第188話 混乱する日本
『日経平均株価は、本日もストップ安が続いています。獅童総理によるダンジョン封鎖の影響で、多くのダンジョン関連銘柄が売りに出され、代わりに常温核融合事業、旧来の太陽光、風力、地熱発電に関連する銘柄は大幅に値上がりしている状態ですが、ストップ安を抑えられるまでに至っていません。急激に円安も進んでおり、1ドル38円55銭から60銭の間で取引きされています。資源の供給不足で、これも大幅に値上がりしており……』
『円安は近隣窮乏政策だ! これで、日本の製造業は復活する!』
「……」
獅童総理は天才科学者で、実用的な常温核融合発電の商業化に成功した。
彼が天才なのは確かだが、日本の経済は加速度的に悪化している。
人間の仕事を奪うからとゴーレムの使用を禁止したが、思ったよりも失業率が改善していない。
なぜなら、もしこの世界からダンジョンが消えた時に備えて、多くの企業や研究所、大学でロボットの開発を進めていたからだ。
ロボットはゴーレムよりも高コストだが、人を雇うよりは長い目で見たらコストはかからない。
冒険者特区外で活動していた大量のゴーレムたちは、すべて製造元のイワキ工業、古谷企画などに回収されたが、その穴を埋めるかのように大量のロボットが日本国内に導入され、AIの普及もさらに進んだ。
核融合発電のおかげで、その動力源である電気代が安くなったというのもある。
せっかく職を得た人たちも大半がアルバイトで、彼らはロボットとAIが完全に普及したらクビになるだろう。
なぜなら、彼らがやっている仕事はロボットにもできるからだ。
しかも、AI、ロボットを開発、製造していた企業の大株主の中にイワキ工業と古谷企画がいた。
大儲けをしていた両社は日本政府の要請を受け、そういう会社に多額の投資をして、その代わりに株を受け取っていたのだ。
ロボット特需のおかげで、両社は株の配当金で儲けていた。
それに加えて、彼らが回収したゴーレムは冒険者特区内で使われるので、両社に損失はない。
獅童総理を熱烈に支持する、イワキ工業と古谷企画及びダンジョン関連技術で稼いでいた冒険者資本潰しを狙った企業は計算が外れた形となった。
せっかくダンジョン関連技術の使用を、冒険者特区以外の日本国内で禁止したのに、科学技術にすら冒険者たちが多額の出資してその果実を受け取っており、冒険者資本健在ぶりをアピールした。
「こうなったら、ロボットとAIの使用も禁止しよう」
「無茶を言わないでください、獅童総理。ダンジョン技術由来のゴーレムや魔石エネルギーは明日消えるかもしれず、それに頼るのはよくない、というのはまだわかりますけど、ロボットとAIの禁止は悪手なんてものじゃありません。常温核融合を実用化したあなたが、科学技術を否定するのですか?」
「そんなものがあるから、多くの日本人は働けないんだ!」
「この結末はたとえダンジョンが出現しなくて実現した未来です。それを否定するのはどうかと思います。それよりも、どうしますか?」
「どうとは?」
「自衛隊や警察の人員不足です。ようやくゴーレムで解決したのに、また人手不足に陥りました。両組織が使う装備の多くが、魔液、魔石で動くものです。いくら常温核融合発電があっても高性能なバッテリーがないので、ハグレモンスター対策や、通常の哨戒任務や訓練ですら、あと一週間でできなくなるでしょう」
「自衛隊の装備にバッテリーを取り付け、電力で動くようにするんだ!」
「そんな急に、自衛隊のすべての装備を電力駆動にできませんよ。なにより、稼働時間が極端に短いか、電力不足で動きません。電力で戦闘機や艦船を動かすのは、現時点では実験段階です。ましてや、自衛隊の装備はダンジョン由来の技術を用いたものが大半なんです。これを禁止するのですか?」
「なんとかするんだ!」
「時間はかかります。その間、日本は防衛ができなくなりますが、万が一なにかあった時の責任は獅童総理に取っていただきますが、それでもよろしいのですか?」
「……警察と自衛隊の装備は例外だ!」
「それで、自衛隊が使う魔石、魔液などはどうしますか? ダンジョンは封鎖されたままですが……」
「輸入しろ!」
獅童総理は常温核融合発電を商業化した天才だから、世襲議員や、人気投票政治家よりもマシ。
そんな風に考えていた頃もあったが、残念ながら獅童総理はそんな政治家よりも性質が悪かった。
