第192話 ハグレモンスター愛護者
「管区内にハグレモンスターが出現。対ハグレモンスター部隊は出動せよ!」
「了解」
「今回も、我々の手に負える奴だといいですね」
「本当にな。ドラゴンだったら、冒険者に任せるしかないからな」
多くの冒険者たちがダンジョンに潜り、そのせいでダンジョンが活性化してきたからか、既存のダンジョンの階層が増え、それに比例するかの如くハグレモンスターの出現頻度が高くなってきた。
ではダンジョンの外にハグレモンスターが出現しないよう、冒険者がダンジョンに潜ることを禁止すればいい。
実際に獅童総理が政権初期に実行したが、その結果はただ日本が混乱しただけで終わってしまった。
そもそも現在の人類は、ダンジョンから得られるものがないと、文化的な生活を維持できない。
人間が前近代的な生活で我慢できるのであればいいが、そんなことはあり得ないので、冒険者たちは今日もダンジョンに潜り続ける。
するとハグレモンスターが出現するので、我々、警視庁と各県警に所属する対ハグレモンスター部隊が駆除するわけだ。
だが、それもじきにできなくなるかもしれない。
なぜなら我々は警察官だが、冒険者特性は持っていないからだ。
それでもハグレモンスターを倒せるのは、優れた魔銃や防具を冒険者たちから提供してもらっているから。
さらに、ハグレモンスターが強すぎて手に負えない時には、高レベル冒険者たちの助けも借りている。
彼らのおかげで、これまでハグレモンスターにより日本人が大きな被害を受けたことはないのだけど、この先どうなることやら……。
少なくとも獅童政権が続く以上、いつ対ハグレモンスター部隊は冒険者の力を借りずに独自にハグレモンスターを倒すようにしろと、 命令されるかもしれないのだから。
獅童総理が冒険者を嫌っていることを知らない人はいない。
彼も総理大臣なので私的感情を優先させるわけがない……と言い切れないのが怖かった。
「とにかく、まずはハグレモンスターの駆除が優先だ」
「現場に急ぎましょう」
我々は急ぎ現場へと急行する。
今回も運良く、我々だけで対処できるハグレモンスターで助かった。
無事被害を出さずに駆除できたのだが、問題はそのあとだった。
倒したハグレモンスターをクレーンで専用車両に搭載していると、十数名の人たちが声をかけてきたのだ。
老若男女入り交じった彼らの唯一の特徴は、『ハグレモンスターを殺すな!』、『命は平等』と書かれた襷をかけていることであった。
「(隊長、ついに現れましたね)」
「(ああ……)」
彼らは、ハグレモンスターを駆除することに反対している団体だった。
少し前に、市街地に出没して人を襲った熊を駆除したら抗議が殺到したとニュースでやっていたが、それと似たような感じなのだと思う。
「どうしてハグレモンスターを殺したんですか! ハグレモンスターだって命なんです! 無駄に奪っていいわけがない!」
「生け捕りにして、ダンジョンに戻してあげればいいじゃないですか!」
「モンスターといえど、同じ命じゃないか! お前たちは人でなしだ!」
「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」
彼らのあまりの言い分に、我々は声も出なかった。
想像どおりというか……。
彼らは、ハグレモンスター愛護者とでも言うべきなのだろうか。
そして我々は、彼らの言い分にデジャブを感じてしまった。
「我々は仕事として、ハグレモンスターが市民に害をなす前に駆除しているだけです。撤収だ!」
彼らの言い分なんて聞いていたら仕事にならないので、我々はマニュアル的な返答のみして急ぎ撤退の準備を進めていく。
いつまたハグレモンスターが出現するかわからないからだ。
「なんたる言いぐさ! この世界が、人間だけのものだと思っているのか?」
「ハグレモンスターにも命があるというのに……」
「これだから国家の犬は!」
この手の連中に『国家の犬』呼ばわりされるのは慣れているが、今度はハグレモンスターを殺すな、か。
無茶なことを言ってくれる。
一秒でも早く倒さなければ、熊なんて可愛く思えるほどの破壊と殺戮を行うハグレモンスターを、冒険者特性がない我々が生け捕りなんてできるわけがないというのに……。
