第194話 ダンジョン消滅
「ついに、日本のダンジョンが一つ消えたか……」
「ええ……。ただあそこは、冒険者が誰も入らなくなっていましたからね。仕方がありませんよ」
「元々不便な場所にあったし、地元の住民がなぁ……」
「ネットで散々叩かれましたからね。田舎の闇とか言われて、若い人が多い冒険者は近寄らなくなってしまいましたから」
獅童政権が誕生してから半年ほど。
ついに、日本のダンジョンが一つ消滅した。
低階層なうえ、かなりの山奥にあって外部から冒険者がやって来るケースも少なく、地元出身の冒険者は非常に少ない。
そんなダンジョンでも冒険者特区が作られ、その地域の経済に大きく貢献しており、地元自治体も税収が上がって喜んでいたのだが、獅童政権に変わっておかしくなった。
元々この地域の住民は、政府の言うことを鵜呑みにしてしまう傾向がある。
獅童総理が政権発足と同時にダンジョンを封鎖した時も地元住民たちからは文句が出ず、それどころか非常に協力的で、一緒になって冒険者を叩いた。
あまり産業が発達していないこの村の人たちは収入が低い傾向があるので、高収入な冒険者へのやっかみもあったのだろう。
そのダンジョンを拠点にしていた冒険者たちは、ダンジョンの封鎖が解けると他のダンジョンに拠点を移してしまった。
嫌がらせをされてまで、低階層のダンジョンに拘る理由がないからだ。
せっかく作った冒険者特区からも住民が逃げ出し始め、そうなってから古くから住む地元の住民たちが騒ぎ出した。
自分たちが冒険者を苛めるから逃げ出してしまったのに、今になって村長に『冒険者を地元に移住させろ!』と騒ぎ出したのだ。
村長は税金を投じ、地元ダンジョンに潜る冒険者たちを募集するが、この地域の悪評は世間に広がっており、ネットでも解説されて多くの視聴回数を稼いでいたため、ほぼ若者しかいない冒険者がそんな村に移住するわけがなかった。
『今は低階層ダンジョンでも、多くの冒険者が最下層を踏破してダンジョンコアを手に入れ、多数のモンスターを倒し、ドロップアイテムを回収すれは、ダンジョンは刺激されて階層が増えるのです』
と、ダンジョン探索チャンネルの動画で解説されていたのもよくなかった。
「うちの地元のダンジョンに多くの冒険者を潜らせ、ダンジョンを成長させろ!」
地域活性のためだと、力を込めてそう力説する地元の地主たち。
せっかくダンジョンとダンジョン特区の影響で上がった地価が、冒険者たちに逃げられたことで暴落し、大きな評価損を出したからだ。
「冒険者の募集はしておりますが、現在応募がゼロでして……」
それはそうだ。
せっかくダンジョンに潜って稼いでいた若い冒険者たちがいたのに、それをよそ者が稼いで腹が立つからと、村人たちが嫌がらせをして追い出してしまったのだから。
自分たちがそんなことをしておいて、ダンジョンとダンジョン特区に閑古鳥が鳴くと、それは困ると村長に陳情する。
冒険者がいなくなり、税収が減り、地元の経済が停滞してから騒ぐ。
これまで一つも成功しなかった地方創生を実行した時にも同じような妨害を繰り返していたから、彼らには学習能力がないのだろう。
村長としては文句の一つも言いたいだろうが、それをすると次の選挙が厳しい。
地方創生名目の予算はあるので、冒険者の地方移住を呼びかけるしかないのだ。
どうせ失敗しても税金なので、自分たちの懐が痛むわけでもないという事情もあった。
失敗しても、地方に金を回すことが大切で。
地方創成予算という名目で、今生活している人たちが平穏無事に人生をまっとうするための隠居料とも言えるか。
残念ながら、この村の住民が冒険者を苛めることは全世界に知られており、よほどの奇跡が起こらなければこの村が再び繁栄することはないだろう。
「応募がゼロだと?」
「今の若者はだらしがないんだ!」
「そうだ! そうだ!」
こんな尊敬できない老人ばかりでは、若者もこの地に移住しようなんて思わないだろうからな。
そして半年後、閑古鳥が鳴いていたダンジョンはついに消滅してしまった。
「地元からダンジョンがなくなってしまうだなんて……」
その報告を聞き、がっくりと肩を落とす村長だったが、もはや消えてしまったダンジョンは復活しない。
元の過疎化が深刻な村に戻っただけだが、今度は住民同士が『お前が冒険者を苛めるからだ!』などと、醜い言い争いをしている。
大切な物がなくなってからその価値に気がつき、だが彼らはダンジョンがなくても前に進もうとする……なんて殊勝な性格はしていなかった。
再び狭い村の中で戦犯を探して村八分にし、別派閥の村人に責任をなすりつけているだけだ。
村長は思うところがあっても、それを正直に彼らに言えば次の選挙で落ちてしまう。
