第180話 Vチューバ―、マジックアーマー

『やっほーーー! みんなぁーーー! 元気してるぅ?』


『『『『『『『『『『元気でぇーーーす!』』』』』』』』』』


『みんな元気でよかったよ。ミンミンは、最近お疲れ様でさぁ……』


『わかるわかる。俺もこのところ少し疲れ気味だから』


『『ふるやんさん』もそうなんだぁ。スパチャありがとう。ミンミン嬉しぃ』





 最近俺は、Vチューバーの『ミンミン』に嵌まっている。

 できる限り生配信に参加したいところだけど、俺もちゃんと休みは取っているものの、 スケジュールは詰まっているから、今日久々に生配信に彼女の生配信に参加することができた。


『最近、ミンミンは車を買ったんだけど、あっ、中の人ね。中の人言うなって? まあいいよねぇ。で、ミンミンはこれから頑張らなきゃの人だから買ったのは中古車なんだけど、なんか最近、その界隈が騒がしいよぇ。なんでか知らんけど! 大きな電動機……。車はかなり安かったけど、エンジンが古いから燃費がねぇ……。ミスリルメッキだっけ? エンジンにしてある車が欲しいけど、高いよねぇ。あっ、またスパチャありがとう! ふるやんさん』


 いつもは寝る前にミンミンの配信を聞くことが多かったが、今日は生配信に間に合い、スパチャしたお礼を言ってくれたので大満足だ。

 Vチューバーの中でミンミンはまだそれほど有名じゃないけど、順調にファンは増えている。

 俺もスパチャを強化して、みんみんのVチューバースパチャランキングを懸命に上げているからな。

 上げているというか育てている?


「リョウジさん、スパチャはお控えになった方がよろしいのでは?」


「イザベラ、これは俺の推しであるミンミンが、Vチューバーの輝く星となるためなんだ。推しへの支援を惜しむつもりはない」


 そのために、俺はこのところダンジョンに潜る時間は増やしてないけど、レベルアップすればするほど討伐効率は上がるのに、あえてダンジョンに潜る時間を減らさないことで稼ぎを増やし、その一部をミンミンへのスパチャにしているのだから。


「イザベラ、Vチューバーへのスパチャなんて、リョウジ君の稼ぎからしたら小銭みたいなものなんだから、気にする必要ないって」


「そうそう。俺の稼ぎに比べたらさぁ。それに、ミンミンの配信を聞くことで仕事の効率も上がっているわけだし」


 みんみんは、俺の心の癒し。

 わかってるんだよね。


「確かに、このところのリョウジさんの頑張りは凄いですね」


「私たちとアタックしている富士の樹海ダンジョンだって、もう八千階層に到達しましたから。さすがは良二様です」


 もはや資産の数字が増えるくらいしか変化がない暮らしの中で、俺はこの世界の人たちの生活を懸命に支えている。

 一部ヲタクグッズを除くと、あまり物欲もない俺の数少ない楽しみがミンミンへのスパチャなんだから。


「リョウジ、そんなにミンミンってVチューバーはいいの?」


「ミンミンはただ癒されるだけじゃなく、時おり混じる毒舌がいいのさ。みんなもミンミンの配信を聞けばいいのに」


「ふーーーん。日本ではVチューバーが流行しているのね。ミンミンねぇ……」


 リンダはスマホを操作して、なにかを調べ始めた。


「ミンミンは、『HRY企画』ってところが経営しているのね。比較的新しい会社だけど……」


「どこが経営していようと、俺のミンミン推しに変わりはないさ」


 そのHRY企画ってところがミンミンで手を抜くことがなければ、俺がその経営を支えてやろうではないか。

  俺はそのぐらい、ミンミンを推しているのだから。


「でもリョウジ、この会社。古谷企画の子会社だって」


「えっ?」


 リンダの発言で固まる俺。

 古谷企画って、Vチューバーにも手を出していたのか!