「あの連中、自分でハグレモンスターを生け捕りにしてから言ってくれよ。あいつら、必ずハグレモンスターが倒されてから文句を言いにくるそうですよ」
帰路の車両の中で、若い隊員が先ほどのハグレモンスター愛護団体ついて愚痴っていた。
「小暮、腹は立つが無視するしかないんだ。それと、『じゃあお前がやれ!』なんて決して言うなよ」
「隊長、それはどうしてですか?」
「世間の大半の人たちが、ハグレモンスターを倒せないからだ。装備があればどうにかハグレモンスターを倒せる我々のような人間が、倒せない人たちに『じゃあお前が倒せ!』なんて言ったら、傲慢なんてもんじゃないぞ」
「それは確かにそうですね」
「確かにあの連中はムカつくが、我々はその他大勢の、普通に暮らしている市民のためにハグレモンスターを駆除している。ただモンスターを倒すのであれば冒険者になればいいのに、我々はどうして警察官のままでこんなに危険な任務をこなしているのか。そこを忘れてはいけないな」
我々が警察官になったのは、社会と人々の安全を守るためだ。
ハグレモンスターが人々に害をなすと言うのなら、なにを言われようと我々はそれを駆除するのみ。
「二度と言いません」
「わかってくれたらそれでいいんだ。なにより、あんな連中にまともに関わらない方がいいぞ」
「確かに……」
そもそもあの手の連中は、本心からハグレモンスターが可哀想と思っているわけじゃない。
ハグレモンスターを殺す我々を批判し、自分がいかに善良な人間であるかと思いながら、幼稚な正義感に酔っているだけなのだから。
職業上、ああいう連中は見慣れているが、今回もテンプレの域は出ていない。
彼らの希望を実現するためには、ハグレモンスターが駆除される前に止める必要があるのだが、そんなことをしたら死んでしまう可能性が高い。
だから彼らは、我々がハグレモンスターを倒して安全になったところに姿を見せ、抗議を始める。
ようするに、命を賭してまで我々がハグレモンスターを駆除することを阻止するつもりはないのだ。
「ハグレモンスターの命すら守ろうとする、優しい自分に酔っているんですね」
「そんなところだが、俺はそれでいいと思うけどな」
「そうなんですか?」
「考えてみろ。もし本当にハグレモンスターが可哀想だと思ってその生け捕りを目論んだり、ハグレモンスターがダンジョンから出てこないよう、ダンジョン内に餌を撒きに行くような奴らが一番危ないじゃないか」
ハグレモンスターは、餌が不足しているからダンジョンから出てくるんだ!
そう思い込んで大量の食料と共にダンジョンに入り行方不明になった人は世界中にいて、ニュースにもなっいた。
「もしそんな人が現れたら、我々が止めに行ったり、救助する必要があるでしょうからね。無駄な仕事を増やしてほしくないな」
「それで運悪く死んでしまえば、『警察はなにをしていたんだ! お前らの責任だ!』 って、批判されるのがオチなんだから」
「襷や横断幕を持って批判するくらいならまだマシですか。ですが、彼らもハグレモンスターを殺すなって騒ぐ割には、今の我々の生活が、ダンジョンで多数殺されているモンスターの素材や、体内に入っていた魔石で成り立っていることを知らないのでしょうか? その辺の事情は、古谷良二の動画でちゃんと説明されているのに……」
古谷良二は、冒険者大学の生徒にして教授にも任命されていた。
彼の専門は冒険者及びダンジョンであり、動画でも視聴者の質問に答えたり、一人で学術的な解説をしたりもしている。
モンスターの生態にも詳しく、我々も研修で彼の動画を見ることが多かった。
「そういう、自分たちにとって都合の悪いことは、見ないし、聞かないし、信じないんだろう」
もし本当にモンスターが可哀想だと思い、冒険者に殺されないようにするためには、まず自分たちの生活レベルを下げるという主張をしなければならないが、それを言うと世論の支持を得られなくなってしまうので、ハグレモンスターを駆除した警察に抗議しているシーンでアピールをする。
狡いというか、ただのパフォーマンスでしかないのだろう。
「もうすぐ署に到着か」
「今日も無事でよかったですね」
署に戻り、駆除したハグレモンスターを買取所に引き渡す。
