第174話 魔王スキル

「こんなはずでは……」


 珍しく加山都知事は、寂れた東京の現状に呆然としていた。

 彼女がヒステリーを起こすことはあっても、落ち込むなんて滅多になかったからだ。

 短期間で劇的に寂れていく東京の外では、これまで東京に集中していた首都機能や経済機能が分散され、第二次国土開発計画のおかげもあって好景気にみまわれているからだ。


「(東京だからその繁栄は永遠だと、多くの人たちが思っていたのだろうが……)」


 加山都知事が思いつきで始めた政策はすべて破綻し、都債を発行しても売れ残る有り様だった。

 古谷良二憎しで、彼が関わった安い食料の流通を禁止して、他の高い食料の価格維持のため、税金で補てんしていたのだから。

 他にも失業率が上がると、あまり仕事もないのに、失業者をアルバイトて雇って失業率を誤魔化したりと。

 私は、所詮小手先の政策だからやめた方がいいと反対したのだが、加山都知事は聞く耳を持ってくれなかった。

 その結果、こうして八方塞がりになってしまったわけだ。


「……こうなったら、増税よ! 今のこの苦しい時を乗り越えれば、必ず東京は甦るわ!」


「今増税するのは危険です」


「岩合、私の言うとおりにしなさい!」


「はい……」


 結局、都民税などが増税となったが、この程度では焼け石に水でしかない。

 寒冷化はますます酷くなり、日本の今年の稲はほぼ全滅した。

 例外は、寒さに強い品種を栽培したり、稲作工場を立ち上げたところだけだ。

 しかもそれらはすべて、古谷良二が関わっている。

 もはや彼が関わっていない食料など、あっても高くて購入できない。

 いよいよ、都民に餓死という現実が迫りつつあった。


「こうなったら冒険者を増やすのよ! ダンジョンにはモンスターの肉があるわ! 失業率も減らせて一石二鳥じゃない」


「冒険者特性がない冒険者は、ダンジョンから食料を調達するのに向いてませんよ」


「どうして?」


 そんなこともわからなかったのか……。

 この人は毎日ダンジョンに潜っているけど、レベリングだけしてモンスターと戦ったことなんて一度もないから当然か。


「一階層にいるスライムの粘液は食べられますが、主食にはなり得ず、ゴブリンの肉も食べられなくはないですが、硬くて臭くて、普段はみんな倒した死体を放置してますから」


「なんだ。そんなこと。この私は支配する東京に怠け者や、くだらないことで文句を言う愚民なんていらないの。貧乏人はスライムの粘液とゴブリンの肉を食べれば いいのよ。さあてと、今日も頑張ってレベリングをしないとね」


 もはやなにを言っても聞く耳持たない加山都知事は、今日も執務を放り投げてダンジョンでレベリングを繰り返している。

 彼女は独裁者スキルを上げれば上げるほど、どんなに酷い政治をしても支持率が上がり続けるからだ。

 ただそれにも限界があり、ようは加山都知事の都政に耐えられない人たちが続々と都外に脱出するからこその支持率の高さという現実もあった。

 加山都知事が増やした公務員とその家族、優遇されている冒険者スキルを持たない冒険者とその家族、あとは公共事業で飯を食っている会社とその従業員と家族。

 彼らの生活はよくなったので、彼女を熱烈に応援していた。

 誰が見ても加山都知事は独裁者なのだが、そんな独裁者を熱烈に応援したくなるのが、独裁者スキルの怖いところだろう。




「岩合さん、宝箱を見つけたぜ」


「あっ、はい」


「早く評価額を決めてくれ」


「なにが分け前だ! テメェはただ見てるだけのくせによ!」


「ムナクソ悪いぜ。二度とあのババアのレベリングは受けねえ」


「……ははは」


 そんな加山都知事だが、レベリングで雇った高レベル冒険者たちとトラブルになる可能性があるので、すでに冒険者特性を失ったが私も同行していた。

 その間、都政は加山都知事に阿るクズたちに委ねるしかなくなり、彼らが好き勝手てしまうのでますます借金が増え、まともな都民から逃げ出していくが、これを防ぐために加山都知事のレベルを上げなければいけない。

 高田は、謎の魔法使いによる『ウィークネス』攻撃のせいでダンジョンに潜れなくなった冒険者特性のない冒険者たちと組んで汚職の限りを尽くすようになり、もはや東京は私一人でどうにかできる状態ではなくなっていた。

 東京の状況は加速度的に悪くなっていき、加山都知事は都民たちに都知事の座を追い落とされることを恐れてダンジョンに潜り続けている。

 レベルが上がれば、少なくとも失政を責められて東京都知事の座を追われることはないからだ。

 支持率維持のため、レベリングしかしない都知事。

 もはや存在意義が不明だと古谷良二他、多くの動画配信者たちに批判され、それを見た加山都知事が動画の差し止めを図ったが、動画を配信をしているアメリカ会社はそれを却下した。