「プロト1!」


 俺が裏島にある古谷企画の真の本社に駆け込み、なにやら仕事をしているプロト1に問い質すと、彼は普段のテンションのまま答えた。


「儲かりそうだったので、配下のゴーレムに任せてますけど、最近スパチャが増えていい感じですね。あっ、社長の『石油王並のスパチャ』が呼び水になった感じです。社長、ナイスアシスト」


「……俺、自分の会社のVチューバーにスパチャしてたんかい!」


 それはあまりにも興ざめじゃないか。

 意図したことではないにしてもステマ感を感じ過ぎてしまうため、俺はもうミンミンにスパチャはしないだろう。

 なんだろう。

  この虚しさと共に訪れる卒業感は……。


「リョウジ、他のVチューバーを応援すればいいのよ」


「だよなぁ。今度こそ、真の推しを探すんだ!」


 次によさげなVチューバーが見つかった時は、古谷企画が経営していないか、ちゃんと確認しないと駄目だな。

 古谷企画のオーナーは俺なのに、経営しているすべての事業を把握していない俺って問題あるかもしれないけど、プロト1が始めちゃうから仕方がないんだ。

 プロト1の恐ろしいところは、これまで新規事業を一つも赤字にしていないってことだと思う。

 そりゃあ、既存の企業がゴーレムとAIを使った会社に負けて次々と倒産するわけだ。






『金の価格ですが、現在一グラム四万二千五百六十円となっており、価格はこの一年ほど安定しています』


「嘘つけ!」



 おい!

 テレビのニュース!

 いくらなんでも暴論すぎるだろう!

 ダンジョン出現以来、金はダンジョンからしか採れなくなった。

 そのせいで金の価格は高騰を続け、今では一グラム四万円を超えているのだが、ここ二年ほどは相場が落ちついている……あくまでも数字のみで比べれはだが。

 なぜなら、二年前の円相場は一ドル百円ほどだったからだ。

 それが今では、一年ドル五円前後だ。

 一見金の価格は変わっていないが、実質二十倍になっているじゃないか。

 まさか、今見ているテレビ番組で話をしている自称経済通はそれに気がついていないのか?

 いや、さすがに気がつかないわけがないよな。

 そんなわけで、今は金を買う人が増えており、同時に自宅に金製品がある人がこぞって金を売却している。

 1グラム四千円の頃に買った金なら、金額だと十倍、実質的な価値だと二百倍にもなるので、金を持っていた人は一種のバブル状態だ。

 超円高なので円の価値も劇的に上がっており、外国人も安定資産として購入するから、余計に円高が進むという。

 金の買い取り業者も増えたけど、基本的に金は世界中で不足している状態だ。

 金の価値が大幅に上がると予測した人たちが事前に買い占めていたし、冒険者がダンジョンで金を手に入れても、買取所に売却しないで自分で所持してしまう人が増えたせいでもある。

 ダンジョンで手に入れた金を保持したままでも税金はかかるけど、冒険者なら簡単に支払える。

 税金を払っても金の保有量を増やす冒険者は多く、払った税金分は金の価値上昇でチャラになるという、恐ろしい状態が続いていた。

 さらに一部の冒険者の中には、『アイテムボックス』に金を隠している冒険者がいると噂されていたが、残念ながら日本の国税庁でも『アイテムボックス』の中までは確認できない。