ハグレモンスターの素材や魔石の売却代金は、魔導技術由来ゆえコストのかかる装備品や消耗品の維持、購入費にあてられていた。
その後、研修名目で古谷良二の動画を見ることに。
ちょうど昨晩更新された内容が、『ハグレモンスターを殺すな!』と抗議する人たちに対する苦言だった。
この動画は珍しくテレビ局でも放送されたようで、有名なアナウンサーがインタビューをする形式になっていた。
『このところ、ハグレモンスターを殺すのは可哀想だと抗議する人たちがいますが、古谷さんはどうお考えですか?』
『可哀想ですか。命を奪うので可哀想なのは確かですが、放置すると多くの人たちが殺されてもっと可哀想になるので、ハグレ モンスターの駆除はやらなければいけないことだと俺は思います』
『生け捕りにして、ダンジョンに戻せばいいという意見もありますが』
『熊を麻酔銃で眠らせて山に戻すのだってひと苦労です。ましてや、麻酔銃なんて効果がないハグレモンスターを生け捕りにするなんて不可能ですよ』
『古谷さんなら可能では?』
『今の俺のレベルでも、無傷で生け捕りにできるモンスターの種類は少ないです。モンスターを生け捕りにするのは、倒す数十倍の強さと労力が必要なのですから。もし高レベル冒険者にそれを強いた場合、ハグレモンスター対策に翻弄され、ダンジョンから得られるモンスターの素材、魔石、資源は大幅に減るでしょう。最悪、そのせいで死んでしまう人が出るかもしれません。モンスターと人間がわかりあえるわけがないんです』
『古谷さんは、ホワイトミュフを飼っていますが』
『ホワイトミュフは召喚獣で、こことは別の世界に棲む生き物ですからね。しかも、召喚者と相性のいい個体が召喚されるので、モンスターとは別物ですよ。そもそも、モンスター自体が野生動物とはまったく別の生き物ですから』
『 モンスターは野生生物とは別物なのですか?』
『ええ。モンスターは、ダンジョンの免疫機能みたいなものなので』
『免疫機能ですか? それだと、まるでダンジョンが生きているかのような……』
『ダンジョンは生きていますよ。だから冒険者が入って攻略すると階層が増えていきますし、誰も入らなければ消滅して、他のダンジョンに結合したりする。ダンジョンはその世界にある資源とエネルギーと糧としてモンスターや宝箱を産み出します。ですが、それだけでは成長することができないんです。冒険者がダンジョンに入り、内部から 刺激を与えることで成長することができます。 冒険者が入らないダンジョンは、刺激がないので成長することができません。だからその場から消滅して、他のダンジョンに結合したり、新しい場所に出現するわけです』
『では、 どうしてハグレモンスターはダンジョンの外に出現するのでしょうか?』
『ハグレモンスターが出現する理由は二つあります。一つめ、ハグレモンスターはダンジョンがたまに産み出すバグ、人間でいうとガン細胞のようなものなのです。だからダンジョンはハグレモンスターを外部に排除します。二つめ、このハグレモンスターを利用して人間をダンジョンに誘うのです。ハグレモンスターによって人間が被害を受けたら、どうにかしようとダンジョンに入り込む人たちが出るでしょうし、ハグレモンスターの素材、魔石は人間に利益をもたらしますから。ハグレモンスターは人間をダンジョンに誘う餌なのです』
『人間がダンジョンに入らなければ、ハグレモンスターが出現しなくなる、 あるいは出現頻度が減るものなのでしょうか?』
『一時的には減るでしょうね。人間がダンジョンから資源とエネルギーを得る以上、ダンジョンは常に活性化して拡張を続けます。するとハグレモンスターの出現率は上昇します。もしこれを止めた場合、短期的にはハグレモンスターの出現頻度は下がりますが、ダンジョンは徐々に消滅し、他のダンジョンと結合することで生き残りを図る。ダンジョンは生き物ですから。そして、ダンジョンが最後の一つになった時……』
『一つになるとどうなるのですか?』
