第187話 獅童総理

「いいよなぁ、高畑には冒険者特性があってさぁ。俺は高校、大学と進学していくけど、就職できるかな?」


「俺もだよ。大学は学費はゼロだし、安い寮もあるからいいけどさ」


「なにもしないよりはマシだし、大学くらい出てないと、就職のチャンスすらなくなるからな」




 僕が小さい頃、漠然と将来は進学して就職して結婚、子供が生まれて……なんて将来を予想していたけど、まさか三分の一の人が最初から働くことを放棄する世の中になるとは思わなかった。

 僕には冒険者特性があるから、冒険者高校に入学してダンジョンに潜るけど、同級生たちの大半は、将来就職できるかわからないけど、なにもしないよりは、せめて進学しないと就職の芽もなくなると言って進学を決めていた。

 残り三分の二が働いているというけど、従来どおりに働いているのはその半分でしかない。

 残り半分は、有償ボランティアだったり、夢を追いかけていて稼ぎがわずかだったり。

 アルバイトのように、少ない時間だけ働いていたりと。

 日本にはベーシックインカム制度があるから働かなくても生きていけるけど、働かないと落ち着かない。

 社会不適合者になった気がする人が一定数いて、彼らは小さな仕事を見つけて、アルバイト代くらいの稼ぎを得るようになった。

 あとは、起業してみたり。

 以前、『日本人は安定志向だから起業しない!』 なんて言われていたけど、今の日本では起業する人が増えた。

 もし失敗しても、その人のキャリアに大したダメージを与えないからだ。

 大半が失敗するけど、中には大成功を納める人もいたりする。

 成功した経営者が経済を発展させ、納税をするようになるので、今の日本で起業に失敗したところで 特に批判もされなくなった。

 だがそうやって成功した新興企業も、なかなか人を雇わなかった。

 なぜなら、ロボット、ゴーレム、AIで十分だし、人を一度正社員として雇うとなかなかクビにできないからだ。

 いまだ日本は正社員のクビを切るのが大変な国で、それは改めてられていない。

 もし正社員のクビを切りやすくなったら、ますます失業率が上がってしまう!