 市場に把握されていない金の量が少なくないのではないかと噂されており、それが余計に金の価格上昇を……銀、パラジウム、白金なども同じか。

 価格が急上昇している。


 逆に宝石は、工業的に作れるダイヤモンドの価格が急降下していた。

 天然物が採れないから、人工ダイヤモンドが市場に過剰供給された結果だ。

 例外は、ダンジョンで手に入る希少な宝石類だろう。

 これは、天然ダイヤモンドと人工ダイヤモンドよりも差が明確なので価値がわかりやすく、とんでもない価格がついていた。

 ダイヤモンドといえば、デビアスが流通と相場を握っていたが、今では大規模なリストラの最中だとか。

 その代わり、ダンジョンから算出したダイヤモンドの流通と相場を握ってるのが、イワキ工業と古谷企画なのは有名な話だ。

 古谷企画の完全子会社に『古谷装飾』があり、ここがダンジョン産宝石の買い取り、研磨、装飾、販売まで行っている。

 最初、古谷良二が上野公園ダンジョン特区で始めた宝石屋だが、今では世界中の冒険者特区に支店がある。

 そして今は完全に会員制になっており、予約しないと来店できない。

 一時期強盗未遂が多発したのと、冷やかしで入って来る客は購入しないという判断を下したからだ。

 同時に古谷宝飾は店舗向けへの販売も強化しており、仕入れた宝石を顧客に販売する宝飾店も少なくなかった。

 庶民は安くなった人工ダイヤモンドのアクセサリーを。

 冒険者や金持ちはダンジョンから産出した宝石を購入するようになり、女性が婚約指輪にダンジョン産の宝石を使った指輪を欲し、男性が『無理!』と魂の叫び声をあげるケースが増えたとか。


