第179話 創作物でよくありそうな、怪我人を治癒魔法で治した話

「きゃーーー! 」


「救急車だ! 急げ!」


「集団下校をしている子供たちの列に車が突っ込んだぞ!」


「リョウジさん!」


「良二様は!」


「リョウジ君!」


「リョウジ!」


「良二!」


「みんな、行くぞ!」


 某地方のダンジョン内で撮影をしてから、地元のグルメでも楽しもうと町を歩いていると、けたたましいブレーキ音と共に女性の悲鳴が響き渡った。

 どうやら、下校中の子供たちの列に暴走車が突っ込んだらしい。

 急ぎ駆けつけると、高級外車が道路脇の電柱に突っ込んでおり、辺りに多くの子供たちが倒れていた。

 出血が激しい子や、ぐったりとして意識がない子もいる。

 駆け付けた大人たちが子供たちの救護をしたり、119番に連絡しているが、現場は地獄の惨状だった。

 俺たちは急ぎ駆けつけ、子供たちの治療を開始した。


「この子が一番危ない。綾乃、頼む」


「わかりました」


 このままだと、あと数分も保たないであろう女の子に綾乃が『エクストラヒール』をかけて治療していく。

 俺を除けば、彼女が一番治癒魔法の腕前と威力が高いからだ。

 他にも重傷者が多いので、俺も次々と『エクストラヒール』をかける。


「そっちの子たちはボクだね」


 イザベラ、ホンファも分担して、子供たちを治療していく。

 二人も高レベルになった影響で、高度な治癒魔法が使えるからだ。


「私は軽傷の子たちね」


「ったく、どういう運転をしたらこんなことになるんだ?」


 ガンナーであるリンダであったが、高レベルになった影響で治癒魔法が使えるようになっていた。

 大神官である剛も、危ない子から素早く『エクストラヒール』をかけていく。

 みんなで頑張った結果、どうやら全員助かりそうだ。


「ありがとうございます!」


 集団下校の付き添いをしていた保護者と思われる女性は、自分の娘が血まみれになって意識を失っていたので泣き叫んでいたが、目を覚ましたので俺たちにお礼を述べていた。


「本当に助かりました」


「救急車で病院に運んでいたら、助からなかった子もいたはずです。冒険者って凄いんですね」


「運がよかった……あっ! あなたたちは?」


「古谷良二とダンジョンの女神たちだ!」


 魔法で変装している時間がなかったので正体がバレてしまったけど、さすがにこの状況で『ファンです!』、『サインください!』などと囲まれることはなかった。

 最近、俺のサインが欲しいって人いるんだよなぁ。

 なにに使うのか、俺は不思議で仕方がないのだけど。


「念のため、全員病院で診てもらった方がいいと思います」


「そうですね……」


「救急車はもういいか。車を手配した方がいいかな?」


 怪我は完全に治したのでもう大丈夫だけど、服が血まみれの子もいるし、精神的なショックを受けているだろうから、医者に確認してもらった方がいいだろうと、車の手配を始める大人たち。

 みんなが、暴走車に轢かれた子供たちの救護と治療に集中していてすっかり忘れていたのがよくなかったらしい。


「誰だ! 車を動かしているのは?」


 電柱にぶつかった車は止まっていたはずなのに、それを動かし始めた人が……確実に運転手だろうが、今子供たちの救護活動をしているのに、なんの断りもなく車を動かすなんて非常識もいいところだ。


「警察の現場検証もあるんだ! 車を動かすんじゃない!」


 俺が車の運転席横まで行って子供たちを轢いた運転手に注意すると、そいつは窓を開けてから怒鳴りつけてきた。


「僕の車をこんなにしやがって! クソガキどもめ! パパに言いつけてやるからな!」


「はあ?」


 俺はこのバカにどう言い返していいものか、珍しく困ってしまった。

 十数人もの子供を轢いておいて、救護するわけでもなく、心配すらしないで、車の損傷が一番気になるって……。

 見た感じ、いかにも金持ちのお坊っちゃまぽい。

 自慢の高級外車も、『パパ』に買ってもらったのだろう。


「僕は忙しいんだ。どけ!」


「あんたは、人身事故と物損事故を起こしたんだ。これから警察の取り調べがあるんだ。せめて静かにしていろ」


 まさかこいつ、これだけの大事故を起こして逃げるつもりなのか?