 そんな労働組合の意見に政治家たちが配慮した結果だが、会社は正社員を雇わなくなったので意味はなかった。

 優れた人ほど正社員にならず、個人で仕事を請け負って多額の報酬を貰うようになったからだ。

 有名なイワキ工業、古谷企画には正社員が一人もいない、という話は有名だ。

 新卒採用なんてしないし、求人も必要に応じて募集するのみ。

 報酬は高いけど、能力がないと判断されたらすぐに契約を打ち切られてしまう。

 それでも、両社と仕事をしたいと願っている人は多いと聞く。

 他の企業も両社の真似を始めた結果、日本からサラリーマンが急激に減りつつあった。

 現在の日本で正社員が一番多いのは公務員だけど、こちらも競争率が激しい。

 公務員になれは勝ち組というわけだ。

 その代わり公務員への世間の目は厳しく、なにか不祥事を起こせばすぐクビにされてしまうが。

 この就職難の時代に、素行の悪い公務員なんていらないからだ。

 公務員の数はそれほど変わっていないが、以前から指摘されていた、必要なのかよくわからない関連団体などが次々と消えていった。

 日本はやっと千二百兆円以上もあった国債を償還し終わったのに、また借金を増やすわけにいかないからだ。

 多くの役所で省力化が進み、辞めたくない人は、教員、介護、児童相談所、自衛隊、警察などなど。

 人手が足りないところに転職となった。

 そこに転職できない、したくない人は、残念ながらクビになってしまったとか。

 当然彼らは自治労と組んで最後まで抵抗したけど、これまでの仕事をしてないっぷりがマスコミに暴露され、結局クビにされてしまった。

 存在意義が不明だった関連団体が消え、人手不足のところがなくなる。

 こんな理由で行政のスリム化と生産性が進むなんて、かなり皮肉な話だけど。

 なんて話をなぜ中学生である僕が知っているかと言うと、動画で解説しているからだ。

 今の時代、そのくらいのことは冒険者見習いでも知っておかないと。

 いや、冒険者だからかな。

 今となっては冒険者がこの世界を動かしているといっても過言ではなく、冒険者である資本家、企業家、政治家、インフルエンサーの比率は高かった。

 僕もただダンジョンに潜るだけでなく、第二の人生に備えて色々と勉強しないと。


「高畑は将来、冒険者として名を挙げ、そのあとは政治家にでもなるのか?」


「そんな先のことまではわからないよ。まずはダンジョンで死なないことかな」


 このところ、『冒険者特性があるから自分は勝ち組だ!』と調子に乗り、ダンジョンで無茶をした結果、死ぬ若い冒険者が増えていた。

 あの古谷良二が、ダンジョン探索チャンネルで注意しているから相当深刻なんだと思う。

 大半の新人冒険者なんて、そんなに賢くもないし、強くもない。

 レベルを上げ、金を稼ぎ、経験を積みきっていない時に無茶をすれば呆気なく死んでしまうのだから。


「そんなわけで、最初は慎重に地道にやるよ」


「せっかく冒険者特性があったのに、調子に乗ってモンスターに殺されるなんて勿体ない話だ」


「どこにも迂闊な奴がいるってことか。なあ、夕食はどうする?」


「無人食堂にしよう。無料だし」


 僕たちは中学生だから、毎日両親と食卓を囲む年齢でもないし、僕の父は求職中でお金は節約したいところだ。

 子供は無料の無人食堂はありがたかった。

 もっとも、そのせいで多くの飲食店が潰れてしまったけど。

 安い、早い、メニュー豊富、美味しい、安全。

 無人食堂に勝てる飲食店の経営は非常に難しく、さらに自宅などを改良して少し稼げればいい、なんてお店も増えているから、飲食店の経営は大変みたいだ。

 今では、町のあちこちに無人食堂があるというものあった。


「無料飯は素晴らしいけど、大人になると無料じゃなくなるのは辛いな」


「とはいえ、フードクーポンで一食百円じゃないか」


 ベーシックインカムの中に無人食堂のフードクーポンも入っていて、これを使えば千円までの食事が百円で食べられた。

 フードクーポンは一日三回まで使えるし、無人食堂では飲み物やデザートも安い。

 勿論高額のメニューもあるけど、それは自分でお金を払えば食べられる。

 世の中には、『フードクーポンで、無人食堂の全種類の料理が食べられないのは不公平だ! 』って騒ぐ人たちもいたけど、さすがに非常識なので批判が多かった。

 今の日本はデフレだから、千円までの食事ってかなりのご馳走が食べられるしね。

 もし食事で贅沢したかったら、貰ったベーシックインカムの中でやりくりするか、自分で稼げばいい。

 フルタイムで働く仕事はなかなかないけど、単発のアルバイトは探せば割とあるのだから。

 生活に困らず、なにか欲しければ仕事を探して稼ぐ。

 僕たち若い世代からしたら、今の日本は悪くない気がする。

 だけど世の中には、『優れた自分に仕事がないのはおかしい!』 って騒いでる人たちもいて、定期的に仕事を寄越せと国会議事堂前でデモをしている人もいて。

  人間って、ただ生活できればいいって人ばかりでもないみたいだ。


「高畑の親父さん、仕事見つかったのか?」


「なかなか難しいみたい。木村のお父さんは公務員だから安泰なんじゃないの?」


「父さんはな。だが公務員は世襲できないからな。俺は死ぬまで無職かも。田中の家の喫茶店はどうなんだ? お前が継げばいいじゃんか」


「売り上げや利益を考えたら、俺が手伝う意味あるのかね? そう簡単には潰れないけど、継ぐのは両親がリタイアしてからだな。それまでは、なにしようかな? 大学で研究でもしてようかな。金にはならないけど


 今の大半の若者はこんなものだ。

 いわゆるフルタイムの仕事は少ないけど、生活できないわけじゃないから特に悲観もしておらず、充実している無料、格安な公的サービスを利用しながら好きなことをしたりしている。

 そんな若者に嘆かわしい、と嘆く老人が多いのは、年金がかなり減らされたからだけど、老人も無人食堂が無料で利用できるのだからいいと思う。

 介護費用だってほとんどかからなくなったし、僕たちからしたら、老人たちになんの不満があるのかが理解できなかった。


「今の若者は働きもせず、なんて怠け者なんだ! ワシの若い頃は!」


「出た、出た。老人の若者批判が」


 三人で夕食をとっていたら、店内にいる老人が騒ぎ始めた。

 自分は老人だから無料で無人食堂で夕食をとっているくせに、そこに若者が気に入らないのだろう。

 最近、割とこういう老人が増えたとニュースでやっていたのを思い出した。


「若い者が無料の無人食堂にたむろするなど情けない! 日本経済のためにちゃんと仕事をして、金を払って飯を食えばいいものを。ワシが若い頃は残業は当たり前で、毎日飲み歩いていたから給料が一週間でなくなっていたが、その頃の日本は輝いておった! 今の若者は仕事がないことに焦りすら見せん!こんなんでは、日本は終わってしまうぞ!


