第172話 動く宝石と衰退する東京
「おっ! 金色に輝くカブトムシをゲットだせ!」
「リョウジ君、虹色のクワガタもいるよ。綺麗だねぇ」
「ルビー色の玉虫でしょうか? 芸術的な美しさですね。これ、動いてますが、本当にアイテムなのですか?」
「『動く宝石生物』はとても美しいけど、なにも食べず、繁殖もしない。そして数十年で朽ちてしまう儚い存在だからこそ、高値で取引されてたんだよなぁ」
「良二様、繁殖しないのに絶滅しないのですか?」
「ダンジョンから湧き出てくるから、動くアイテムなんだよね。なにか役に立つわけじゃないけど」
「マニアが欲しがりそう。リョウジ、銀色のトンボがいるわよ。捕まえた」
富士の樹海ダンジョン四千六百二十七階層で、俺たちは不思議な森を見つけた。
その森の周囲はグレードラゴンの大繁殖地なため、実力のない冒険者が立ち入るとあっという間に殺されてしまう危険な階層だが、この森にはモンスターが存在せず、宝石のように綺麗な昆虫の楽園だった。
俺はこの動く宝石生物に見覚えがあり、向こうの世界では極まれに宝箱から出てくる。
特に使い道はないのだが、この動く宝石生物たちは好事家の間で恐ろしい金額で取引されていた。
魔王のせいで困窮している平民たちを尻目に、動く宝石生物の収集に精を出していた貴族なんてのもいたな。
動くが、なにも食べないのでケースに入れて保管できるため宝石みたいなものだが、唯一の欠点は数十年で朽ちて消滅してしまうことだろう。
当然繁殖を試みる者たちがあとを絶たなかったが、成功した者は皆無だったのを思い出す。
「そんな動く宝石生物が生息する森が、富士の樹海ダンジョンの中にあったなんて」
俺たちは、動く宝石生物を採取し始める。
「良二、カブトムシを戦わせてみようぜ」
「いいねぇ、俺のカブトムシは負けないけどな」
「俺のカブトムシの方が強いって」
俺も剛も子供の頃にカブトムシを飼ったことがあり、童心に帰った気分で、切り株の上で採取したカブトムシ同士を戦わせた。
俺が金色のカブトムシで、剛はエメラルド色のカブトムシ。
俺の方が少し大きいかな?
「頑張れ! 俺のカブトムシ!」
「良二、大きさだけがカブトムシの強さを決めるわけではないのさ」
切り株の上で戦う二匹のカブトムシを、息を飲んで見守る俺たち。
すると、俺のカブトムシが剛のカブトムシを切り株の端に追いやっていく。
やはり大きい分パワーがあるようだ。
「いけ! 頑張れ!」
「まずい! 踏ん張るんだ!」
俺のカブトムシが、剛のカブトムシを完全に切り株の端に追いやり、あと少しで切り株から落とせると思ったその時、なんと剛のカブトムシが俺のカブトムシを角で投げ飛ばした。
「逆転負けだぁーーーー!」
「よくやったぞ! 俺のカブトムシ」
「クソォ! 次はクワガタムシで勝負だ! 見ろ! この見事な顎を!」
「ノコギリクワガタっぽいな……。これは見事な。俺のはオオクワガタに似たやつだが、こいつもやると思うぜ」
それからしばらく、俺と剛は採取した動く宝石生物を戦わせたり、子供の頃に戻ったかのように昆虫談義に花を咲かせた。
そしてこの様子も動画で撮影されており、編集・投稿されて多くの視聴回数を獲得したのであった。
虫、生物系動画配信者も一定の人気を誇るからな。
「うわぁ、綺麗な昆虫ね」
「まさに動く宝石よね」
「動く金色のカブトムシは、一匹三億円かぁ……。誰が買うのかしら? こんな高いもの。古谷良二が、数十年で朽ちてしまうって言ってたのに……」
「世界中のお金持ちが、こぞって富士宮市にできたお店で購入しているらしい。お金って、あるところにはあるのねぇ……」
タバコを吸おうと休憩室に行くと、仕事を終えたパートさんたちがテレビを見ていた。
ワイドショーらしいが、あの古谷良二が新しいお店をオープンさせたらしい。
ダンジョンで見つかった、まるで宝石のような昆虫を売るお店で、どれも信じられない値段がついていたが、海外からも大勢の客が押し掛けて購入していた。
まったく。
こっちは賃金が下がったせいで、貯金を切り崩しながら細々と生活しているってのに……。