「ふう……なんて世の中だ」


 ダンジョンが出現して、冒険者とダンジョンが多い日本はダンジョン大国となった。

 俺たち庶民の生活はよくなる……よくはなっているか。

 確かに失業率は上がったけど、仕事をしてる人間の給料はほんのちょっと上がっている。

 日本政府が発行した一千兆円を超える国債残高も十数年ののちには消滅するから、日本の財政は赤字ではなくなった。

 消費税は20バーセントになった……食料や生活必需品の消費税率はゼロになったけど。

 このところ寒くて農作物の収穫は数年間厳しいらしいけど、食料の値段は上がってない。

 むしろ下がってる。

 日本全国の農地を集約化し、天候に左右されない農業工場が多数建設されているからだが、そのくらいで日本が世界中に食料を輸出できるのか。

 謎が多いけど、あまりそこに突っ込んでも仕方がないという空気もある。

 そこを変に突いて食料難になったら、みんな嫌だからだ。

 農地の集約化と機械化、ゴーレムとロボットを使った省人化が進んで農作物と畜産品が安くなるから素晴らしいことだと思う。

 農業をやめる人は、高齢者を中心に過去最大らしいけど。

 今のうちなら農地を高く買い取ってもらえるそうで、小規模農家の大半は農業をやめてしまった。

 これを農業という産業の危機だと騒いでる人がいるけど、数年間収穫が絶望的だと農業を続けるのは難しい。

 どうしても農業がやりたい人は、農業企業に転職してしまった。

 彼らは給料を貰いながら、農地の集約化や耕作放棄地の整備、土壌改良などをしているらしい。

 数年後に備えて。


「ジュースも安くなったよなぁ」


 超円高とデフレのせいで、今では自販機のペットボトルが一本四十円、缶ジュースは三十円だ。

 まだ運良く職がある私は給料も特に下がることなく、この値段なら実質給料が上がったようなものだ。


「超円高だから、ボーナスが出たら海外旅行にでも行こうかな?」


 テレビでは海外旅行がブームだって言ってるけど、寒冷化のせいでハワイや南国は観光客が減って大変らしい。

 人は寒いと動きたくなくなるからな。


「それに……」


 ついに日本の失業率が三十パーセントを超えた。

 知人、友人の三人に一人が失業している計算だ。

 私もいつか失業するかもしれないので、今のうちに貯金しておくべきかも。

 だた、失業者への失業手当てが最大五年まで伸びて、生活保護も取りやすくなったから、日本で犯罪が増えたって話は聞かないな。

 その代わり、地方に続々と大規模な刑務所が建設されており、大量のゴーレムが刑務官の補佐に入ったのと、失業率の増加で刑務官のなり手が増えている。

 就職氷河期と同じく、またも公務員の求人倍率は数十倍となっていた。

 刑務所がいっぱいだから。

 軽犯罪者を刑務所に入れるとコストがかかるからという理屈が消滅したため、軽犯罪でも初犯で刑務所に収監されるようになったらしい。

 そのおかげで日本の犯罪が減っているというのは、大分皮肉な結果だけど。

 これまで軽犯罪を繰り返すも、刑務所に入れられなかったような人たちが、次々と収監されているから、犯罪は減って当然か。


「今日の昼は、198円弁当でいいよな」


 美味しいし、量も多くて、栄養のバランスも取れているから。


「弁当を買うと、ペットボトル飲料も三十円になるのがいい」


 食料品の消費税がなくなったのはいいな。

 もはや当たり前になった無人コンビニで、電子マネーで代金を払う。

 このところシェアをほぼ独占しつつある『イワフル』で購入すると、5パーセントのポイント還元もあるからこれ一択だ。

 トラブル時の対応もよく……コールセンターにかけると、AIが対応してくれるそうだが。

 ワンコインどころか、その半分でお腹いっぱい昼食が食べられる。

 十八歳までの子供か、指定された学校に通ってる学生に至っては、無人食堂で三食無料で食べられるのだから。


「今の日本で飢え死にするのは難しいけどなぁ」


 今、日本人は幸せなのか?

 外国人からは羨ましいと思われているし、日本人でも職があれば……いや、別に仕事をしなくても暮らせるから、たとえ無職でも今は楽しいって人もいるはずだ。

 

「噂だと、ついにベーシックインカムが始まるらしいけど……」


 働かずに暮らしていけるのだから幸せかもしれないが、 それは人によるのかも。

 もし自分が働いていないことが恥ずかしいと感じてしまうような人は、 たとえ飢え死にすることがなくても幸せとは言えないのかもしれない。


「だけど、そのうち働くことが特権になってしまうかもしれないからなぁ」


 冒険者を見ればわかる。

 冒険者特性がない冒険者も頑張ってはいるが、どうしても深い階層には潜れないし、死傷率が高すぎる。

 古谷良二が、所有しているダンジョンの低階層で、ゴーレム、ロボット軍団を使って素材と魔石を集めさせているそうで、それで成果が上がるのなら、冒険者特性がない冒険者はダンジョンに入らない方が犠牲者が出なくていい。

 法律で禁止してはどうかという意見まで出ていて、 彼らはそれに強く反発していた。

 加山都知事に関連した騒動で、彼ら冒険者特性がない冒険者が東京都内で特権的に振る舞ったり、中には一般都民に被害をもたらした件があかるみに出て、このところ世間のイメージが悪かったのもあった。


「冒険者特性を持たない冒険者たちをダンジョンに入れないようにするのは難しいだろうけど、人間の仕事がどんどんなくなっていくのは事実だ」


 ゴーレム、AI、ロボットでできる仕事を人間に任せると、莫大なコストがかかる時代になってしまったからだ。

 日本ではいまだ正社員を切りにくい労働法規があるので、余計に正社員を雇わなくなっている現実もある。


「ベーシックインカム制度って、つまり能力のない人は働かず、お金を貰って遊んで暮らしてろってことだからなぁ。仕事の邪魔するなって」


 働かずに食べられるけど、能力のない人間は、働いている能力のある人間の邪魔をするなと排除される世界。

 なんでもあと十年もすると、世界の失業率は50パーセントに迫るらしい。

 私にも、十年後に職があるのかよくわからなかった。


「まさかこんなに短期間で、世の中が変わるとは思わなかった」


 そんな予測がネット上で出るようになって、冒険者たちを格差を生み出した元凶だと批判し始める勢力が出てきたけど、残念ながら彼らがいなければ今の文化、生活レベルを保てない。

 『人間は、環境に負荷をかけない原始の生活を送るべき!』みたいな過激な意見が出たり、日本の廃村に数百名が集まって生活を始めたなんて話もあって、しばらく世間は混沌とし続けるのだろう。


