第193話 インフルエンサー王

「新しいトレント王国の、本当の王様はリョウジだからね」


「俺が王様ねぇ。デナーリスの兄さんが苦労していたから、王様なんてなるもんじゃないなって思ってるんだよ」


「大丈夫よ。プロト1とゴーレムたちが大半をやってくれるから。リョウジはデンと構えてればいいの」


「ゴーレムによる政治か……。ある種の社会実験だよなぁ。そういえば向こうの世界では、ゴーレムに国の統治を手伝わせなかったな」


「国の統治は、神より与えられた神聖なものとされているからよ。ゴーレムになんて任せては駄目だって」


「それで、人間のクシュリナが世界を滅ぼしていれば世話ないけど……」


「クシュリナに任せるなら、その辺の子供にでも任せた方がマシだったでしょうね。少なくとも余計なことはしないから」





 仮のものだが、アナザーテラにトレント王国の王城が完成し、その玉座になぜか俺が座っていた。

 地球では、トレント王国はデナーリス王女が君主ということになっているが、アナザーテラは俺が発見したものなので、俺が王様じゃないと駄目だそうだ。

 勿論公式には、デナーリスが女王ということになっているけど。

 女性が統治者の方が世間のウケがいいと、西条さんと東条さんがアドバイスしてくれたのもある。

 だが俺には王様をした経験などなく、結局のところはお飾りでしかない。

 実務はプロト1と、彼が率いるゴーレム軍団の仕事となった。

 プロト1は、古谷企画の社長兼トレント王国の首相にも任じられ、早速……特に新しいことはなにもしていない。

 アナザーテラにあるダンジョンは、俺たちがレベリングしたデナーリス女王親衛隊の美少女たちが攻略、その維持を担当することになり、あとはこれまでどおりほぼ無人のアナザーテラの土地で、農業、畜産、養殖などを大規模にやっている。

 地球の寒冷化は最悪な状態は脱したが、農作物の収穫量は完全に回復していない。

 専門家によると、地球ではしばらく小氷河期が続くそうだ。

 それに加えて、地球では人口増による食料の需要増と、経済発展により肉と魚の消費量が増えている。

 肉を作る畜産には多くの農作物が必要であり、養殖に使う餌の材料も、寒冷化により大きく不足していた。

 アナザーテラで安全に、高品質で、大量に安く作った穀物の需要は高く、現在も世界中に輸出していた。

 そのうち、野菜や果物、穀物を利用して作った肉、漁獲したり養殖した魚も輸出する計画になっている。

 田中総理時代、これらアナザーテラ産の食料は日本が輸出したことになっていたので、いくら獅童総理でもこれを止めることはできず、さらに彼は日本国内でゴーレムの使用を禁止してしまった。

 日本国内の農地は集約化や工場化が進み、ゴーレムの投入で徐々に農作物、畜産物、その他食料の価格が下がっていたが、ロボットや人手を増やした結果、値下がりは止まり、一部では上昇が始まってしまう。

 一部国内の農業関係者は自分が栽培した農作物が買い叩かれずに喜んでいたが、国際競争力は下がってしまい、日本国内で生産された食料を輸入する国は、一部の高級品を除きなくなってしまった。

 日本人は昔から、食料の値上げに敏感に反応する。

 せっかく農業の効率化により農作物の値段が下がっていたのに、獅童総理が余計なことをしたので再び値上げが始まってしまったと批判する人たちが多く、彼は物価対策と称して農家に補助金を配り始めた。

 それに喜ぶ農家は後継者もいない、狭い農地を耕す小規模農家の年寄りばかりで、獅童総理の政策は社会主義的で時代に逆行していると批判する国民は多かったが、彼が零細農家という期待できる支持層を増やしたのは確かだ。

 衆議院議員を一期でやめて引退すると言っていた獅童総理だったが、田中元総理によると、彼は政治家を続けるつもりなのではないかという話が上がってきた。

 彼のライフワークである、世界のエネルギー源を100パーセント常温核融合発電にするという政策を完遂するためらしい。

 彼は、廃止した火力発電所や廃炉にした原子力発電所の跡地に常温核融合炉の建設を進めているが、地元の反対運動が多くあまり上手く行っていない。

 このままでは、日本の発電施設をすべて常温核融合炉にするのに百年かかると言われており、それを早めるには自分が政治家で、それも総理大臣でいた方がいいと考えたようだ。

 近代農業に電気は不可欠であり、寒冷化のせいでその使用量は増え続けている。

 獅童総理は農家や畜産家にいい顔をするため、まだ常温核融合炉で発電した電気などほとんどないのに、補助金で電気代を安くした。

 他にも工場や企業の電気代にも補助金を出し、産業界の支持を得ようと必死なのがわかる。

 ゴーレムを禁止したお詫びという話も流れてくる。

 逆に国民の電気代は、対立状態にある冒険者特区が魔石を高く買ってくれる外国を優先するようになったので、再び高騰し始めていた。

 獅童総理は、魔石の価格高騰をチャンスだと思っているようだ。

 世界中に常温核融合を普及させ、魔液を使った発電をやめさせたがっている彼からしたら、それを理由に魔液発電を廃止にまで追い込めると思っていたのだから。

 ただ、魔石値上がりのせいで燃料代の値上がりも深刻なものとなっており、国民の多くは獅童総理を支持しなくなっていたが。


「なにをしたいのかよくわからないな、獅童総理は」


 優秀な学者だった人でも適性がないとこの様なので、政治をゴーレムに任せるのって案外悪くないかも。

 それに反対する人は多いはずなので、トレント王国でしか実験できないけど。

 