噂だと、このところ加山都知事は公設秘書に仕事を丸投げして、毎日上野公園ダンジョンでレベリングを繰り返しているらしい。
どうして彼女がそんなことをそんなことをしているのかというと、東京の経済状態が最悪で、支持率が大幅に落ちているからだ。
加山都知事が持つ独裁者スキルのレベルが高ければ高いほど、どれだけ悲惨な政治を行っても都民の支持は落ちないので、彼女は手っ取り早く支持率を稼ぐため、ダンジョンに籠りきりになった。
だが彼女は、レベルは高いが戦闘経験は皆無であり、東京都の少ない予算を使って海外から高レベル冒険者たちを招聘してレベリングを続けている。
もはや東京は、絶望的な格差が広がる完全に遅れた都市となった。
これが先進国の首都だなんて……というくらい人がいなくなって寂れている。
デフレなのに物価が上がり、労働者の賃金は下がり続け、失業率は上がり続けていた。
多くの企業や店舗が倒産し、治安の悪化も進んで、すでに東京都の人口は三分の一にまで減っている。
かつての首都からは活気が完全に失われ、元気なのは加山都知事の取り巻きである冒険者たちだけであり、彼らは加山都知事の私兵集団を作って庶民を抑圧し、特権階級として我が世の春を続けていた。
東京の景気が絶望的に悪化した影響もあって彼らの収入も落ちたが、ここまで加山都知事について好き勝手やった冒険者特性を持たない冒険者たちが東京の外に逃げ出しても、将来冷や飯食いは確定だ。
ダンジョンには潜れるが、他の冒険者特性を持つ冒険者との格差に耐えられないだろう。
東京で加山都知事を応援していれば、彼らは今の特権を維持できる。
いわば一蓮托生の関係なのだ。
どうして一介の都民でしかない俺がそんなことを知っているのかと言えば、古谷良二が今の東京の状況を詳しく説明してくれたからだ。
これを見た加山都知事が激高し、彼の動画チャンネルの停止をアメリカの動画配信会社の本社に申請したが、すぐに却下されてしまったと聞く。
古谷良二の動画は規約に触れていないため、動画の削除には応じられない。
そう会社は回答したそうだ。
この動画のおかげで、東京の外では『独裁者』というとんでもないスキルを持つ加山都知事には問題があると大騒ぎになっていたが、まだ都知事選挙までは時間があり、都議会は彼女の操り人形でしかない。
さらに加山都知事は、自分のレベルを上げることが最大の有権者対策であることに気が付いてしまった。
高レベルなら、どんなに悪政を働いても支持率は下がらないのだから。
「そういえば、また食料の価格が上がるみたい」
「最低賃金も下がるんでしょう? うちも給料下がるのかしら?」
某大手飲食チェーン店の店長を勤める俺だが、もう限界かもしれない。
ゴーレム、AI、ロボットの使用を禁止され、人を雇ったら人件費が嵩み、それなのに食材、光熱費、水道代、すべて上がってしまい、それでも価格転嫁はしにくく、ついにどうしようもかくなったので値上げしたら、客数が減ってしまった。
アルバイトとパートを切ろうにも、これ以上人を減らすとお店が回らないくなるから不可能で、そこで私が店で寝泊まりして休みもなく働いている。
そこまでしてもお店は赤字で、それでも潰れないのは都外の店舗が大幅な黒字だからだ。
都内にしかお店がない店舗は潰れるか、東京からお店を移転させたところも多かった。
地元愛云々、みたいなことを言うお店ほど潰れてしまったのだ。
「この会社の社長、大の虫好きで、富士宮市にある古谷良二のお店で動く宝石のように輝く虫を購入したって喜んでたわね」
「いい気なものね。その分、私たち時給を上げてほしいものだわ」
気持ちはわかるが、今このお店は赤字なので、給料を上げるなんてできない。
噂によると、このお店が潰れないのは、都外に本社を移した経営会社が田中総理から頼まれているからだそうだ。
そうでなくても東京では企業の倒産ラッシュなので、少しでも失業者を減らしてほしいのだろう。
「(職はあるけど、給料は安いし、休みなんてない。まさに生き地獄だな)」
今東京に残っている人たちは、こんな状態なのに加山都知事を応援している人たちか、私兵たちが怖いからなにも言えず、都外に逃げる気力もない人たちが大半だ。