どうやら常温核融合に関する知識以外は、一般人にも劣るようだ。
彼がこのまま常温核融合技術の研究を進めていたらみんなが幸せだったろうに、なにかのスイッチが入って政治家となり、大勢の無職が獅童総理を応援して政権を取ってしまった。
いくら生活できても仕事がないのは嫌だったのだろう。
人間お金だけじゃないという、非常にわかりやすい証拠だ。
おかげで日本は大混乱だが、獅童総理とその支持者たちは、改革に伴う痛みだと思っている。
そもそも、今の日本でダンジョンからの産出するものや、ダンジョン関連の技術がないと社会を維持できないというのに……。
ダンジョン大国である日本がダンジョンを封鎖した影響は大きく、世界中が混乱していた。
他国は、資源、魔石、ドロップアイテムが輸入できなくなったからだ。
当然各国は抗議しているが、獅童総理はよくも悪くもブレない人だ。
『常温核融合炉を売るので、それを使ってエネルギーを確保してください。日本の常温核融合技術は世界一です!』と言い放った。
これに世界は激怒。
『お前が開発した常温核融合炉を売るために、世界を混乱に陥れたのか!』、『公私混同も甚だしい!』と、日本の評判は急速に落ちている。
だがそれもじきに回復すると、獅童総理は気にもしていないが。
ただ、私や他の官僚たちが現実を指摘すると激怒することもある。
それで左遷された者たちも多いが、獅童総理の近くにいると自分までおかしくなりそうなので、これでいいような気が……彼に阿る官僚は無能だし、与党日本再生党は議席目当ての烏合の衆なので、まだまだ日本は混乱するだろう。
「(私は勘違いしていた)」
人間の大半が労働から解放された世界は、多くの人たちの支持を受けると思っていたのに、たとえ劣悪な労働環境でも働く方がいいと思っている人がこんなにも多かったなんて……。
「(日本人の場合、無職は恥ずかしいという風潮があるにしてもだ)」
海外の多くの国でも働かない人が増えつつあるが、ベーシックインカムを導入したら不満は少ないというのに……。
ただ、いくつかの先進国でも日本再生党のような政策を掲げた政治家が政権を取ったところもあり、単純に日本人だけが無職は恥ずかしいと思っていないのかもしれない。
「(人間はなんのために生きるのか? 随分と哲学的な課題だな)」
突然不景気に陥ったので獅童総理の支持率は急降下しているが、そんな彼を支持する有権者は一定数いる。
それに加えて、彼は既存の政治家とは一線を画している。
いくら野党から『辞職しろ!』と追及を受けても、辞める気が皆無なのだ。
支持率低下も、批判の声も気にせず、自分の理想を実現するこもにしか興味がない。
彼は自分の政策が実現したら、政治家を辞めて常温核融合の研究に戻るとまで言っており、既存政治家の常識が通用しない。
与党だった田中元総理たちも、野党の政治家たちも、獅童総理の異質さに戸惑っているようだ。
これまでの政治家の常識がいっさい通用しないのだから。
「失礼します」
獅童総理と話すと疲れる。
ただよくも悪くも、世の中を変えられる政治家というのは、ああいう存在なのだろう。
それだけは理解できたつもりだ。
「もうお昼か……」
首相官邸を出て、昼食のためにとある料理屋へと入る。
すると、突然声を掛けられた。
「よう、工藤君じゃないか。偶然だね」
「……本当ですね」
どうやら私は待ち伏せされていたようだ。
元総理大臣が路地裏の個人経営の食堂を利用するわけがなく、私に会うことが目的なのだろう。
「(さて、どんなお話が出てくるのか……)日替わり定食を」
どうやら今日の昼食の味はよくわからなそうなので、一番安い日替わり定食にしておいた。
お昼時とあって混んでいる食堂にはゴーレムがいなくなったので、なかなか料理が出てこなくなった。
厨房では年を取った旦那さんが、配膳や会計などは奥さんが忙しそうにやっている。
突然ゴーレムを禁止され、かといって急に人を雇えず、この夫婦も獅童総理の犠牲者だろう。
もっとも、彼がそんなことを気にするとも思えないが。
「工藤君、抜け道の用意を頼むよ」
「はい……」
そうだな。
もし獅童総理の理想を実現したら、この国は滅びる。
確かに常温核融合炉があれば、エネルギーは無尽蔵に得られる。
だがダンジョンがなければ資源を得られない。
宇宙開発?