「うるさい爺さんだな」


「若者を説教して、自分が気持ちよくなりたいんでしょ」


「そういう老人が多いよね、最近。暇なのかな?」


 いまだに、多くの若者が仕事にありつけないのは当人にやる気がないからだ。

 自分たちはちゃんとした会社に正社員として入って、定年まで勤めあげた。

 できないことはない。

 仕事を選ぶな!

 甘えるな!

 などと説教してくる老人が沢山いた。

 仕事の多くがロボット、ゴーレム、AIで代用でき、そっちの方が経費もかからないのだから仕事が減って当たり前なのに、そんな事情が理解できないのだ。

 だいたい、今の完全失業率は三十パーセントということになってはいるけど、すでに働くことを諦めた人たちも含めたら、本当の失業率は軽く五十パーセントを超えているのだから。


「嘆かわしい! 若者は働くべきなんだ!」


 酒が入ったからか、老人は若者への公開説教を続けていた。

 無人食堂内の若者たちは慣れたもので、その老人に軽蔑の視線を送りながら、静かに食事を続けている。

 正直、相手にする手間さえもったいないと思っているのだ。


「お客様、お静か願います」


「なんだ? ゴーレムのくせに生意気だぞ! ワシを誰だと思っているんだ!」


 誰だかは知らないけど、無人食堂で騒ぐような人は大物じゃないよね。

 いい年をした大人がゴーレムに注意されて逆ギレだなんて、こんな大人にはなりたくないものだ。


「お客様、これで迷惑行為は三回目です。他のお客様の迷惑になりますので、お静かに願います」


「うるさい! ロボット風情が生意気な! このポンコツめ!」


「私はロボットではなくゴーレムなのですが……。三回目の警告を出します。杉山権蔵様、あなたはこれより、無人食堂への立ち入りを禁止します!」


「なっ! ワシは客たぞ!」


「他のお客様に迷惑をかける方は、三度目の警告で無人食堂への入場を禁止します。お客様のお帰りです」


「ワシはそんなこと認めないぞ!」


 結局迷惑な爺さんは、無人食堂から追い出されてしまった。

 無人食堂では、極端にマナーが悪かったり、他のお客さんに迷惑をかける人は出入り禁止にされてしまう。

 もしそうなると、せっかくのフードクーポンが無駄になってしまうから、大人しく食事をすればいいのに。

 別に普通に話すくらいなら大丈夫だけど、あの爺さん、過去に二回同じような騒ぎを起こしたので、三度目でアウトになったのだろう。

 ゴーレムにはカメラや識別装置がついているから、あの爺さんは全国の無人食堂を利用できなくなる。

 普通に利用しているお客さんのため、無人食堂は迷惑な人を続々と出入り禁止にしているから基本的に店内の雰囲気がよく、とても評判がいい。

 今日のように変な人が騒ぐこともあるけど、そうあることではなくなった。

 ああいう人は、続々と出入り禁止となっているからだ。

 無人食堂を出入り禁止になっても、フードクーポンは他の飲食店では使えるけど、マナーの悪い客を追い出さないので雰囲気が悪く、両親からフードクーポンを使って食事をする時は、そういう店は利用するなって注意されるほどだ。

 それでも最低限の生活が保障されるのが今の日本なので、フードクーポンがあれば食事はできるけど、あちこちを出禁になった人は日本政府直営のあまり美味しくなく、メニューも少ない公営食堂しか利用できなくなるから、普通にしていれば……それができない人ってのはいるんだけど。


「無人食堂が一番いいところだから、出入り禁止は嫌だよな」


「他の人に迷惑をかけるなら、追い出されても仕方がないよ」


「確か、無人食堂の出禁を解除しろって、裁判をしている人がいるんだよね」


「そんなことをするくらいなら、最初から他人に迷惑をかけなきゃいいのに……」


「仕事がない弁護士たちが、そういう裁判に手を貸すって前に聞いたな」


 弁護士や他の士業もそうだけど、仕事がない人がいる。

 ロボット、ゴーレム、AIを駆使して、少人数で沢山仕事をしてしまうから、せっかく士業の資格を取っても、仕事がなかったり、全然稼げないらしい。

 そんな弁護士は、刑務所の拡大、効率化、経費削減の影響で犯罪者は容赦なく刑務所に収容されるようになったので彼らの国選弁護人と、政府や公的機関、大企業などをターゲットにした裁判を起こす人も増えていた。

