第182話 違法カジノ

「では、参りましょうか? 古谷さんたちの『変装』も見事ですね」


「ヘンリックさんも、『変装』を使えるんですね」


「レベルアップしたら覚えたんです。プロのギャンブラーは、『変装』できた方が色々と便利ではあるので、レベルが上がると覚えるのかもしれません」


「確かに便利ではあるかな(顔を覚えらるリスクが減るからな。スカウターやスキルで見破られたら駄目だけど……)」


「この違法カジノ、随分と荒稼ぎしているそうですよ。商売敵なので潰させていただきます。どうせ相手は違法カジノなので情けをかける必要もありませんし、私はカジノの支配人なので、公営ギャンブルで遊ぶのは禁止なんです。だから……」


「そうだったのですね。公平性が崩れるからでしょうか?」


「いえ、日本国内にある他のカジノの従業員たちは、カジノでなければ特に制限はないのですが、私がギャンブルをすると向こうが赤字になってしまうからだそうで……。本当は、日本で競馬とかをしてみたかったんですけどねぇ……」


「ほぇーーー、凄いんだねぇ。ギャンブルなら負け知らずなんだ。あっ、でも競馬なら香港にもあるよ」


「ホンファさん、実は世界中にある公とされるギャンブルの大半で、私は出入り禁止なんです。絶対に負けませんからね」


「逆に、違法ギャンブルなら出入りし放題なんだ……」


「破産させても困らないどころか、ありがたがられますから。勿論公にはできませんが、私は違法ギャンブルならいくら勝っても御咎めなしなんです。違法ギャンブル潰しは、私のもう一つの仕事なんです。元々私はカードゲーム専門のプロギャンブラーだったんですが、冒険者特性とスキルを得てからは、違法ギャンブル潰し専門ですね」


「違法ギャンルブ潰しのプロ……。だから飯能総区長は、ヘンリックさんをカジノの支配人に据えたのですね」


「支配人にしてしまえば、ヘンリックに大赤字にされる心配ないものね」


 リンダが納得した表情を浮かべる。


「公営カジノの支配人という安定した仕事と収入も得られますし、これは引き受けなければ損だと思ったのです。 副業を認められてますしね」


「副業ですか……」


 違法ギャンブル潰しが副業とは……。

 まるで物語のキャラクターみたいだ。


「それに、 それにこのところ普通のギャンブルに飽きてきまして、違法ギャンブル潰しの方が刺激があっていいですね」


「飽きた? 普通のギャンブルが?」


「そうなんですよ、剣さん。必ず勝つとわかっているギャンブルって、つまらないですよ」


「……世間の、ギャンブルで勝ちたいと願っている人たちが聞いたら怒りそうだな」


 動画撮影で知り合った、上野公園ダンジョン特区にできた高級カジノの支配人、ヘンリックさんと待ち合わせた俺たちは、これからあまり人に言えないことをやりに行く。

 それは、現在好景気真っ只中にある日本には、違法カジノや賭場が雨後のタケノコの如く出現しており、日本政府公認のカジノの売り上げに悪影響なので、それを潰しにきたのだ。


「違法カジノなんて、警察がガサ入れして潰せばいいんじないの?」


「それが、警察が踏み込めない違法カジノってのがあるんですよ」


「違法なのにですか?」


「ええ。たとえば、違法カジノの経営に他国の外交官が関わっているケースです。違法カジノがある場所を外交官の名義で借りていると手が出しにくい。警察にバレにくいよう、違法カジノを開く連中の代わりに物件を借りて利益を得る不良外交官ってのはいますからね。どうにか警察が摘発することに成功しても、外交官は外交官特権があるから逮捕できません。悠々と自国に逃げ帰るって寸法です」


「酷い話だなぁ」


「あまり表沙汰にならない話ですけどね。こんなことを先進国の外交官がやるわけがなくて……勿論ゼロではないですけど……ほぼ発展途上国の外交官たちが小遣い稼ぎでやるんですよ。もう一つのパターンは、警察が踏み込めないような人物……たとえば政治家が違法カジノや賭場を主宰しているケースです」