それは田中政権の時から進めていたが、最有力の月ですらダンジョンができて、資源はダンジョンから得るしかなくなったのだ。
他の惑星にたどり着き、資源を探査、発掘、地球まで運ぶまでに何年かかることか。
「さすがに、警察と自衛隊の装備はそのままにしたのか」
「ええ、ハグレモンスター対策と防衛ができませんから」
今の日本は獅童総理のせいで混乱しているが、ダンジョン大国だ。
もし防衛力がなくなったら、狙う国は多いだろう。
獅童総理のせいで被害を受けている国は多く、『独裁者獅童総理を打倒し、真の民主主義を取り戻す』という名目で、アメリカが攻めてくるかもしれない。
そのくらいこの国は危機に陥っているのだが、大半の日本人は気がついていない。
困りものだが、獅童総理に投票してしまうような人たちだからなぁ。
「ダンジョンの封鎖だが、冒険者特区の住民は無効ということにすれば、少しは混乱も減るだろう」
「獅童総理が認めますかね?」
「認めるさ。どうやら彼は、自分の政策が世界中から貶されても気にしていないような態度を見せつつ、実は気にしているようだ。自分の理想が実現するまでに、悪の外国に潰されてしまうことを懸念しているのだろう。永遠にダンジョンで頼りで生きいくことになる他国を笑いながら、自分たちは理想を求めていく」
「融通か利くのか、利かないのか、よくわからないですね」
「どんな人間にも、自己保身が働くものさ」
日本を一気に不景気に追いやったどころか、世界経済も悪化させた獅童総理を引きずり下ろそうと考える外国は多い。
ダンジョンを冒険者特区の住民たち、その大半が冒険者特性を持つ冒険者だが……に解放し、輸出用の魔石と素材を輸出させる。
その代わり、日本国内ではいっさい流通させない。
冒険者特区内における、ゴーレムやダンジョン由来の技術は継続して使えるようにする。
つまり、実質冒険者特区は日本から独立したに等しい状態になる。
「(田中元総理はこうなることを読んで、冒険者特区を急ぎ作ったのか?)」
「工藤君、私は民主主義を否定するわけではないが、無条件に信じているわけではない。この世界にダンジョンと冒険者が現れ、彼らが新しい世界の支配者となった。これに嫉妬したり、たとえみんなが困窮しようとも、自分の既得権益を守るために冒険者を引きずり下ろそうとする者たちが出ると思っていた。そこにイデオロギーや政治思想は関係ないのさ」
「おっしゃるとおりかと……(さすがは、長期政権を担った政治家だけのことはある)」
最悪の事態は防げそうだが、冒険者特区は実質日本とは別の国という扱いになる。
少なくとも、日本以外の国はそう扱うようになるだろう。
せっかく上手くいってたのに、と思わなくもない
日本はダンジョン大国として、このところ停滞していた経済を再び成長軌道にのせることに成功した。
だが、日本再生党と獅童総理のせいですべて台無しだ。
いくら食うに困らなくなっても、自分が無職なのは格好悪いし、周囲の目もあるから嫌だ。
そう考えた人たちが、日本再生党と獅童総理に投票してしまった。
その結果が、せっかく職を得られても大半がアルバイトなわけだが。
「さらに獅童総理は、ベーシックインカムを廃止して、年金制度も復活させてまった。ベーシックインカムのせいで年金がなくなった年寄りたちは、年金が復活して大喜びだが、相変わらず失業率高いので、失業手当と、やはり復活した生活保護で財政状態が悪化している。獅童総理は新しい仕事を増やすと言っているが、そう簡単にいくわけがない。獅童総理はいくら支持率が落ちようと、四年間は辞めないだろう。その間に日本はボロボロになるが、少しでもそれを抑えるために手を打たなければ」
