第168話 古谷良二死す?

「(……今日のレベルの末尾は6か! クソッ! なかなかタイミングが掴めない! どうして古谷良二はいまだにレベルが上がり続けているんだ? 奴の レベルの上がりを予測して、最適なタイミングで『レベル5即死』を用いて殺すという戦法が使えないじゃないか!)」




「リョウジさん、ようやく富士の樹海ダンジョンの四千階層を突破できましたね」


「まだまだ先は長いだろうなぁ」


「リョウジ君の見立てだと、推定一万階層だっけ?」


「と、思ってたけど、ちょっと俺の見立てが甘かったかもしれない」


「えっ? すると二万階層とかでしょうか?」


「綾乃、俺は富士の樹海ダンジョンは十万階層を超えると思っているんだ」


「十万階層! 驚きの数字ね。リョウジでも死ぬまでにクリアできるかどうか……」


「ちょっとわかんないけど、次世代に任せるってのも悪くないと思うんだ」


「それもそうね。私とリョウジの子供たちが、富士の樹海ダンジョンの最下層をクリアするってのも悪くないわ」


「私とリョウジさんの子供が……親子二代でダンジョン攻略。ロマンがありますわね」


「だよねぇ、ボクとリョウジ君の子供たちならきっと大丈夫!」


「私と良二様の子供なら、魔法で大活躍してくれるはずです。良二様、子供は男の子と女の子、どちらが……。両方、沢山欲しいですね」


「良二、お前は将来子沢山になりそうだな」


「はははっ……」


「(ふんっ! いい気になりやがって! まあいい。どうせもうすぐ、お前は高田の『レベル5即死』で死ぬんだからな)」


 裏切り者の陣内を始末した私は、加山都知事の公設秘書となった。

 これでも冒険者特性が出る前の私は大企業で働いていたし、実は東大出でもある。

 政治家の秘書の仕事くらいこなせる……が、とにかく忙しかった。

 なぜなら、加山都知事の実務能力はポンコツなんてものじゃなかったからだ。

 本当に、バカな有権者たちの人気取りだけして政治家を続けていたのだと、あらためて思い知らされた。

 それも政治家に必要な才能ではあるが、私は古谷良二のレベルの末尾を常に『真実の魔眼』で探り続けなければならない。

 当てずっぽうで、高田に『レベル5即死』を古谷良二に使わせても、殺せない確率が高かったからだ。

 ダンジョンで単独行動をしている冒険者に対し、そっと『レベル5即死』を使うならその方法もアリだが、相手はあの古谷良二だ。

 接近しただけで確実に感づかれるので、必ず『レベル5即死』が通用する、レベルの末尾が0か5の時を狙わないといけない。

 つまり私は、本来加山都知事がやるべき東京都政の実務と、古谷良二の変装を見破り、そのレベルを測定する仕事を両立させていた。

 正直なところ、 睡眠時間を削って対応している状態だ。


「(それにしても、おかしいじゃないか!)」


 古谷良二ほどの高レベルにもなれば、そう簡単にレベルなど上がらないはず。

 だから彼のレベルの末尾が3や4の時、『次こそは!』と期待するのだが、なぜか数日後にはレベルの末尾が5を越えていた。

 私は、いまだ爆発的に強くなっている古谷良二に恐怖すると共に、必ず奴を殺さなければと固く決意したものだ。

 私はいくらレベルが上がっても強くならないのに、こんな不公平なことはない!

 古谷良二に潰されたであろう後藤先輩。

 あなたもそう思いますよね?

 この世の中の格差は是正されなければいけないのだ!


『(で、まだ古谷良二のレベルは末尾が5で割れる数字にならないの? 僕も暇じゃないんだけどね)』


「(……残念ながらまだだ)」


 待機ばかりで飽きたのか?

 高田が私に電話してくるが、こっちは密かに古谷良二を探るのに忙しいんだ。

 自分の機嫌くらい自分で取ってくれ!


