第197話 餅つきとバカ大臣
『ダンジョンから種籾を手に入れて栽培した黄金餅米を蒸かし、これを杵と臼で突いてお餅を作ります』
『いきますわよ』
『オーケー、イザベラ』
『アヤノ、もっと早く突いていいよ。ボクはこの中で一番動体視力に優れているからね。杵で手を突かれる心配はないから』
『なかなか、前に動画で見た高速餅つきのようにはいきませんね。あまり力を入れると、臼が壊れてしまいますから』
『ホイサ、ホイサ。余裕余裕。もうすぐお餅が突き終わるよ
もうすぐ新年なので、俺たちは建設中の王城をバックに、俺の屋敷の庭で餅つきをしていた。
トレント王国が建国されて初めての年越しなので、ふと自分でお餅をついてみようと思ったのだ。
他の動画を参考に、イザベラとリンダ、綾乃とホンファ、ダーシャとデナーリスが臼と杵でお餅を突いており、その様子はあとで動画で流す予定だ。
高レベルのイザベラたちなのでその気になれば見えないほどの速度で杵を振り下ろせるけど、加減をしないと臼と杵が粉々に砕け散ってしまう。
上手く手加減をしながらお餅を突かないといけないので、思っていた以上に 難易度が高いようだ。
『ダーシャとデナーリスは餅つきが上手だな。もしかして経験者とか?』
『 ビルメスト王国にお餅に似た食べ物はないわね。他の餅つきの動画を見ただけ』
『リョウジ、オモチって美味しそうね。早く食べたいわ』
美しい女性たちによる餅つきの様子は絵になるなと、俺はゴーレムたちに撮影させながら思っていた。
『じゃあ、急ぎお餅を完成させます!』
俺も餅つきに加わり、手際よく餅を突いていく。
経験者ではないが、高レベルな俺は大抵のことをすぐに習得してしまうからだ。
『突いたお餅を小さく分けて。まずは試食を……』
事前に用意しておいた、黄金大豆で作ったきな粉とズンダ、納豆。
黄金小豆で作った餡子。
他、大根オロシ、チョコ、アイスを包んで雪見大福風にして食べたりと。
試食とは思えない量を……。
『みんな、よく食べるね』
『突きたてのオモチは美味しいですね。リョウジさん、それは?』
『鏡餅を作っているんだ』
俺はトレント王国人にして日本人なので、自宅にはちゃんと鏡餅を飾らないと。
自分で作った鏡餅を自宅に飾り、鑑開きの時に食べる予定だ。
『リョウジ、私の部屋に飾る鏡餅も作ってよ』
『トレント王国って、新年に他に飾るものが……そういえばなかったな』
向こうの世界は魔王の侵攻があったのもあるけど、日本のように年末年始に色々と準備をしていた記憶がなかった。
『新トレント王国のいいところは、こうやってみんなで新しい行事をして楽しめるところね。だって私たちが建国者なんだから、私たちが決められるもの』
鏡餅も無事に完成し、俺の新しい屋敷と王城にあるデナーリスにも飾られた。
『もうすぐ王城も完成ね』
『予定よりも大分早く完成するな』
これも、ゴーレムたちを多数動員したからだ。
おかげで建設費用も抑えられるし、その分予算を他のインフラ整備などに回せるので悪いことではないだろう。
『ようし! 年末といえば、本マグロ、イクラ、ウニ、鮭、アニ、エビなどを始めとする新鮮な海鮮と、 ダンジョン産のモンスターのお肉も! とにかくご馳走を沢山食べましょう』
『ドラゴンローストビーフ、美味しいですわ』
『黄金芋と、整備した栗畑から収穫した栗きんとんもいいよね。中華風のおせちも用意したから。フカヒレ、エビチリ、エビマヨ。他にも色々あるよ』
『伊達巻、カマボコ、黒豆などの伝統的なおせちもいいですね』
『アメリカの伝統的な新年の料理、ブラック・アイド・ピーや、コカトリスのジャークチキン、牛型モンスターのオックステールシチューもあるわよ』
『豪勢ですね。私は大量にお菓子を買ってきました』
『リョウジ、乾杯しましょう』
年末年始。
俺はイザベラたちとゆっくり過ごし、その様子を動画であげたところ大好評だった。
アナザーテラでトレント王国の首都がゴーレムたちによって建設されていく様子もサブチャンネルで更新され、視聴回数を稼いでいる。
動画で出てきたアナザーテラとダンジョン産の食材の輸出量も順調に増加していて、これならトレント王国は財政的にも問題なさそうだ。