 あり得ないので、俺は指でお坊ちゃま自慢の高級外車を押さえつけた。

 俺は冒険者なので、もうこいつは逃げられない。

 車を動かせるものなら動かしてみるんだな。


「僕は選ばれた人間だから、君のような下等な人間の指図は受けないのさ。さあ、どいてくれ」


「だから! あんたは人身事故と物損事故の容疑者なんだ。それにここで逃げると、ひき逃げ犯になってしまうぞ」


 どんな上級国民様の子供か知らないが、これだけのことをしておいて無罪放免だと思ってるのか?

 だとしたら、相当おめでたいな。


「僕は、お前たち下等国民と違って忙しいんだ! どけ!」


「嫌でぇーーーす(逃がすか、ボケ!)」


「ふざけるな! お前がどかないってのなら!」


 ひき逃げ犯(仮)は、さらに高級外車のエンジンを吹かし、どうにか車を動かそうとする。

 が、俺がそれを許すわけがない。

 俺の指で押さえつけられた高級外車は、いくらエンジンを吹かしても一ミリも動かなかった。


「なんで動かないんだ?」


「電柱にぶつかったから、壊れてるんじゃないの?」


 実は俺が動かないようにしているんだけど、わざとそう言ってやった。

 するとボンボンは全力でエンジンを吹かし続けるが、当然車は動くわけがない。

 車のパワーなんて弱いモンスター並みでしかなく、高レベル冒険者に勝てるわけがないからだ。


「なぜ動かない……はっ! お前は古谷良二!」


「今さら気がついたのか? そろそろ警察が来るから、大人しくするんだな」


「どけ! この僕を誰だと思ってるんだ!」


「嫌だね。それにお前なんて知らないなぁ」


 どこかの金持ちのボンボンだってくらいしか。


「普段、周囲の人たちにチヤホヤされているんだろうけどさぁ。全世界では、お前のことなんて知らない人間の方が多いから。そこは理解しておこうな?」


「古谷良二、今なら許してやらないでもないぞ。この僕を逃がすんだ!」


「やだよ。言いたいことがあったら、警察で言うんだな」


 時間稼ぎに成功し、パトカーサイレンの音が聞こえてきた。

 現場に到着したパトカーから警察官たち降りるが、現場の状況を見て絶句する。


「これは……」


「大惨事じゃないか!」


 到着した警察官たちが血溜まりが広がる現場と、服が血まみれ、一見大怪我をしているように見える子供たちに驚いていたが、すぐに救護をしていた男性の話を聞いて、安堵の表情を浮かべた。