「さあて、今日はなにを食べようかな?」


「良二、富士の宮焼きそばでも食べに行こうぜ」


「いいねぇ、富士の宮焼きそば」


「動画の素材になるしな」


「剛は、『ダンジョン周辺飯』の撮影も兼ねてか」


「あれ、なんとなく始めたんだが、評判いいんだよ」


 古谷良二の友人である剣剛は、冒険者にして、魔法薬師にして、動画配信者にして、実業家でもある。

 古谷良二が凄すぎて霞むなんて声もあるが、総資産は一千億円を超えているインフルエンサーであった。

 ダンジョンの女神たちも同様で、さらに彼女たちは古谷良二の恋人であることを公言しており、常に彼の傍から離れない。

 それも古谷良二の暗殺を難しくしている要因だが、もし彼のレベルの末尾が5で割り切れたら、躊躇なく暗殺を実行させる予定だ。

 その結果、高田の人生が終わる確率はかなり高いが、元々同業者殺しだったのだ。

 クズが消える時に、古谷良二を道連れにしたことは歴史に残るだろうから、安心して死んでくれ。

 お前みたいなスキルの持ち主が長生きしたところで、他の冒険者の足を引っ張るだけなのだから。


「(今日は、これで監視を終えるか……)」


 加山都知事がやるべき仕事をやらないといけないからな。

 しかし、古谷良二は運がいい奴だ。

 この私はこれまで一度も、レベルの末尾が5で割れる状態を観測することができなかったのだから。






「フルヤ島ダンジョンに構築した自動モンスター討伐、魔石、素材回収システムは大分進歩したな」


「社長、やはり多数のモンスターを倒した影響で階層が増えたようです。ダンジョンコアの取り直しをお願いします」


「フルヤ島ダンジョンも拡張かぁ」


「その代わり、ダンジョン攻略が低調だったり、場所が悪くて人が入らなかったダンジョン五十六箇所が消滅しました」


「ダンジョンは、常に攻略されないと消えてしまうのか……」


「社長がダンジョンコアを確保したあと、何年も次のダンジョンコア獲得者がいないダンジョンは消えるみたいですね。途上国や、ダンジョンに潜ることは環境破壊だと主張している政治家や政党が政権を握っている国、先進国でも不便な場所にあるダンジョンは消滅しました」


「常にダンジョンは、冒険者によって攻略されないと駄目なのか」


「安定に胡座をかいては駄目ってことですね。なお、日本はすべてのダンジョンの周辺に特区を作って大開発をしているので、消滅したダンジョンはありません」


「それはよかった。あと、田中総理がマシな人で」


「ただ、これは地方の開発強化にも繋がりますし、このところゴーレム、AI、ロボットの導入で東京の求人が減り続けているので、東京の人口減少が始まっています」


「それは悪いことなのか?」


「日本は自然災害、特に地震が多いのでリスク分散が必要なことは以前から言われていましたが、面白くない人はいるでしょうね」


「……加山都知事か……」


「そういえば、東条さんから連絡がありまして。加山都知事の公設秘書だった陣内は消された可能性が高いそうです」


「……加山都知事、ついに形振り構っていられなくなったか……」


 このところ、プロト1が気合いを入れて整備していた、フルヤ島ダンジョンの自然攻略システムがさらにバージョンアップした。

 空中都市フルヤで改良、量産したゴーレムとロボット軍団を各階層に派遣して、モンスターを駆逐、死体を解体して魔石と素材を採取、空中都市に運び込む。

 同時に、これら多数のモンスターから得られる経験値はすべて俺たちに分配される。

 すでに高レベルである俺たちのレベルは上がりにくくなっているが、広いフルヤ島ダンジョンに多数ひしめき、倒しても倒しても湧いてくるモンスターを毎日数十万、数百万体倒すのだ。

 自然にレベルも上がるというもの。

 そして、毎日これだけのモンスターを倒され続けるダンジョンは成長する。

 逆に、いくら過去に俺が攻略してダンジョンコアを獲得していても、何年も次の攻略者が出ていないと、ダンジョンは消滅してしまう。

 ダンジョン維持のため、どんなに不便な場所にあっても多額の税金を投入してインフラ開発を続けた田中総理の決断は正しいが、以前から加山都知事はそれを無駄だと言って、マスコミの前で批判していた。

 人気取りしか能がない加山都知事は、マスコミと組んで公共工事批判をするのが十八番だからだ。

 時代遅れ、今はコンクリートよりも人への投資!

