第181話 高級カジノ

『今日は新しくオープンしたカジノに来ていまぁーーーす。おおっーーー、すごく豪華だ』


『今日も私たちとのコラボ動画にして、初めての案件動画です』


『ボク、実は初めてカジノに入るんだ』


『ホンファなら、どこかしらのカジノに入ったことがあると思ってたわ』


『カジノって、十八~二十一歳にならないと入れないじゃん。冒険者予備校入学以前のボクはカジノに入れなかったのさ』


『そういえば私もだったわ。ラスベガスのカジノは、二十一歳にならないと入れないから。アヤノもそうよね?』


『はい。お台場、大阪、福岡、那覇にもカジノはありますけど、入ったことないですね』


『……しかしまぁ、すげえな。入場料が十万円ってよぉ。もう負けてるじゃないか。俺たち』




 今日の俺たちは、上野公園ダンジョン特区内に新しくオープンした新しいカジノに来ていた。

 このカジノは、ここ数年間で日本に中数ヵ所オープンしたカジノとは違い、世界で一番入場するのが難しいカジノと言われている。

 まず、入場料が一人十万円もしてバカ高い。

 それは他のカジノと違って超富裕層向けの高級カジノだからで、十万円の入場料も支払えない奴は客じゃないというスタンスだからだ。

 厳しいドレスコードもあるので、俺と剛も珍しくタキシードを着込んでおり、イザベラたちも美しいドレス姿だった。

 俺はギャンブルに興味がないんだけど、今日はこの高級カジノを動画で紹介する仕事を飯能総区長から承り、この場にいるわけだ。

 実はこれまで一件も案件を受けたことがなかったのだけど、依頼者が依頼者なので断れなかった。

 さらに報酬も安く、カジノで負けた分も自己負担…… なかなかに酷い仕事であるが、これも渡世の義理ってことで仕方がない。

 そんなわけで、俺たちによる動画撮影が始まったのだけど……。


『剛、どうだ?』


『一進一退だな。それにしても、コイン一枚で一万円かよ。ラーメン何杯食えるかな?』


 剛は、一番単価の安いスロットを回していた。

 ただし一番安くてもコインは一枚一万円、一番高いコインだと一枚一億円なので、上野公園ダンジョン特区のカジノは、高級カジノと呼ばれるに相応しいと思う。

 お客さんを見ると、世界中のセレブたちと高レベル冒険者たちが集まっていた。

 冒険者特区内に高級カジノができたのは、お金を持っている高レベル冒険者狙いなのが丸わかりだ。


『じゃあ早速、超高レートのスロットを回してみます』


 これも撮れ高のため。

 どうせ赤字になることが確定している仕事なので、 開き直った俺はコインが一枚一億円のスロットを回してみることにした。

 生来の貧乏性である俺は一枚一万円のスロットでもあり得ないと思っているのに、一枚一億円のスロットで遊べるのは、あまりに高額すぎて実感がないのだと思う。


『当然だけど、三枚賭けもできるんだな、これ』


『お前、よくそんな高額のスロットを回すな』


『もしかしたら大勝ちできるかもしれないし』


 他のレートのスロットを回している人は多かったが、俺の他にコイン一枚一億円のスロットを回している人はいなかった。

 スタッフに聞くと、さすがに常に誰かが座っているというわけにはいかないようだ。

 たまに、もの凄い金持ちが少し回すだけらしい。


『揃わなかった』


『一回転で三億円……怖ぇ』


『企画、一回転で三億円使うスロットを当たるまで回します』


 俺は、借りたコインを次々とスロットに投入して回していく。

 だがなかなか当たらず、恐ろしい勢いでマイナスが増えていった。


『リプレイすら引けん』


『百回転……三百億円のマイナス……。そろそろやめた方がよくないか?』


『剛、 こうなった以上、一回は当てないと気が済まない』


『その考えは危険だぞ!』


 俺はそのままスロットを続行する。

 二百回転、三百回転……。

 たまにチェリーやスイカの小役を引けるが、収支は圧倒的にマイナスで八百億円を超えていた。

 

『これ、本当に当たるのか?』


『さすがに当たらないってことはないだろう』


 いつか当たるはず。

 ただなかなか当たらないのでボーーーッとスロットを回していると……。


『これなに?』


『良二、それはジャックポットだぞ!』


『ジャックポット? なにそれ?』


『これまで、このスロットでプレイヤーがベットした金額の一部がストックされていて、それが全部吐き出されるんだよ』


『へえ、そうなんだ。でも、このスロットは高額すぎて稼働があまりないから、ストック とやらもそんなに貯まってなさそうだな』


 どのくらい貰えるのか知らないけど、八百億円を越える負け額は回収できそうにない。

 そんな風に思っていたら……。


『おめでとうございます! ジャックポットに関する説明をいたしますので、別室へどうぞ』


 ジャックポットは機械では払い戻してくれないそうなので、俺と剛、そして自分の動画チャンネルのためにポーカーや ルーレットで遊んでいたイザベラたちと一緒に、カジノの応接室へと通された。

 豪華なソファーに座ると、バニーガール姿の綺麗な女性スタッフがコーヒーを持ってくる。

 随分といい豆を使って……高級カジノだから当たり前か……なんて思っていると、支配人と思しき初老の男性が姿を現す。

 どうやら欧米人らしい。


『まずはジャックポット、おめでとうございます』


『ありがとうございます』


 上野公園ダンジョン特区に唯一ある高級カジノの支配人だからか、外国人なのに日本語が堪能だった。

 そしてこの支配人は……。


『レベル896、スキルはギャンブラーか』


『わかりますか。確かに私は、ギャンブラーのスキルを持つ冒険者です』


  向こうの世界でも、ちょっと常識では考えられないほどギャンブルに強い人がいたので、もしスキルが表示されたら、支配人のように『ギャンブラー』って出ていたんだろうなと思う。