『とてつもなく巨大なダンジョンとなり、そこから大量のハグレモンスターが地上に出現するようになるでしょう。もしそうなったら、現在の対ハグレモンスター部隊では歯が立たなくなります。 里山の害獣対策と一緒です。ダンジョンは常に人間が管理する必要があるのです。ハグレモンスターはその都度駆除しなければならない。ハグレモンスターを殺すな。そんな夢みたいなことを言っている人たちは、現実を知らない愚かな人たちです。まずは自分でなんとかしてみろ……とも言えませんね。確実に死ぬので、絶対にハグレモンスターに近づかないでください。某〇ブリ映画じゃないので、人間がハグレモンスターを手づけられるわけがありません。テイマースキルがある人は例外ですけど、数が少ないので』
『本日はありがとうございました』
動画のインタビューはここで終わったが、もの凄い視聴回数だな。
「ダンジョンが生き物で、モンスターはその体内にいる抗体みたいなのか。勉強になるなぁ」
「そうですね。さすがは古谷良二、ハグレモンスター愛護者たちに正面から喧嘩売ってますね」
古谷良二はダンジョンの専門家。
世界の人々の大半はそう思っており、彼のインタビュー形式の動画はテレビでも放映されて多くの人が見ていた。
反響も大きく、大半の人たちはこれまで謎が多かったダンジョンの秘密の一端が明らかになり、古谷良二に好印象を抱いてるようだ。
『ハグレモンスターを殺すな!』とシュプレヒコールを上げている人たちは、相変わらず彼を批判しているようだが。
「人間がダンジョンに潜り続ける限り、ハグレモンスターは出現し続ける。世の中、ハグレモンスターを殺すのは可哀想と言っている連中の夢物語どおりとはいきませんか……」
そもそも、あの連中が抗議にやって来るのに使った公共交通機関を動かす電気の発電と車の魔液は、ダンジョンから手に入れる魔石を使わなければいけないのだから。
まさか、冒険者たちに『ダンジョンに潜るな!』とは言えまい。
「ああでも、あの連中が所属している団体について調べたんですけど、なんか獅童総理を応援しているみたいですよ」
右左問わず、政治家におかしな団体がくっつくのはよくある話だし、こういう連中のせいで我々公務員は苦労させられることが多かった。
とんでも陳情でも、後ろに政治家がいると配慮しないといけないからだ。
「とはいえ、あんな連中は極少数のはずだ。獅童総理が彼らに配慮するとは思えん」
「でも、獅童総理を既存の政治家と同じ風に見るのは危険かもしれません」
「彼が、そこまでバカだと思いたくないけどな」
我々がそんな話をしてしまったからなのか、後日、獅童総理はとんでもないことを始めてしまった。
「上からの通達だ。ハグレモンスターを街中で殺すと市民からのクレームが多いので、必ず生け捕りにしてダンジョンに返すようにとのことだ」
「ハグレモンスターを生け捕りですか?」
「たとえモンスターでも、生き物であることに変わりはないからな……と、上は言っている」
「無理ですよ! 殉職者が出てしまいます!」
部長は、昨日の古谷良二の動画をちゃんと見たのか?
なにより、やっと対ハグレモンスター部隊の練度が上がってスムーズにハグレモンスターが駆除できるようになったのに、生け捕りなんてやらせたら確実に殉職者が続出し、部隊が使い物にならなくなってしまう。
「モンスターを生け捕りにするには、同じモンスターを倒す時の数十倍のレベルや強さが必要だって、古谷良二が言っていたじゃないですか! 我々はレベルが上がらないんですよ!」
部下たちを死地に追いやるわけにいかない。
私はクビを覚悟して部長に反論した。
「すまない、実はこれは、警視総監を介した獅童総理からの命令なんだ……」
「獅童総理の?」
「ああ、報告にあったハグレモンスターの駆除に反対している団体だが、獅童総理と日本再生党の支持団体らしい。そこから獅童総理にクレームが入ったらしいな。ハグレモンスターを殺すなんて残酷だと」
「獅童総理は、もう少しまともだと思っていましたが……」
「彼は冒険者とダンジョンが嫌いだし、将来、世界の主なエネルギー源を常温核融合にしたい。冒険者の足を引っ張るチャンスと考えたのだろう」
「なんて迷惑な……」
「ハグレモンスターを生け捕りにする手間を考えれば、十分に冒険者の足を引っ張れるからな」
「もしや獅童総理は、ハグレモンスターの生け捕りを冒険者に任せるつもりなのですか?」
「自然とそうなるだろうな」
