第177話 良二、東京案内をする

「すげえ、東京って焼け野原になったはずなのに、もう元通りなんだ」


「それどころか、大きなビルが沢山建ってたり、今も建設中なんだからな。 ダンジョンも増えたし、東京はますます発展しそうだ」


「頑張ってダンジョンで稼ぐぞ」


「東京生活を満喫するためにもな」



 僕と友人のサンザは、トレント人民共和国の出身だ。

 僕たちは冒険者特性があるので、日本の冒険者特区に活動拠点を移した。

 一定以上の実績を上げれば冒険者特区の永住権も獲得できるので、これから頑張ってダンジョンで稼ごうと思う。

 僕たちの祖国にはダンジョンが少なく、階層も少なかった。

 それに加えて長老たちが、『ダンジョンに潜ると祟りがある!』なんて言い出し、政治家たちも彼らの言いなりなものだから、政府がダンジョンに潜ることを禁止してしまった。

 当然、トレント人民共和国の冒険者たちは強く反発した。

 資源やエネルギーをどうするのだと。

 だけど、トレント人民共和国では長老たちは貴重な知識と経験を持つ者たちとされ、大きな権限を持つ。

 長老たちが決めたことに逆らえる人は少なく、トレント人冒険者はダンジョンに潜らなくなるか、海外で活動するようになった。

 そしてある日。

 誰も潜らなくなった、トレント人民共和国のダンジョンはすべて消滅した。

 必要なエネルギーや資源はすべて輸入するしかなくなり、元々決して裕福ではないトレント人民共和国は大不況の波に飲まれている。

 僕たちは政府の決まりに従ってダンジョンに潜らなかったのに、いざダンジョンが消滅して、これから永遠にエネルギーや資源を永遠に輸入に頼らなければならないことが周知の事実となった政府は、保身のために僕たち冒険者が不甲斐なく、ダンジョンに潜らなかったのが悪いのだと言い始めた。

 最初にダンジョンに潜ると祟りがあると言っていた長老たちなど、『我々はそんなことを言っていない! ダンジョンに潜るのが怖かった冒険者たちが嘘を言っているのだ!』と責任回避をする始末。

 そして、トレント人民共和国に住む大半の人たちも、 僕たち冒険者を強く批判した。

 彼らは、トレント人民共和国国内からダンジョンが消えた理由が長老たちと政府にあることを理解している。

 だが力のある政府や長老たちに文句を言う勇気がないので、一緒になって冒険者を批判、迫害することで保身に走ったのだ。

 そんなことをしてもなんの解決にもならないのだけど、それが人間というものだ。

 困ったトレント人民共和国政府は、海外で活動するトレント人に魔石と資源を優先的に、しかも格安でトレント人民共和国に売るよう上から目線で要求したが、そのほとんどに無視されてしまった。

 どうしてそんな要求が受け入れらると思ったのか不思議……そう言わないと、これまでは政府と長老の言いなりだった国民から不満が出るからだろう。

 結局、海外のトレント人に無視された政府は、国内にいる冒険者特性を持つ者たちの迫害を始めた。

 そうすることで、政府や長老への批判をかわすためだ。

 そのせいで僕とサンザは、知人、友人はおろか家族にまで批判されるようになってしまい、だから冒険者特性を持っているサンザと共に日本に移住することを決意した。

 僕たちだけでなく、ほぼすべてのトレント人冒険者が海外に逃げ出し、その大半が日本に移住したのだけど。


『へい、ユーはなにしに日本に?』


『……えっ?』


 空港で突然日本人に声をかけられたのだけど、その人物を見て僕たちは驚いた。

 なぜなら、世界一の冒険者であるリョウジ・フルヤその人だったからだ。

 まさか僕が毎日動画を見て勉強し、少しでも追いつこうと憧れている人物に会えるとは思わなかった。


『なんてね。新たにダンジョンが増えた 東京へようこそ! 広がった冒険者特区は、優れた冒険者を求めています。とはいえ、ダンジョンに潜るのは明日からにして、今日は東京の観光地を案内しましょう』


