第170話 東京独立
「……よもやここまで、冒険者のスキルが強力な影響を及ぼすと思わなかったよ」
「いくら冒険者特性とスキルを得ても、レベル1のままなら大した影響はありません。加山都知事がその地位と権力を用いてレベリングを施しているため、彼女のスキルは強くなる一方なのです。なにしろ彼女のスキルは『独裁者』ですからね」
「もはや東京は日本ではないな」
「実質、彼女が支配する独裁国家のようなものですからね。日本政府は加山都知事をどうにかしないんですか?」
「残念ながら手の出しようがない。加山都知事の支持率は高いし、先月行われた都議会選挙で、加山都知事が作った地域政党『東京一番党』が議席の過半を占めてしまったのだから」
「日本の首都とはいえ、東京の首長が勝手に法律を作っていいものなのですか?」
「彼女が作ったものは条例だからね。条例とは、日本の現行法制において地方公共団体が国の法律とは別に定める自主法のことを差す。日本国憲法第94条に、地方公共団体は法律の範囲内で条例を制定することができる、と書かれているから違法ではない。条例はあくまでも法律の範囲内でしか作れないし、罰則がなかったりして効果が極めて怪しいものも多い。加山都知事が作った条例の中にもそんなものが多いが、これを律儀に守る東京都民は実に多いじゃないか。それは彼女が『独裁者』だからだ。違うかね?」
「でしょうね。となると、彼女は東京都が雇い入れた多数の冒険者たちとレベリングを続けていますから、今後ますます支配力が上がっていくでしょう。日本政府はどうするつもりなのですか?」
「たとえ後世に汚名を被ってでも、すぐに加山都知事を始末しておけばよかったと後悔しているよ。古谷君なら、加山都知事を始末できると思うが……」
「できなくはないですね」
「だが、それを君に頼むことはできない。なぜなら君は、この日本という国の希望だからだ。加山都知事は自ら冒険者になったと宣言し、そのレベルまで公開している。そんな彼女が不審な死に方をしたら、君が絶対に疑われる。こうなってしまっては、東京は一時諦めるしかない。実はすでに、日本政府と各省庁は栃木の那須塩原に移転を終えつつある。市ヶ谷もその機能を横須賀と長野松代に移動しているし、都内の公官庁はほぼ空っぽの状態だ。これだけ引っ越し作業が早く進んだのは、ロボット、AI、ゴーレムのおかげだし、いつも仕事が遅いと批判されている役人がこれだけ効率よく仕事を進められたという実績は、必ず日本の将来のためになるはずだ」
「つまり、このまま東京に日本政府の機能を置いておくのは危険と判断したんですか?」
「彼女が『独裁者』のスキルを持っている以上、日本政府と公官庁を都内に置いておくと、彼女の支配下に入ってしまう。もしそうなってしまったら、たとえ総理大臣である私でも彼女の操り人形と化してしまうだろう。だから彼女のスキルが及ばない都外にすべて移転させている。冒険者特区もそうなんだろう? 古谷君が飯能総区長の仕事を引き受けていることは把握しているよ」
「ええまぁ」
『独裁者』となった加山都知事を物理的に排除する手段が取れない以上、残念ながら東京は彼女の手に落ちたままだ。
彼女のスキルはとても強力で、このまま都内にいると俺でも強く影響を受ける可能性がある。
なぜなら彼女は、多額の税金を使って世界の高名な冒険者たちとレベリングを繰り返していたからだ。
さらに、冒険者に支払う報酬が税金から出ているのに、都内では加山都知事を批判する声が少ない。
なぜなら加山都知事は高レベルの『独裁者』で、そんな彼女に非冒険者である都民たちが抗うことができないからだ。
加山都知事が『独裁者』となってから一年。
俺たちは冒険者大学の二年生になったが、こちらもとっくに上野公園ダンジョン特区から脱出している。
そうしないと、冒険者大学が加山都知事の支配下に入ってしまうからだ。
残念なことに、田中総理も飯能総区長も彼女に対しなんら手が打てなかった。
その間にも、レベリングによるレベルアップで加山都知事の支配力は増していき、挙句の果てが先月結果が出た都議選の結果だ。
この選挙で、加山都知事が作った地域政党『東京一番党』……ネーミングのダサさはかなりのものだが、この政党から出馬した議員の大半が当選して、都議会おける与党と野党の議員は大半が落選して世間に衝撃が走った。
わずかに残った与野党の議員たちですら加山都知事の言いなりとなってしまい、もうすぐ加山都知事は強硬手段に出るという情報を、飯能総区長が手に入れた。
なお、飯能総区長が加山都知事の言いなりにならないのは、彼が高レベルの冒険者であることと、上野公園ダンジョン特区と青ヶ島ダンジョン特区が正確には東京都ではなかったからだ。