「古谷良二さんたちが、瀕死の子供たちを治療してくれたのですね」


「たまたま運がよかったんです。もし、古谷良二さんたちがいなかったら、確実に何人か亡くなっていたでしょうから」


「それで、この事故を起こした人は?」


 全員の視線が一斉に、金持ちのボンボンに向いた。


「僕は知らない!」


 慌てた金持ちのボンボンが懸命に車のアクセルを吹かすが、俺が逃がすわけがない。


「なんで動かないんだよぉーーー!」


 いくらエンジンを吹かしても、回転数が上がっていく音が鳴り響くのみで車は一ミリも動かなかった。

 逃げられない金持ちのボンボンは、徐々に取り乱していく。


「お前、逃げるつもりか?」


「僕は選ばれた人間なんだ! 愚民のガキ共を轢いたくらいなんだって言うんだ!」


「はいはい。お話は警察署で聞くから」


 金持ちのボンボンの言動に呆れた警察官たちは、彼を車から引きずり出してから、ひき逃げの容疑で現行犯逮捕した。

 まさかそこまでやるなんて、よほど悪質だと思われたのだろう。


「古谷良二、覚えてろよ! お前こそ、逮捕されるがいい!」


「俺は品行方正で通ってるんだけどなぁ。そもそも、俺をどうやって逮捕するんだ?」


「うるさい! いくらお前が有名人でも、僕のパパの方が偉いんだ!」


「いや、意味わからんし……」


 金持ちボンボンの父親がどれだけ偉いか知らないけど、それで奴の罪が消えるとは思わない。

 すでにこの騒ぎを聞きつけて大勢の人たちが集まり、金持ちのボンボンのバカぶりを目撃しているのだから。

 それに加えて、奴は警察官にも横暴な態度を取っていて、印象が悪いなんてもんじゃない。


「さあ、警察署で話を聞こうか」


「コラッ! 下級国民風情がこの僕に触るな!」


「はいはい、詳しい話は警察署で聞くから」


「古谷良二! 覚えてろよぉーーー!」


 金持ちのボンボンは警察官たちにパトカーに乗せられ、サイレン音と共に警察署に連行されていく。


「なんなんだ? あいつは」


「リョウジさん、どこの国にも一定数、あんな方はいますから」


「親がどれだけ偉いのか知らないけど、さすがにこれだけの大事件を起こしておいて、なかったことにするのは難しいないかな? 特に日本では」


「そうですね。旧華族である私たちにもそんな特権ありませんし……」


「アメリカみたいに、凄腕弁護団でも雇って戦うのかしら?」


「あんな創作物のキャラクターみたいな奴、実在するんだな」


「俺もそれは思った」


 このあと、金持ちのボンボンの車に轢かれた子供たちは全員病院に運ばれたが、治癒魔法のおかげで全員が無傷だった。

 もし俺たちがいなかったら大惨事になっていたことを考えると、あの金持ちのボンボンには許せないな。

 警察は、ちゃんと奴を罰してほしいものだ。





「公人(きみと)、迎えに来たぞ」


「パパ! 僕をこんな目に遭わせた古谷良二に罰を与えてよ!」


「そうだな。私の可愛い息子を、警察なんぞに突き出した古谷良二は許せん!」


 古谷良二の奴!

 我ら医者の縄張りを荒らしおって!

 冒険者特区の外で、怪我人を治癒魔法で治すのは違法行為だ!

 人気取りのためにあんなことを!

 もし多くの愚民たちが、医者の治療よりも治癒魔法や魔法薬の方がいいなどという世論になったら、大変なことになるのだぞ!

 医療技術が途絶えたあと、ダンジョンが消えて治癒魔法などが使えなくなってしまった場合、医療技術を復活させるためにどれだけの労力が必要か!

 ダンジョン特区外で、安易に治癒魔法を使った古谷良二は決して許さん!

 たとえあの事故で数人の子供が死んだとしても、長い目で見て我ら優秀な医師による医療技術を維持していかなければならないのだから。


「パパ、警察に古谷良二を逮捕させてよ!」


「公人、必ず古谷良二は逮捕させる。奴は医者でもないのに、怪我人を治療したのだから」


「だよねぇ、古谷良二なんて牢屋に入ればいいんだ! この僕をバカにした報いだよ!」


 公人を警察に捕まえさせた報いもある。

 日本医師会の会長である私の息子は、将来この国を取り仕切っていくエリートになるのだ。

 下級国民のガキを十数人轢いた程度で逮捕させるなど、あり得ん!