『『はっ、はい……』』


 別に僕とサンザは、 冒険者として特に優れているわけではない。

 トレント人民共和国がダンジョンに潜ることを禁止してから、レベルはそこまで上がっていないし、普通の仕事をしていたせいでブランクだってあるのだから。


『ベベセド君はレベル38でスキルは闘士。戦士の上級職の一種だと思われる。もしかすると特別な武器を使用することで、攻撃力にかなりの補正が入るんじゃないかな。サンザ君はまじない師かぁ。魔法使いの上級職だと思うけど、上手く条件が揃えば、モンスターを呪い殺すことができるかもしれない。このジョブも上手く嵌まれば、かなり強くなれると思う』


『よくご存じですね』


『さすがだ……』


 トレント人民共和国内に僕とサンザと同じジョブの人はいなかったから、実はどんなジョブかよくわからなかったのだ。

 それが一瞬でわかってしまうなんて、さすがは古谷良二。


『ブランクがあるのなら、明日は焦らずに低い階層から慣れていくといい。新たに出現したり、新しくできたダンジョンは動画を撮影し直しているから、それを見れば構造や出現モンスターもわかるから』


 トレント人民共和国では経験がなかったけど、人の出入りが激しいダンジョンは定期的に成長するらしい。

 去年の東京大災害のせいで都内には新しいダンジョンが増え、既存のダンジョンも成長していて大きく構造が変わっていた。

 最近、ダンジョン内の様子を動画配信する冒険者は増えたけど、ダンジョン構造変化にいち早く対処するリョウジ・フルヤの人気は不動のものとなっていた。

 冒険者のほぼ全員が、彼の動画を見て予習してからダンジョンに潜るようになったのだから。


『せっかくの東京だ。復興も大分進んだので、観光にでも行こうじゃないか』


『東京観光ですか? でも……』


 僕たちはしばらくダンジョンに潜っていないからあまりお金がなかった。

 東京観光は、ダンジョンで稼いでからにする予定だったのだけど……。


『動画に出演してくれるのなら、全額おごりだから問題ないさ。どうかな?』


『『東京観光したいです!』』


『では、東京観光にゴーだ!』


 その様子を撮影、配信する許可は求められたけど、僕とサンザは初めての東京で、憧れのリョウジ・フルヤと一日観光をすることになった。

 楽しみだなぁ。





『定番だけど、東京タワーだ』


『高いですね』


『でも確か東京タワーは、反乱者カヤマの魔法で曲がってしまったのでは?]