 出入り禁止は、その人の人権を侵害しているって。

 そうすることで、自分の名前を売るわけだ。

 そのくらい、仕事がなくて困ってる弁護士が多い証拠だった。

 それでも、もしかしたら稼げるようになるかもしれないと、士業のみならず、資格取得を目指す人は増えているのだけど。


「ふう、ご馳走さま。新メニューの『ご当地ラーメン』はいいよね。東京にいて、全国の有名店のラーメンを食べられるから」


「俺は家系ラーメンとライスだった」


「俺はガッツリ系で、野菜も脂、ニンニクマシマシにした」


 無人食堂は現在、全国で一番店舗数が多い飲食店となった。

 子供や老人、生活困窮者向けの無人食堂も兼ねているのと、ゴーレム、移転装置、アイテムボックス技術を用いて極限までコストを下げ、食材と料理の廃棄率を減らし、店舗数の多さで薄利多売を実現しているからだ。

 他の飲食店からしたら堪ったものではないけど、無人食堂は過去のブラック飲食店のように労働法規に触れているわけでもないので、どうしようもないというか、これまで人間を安く、長時間扱き使ってようやく黒字を出していた飲食店を駆逐した。

 店や会社を失った彼らは文句を言っているが、彼らの過去はネットや動画に広がっているので、ほとんどの人が相手にしなかった。

 とはいえ、無人食堂全盛の今となっては、飲食店の働き口も少なくなり、労働者からしたら痛し痒しだろう。

 ブラックな労働はさせないけど、仕事の数は少ないのだから。

 無人食堂にはキッチンがない。

 注文が入ると、全国の無人食堂と繋がっているアイテムボックス技術を利用した収納庫に入っている料理の在庫が取り出されて提供される。

 収納庫に入っていた料理は時間が止まるので、つねに出来たての状態であり、つまり料理を作り溜めることができた。

 食材は古谷企画が運営している農場、養殖場、畜産場から仕入れるので安く、光熱費も自前なので節約でき、収納庫のおかげで賞味期限が過ぎた料理を廃棄する必要もないので、無人食堂と価格競争をした飲食店の大半は潰れてしまった。

 現在の飲食店は、美味しい、安い以外の売りがなければ簡単に潰れてしまうようになったが、救いがないわけでもない。

 無人食堂は料理の委託販売も行っており、無人食堂にある収納庫に自分のお店で調理、販売している料理を収めると、それを注文できるようになった。

 その結果、東京で全国各地の有名店や名物を注文して食べることも可能であり、そのおかげで大儲けしている飲食店も増えていると聞く。

 

「俺たちは無料か安く、日本全国津々浦々の美味しい料理を食べられるけど」


「飲食店経営は大変だなぁ」


「だから、両親のカフェを手伝うと言っても断られちゃうんだよ。 自分たちが引退してからにしろって」


 美味しいものを無料でお腹いっぱい食べられるのはいいけど、無人食堂のせいで多くの飲食店が潰れてしまったのも事実だ。

 どうやら世の中というのは、 都合よくいいところ全部取りはできないみたいだ。

 頑張って、一人前の冒険者にならないと。 





「みなさん! こんな世の中は変えなければならないのです!」




 今、無人食堂で食事をとっているが、そこに集まっている人々がまるで奴隷のように見えてしまう。

 働かなくても生活できるのはいいが、ロボット、ゴーレム、AIに仕事を奪われ、肉体的に飢え死にする心配はないが、心が死にかけているじゃないか!

 生産性の向上を求めるあまり、仕事を得られない人たちが増え、なにをしていいのかわからないから、あの老人のように無駄に怒りを発露させるのだ。

 いくら生活に困る人が減りつつあっても、こんな世の中はよくない!

 元の、たとえなんの取り柄もない人でも、汗水流して働けば報われる世界を取り戻さなければならないと、改めて実感した。

 今さらそんな世界を実現するのは難しく、もしそんな日本を目指すのであれば、必ず成し遂げなければならないことがある。

 それは……冒険者を日本から追放する!

