第167話 陥穽

「どうですか? 古谷良二は見つかりましたか?」


「いや、今のところは見つかっていません」


「彼のプライベートは秘密のベールに包まれていますが、それは魔法で完璧に変装しているからです。他人の容姿なら、どこに出かけようと他人は気がつかなくて当然なのですから。彼の変装を我々が見破ることは不可能なので、岩合さんの『真理の魔眼』で見破るしかない」


「唯一の懸念は、とある筋からの情報によると、古谷良二のレベル表示はバグっているとか? ノージョブ、レベル1表示のままだから、私の『真理の魔眼』を用いても見破れないかもしれません」


「あなたの『真理の魔眼』は完璧だと聞きましたが、そんなあなたでも古谷良二のレベルとジョブを知るのは難しいと思っているのですね」


「実際に見てみないことにはわからないですね。古谷良二みたいな冒険者は前代未聞ですから」」


 岩合さんは、冒険者の中でもかなり変わった存在だ。

 レベルはちゃんと上がるのに、なぜか身体能力はほとんど上がらなかった。

 そのせいで、パーティを何度も追放されたらしい。

 可哀想な話だが、確かに普通にモンスターと戦って稼ぐパーティでは、岩合さんのように特殊能力を持つ冒険者はもて余される。

 冒険者のレベル、スキルの詳細を見極められるといっても、ダンジョンの低階層で活動している冒険者には大して役に立たない。

 彼は、その冒険者の限界レベルも鑑定できるそうだが、『あなたは、レベル500までしかレベルアップできません』と言われて気分が悪くない人間はほぼいないのだから。

 古谷良二によるレベリングと、ダンジョンがこの世界に出現して五年目に突入した。

 そろそろレベルの限界を迎えた冒険者が続出しており、古谷良二しか作れないハーネスが飛ぶように売れていた。

 限界レベルを増やせるかもしれない、という触れ込みで、実際にハーネスのおかげで多くの冒険者の限界レベルが上昇したが、中にはハーネスの効果がない者もいる。

 実は、岩合さんが鑑定できる限界レベルはハーネスの使用を前提としたものであり、親切心で彼はハーネスの購入を止めたこともある。

 だが、その冒険者は岩合さんを罵った。

 いくら自分のレベルが上がっても身体能力が上がらないからといって、俺のレベルアップを妨害するのかと。

 岩合さんは、ハーネスを買うお金で他の強化をしてほしいからその冒険者に忠告したのに、それが仇となってしまった形だ。

 他にも色々とあったそうで、ついに岩合さんはダンジョンに潜らなくなり、冒険者に対するアドバイザーみたいな仕事をしている。

 彼は冒険者のすべてを見極められるので、今の能力ならどの階層までが安全かとか、効率よく稼ぐ方法などを適切にアドバイスするので評判がいい。

 それなのに、なぜか加山都知事の私設秘書となり、古谷良二の普段の変装を見破り、彼のレベルを探る協力をしている。

 どうして彼は、わざわざ危険な橋を渡るのだろうか?

 私も人のことは言えないが、まあ私は田中総理、飯能総区長に情報を流しているから塀の内側に落ちることはないのだけど……。

 本当はスパイなどやりたくはないが、総理大臣になるべく最後の賭けに出た加山都知事の暴走に巻き込まれるのはゴメンだ。

 岩合さんは頭がいいし、冒険者アドバイザーとして成功していたのに、どうして彼女の依頼を受け入れたのだろう?