「まずは懇意の政治家と警察官僚に頼んで、古谷良二を逮捕させよう」


 私の息子と同等の罰を……いや、必ず刑務所に叩き込んでやる。

 なぜなら、古谷良二はこの国の医療体制を崩壊させるかもしれない元凶なのだから。





「古谷良二さんですね。任意での取り調べになりますが、ご協力いただけますか?」


「なんの罪ですか?」


「医師法違反です。あなたは、冒険者特区の外で治癒魔法を使って子供たちを治療しましたから」


「……まあいいですけど」


「リョウジさん!」


「リョウジ君」


「良二様!」


「リョウジ!」


「おい! 良二は車に轢かれて死ぬところだった子供たちを救ったんだぞ! なぜ逮捕されなきゃいけないんだ?」


「医師免許を持たないのに、怪我人の治療を行ったと、告発がありましたので」


「誰がこんなことをしたのやら……」


「では、パトカーに乗ってください」


 これで二度めの警察からの取り調べだが、前回のドッペルゲンガー騒動の時とは違って、今回はテレビで実名報道されてしまったな。

 前回も俺が警察の取り調べを受けたことはすぐ世間にバレたので、結局同じことではあるのだけど。


「それにしても、随分と手回しがいいことで。あのひき逃げ野郎は、かなりいいところのお坊ちゃんなんだな」


「残念ですが、鬼原公人のひき逃げ容疑は消てしまいました」


 パトカーが走るなか、俺の隣に座っている刑事さんが教えてくれた。


「あのボンボンに轢かれて怪我した子供たちは、全員治してしまったからなぁ」


「誰も怪我をしていないので、鬼原公人をひき逃げで逮捕できなかったんです。電柱などは壊しましたが、彼は日本医師会会長の息子なので、弁償さえしてしまえば微罪ですから……」


「なるほど。そういうことか……」


 あのボンボンは、日本医師会会長の息子なのか。

 どうやら俺は、厄介な連中を敵に回してしまったようだな。

 結局、田中総理でも日本医師会の既得権益の壁は崩せず、冒険者特区外での治癒魔法、ポーション、魔法薬の使用は法律で禁止だった。

 さらにこれらの治癒方法は保険も適用されないので実費負担となっており、これらの治療を受けたかったら、高額の治療費がかかる冒険者特区内の病院に行く必要がある。


 現代医療でも治せない病気。

 治療跡が残らない、治癒魔法を縫合に用いた手術。

 日帰りでできる美容外科手術。


 お金はかかるが、現代医療よりも圧倒的にアドバンテージがあるため、世界中のセレブが上野公園ダンジョン特区に押しかけた。

 そのため、既存の美容整形外科や保険適用外の病院は苦境に陥っているとか。


 そしてこのことを、以前から日本医師会は問題視していた。

 自分たちの存在意義に直結する事態だからだ。

 もしダンジョンがなくなり、治癒魔法がなくなったらどうするのだと。

 彼らは常々そう言って、冒険者の治癒魔法と魔法薬を目の仇にしている。

 どうするもクソも、治癒魔法がなくなったら現代医療に戻るしかないわけだが、今、高額ながらも現代医療に勝る治療方法や美容整形手術が可能であるのなら、それを利用するのが人間という生き物だ。


 という、ごく自然な理屈も日本医師会には通用しなかった。

 通用しないというか、自分たちの食い扶持に関わることなので必死に抵抗しているのだろう。

 中には、冒険者がダンジョン内で治癒魔法やポーションを使っても医師法違反だ!

 医師免許がない冒険者の、治癒魔法と魔法薬の使用を禁止しろ!

 冒険者は怪我をしたら、病院で治療を受けろ!