 そして、ダンジョンは封鎖しなければならない。

 資源やエネルギーは宇宙開発によって手に入れる……月にもダンジョンができたせいで資源がなくなってしまったから、水星、金星、火星など、太陽系開発を進めなければ。


「たとえそれが苦難の道だとしても、人間が楽を覚えるのはよくない。人類は常に苦労しながら挑戦し続けるしかないのだ!」


 なんでも冒険者頼りでは、将来ろくなことにならない。

 ダンジョンと冒険者がいなくなった日本は一時的に没落するが、それは次の繁栄の前段階にすぎない。

 幸い、エネルギーに関しては、私が開発した常温核融合が商業利用可能にまで至っている。

 多くの日本人の尊厳と誇りを取り戻すため、私は立ち上がるのだ!






「日本再生党ねぇ」


「ようは、古き良き昔に戻るって公約を掲げた党です。人は働かなければ腐ると。党首の獅童 高虎(しどう たかとら)は常温核融合技術を開発した天才科学者ですが、政治家に転身しました。彼に言わせると、今の半分以上の日本人が働かない世界は駄目だそうで。労働を限られた人間の特権にすると、人類が堕落して滅びの道を歩むようになると」


「見解の相違ですね。日本再生党は、世の中の人間はたとえ能力に差があっても、社会に参加……働かないなければ人間全体が堕落して、最後には滅んでしまうって思っているんでしょうね」


「今の世の中は、能力がある人たちだけ働いて、そうでない人は能力のある人の足を引っ張らず、ベーシックインカムを貰って遊んでいてくれって話だから。自分は能力があるのに、働く場所がないって思い混んでいる人なんかからすれば、日本再生党の主張は受け入れやすい」


「なんにしても、変なことにならないといいけど……」


 俺がそんな発言をしてしまったからだろうか?

 そのあとに行われた選挙で、なんと与党が惨敗。

 ついでに野党も惨敗して、政権を取ったのは初めて国政選挙に打って出た日本再生党であり、総理大臣は党首の獅童高虎となった。


「私が政権を取った以上、日本国民全員がしっかりと働ける社会を作っていきます!」


 柵や既得権益との繋がりがない獅童総理は、即座に日本国内のダンジョン周辺を警察と自衛隊で封鎖。

 冒険者の立ち入りを禁止した。


「人間は、ダンジョンになど頼ってはいけないのです!」


「総理、エネルギーと資源はどうするのです?」


「エネルギーは、私が開発した常温核融合炉でいくらでも作れます! 資源はリサイクル比率を上げつつ、太陽系開発を進めて一日でも早く確保できるようにします!」


「うーーーん、筋金入りのダンジョン、冒険者否定主義者なんだな。獅童総理は」


 ダンジョンと冒険者のせいで格差が進んだので、それを是正します。

 世界中にそれを主張する政治家が出現し、中にはたとえ生活を原始時代レベルに戻してでも、という過激な人もいたが、獅童総理は自らが常温核融合発電を開発し、なんとその特許を取っていなかった。

 世界中、誰もが安くエネルギーを使えるようにと主張していて、ただの扇動政治家と一線を画していたのだ。

 そうでなければ、選挙で長期政権を続けていた田中総理を引き摺り下ろせないのだが。

 資源に関しても、恐ろしい予算を突っ込んで宇宙開発を始めていた。


「でもさぁ、ダンジョンを封鎖するにしも、せめて宇宙からの資源入手に成功してからでよかったんじゃぁ……」


「どっちにしも、我々はしばらくお休みだな」


 冒険者が、警察と自衛隊の監視を潜り抜けてダンジョンに入り込むなんて簡単なんだが、ここは法治国家である日本だ。

 あとで違法行為だと指摘され、逮捕でもされたら面倒だ。

 お金がないわけでもないし、他の仕事もあるので、俺たちはダンジョンに潜らなくなった。


「ふざけるな! 俺たちの生活はどうなるんだよ?」


 当然多くの冒険者たちが抗議の声をあげるが、獅童総理は聞き入れなかった。

 誰の意見も聞かず、自分でこれが最善だと思えば全力で突っ走る。

 ある意味、とても怖い人なのだ。


「しかしまぁ、人間というのは贅沢な生き物だな」


「飯能総区長、それはどういう意味です?」


「我々が懸命に努力した結果、日本人は働かなくても生活できる国になったのに、それに感謝するどころか、有能な自分たちに仕事がないなんておかしい。その能力に相応しいと仕事を与えるといった、日本再生党こそが素晴らしいと投票した人が多かったのだから」