そこで加山都知事は、この二つのダンジョン特区を強制的に接収、東京都に併合する計画を立てている。
だから俺は、この二つの冒険者特区からできる限りの人と物、なんなら設備や建物も運び出していた。
移転先は富士の樹海ダンジョンで、同時に周辺の大規模な開発も進んでいる。
冒険者特区の本部は富士の樹海ダンジョン特区となり、飯能総区長もそちらに引っ越す予定だ。
「これまでずっと我が国は上手く行っていたのに、あの女のせいでとんでもないことになってしまった」
「人生楽あれば苦もあると言うじゃないですか。そういいことばかりではありませんよ。しかしまぁ、東京都が冒険者特区を接収とは、穏やかな話じゃないですよね」
「以前、冒険者特区が東京都から独立した際、加山都知事は激高していたと聞く。彼女の熱烈な支持者たちも、東京が損をするので一緒に怒っていたと聞くから、彼女の暴挙を義挙だと褒めちぎるだろう」
加山都知事なんて応援している連中だから、理性はあてにできないか。
「なんとも救えない話ですね。冒険者特区の接級は、警視庁が実行するんですか?」
「いや、彼女が独裁者としての力量を増すにつれ、腐肉に群がるハエのようにそういう怪しい連中が集まって私兵・民兵団、義勇軍などが結成されている。そこに所属している連中の大半が危ない奴らばかりなのは、過去の歴史を紐解けばあきらかだが……」
「一日でも早く、上野公園ダンジョン特区の撤収作業を終了させますよ。建造物は一時明け渡すしかないですね」
「……こんな暴挙になにも言わない都民。『独裁者』のスキルとは恐ろしい」
そして、俺たちが無事に上野公園ダンジョン特区からの完全撤収を終えてから数日後。
まるでそれを待っていたかのように、加山都知事が支持する義勇兵たちが上野公園ダンジョンと青ヶ島ダンジョン、そして周辺のダンジョン特区を接収した。
すでに大半の冒険者とその家族は、都外のダンジョンや富士の樹海ダンジョンに逃げ出しており、このことに関する悪影響はほとんどなかったが、世界は日本と東京の対立を固唾を飲んで見守ることとなる。
この日東京は、実質的に日本から独立を果たした。
「ふうーーーっ、まさに加山都知事様万歳だな」
「本当だぜ。俺たち冒険者特性がない冒険者が、旧上野公園ダンジョン特区内にある超高級マンションに住めちゃうんだからな」
「元の持ち主は不幸だがな」
「とにかく、ここに長年住んでしまうことが大切よ。 そうすれば居住権を主張できるからな」
俺たち冒険者特性がなく、スライム狩りで稼いでいた冒険者にとって、加山都知事は最高の為政者だ。
いくら東京都知事でも国に逆らうなんてできないから、東京都独自の政策を実行するなんてできない。
みんなそう思っていたのに、この一年、加山都知事は頑張っている。
東京都が理不尽にも奪われた、上野公園ダンジョン特区と青ヶ島ダンジョン特区の接収に成功し、そこに建設された超高級マンションは俺たち東京に残った冒険者へと格安で貸してくれた。
元の持ち主が相場の家賃を払えと騒いでいるらしいが、加山都知事が『庶民を搾取する冒険者の要求など聞く耳持たない』と記者会見で宣言し、彼女の人気は不動のものとなった。
そのおかげもあって、冒険者特性がないのに冒険者になる若者が増えており、二つの冒険者特区は賑わいを取り戻した。
高収入な冒険者向けの飲食店、店舗、企業などはすべて逃げ出していたが、加山都知事がすぐに新しい店舗や企業を入居させたからだ。
多少猥雑になったが、クソみたいに高いお店やサービスはなくなったので、俺たち庶民に上野が戻ってきたといった感じだな。
以前はスライムを狩るだけで年収二千万円を超えていた、俺たち冒険者特性を持たない冒険者だったが、古谷良二やゴーレムを扱える『大資本冒険者』がゴーレムを使って効率よく大量にスライムなど低階層にいるモンスターを狩るようになったため、田中政権による国債の大量償還により発生した超デフレと超円高と合わせて、俺たちの年収は三分の一以下となってしまった。
『人間が働かなければいけないんです! 人間が汗を流して働くことこそが尊いのです!』
加山都知事は、都内でゴーレム、ロボット、AIの使用を条例で禁止した。
罰則のない条例なので強制力はないが、このところ急激に増えつつある失業者たちも彼女に賛同し、ゴーレム、ロボット、AIを使っている企業や店舗、サービスなどを使わないようにする運動が始まった。
普通この手の運動に参加する人は少ないので効果は薄いが、さすがは加山都知事。
多くの都民がこれに賛同し、東京都も『 自分たちは間違っていた!』と、すべてのゴーレム、ロボット、AIの使用を中止して、人間の職員を大量に 雇い入れた。
東京のみ失業者が大幅に減り、都民は加山都知事を絶賛した。