「そんな人、本当にいらっしゃるのですか? ……いてもおかしくはありませんね」


 貴族であるイザベラからすれば、違法カジノを主宰する政治家なんて存在が信じられない……とは言いにくいのだろう。

 過去の歴史を紐解けば、そんな悪徳政治家もいなくはなかったのを思い出したのだと思う。


「やはり滅多にいませんけど。そこは最後に取っておいて、まずは普通の違法カジノから潰していきましょう」


「ヘンリックさん、違法カジノをどうやって潰すの? もしや、派手に暴れて叩き壊すとか?」


「ホンファさん、それはあくまでも最終手段です。彼らが警察の摘発から逃れるために色々と手を使うのなら、こちらは遠慮なくスキルを使えるってものです」


「ああ、そういう……」


 ヘンリックさんを先頭に、俺たちは都内の高級マンションの一室にある違法カジノへと向かう。

 高級マンションはオートロック式で、ヘンリックさんは事前に入り方を調べてきたようだ。

 とある部屋の番号を入れて家主を呼び出し、相手の求める合言葉を口にすると、すぐにマンションの入り口を開けてくれた。

 早速エレベーターで目的の階へと上がり、部屋の前でインターホンを鳴らすと中からスーツ姿の男性が出て来て、俺たちを一瞥してから中に入れてくれる。

 高級マンションの室内には、まさにカジノそのものといった光景が広がっていた。


「本当にカジノだ」


「じゃあ、遊びますか」


 俺たちはヘンリックさんとは別行動で、素人感丸出しな感じでカジノを見て回り、適当にポーカーやブラックジャックで遊び始めた。

 俺たちは、ヘンリックさんが上手くことを進めるための囮でしかない。

 わざと少額勝ちと負けを繰り返しながら遊んでいる間に、ヘンリックさんがルーレットを始めた。


「また当たった!」


「すげえ」


 ヘンリックさんは、まずは様子見で赤、黒から当て続け、ディーラーや客を驚かせている。


「(二分の一を十連続で当てればなぁ)」


 さすがは、ギャンブラーのスキル持ちだ。

 ただ、彼も俺たちも魔法で『変装』しているので何者か見破られていない以上、たまたま勝っている客でしかない。

 カジノのディーラーたちは、ヘンリックさんがイカサマをしていないか、目を凝らしてチェックしているようだけど、当然そんなことはしていない……彼らに言わせるとスキルがイカサマなのかもしれないが、気がつけなければイカサマではないのだから。