 加山都知事と彼女を支持するマスコミが大好きなワードらしい。

 自分は東京都の職員を多数リストラし、予算も削りまくっていた手前もあったのだろう。

 地方が発展すると、まだ少子化なので東京の人口が減るという理由もある。

 こうして、田中総理VS加山都知事という対立があったのだが、今回の人間が入らなかったダンジョン消滅という現実の前に、加山都知事は破れ去った。

 反対の声を押さえてダンジョン周辺の開発やダンジョンへと続く道を優先的に整備していたおかげで、どのダンジョンにも冒険者が入るようになったからだ。

 冒険者特区では海外の冒険者特性を持つ冒険者が永住権を得やすいので、ダンジョンが多い日本では多くの外国人冒険者が活動するようにもなっていて、それも税収増に繋がっていた。

 発展する冒険者特区と、停滞から衰退する可能性も出てきた東京都。

 加山都知事からしたら、俺を殺したくて仕方がないのだろう。


「陣内は行方不明か……」


 加山都知事は極悪人ではないと思っていたのに、裏切り者を始末するなんてこともするんだな。


「彼女自身が手を汚していないからだと思いますよ」


「そういえば、加山都知事の新しい公設秘書は冒険者なんだよな」


 しかしまぁ、冒険者なのに加山都知事となんて組んでしまって、損だと思うんだけど。


「岩合はちょっと特殊な冒険者なんですよ」


「西条さん、こんなところまでご苦労様です」


 ここはフルヤ島ダンジョンの一階層で、ロボット、ゴーレム軍団に囲まれているとはいえ、冒険者特性もないのに西条さんは度胸があるな。


「岩合は、『真実の魔眼』という鑑定の上位スキルを持っています。どんな冒険者の能力も鑑定できますが、その代償でしょうか。戦闘力が皆無なのです。だから加山都知事の公設秘書になる前は、冒険者へのアドバイザーやキャリア指導をしていました。彼の鑑定能力は本物で、指導も適切だったので人気だったんですけどねぇ……。どうして加山都知事の公設秘書になんて……」


「俺を殺すためでしょうね」


 岩合が、俺の能力を完璧に鑑定できるのだとしたら、加山都知事が欲しくないはずがない。

 彼のスキルが、俺を殺す切っ掛けとなる可能性は高いのだから。

 どうせ、田中総理と飯能総区長に情報を流していた陣内はもう使えないのだから、彼を始末して、岩合をその後釜に据えたのだろう。

 疑問なのは、せっかく仕事が上手く行っていたのに、岩合なる冒険者がそれを捨てて加山都知事と組んだことかな。


「加山都知事の方は、珍しく合理的に動いている?」


 岩合の引き抜きに成功したのは事実なのだから。


「確かにそうですね。実は陣内は、岩合と、加山都知事がもう一人囲っている高田という冒険者の情報をくれる直前だったんです」


「だから陣内は殺された?」


「その可能性は高いです。高田という冒険者は、今は高レベルな冒険者として知られています。上級スキル『魔法剣士』が出現してからは、一流の冒険者の仲間入りですよ。ただ……」


「ただ?」


「以前は『とっぴょう師』なる、謎のスキルというかジョブ持ちなうえ、ずっと一人で活動していたり、世界中のダンジョンを回っていたりと、謎の行動が多い冒険者です。そして今は、そこまでの実績があるのに、なぜか加山都知事と組んでいることですね」


「『とっぴょう師』ですか。初めて聞くジョブですね」


 その名のとおり、突拍子なことをするのか?