もし、我々対ハグレモンスター部隊がモンスターの生け捕りを試みたら、間違いなく殉職者が続出する。
そうなった時点で、獅童総理はハグレモンスターの生け捕りを冒険者に任せるつもりなのか。
ハグレモンスターの駆除なら、冒険者たちに任せると効率よく倒してしまうだろう。
だが生け捕りなら、冒険者たちに負担を強いることができるわけか。
「そんなくだらない理由で、部下を死地に追いやれません!」
「冒険者が産出する魔石の量が減れば、その分常温核融合炉の建設を前倒しできる。国民に説明しやすいし、なによりあんな連中でも熱心な支持者だ。獅童総理も政治家だったということだ」
いくら獅童総理が支持率なんて気にしないといっても、このところの支持率低下に危機感を覚えたのか。
支持者を大切にしつつ、冒険者に負担を強いる策なのだろう。
「(獅童総理は、全世界のエネルギー源を常温核融合炉から発電した電気にしたいんだろうな)」
そうすることで、獅童総理は世界中の人たちから称賛されると思っているのだろう。
そしてその結果、彼の支持率も上がっていくと。
「さすがに今の装備でハグレモンスターの生け捕りを命令したら、対ハグレモンスター部隊は壊滅する。強力な装備が必要だと説明したので、今のところは大丈夫だが……」
「それはつまり、新しい装備が導入されたら、我々は死出の旅に出なければならないと?」
「しばらくは大丈夫だ。そもそも、ハグレモンスターを生け捕りにするための装備など、そんなに簡単に開発できないからな」
「古谷良二に頼めば作ってくれるのでは?」
「それは無理だな」
「獅童総理が、生粋の古谷良二嫌いだからですか?」
「それもあるが、一番の理由は最初から獅童総理が古谷良二に仕事を頼むわけなないし、古谷良二も獅童総理の依頼など絶対に受けないからだ」
「まあそうでしょうね」
「安泰なのは今だけか……」
「彼は急ぎ、日本のエネルギー供給源を常温核融合炉を使った発電にしたいのだろうな」
獅童総理が、自分が商業化した常温核融合発電所の建設に熱心なのはいいが、原子力発電所と同じく建設予定地で反対運動が起こっている常温核融合発電機なんてそんなに簡単に作れない。
日本で必要なエネルギーをすべて補える常温核融合発電機を建設し終わるには、最低でもあと五十年はかかると言われているのだから。
まあ、これも古谷良二の動画で説明していたことの受け売りだけど。
「古谷良二は常温核融合発電に肯定的なのが、また救えませんね」
「獅童総理は、そんな古谷良二が上から目線で気に入らないみたいだな」
「子供ですね」
突然ハグレモンスターを生け捕らずに済んだが、支持者への気遣いなのか。
その後も我々がハグレモンスターを駆除したあと、必ずハグレモンスター愛護団体が姿を見せるようになった。
「いつ、ハグレモンスターを生け捕りできるようになるんですか?」
「それは、新装備を開発している大学、研究所、企業に言ってくれ。まだ完成していない以上、今の装備では生け捕りは不可能なのだから」
「やる気が足りないのでは?」
「……お前ら!」
「石井、やめろ。不可能なものは不可能ですから」
「とにかく、一日も早くハグレモンスターを生け捕りできるようにするんだ!」
「お前たちは生き物の命を無駄に奪っている、クソみたいな存在なのだということを忘れるなよ!」
「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」
彼らは相変わらず口ばかりで、しかもこんな平日の昼間から我々はハグレモンスターを倒した直後に必ず姿を見せる。
発言が上から目線すぎるので一般市民からも嫌われているようだが、獅童総理の支持者なので偉そうにしていた。
「ハグレモンスターを生け捕りにする装備の開発はどうなっているです?」
「やってはいるが、進んでなさそうだな」
実はそれらすべて、獅童総理の息のかかったところばかりに税金から開発費用が投入されているので、ネットでは公金チューチューと揶揄されていた。
さらに言うと、彼らは常温核融合技術の商業化に成功した獅童総理と懇意にしているが、特に研究者として優れているわけではないそうだ。
研究者として優れていたら、同じ研究者として天才である獅童総理に擦り寄るわけがないので、まあそういうことなのだろう。