「全額を赤に」


「……赤です……」


「また赤で」


「……赤です」


「もう嫌だ!」


 倍々ゲームで増えていく、ヘンリックさんのコイン。

 そしてついに、ルーレットを回していたディーラーの心が折れてしまったようだ。


「狼狽えるな! お客様、失礼しました」


 あきらかに偉そうなスーツ姿の男性が、叫んだディーラーを一喝して場を落ち着かせ、自分がディーラー役についた。


「お客様、次は?」


「赤です」


「……赤です」


 だがそれでも、ヘンリックさんの連勝は止まらない。

 ギャンブルというのは、たまに確率を超越して大勝ちする客が現れるもので、それを見越して経営している。

 だがさすがに、自分たちの状況がヤバいと思ったのだろう。


「お客様、赤、黒賭けは禁止させていただきます」


「どうしてでしょうか?」


「あなたは、赤、黒が賭けのプロだからです。数字に賭けてください。それも一つの数字だけにです」


「はぁ……」


 違法カジノのお偉いさんからそう言われ、困惑するヘンリックさん。

 彼は仕方なさそうに、とある数字に全額を賭けた。

 ほくそ笑むお偉いさん。

 これでこれまでの負け分をすべて取り戻せると思ったのであろうが、彼はギャンブラースキルの持ち主である。

 ボールは吸い込まれるように、ヘンリックさんが賭けた数字のところに入った。


「7です……当たりました」


「数字単体は三十六倍でしたね。プロであるあなたに言うことでもありませんが」


「うぬぬっ……」


「もう一度だ! 数字一個賭けしか認めない! 」


「もし私が当たったらどうするんですか? ちゃんと支払えますか?」


「問題ないです」


 登場時とは違ってお偉いさんには完全に余裕がなくなっており、あきらかに次負けたら違法カジノ側が破産すると思われる。

 だからヘンリックさんに、数字の一個賭けしか許さないのだろう。

 0と00も含めて三十八分の一を二連続で当てるなんて不可能だと思っているのだろうが、それをやってしまうのがヘンリックさんだった。


「7で」


「また7?」


「ええ、そんな気がするんですよ」


「わかりました」


 二連続で同じ数字にボールが落ちるとは思えないので、お偉いさんは歓喜の表情を浮かべながらルーレットを回し、ボールを入れる。

 そして、ボールが落ちたところは……。


「7です」


「おおっーーー!」


 二連続で7。

 偉業を成し遂げたヘンリックさんに対し、カジノにいたほぼすべての客たちが称賛を送った。

 だが、ここは違法カジノである。

 素直に負けを認めてお金を支払ってくれるわけがなく……。


「お客様、イカサマはいけませんねぇ」


 当然こうなった。

 やはりお偉いさんは堅気の人間ではなかったようで、ヘンリックさんの勝ち金の没収を宣言した。


「私はイカサマなどしていませんが? ちゃんとチェックしていたのでしょう?」


「……当店がイカサマと認めた以上、イカサマなのです。投資額分は返すので、大人しく帰るんですな」


「やれやれ、これだから違法カジノは」


 自分の勝ち分は無効だと言い放つお偉いさんに、呆れた表情で言い返すヘンリックさん。

 高級カジノはイカサマじゃなければ、俺の高額ルーレットの勝ち分もすぐに支払ったからな。

 あれを支払っても、まだ赤字じゃない高級カジノも大概だけど。


「なにか文句でも? お客様だからこそ下手に出てるのだから、あまり調子にのらないことですな。我々がどんな人間なのか理解しているのでしょう?」


 お偉いさんが凄みのある声でヘンリックさんを脅すが、完全にヤクザにしか見えない。

 周囲の客たちは呆れつつも怖いので静かにしていたが、彼らは理解しているのか?

 客が勝ってもイチャモンをつけて配当金を払わない違法カジノなんて、最終的には客が飛んでしまうことを。


「どうしても、私の勝ち分を支払わないと?」


「一昨日来やがれですな。お客様のお帰りだ」


 お偉いさんの呼び声で、やはり堅気には見えないスーツ姿の男性たちにより、ヘンリックさんと俺たちを追い出そうとする。

 ところが次の瞬間、普段は割と温和に見えるヘンリックさんの様子が変化した。


「(これは……)」


「(リョウジさん?)」


「(なんらかの、ギャンブラーのスキルの効果が発動したんだ)」


 俺はギャンブラーでないのでその詳細はわからないけど、彼の雰囲気と一変した雰囲気からして、かなり強力なスキルが発動したものと思われる。


「ギャンブルの胴元が負けて大金を失いたくないからという理由だけで、イカサマをしていない客をイカサマ呼ばわり。 気に入りませんね」


「我々に対し、随分と生意気な口を聞くじゃないか。 東京湾で魚の餌になりたいのか?」


「胴元が負けることもあるのがギャンブルなのに、どうして自分たちが絶対に勝てる、利益を得られると確信しているのですか? それこそ傲慢ではありませんか。そんなものはギャンブルではありません」


「てめえ、とっとと消えないと後悔するハメになるぞ」


「そちらこそ、 後悔しなければいいですけどね」


「俺たちが手を出さないうちに、とっとと消えやがれ!」


 雰囲気が変わったのでなにか特別なことをするのでは?

 と思ったヘンリックさんだったが、すんなりとマンションを出てしまった。


「やれやれ。自分たちの負けは絶対に認めないなんて、そもそもカジノ経営をする資格がありません。違法なカジノで荒稼ぎをしたいけど損はしたくない。 どんな商売にもリスクはあるはずなのに、それを認めたくない見苦しい連中です。ここはシンプルに潰しましょうか」


 マンションを出たヘンリックさんは、なにやら魔法……いや、スキルか?