「手を打つのですか?」
「それをしたところで、日本は大きな宝を失うのだが、おかしな夢を見て獅童総理に投票したツケだと思って諦めてもらおう。この国は民主主義であり、選んだ政治家の失敗は国民も背負うものなのだから」
田中元総理は密かに動くのか。
確かに獅童総理が自分の考えを曲げるわけがなく、彼はこのまま突っ走るだろう。
自分の理想を実現するため、いくら世間から批判されようとも、支持率が落ちようとも、四年間の衆議院議員の任期四年間は総理大臣を続ける。
間違いなく四年で政治家を辞めるが、彼はいくら日本がボロボロになっても、自分は大金持ちなので生活に困ることもない。
酷い話だが、彼を選んだのは日本人だ。
私は少しでも日本の衰退を防ぐべく、獅童総理の傍で頑張るしかないのか。
「量は少ないし、高くて不味い定食だ」
ゴーレムがいた頃は安くて美味しくて、それでいて経営者の老夫婦も稼げていたはずだが、急激な円安、魔石、魔液の高騰、そもそもダンジョン関連技術の使用禁止のせいで食材と調理技術が低下し、値段の割に量が少ない。
今は惰性で利用している客も多いが、このままだと潰れるだろうな。
「(なんとかしなければ……)」
人間というのは不思議な生き物だ。
せっかく世の中が良くなっていたのに、それを否定してしまうなんて。
獅童総理に投票していない人たちからしたら不幸でしかないが、人間は社会性の生き物だ。
今は諦めてくれとしか言えないな。
「……古谷さん、というわけでして、ご協力をお願いします」
「……」
「もはやあなたは、世界で一番知名度のある人間なんです。あなたが関わりたくないと思っても、獅童総理は必ずあなたを潰そうとしますよ。彼が理想とする世界を実現するためには、あたたが一番邪魔なのですから」
「……獅童が目指す世界で、みんなが幸せになるとは思いませんけどね」
「彼は自分の理想が実現すれば、古谷君以外は全員が幸せになると思っているさ」
「思い込みが激しいんですね」
「だからこそ、彼は常温核融合の実用化などという、とんでもないことを成し遂げたとも言える。政治家にはまったく向いていまけど」
俺は飯能総区長に呼ばれ、冒険者特区の実質独立と、その維持への協力を要請された。
獅童総理が行ったダンジョン封鎖は、海外への魔石、資源輸出のため、冒険者特区の住民に限って解除されたが、そのせいで冒険者特区外に住んでいた冒険者、冒険者特性を持つ、持たない関係なく、冒険者特区へと引っ越してしまった。
そうしなければダンジョンに潜れないから仕方がないのだが、彼らの受け入れで無駄な仕事が増えた飯能総区長は獅童総理の言うことを聞いていたら冒険者は破滅すると思ったらしい。
獅童政権への抗議として国税の納付を中止し、冒険者有志による自警団を作って全国の冒険者特区の防衛を独自に始めた。
同時に冒険者資本の企業も、本社どころか、ほぼすべての営業所、農場、工場、店舗などをすべて冒険者特区内に移す。
肝心の土地だが、俺が別次元の土地を大量に用意したので問題なかった。
どのみち獅童総理が、ゴーレムやダンジョン関連技術の使用を法律で禁止したので、日本国内で経営をしても利益があまり出ない。
ロボットとAIでも利益が出る事業以外は、すべて冒険者特区内に移転した。
俺も手を貸したので、引っ越しはスムーズに進んでいる。
近隣の住民は、会社が夜逃げでもしたんじゃないかと思っただろうが、どうせ夢追い人の獅童総理は上手くいかないと、冒険者資本への重税とか言い出しかねない。
ほぼすべての冒険者資本の企業が、冒険者特区に逃げ込んだ。
国税の納税を拒否する冒険者特区内にいれば、税金が安く済むというものある。