ハグレモンスター愛護団体の連中は生け捕り用の装備が完成していない現状にイラついているが、彼らは同じ獅童総理を支持する仲間なので文句も言えない。
だから、ハグレモンスターを駆除している我々に文句を言うという、人間は暇だとろくなことにならないという、最たる例であった。
「もうこれ以上、ハグレモンスターが殺されるのを見ていられない!」
「生け捕り用装備の完成をお待ちください。では撤収!」
こんな連中の相手をしているとストレスが溜って仕方がない。
それよりも今日は、とある人の紹介で生け捕り用の装備を見せてもらえることになっている。
誰が開発したのかは……言わぬが花かな。
「……すげえ!」
「まさかここまで完璧に完成させるとは……」
獅童総理が懇意にしていて税金を注ぎ込んでいる研究所や企業ではなく、古谷良二が開発したハグレモンスターを生け捕る装置の実演を見せてもらっているが、彼はダンジョンで生け捕りにしてきたモンスターを警察署裏の広場に放ち、それを動く檻といった感じの巨大な装置に再び捕えさせていた。
「こんな感じで、五十階層までのハグレモンスターに対応できます」
古谷良二とイワキ工業の創業者は優れた魔導工学の研究者だと聞いているが、まさかここまでとは。
「というか、獅童総理と懇意にしていて、今多額の税金を使ってハグレモンスターの生け捕り装置を開発している人たちって科学者よね? この手の装置は魔導工学ベースの方が難易度が低いと思うけど、化学ベースで開発できるのかしら?」
「リンダ、 理論上は開発可能なんだ。ようは、ハグレモンスターの動きを封じることができればいいのだから」
「理論上はねぇ……。でもよほど頑丈に作らないとハグレモンスターに壊されてしまうし、頑丈に作ったら重たくなって、素早く動くハグレモンスターを捕えられないわよ」
古谷良二の助手として来ている、ダンジョンの女神の一人であるブルーストーン大統領の孫娘が懸念しているとおり、獅童総理が進めているハグレモンスターの生け捕り装置は一向に完成していないけど。
「古谷さん、こんなに高性能なものをありがとうございます。これで隊員に殉職者を出さずに済みそうです」
「でも、ぬか喜びになってしまう可能性があるんですよねぇ……」
「どうしてですか? この生け捕り装置は完全じゃないですか」
「この装置は確かに高性能なんですけど、 頑丈にするためにオリハルコンをふんだんに使ったりと、とても価格が高いのがネックでして……」
「一台いくらなんですか?」
「五百億円くらいですね。これでもかなり薄利なので、これ以上値段は下げられません」
「むむむ……」
最新鋭の戦闘機数機分か……。
「さらに言うと、これで捕えたハグレモンスターをダンジョンに戻すのも手間ですよ。この装置で捕えたままダンジョンに搬入しようにも、入り口につっかえてしまいます。稀に出現する強力な個体の場合、そもそもハグレモンスター自体がダンジョンの入り口につっかえてしまうんです。まあそれほど強力な個体の場合、この装置でも生け捕りにすることは不可能なんですけど」
「アイテムボックスか魔法の袋を使えば大丈夫なのでは?」
「アイテムボックスも魔法の袋も、生き物を入れることはできませんからね。その辺のところを、ハグレモンスター愛護団体と獅童総理はどう考えているのかな?」
「……多分なにも考えてないと思いますよ」
「それと、俺が大嫌いな獅童総理が、この装置を導入するかな? 俺は頼まれたから見本を持ってきただけなので」
「そして一番の問題が、ハグレモンスターをダンジョンに戻しても無意味ってことよね」
「それは本当ですか?」
私は、ブルーストーン大統領の孫娘に詳しい説明を求めた。
「ダンジョンが異物として排除したハグレモンスターをダンジョンに戻しても、すぐにまた排出されてしまうから。そうよね? リョウジ」
「だね」
「ええっーーー!」
それじゃあ、獅童総理とハグレモンスター愛護団体が多額の税金を投じてやっていることは無意味……どころか、お金を無駄にしているだけなのか。
「それを獅童総理に説明は?」
「どうして俺がそんなことしなきゃいけないんですか? 第一、 彼は俺のことが大嫌いなのだから聞く耳なんて持ちませんよ」