 発動させたのは俺たちにもわかった。


「みなさん、高レベルのギャンブラーが使えるスキル『強制取り立て』をとくとご覧あれ」


 暗くなり、俺たち以外人がいない公園でヘンリックさんが両手を天にかざすと、空中に別次元の空間に繋がる穴が開き、なんとそこから宝石と金貨が落ちてきた。

 

「ヘンリックさん、これは?」


「古谷さん、これは私の勝ち分です。リアルなギャンブルというものが、勝利したからと言って必ず配当金が貰えわけではないのは、つい先ほどの出来事を見ればあきらかです。自分が負けたのに、お金を支払わない胴元なんてザラにいます。賭けの胴元にはヤクザ者も多いので、ああやって脅して支払わないんですよ。そこでこの『強制取り立て』を用いると、謎の空間から私の勝ち分が補填されるのです」


「そんなスキルあったんだ!」

 

 向こうの世界でも何人かプロギャンブラーと知り合ったけど、そんな特別なスキルを使っていた人はいなかったはず……ヘンリックさんのレベルが高いせいかもしれない。


「当然デメリットもありまして、もし私がギャンブルで負けると、倍額の資産を失ってしまうんです。だから負けるわけにいかないんですよ」


「ヘンリックさん、先ほどの違法カジノの方々みたいに、意地でも負け分を支払わない方々から、どうやって賭け金を回収したのですか? この金貨と宝石ですが、彼らの持ち物には見えませんが……」


「イザベラさん。『強制取り立て』では負けた人の資産を直接取り立てるわけではないんです。不思議なことに、これからあの違法カジノのオーナーは、今私が受け取った分の損失を必ず受けます。どのような不幸でお金を失うのかわかりませんが、 必ず今私が手にした勝ち分と同じ額の資産を失うんです」


 イザベラに、『強制取り立て』の効果を説明するヘンリックさん。

 これからあの違法カジノのオーナーは、必ずヘンリックさんの勝ち額分だけ資産を失ってしまう。

 ヘンリックさんが負けると、負け額の倍額資産を失ってしまうが、勝ち分を必ず回収できるのは悪くない。

 ギャンブラーに相応しいスキルと言えよう。

 向こうの世界で俺は、必要だった特殊なアイテムを手に入れるため違法カジノを利用したことがある。

 その時、俺はちゃんと勝ったにもかかわらず、胴元が賭け代である特殊アイテムの譲渡を拒否し、俺を殺そうとしたのを思い出した。

 当然仕返しさせてもらったけど、賭けの胴元なんて基本そんな人たちだと思った方がいい。

 だからこそ、ヘンリックさんも俺もルール破りに制裁を課すことに、なんら罪悪感を持っていないのだけど。


「次に参りましょうか」


「……違法カジノの人たち、不幸だね」


「ああ……」


 ホンファの発言に同意する剛。

 だけどヘンリックさんは、ギャンブルをやらない人には無害だし、自身が支配人をしている高級カジノではフェアなプレイを保っている。

 自分たちが負けたら、プレイヤーを脅してでも配当金の支払いを拒否する違法カジノの連中とは違うのだから。

 

「負け分の支払いを拒否しても、このあと必ず資産を失って帳尻が合ってしまう。ギャンブラーの『強制取り立て』。恐ろしいですね」


「本当よね」


 綾乃もリンダも、ヘンリックさんのスキル『強制取り立て』の効果に驚きを隠せないようだ。


「ですが、古谷、剣さん、お嬢様方なら、日本国内の『フェアネスゾーン』の効果がある場所以外のギャンブルは大抵勝てると思いますよ」


「リョウジ、そうなの?」


「当然ブレは出るけど、稼働すれば稼働するだけ勝つだろうな」


 俺たちは高レベルプレイヤーゆえ、個人差はあるがステータスの運の数値がとんでもないことになっている。

 一回の遊戯だと負けることもあるだろうが、最終的には必ず勝てるようになっているのだ。


「ゆえに、高レベル冒険者の利用が禁止されているギャンブルもありますからね。だから『フェアネスゾーン』が使える私や他のプロギャンブラー冒険者は、現在 引っ張り凧となっています。当然ですが、違法カジノが『フェアネスゾーン』の範囲に入るわけがないので、現在それに気がついた高レベル冒険者たちが食い荒らしているようですね。私や日本政府としては都合がいいので、今がチャンスというわけです」