国から予算を貰って、仲間内で絶対に成功しない地方創生 事業を行って食い扶持を稼ぐ。
私が思うに、ダンジョンがあろうとなかろうと、この村は消滅する運命なのであろう。
国は地方創生の予算を出してくれるが、それがすべて成功するわけではない。
投入された予算の大半が、残っている住民への生活補助で終わってしまうのだ。
それでいいのかと問われても、この村に住んでいる人たちが変わらなければずっとこのままだ。
彼らは常に再びこの村を繁栄に導きたいと口にするが、自分たちが気に入らないことは決してやりたくない。
それでは、この村の消滅を防ぐのは難しいだろう。
ダンジョンが出現する前から、人口減と一極集中により、多くの地方の自治体は消滅すると予言されていた。
自分の故郷が消滅するのは寂しいのかもしれないが、そう思っている人で故郷を立て直そうなんて人はほとんどいない。
自分は便利な都市部で暮らし続けるけど、『自然豊かな故郷が消えるのは嫌だ!』騒ぎ、自分はなにもしないのだ。
そんな人はもし自分の故郷が消えても、『国と政治家が愚かだからだ! 』と、しばらく怒ってから忘れてしまうだろう。
大半の人はそんなものであり、だから人間は生きていけると、私などは思っているのだが。
『本日、大宮ダンジョンの階層が増えました。これは、このところ潜る冒険者がゼロだった実同村ダンジョンの消滅も原因だと思います。一方大宮は、ダンジョンに潜る冒険者の数が増え続けていたので、 ダンジョンが刺激されて階層が増えたのでしょう』
ダンジョン探索チャンネルで、古谷良二が解説をしていた。
このところの彼は、ダンジョンに関するニュースとその解説までするようになり、ダンジョンの第一人者としての地位も固めつつあった。
彼は冒険者大学の学生でありながら、ダンジョンの専門家として特命教授に任命されている。
これまではダンジョンに潜ったこともない、経歴だけは立派だが暇な老教授がダンジョン専門家を勝手に名乗り、ワイドショーで適当な解説していたのだが、あまりに事実と反することを言うので古谷良二が苦言を呈し、それに自称ダンジョン専門家の教授たちが反発。
だが、冒険者と世論は古谷良二の味方だった。
テレビやラジオ、新聞や雑誌のインタビューに答えるダンジョン専門家の大半が専門家でもなんでもないことはネットや動画配信サイトでは周知の事実であり、古谷良二の誘導で、冒険者特性があり、ダンジョンに潜ったことのあるダンジョン専門家たちに切り替わるまで時間はかからなかった。
ダンジョンの専門家ではない、あまり優秀ではない大学教授の小遣い稼ぎの手段が失われ、彼らは古谷良二を恨み、獅童総理に接近しているのは有名な話だ。
そういう知識人や大学教授は、左翼が多い。
社会主義者的な傾向が強い獅童総理とは気が合うのだと思う。
「それで、ダンジョンなきあとの実同村をどうしますか?」
「隣の片腹村と合わせて、三十年後は消えている自治体だって言われていますけど……」
村長室で古谷良二の動画を見ながら、副村長や職員たちが村長に、これからの村の展望を尋ねる。
だが、それを解決できたかもしれないダンジョンが消滅してしまった今、村長もなにをしていいのかわからないのだろう。
ここまで実同村の悪評が世間に対して流れてしまうと、新規の移住者を募るのは無理だ。
なにより、ダンジョンがなくなってしまった山奥にある過疎の村に移住する人なんているわけがない。
「冒険者特区があるじゃないですか! あそこのインフラはなかなかのものです」
日本全国にあるダンジョンの周囲に、多額の予算を使って冒険者特区が建設されたが、ダンジョン消滅により冒険者とその家族、冒険者目当ての業者などはすでに逃げ出し、完成したばかりなのにゴーストタウン化していた。
普通、冒険者特区の地価は大幅に上昇して自治体の財政を助けてくれるのだけど、ダンジョンがなくなれば、場違いな場所に場違いな規模で作られたゴーストタウンでしかない。
建設費と維持費を考えたら完全に赤字だ。
「ここに地元の住民を集めて、スマートシティにするしかないな」
「そうですね。どうせダンジョン消滅により、各地に散らばった古いインフラの修復すら予算不足でできませんから」
過疎化が深刻な地方都市ほど、面積だけはあって住民がバラバラに住んでいるものだから、インフラの整備に金がかかってしまう。
昔は地方交付金で整備できたが、今は予算状況では不可能だ。
だから住民たちを冒険者特区に集めて、行政を効率化するしかない。
「しかしそれでは、住民たちの不満が出ませんか?」
年寄りの多くは、住む場所を変えるのを嫌がるからな。