「仕事ですか。獅童総理は、支持者たち全員に職を与えられるのかな?」」


「突然冒険者にダンジョンに潜るのを禁止するような総理大臣だ。すぐにゴーレムや、ダンジョン由来の技術で作ったものは禁止されるだろうから、そこを人手で補えば失業問題も解決するだろう。やれなくはない」


「それって……大丈夫なんですか?」


「昔に戻るだけさ。昔の日本人はゴーレムなんて使ってないけど、別に滅んでないからね。色々と影響は多いだろうけど、まさか冒険者たちが力ずくで止めるわけにもいかない。見守るしかないね」


 飯能総区長は、お手上げといった態度だ。


「我々は少しでも日本を、世界をよくしようと考えて実行してきた。だけど、それをお節介、いや悪いことだと考えた人が多かったんだろうね。まずは獅童総理に潰されないよう、対策をしようじゃないか」


「獅童政権が長期政権になると、日本からダンジョンが消えますね」


「それも致し方なしだ。だって日本再生党に投票したのは、多くの日本人なんだから」


「ですね」


 獅童総理はブレなかった。

 日本のすべてのダンジョンが封鎖され、日本から資源と魔石の輸出がなくなり、世界中で魔石と資源の価格が高騰した。

 悪いことに、イギリス、ドイツ他いくつかの国でも反ダンジョン、反冒険者を掲げた政権が誕生してダンジョンを封鎖したので、魔石と資源の価格は高騰から暴騰状態になってしまう。

 ただ日本だけは、獅童総理が常温核融合発電を導入して安い電気が作れるのでマシだった。

 次に、これまで1ドル五円前後だった円が、大幅な円安となった。

 魔石と資源が輸出できなくなり、ゴーレムやダンジョン由来技術も使用禁止となったので人間を雇わなければならず、国際競争力が落ちて円の価値が落ちたからだ。

 寒冷化はようやく落ち浮きをみせたが、せっかく農地を集約化したのに、ゴーレムが使えないばかりにロボットと機械だけでは人手が足りず、人間の社員を増やすことになった。

 そのせいで農作物の価格が上がり、海外から輸入された農作物に価格で勝てなくなった。

 獅童総理になってから、一人でも多くの日本人に仕事を与えるために最低賃金が下げられたが、新たに仕事を得た人たちの大半が低賃金労働であった。

 それでも無職よりはマシ、たとえ貧しくても人々が懸命に働くほど美しいと考えるのが、獅童総理なのだから。

 どうせベーシックインカムがあるから。

 そう思った人たちに、獅童総理の自信に溢れる言葉が突き刺さる。


「ようやく日本は、1200兆円を越える借金を返済し終わるところです。働いている人に配る予算などありません。ベーシックインカムは廃止とします」


 獅童総理は、二度と日本が借金しないように、国債の発行を法律で禁止した。

 税収を超える出費は無理なので、多くの予算が削られていく。

 そんな法律を作ったせいで、日本は大幅なデフレになってしまった。

 だが、日本は法律で国債の発行を禁止しているから量的緩和もできず、それでいて、ダンジョン関連の産業が仕事をなくしたのだ。

 一気に不景気になってしまっても当然というか……。


『国民のみなさま、より良い日本までもう少しの辛抱です。この私、獅童を信じてください!」


「獅童総理って、よく辞めろって言われないですね」


「ゴーレムを使用禁止にした結果、失業率は改善してるから支持率は低くないんですよ。これまでゴーレムがやっていた、人間がやる必要がなく、給料が安い仕事ばかりでますけど、統計で失業者が減っているのであれば、大半の国民も納得しますから、仕事ができないあなたには仕事がないからと言われ、ベーシックインカムを貰って遊んで暮らすよりも、たとえ単純作業でも、給料が安い仕事でも、働いていたい。人間は効率だけではないんだと思い知るました。まあ、そのおかげで生産性効率は下がって、国際競争率は下がるのですが……」


「無人食堂、短い命だったな」


 そんな事情があって、古谷企画で経営していた無人食堂を国に売却することになった。

 無人食堂はゴーレムがいないと経営できないので、子供、老人、失業者に無料で食事を提供する政策を国が引き継ぐことになったのだ。

 だが、国家予算には限界がある。

 無人食堂ほどの食事は出せないはずだ。


「獅童総理は、政治家に向いてますよ。国が無人食堂の代わりに子供たちの食育を引き継ぐと、また支持率が上がるわけです。食事の質は落ちますけど、必要なカロリーと栄養は取れますから」