『私が楽しむ方に回ってしまうと、世界中どこのカジノも、競馬場も、パチンコ店も、競輪、競艇も一日で潰れてしまいますから。だからカジノの経営に回ったのです。私の持つスキル『フェアネスゾーン』の中では、たとえフルヤさんでもレベル、運のステータス頼りで勝利することはできません。 どんな人も平等に大勝できる可能性がある空間を作り出すのです』


『ということは、リョウジさんは本当にたまたま運よくジャックポットを引いたってことですか?』


 『そういうことになります。この高級カジノでは私の『フェアネスゾーン』が常に発動していて、ステータスの運の数字が高かったり、ギャンブル系のジョブやスキルを持っていても、勝率は一般人と同じになってしまうんです』


 どうしてヘンリックさんが、この高級カジノの支配人にスカウトされたのかよく理解できた。

 この高級カジノは冒険者特区が経営しており、儲けた額によって翌年の税金が安くなる。

 ギャンブル系のスキルやジョブを持つ高レベル冒険者にお金を抜かれないよう、プロのギャンブラーではあるが、冒険者特性と『ギャンブラー』のスキルを持つがゆえ、世界中すべてのカジノ、公営ギャンブル施設から出禁にされてしまったというヘンリックさんを運営側としてスカウトしたのだから。


『で、ジャックポットの金額なのですが……』 


『 いくらなんだろう?』

 

 せめて、賭けた金額の半分くらいは戻って来るといいんだけど……。


『ジャックポットの最低保証分が千枚なんですけど、ストック分が貯まりに貯まっていたので、三万五千八百六十枚です』


『一枚一億円で、三万五千八百六十枚?』


『はい。つまり、三兆五千八百六十億円です』


『……本当に? 動画だから ドッキリで言ってるのではなく?』


『このスロットは世界で一台しかない、コインが一枚一億円のスロットです。世界中からジャックポットを当てたいお客さんが多数挑戦しているんです。三枚掛けすると一回転で三億円が消えるので稼働率は良くないように見えますけど、この高級カジノで一番の稼ぎ頭なんですよ』


 こんな射幸性の塊ようなスロットがあるなんて知らなかった。


『……良い子のみんなは、こんなスロットで遊んじゃいけないぞ』


 一回転回すのに三億円かかるので、一般人が回すことはほぼあり得ないのだけど、念のため動画にテロップを出して注意はしておいた。

 入場料が十万円なので、俺の動画を見たからと言ってこの高級カジノに遊びに来る人はとても少ないと思うけど。


『なお、カジノ内の飲食はすべて無料です。モンスターのお肉やダンジョン産食品を使った料理やデザート、飲み物が楽しめますよ』


 このあとも、イザベラたちが高級カジノに付属している各施設について説明してくれた。

 このカジノは特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律を元に作られているので、カジノばかりでなく、超高級ホテル、ダンジョン産食品を主に扱う飲食店街、ダンジョン博物館、アナザーテラで捕獲した絶滅動物たちの展示、遊園地、ショッピングモールなども併設されており、こちらはで無料で入ることができるので、世界中からやって来た多くの観光客たちで賑わっていた。

 そして、これら施設の最大の特徴は人間の従業員がとても少ないことだ。

 段々と経験を積んで賢くなるゴーレムたちが、大半の仕事を器用にこなしていた。


『ステーキ用のドラゴン肉が、一枚五万円なのはお得ですね。冷凍してあるので保存も効きますし、お店で食べるよりもお安いです。ハレの日にいかがでしょうか?』


『ドラゴンテールラーメンは一杯三万円か』


『ダンジョン産フルーツをふんだんに使った特製パフェは一万五千円。この施設ならではのお得な価格です』


『他にも、魔導技術を用いた便利な様々な新製品の展示や、販売も行っていますよ』


『新型の飛行型自動車も展示してある。燃費がさらによくなって、レギュラーの魔液一リットルで五十キロ動かせるのはいいな。……三億円かぁ……』


 上野公園ダンジョン特区内にある高級カジノとその周辺の施設には、国内外から多くの観光客が訪れて沢山のお金を落としていく。

 他の冒険者特区にもない、高レ-トのカジノで世界中のセレブが大金を賭け、ダンジョンから産出したもので作られた様々な品を観光客が購入し、豊富な資金で集められたものが展示されている美術館、博物館、モンスターと絶滅動物を見学する。

 高級カジノはその中の一つでしかなく、上野公園ダンジョン特区は観光業でも稼げるようになっていた。

 青ヶ島ダンジョンも、同じように観光客が増えているそうだ。


『みなさん、一度上野公園ダンジョン特区へ遊びに来てみませんか?』


 こんな感じで初めての案件をこなしたのだが、結果は上々で動画は視聴回数を稼ぐことができた。

 本来の目標である上野公園ダンジョン特区の観光客も増え、動画で一番注目を集めた高級カジノの三億円スロットだが、世界中の金持ちが運試しで回しにくるようになり、777やジャックポットを引いた人がニュースになるぐらい有名になっていくのであった。




「あっ、カジノで高額の勝利をした人は納税の義務があるんです。古谷さんは過去に例がない大勝ちをしたので、税率は50パーセントです」


「……わかりました」


 冒険者特区が経営するカジノは、絶対に赤字にならないように経営されているのだ、俺は理解したのであった。

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