この結果に獅童総理は激怒しつつも、冒険者資本がいなくなったあと、自分を支持してくれる企業の活躍を期待した。
「常温核融合炉から発電される無限のエネルギーがあれば、冒険者などいなくても日本は再び輝く!」
獅童総理は強きの態度を崩さないが、やはり彼は科学者で政治家ではない。
常温核融合炉が必要数揃うまでにはかなりの時間がかかるし、新規の発電所は環境アセスメントや地元住民の賛成が必要なので、十年単位で時間がかかる。
彼はそこを失念していたが、発電所の建設や認可の専門家でなければわからなくて当然か。
結局、再び例外処置を発動。
コストの安い魔液発電を将来は廃止の方向で続けつつ、ダンジョン由来の技術が使われていない、自然再生エネルギーに頼ることになった。
効率のいいダンジョン技術を組み合わせた自然再生エネルギーは、獅童総理を支持する企業に都合が悪いので、これは禁止となった。
当然だが電気料金は大幅に値上げとなり、国民からは大きな不満が出ている。
旧来の太陽光パネルを作っているメーカーとその労働組合は、獅童総理を熱烈に支持しているけど。
だが、すでに正社員である人たちを守って労働組合にいい顔をしなければいけないので失業率が改善したといっても、増えたのは非正規雇用ばかりだ。
不景気になった時、正社員を守るためにクビを切りやすい……早速日本は不景気になったので、早速クビを切られる非正規の人が増えていたけど。
そんな状況なのにベーシックインカムは廃止されており、税収不足で失業保険や生活保護をなかなか出さなくなった。
多くの人たちが日雇いや、炊き出しでその日を凌ぎ、急速な日本経済の悪化により、世界は衝撃を受けていた。
なにをどうすれば、日本を不景気に追い込めるのだと。
なにより彼らがショックだったのは、獅童総理が常温核融合技術で世界のトップを走る天才だった件だろう。
天才なのに、こんなバカなことをしているからだ。
だがそんな状況でも、獅童総理は自分の理想に向けて邁進し続けている。
烏合の衆である日本再生党の不祥事が噴出し始め、連日マスコミで報道されているが、彼らは次の選挙で自分たちが議席を保つのは難しいと感じたようだ。
どんな不祥事を起こしても、支持率が最低でも辞めず、四年間の任期をまっとうし、数億円の歳費をポケットに入れるつもりだ。
さらに議席数が多いので、獅童総理の思いつきはすべて通ってしまう。
地獄の民主主義。
これは、ブルーストーン大統領の感想だ。
こんな状況なので、獅童総理がお金のある冒険者特区の併合、冒険者の資産没収を言い出しかねない状況であり、俺の協力が必要というわけか。
「せっかく上手くいってたのに……」
「獅童総理からすれば、今が上手くいっている……いきかけているのさ」
「彼とその取り巻きはそうでしょうねぇ……」
彼は常温核融合技術の商業化に成功した天才科学者であり、その特許を取っていないとはいえ、実は常温核融合炉の製造メーカーや電力会社の大株主で、実は大富豪だったりする。
そんな彼も例外なく、お金がない人たちのことをちゃんと理解していない。
だがら人間は全員働いた方がいい、それこそが正しい姿なのだと思ってしまう。
科学者なのに、『人は汗水流して働くからこそ尊い』という古臭い考えを持っているのだ。
現実には、あきらかにこの人は働かない方がいいという人もいる。
『人間には必ず、その人に適した仕事、適性がある!』と本気で思っていて、人間全員を最適な仕事に就けることが幸せに繋がると思っているのだ。
「仕事は優秀な人だけがやって生産性を向上させ、そうでない人はベーシックインカムを貰って邪魔しないでくれ、でしたからね。結論するとこれまでは」