 などと、声高に叫ぶ医師もいるのだから。

 冒険者側としては、冒険者特区内の使用に留めるという妥協案を出し、日本政府もそれを認めて法律を改正したのに、まだ文句を言ってくる医者たちに辟易していた。

 俺は動画でこの件をあげたこともあり、俺の動画の視聴者は頑なな日本医師会に呆れていたけど、別に彼らはバカではない。

 自分たちが無茶なことを言ってるのは重々承知だけど、保険外診療という医者が儲かるところをすべて冒険者に奪われたので、これを取り戻そうと必死なのだ。

 人間、自分の財布の中に手を突っ込まれると、高学歴でエリートの医者でも感情的になってしまうという証拠だ。

 ただその解決方法が、政治家を使って治癒魔法と魔法薬の使用を禁止させるってのは、なんというか非常に残念ではあるのだけど。

 もう一つ。

 日本医師会の上の方にいる先生方は老人が多いので、今さら考えを変えられないのかもしれない。


 そして、たまたま日本医師会会長のバカ息子が俺と揉めたので、これを利用して日本医師会は俺を潰そうとしているのか。

 治癒魔法と魔法薬を潰すために。


「(無駄なことを……)」


 世界中の冒険者の中に治癒魔法の使い手がいて、毎日ダンジョンで多くの魔法薬が手に入る。

 俺一人潰したところでどうにもならないと思うが、日本医師会の組織票をあてにしているバカな政治家たちが、やらかす可能性があるな。


「我々警察の偉いさんたちが、日本医師会を票田としている政治家たちにせっ突かれたようです。それにしても、自分の息子があれだけのことをやらかしたのに、危険運転過失致死で逮捕されずに済んだのは誰のおかげだと思っているんですかね?  本医師会の鬼原会長は……」


「我が子可愛さなんですかね?」


 俺からしたら、あのボンボンは全然可愛くないけど。

 しかも、俺はあの事故の動画を流していなかったが、他に目撃者が沢山いてスマホをかざしていたから、金持ちのボンボン自慢の高級外車が電柱に衝突しているところと、轢かれた子供たちが倒れているシーン。

 それなのに奴が車に籠って、救護をせず、救急車を呼ばなかったところ。

 挙げ句の果てに現場から逃げ出そうとして、それを俺が阻止したら暴言の限りを尽くしたことなどが全世界に流れてしまった。

 当然だがワイドショーなどでは大きく批判され、同時に俺が医師法違反の容疑で警察から取り調べにを受けるというニュースも大きく報じられていた。


『瀕死の子供たちを治療した古谷良二さんが、医師法違反の容疑で警察から任意の取り調べを受けるそうです』


『たまたまあの事故の現場に古谷さんが居合わせ、治癒魔法で治療してくれたから死者はゼロだったのに、冒険者特区の外で治癒魔法を使ったから逮捕する、というのが警察の言い分のようです』


『融通が利かないにもほどがありますね。警察の意図はなんなんです?』


『実は、この大事故を起こしたのは、日本医師会の鬼原会長の息子だそうです』


『彼は逮捕されないんですか? 治癒魔法で完治したとはいえ、あれだけの数の子供たちを車で轢いておいて……』


『警察庁によると、結果的に怪我人はゼロなので、危険運転過失致死罪にはあたらないそうです。破壊された電柱ですが、これも弁償するそうなので、罪に問うのは難しいと』


『こんな露骨な忖度も珍しいですね。しかし謎です。鬼原会長とその息子は、古谷さんのおかげで罰せられずに済むといのに……』


『彼らが古谷さんを逮捕させようとしているのは、他の原因です。日本医師会は、冒険者が使う治癒魔法や魔法薬に否定的でしたから』


『だから、冒険者特区外で治癒魔法を使った古谷さんは狙い打ちされたと? ですが彼をそんな理由で逮捕したら、デメリットの方が大きいのでは?』


『日本全体ではデメリットの方が大きいでしょうね。それでも鬼原会長は、我が子可愛さと、既得権益保持のために古谷さんの逮捕を狙うはずです。最愛の息子がひき逃げ事件を起こしたことを世間に隠す目的もあるのでしょう』


『とんでもない話ですね』


『実際事故を起こした鬼原会長の息子は、危険運転過失致死罪での逮捕されていません。彼が轢いてしまった子供たちは治癒魔法で完全に治ったので、彼を起訴する証拠がなくなったのです』