「確か今でも、定期的にこの富士の樹海ダンジョンに潜っていると聞くので、見張るならここでしょう」


「富士の樹海ダンジョン、私のような、冒険者なのに戦闘力が常人並でしかない人間には無縁なダンジョンですよ」


 そう言いながら浮かべた彼の笑顔の奥に、私は彼の本性を見た。

 せっかく冒険者特性を得たのに、彼はモンスターと戦えず、ずっと冒険者たちにバカにされる日々だった。

 冒険者なのに戦闘力がなく、鑑定スキル特化ゆえの悲劇だが、だからこそ彼は自分にはない戦闘力を持つ古谷良二に嫉妬しているのだとわかったのだ。

 戦闘力がないことをバカにされ続けたので、戦闘力がある彼が呆気なく死んでしまえばこれまでの溜飲が下がる。

 せっかく『真理の魔眼』を駆使して大成功を収めているのに、それでも満足できない。

 人間というのは感情の生き物なので、案外そんなものなのかもしれないな。


「……」


「岩合さん?」


「見つけた!」


「古谷良二ですか?」


「間違いない」


 岩合さんの視線の先には、若い男性六人のパーティがいた。

 体型も容姿も装備も普通で目立たない六人組だが、変装の極意は目立たないことだから、セオリーに忠実とも言えた。

 魔法による変装でも、基本は同じということだ。


「どうです?」


「ダンジョンの女神たちと、古谷良二と親しい剣剛でしょう。全員レベル30000を超えていますね」


「レベル30000!」


「やはり彼女たちは、古谷良二と行動を共にできるからレベルの上がり方が著しいな」


「それで、肝心の古谷良二はどうなんですか?  岩合さんの『真理の魔眼』で見られますか?


「……見えます。ですがこれは……」


 岩合さんが、驚きの表情を浮かべた。


「岩合さん?」


「勇者、戦士、武道家、魔法使い……。基本職も上級職も、レアなスキルも。とんでもない数の職業、スキルが見えます。そして彼のレベルですが、346978です」


「レベルが三十万超えだって!」


 そりゃあ、レベル5即死がなければ古谷良二の暗殺なんてできるわけがない。

 逆に考えたら、高田純也がいたからこそ加山都知事は暴走したとも言えるから、不幸なスキルというか魔法でもあった。


「やはり、富士の樹海ダンジョンか……」


 いまだ最下層まで誰も到達していないダンジョンであり、古谷良二が定期的に最新攻略情報を配信しているから、ここだと思った。

 しかし問題は、岩合さんが変装している古谷良二を見分けられ、その能力までわかったのはいいけど、問題はどうやって彼を暗殺するかだ。

 高田は5で割れるレベルの冒険者なら必ず殺せるらしい……しかし、彼はどうやって自分のスキルを確認……ダンジョンで行方不明になった冒険者のかなりの数が高田に殺されていたのか。

 岩合さんも、高田のレベルの高さに驚いていたから、あいつはしっかりとコントロールしないと、将来大変なことになりそうだ。


「古谷良二が単独行動している時を狙うにしても、ダンジョン内では難しいですよ。私は戦闘力が皆無ですし、高田君が同業者殺しでレベルを大幅に上げたところで、単独で古谷良二が活動する階層に辿り着くのは難しい。なにより、古谷良二のレベルが5で割れる時を狙わないと。普通に高田君とレベル三十万超えの古谷良二が戦ったら、彼など瞬殺でしょうから」


「となると、変装をして外を出歩いている時ですか。しかし彼は、外を出歩く時はほぼダンジョンの女神たちを連れています」


 目撃者がいる前で、古谷良二を殺すのはどうかと思うのだ。

 しかもダンジョンの女神たちの前でだ。

 今やその美しさからインフルエンサーとしても有名な彼女たちが、古谷良二を殺した高田を捕らえてしまえば、容易に加山都知事の悪事は知れ渡るはず。

 古谷良二がたった一人で外を出歩いている時を狙う。

 

「(かなり難しいだろうな。たとえ古谷良二が一人で外を出歩いていたとしても、レベルが5で割れなければ、レベル5即死は成功しない。まあこんな暗殺、成功しない方がいいに決まっているからそれでいいのだが……)」


 私はスパイであることがバレないために加山都知事からの命令で動いているが、 古谷良二の暗殺など成功してほしくないのだから。

 問題なのは、すでに自分の欲望のために多くの冒険者をレベル5即死で殺している高田と、ついに古谷良二のレベルを見破った岩合さんは、彼を殺す気満々ということだ。


「そこは腹を括るしかありませんね。彼のレベルが五で割れる時を狙う必要があるのに、彼が一人で行動している時なんて条件まで加えられませんよ。これ以上条件を難しくしたら古谷良二の暗殺なんてできません。高田君のレベル5即死は彼しか使えないものなのですから、誤魔化しようはいくらでもあるのでは? そこをなんとかするのが加山都知事ではないのですか? 彼女は 政治家 なんでしょう?」