 当然の結果だが、加山都知事はプライドを傷つけられて激高し、都知事室の備品を壊して大変だった。

 彼女はレベルが高く、ヒステリーおばさんとは最悪の組み合わせだ。

 さらに加山都知事は高レベル冒険者たちとよくトラブルを起こすようになったので私も同行する羽目になり、今もダンジョン内で宝箱を見つけた冒険者たちから中身を確認するように言われている。

 レベリングを頼むと、ドロップアイテムの配分という問題が発生する。

 普通はレベリングをしてくれる冒険者に全部渡すのが常識なんだが、東京の財政状態は悪いので、加山都知事が分配を求めるようになったのだ。

 元はといえば、東京都の予算で金に糸目をつけずにレベリングをしている彼女のせいでもあるし、動画で彼女が自分のレベリングに東京都の予算を使っていると古谷良二が告発してから、加山都知事批判は視聴回数が取れるコンテンツとなっていた。

 それを危機感を覚えた彼女は、余計にレベルを求めるようになっていた。

 東京都の予算を使ってなので、やればやるほど批判は多かったが。

 それなら自分でモンスターを狩ればいいって?

 加山都知事は、本心では冒険者を野蛮人だと思っているので、絶対に自らモンスターとは戦わなかった。

 だから大金を積んでレベリングを頼むわけだが、さすがに世界中で独裁者のイメージが広がった彼女の依頼を受ける高レベル冒険者は減っており、大金で受けてくれても最近必ず揉めるので、もうレベリングの依頼を受ける高レベル冒険者はいないだろう。

 すべて加山都知事の自業自得なんだが、彼女がそれを理解することはないだろう。


「……ポーション? にしては、色が……」


 高レベル冒険者たちが見つけた宝箱の中には、珍しい魔法薬と思われるものが入っていた。

 黒い液体で、以前独裁者スキルを得た時のものによく似ている。


「分析してから評価額を出します」


「誤魔化すなよ」


「……」


 ケチで傲慢な加山都知事のせいで、私も散々な言われようだ。

 彼女の公設秘書だから当たり前なんだが、嫌われて気分がいいわけがない。


「(この仕事、もう辞めるべきか?)」


 いや、今東京都外に逃げ出しても、私は加山都知事の側近中の側近扱いなので、下手をしたら逮捕されてしまう。

 いや、逮捕ならまだマシか。

 先に東京から逃げ出した人たちに責められ、私刑を受けるかもしれない。

 私はこの仕事を続けるしかないのだ。


「岩合、この魔法薬。また私に新しい力を与えてくれるんじゃないの?」


「それは調べてみないとわかりません」

 

 残念ながら、すでに東京都内にこのドロップアイテムを正確に鑑定できるスキルの持ち主はいないので、まだ辛うじて外部と繋がりがある買取所に依頼しないと駄目だが。

 まともな冒険者の大半が、都外に逃げ出した影響だ。


「貸しなさい、岩合」


「加山都知事、なにをするんです?」


「どうするって、こうするのよ」


 加山都知事は、私から黒い液体の入った小瓶を取り上げると、それを一気に飲み干してしまった。

 まさかの行動に、高レベル冒険者たちですら止めることができなかった。

 いくら戦闘経験が皆無でも、彼女が高レベルだったというのもある。


「毒かもしれないのに、いきなり未鑑定のものを飲まないでください!」


「力が漲るわ! この力があれば、私は総理大臣になれる!」


「加山都知事?」


「いえ! この力があれは、私は世界を支配できる! なぜならこの私は、かや……魔王なのだから!」


「加山都知事?」


 宝箱から手に入れた瓶の中の黒い液体を飲んだ加山都知事の雰囲気が変化した。

 なにか嫌な予感がする。


「「「「……」」」」


 レベリングのために雇っている高レベル冒険者がその気迫に怯えており、加山都知事はなにを飲んでしまったんだ?


「魔王と言いましたか?」


「岩合、私は別世界の魔王の力を手に入れたのよ。この力があれば、私は日本のみならず、世界を支配できる! 私に逆らう者は皆殺しよ! これからは年を取ることもなく、永遠に若いまま、世界をより良い方向に導ける! なぜならこの私は、そういう星の下に生まれたのだから!」