 相手が相手なのでワイドショーは向こうの味方かなと思ったけど、さすがにあの事故現場の動画が世界中に流れているので、鬼原会長とバカボンボンに否定的だった。

 ひき逃げ犯にならずに済んだ己の幸運を噛み締めて大人しくしていればいいのに、自ら墓穴を掘るなんてバカな親子だ。


「(俺が治癒魔法を使って子供たちを治療した証拠が見つかるといいけど)」


 警察署での取り調べだが、実はもう一つ問題があった。

 医者でない俺が、本当に治癒魔法を使って子供たちを治療したのか、警察が証明することができなかったのだ。

 証拠がないのはこちらも同じで、俺を逮捕するのは難しいと思っているのが丸わかりだった。


「……科学的に治癒魔法が使われた証明って可能なんですか? 我々は普段自然に使っていますけど、魔法や魔法薬、魔法道具は魔導技術由来の湯らの技術なので、科学的に証明するのは難しいですよ」


「……古谷さん、あなたは冒険者特区外で治癒魔法を使った。そうですよね?」


「子供たちが治らないかなぁ……って思って魔法で治るイメージはしましたけど、それで本当に治ったのかは不明ですね。子供たちの自然治癒能力の産物かもしれません」


「……ご協力ありがとうございました。一応お話は聞きましたが、あなたを立件できるかどうかかなり怪しいですね。もし強引に逮捕、起訴したあとの世間への影響を考えているんでしょうか? いくら上からの命令でも嫌になりますよ」 


 刑事さんは俺に上への愚痴を漏らしていたが、バカボンボンとその父親である日本医師会会長が諦めるとは思えない。

 こちらも手を打っておくか。




『僕を誰だと思ってるんだ! 下級国民のガキ数人死んだところで、それがなんだって言うんだ!』


『エリートである僕は忙しいんだ! 邪魔だ! どけ!』


 日本医師会会長の息子が通学中の子供たちに車で突っ込み、救急車すら呼ばずに逃げ出そうとした件は、ネットの中で爆発的に広がっていた。

 俺の動画チャンネルでも彼の傲慢な態度と言動は流しており、視聴回数を稼ぎに稼いでいる。

 あとで動画に使えるかもしれないと思って、撮影をしておいてよかった。

 さらに、金持ちのボンボンが暴言を吐いているシーンの切り抜き動画もプロト1が沢山作っており、これも世界中の人が見ていた。


「何様なんだよ!  こいつは!」


「子供を何人も車で轢いておいて、罪悪感の欠片もないのが凄い」


「俺たちを下級国民扱いかよ。ひき逃げ犯のくせに随分と偉そうだな」


 金持ちのバカボンボンを見ていると、人間は育った環境の影響であそこまで傲慢になれるのだな、と感心してしまう。 

 父親も、自分が日本医師会の会長だから可愛い息子の不祥事など簡単にもみ消せると思っていたらしいが、当然そんなことはなく、親子して世間から袋叩きにされた。


「だいたい、この息子。医師じゃないんだろう?」


「バカすぎて医者になれなかったから、父親の病院の理事らしいぞ」


「実質ニートじゃん!」


「ニートなのに、忙しいからって現場から逃げようとしたのかよ。暇じゃねえか」


「高級外車に乗っているニートw しかも、運転下手でワロタ」


「バカすぎて草」


 あんな事件を起こさなければ、バカボンボン、鬼原公人も目立たず高等遊民生活を送り続けられたのに、今では世界に生き恥を晒すようになっていた。

 今になって後悔……あのバカボンボンがそんなことするわけないので、二度とこんなことをしないように、トドメを刺すとするか。




『やはり、古谷さんを逮捕するのは難しいですね。彼が治癒魔法を使った証拠がないというか、証明しようがないんです。それに、医者を名乗って治療をしたわけでもありませんし、子供たちから治療費名目のお金を貰ったわけでもないので。彼と一緒に治癒魔法を使ったダンジョンの女神たちも逮捕となると、イギリス、香港、アメリカから抗議されるでしょうし、旧華族の方もいますからねぇ。別の政治家たちも動くでしょう。だから今回は無理ということで。それでは』


