方がより多くの経験値が入るらしい。

 これまで世界中で数千人を暗殺してきたが、 俺の仕事は決して他人に誇れるものではなかった。

 このレベルでも、俺はダンジョン十階層のモンスターをなんとか倒せるぐらいの戦闘力しかない。

 人間を効率よく殺すため対モンスター戦闘力が低いのが、『暗殺者』というスキルの最大の特徴……他にも『暗殺者』や『アサシン』のスキルを持つ冒険者は複数いるが、この不思議な特性は俺だけのものらしい。

 だから俺は人間の暗殺でお金を稼ぎつつ、高レベル冒険者を羨望の眼差しで見つめることしかできなかった。

 特に、古谷良二の活躍ぶりには嫉妬しかない。

 あいつは世界一の冒険者として大活躍しているのに、俺は金で人を殺すという薄汚い仕事をするしかないからだ。


「(だが……)」


 知り合いからのツテで、古谷良二暗殺の仕事を請け負うことができた。

 なんと獅童総理直々の依頼で、古谷良二を殺せば十兆円貰えるらしい。

 とてつもない大金ではあるが、俺にはそれ以上に欲しいものがあった。


「(古谷良二を殺した時の経験値があれば、いかに対モンスター戦闘力が低い俺とて……)」


  大幅にレベルアップして、ダンジョンでモンスター相手に活躍できる戦闘力を手に入れることができるはずだ。


「俺は、古谷良二のレベリングに参加できるレベルに達しているし、俺以外の『暗殺者』スキルは戦闘職の一種でしかない。疑われることはないはずだ」


  顔合わせた直後に暗殺してしまえば、 他のレベリング参加者たちが大騒ぎしてる間に逃げることもできる……いや、証拠隠滅のために全員死んでもらうか。

 経験値も入るだろうからな。


「古谷良二、死ねよ」


 代わりに俺が、優れた冒険者として世界にデビューしてやる。








「みなさん、レベル500を超えていますね。では早速……っ!」


「古谷さん、どうかしましたか?」


「いえ、なんでも」


 ほほう。

 誰の依頼か知らないが……現状、俺を一番暗殺したいのは獅童総理だろうけど……俺に強固な『即死』魔法をかけてくるとは。

 かなり強力な魔法だったのでレジストできなくて一度死んだが、以前『レベル5即死』で暗殺されかけたこともあって、『蘇生リング』を装備しているからすぐに生き返った。

 その間一秒もなかったはずだけど、一瞬俺の動きが止まったので、冒険者たちに心配されてしまった。

 真実を話すと混乱するので、なんでもないと誤魔化しておいたけど。


「じゃあ、順番にダンジョンを攻略していきましょう(犯人、見っけ)」


 全員を『人物鑑定』してみたら、『暗殺者』スキルを持つ若い男性冒険者のレベルが爆上がりしていたので、こいつの仕業だろう。

 身代わり系のアイテムではなく蘇生リングを用いると、ごく短時間であるが俺は死んでしまう。

 俺を倒した経験値が、暗殺者のレベルを大幅に上げたのが確認できた。


「(リョウジさん、あの方は……)」


「(イザベラ、今日一日中あいつの好きにやらせておけばいいさ)」


 何度俺を即死させても、蘇生リングのおかげですぐに蘇ってしまうのだから。

 奴の標的は俺のみらしいし、もしイザベラや他の冒険者を暗殺しても、俺が蘇生させられるので問題ない。

 俺を殺す度に暗殺者のレベルが大幅に上がっていくけど、どうやら普通の暗殺者とは違って、いくら人間を暗殺しても対モンスター戦闘力がほとんど成長しない、珍しいスキルの持ち主のようだ。


「それでは、どんどんモンスターを倒して、富士の樹海ダンジョンを攻略していきましょう」


 日本があの様なので、アナザーテラを目指す冒険者が増えていた。

 噂では、獅童総理が自衛隊を動かして冒険者特区を制圧、占領することを企んでいるという物騒な噂も流れており、目端の利く冒険者の海外脱出準備が密かに進んでいる。

 トレント王国の国籍を得たければ、富士の樹海ダンジョン2000階層の突破が必要なので、現在世界中から高冒険者がレベリングに参加しているのだ。

 海外の冒険者も、多かれ少なかれ一般人から迫害される事例が増えてきたので、冒険者の国として認知されつつあるトレント王国移住を目指している人が多いと聞いた。

 アナザーテラにあるダンジョンと、月のダンジョンに挑戦できるルートの構築も進んでいるので、知的好奇心、もっと稼ぎたいという理由でアナザーテラを目指す高レベル冒険者も多かったけど。


「(にしても……。また死んだ)」


 今日も優秀な冒険者が多いので攻略は順調に進むが、俺は何度も『即死』で殺され、蘇生リングで復活し続けていた。

 蘇生リングは一般的には高価なものとされるが、俺は大量に自作できるのでいっぱい持っているから問題ない。


「(レベル50000を超えたな。だが……)」


 この暗殺者。

 俺を殺し続けることで爆発的にレベルが上がったので、段々と俺を即死させる手際は良くなっていくが、 ダンジョン攻略ではまったく役に立っていない。

 第三者が見れば、冒険者たちのレベリングを見守っている俺に視線を送っているだけなので、サボっているようにしか見えないという。

 彼は気がついているのだろうか?