「はあ……。仕事に行くか」


 もし仕事がなくなったら、その時考えるしかないものな。

 今はクビにならないよう、頑張って仕事をしないと。






「良二様、いいですか?」


「いいよ。適当に攻撃魔法をぶつけてみて」


「いきます! 『ファイヤーストーム』!」


「うぉーーー火炎に包まれているけど全然熱くない。成功だ」


「おめでとうございます、リョウジ様」



 全身を覆う魔導技術を用いた鎧を着た俺に向けて、綾乃が攻撃魔法を放つが、無事にノーダメージで防ぐことができた。

 この全身鎧『マジックアーマー』は、俺と岩城理事長、イザベラたち、剛でずっと開発を続けていて、最新バージョンはかなり実用的なものとなった。

 非常に軽量であり、とても頑丈で、かなりのレベルの物理、魔法ダメージを防ぐことができる。

 そして一番の肝が、マジックアーマーに内蔵された魔力電池に溜め込まれた魔力を消費して、装着者の力とスピードを増加させることができることだ。

 つまりこれを装備して戦えば、冒険者特性がなくてもダンジョンの深い階層まで潜ってモンスターと戦うことができる。

 最近、ダンジョンの低階層はゴーレムに任せた方がいいという世論が盛り上がりつつあった。

 その理由は冒険者特性を持たない冒険者がダンジョンに潜ると危険であり、事実死傷率が高く、人道的な理由から出た話なのだが、実はこの話には裏がある。

 最近失業率が高く、ダンジョンで稼ごうとダンジョンに潜る人が増えているのだが、人数が増えれば不用意な人も増えるわけで、 そのっじじ死傷率の増加に繋がっていた。

 ダンジョンに潜ることは強制ではなく自己判断なので、もしダンジョンで死んでも自己責任……のはずなんだけど、中には借金を抱えてヤミ金業者に無理やりやらされている人もいるらしい。

 なので、世間のいわゆる人権を重視している人たちに言わせると、『これ以上犠牲者を増やさないため、冒険者特性を持たない人がダンジョンに潜るのを法律で禁止した方がいい。人間の命はなによりも大切なのだから』という意見になるのだそうだ。

 幸いというか、低階層なら戦闘用ゴーレムを揃えれば、犠牲者も出さず素材や魔石を手に入れることができる。

 事実俺だけでなく、資本を持つ高レベル冒険者や世界中の大企業が実際に成果をあげているではないかと。

 確かに俺はフルヤ島ダンジョンの一階層で、ゴーレムとロボット兵を用いて低階層モンスター狩りをしているけど、実際に運用してみて一つわかったことがある。

 フルヤ島ダンジョンの一階層は障害物がなく広いので、ゴーレムとロボットを軍隊のように展開できるけど、他のダンジョンは構造が入り組んでいて、思ったほど効率がよくなかった。

 それなのに、殊更冒険者特性を持たない人がダンジョンに潜るのを禁止しようとしているのは、人名重視という大義名分のもと、ゴーレムを揃えられる資本を持つ人間や企業が、低階層モンスターの素材で稼ぐためだ。