インフラが整備できないから引っ越してくれと説得しても、それをやるのが役人の仕事だと言って言うことを聞いてくれない。
さらに厄介なのが、ここに人権派の知識人や弁護士、マスコミが口を出してくることだ。
『お婆ちゃんが亡くなるまで、思い出がある家に住まわせてやれ!』などと、無責任に騒ぐ。
それには予算が必要なんだが、地方交付金に頼りきりの地方都市に、山奥に住むお婆ちゃん一人のために使う予算なんてない。
それにこういう連中ほどすぐに、『税金の無駄遣いガーーー!』と騒ぐのは、もはや鉄板というか……。
結局なにをしても文句を言われるので、村長も打つ手がないのかもしれないな。
「とにかくない袖は振れないし、元はといえば古い住民たちが冒険者たちを余所者扱いして苛め、彼らに出ていかれてしまったからなのだ。文句は言わせん!」
「獅童総理なら、予算は出してくれるでしょうからね」
「私もそう思っている」
獅童総理は冒険者嫌いで有名であり、ダンジョンが消滅したこの村に同情していると聞いた。
彼に陳情して、お金を出してもらうのが一番だろう。
「ダンジョンに頼らない、地方創生のための予算を出してもらおう」
「しかし、本当にそんなことができるのですか? ダンジョンに頼らずに、この村を継続、発展させるなんて……」
「さあな?」
「村長? さあな? って……」
「元々ダンジョンがなくても、数十年後に多くの地方自治が消滅するはずだった。この村も例外ではなく、それが日本各地に出現したダンジョンのおかげて救われたと思ったら、古くからの住民たちが冒険者たちを追い出してしまうなんて……。余所者を嫌う地方ならではの問題だが、彼らが死ぬまで大胆な手は打てない。なぜなら選挙で負けるからだ。この村が消える可能性は高いが、それまで我々はカスミを食べて生きていくわけにいかない。地方創成の名目で中央に予算を貰わなければ」
確かに、過疎化が深刻な地方都市で改革など訴えても、保守的な住民の支持を得られずに選挙で負けてしまうだろう。
村長からしたら、冒険者特区へ住民を集めることすら、政治生命を賭けた冒険なのだから。
「そのためにも、急ぎ日本政府に冒険者特区を解除してもらい、旧冒険者特区に残った住民を集めよう」
もはやこの村には、広大な山地にバラバラに住んでいる住民たちが使うインフラを直す予算などない。
ダンジョン消滅により、これからますます予算不足が深刻になる。
急ぐ必要があるだろう。
「ところで冒険者特区だが、土地は誰の持ち物なんだ? 」
「ええと……。待ってください。今調べますから」
確か冒険者特区の土地は、元の持ち主から冒険者特区開発に関わる会社が買い取っていたはず。
冒険者特区の住民でない人が土地を持っていると、ろくに開発すらできないからだ。
「実同村ダンジョン特区の土地は、古谷企画の持ち物になっています」
「古谷良二がオーナーの会社か。売ってもらえるかな?」
「わかりませんが、一筋縄ではいきそうにありませんね」
冒険者特区を解除し、その土地を実同村なり、冒険者特区に関わっていない人が買い取らないことには、スマートシティーとして利用できない。
必ず買い取らなければいけないのだが、実同村ダンジョン特区のせいで古谷良二は大きな損失を出したはずだ。
かなりの金額を要求される可能性が高かった。
「それでも、交渉しなければな」
村長は急ぎ古谷企画の責任者に連絡を取ったが、やはりかなりの金額を要求された。
それはそうだ。
古谷企画は、実同村ダンジョン特区が将来発展すると見込んで、地権者からすべての土地を買い取ったはず。
それがそんな結果になってしまったのだから、損失を補填しようと思って当然であった。
「この金額はうちでは出せません。予算がないのです」
「それなら、獅童総理に陳情するといいですよ。古谷企画から、実同村ダンジョン特区の土地をすべて買い取る予算が足りないって」
「出してくれるでしょうか?」
「大丈夫ですって」
と断言する、ディスプレー越しに映るゴーレム。
古谷企画のブロト1社長は有名人だが、今は獅童総理が冒険者特区内以外でのゴーレム使用を禁止しているので、リモートで商談をすることが多くなったとか。
「ダメだったら、値下げも考慮しますから、試しに陳情してみたらいかがですか?」
「わかりました」
翌日、町長がやはりリモートで獅童総理に陳情してみたところ、本当に冒険者特区の買い取りに使うお金をすべて出してくれることになった。
「よくこんな大金を……」
冒険者特区はいまやこの地域で一番地価が高いところにあったが、元は過疎地で今ではダンジョンもなくなってしまった。
上物の建物と設備を考えても、日本政府がそんな金額を出すわけがないと思っていたのに、これは一体どういうことなのか?