「……」


 突然、これまでに感じたことがない強い殺気とプレッシャーを感じた。

 すでに冒険者特性をなくしてしまった私だが、加山都知事がとんでもない力を手に入れたのはわかる。

 そして、その力を持って最終手段に出ようと決意したのを。

 加山都知事のせいで東京はご覧の有り様で、東京都内は彼女を熱烈に支持する受益者たちと、逃げ出す度胸がない人たちしか残っていない。

 急激に落ち続ける支持率を上げるため、高レベル冒険者たちとのレベリングを続けていたが、彼女のせいで高レベル冒険者の多くを敵に回してしまった。

 さらにかなりレベルアップした加山都知事は、ダンジョンの深い階層に潜ってモンスターを倒さないとレベルが上がりにくくなってしまった。

 彼女のレベルの上がり方が遅くなると急激に支持率を落とし、都知事をリコールされる可能性があり、内心かなり焦っていたからこそ、未知の魔法薬を飲んでしまった。

 そして悪運の強い彼女は、魔王の力を手に入れてしまったのか。


「それは座視できない! どうやらあんたはモンスターになってしまったようだな」


「俺たちは、人間で冒険者特性を持つあんたのレベリングを引き受けたが、モンスターになったあんたを逃がすわけにいかない」


「悪いが覚悟してもらおうか」


 高レベル冒険者たちは、あくまでも東京都の依頼で加山都知事のレベリングを引き受けたに過ぎない。

 そんな彼らからしたら、あきらかに人間ではなくなった加山都知事を見逃すわけにいかないのだろう。

 冒険者のモラルとして、加山都知事を討とうと武器を構えた。


「死にたいの?」


「確かに今のあんたは高レベルだが、戦闘経験は皆無だ。違うか?」


 加山都知事は、支持率を維持するためにレベリングを続けていたので、モンスターと戦ったことがなかった。

 いくら能力に優れていても、戦闘経験ゼロではベテラン高レベル冒険者たちに勝てるわけがない。

 彼らはそう読んだからこそ、加山都知事を始末する決意をした。


「(彼らの判断は間違っていないはずだ)」


 加山都知事は、モンスターと戦うなんて野蛮だと常々口にしていたからな。

 彼らの支払う税金は大好きで、表では冒険者を称えていたけど。


「最後の忠告よ。私と組んで古谷良二を殺し、彼に取って変わらない?」


「……彼の代わりなんて無理だ」


「悔しいが、古谷良二は冒険者として突出している」


「そんな彼に取って変わる? それは地位的なものだろう? 俺たち冒険者は実力で彼に勝てなければ意味がない」


「みんなバカねぇ! 愚民に冒険者の実力なんてわからないのに! だからお上がトップ冒険者だと認めたら、多くの愚民たちがそう思うのよ。まあいいわ。お飾りの下僕は他で探すから。で、あんたたちは死んで」


「正体を現したな! カヤマ都知事、覚悟!」


「あんたを倒した経験値で高みを目指すさ!」


 高レベル冒険者たちが一斉に、体がふた回りも大きくなり、若返った加山都知事に襲いかかった。

 いくら黒い液体のせいで強くなったとはいえ、戦闘経験が皆無な加山都知事が勝てるわけがない。

 そう考え、同時に彼女が死ねば解放されると思った私だったが、そう上手くはいかなかった。

 なぜなら、高レベル冒険者たちの攻撃がいとも簡単にかわされてしまったからだ。


「遅いわね」


「そっ、そんなバカな!」


「確かに私には戦闘経験がないけど、身体能力は私の方が圧倒しているわ。それを生かして戦えば、私が勝つに決まってるじゃないの。あんたたちは、この私に対する態度がなっていないのよ! 死ね!」


 加山都知事は、高レベル冒険者たちの首を次々と手刀で飛ばしていく。

 こうも躊躇いなく人を殺せるなんて、なにか彼女に特別な変化があった証拠だ。

 なによりも、この圧倒的な強さといったら……これが魔王のスキルか?


「(もしかしたら、古谷良二を倒せるかもしれない!)」


 私は、加山都知事の強さに希望を見出した。

 どのみち、冒険者特性を失って加山都知事の公設秘書となった私が彼女から逃げ出せば殺される。

 運良く逃げ出せたとしても、加山都知事の犬と言われて批判され、ろくな最後を迎えないはずだ。


「(それならば、私は加山都知事と一蓮托生となるしかないのか)」


 失敗したら死ぬだろうが、上手く行けば世界を手に入れられる。

 人生を賭けた一世一代の大勝負といこうではないか。


「加山都知事、やりましたね。これだけの力があれば、あなたは世界を手に入れられる。私も協力します……えっ?」


「私は魔王。一体で完璧な存在なの。少しばかり学歴がよくて、自分は頭がいいと思っていたようだけど、もうあなたはいらないわ。死んで」


「そっ、そんな……」


 気がついたら、視界が真っ逆さまで地面へと落下していた。

 どうやら私も、魔王と化した加山都知事に首を刎ねられたようだ。


「(こんな最期を迎えるなんて!)」


 頭脳明晰で、失ってしまったが冒険者特性があった私がこんな死を迎えるなんておかしい……どうやらもう意識を保てないようだ。

 来世こそは、必ず人生を成功させてやるからな!

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