 普段リベラルを標榜し、人命重視云々言っている人たちが、大資本や大企業の思惑どおり動いているのは皮肉な話である。


 ただ、このままゴーレム技術が進むと、低階層のダンジョン攻略はゴーレムに任せた方が効率がいいという時代が必ずやってくる。

 そうなるとまた失業率が上がるわけで。

 だから俺たちは、冒険者特性がない冒険者がなるべく深い階層で稼げるよう、日本政府の依頼でこのマジックアーマーの改良を続けていた。


「リョウジさん、このマジックアーマーを用いると、どのくらいの階層まで潜れるものなのでしょうか?」


「人によるとしか言えない。人間って身体能力に個人差があるじゃん」


「確かにそうですね」


 アスリートや、プロの格闘家、特殊部隊の軍人などがこのマジックアーマーを装着すれば、俺の計算だと百階層くらいまではいけるはずだ。

 だけど運動神経に自信がなければ、十階層がいいところだと思う。

 元の身体能力で大きな差が出てしまうのだ。


「なるほど。元の身体能力を基準値として強化されるから、強い人はもの凄く強くなるけど、そうでない人はそれなりにって感じなんだね」


「あとは、私とリョウジが開発を進めている新型魔銃と、強力な武器を装備すれば、中階層モンスターの素材の不足も解消ってわけね」


 実はこのところ、中階層で採れる資源やモンスターの素材が不足していた。

 低階層で採れる資源やモンスターの素材は、冒険者特性がない冒険者たちが大量に集めているし、ゴーレムを投入して数を集める冒険者や企業も現われた。

 そして高みを目指す高レベル冒険者は、常に最深層での攻略に拘る。

 その結果、どうしても中階層で採れる資源やモンスターの素材が不足しがちになっていた。

 そこで日本政府は、冒険者特性を持たない冒険者にマジックアーマーを販売し、ダンジョンの中階層に挑ませることにしたというわけだ。

 冒険者特性を持たない人間がダンジョンに潜るのは禁止なんてことになったら、ますます失業率が上がってしまう。

 だから、冒険者特性がない人でも安全にダンジョンに潜れるよう、マジックアーマーを販売することが決定していた。

 日本政府としても、失業率の増加が社会不安を引き起こすのが怖いのだろう。

 マジックアーマーの開発と量産は、失業対策の一つなのだ。


「ただゴーレムやロボットの性能も上がり続けているから、将来はゴーレムにマジックアーマーを装着してダンジョンに潜らせたりしてな」


「剛、シィーーー!」


 将来ほぼそうなることは決定しているが、それまでの間は失業者対策になる。

 俺たち冒険者は人間の職を奪っていないと世間にアピールするため、 マジックアーマーの製作に勤しんでいるのだから。


「にしても、このマジックアーマー。いくらで売るんだ?」


「一億円くらいでトントンかな」


「高っ!」


「ハグレモンスター対策で警察が。自衛隊もパワードスーツ代わりに購入してくれるから、 量産効果でこれでもだいぶ 安くなったんだよ」


「にしても……。で、肝心の燃費は?」


「そっちは改善した。一日八時間全力で行動すると、魔石代で百万円ってところだな」


「……失業者対策になるか?」


「日本政府はローン購入者を支援すると言うし、冒険者特性がない冒険者でも、真面目に活動して貯金してる人はローンを組めるはずだ。中階層で活躍できるようになれば、魔石代も出せるさ」


「まあ確かにそうなんだけど、問題はそうじゃない奴らなんだよなぁ……」


 無事に完成したマジックアーマーだが、さらなる改良を進めつつ、最新型が量産されて警察、自衛隊に納品され、大変好評となった。

 目端の利く冒険者特性がない冒険者たちも次々と購入し、中階層で以前の数倍も稼げるようになった人も。

 ただ、剛の予想は当たっていて……。




『ダンジョンに潜るだけで、一つ一億円もする装備や武器、多額の魔石代までかかるなんて! 貧乏人はダンジョンに潜るなってことか?』


『俺たちには手が出ないじゃないか! こんなのは不公平だ!』


『マジックアーマーを無料で寄越せ!』


『冒険者が、さらに格差を作り出そうとしているぞ!』


『職を寄越せ!』


 珍しくテレビをつけたら、都内で俺たちが作成したマジックアーマー絡みのデモが行われていた。

 庶民が一億円のマジックアーマーなんて買えるわけがないので、金持ちばかりがさらにお金を稼いで格差が広がるというのが彼らの言い分らしい。


「もはやなにをしても、文句を言われてて草」


「良二、 気にすると禿げるぞ」


「別に気にしてないし、そこまで言うのなら個人的に支援してやろうじゃないか」


 というわけで、デモまでしてマジックアーマーを欲したのだから、それが手に入ればダンジョンで大活躍してくれるはずだ。

  そう思った俺は、自腹で日本中のダンジョンの入り口にマジックアーマーの無料レンタル施設を設置した。


『しかも! マジックアーマーを動かす魔石も、最初の五回分は無料にします。五回分の稼ぎがあれば、六回目からは魔石代がかかっても余裕で支払えるはずです。さあ、みんなダンジョンへ!』


 動画で大々的に説明したら、多くの失業者がマジックアーマーをレンタルしてダンジョンに潜るようになった。

 さらに念には念を入れて、初心者は冒険者から三回の指導を無料で受けられるようにもしている。


「至れり尽くせりだな。ここまで支援したから、みんなダンジョンで頑張ってくれるはず」


「タケシって、見た目に反して甘い部分があるのね」


「リンダ、どういうことだ?」


 剛が、自分を甘いと言ったリンダにその理由を問い質した。


「良二のやり方は、ただお魚をあげてもその時限りだから、魚を釣る方法を教える類のものじゃない。これまでありとあらゆる時代、世界中の為政者や篤志家が同じようなことをやったのだけど、全員を救えたわけではないわ。見てなさい」