 高レベル冒険者による裏カジノ潰しはお上に黙認されており、警察が摘発しきれない裏カジノや違法ギャンブルは現在食い物にされているというわけか。


「試しにいかがですか?」


 せっかくなので、俺たちも別の違法カジノで本格的に遊んでみることにする。 

 ヘンリックさんのおかげで楽に入れる別の違法カジノで、俺たちはルーレット、ポーカー、ブラックジャックなどで遊び始めた。

 すると……。


「ロイヤルストレートフラッシュだ」


「またか? ぐぬぬ」


「ブラックジャックです」


「こっちもか! なんなんだ?」


「黒に全額賭けます」


「このルーレット、どうして黒のところにしか落ちないんだ?」


「ダーツなんてあるのね。トリプルに刺されば三倍ね。またトリプルよ」


「十連続でトリプルに? なんでだ?」


 高レベル冒険者の中でも、特にレベルが高い俺たちが高い俺たちは、稼働すればするほど勝ち続けた。

 次々と、ヘンリックさんの案内で違法カジノを荒らしていく。


「また儲かっちゃったな。百万円のプラスだ」


「確かにヘンリックさんの『フェアネスゾーン』がないと、普通に勝てるんだな。レベルアップで運が増えた影響か」


「ですが私たちの場合……」


「ダンジョンに潜った方が稼げますね」


「だよねぇ。たまに遊ぶのはいいけど、ボクはこれを生業にしたくないね」


「最近ダーツがつまらないわ。全部、的のど真ん中に命中しちゃうから。ガンナースキルの影響かしら?」


 ヘンリックさんについて行き、都内の違法カジノで勝ちまくった俺たちだけど、確かに必ず勝つとわかっているギャンブルは面白くない。

 最初は面白かったけど、すぐに飽きてしまったのだ。

 となると、彼の『フェアネスゾーン』の効果がある、日本国内にある公認ギャンブルをするしかないのだけど、そうなると勝てないから、たまに行くくらいになってしまいそうだ。

 いくら俺でも、ヘンリックさんにギャンブルで勝つのは難しいはず。


「ギャンブルはほどほどが一番ですよ」


 と言いつつ、バカ勝ちしたために違法カジノ側から配当金の支払いを拒否され続けたヘンリックさんは、『強制取り立て』 を使って別空間から金貨や宝石を取り出していた。

 その場では、勝利したはずのプレイヤーを脅かし、追い出して損失を防げたと胸を撫で下ろしている違法カジノのオーナーだけど、これから理不尽な目に遭い続けてその分の資産を失ってしまう。

 恐ろしいスキルであるが、違法カジノ側が配当金を払わないのが悪い。

 それに、実はこれを防ぐ方法は簡単だ。

 ギャンブルをやらなければいいのだから。


「今日はこんなものかな」


「失礼します」


 とそこに、一人の男性が……スーツ姿だけど、間違いなく警察官だろう。

 ヘンリックさんに声をかけた。


「どうでした?」


「私たちが回ったところは、すべて違法カジノです。間違いはないですね」


「ご協力ありがとうございました」


「……ヘンリックさん?」


「もう搾り取るだけ搾り取って利用価値もないので、警察に摘発してもらうんです。私が支配人をしているカジノの売り上げを奪う敵ですからね。容赦はできません」


 笑顔でそう話すヘンリックさんに、ちょっと恐怖を抱く俺たち。

 そして最後に、東京郊外にある大きな邸宅に中に作られた大規模なカジノに案内された。

 勿論違法カジノなのだが……。


「こんなに大規模な違法カジノってあるんですか? 普通は、マンションの一室などで静かにやっているのでは?」


「アヤノさん、この違法ギャンブルのオーナーは、酒向修司(さこう しゅうじ)ですからね」


「ええっーーー! 酒向修司ですか?」


 綾乃が驚くのも無理はない。

 酒向修司とは、与党の重鎮にして誰もが名前を知る大物政治家であったからだ。


「彼が党の重職ばかり歴任して大臣になれないのは、この違法カジノの件で身体検査に引っかかるからです。このカジノの歴史は古く、およそ半世紀ほどでしょうか。私も若い頃、来日してはここでよく稼いでものですよ」