プロト1社長に尋ねてみると、こんな回答が帰ってきた。
「獅童総理の一存ですね。彼は冒険者特区に不快感を感じていますから、古谷企画が商売に失敗して撤退するのが嬉しいのです。だからそのためには大金でも出します。まあ自分のお金じゃないですしね」
「……」
獅童総理は子供みたいな人なんだな。
「同時に、ダンジョンに頼らない地方創生に挑戦する実同村のような自治体にはお金を出すと聞きました」
「なるほど……」
ようは、気分の問題か。
もし失敗しても、税金で獅童総理の資産ってわけでもないからな。
他人の財布だと寛容になる。
別にこれは、政治家や役人だけの問題ではなく、人間の業だと私は思っている。
「では、その金額をお支払いします」
「三日後にはお渡しします。その頃には、実村町ダンジョン特区の冒険者特区指定も外れているでしょうから」
プロト1社長の説明どおり、実同村ダンジョン特区は三日後に冒険者特区でなくなった。
ダンジョンがなくなった冒険者特区など認めない。
そうとでも言わんばかりに、獅童総理もすぐに動いたようだ。
「ここに住めるのか。悪くないな」
「家賃は安くしろよ! ワシたちは納税者だからな」
「冒険者がいなくなってせいせいしたぜ」
「……」
確かに、元がつくようになってしまった実同村ダンジョン特区は、すべての建物や設備、インフラがすべて最新で、引っ越すことを了承した地元住民たちは喜んでいた。
元々高収入な冒険者とその家族が住む予定だったので豪華に作ってあり、それを横取りできて気分がいいのだろう。
旧実同村ダンジョン特区はすべて実同村が買い取った……お金が足りないのでほとんど国からの交付金だが……ので賃貸になるが、とにかく安くしろと大騒ぎだ。
早速次の選挙に勝ちたい村議会議員たちが、家賃を安くするように言ってきた。
本当は住民たちへの貸与で利益を出し、そのお金で別の事業を、本当に地方創生になりそうなことに使いたかったのだけど……。
「(割り増しの地方交付金で、綺麗で豪華な家を安く借りられるようになったのはいいが……)」
ダンジョンがなくなった旧冒険者特区に、若者が移住してくるわけがない。
いくら綺麗で豪華でも、引っ越して来た年寄りたちの終の棲みか……棺桶になるだろう。
新しい産業や企業を呼び込もうにも、その予算を生み出すことを、地元の住民たちが拒否してしまったのだから。
今家賃が安い方がよく、他所から若者を移住させて地方を発展させたいと口にはするが、実はそんな気はサラサラなく、むしろ余所者どころか、地元出身の冒険者たちまで追い出してしまうのだから。
「(余所者や、冒険者特性という特殊な力を持つ異物などいらないのだろうな)」
年を取った住民たちの本音は、自分たちが死ぬまでなにも変えてくれるな、なのだろう。
実際に、せっかくダンジョンがあっても、実同村のように地元住民のせいでダンジョンが消滅した、これからするかもしれない場所は世界中に少なくない数あった。
もし田中元総理なら強引にダンジョンを維持したいだろうが、獅童総理はダンジョンなどない方がいいと公言している人物だ。
ダンジョンがなくなった冒険者特区の買い取りに多額の税金を投じ、ここを中心に冒険者とダンジョンに頼らない、真の地方創生するつもりらしいが……。
「(ただ年寄りたちに終の棲みかを提供し、年金を増額したに等しいな)」
ダンジョンがあれば、実同村は大きく発展する。
私はそう信じて疑わなかったが、結果は地元住民たちが冒険者を追い出し、ダンジョンが消滅しただった。
結局のところ、創作物みたいに実同村が大発展して、みんなが幸せになる未来などどこにもなかったのだ。
とても外国のことなど笑えない。
「(もし実同村が発展するとしたら、今いる住民たちが全員死に絶え、無人の冒険者特区に若者たちが移住してからだろう)」
その頃、私は生きているのだろうか?
そして、そんな実同村と同じように再生する村や町が他にもあるのだろうか?
今はそんな未来が訪れることを夢見て、私は村長と共に前例を踏襲し続けるとしよう。
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