「確かにそうです……」
古谷良二が作ったハグレモンスター生け捕り装置は優れた性能を発揮したが、とても高価で、さらにハグレモンスターを生け捕りにしてダンジョンに戻しても意味がないことが判明してしまった。
しかし、そのことを獅童総理に指摘してもろくなことにならないことは、公務員にして警察官である私も十分理解している。
むしろ、 公務員でもなく若いのにそれに気がついている古谷良二の方が凄いのだ。
「(彼は老成しているな……。世界のVIPと交流があるからなのかな?)素晴らしい装置ですが、 これが対ハグレモンスター部隊に導入されるかどうか、 我々には決められませんからね」
それならそれで、獅童総理と懇意にしている企業や研究所が使える生け捕り装置を開発するまで、 これまで通りだから問題ないと考えればいいのか。
「古谷さんには悪いですけど、普通に考えたら五百億円の装置なんて導入しませんよね」
「俺もそう思いますよ」
古谷良二も頼まれたから試作しただけで、このハグレモンスターの生け捕り装置を本気で売るつもりはないらしい。
五百億円のものを試作して売る気がないというのはさすがだと思うが……。
そしてこんな話をしてしまったからなのか。
翌日、とんでもないことが決まってしまった。
『ハグレモンスターといえど生き物です。無駄に殺すのはよくないので、これを生け捕りにする装置を対ハグレモンスター部隊に導入することにしました』
なんと獅童総理は、古谷良二が試作した生け捕り装置を全国の対ハグレモンスター部隊すべてに導入することを決定し、記者会見でさも自分の手柄のように語っていた。
ついに支持率稼ぎに走り出したのか?
「しかし、よく古谷良二が作ったものを導入するな。嫌いなんじゃないのか?」
「隊長、どうやらこういうことらしいですよ」
部下がテレビに視線を向けると、獅童総理がとんでもないことを話し始める。
『この生け捕り装置は、優秀な学者によって開発された優れものでして、ハグレモンスターを簡単に無傷で捕えることができるんです』
「ええっ!」
テレビに映る生け捕り装置は、間違いなく昨日直接目にしたものだ。
古谷良二が作ったはずのものが、獅童総理と懇意にしている学者や企業の研究所が作ったことになっている。
つまりこれは……。
「(獅童総理と懇意で、多額の税金を投じてもらっている学者や研究所では試作が上手くいっていなかったはず。だから古谷良二が作ったという事実を隠し、自分の知り合いたちが開発したことにしてしまったのか……)」
自分の政権を維持するために、 ついに嘘までつき始めるなんて……。
『この装置は一台六百億円しますが、これも無駄にハグレモンスターの命を殺さないためです。 日本は先進国なのですから、 動物愛護のためにこのくらいの負担をするのは当たり前なんです』
生け捕り装置が高いので国民から不満が出ることは予想済みであり、だから獅童総理はこんな物言いをするのか。
多分不満を言うと、『ハグレモンスター愛護精神のない奴だ!』と批判されるのだろう。
空気を読む日本人は、これでこの装置の導入を批判しなくなるはずだ。
そして、生け捕り装置開発の手柄を奪われた古谷良二もただでは転ばなかった。
「昨日は五百億円と言っていたのに、翌日には六百億円か……」
古谷良二からしたら、儲かるから手柄を譲ってやるという形にしたのだろうけど。
『というわけでして、この装置を導入するため、新たに環境保護税を導入することを決定しました!』
「そんなことだろうと思った」
結局獅童総理も、 既存の政治家と同じような道を辿ることになってしまったな。
そして一台六百億円の生け捕り装置だが、最終的には全国に二百台以上導入された。
ところがこの装置が導入されてから、この装置で生け捕りにしたハグレモンスターがダンジョンの入り口を通れないことが発覚。
結局殺すことになってしまい、 高額だった装置の購入費用もあって、獅童総理は増税をした分と合わせてさらに支持率を落としてしまうのであった。
唯一の勝ち組は、装置が高額で売れた古谷良二かもしれない。
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