私もその一人だが、さすがに東京はもう崩壊直前だろう。
だが考えようによっては、一度崩壊して責任者である加山都知事の責任が追及された方が長い目で見たら東京のためになるかもしれない、なんて思うようになってしまった。
「古谷良二がオープンさせた、動く宝石の販売店は、初日で八千個も売ったなんて凄いわね」
「うちのお店じゃああり得ないわね」
「単価が大違いじゃない。外国の富裕層が押し掛けているものね。そういえば最近、東京に来る外国人観光客が減ったわね」
「前はこのお店にも沢山来ていたけど、今は観光税が高すぎるもの」
経済を恐ろしい勢いで縮小させた東京の財政は破綻寸前であり、加山都知事は外国人観光客に多額の税金をかけることになった。
他にも、地方自治体が独自にかけられる『法定外税』を多数創設して、一気に重税路線へと突き進んだ。
綺麗な自然と水と空気を維持するための『環境税』。
燃費の悪い魔液駆動車は自動車税が増額となり、古谷良二がかかわらない再生自然エネルギー推進のため電気料金は大幅に上がり。
他にも多数の税金が作られ、これが致命傷となって都外に逃げ出す人が続出し、うちのお店の客数も減ってしまったわけだ。
「そんな状態なのに、自分はダンジョンに籠ってるなんて……」
いくら我々が加山都知事を批判しても、次の選挙まで彼女を辞めさせる手がない以上、どうしようもないのだ。
「(ふう……。この三人の中で誰を切るか……)」
私が休憩室に顔を出したのは、パートを対象としたさらなるリストラのためだった。
ここをクビになったら転職の難易度は高く、残っても仕事が増えるので地獄だ。
それにしても、こんな地獄の惨状はいつまで続くのだろうか?
悪いが、加山都知事には一日でも早く辞めてもらいたい気分だ。
『古谷企画とイワキ工業が合同で開発した無人農場及び、無人農業工場がこちらでぇーーーす! ここで栽培されている作物はすべて有機無農薬栽培で、水の循環濾過装置、自家魔石発電を用いた温度、湿度、光管理システムを用いているので環境にも優しく、それでい一年に複数回栽培が可能です。地球環境にも優しく、価格も大幅に下げることに成功しました』
ダンジョン探索後チャンネルで、古谷企画でやっている仕事を紹介することが多くなった。
俺の動画のチャンネル登録者数ならいい宣伝になるし、思っていた以上に視聴回数を稼げるのでインセンティブも入る。
自分たちでやっている切り抜き動画の素材にもなった。
俺の場合、切り抜き動画もゴーレムに作らせているので、これが無視できない収入になっていると、プロト1が言っていた。
俺はもう、古谷企画の収支なんてどうでもよくなってたけど。
だって考えてみたら、俺が今から無一文になったとして、別になにも困らないことに気がついたからだ。
俺は、無駄遣するタイプでもないからな。
さらに、少し前に公開した動画をテレビ局に売るとさらにお金が入ってきて、ネットを見ない老人様々である。
そういえば忘れていたんだが、そろそろ俺の『予知』にあった、地球の寒冷化がやってくる。
その原因は太陽の黒点であり、太陽の熱と光がちょっと当たらなくなるだけで地球が寒冷化してしまんなんて、少しばかりレベルが上がって強くなったところで、人間なんてちっぽけな存在なのだと改めて気がつかされる。
『このところ、少しばかり気温が低くなっておりますが、無人農場では寒冷化に強い品種と作物をできる限り。無人農業工場では寒冷化に問題なく栽培が可能のなので安心してください』
他にも、寒冷化と関係ないアナザーテラでの食料生産が順調なので、寒冷化で数年地球の農業生産がゼロでも問題ないようになっている。
ただ、世界中でかなりの数の餓死者が出ることは予測されていた。
なぜなら、たとえ世界中の国に平等に食料を配っても、自分の利益のために隠匿して相場の高騰を狙う悪党をゼロにできないからだ。
人類の歴史において、食料があっても人災で飢餓に陥った例を数えるとキリがなかった。
可哀想だとは思うが、俺は万能の神ではない。
他国の悪徳政治家や企業、アウトローな連中全員をどうにかできるわけもなく、食料は安く売るか配るので、自国でなんとかしてもらうしかない。