「……確かにその通りです」


 岩合さんは古谷良二の暗殺は引き受けたが、依頼者の加山都知事にも相応の努力を求めてきた。

  もの凄く当たり前の話なのだが、加山都知事が政治家になってから自分の責任を果たした回数は非常に少ない。

 なぜなら彼女は、いつの時代にも定期的に出現する扇動政治家でしかないのだから。


「(岩合さんは、加山都知事の下限を見誤っているな)」


 彼女がそんな責任を果たすわけがないのに。

 だから私は、この暗殺が失敗してくれることを心から望んでいた。

 

「(どうせ今日のことも報告するから、ますます古谷良二が一人で出歩くわけがないのだが……)」


 この前選挙があったばかりだし、東京都のスリム化と、公共料金と税金の引き下げで、加山都知事の支持率は回復している。

 その分リストラされた元公務員たちや、東京都から仕事を受けていた会社の売上の減少や倒産で失業者は増えているけど、世論は公務員には厳しいご時世だし、全有権者の割合に占める公務員の数などそれほどの数ではないから、加山都知事は気にしていない。

 東京都が公的な支出を減らせば減らすほど、のちのち世間に流れるお金が減って景気が冷え込むと警告する経済学者もいるが、残念ながら世間の大半の人たちは未来のことなど大して考えていないし、日本はダンジョンのおかげで経済成長が続いている。

 国債の償還と円高のせいでGDPの伸びは大したことないが、ダンジョンのおかげで超輸出過多状態が続いているし、ようやく日本は経済安全保障にも目を向け始めた。

 日本が生産力を落とすことは危険だと認識し、多くの日本の企業が以前の円高状態の時のように工場を海外移転させるのではなく、土地が安い地方の過疎地に巨大な省人、無人工場を作って製造コストを下げている。

 食料自給率の上昇も目指すようになり、法律を改正して農地の集約化を促進、企業による省人、無人の大農場、農業工場、牧場、養殖場が次々と作られた。

 おかげで食料の値段も徐々に下がっており、職を失っていない人たちは日本の景気の良さを実感しているようだが、将来自分が失業しない保証はないという社会にもなった。

 職があるというだけで人間が評価される世界になるかもしれない。

 このまま世の中が進んでいけば、働かずにベーシックインカムで生活する人が大半、 みたいな社会になるだろう。

 そんな将来が訪れることに多くの人たちが気がつくのは、加山都知事都政の末期か、 もしかしたらもう少し早いかもしれない。

  私は東京都のゴーレム導入を推進したが、思っていた以上に世の中の変化が早すぎるような気がしてならないのだ。


「(将来そういう世の中になれば、ますます日本には古谷良二が必要となるはずだ。残念ながら加山都知事は必要ない)」


 それでも今の私を引き立ててくれたのは彼女なので、このまま任期終了まで古谷良二を殺させず、次の選挙で負けて引退。

  可能な限りそういう流れに持っていくことが、私なりの彼女への恩返しになると思う。


「(岩合さんもじきに正気に戻って、 冒険者へのアドバイザーの仕事に戻ってくれるはずだ)今後は富士の樹海ダンジョン前で古谷良二を探すのではなく、上野公園 ダンジョン特区周辺をプライベートで出歩く彼のレベルを鑑定した方が効率がいいかもしれませんね。高田を呼びやすい」


 古谷良二は、わりとしっかりとお休みを取ると聞くから、富士の樹海ダンジョン3000階層まで彼を追いかけるよりも、暗殺の成功率は上がるだろう。

 そもそもそんな階層に高田は辿り着けないのだから。


「プライベートの方が油断しているという考え方もありますからね。ただ一つだけ 懸念があるんですよ」


「懸念ですか?」


「ええ、ただそれを解決する手段はもうあるのです」


「それでしたらすぐに対応すべきですね」


「はい。実は私、この度正式に加山都知事の公設秘書に任命されましてね」


「えっ?」


 それはどういうことだ?