 リンダはアメリカ合衆国大統領の孫娘だ。

 世の中がそんなに甘くないことをよく知っていた。

 実際、マジックアーマーの無料レンタル制度が始まったのだけど……。





「泥棒だ! 捕えろ!」


「クソォーーー! 離せぇーーー!」


「ダンジョンに潜らず、装着したマジックアーマーを盗んで逃げようとはいい度胸だな。当然だが監視カメラの映像は残ってるし、そういう不貞の輩を捕えるため、我々のような人間が配置されているんだ」


「弁護士を呼べぇーーー!」


「呼んでやるが、窃盗未遂の現行犯で逮捕する」


 まず問題になったのは、レンタルしたマジックアーマーを盗もうとした人たちだ。

 だがそんなことは想定済みなので 、配置されていたマジックアーマー装備の警察官たちに取り押さえられてしまった。

 他にも……。


「……ナンバー56番、ダンジョンから戻ってきませんね」


「行方不明。 一週間後には死亡扱いだな」


 まるでスーパーマンになったかのようなパワーが出せるマジックアーマーの力を過信して、死んでしまう人もいた。

 初心者は最初の三日間、経験者の指導を受けるから死者は少なかった……指導者の言うことを聞かないで暴走し、死んでしまう人がいたけど…… が、経験者がこの罠に嵌まって結構死んでしまったのだ。

 他にも……。


「あなたは魔石代無料の五回が終了したので、今日からは魔石代を払ってください。マジックアーマーは引き続き無料でレンタルしますので」


「そんな金ねえよ!」


「五回もダンジョンに潜ったのなら、かなりの成果があったはずですよ。そのお金をどうしたんですか?」


「使った!」


「とにかく魔石代を支払ってもらわないと、マジックアーマーは貸せません」


「ふざけるなよ! 俺に金を稼がせろよ! テメエ! 無料で魔石をくれないと殺すぞ!」


「従業員への脅迫ですね。拘束しろ!」


「ざけるなよ!」


 せっかくダンジョンでお金を稼いだのに、魔石代を残さずに全額お金を使ってしまう人。

 魔石代を出さないとマジックアーマーは貸さないと職員が説明すると、暴れたり、 脅迫する人など。

 やはり、マジックアーマーを無料でレンタルできるようになっても、それを上手く生かしきれないというか……。

 でも彼らはまだマシな方で、今週も都内でデモが行われていた。


『俺たちに職を!』


『マジックアーマーを動かす魔石代を、国が支援しろ!』


『冒険者特性を持つ冒険者たちは、我々が一人前になるまで親切に指導するべきだ!』


「リョウジさん、頭にこないのですか?」


「いや、俺はできる限りの支援はしたんだ。残念なことに人間には性根と能力の差があって、他の人からの手助けや支援を活かすことすらできない人がいる。支援しても足りないと怒る人もいる。残念だけど、彼らが満足するまでつき合ってあげる義理も時間はないから」


「確かにそうですわね」


「むしろ、あそこまで支援したリョウジ君が仏レベルだけどね」


「残念だけど、ここまで援助して冒険者になれないような人は、無理にダンジョンに潜らない方がいい。だって死んでしまうから」


 マジックアーマーのおかげで冒険者として成功できた人もかなりいたけど、まったく駄目だった人も少なくない。 

 そんな彼らだが、しばらくはデモを続けたり文句を言っていたけど、日本政府がベーシックインカムを始めたらかなり沈静化した。


『この僕が活躍できる場所を、国が用意すべきなんだ!』


『そうだ! マジックアーマーの無料レンタルと魔石代五回分の免除くらいでは、僕たちが力を発揮することは難しい』


『俺たちは大器晩成型なんだ』


『それに気がつかない日本政府と古谷良二め! この私と言う大魚を逃したことを後悔するがいい』


「……無人食堂で愚痴を零しているくらいなら、ダンジョンの入り口でマジックアーマーをレンタルしてダンジョンに潜ればいいのに……」


 イザベラが呆れていたけど、そういう人たちになにをしても、ほぼ変わることはないので仕方がない。

 俺は、手助けをすることで状況をを改善できる人のために援助をしているのだから。

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