『気象庁の長期予想が出ましたが、残念ながら数年は農作物の収穫に期待できません。みなさんも、個々に備えてください』
俺ばかりでなく、世界中のメディアやネット、SNS等で地球の寒冷化という情報が流れ、世界中の人たちが衝撃を受けた。
その後、長期保存可能な食料の価格が高騰し、転売ヤーが暗躍することになるのだが、大半の国で騒動はすぐに収まった。
なぜなら日本というか、古谷企画とイワキ工業が大量の食料を格安で販売したからだ。
寒冷化で作物の収穫量が激減することが決まっているのに、食料価格は安定し、人災以外の餓死者は発生しなかった。
これでめでたしめでたし……となるのが普通なんだが、俺のせいで経済が大ダメージを受けたと激昂している人がいた。
それが誰かって?
あのババアに決まっている。
東京は、加山都知事のせいでさらなる混乱に陥れられていた。
「最低時給を四百円に落とす? またですか?」
「仕方がないじゃない。どの飲食店も会社も経営が厳しいんだから。それに、食いっぱぐれる心配はないでしょう?」
「確かにその心配はないですけど……」
東京都は、完全なデフレスパイラルに陥った。
国債の大量償還を続けている日本もそうなる危険があったのだが、世界でも屈指の冒険者たちが外貨を稼ぎ、これを元に生産性向上のための設備投資や、新しい産業や研究への投資が盛んなので、デフレ気味くらいに落ち着いている。
その代わり、ついに一ドルが十円を切ってしまったけど。
今や日本円は、世界でもっとも信用できる貨幣と言われるまでになった。
世界中の人たちが安全資産として持つようになり、これが余計に円高を招いているが、田中総理は二度と国債を発行しないと宣言しているため、デフレを押さえるのは難しいだろう。
その代わり、失業率は過去最高だ。
ゴーレム、ロボット、AIでもできる仕事に人間が就けなくなったからだ。
失業手当て、生活保護の給付条件が緩くなり、ついにベーシックインカムの導入が決まったので、世間はそこまで荒んでいないけど。
ただ東京都は、加山都知事がベーシックインカムの導入に反対している……本人曰く、働かない人間なんて存在価値がないそうで、だから独裁者のスキルもあって、東京都内では導入していない。
国が決めたことなので本当は拒否はできないのだが、そこは加山都知事の独裁者スキルということだ。
もし東京都内でベーシックインカムの申請をしたら追放か村八分なので、みんないくら給料が安くても働き続けていた。
「愚民は食べさせてもらえてるだけで満足しなさいよ! 給料が安い? 寝ないで働いたら?」
独裁者スキルに足を引っ張られているのか、それとも元の性格なのか。
加山都知事は独裁者らしくなってきた。
それでも冒険者特性を失った私は、彼女の元で働くしなかい……そうだな。私も高田も、加山都知事の元で働くしかないんだ。
叔父の果たせなかった、みんなが幸せになる社会主義社会実現のためにも。
「ところで、これから数年間、農作物の収穫は厳しいって聞いたけど、東京都は大丈夫なの?」
「大丈夫です」
加山東京都は独裁者ではあるが、別に有能な為政者ってわけでもない。
今さら、世界の寒冷化による農業の影響に気がついたとしても、そこを問題だと思ってはいけない。
気がついただけよかった、と思うべきなのだ。
「元々東京都は、食料自給率が低いですからね。東京都外から輸入している食料の相場も安定していますから、特に問題はありませんよ」
さすがに日本政府も、いくら都知事が気に入らないとはいえ、東京都の食料事情には気を配っていた。
安い食料が沢山あるのて、最低時給で働いている都民でも購入できた。
ただ一つ問題なのは、その食料が古谷良二とイワキ工業が作ったり、かかわったものだということかな。
「(とはいえ、人は食料がなければ死んでいまう。これに文句は……)」
「岩合、高田から聞いたわよ。その食料は古谷良二が販売しているものだって。あの憎っくき古谷良二がね!」
「ですが、その安い食料がなければ都民たちが……」
この状況で、そんなことを言ってる場合じゃないだろうに!