「日本医師会の組織票がなければ当選できない雑魚政治家の分際で! こんな役立たず、会長権限で公認候補を変更してやる!」


 日本医師会の会長であるこの私が、古谷良二を逮捕しろと言っているのに、警察も政治家も使えなくて困る!

 ならば、日本医師会の力を見せてやろうじゃないか!

 もう全面戦争しかない。

 私は日本の医療を守るため、必ず古谷良二を潰してやる!


「パパ、大変だよ!」


「公人かどうかしたのか?」


「この動画を見てよ!」


 公人が持参したタブレットには、古谷良二と……。


「石川じゃないか!」


 会長である私に盾ついてばかりの若手医師、石川浩平が、古谷良二と対談していたのだ。


『治癒魔法、魔法薬があると、医療技術が廃れる。一部の医者がそう言って警戒しているようですけど、古谷さんはどう思っていますか?』


『両方ないと立ち行かないですよ。ダンジョン探索というのは過酷で、いきなりモンスターに腕を食い千切られる、なんてこともあるんです。治癒魔法と魔法薬の大半は、毎日命がけでダンジョンに潜る冒険者に用いられます。余った分が、冒険者特区内での無保険医療に使われるわけでして、これを保険診療にして全世界の人間が利用したら、あっという間にリソースを使いきって医療体制が崩壊します。冒険者に治癒魔法と魔法薬が回らなくなったら、どんなに凄腕での冒険者でも死んでしまうでしょう。そうしたら、エネルギーと資源が手に入らなくなって、そんな世界は医療どころじゃないでしょうね』


『確かにそうですね』


『治癒魔法や魔法薬の中には、肌のシミやシワを取ったり、薄毛を回復させたりなど、美容医療の効果が抜群なものもあります。ですが、この治療を受けなくても死ぬわけではない。利用したければ、高額の料金を支払っていただくしかない』


『現在の医療技術では治せない病気でも、治癒魔法と魔法薬で治せるのなら、これを柔軟に用いたいのが本音です。どういうわけか今の会長は、治癒魔法と魔法薬を目の仇にしていますけど』


『現代医療と治癒魔法、魔法薬を組み合わせることで、以前なら治療自体が難しかったり、時間がかかるものを改善できるかもしれません。治癒魔法使いを増やすのは難しいので、魔法薬の量産体制を整えたり、保険が適用できるようになるなどの条件が必要ですけど』


『となると、我々がお役御免になることはありませんか』


『ダンジョンがある日突然消滅し、治癒魔法や魔法薬がなくなる可能性はゼロではないです。ならば余計に、医療技術や製薬技術の進歩は必要でしょう。俺はゴーレムの供給をしていますけど、AIやロボット、ロケット技術など。最先端の技術にも投資しています。これと同じことですよ』


『その時に、日本が医療後進国になっていたら困りますからね。そのためにも、日本のお医者さんには頑張ってほしいですね』


 古谷良二の奴め! 

 なにが、現代医療と治癒魔法、魔法薬、両方が必要だ!

 お前たちがいたら、日本の医療は駄目になってしまう。

 絶対にそうなんだ!

 

「石川は古谷良二と組み、日本医師会に敵対行動を起こした! 絶対に除名してやる!」


 少しばかり稼いでいるからといって、肉体労働者の冒険者風情が医者様に逆らいやがって!

 必ず潰してやる!