 まずは東京観光の定番、東京タワーを案内してくれたリョウジ・フルヤ。

 確か去年の戦闘で、加山都知事が放った火魔法で鉄骨の部分が溶けて傾いてしまったはずだけど、もう修復が終わったのか。


『東京復興は日本政府の肝入りだから、急ピッチで進んだのさ。 展望台に上がろうか』


 リョウジ・フルヤ案内で東京ワターの展望台に上がる。

 そこから見た東京の景色は壮観だった。


『工事中のところが多いですね』


『復興はほとんど終わっていて、今工事中なのはすべて再開発しているところだよ。新しいダンジョン周辺の土地や、古い都市部、東京郊外で重点的に再開発が進んでいる』


 日本という国は好景気の真っ最中だけど、人手はゴーレムとロボット、AIの積極で十分だから、海外からの移住が大分難しくなってしまった。

 だけど高度なスキルや技術を持つ人や、冒険者特性を持つ冒険者は例外だ。

 レベルとスキル、これまでの成果などを審査されて合格が出れば、簡単に労働許可を得ることができた。

 悪さをせず、ちゃんと成果を出せばすぐに永住権も貰える。

 治安がいい日本は、特に祖国の政情が不安定な外国人冒険者には大人気の移住先だった。


『ああ、さすがにスカイツリーはポッキリ折れたままですね』


『東京タワーの修復が最優先されたからね。でももうすぐ修復に入るはずだよ』


 動画で見ていたけど、東京スカイツリーは加山都知事の魔法で真っ二つに折れてしまった。

 そのせいで周辺地区にも大きな損害が発生してしまい、そちらも現在大規模な再開発が進んでいるのが見える。


『昼食はなにを食べたいかな?』


『スキヤキを食べてみたいです』


『じゃあ、浅草に移動しよう』


 東京タワー見学を終えた僕たちは、タクシーで浅草へ。


『運転手がいない』


『無人タクシーが大分普及したからね』


 祖国とは違って、東京のタクシーは半分ほどが自動運転だった。

 運賃も現金は取り扱っておらず、電子マネーやカードで支払う仕組みとなっている。

 使い方を覚えたら、こっちの方が便利だな。


『便利でいいですね』


『慣れると楽だよね。冒険者特区内のタクシーは全台自動運転だから、利用仕方を覚えておいた方がいいよ』


 昼食は、僕たちのリクエストどおりスキヤキだった。


『お肉が柔らかくて美味しいです。甘じょっぱいタレが癖になります』


『モンスター肉のすき焼きもあるんですね』


『サンザ君、当然おかわりするよね。俺もするし、冒険者は体が資本だからいっぱい食べないと』


 さすがはリョウジ・フルヤ。

 モンスター肉のスキヤキの料金を見たら、僕の祖国の平均年収くらいするのに、気前よくおごってくれるのだから。

 こんなに高いものをおごってもらって悪い気がするのだけど、『動画撮影の許可をもらったから気にしないで』と言ってくれた。


『( 祖国から来日したばかりの僕たちにこんなに優しくしてくれるなんて、リョウジ・フルヤはなんていい人なんだろう)』


 僕もサンザも、リョウジ・フルヤという人間の素晴らしさに感動していた。


『君たちは、冒険者として才能がある。だからちゃんと頑張れば、このくらいの食事は毎日とれるようになるさ』


『『ありがとうございます』』


『日本には、無料飯ほど美味いものはないって言葉がある。沢山食べてくれ』


 昼食が終わると浅草寺を見学して、仲見世通りで 食べ歩きをする。


『人型のお菓子にアンコが入ってますね』


『アンコ、初めて食べるけど美味しいです』


『名物の『人形焼き』だよ。これが『雷おこし』で、『おかき』、『ちょうちんもなか』、『きびだんご』、最近は『メロンパン』なんて名物もある』


『どれも美味しいです』


 初めて食べる日本の食べ物はすべて美味しかった。

 祖国だと甘い物が貴重だから。


『次は、どこか行きたいところはあるかな?』


『アキハバラに行きたいです。トレントには日本のマンガやアニメグッズは置いてなくて、電子書籍で漫画を購入するか、アニメを見るしかできなかったんです』


『グッズは、欲しくなったら我慢するのが難しいからねぇ。俺も欲しい限定グッズがあるから、一緒にアキバに行こう!』


 リョウジ・フルヤは、漫画、アニメ好きで知られており、自分でWEB漫画雑誌を経営したり、自分の気に入ったアニメに出資していることは有名だ。

 ここが肝で、彼は自分がアニメを見たい作品にしか出資しないことで有名だった。

 どんなに大ヒットしている作品でも、彼にその気がなければ一円も出資しないけど、どんなにマイナーでマニアックな作品でも彼がそのアニメを見たければ全額出資も躊躇しない。

 『赤字になる? そんなの関係ねえ たとえ出資したお金が一円も戻ってこなくても、俺がそのアニメを見たいから金を出すんだ!』と動画で宣言して、世界中のヲタクから『真のヲタク』と呼ばれている。

 そんな彼がアニメ化のお金を出したり、動画で面白いと紹介したマイナーな漫画が大ヒットすることも珍しくなかった。

 さすがは世界で一番有名なインフルエンサーだ。


『俺、精霊会戦のヒロインズタペストリーがどうしても欲しくて』


『俺は全種類持ってるけど、特にお気に入りはリサリサだ』


『俺もリサリサが好きです! リサリサは尊いですよね』


『ああ、リサリサは尊いぞ、トレントの同志よ。 タペストリーを買いに行こうじゃないか』


『はい!』

 