 加山都知事の公設秘書は私のはずなのに……。


「(もしや!)っ!」


 最悪の未来を予想した私は、 全速力で岩合さんから逃げるように、古谷良二たちを探していた富士の樹海の中を走り出し始めた。

  ダンジョンがある富士の樹海はコンパスも利かず、無秩序に走ると道に迷う可能性があったが そんなことは言っていられない。

 岩合さんが公設秘書に任じられたのは、私が加山都知事を裏切って田中総理や飯能総区長に情報を流していたことを加山都知事に知られてしまったからだろう。


「(加山都知事! どうやら見くびっていたようだな!)」


 いくら人気取りしか脳がないと言われている扇動政治家とはいえ、伊達に数十年も政界で活動していないな。

 部下の裏切りには敏感というわけか。


「しめた! 道に出た!」


 このまま富士の樹海で遭難したらどうしようと思っていたら、運よく道に出ることができた。

 

「このまま急いで東京に戻って、田中総理と飯能総区長に保護してもらうしかないな。岩合さんは普通の冒険者とは違って身体能力が常人並みでしかない。上手く逃げることが……っ!」


「やあ、陣内さんじゃないか。そんなに急いでどこへ行くんだい?」


「高田……」


 今日は岩合さんの『真理の魔眼』で古谷良二の変装を見破れるか確認するだけだったので、高田は東京都内に待機していたはず。

 まさか、この富士の樹海にいたなんて……。


「(ヤバイ! こいつはヤバイ!)」


 自分のレベルを効率よく上げるため、 他の冒険者たちを殺していたような奴だ。

 しかもこいつはそのおかげで、レベルが千を超えていると聞いている。

 

「(どうにか切り抜けないと……。 私の身体能力では、高田に抗うなど不可能だ)」


 スパイであることばバレないよう、私は頻繁に田中総理と飯能総区長と接触しているわけではない。

 岩合さんと高田の情報は今夜伝えるはずだったから、 どうにか この場を切り抜けて東京に逃げなければ……。


「高田、私はちょっと急ぐので先に東京に帰らせてもらう」


「 残念だけど陣内さん。新しく加山都知事の公設秘書になった岩合さんの命令だ。あんたにはここで消えてもらう」


「高田、ダンジョンの中ならともかく、ダンジョンの外で人を殺すなんてリスクしかないんだぞ!」


「ついさっきまで、古谷良二をダンジョンの外で殺す算段をしていたあんたが言うセリフではないな。それに今の俺はレベルが上がって魔法なども覚えることができてね。 あんたを細胞一つ残らず消滅させることも可能なのさ。 証拠がなければ、加山都知事は動かない。それに……」


「それになんだ?」


「スパイのあんたが足を引っ張れば、古谷良二の暗殺はできなくなる。僕はあいつを殺して世界一の冒険者になるのさ! だからお前は死ね!  悲鳴をあげる暇もなく、楽に殺してやる。 ありがたく思うんだね」


「……」


  残念ながら私の人生はここで終わりか。

  成り上がるために加山都知事など利用した己の不覚でしかないが、最後に少しは世の中を大きく変える仕事に取り組めたので満足することにするか。

 古谷良二……こいつらに殺されないことを祈っている。







「ふう…… 身体能力が常人並みしかないと、逃げた人間を追いかけるのも大変だ。高田君、陣内は始末できたかな?」


「塵ひとつ残さず焼き払ったので、彼は永遠に行方不明ということにされるでしょうね。あっ、 失踪してから七年経つと死亡宣告が出せるんでしたっけ?」


「裏切り者は始末したから、次は本命の古谷良二だ。残念ながら今の彼のレベルは5で割り切れなかったけど」


「そのうち機会もあるでしょう。 それにしても 楽しみだなぁ、僕が世界一の冒険者になれるなんて。岩合さん、『真理の魔眼』で彼のレベルが5で割り切れた時は教えてくださいよ」


「任せてくれ」


 古谷良二に高田。

 強さをひけらかすしか能がない野蛮人め!

 私はお前たちのような人間が大嫌いなんだ。

 お前が古谷良二の暗殺に成功して有頂天になったとしても、すぐに私が別の冒険者をけしかけて殺してやる。

  戦闘力がある冒険者など、『真理の魔眼』を持つ私の餌でしかないことを教えてあげよう。

 

 まずは古谷良二、お前からだ。

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