「多分シドウって人は、商業化に時間がかかるとされていた常温核融合技術を完成させたから、自分が過去の歴史上の偉人のように称賛されると思ってるいたんでしょうね。でもリョウジがいたから……」


 普及すれば、劇的に電気代が安くなるとされる常温核融合技術を開発し、世界的に称賛される。

 実はちゃんと称賛されているのだけど、ダンジョンが世の中に出現したせいで、冒険者たちに主役を奪われている感があったのだろう。

 だから彼は、ダンジョンと冒険者を嫌っているという部分もあると思う。


「自分が世界で一番称賛されていないと、許せないんじゃないかしら? そういうところは、シドウとクシュリナに似てるわね。クシュリナは口だけの男だったけど……」


 デナーリスは、駄目な異母兄に辛辣だな。

 獅童総理は、常温核融合技術で世界を救った英雄として称えられたかったけど、その前に冒険者が称賛される世の中になってしまい、自分が蔑ろにされていると思っているのか。

 そんなことはないと思うが、彼自身はそのように感じていると。


「常温核融合技術って、便利は便利だけど、まだ用途が限定されているじゃない」


「確かに……」


 たとえば、車などの乗り物だ。

 EV車もだいぶ普及しつつあるが、充電時間や走行可能距離、寒冷地や高温な土地での使用などに弱点がある。

 さらに世界から化石燃料がなくなったため、これらの車両や軍事兵器は魔石を原料とした魔液で動いていた。

 これを常温核融合炉で作られる電気で動くようにするには、高性能な蓄電池などの技術開発に時間がかかる。

 いまだ再生エネルギーが主なエネルギー源とみなされていないのは、大容量の長期蓄電が難しかったからだ。

 だからガソリンと同じように使える便利な魔液が世界中に 復旧しているわけで、獅童総理としては一日も早くダンジョンを閉鎖したいのだろうけど、現実的には不可能だった。


「常温核融合炉だっけ? それも、新規に作るのに時間がかかるんでしょう?」


「らしいね。 反対運動も大きいと思うんだよなぁ」


 これは田中総理の受け売りなんだけど、どんな発電所でも新規に作るとなると、環境アセスメントの審査があるから、十年単位で時間がかかってしまう。

 なにより、いくら常温核融合炉は放射能が出ないとはいえ、 それを理解していない国民も多い。

 原子力発電所建設の時と同じような、地元住民による反対運動が多数発生していた。

 獅童総理としては、一期で政治家と総理大臣を辞めるわけにいかなくなったのだろう。


「そして、これから分離が始まるんだよねぇ」


 日本産と称していたアナザーテラの食料は、これからはトレント王国が輸出することになる。

 これまでどおり日本の冒険者特区を介しての貿易となるが、これが日本政府に反抗している日本の冒険者特区を守ることにも繋がる。


「日本政府が日本国内の冒険者特区に手を出すと、他国への食料輸出が止まる……実際に止まるかは不明だけど、他国がそう思えば……」


 外国からの圧力により、日本政府は冒険者特区に手を出せなくなる。

 富裕だが人口が少なく、 日本の国土に囲まれている冒険者特区の生存戦略というやつだ。


「そして気がついているのかしらね? 日本の冒険者特区はすでに永世中立国のような状態に見えるけど、実はトレント王国の支配下に入っているようなものだって」


「優秀な政治家や官僚は気がついているはずだ」


 だがそれを解決するためには、獅童総理を総理大臣の座から引きずり降ろさなければならない。

 残念ながら現状ではそれが不可能なので、田中元総理は彼に協力する日本の政治家と官僚、財界人たちは、日本が最悪の事態に陥らないよう暗躍している。

 だが、どう努力しても日本は大きな利益を失うだろう

 獅童総理と共に、田中元総理たちも『売国奴』だと批判される未来が待っている。

 その原因を作った日本人たちに。


「『民主主義の後退』が以前から言われていた世界だから仕方がないさ」


「だからトレント王国の復活なのね」


「とはいえ、王様だってクシュリナみたいな奴がなれば国が滅ぶ。どんな政体でも、国はそれを構成している人間次第ということさ」


 なので、急ぎトレント王国の体制を整えなければ。





『国の基礎は農業です。人間は食べるものがなければ 飢え死にしてしまいますからね。トレント王国で、ゴーレムを使った大規模農業を始めました。農薬、除草剤、化学肥料、抗生物質、 成長ホルモンをいっさい用いずに栽培していますから、 世界各国の皆さんは安心して輸入してくださいね』


 今日は動画で、アナザーテラにおける農業の様子を流した。

 インフルエンサーが他の産業に手を出すことは珍しくなく、この日のダンジョン探索後チャンネルは大きな反響があった。

 現在地球で発生してる、食料不足の解消に繋がるからだ。

 動画で紹介したからではないと思うが、トレント王国製と切り替わった食料は世界中に輸出され、多くの利益をもたらした。

 当然ながら日本は、その分の利益をすべて失うことになったのだが。

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