もし古谷良二が関わっていない食料を輸入するとなると、他の食料はとてつもなく高額になってしまう。
デフレに加えて、最低時給で働いている都民たちが飢えてしまうので、絶対に阻止しなければ。
「都知事のお気持ちはわかりますが、安い食料がなければ都民が……」
「それなら、古谷良二が関わっていない安い食料を用意すればいいしゃない。岩合、すぐにやりなさい」
「……はい」
残念ながら、冒険者特性を失った私は加山都知事に逆らえない。
古谷良二が関わった食料の輸入を禁止して、それ以外の食料も安く……とはいえ、急に食料の価格が下がるわけがない。
なぜなら、これから数年間は農作物の収穫が期待できないからだ。
だが私は、加山都知事には逆らえない。
補助金を出して安く売らせつつ、古谷良東京都が二が関わっていない食料を捜さなければ。
「ふう……。メニューを値上げするしかないな。そして悪いが、君は今日限りだ」
「待ってください! 今クビにされたら、私と子供たちはどうやって生活すればいいんですか?」
「すまない。君の給料を支払うと、店は赤字になってしまうんだ。すでに私の給料もゼロにしていて、もう他に手が思いつかない」
シングルマザーである私が働いている飲食店の経営が厳しいことは知っていたけど、まさかクビを宣告されてしまうなんて……。
「しかも私はアルバイトなので失業手当すらなく、明日からどうすればいいのか……」
「食材の大幅値上げがなければ……すまない……」
これまでは安かった食料が、大幅に値上げをしたせいもある。
東京都外に住んでいる友達に聞くと、東京以外で食料の価格は上がっていないそうだ。
どうしてこんなことになったのか?
友達が言うには、加山都知事が大の古谷良二嫌いで、彼が関わった安い食料の輸入を禁止したから。
東京都は食料自給率が低いのに、あえて古谷良二が関わっていない高い食料を仕入れるようになったというのだから笑えない。
「(加山都知事は私たちに死ねって言うの?)」
ただどういうわけか、加山都知事はいまだ都民に絶大な人気があるので、彼女の批判を声にするのは危険だ。
今の東京都では、加山都知事を批判した人たちを密告する報告隊と、それを糾弾し、場合によっては都外に追放する、私兵集団がいるからだ。
特に私兵集団は、加山都知事のおかげで大幅に収入が上がった冒険者たちが結成しいて、たまに暴力沙汰になるなんて噂も。
でも警察も加山都知事には逆らえないので、彼らの暴走を見てみぬフリをしているとか。
「(水道、電気、その他公共料金もすべて値上がりして、今度は食料まで。でも、給料は下がる一方で、ついに職まで失ってしまった)」
大変心苦しいけど、友達を頼って東京を出るしかない。
これから東京はどうなってしまうのだろうか?