「こうなれば緊急理事会で、古谷良二も、石川の若造も潰してやる!」


 会長である私がそう言えば、誰もその決定に口を挟まないはずだ。


「パパ、格好いい」


「なんてたって私は、日本医師会の会長だからな」


 その力は強く、総理大臣ですら私のご機嫌を伺うほどだ。

 この力を用いて古谷良二を潰し、私は歴史に名を残す日本医師会会長となるのだ!





「鬼原会長がクビですか?」


「一応辞表を出したことになっているけど、実質クビに近いかな。そりゃあ、古谷君たちが治癒魔法で治してくれたからあの大惨事は防げたけど、息子の鬼原公人に大量ひき逃げ犯のイメージが定着してしまったからね。起訴もされていないのに、世間からはボロクソ言われている。父親も息子を厳しく突き放せばよかったのに、逆に君を潰そうとするんだから、世間から批判されて当然だろう」


 動画を流した翌日。

 日本医師会は緊急会合を開き、その席で鬼原会長は辞職した……実際にはクビになったらしい。

 飯能総区長が教えてくれた。


「息子があんなをことをやらかして世間の風当たりが強くなっていたのに、政治家や警察に働きかけて古谷君を逮捕させようとしたから当然だけど」


「なんでそんなことをしたんでしょう?」


「日本医師会の会長になってみたらか、政治家もペコペコするから勘違いしたんじゃないかな? 自分は王様にでもなったんじゃないかって。私も気をつけないと」


「でも、彼は大きな病院を経営しているから会長を辞めても問題ないはず」


「患者が減って経営が厳しいらしいけど」


 評判が落ちるというのは怖いものだ。

 医者になれなかったバカ息子を理事(ニート)にしている鬼原元会長の病院という時点で、患者が逃げてしまったようなのだ。


「近隣の病院だけど、看護補助のゴーレムやロボットも導入されて、ある程度の患者増にも耐えられるとなると、鬼原元会長の病院がなくても困らないからね。民間の病院が赤字になったら、もう潰れるしかないさ」


「それは大変だ」


 日本医師会の会長としてブイブイいわせてたのに、バカ息子のせいで破産するかもしれないなんて。

 上野公園ダンジョン特区内にある区長室で飯能総区長と話を続けていると、そこに誰かが飛び込んで来た。

 よく見ると、なんと今噂していた鬼原元会長であった。


「助けてくれ!」


「はい?」


「私の病気を治す魔法か魔法薬を譲ってくれ!」


 鬼原元会長によると、彼はこのままでは死に至る指定難病にかかってしまったそうだ。

 そして残念ながら、彼の病気は今のところ現代医療では治せなかった。

 だから俺に、その病気を治す治癒魔法なり魔法薬を寄こせと。


「このままだと、私は死んでしまう! だから!」


「まず、あなたの病気が治癒魔法か魔法薬で治せるかがわかりません。もう一つ、治癒魔法と魔法薬は保険が使えないので高額になりますけど」


「いくらなんだ?」


「それは……」


 俺はスマホで剛を呼び出した。

 高レベルで『魔法薬師』である剛に、彼の病気の診断と、どうすれば治るのかを調べてもらうためだ。

 

「特別な魔法薬で治せるけど、代金は五億円だな」


 鬼原元会長を診察した剛は、彼に残酷な事実を伝えた。


「はぁーーー! 高すぎるだろう!」


「魔法薬は保険も使えないので仕方がないでしょう。それに五億円くらい、大病院の経営者なら払えるはず。命を取るか、お金を取るか。もしくは、あのひき逃げ息子に頼ってみたらいかかですか? これまで散々可愛がってきたんだ。きっとパパを助けてくれますよ」


 俺は知っていた。

 あのバカボンボンだが、病院の理事のくせに普段は仕事もせず遊び回っていることを。


「……五億円払う」


 患者の減少で病院の経営が悪化したところに、五億円の魔法薬代が重なり、鬼原元会長は病院を売約して無一文になってしまった。

 俺を敵に回すからこうなるんだ。

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