仕事がないのなら開き直って遊んでいれはいいのに、それができない人たちが獅童総理を応援し、他にもダンジョン技術が使えずに左前の企業も手を貸して政権交代がなされたというわけだ。
「働かないと、自分の生き方がわからないなんて可哀想ですね」
「日本国憲法には、労働の義務が記載されているからね。働かないと肩身が狭いと思っている人が多いのさ」
「政権交代のおかげで、再びみんなが非効率にみんなが汗水流して働くようになって、それで幸せになるならいいけど……」
「そんなわけがない。世の中には働きたくないけど、周囲の目があるから働く人だって多いのだから。さて古谷君、冒険者特区のダンジョンを使えるようになったけど、これもいつ再び封鎖されるか」
獅童総理の気まぐれで、政策がポンポン変わるのが今の日本だ。
確かに、またダンジョンが封鎖されるかもしれない。
「そこで、もう一つの地球。いつでもそちらに冒険者特区から移れるようにしてもらいたい」
「アナザーテラですか」
「最悪、我々冒険者はそちらに逃げ込んで完全独立をはたすしかなくなるかもしれない。その場合、古谷君に冒険者の国のトップになってもらうがね」
「そんなことをして大丈夫ですか?」
「世界に王政国家がいくつあると思っているのかね? それに我々は、今目の前で失敗した民主主義を目の当たりにしている。アナザーテラの権利を君に集中しておかないと、今の日本と同じ失敗をする可能性があるのでだから」
「確かに……」
「獅童総理の暴走具合が予想よりも低ければ、今の状態で問題ないと思うけどね」
俺は飯能総区長の要請で、アナザーテラへの冒険者移住計画の準備を密かに進めることになった。
できれば準備だけで終わってほしいけど。
「害獣? いいかい。動物たちも大切な地球の仲間なんだ。駆除なんて可哀想なことをしてはいけない。無傷で捕まえて山に戻すんだ。駆除予算? 可愛い動物を駆除する予算なんて、可哀想で出せないな」
「あのバカ! 話にならん!」
「これまでは定期的な冒険者による害獣駆除と、ゴーレムによる見回りで農作物への被害は防げていたんだ! それを日本再生党になんて票を入れるから!」
「あのクソ議員、確か動物愛護団体の理事もしていたな」
「ああ、だから害獣を殺すのはまかりならんそうだ。せめてゴーレムの見回りがあればまだ許せたが、ゴーレムの使用は禁止で、すでにイワキ工業に戻してしまった」
「ハンターに支払う害獣駆除費用まで完全に廃止しやがって! 挙句の果てに、失業者を動物見守り隊に任じて畑を監視させるだと! さらに働き方改革で、見張りの夜勤や残業はさせられないだと! ふざけやがって!」
せっかく農地の集約し、ゴーレム、ロボット、AIを導入した生産性の高い農業が軌道にのりつつあったのに、ゴーレムの使用は禁止され、農作物の生産量が増えるにつれて増えてきた害獣の駆除まで禁止されるとは。
うちの地元の日本再生党議員は動物愛護団体の理事で、だから余計に害獣の駆除が許せず、全部無傷で生け捕りにして山に戻せと言いやがる。
てめぇは、熊が怖いからって視察にも来ず、綺麗事ばかり抜かしやがって!
地元猟友会への害獣駆除補助金は廃止され、代わりに畑を人間に見張らせるそうだ。
その人員は仕事がない人たちで、さらに日本再生党を応援している労働組合に忖度して、朝九時から午後五時までしか見張ってくれない。
害獣は夜に活動することも多いのだが、夜の見張りは労働者のワークバランスに配慮するのでできないそうだ。
それならゴーレムの使用を認めればいいのに、それも人間の仕事を奪うから駄目だと抜かす。
獅童総理は我々に無職になれと言うのか?