「思ったよりも高く売れましたからね」


 獅童総理の言うとおりに経営していたから、無人食堂は潰れてしまう。

 そこで、プロト1が国に売ってしまったのだ。


「かなりの金額で売れたって聞いたけど」


「獅童総理には欲がありますからね」


 俺が動画で無人食堂の宣伝をしていると、子供食堂もやっているため、俺を支持する人たちが出てきた。

 勢いで選挙に大勝できたが、政治基盤がない獅童総理としては国民からの支持が欲しい。

 だから、無人食堂を国営にしたかったのだと思う。


「そんな欲があるから高く買ってくれたんです」


 プロト1が大分渋ったフリをして、価格を釣り上げたらしいけど。

 

「他の事業も、売却や海外のみの事業になってますね。動画配信はそのままですけど」


 獅童総理のせいで色々と影響はあるけど、古谷企画はプロト1と西条さん、東条さんがすぐに対処したので影響は少なかった。

 冒険者たちはダンジョンに潜れなくなったので、これまでに稼いだお金で別の仕事を始めたり、海外に生活拠点を移したり、獅童政権が終わるまで待つ人もいる。

 そしてもう一つの方法は……。


「コラァーーー! 撮影は禁止だって言ったろうが!」


「これは個人的なもので、SNSにはあげませんよ」


「今の日本は、ダンジョンに潜るのは違法なんだぞ! 我々が極秘裏にダンジョンに潜ってることがバレたら大変なことになるだろうが! どんな理由でも、ダンジョン内の撮影は禁止だ」


「わかりました!」


「ダンジョンを囲んでる自衛隊は、入って来ても低階層しか見回らないが、お前が不用意にSNSに写真や動画をあげた結果、我々が秘密裏にダンジョンに潜ってることがバレるかもしれないんだ! もし多くの冒険者が密かにダンジョンに潜っていることを外部に漏らしたら、 追放なんて生易しい処分じゃ済まさないからな!」


 太古より、お上が無茶を言い、現場が四苦八苦する事例は多い。

 獅童総理は格差が進まないよう、冒険者がダンジョンに入ることを禁止した。

 現在、日本にあるすべてのダンジョンが警察と自衛隊によって封鎖されていたが、俺は口が堅くレベルの高い冒険者を集め、ダンジョンの中に送り届けていた。

 

「ですが、ダンジョンの成果は日本国内では売れませんね」


「イザベラ、その対策も立てている」


 日本の買取所に持ち込めば足がつくし、その前に買取所は獅童総理の命令で解散が決まっていて、持ち込むことすらできないのだけど。


「イギリスも反ダンジョン政治家が政権を取って、野党、官僚財界は大きく混乱していますから、イギリスには持ち込めませんわね」


「こんな時こそアメリカよ」


 冒険者たちがダンジョンで手に入れたものは、すべてアメリカで売却された。

 ただ冒険者が売却益を売上として立てると、国税庁経由で獅童総理にバレてしまう。

 アメリカも、突然の日本やイギリスの政策変更で大混乱しており、こっそりと買い取ってくれることになった。

 リンダのお祖父さんが、アメリカ合衆国大統領だからこそできた裏技である。


「日本以外は、そのおかげでダンジョンから産出したものが不足することはありませんが、日本は魔石の輸入すら禁止してしまいました。車両はEV車を主流にすると言っていますし、獅童総理は本当にこんな無茶な政策が実現可能だと思っているのでしょうか?」


「思ってるというか、自分がやらなければいけないと思ってるんでしょ。 彼は自分が世界で一番正しいと思っているみたいだから。リョウジ君もそう思わない?」


「そういう人が、実は一番厄介なんだけどね」


 なぜなら、自分は正しいことをしていると思っているから、他人がその間違いを指摘しても直すことができないからだ。

 

「(獅童総理、 歴史に残る偉大な政治家となるか、 スターリンやポルポトに並ぶ独裁者となって多くの日本人を殺すか)」


 どちらにしても、彼を選挙で当選させたのは多くの日本国民だ。

 今の俺たちは彼から被害を受けないよう、こんな風に密かに動くしかできないのだから。

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