「しかしまぁ、加山都知事ってのは本物のバカだな。しかし、都民はよくあんなのを熱烈に支持するよな」
「スキルのおかげでしょう。彼女には冒険者特性がありますし、スキルは古谷良二が『独裁者』だってバラしてしまいましたからね。それにしても、マスコミ工作の申し子である彼女が独裁者だなんて、こんな皮肉な話はないじゃないですか」
「それを口に出して言えない都民は、加山都知事のスキルの影響下にあるってことさ。彼女のスキルが独裁者であることを知らない奴もいるが、彼らは揃って情弱だ。だから常に強者に利用され、搾取される」
俺は反社会組織の人間ではない……とされているが、やっていることは悪事ばかりだ。
今の世の中、反社会的勢力に所属なんてしてもいいことは一つもないからな。
半端な悪党ならその看板が大いに役に立つのだろうけど、自前でなんとかなる奴は反社会勢力の一員にならない方が目をつけられなくていい。
「古谷良二とイワキ工業が作ってる安い食料を仕入れ 、これのパッケージを変更。有機無農薬で、SDGsにも配慮しているから、正真正銘のオーガニックフードとして都民に高額で売っても問題ない。儲かって笑いが止まらないぜ」
加山都知事は古谷良二が嫌いだから、東京都内で古谷良二が生産、製造した食料の輸入を禁止した。
しかし、これから寒冷化が原因の深刻な食料危機になるというのに、頭にウジでも湧いてるのかね?
過去の歴史を紐解けば、そんなバカな為政者は珍しくないのだけど。
そして、俺のような悪党がそれを利用して大儲けをするってわけだ。
大体、古谷良二が作った食料とそうでない食料に差なんてあるのか?
むしろ彼が関わった食料は、有機無農薬、完全無添加で味もよく、それでいて安いので大人気だった。
JAが、農家の経営が立ち行かなくなると、首相官邸に怒鳴り込んでくるほどだ。
なんでも田中総理は、JAと農水族の議員たちに、この処置は寒冷化が終わるまでだと丁寧に説明したらしいが、それでも許されることではないと大騒ぎしたらしい。
自分たちの既得権益を確保するためなら、他人が何人飢え死にしても気にならない。
人間なんて、そんなに上等な生き物じゃないさ。
なお、JAの連中は東京都が古谷良二の関わった食料の輸入を禁止したことで喝采した。
自分たちが作った農作物などが東京都に高く売れるからだ。
ただ、すでに寒冷化が始まってるから、美味しい商売は長持ちしないだろう。
寒冷化が数年続くと廃業する農家も増えるから、農業従事者を減らしたくないJAと農水族の議員たちはさぞや困るだろうな。
なんてったって、票田が消えるんだから。
ただ、現在の農業従事者の大半は老人なので、ダンジョンや寒冷化がなくても、農業従事者は激減する将来は定まっていた。
だが日本でも、農地の集約や企業経営化が進んでいて、すでに彼らが食料生産量の大半を占めていたから、兼業で狭い農地を耕したり、昔ながらの農業を続けて後継者がいない老農家がいなくなっても、そんなに困らなかった。
そんな俗物たちのことはどうでもいいが、私は食品の偽装で大儲けしていた。
このシノギのいいところは、もし東京都でこのことが露見しても、俺が逮捕されない点だ。
なぜなら、古谷良二が関わった食料の輸入禁止は罰則なしの条例で、俺を罰することができない。
三分の二が逃げ出したとはいえ、東京都民の大半が律儀に加山都知事の言うことを聞いているのは独裁者のスキルのおかげで、東京都外に住んでいる俺には関係ないのだから。
「いくら食料をバカ高くしても、東京都が税金から補助金を出しているから全部売れてしまう。こんなに美味しいシノギはないな」
「社長も悪いなぁ」
「俺は東京の食料需要を満たすため、食料を売ってるだけだぜ。ちょっとお高いのは、古谷良二が関わった食材が嫌だって言うからで、都民たちもそんな条例を出した加山都知事を支持しなければいいのに。自業自得なんじゃねぇ?」
「実際に売却しているのは、古谷良二が関わった食材ですけどね」
「どうせわからんさ」
そのために、わざわざ包装し直しているんだから。
当然コストがかかるから値段は高くなるんだが、他の古谷良二が関わっていない食品よりも安いので、都民は喜んで買い漁っている。
「しかし、東京都の財政は保つんですかね?」
「さあな」