 サンザは日本のアニメと漫画が大好きで、冒険者になって稼いだお金で電子書籍の漫画をよく購入していた。

 僕もよく見せてもらったけど、日本の漫画は本当に面白いと思う。

 僕たちが日本への移住を決意したのも、日本なら気軽に漫画やアニメを見ることができて、グッズの入手も容易だからだ。


『ここがアキハバラ!  お宝の山ですね!』


『アキバも、あの忌々しい文化破壊者加山の大きな被害を受けたが、無事に蘇った。聖地は永遠に不滅なんだ』


『うわぁ、漫画もいっぱいありますね』


 紙の日本漫画はトレントでは売ってなかったので、見ていると欲しくなってしまうな。


『プレゼントするから、欲しい物を選んでね』


『いいんですか?』


『勿論、サンザ君は精霊会戦のヒロインズタペストリーが欲しいんでしょう?』


『欲しいです!』


『なら遠慮は無用だ。同志よ』


『ありがとうございます!』


 僕たちはリョウジ・フルヤに、漫画やアニメグッズを沢山買ってもらった。


『夕方は、銀座でお寿司でも食べようか? 生魚は大丈夫かな?』


『食べたことたことないので、食べてみたいです!』


『オスシ、食べたかったので嬉しいです』


 夕食は、銀座で高級そうなオスシをご馳走になった。

 トレントでは生のお魚を食べる習慣がなかったので初めてだったけど、生臭さもなくとても美味しい。


『ダンジョンの魚介類もあるんですね。時価?』


『その時によって値段が違うってことだね。今日はクラーケンと大王タコがあるのか。三人前ずつください』


『すぐに握りますね』


 ダンジョンの魚介類は初めて食べるけど、こんなに美味しいものだと思わなかった。

 値段を教えてもらったら、一貫でトレント人の平均年収を大きく超えており、さすがはダンジョン産の食材だ。


『僕たちも、クラーケンと大王タコを倒せるようになりたいです』


『レベル400を超えれば、そう苦労することなく倒せると思うから、 頑張って レベル上げをしないとね』


『『はい!』』


 本当なら今日はあまりお金を持っていないので、空港から安ホテルに直行。

 翌日に上野公園ダンジョン特区の役所で手続きをして寮を紹介してもらい、ダンジョンに潜って働き始める予定だったのだけど、リョウジ・フルヤのおかげで豪華な東京観光を満喫することができた。


『リョウジさん、今日はありがとう。僕、頑張って、冒険者特区の永住権を手に入れます』


『好きなアニメグッズを買う時に資金面で躊躇うことがないくらい、稼げる冒険者になります』


『君たちなら大丈夫さ。俺も今日は楽しかった。また会おう』


 リョウジさんは、僕たちをホテルまでタクシーで送ってくれて、こんなに楽しかった日は生まれて初めてだった。

 僕たちが彼にできる恩返しは、冒険者として一角の人物になることだと思う。

 明日からはサンザと二人で、日本のダンジョンに挑んでいかないと。





「若いっていいよねぇ」


「あの……リョウジさんとトレントのお二方は、ほとんど年齢は変わらないと思います」


「むしろ、リョウジ君の方が年下に見えるかも」


「アジア人はベビーフェイスの人が多いのよねぇ。トレントの二人は背が高くて体格もがっちりしてるから、大人びて見えるもの」


「それでも視聴者のみなさんは、良二様のお優しさに感動していますよ。動画の再生回数も恐ろしい勢いで伸びていますから」


「東京が無事復興したので、観光に来てくださいアピールも兼ねてだけど大成功だね」


「あの二人を応援するコメントも多くて、本当によかったですよ。社長、明日も空港で……」


「連続して同じことやったら露骨じゃない?」



 俺が空港で、冒険者特性を持ち、日本のダンジョンに潜る予定の若者に声をかけ、東京を案内してあげる。

 実はこの動画、ある種の企業案件だった。

 依頼主は田中総理と飯能総区長で、その理由は無事東京が復興したことを宣伝し、海外の人たちに観光に来てもらうため。

 今の日本は、好景気なのに失業率が上がり続けているから、観光業の就業者を増やす意図があった。

 ただ、東京案内をする冒険者特性を持った海外の若者は、俺が選んでいる。

 ベベセド君とサンザ君を選んだのは彼らは上級職を持っていて、レベルアップすれば、必ず冒険者特区でも指折りの冒険者になると確信していたからだ。


「でもさぁ、東京に深い階層のダンジョンが沢山増えて、海外から才能がある冒険者が多数来日しているけど、あの二人のような上級職は他にも何十人かいたと思うけど、どうして彼らが将来特に有望だって思ったの?」


「以前、良二様が高田さんから奪い取った、『鑑定』のおかげですか?」


「それもあるけど、どういうわけか俺は、将来有望な冒険者がわかるようになってきたんだよ。勘のようなものだから、他人に教えるのは難しいんだけど。さあてと、彼らに負けないように俺たちも頑張ってダンジョン攻略しないと」


 俺の予想は当たり、ベベセド君とサンザ君は優れた冒険者に成長。

 冒険者特区内のトレント人会をまとめるようになっていくのであった。

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