飲食店も、 古谷良二が経営していた子供食堂も兼ねた無人食堂を東京都が営業停止とし、都内から古谷良二とイワキ工業の影響力は徐々に薄れつつある。
『せっかく日本は生産性が上がって経済成長を始めたというのに、昔に逆行してどうするのだ!』と批判的な者たちもいるが、いくら経済成長しても、失業者ばかりでは話にならないじゃないか。
なにがベーシックインカムだ。
人は働いてこそ尊いというのに。
とにかく、加山都知事のおかげで俺たちの年収は以前の水準に戻りつつあり……今のデフレと円高を考えたら、実質かなり収入が増えているはずだ。
高レベルの冒険者ほど、加山都知事の政策に反発して東京都から引っ越してしまったが、残った多くの冒険者特性を持たない俺たちは、東京都が接収した高級タワーマンションに格安で住むことができる。
冒険者特性がなくても冒険者を目指す人も増え、これから東京の冒険者不足もすぐに解消するだろう。
「加山都知事は、俺たちのように冒険者特性がなくても、懸命に汗水流し働いている冒険者の味方だ」
「傲慢な高レベル冒険者たちがほとんどいなくなってせいせいするぜ」
「本当にな」
「東京はゴーレム、ロボット、AIの使用を禁止して人間の雇用を増やし、魔石は貴重な外貨のようなものだから、発電はすべて自然再生エネルギーだけになってしまった。新型の太陽光パネルと蓄電池は古谷良二とイワキ工業を儲けさせるだけだからこれも禁止。そのせいでかなり光熱費が上がってしまったけど、これも失業者を増やさないためだ」
こんな政策を大企業や高レベル冒険者たちが認めるわけがなく、田中総理は我々冒険者特性を持たない冒険者たちにまったく寄り添ってこなかった。
だが加山都知事は、これまで恵まれなかった人たちのために働いてくれる。
彼女こそ本物の政治家というものだ。
「古谷良二とイワキ工業。ざまぁねえな」
「本当だぜ」
少しばかりレベルが高く、高性能なゴーレムが作れるからっていい気になりやがって。
だが都内は加山都知事が作った条例により、ゴーレム、ロボット、AIの使用は好ましくないとされた。
条例なので強制力はないが、加山都知事を応援する人たちが『報告隊』を作って、ゴーレム、ロボット、AIを使っている企業、飲食店、人たちを告発した。
確かにこれらのものは便利だが、普及すればするほど人間の仕事が奪われてしまう。
加山都知事や我々の忠告を真摯に聞かなかったところは商売が立ち行かなくなったり、町内で村八分となった。
古谷企画とイワキ工業は都内から撤退し、我々は祝杯をあげたものだ。
他にも東京外へ本社や工場を移転させたところも多いが、人間を使えば営業できるので、ゴーレム、ロボット、AIを県外の拠点に移動させたり、レンタルしたゴーレムを返却するところも多かった。
つい一年ほど前まで、町中で工事をしたり、警備したり、ゴミを拾ったりと。
ゴーレムが次々と人間の仕事を奪っていたが、今はちゃんと人間がやるようになってよかった。
その分人件費が嵩むので他の部分を節約し、東京は財政を悪化させていない。
実に素晴らしい都市になったのだ。
「牛丼屋に入っても、以前なら人間味のないゴーレムが接客していたが、今は違う。人間がちゃんと接客してくれるというのはありがたい 」
しかも牛丼は、いいデフレと円高のおかげで、ゴーレムがなくても大分安くなった。
その分、働いてる人の時給は下がってしまったが、東京はどんどん物価が安くなっていくので問題ない。
我々ダンジョンに潜るエリート冒険者たちとは違って、彼らはたとえ給料が安くても仕事があるだけありがたいと思わなければ。
もし田中総理の言いなりだったら、仕事に就くことができず、一生ベーシックインカムを貰って暮らさなければいけないのだから。
「田中総理に政府閣僚、官僚たち、多くの大企業。そして大半の冒険者特性を持つ冒険者たちが都落ちしたようだが、この東京は日本の首都だ。東京に残った我々こそが勝ち組なんだ」
「加山都知事なら、将来必ず総理大臣になれるだろうから、そうしたらこの夢の東京が日本全国に広がるぞ」
俺たちはそんな夢のような日本が一日も早く訪れることを願いつつ、 今日もダンジョンに潜ってスライムを狩り、帰りに報告隊から通報を受けた老人ホームに向かおうと思う。
そこは人手不足を理由に、入所している老人たちの介護をゴーレムにやらせている不届きなところだそうだ。
尊敬すべき老人たちの介護をゴーレムに任せるなんて、彼らには人間としての心がないんだ。
もしそれが改善されないようであれば、そんな老人ホームは潰すに限る。
それこそが俺たちの正義なのだから。
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