どうせ地方自治体は倒産しないからな。
それにもし財政再建団体になったところで、後始末をするのは少なくとも俺たちじゃない。
気にする必要なんてないさ。
「また停電か……」
「今月、何度目だ?」
「四度目だったかな?」
会社で仕事をしていたら、また停電になった。
これも、加山都知事が魔石を使った発電を禁止したからだ。
東京都内のダンジョンで採集された魔石は、すべて外貨獲得のために輸出に回されるから、発電に回す余裕がない。
東京都どころか世界は、これからますます寒冷化が進み、農作物の収穫が期待できないということあり、こんな政策愚策でしかないのだが、今の彼女に逆らう都民は少ない。
誰しも警察すら手を出せない、加山都知事の私兵軍団に押し掛けられたくないからだ。
さらに、そんな加山都知事を環境保護団体などが支持するようになり、東京都は自然再生エネルギーを推すようになった。
ただ、加山都知事は名うての古谷良二嫌いなので、太陽光パネルと蓄電池は従来のものを採用している。
これまで導入していた新型は、東京都が持っていたものは都外に売り払い、企業が持っていたものも都外の拠点で使うか、やはり売り払ってしまった。
わざわざ旧式の性能が悪い太陽光バネルと蓄電池を導入したのは、加山都知事を支持して企業献金を払ってる会社に仕事を回すためでもあるらしいが。
なので発電効率が悪く、都内では電力不足の影響で停電が発生するようになってしまった。
「仕事にならんな」
「本当に困った話だ」
こんなわけのわからないことをやっている加山都知事に言いたいことは山ほどあるが、下手に文句を言うと冒険者たちが作った私兵軍団になにをされるかわからない。
どうせ仕事にならないので、今は停電か終わるまで待つしかないだろう。
「残業決定だな」
「ああ」
しかも、このところ我が社の業績は芳しくない。
残念ながらサービス残業になりそうだ。
「こんなんで東京は大丈夫なのか?」
「さあな。噂だと、東京撤退を決めた企業もあるらしい。東京以外は仕事が沢山あるからな」
東京への一極集中を座視していたら加山都知事が反逆するとは、田中総理も思わなかったのだろう。
噂だと、第二次国土開発計画として色々やっているらしい。
ただ相変わらす、失業率は高いままだけど。
東京は仕事はあるけど、なかなか給料は上がらない……と思ったら、ついに失業率が上がり始めた。
東京以外は仕事にありつけない人が増えているけど、給料は上がり続けている。
「世の中、儘ならないですね」
「ところが東京は、これから地獄が始まるんだよ」
再びデフレが始まり、それなのに食料品と光熱費は値上がりを始めた。
お店も企業も値上げせざるを得ないところだが、それをするとお客さんの数が減ってしまう。
価格を据え置きにするところが多く、そうなると削られるのは人件費だ。
給料が上がらないくらいならまだマシで、これからさらなるリストラが始まるというわけか。
「運良くリストラを避けられても、残る方も地獄だぜ。サービス残業祭りだろうな」
そういえば、この東京都ではロボット、AI、ゴーレムを使えないのだった。
罰則もない条例に違反するだけなので問題なさそうに思えるが、報告隊に密告されて、冒険者主体の私兵集団に詰られるのは辛いだろう。
「あいつら、冒険者特性がないのが大半だが、毎日モンスターを殺してるからな」
一般人よりも強く、しかも武装している。
ハグレモンスターが出没した時以外、冒険者がダンジョンの外で武装するのは禁止なんだが、彼らは加山都知事の私兵集団なので、警察も見てみぬフリをしていた。
「東京って、もはや詰んでませんか?」
「このまま加山都知事が知事を続ければな。なんかこのところ妙に寒いし、東京都に出没したハグレモンスターは弱かったからいいけど、これからのことを考えると、東京都外に引っ越した方がいいのかもしれないな」
「職がないかもしれませんが」
「そこがネックだよなぁ」
ダンジョンが出現して、日本の景気がよくなったところまではよかったが、やっぱり世の中そう都合よくはいかないよな。
これから東京はどうなるんだろう?
やはり都外に引っ越さないと駄目かな?
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