 俺を殺すのに夢中なあまり、冒険者たちから『お前も前に出て戦えよ!』という批難の視線を送られているのを。

  

「(久々に見たな。対人間特化の『暗殺者』って)」


 人間の暗殺では優秀なのに、モンスターとの戦いではほとんど役に立たない。

 こういう冒険者が、向こうの世界にも存在した。

 こういう人はダンジョンに潜ってもあまり成果をあげられないので、権力者に雇われて人間を暗殺するようになっていく。

 その方が手っ取り早く稼げるので、欲望に負けてしまうのだ。

  いくらレベルが上がっても、人間の暗殺が上手になるだけで対モンスター戦闘力が上がらない。

 そのせいで、性格が捻くれてしまう人が多かった。

 可哀想だとは思うが、少なくとも俺は関わろうとは思わない。

 それに……。


「(可哀想だが、俺を殺し続けることで上げたレベルをそのままにしておけない」


 なぜなら、今の奴は他の人間なら簡単に殺しまくれる危険な存在になってしまったからだ。

 だからここで死んでもらう。

 間違いなく奴は、獅童総理の手先だろうからな。

 これから奴の下でどれだけの人間を殺すのかと考えると、余計に生かして地上に戻す気はなかった。

 俺と敵対している人間についた因果というか、向こうの世界でも冒険者は、どの権力者と繋がっているかで、同じような強さでもその将来が大きく変わってしまうのを見てきた。

 お前は、獅童総理についた不運を呪いながら死んでいくがいい。


「(自分が冒険者としては大成できないからという理由で権力者の犬になり、暗殺に手を染め、今は同朋である冒険者を殺そうとしている。悪いが、俺の敵となったお前には死んでいただく)」


 それも、誰にも気がつかれないようにだ。

 わかりやすく殺すと、獅童総理に隙を作ることになるからだ。


「(俺にも家族がいるんでね。悪いが死んでくれ)」


 どうやってこの冒険者を殺すかだが、彼は俺に『即死』をかけることに忙しく、一つ大切なことを忘れていた。


「おい! お前! いい加減にしろよ!」


 富士の樹海ダンジョン攻略は順調だったが、それゆえ今回参加している冒険者たちは暗殺者の男に不満があった。

 ずっと後ろに隠れ、まったくダンジョン攻略に貢献していないからだ。

 彼は俺を暗殺するのが目的なので、前線に出る余裕がない。

 同時に彼の暗殺者スキルは、対人間に特化した特殊なものだ。

 対モンスター戦闘力が上がらない代わりに、人間の暗殺の名人になっていく。

 冒険者はダンジョンを攻略するために神が与えたものなのに……ルナマリア様が教えてくれたのだが……今のところ唯一の例外、仲間外れがこの男、川合俊吾なのだから。


「川合さん、あなたもかなりレベルが上がったはずです。いい加減、 前線でモンスターと戦ってくださいよ」


「別に川合さんだけにモンスターを倒せと言っているわけではないんです。僕たちで順番にモンスターを倒そうと言っています」


「あなただけですよ。このダンジョンに潜ってから、一匹もモンスターを倒していないのは」


  レベルアップで知力が上がる冒険者は徐々に理性的な存在になり、暗殺者川合を強引に前に出すことなく説得を始めた。

 どう考えても、富士の樹海ダンジョン2000階層を突破し、アナザーテラを目指す冒険者の中で浮いているのに、強く責めることはしない。

 それだけ高レベル冒険者とは、理性的な存在なのだ。

 一部に例外は存在するが。


「俺はその……」


 川合が、前に出られるわけがない。

 彼はレベルこそ高いが、能力が対人暗殺能力に特化しており、通常のダンジョンでも低階層でしか活動できないのだから。


「(『蘇生の指輪』がなければ、俺でも一撃で暗殺できる特殊能力の持ち主だ。こんな男を野放しにできない)だいぶレベルが上がったようなので、試しに戦ってみてください。そうでなければ、川合さんをこれ以上、レベリングに参加させるわけにいきません。地上に戻っていただかないと」


 トレント王国の国民になるためには、強い冒険者でなければならない。

 富士の樹海ダンジョン1000階層で苦戦しているようでは危ないので、俺は川合にモンスターと戦えないのなら地上に戻れと言った。

 

「……」


 川合は表情を暗くさせた。 

 俺をまだ暗殺できていないので地上に戻されるわけにいかないが、自分が前に出て富士の樹海ダンジョンのモンスターと戦えば殺されてしまう。

 だが、ここで引き返せば俺を暗殺する機会はほぼなくなってしまうのだ。

 逃げるわけにいかないが、前線に出れば自分がモンスター相手に無力であると証明されてしまう。

 俺のフォローがあれば死なないだろうが、二度とこのレベリングに参加できず、俺を暗殺する機会を逃すだろう。

 なぜなら今の俺は、その居場所が日本政府にバレないよう生活しているのだから。


「……わかりました。前に出ます」


 川合は前に出てモンスターと戦うことを了承してゆっくりと歩き始めるが、俺は彼の言動がフェイクであろうことを見抜いていた。

 案の定、これまで一分に一回は俺にかけていた『即死』を止め、数十発分を一気に俺に向けて放ったのだから。


「うっ……」


 さすがに数十発分の『即死』だと、蘇生リングでも蘇生しきれず、俺はその場に倒れ伏してしまった。

 いくらレベルを上げても、こういうジョーカー手でくると俺も厳しいってことだ。

 段々と意識が薄れていって……暗闇が俺に迫ってきた。

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