 いや、上級スキルが魔法剣士だったということは、某RPGのように遊び人から賢者みたいな流れかも……そんなわけないか。

 ゲームの話じゃないんだから。


「古谷さんが知らないスキルってことは要注意ですね」


「知らないってことは、初見殺しで嵌められる可能性が高いですからね」


「古谷さんは、高田と岩合には接触しない方がいいでしょう。特に岩合の能力があれば、古谷さんの魔法による変装を見破れるかもしれません」


 外出にも気をつけた方がいいのか……。


「魔法で変装すれば、他人に気がつかれることなく遊べるから便利だったんだけどなぁ……」


「加山都知事との決着がつくまでは我慢ですね」


 外でイザベラたちと遊べないのなら、アナザーテラや裏島、空中都市で遊べばいいから問題ないけど。


「それにしても、よく加山都知事となんて組むよなぁ」


「考え方の一つとしては、もし加山都知事が田中総理や飯能総区長、そして古谷さんに勝利できたとしたら、次の冒険者業界を牛耳るのは岩合と高田になるってことです」


 今のままでも大成功を収めた部類に入る二人だが、俺やイザベラたち、他にも多数いる高レベル冒険者には勝てず、埋もれたままになってしまう。

 だから加山都知事と組んで、政治の力で自分たちがトップ冒険者になろうという腹積もりなのか。


「冒険者って、そういう仕事じゃないんですけどね……」


 岩合も高田も、どこかサラリーマン気質なんだろう。

 冒険者は究極の自営業者だから、自分がどう頑張るかという話なのに、政治権力と結びついて自分がトップになろうとする。

 冒険者の本質からは外れた連中だが、そこを加山都知事に見破られて利用されたのか。


「歪んだ連中ですね」


「そういう歪んだ連中だからこそ躊躇なく陣内を殺し、古谷さんも狙っている可能性があるので危険です」


「その二人、陣内殺害の罪で捕らえることはできないんですか?」


「証拠がありません。古谷さんならおわかりだと思いますが……」


 高田は高レベル魔法剣士なので、その気になれば 証拠一つ残さず人間を焼き払うことも可能だ。

 警察も、殺された証拠すらない殺人犯を逮捕することはできないのか……。

 加山都知事が警察に圧力をかければ、もう手は出せないのだろう。


「陣内は、死んだことすらわからない状態にされるんですね」


「行方不明扱いで、七年後に死亡判定でしょうね」


 可哀想ではあるが、これが加山都知事と組んだリスクってことか。


「そんなわけでして、しばらくは外出を控えてください」


「わかりました」


 高田と岩合。

 まだ他にどんな能力を持っているのかわからないので、いいから俺が高レベルだからといって油断していると、 あっけなく殺されてしまうかもしれない。

 ここは大人しくしておくか。

 外に出なくても充実した休日を過ごす方法はいくらでもあるしな。






「やりなさい! これで東京の税金を一気に下げて、東京都からの人間の流失を防ぐのよ! 田中総理に恥をかかせて、支持率を落としてやるわ!」


「わかりました」


 やはり、加山都知事はバカだな。

 だが、このバカという評価には褒め言葉も入っている。

 これまで有権者……それも少し頭が悪い層の人気取りに集中し、実務能力は皆無だった彼女が次々と新しいことを始めたのだから。

 地方は、資源とエネルギー、食料も手に入るダンジョン周辺の再開発に巨額の税金を投入し、ゴーレムとAI普及による失業率の悪化を防ごうと努力していた。

 同時に、ダンジョンを中心としたスマートシティーの建設にも着手。

 人口が減っている日本における開発とインフラ整備には取捨選択が必要であり、自然とダンジョンがある場所になっていった。

 そうなると、失業率が上がり続けている東京の人口が地方に流入する。

 このところ日本政府が解決に躍起になっていた地方創生の手助けとなったわけだが、加山都知事からすれば東京衰退の第一歩なので妨害したい。

 地方と中央の対立は、過去の歴史を遡ってもよくある話だ。

 そこで昔からある、公共工事不要論を唱える連中やマスコミと組んで田中総理を攻撃していたのだが、またも古谷良二がとある動画をあげたため、加山都知事は不利な状況に追いやられた。

 加山都知事は、どうせ一度古谷良二がクリアしているのだから、不便な場所のダンジョンなど放置しておけばいいと、記者会見で訴えていた。

 ところが、それを実行していた他国のダンジョンが多数消滅してしまい、一気に流れが変わる。

 ダンジョンは大変貴重なものなので、もし田中総理が日本全国すべてのダンジョン周辺の開発を進めていなかったら、日本は多くのダンジョンを失うところだったからだ。

 古谷良二のせいでまたも批判された加山都知事は絶叫しつつ、人気取りのため東京都のスリム化を進めていく。

 すでに東京都の職員は大幅に減らしていたので、関連団体の統合と削減、人員の大量リストラを決めて労働組合から反発もあるが、彼女はすでに人数が減った公務員を票田としてあてにしていない。

 むしろ公務員を攻撃すればするほど、彼女の本来の支持者たちからの支持率が上がるので、若い使える職員だけ残し、彼らの給料は大幅に上げた。

 多少職員の給料を上げたところで、これまでに削った予算の額からしたら大した金額ではないし、大量のゴーレムとAIを管理できる人間の職員は非常に優秀で、報酬を増やさないと来てくれない。