「半世紀前から? よくバレなかったな」


「剣さん、この違法カジノを作ったのは、同じく与党の重鎮だった酒向修司の亡くなった父親です。総理大臣に一番近い男と目された彼の力の前に、警察もマスコミも沈黙し続けた結果がこの巨大違法カジノというわけです。酒向幸一が亡くなり、息子の酒向修司の代になっても、身内である与党の政治家たちや、敵対しているはずの野党の政治家たちですら沈黙を守った。戦後日本政界のタブーってやつですね」


 大物政治家が大邸宅にカジノを作り、それで荒稼ぎしても、警察もマスコミもまったく動かなかった。

 なかなかに闇を感じさせてくれる話だ。


「こここそが、日本にある公認カジノの最大の敵なので潰します」


「田中総理に激怒されたりして」


「大丈夫でしょう。下手に怒ると藪を突くことになるから、なにも言ってきませんよ。大体、誰のおかげで 長期政権を保てていると言うんです。ここで酒向修司を潰すことに反対するというのなら、田中内閣を解散させればいい。 総理大臣なんて、代わりはいくらでもいるんですから」

 

 ヘンリックさんはプロのギャンブラーとして活躍してきたからか、いわゆるアウトロー的な方々の対応にも慣れていて、同時に日本の政治家なんて屁とも思っていないようだ。

 確かに、組閣時はまったく期待されていなかった田中政権が長期政権になっているのは、冒険者が日本を再び大きく経済成長させたからだ。

 その立役者である冒険者たちからすれば、田中総理が自分たちの邪魔をするのであればいつでも退陣に追い込めるのだと、あえて酒向修司を潰すことで見せようとしているのか。


「違法カジノを潰す。これに反対する国民は一人もいないはず。ですが、ただ潰すのも芸がないので、酒向修司の力の源泉を奪い取って失脚させてやりましょう。実は冒険者特区にカジノを作る時、散々圧力をかけてきたのが酒向修司なんですよ。自分の違法カジノの売上が下がるからでしょうね」


「他の政治家たちはよく黙ってたな」


「酒向親子の違法カジノについては、しばらく政治家をやっていると気がつくけど、下手に告発すると先輩方に止められてしまうし、そこで無理をすると潰されてしまう。与党にしても、今さら酒向修司を潰しても、半世紀に渡ってとんでもない不祥事を隠し続けていた件を国民から追及されたら困りますからね。 暗黙の了解で黙ってたってやつでしょう。世の中そんな話はザラにありますし、この違法カジノは裏金をばら撒くのにちょうどよかった」


 裏金や賄賂を渡したい政治家なり秘書がこの裏カジノを利用し、イカサマで大勝利して必要なお金を配当金として貰う。

 だから酒向修司は、与党で大きな力を持っているのか。

 

「そんなわけで潰しましょう」


 どうやって伝手を得たのか。

 ヘンリックさんは、酒向修司の違法カジノにもフリーパスで入れた。


「みなさん、遠慮なくどうぞ。ここは『フェアネスゾーン』の範囲外なので、古谷さんたちなら余裕で勝てますよ」


「わかりました、遠慮なく勝ちます」


「あっ、私と『リンク』を繋ぐ許可を貰えますか?」


「リンクですか?」


「『強制取り立て』をパーティに適用するものです。政治家がオーナーの違法カジノなんてケースは外国でもたまにありますけど、客が大勝利しても配当金をケチるのが常でしてね。だからですよ」