「魔液で動く農機機械を五年ですべて廃止し、EV車のみ認めるので農業機械をすべて買い直せだと? ふざけるな!」
補助金は出すというが、稼働時間が低いのに、従来のガソリン車を改良した魔液駆動車をすべて廃止とは、正気の沙汰とは思えない。
やはり、獅童総理が常温核融合炉の開発者だからか。
その取り巻きには、EV車や、旧来の太陽光パネル、風力発電の製造メーカー関係者も多いと聞く。
そんな彼らを補助金で手駒にする獅童総理か。
とんでもない悪党だな。
「こりゃあ、廃業する農家が増えそうだな」
「廃業すれば、少なくとも害獣に農作物を食い荒らされる心配はなくなるがな」
せっかく若者の参入を促し、農業の生産性を上げてきたのに、まさか新しい総理大臣に潰されるとは。
同じく、畜産、養殖なども潰されそうだ。
「それで、日本人の食料は誰が作るんだろうな?」
「輸入するらしい。獅童総理の取り巻きには、海外から食料を輸入していた商社関係の連中もいるらしい」
彼らはイワキ工業と古谷企画のせいで売り上げが大幅に落ちているから、政治力で逆転というわけか。
再びかなりの円安になったとはいえ、寒冷化が終わった海外から食料を輸入すれば安くは済む。
その代わり、もし再び寒冷化に襲われたら、食料がない国民は暴動を起こすと思うし、それは革命と呼ばれるかもしれない。
「学者だからか、世間知らずも甚だしいな。しかし我々が農業をやめたところで、増えた熊の出没は防げないぞ」
「すべて生け捕りにして山に戻すらしいが、誰がやるんだろうな? 俺はゴメンだぜ」
それができるのから、最初からそうしていると思うが、世間知らずの獅童総理や地元の議員様には理解できないのだろう。
「しかし、どうしたものか……」
と思い悩んでいたのだが、それから一週間もすると、日本全国で増え過ぎた害獣が忽然と姿を消し、田畑への被害が大幅に減ったのだ。
あきらかに何者かが駆除して適性数に調整しており、ハクビシン、アライグマ、キョン、ヌートリアなどの外来害獣の数もかなり減ったとニュースでやっていた。
「誰が駆除したんだろう?」
「いいことじゃないか。議員様は気に入らないようだけど……」
「誰だ! 可愛い動物たちを大量虐殺するなんて!」
バカ議員が、密かに駆除された動物たちが可哀想、必ず犯人を捕まえると息巻いていたが、結局犯人の証拠を掴むことはできなかった。
「社長とゴーレム軍団が密かに駆除した害獣の肉ですが、激安なので購入する人が多くて黒字になりました」
「それはよかったな」
「獅童総理の政策の影響で急激に円安になったので、事前に大量のドルやユーロを手に入れておいたら、そっちの方が圧倒的に儲かりましたけど」
俺なら銃や罠なんて使わなくても、素早く、大量に害獣を駆除できるので、密かに協力させてもらった。
その肉を加工して通販で格安で販売したら、格安ジビエ肉として人気となり、まさか黒字になるとは……。
だが、駆除したジビエ肉の販売など目じゃないほど、獅童政権誕生の影響を完全に読み切り、為替相場や株式相場、先物、仮想通貨で大儲けしたプロト1はさすがというか……。
1ドル5円前後から、1ドル40円前後だものな。
世界中の多くの資本家、投資の知識がある人、冒険者が事前に円を外貨に交換しておいて大儲けしていた。
ちゃっかりと、獅童総理の取り巻きたちも同じことをして荒稼ぎしたそうだけど。
「最悪の事態に備えて、冒険者特区の独立、さらに日本国内のダンジョンすべてを放棄して、アナザーテラへと逃げ込める用意をする。その資金として使わせてもらうさ」
それにしても、獅童総理には困ったものだ。
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