 まずは東京都が職員の給料を上げるのだと、定例記者会見で都民たちに訴えていた。

 若者の所得を上げることは少子高齢化の解決にも繋がると加山都知事は訴えたが、これからの公務員は真のエリートしか選ばれない時代となる。

 民間と合わせて人件費が上昇を始めたのでこれを歓迎する向きもあるが、それはゴーレムとAIの大量導入で生産性が上がったからだ。

 ところがこれには裏の顔もあり、ゴーレムとAIがやれる仕事からは人間の労働者が追い出されていき、優秀な人間のみが労働をするから給料が上がっているとも言えた。

 この状況を批判している識者は多いが、じゃあ昔に戻せるのかと言われたら不可能だろう。

 もし東京都が人間の職を奪われないよう、ゴーレムとAIを使った会社を公共工事に参加させなかったとする。

 だがそれで必要な予算が倍になったら、絶対に有権者は激怒するはず。

 『税金の無駄使いはやめろ!』と。

 それがわかっているから、加山都知事は人気取りの政策をやめない。

 とにかく予算の半減に成功したので、減税だってやってしまう。

 すると東京に対抗して、国や他の県でも同じことが進んでいるとか……。

 ゴーレムとAIを導入して行政にかかる予算を減らし、サービスを向上させつつ、減税にも成功した。

 当然大量の失業率が出たが、加山都知事を支持する人たちも多く、彼女の本当の評価は加山都知事が都知事を引退してから決まるかもしれない。


「田中総理には負けてられないわ!」


 加山都知事は、総理大臣になりたいだろうからな。

 だから自分を妨害する古谷良二は必ず殺すと公言しており、それを成し遂げたら自分は総理大臣になれると本気で思っているのだから。


「ところで、本当に古谷良二は殺せるんでしょうね?」


「私の『真理の魔眼』と、高田君の『レベル5即死』があれば必ず」


「期待しているわ。電気、水道、ガス。全部値下げできるわね。これでさらに支持率アップよ」


 確かにこれらの政策は十分に可能なんだが、そのためにはさらなるリストラが必要だ。

 しかも、多くの世間一般の人たちはこれを支持するだろうから、国と地方自治体のスリム化は進んでいく。

 いや、この手の政策を嫌う識者たちが言う『弱者切り捨ての小さな政府』ともまた違うだろう。

 なぜなら、国や地方自治体が導入したゴーレム、ロボット、AIの数を数えると、むしろ公務員の数が増えているという見方もできるからだ。

 彼らは導入にお金がかかるし維持費もかかるが、 人件費よりも圧倒的に安い。

 ゆえに減税をして予算が減っても、国は国債の償還を続けられるし、 行政サービスはよくなる一方なのだから。

 警察、自衛隊、学校、保育、介護など。

 人手不足が深刻なところはむしろ人を大幅に増やしていて、役所の事務仕事や受付などは大幅に減らされているといった感じか。

 ゴミ収集、掃除、国立公園や国有林、公共施設の維持や警備などはゴーレムが増え続けていた。

 町中でゴミ拾い、簡単な道路の補修などをするゴーレムが増え、このところ日本にやってくる観光客から『日本はとても清潔だ』と評価されるようになり、加山都知事はさらにゴーレムの導入を進めていた。

 もっとも、それをすればするほど、古谷良二の古谷企画とイワキ工業がとてつもなく 儲かるのだけど。

 東京都の事業を落札した多くの大手企業が、ゴーレムとAIのおかげで以前よりも安い落札価格なのに大儲けしており、そのおかげで株価が大幅に上がり、加山都知事は政治献金で大分潤っている。

 そのことを批判する人たちは多いけど、減税と物価安でその支持率はとても高かった。

 

「(加山都知事は、古谷良二に踊られている?)」


 古谷良二や優秀な冒険者たちのおかげで日本の景気は大幅に良くなったが、すぐに働けることが特権になる時代がやってくる。

  その原因を作った彼を批判、もしくは恨む人も一定数いるだろうが、そんな政策を東京で進めている加山都知事も同じくらい恨まれるはず。

 そうなった時に、彼女はどういう行動に出るのか?