「なるほど」


 政治家であることを盾に、配当金を払わないのか。

 俺たちはヘンリックさんと『リンク』を繋ぎ、魔法で『変装』してから、それぞれバラバラに違法カジノで遊び始めた。


「7に全賭けね!」


「……また当てたぁーーー!」


「いえい、ジャックポットを引いたぞ」


 俺はルーレットで数字を当て続けてチップを増やし、剛はスロットでジャックポットを引き当てた。


「フルハウス。ボクよりも強い役を持っている人は? いないね」


「駄目だ! またドボンだ!」


「私は20です」


「この人、何連勝しているんだ?」


 ホンファはポーカーで、綾乃はブラックジャックで連勝を続ける。


「今度も『丁』ね。このカジノ、ジャパニーズ丁半博打があるのね」


「……丁です」


 リンダは丁半を当て続け、ヘンリックさんも大金を賭けて連勝に連勝を重ね、ディーラーたちの顔色を青くさせていた。

 そして違法カジノ側の損失が一千億円を超えた時、ついに従業員たちが動き始める。


「……お客様、イカサマは困ります」


「イカサマ? どこにそんな証拠が?」


「我々がイカサマと認定したら、素直に従っていただきます。チップは全額没収です」


「自分たちが負けてるからって、それはないだろう」


 俺は、違法カジノの従業員たちに対し抗議の声をあげる。

 すると、奥から一人の老人が姿を見せた。


「イカサマをしたガキのくせに、このカジノの経営者にして、次の総理大臣候補でもある、この酒向修司に逆らうというのか?」


「えっ?」


 俺は驚きを隠せなかった。

 いくら自分が違法カジノのオーナーだからって、大物政治家自身が客の前に顔を出すとは思わなかったからだ。

 普通は隠すはずだけど、長年親子で違法カジノを経営し、誰もそれを咎めなかったからすっかり調子に乗っているのだろう。

  自分が絶対に捕まらない自信があるからこそ、 今こうやって顔を出しているはずなのだから。


「(増長したのか)俺たちはインチキはしていませんよ」


「それを決めるのは、このワシ、酒向修司だ。お前がいくら抗議しようと結果は覆らない。短い人生になりたくなければ、とっととこの場から立ち去るんだな」


「警察に言うぞ! 政治家が違法カジノを経営しているってな!」


「ふんっ、 どうせ警察に言っても無駄さ。残念ながらそういうことになっているのでね。世間知らずのガキに一つ教えてやろう」


 酒向修司は葉巻を吹かしながら、ドヤ顔で言葉を続ける。


「賭けとは絶対に胴元が勝つのだよ。たまに、天に愛されて勝ちを拾う者もおるが、そういう人間は謙虚でなければな。ガキと残り六人。命を失いたくなければ、いい勉強したと思ってとっとと帰るのだな」


 まるで俺がルールだと言わんばかりの酒向修司。

 しかし、どうして今日彼がここにいるのだと疑問に思っていたら……。


「チップの換金を頼む」


「畏まりました」


「(あいつ、野党の重鎮じゃねえ?)」


「(剣さん、国会対策で野党の重鎮に金を渡す時、この違法カジノを利用しているんですよ。ここに警察が踏み込むことはないし、国税庁も手を出すことはない。昔から、そういうことになっているんです)」


 まさに暗黙の了解ってやつか。

 政治家、官僚、マスコミ人。

 新人がこの違法カジノに気がつき、おかしいと訴えても上は絶対に動かない。

 むしろ期待の新人だった場合、『出世したいのなら、この件に触れては駄目だ。これは善意で言っているんだよ』などと言われ、それを受け入れた新人が管理職になった時、過去の自分と同じように考えた新人に忠告する。

 人間とは、組織に染まる生き物だ。

 こうして酒向修司の違法カジノは、半世紀以上もなかったことにされてきたのだろう。


「……帰るか」


「勉強になったかな? そのうち、少しは勝たせてやらんこともないがな」


 酒向修司の顔には、『自分を脅かす人間など一人もいない』と書かれているようだ。


「リョウジさん、腹が立ちますわね」


「だよねぇ。ヘンリックさん、仕返ししてやろうよ」


「ホンファさん、当然仕返しはしますよ。そのためにまた別人に『変装』して、裏カジノに入って勝ち続けてください」


「ですが、また勝っても配当金を没収されてしまうのでは?」


「されますが、『強制取り立て』 の前では無力です。酒向修司の負債を増やし続けてあげましょう」


「……酒向修司は、 もう死ぬまでお金に縁がない生活になりますね」


「アヤノさん、 今の日本ならお金がなくても生きていきますよ。これまで裏カジノを利用して政治家一富裕だと評判の酒向修司からしたら、 これから死ぬまで地獄のような生活かもしれませんけど」