『これからも、トレント王国での生活についてレポートするのでよろしくお願いします』
上野公園ダンジョン特区にも拠点を残すけど、こっちでの暮らしの方が気楽でいいような気がしてきた。
高レベル冒険者の移住も増えているし、トレント王国が冒険者の国になる日もそう遠くないかな。
「……えっ? 貿易赤字がこんなに? これまでは大幅な黒字だったろうに! おかしくないか?」
「別におかしくはありませんが……」
「なぜだ? 貿易黒字はどこに消えたんだよ!」
獅童総理が党首を務める『日本再生党』だが、できて間もないこともあり、所属する政治家は烏合の衆だ。
政治経験がなくても能力があればそのうち慣れるのかもしれないが、獅童総理に近くて閣僚に任命された政治家ほど無能というのが現実だった。
我々は見誤っていた。
獅童総理は常温核融合技術を商業化したほどの天才なので、優秀な人を閣僚に任命してくれるとどこかで期待していたのだが、自分を脅かさない無能ばかりよく選んだものだ。
多分彼は意識してそれをやっているわけではなくて、本能でそういう人事をしているのだろう。
獅童総理も、自分が一番可愛い普通の人間だったということだ。
微妙な科学者を多数、天下りであちこちの役職に押し込み、自分の支持者を増やす なんてこともやっているくらいだから。
大学には研究などどうでもよく、富と権力のみを求めるどうしようもない輩も一定数いて、彼らは獅童総理の支持者だ。
科学立国と称して予算を大盤振る舞いしているが、獅童総理が予算を配っている学者には無能が多い。
『予算をドブに捨てているようなものだ!』と批判した大学教授がクビにされたが、彼は冒険者大学に転職し、国から補助金など貰わなくても大きな成果を出していた。
これからの時代は、優れた学者がAIとゴーレムを助手として成果を出す時代になりつつあり、これまでの子弟制度のような学者の世界は崩壊しつつあった。
過去の栄光のみで教授を続けていたり、学者としての能力には乏しいが、政治力があって出世している学者が大学の上に居座り、有名大学でも若い優秀な若手を抜擢できずに苦悩している。
それができているのは、日本だと冒険者大学ぐらいか。
衰退しつつある既存の大学からすれば、多額の補助金をくれる獅童総理を応援しない理由はない。
……研究成果はほとんどあがっていないが。
そんな忖度を続けているせいで、これだけやらかして支持率が落ち続けている獅童総理を引きずり降ろそうとする大きな動きがない。
獅童総理は、組織維持者としての才能があった。
日本国民は堪ったものじゃないが。
元々優秀な人間は獅童総理に媚を売る必要なんてなく、政治家や、ましてや閣僚になどならない。
その証拠たる、獅童総理が任じた経済産業大臣が日本の貿易収支が赤字になったことに激怒しているが、我々役人は特におかしいとは思っていなかった。
必ずそうなると、あらかじめ予想できていたからだ。
能力のない彼は想像できなかったようで、えらく怒っているのだが。
「今も続く寒冷化の影響で、世界の食料需要は大きいのですが、日本の生産量はガタ落ちしましたので」
「なぜだ?」
「以前は、現トレント王国があるアナザーテラで大々的に生産していた農作物や畜産物の分を日本産としてカウントしていたからです。 それが今はゼロになりましたからね」
さらにいえば、日本国内でもゴーレムを用いた農業工場や大規模農園の整備が進んでいたが、獅童総理がゴーレムの使用を法律で禁止したので、生産性が大幅に落ちてしまったというのもある。
他にも、日本の冒険者特区内にあるダンジョンで産出した物は、必ず買取所に売却しなければならないという法律までできてしまった。
安く買い叩かれたうえ、冒険者に増税までしておいて、優秀な冒険者が日本国内で活動してくれると思っている方が能天気だろう。
獅童総理は知らないが、大臣は命がけなのに安月給で働く優秀な冒険者がその辺の畑から採れると思っていたらしく、彼は過去に戻ってソ連で大臣をやればよかったのにと思ってしまった。
そんなわけで、最優秀な冒険者はトレント王国に、まあまあ優秀な冒険者はアメリカを始めとする外国へと活動拠点を移してしまったというわけだ。
大臣はバカ……理解力が少し残念なので、かみ砕いて説明してあげた.