 非常に興味深いところだが、 残念ながら古谷良二はそれを確認することができない。

 なぜなら、彼は必ず高田が殺すからだ。


「このところ古谷良二が外出しなくなったが、なあにこうなれば根気比べだ。古谷良二が田中総理や飯能総区長と組んでいる以上、必ず奴は顔を出す。その機会を狙う」


 スマホにある人物からのメッセージが入った。

 確認すると、なんと古谷良二が日本政府主催の晩さん会に出席するという内容だ。

 与党に加山都知事と懇意にしている政治家がいて、彼からの情報であった。


「(さすがの古谷良二でも、田中総理の誘いは断れまい。この国では優秀な出る杭は打たれる。それを身を張って防いでいる彼の支持率維持に協力する必要があるからな)」


 日本政府主催の晩餐会ともなれば、首都東京の首長をしている加山都知事も当然呼ばれる。

 私も秘書として同行すれば、古谷良二のレベルを探ることも可能だろう。

 そしてもし、彼のレベルの末尾が5で割り切れたら……。


「(高田をすぐに呼び、奴の最初にして最後の大仕事が始まる……)」


 その時こそが絶好のチャンスだ。

 必ず殺してやるから覚悟しておくのだな、古谷良二。

 そして奴が死んだ報告を、後藤先輩の墓前でしなければ。

 彼の好きだったワインを持って。






『日本政府総理主催のパーティーに呼ばれました。その様子をお伝えしようと思います。 なにをすればいいのかわからないけどね』


 加山都知事に命を狙われていることが判明した俺であったが、 今日は日本政府主宰のパーティーに参加していた。

 彼女も出席するが、 戦闘力があるわけではないから俺を殺せないはず。

 秘書の岩合にしても、彼は俺の能力を詳細に鑑定できるが、 戦闘力は一般人と変わらない。

 やはり、高田のスキルが俺を殺す鍵となるはずなので、 田中総理がどんな理由があろうとも彼を出席させることはないだろう。

 後日、この様子を動画であげる許可をくれたので、俺は剛とイザベラたちを連れてパーティに参加した。


「おおっ! なんと美しい!」


「さすがはダンジョンの女神たちですな」


 イザベラたちは俺が素材を集めて縫製したドレスを着て、パーティーに参加していた。

 富士の樹海ダンジョン四千階層で出現するギガントドラゴンの中にたまにいる、幼竜の産毛を繊維にして、それをダンジョン由来の色素で着色、編んで作製したドレスは、現時点では五点しか存在せずに値段がつけられず、その上品で輝くような美しさと、イザベラたち自身の美しさと相乗効果を発揮、パーティー会場で注目を集めていた。


「いくらなのかしら? あのドレス」


「ドラゴンの幼竜の産毛が材料って、そう簡単に手に入らないから、きっととんでもなく高いわよ」


「私も、古谷良二さんからプレゼントされてみたいわ」


  パーティーに参加している多くの女性たちが、イザベラたちのドレスを羨ましがっていた。

 イザベラはライトブルー、ホンファはピンク、綾乃はライトグリーン、リンダはイエロー。

 あと、パーティには参加していないけど、ダーシャにもライトパープルのドレスを贈っておいた。

 ビルメスト王国主催や外遊先のパーティーで着てくれるはずだ。


「リョウジさん、随分と慣れていらっしゃるようですが……」


「そうかな?  パーティーなんて何度か出席しただけなんだけどなぁ」


 向こうの世界で仕方なく参加したのと、王族や貴族が多数参加するパーティーで無作法もできないので、事前にどう振る舞えばいいか教わり、 それを実行しただけなのだから。

 日本政府主催のパーティーの参加者に王族と貴族はいないので、むしろ俺は楽だと思っていた。

 動画をゴーレムに撮影させながら、参加者たちに社交辞令に徹した無難な挨拶をしつつ、料理を楽しんでいる。

 お酒は……まだ二十歳になっていないので飲んでいない。

 もし俺が飲酒をしている動画が公開されたら、すぐに炎上してしまうから絶対にやらないさ。


「リョウジ君、加山都知事の傍にいるのが岩合って人かな?」


「間違いなくそうだろう間違いなくね」


  冒険者というよりは官僚に見えるが、戦闘力が皆無で鑑定スキルに優れていると聞くから、らしい風貌をしていると思う。

 