 その後俺たちは何度も『変装』して裏カジノで大勝するも、すべて配当金を没収されてしまった。

 チップに変えたお金すら没収されてしまったので大損もいいところだ。

 多分酒向修司は、今夜も大儲けだと大喜びしているだろうが、これから奴、及びその一族、関係者たちの地獄が始まる。


「『リンク』、『強制取り立て』 。我々の勝ち額は、五兆円ほどですか。ではありがたくいただきましょうか」


 別空間から出てきた、膨大な量の金貨と宝石。

 そしてこれだけの負債というか不幸を、酒向修司及びその家族、関係者は背負うことになる。


「『強制取り立て』に『リンク』をかけると、彼の家族や仲間とみなされた者たちも、この負債を背負うことになりますからね」


「酒向修司の一族は未来永劫、金に縁がなくなりそうだな」


「酒向修司の裏カジノの維持に協力しきた者たちもです。世の中お金があるから必ず幸せになれるという保証もありませんから、 もしかしたら将来彼らの中に、お金じゃない別の価値観で幸せになる人がいるかもしれませんね」


 表立って酒向修司の裏カジノを潰せないのでこういうやり方になったが、それから一ヵ月も経たずに、栄華を誇っていた酒向修司の裏カジノは潰れてしまった。

 それだけでなく、酒向修司は不幸が続いて借金まみれになり自己破産。

 政治家も引退することになった。

 表向きは健康上の都合ということにして。

 さらにそれが、一部警察幹部、OB、マスコミ関係者及びOB、与野党の政治家へと波及。

 次々と破産、没落していく。

 お金がないのは首がないのと同じ とよく言ったもので、『強制取り立て』効果が切れる……五兆円分の負債がなくなるまで、彼らは子孫永劫、お金に縁がない生活が続くことになる。


「『強制取り立て』ならその人物限りだけど、『リンク』がつくと恐ろしいことになるな」


「半世紀にも及ぶ悪癖を断ち切るには、 そのぐらいの荒療治が必要なんですよ」


 裏カジノの件を表沙汰にできない以上、酒向修司と彼を擁護していい思いをしてきた連中は密かに退場していく。

 『強制取り立て』のせいで破産して、子孫は五兆円分損失を出すまでお金に縁がない生活を送ることになるなんて、もしかしたら裏カジノが見つかって社会的に処罰されるよりも悲惨な末路かもしれない.


「半世紀にも渡って好き勝手贅沢に暮らしてきたんです。酒向修司とその一族、関係者たちはその報いを受けても仕方がない。それに、『強制取り立て』の素晴らしい点は、それだけの負債を抱えていても野垂れ死ぬ心配がない点です。自殺もできない。どれだけの年月がかかるかわかりませんが、五兆円の負債を返すまではね」


 短期間で一気に没落した酒向修司たちであったが、世間とは案外残酷なのかもしれない。

 彼らがいなくなっても、ほとんどの人がそれを気にしなかったのだから。




「……古谷さん、ヘンリックさん。やってくれましたね」


「田中総理、俺たちは表沙汰になると困る裏カジノのことを世間に漏らしたりはしていませんよ」


「酒向修司は勝手に破産して潰れただけですからね。それに、違法カジノの件は永遠に闇に葬ったんですから」


「……正直なところ、酒向修司が没落して清々してますけど、賭けで勝利したお金は?」


「そんなものあったかな?」


「古谷さん、さすがにそれはない……」


「田中総理が決断して酒向修司を潰せていたら、違法な収益として没収できたかもしれないのに残念ですね。それに俺たちは、ギャンブルに勝っても配当金を支払ってもらえませんでしたから」


 今回俺たちが違法カジノから奪い取った収益の大半が、『強制取り立て』で得た金貨と宝石なので、表向き俺は違法カジノで収益をあげていないことになっている。

 それに、田中総理がこれまでの暗黙の了承を無視して酒向修司の違法カジノを摘発できていれば、かなりの金額を国庫に入れられたはず。

 それをしなかった田中総理の失敗でしかない。


「そのうち、寄付でもしておきますよ」





『これから、五兆円を目指してあちこちに寄付していこうと思いまぁーーーす!』


 違法カジノの動画は流せなかったけど、俺たちが裏カジノ関連で密かに得たお金はすべて寄付することになり、それを発表したら近年まれにないほどバズることに成功した。

 勿論、違法カジノを潰した時のお金だなんて言わないけど。


『(ギャンブルで勝った泡銭なので、とっとと使い切るのが吉ってね)』


 五兆円寄付の件で大分話題になったけど、俺の本業は冒険者なのでそっちで頑張らないと。

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