「日本はすでに、魔石、モンスターの素材、ドロップアイテムの輸出国ではなくなっているのです。 今はギリギリ国内需要を満たせる状態ですが、他国への移住を考えている冒険者はもっといます。あと一~二年で輸入国になるでしょうね」
田中政権の時に構築された日本国内のサプライチェーン網も、 ゴーレムが使えなくなってしまったので他国に生産拠点を移す日本企業が増えてしまった。
輸出量が減って輸入量が増える。
日本が貿易赤字になって当たり前なのだ。
「……古谷良二かぁーーー!」
「……」
獅童政権も末期だな。
自分たちの失政の責任を他人に押し付けているのだから。
ただ、こういう状況は望ましくない。
過去の歴史を紐解けば、国内の失政を誤魔化すために他国に戦争をふっかける為政者は珍しくなかったからだ。
日本の場合、様々な制約があって他国に戦争を仕掛けにくい状況ではあるが、獅童総理たちが嫌っているのは冒険者だ。
そして国内に、冒険者特区という現在別国のような動きをしている場所がある。
「古谷良二は、自分だけがよければいいと考えている売国奴だ! そして、奴という虎の威を借りる冒険者ども! あいつらに鉄槌を下す必要がある!」
こいつも、獅童総理の虎の威を借りる狐なわけだが、他人はそうだと気がついても自分はそうだと思わないのが人間という生き物だというのがよくわかった。
「冒険者に鉄槌を下す? 不可能なのでは?」
このバカに反論すると過剰に反応して時間の無駄なので、 これまでその発言を聞き流すことが多かったのだが、さすがに発言が物騒なので反論してしまった。
「ふん! こうなれば、自衛隊で冒険者特区を占領し、飯能総区長以下冒険者たちを全員捕えて国の支配下に置く! 奴らには公務員としての給料を支払い、ダンジョンの成果で国家財政を立て直し、国民たちにも還元する。大きな減税が可能だろう」
「……( やっぱりバカだな、こいつ)」
そんなことをしたら、冒険者が全員外国に移住してしまうじゃないか。
まさに絵に描いた餅で、なにより自衛隊でも冒険者を生け捕りにするのは難しい。
下手に抵抗されたら、日本では戊辰戦争以来の内戦が勃発するだろう。
世間では獅童総理の手下たちは左翼、リベラル揃いだと思われているが、そんなものは、そう言っておいた方が選挙に当選しやすいからそう言ってるだけで、いざ権力者の座につけばこんなものだ。
「冒険者の数は少ない。減税や給付金で釣れば、愚民たちも自衛隊による冒険者特区占領に賛成するはずだ」
「(旧与党にもクソな政治家が多かったが、日本再生党はゴミしかいないな)防衛大臣でもないあなたが、そのようなことを命令できるのですか?」
「ああん?」
もう我慢できない。
こんなバカ大臣担当でも、不興を買って大臣付きの補佐官をクビになれば経済産業省内の出世レースから脱落するが、これ以上このバカと付き合っていると私までバカになってしまいそうだ。
「(民間への転職、考えておかないとな)ですから、あなたは経済産業大臣なのです。今あなたがしなければいけないことは、この国の経済を好転させることです。幼稚な戦争ゴッコの準備ではありません!」
「なっ! 私は冒険者特区が滞納している国税を回収することで、この国の財政を回復させようとしているのだぞ!」
「それは財務省や国税庁の仕事ですから。お身内の五流学者にお手盛りで多額の研究費を出したり、政治献金目当てでクソみたいな詐欺会社に補助金を出すしか能がないあなたにはわからないでしょうけど」
「貴様ぁーーー! この私を誰だと思っているんだ!」
「さあ? あなたが選挙の時にアピールしていた経歴はほとんど偽りなのでよくわかりませんね。ただ私が独自に調べたところ、詐欺の前科がおありなようで。今度は獅童総理を騙したんですね」
「きっ、貴様はクビだぁーーー!」
「わかりました」
私は大臣室を出た。
大臣付きの仕事はクビになったが、経済産業省をクビになったわけではない。
どうせ閉職に回されるから、今のうちに民間企業に移っておこう。
この国はもう終わる可能性が高いし、もうキャリア官僚のクソみたいな出世競争に疲れた。
実際のところ、国家公務員なんてオワコンもいいところだしな。
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