「俺のバグっているスキルと能力を探知できるのなら大したものだ」


 こんなことなら、加山都知事の秘書になる前に、彼のカウンセリングを受けておくべきだったな。 

 冒険者向けのアドバイザーで儲けていると聞いたのに、なにが悲しくて政治家の秘書になんてなってしまうのか。


「そんなに、政治家の秘書っていいのかね?」


「もしかすると岩合さんは、政治家を志しているのではないでしょうか?」


「政治家にねぇ……」


 綾乃にそう指摘されると、そんな気がしてきた。

 岩合はいくらレベルが上がっても戦闘力が常人並なので、このまま冒険者として キャリアを積むことに不安を覚えたのかもしれない。

 いくら特殊スキル持ちでも、 冒険者特性を持つのに戦闘力がないというのは、コンプレックスの原因になっているかもしれないからだ。


「イワゴウが、本当にリョウジのレベルやスキルを見抜けていたとしても、彼自身がリョウジを殺せるとは思わないわ。タカダという冒険者次第だけど……」


  当然秘書でもない高田は招待されていないので、俺たちはパーティーが終わったら『テレポーテーション』で自宅に戻るだけ。

 顔合わせる心配はないだろう。




「いやあ、今日は本当にありがとう」


「普段からお世話になっていますし、今日の食事はとても美味しかったですよ」


「買取所に依頼して、ダンジョン産食品をふんだんに使った料理だからね。ところで問題の加山都知事はとても大人しかった。さすがに日本政府主催のパーティーで、古谷さんを襲撃しないか」


「高田がいないと、岩合だけでは俺を暗殺することはできませんよ」


 特に何事もなくパーティーは終わり、会場の出口で俺たちは田中総理の見送りを受けていた。

 どうやら俺たちは、かなりのVIPだと思われているようだ。

 そして問題の加山都知事だったが、俺に話しかけてくるでなく、岩合と共にチラチラと俺たちを見てかなり不気味だった。

 岩合には俺の強さをすべて見抜かれてしまったかもしれないが、 彼自身には戦闘力がないのでなにもできないだろう。

 特別なアイテムを使えば……いや、俺を殺せるようなアイテムはそう簡単に手に入らないはずだ。


「さて、もうそろそろ帰るかな?」


「こういう時、車を呼ばないで『 テレポーテーション』ですぐに自宅に帰れるのは便利ですね。今日は私が、『テレポーテーション』を……」


 綾乃が『テレポーテーション』を使おうとしたその時、突如目の前に人が姿を現した。

 

「若い男性?」


「古谷良二! 死ね!」


 冒険者の装備に身を包み、どういうわけか 真っ赤なマントを羽織った若い男性……彼は確か、冒険者の高田だったはず。

 写真で見たとおりだ。

 いきなり目の前に出現したが、まさか俺が彼の気配に気がつかなかったとは……。

 彼が纏っている、不自然な真っ赤なマントのせいか?

 そしてすぐに魔法か特殊なスキルを使用したようだが、さすがにこれも効かないはず……。


「えっ?」


 彼が使った魔法というかスキルは、俺の体に直接ダメージを与えるものではないようだ。 

 だが徐々に、俺の体を耐えがたい寒気が襲い、同時に意識を保つことが難しくなってきた。

 俺はその場に膝をついてしまう。


「リョウジさん!」


「リョウジ君!」


「良二様!」


「リョウジ!」


 イザベラたちが慌てて俺を囲んで守ろうとするが、もはや俺は消えゆく意識に抗うことができずにいた。

 ついにその場に倒れ伏してしまう。


「リョウジさん! 顔色が真っ青ですわ!」


「これは……即死系の魔法……」


 某有名RPGでいうところの〇ラキであったが、俺はこの手の魔法をほぼすべて克服していたはず……。


「どうやら……初見殺しが可能な……特殊な条件がついた……即死魔法らしい……」


 駄目だ。

 これ以上はもう意識が保てない……。


「良二様!」


「やったぞぉーーー! 僕はついに古谷良二を殺すことに成功したんだ! おっ! これは……レベルが恐ろしい勢いで上がっていく! やはり古谷良二は美味しかったな」


 俺を倒すと美味しい?

 どうやらこいつは、今使った魔法で高レベルの同業者たちを殺すことで強くなった、とんでもないゲスのようだ。

  すぐに反撃したいが、残念ながらもう俺は……。


「……俺は……死ぬのか……」


「リョウジさん!」


「リョウジ君!」


「良二様!」


「リョウジ!」


 彼女たちの悲鳴のような叫び声を最後に、俺は意識を完全に消失した。

 まさかこの俺を一撃で殺せる魔法を使えるなんて、 冒険者のスキルにはまだ俺が知らないものもあったということか。


  完全に油断してしまった。

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