第166話 レベル5即死

「ほう、堅気の方々から人気が高い加山都知事さんが、我らアンダーグラウンドの人間に殺しの依頼とは驚きだ。だが我ら極道の人間は、あんたら政治家が作った暴対法のせいで苦境に追いやられているんだがね。そんな政治家であるあんたの依頼で、これ以上危ない橋を渡るのはリスクが大きすぎる。つまり、御免被るってやつさ」


「東雲組の親分さんの意見に我々も賛成だな。近年、ヒットマンを準備するのも骨でね」


「昔みたいに鉄砲玉をしても、刑務所から十年で出られなくなってしまった。今の日本は拳銃の使用に厳しくなり、それを用いて殺人を犯すと事実上の終身刑になってしまう可能性が高い。若い者は引き受けないさ」


「やっと組に入ってくれた貴重な若い衆を、いきなり刑務所には送れねえな」


「極道がそんなことを言って情けないって思うかい? だがこんな極道が、あんたらのような綺麗事政治家たちの理想なんじゃないのかい?」


「今の話は聞かなかったことにしてやるから、諦めてちゃんと政治家として仕事をしてくれ」


「我々に頼るようじゃあ、お話にならないだろう」




 とんでもないことになってしまった。

 これまでに色々とあって古谷良二に煮え湯を飲まされ続けた加山都知事が、ついに激昂して彼の抹殺を目論んだ。

 正直無謀なんてものじゃないが、彼女は古谷良二さえ殺せば自分が総理大臣になれると本気で思ってるから性質が悪い。

 これまでの人気取り策が通用せず、身内は不祥事ばかりで足を引っ張られ、完全に壊れてしまったのだろう。

 可哀想な人ではあるが、だからといって私は彼女と共に滅ぶつもりはない。

 大体彼女はマスコミ出身者で、暴力団の撲滅を訴えてきた側の人だ。

 そんな彼女がヤクザたちに古谷良二の暗殺を依頼したところで、彼らは加山都知事のために危ない橋は渡らないだろう。

 今親分たちから、今日のことは黙っていてやるから余計なことをするなと逆に注意される始末。

 本音では『たかがヤクザ』と思っていて、プライドが高い加山都知事には屈辱だろう。

 

「あんたたち! 実は古谷良二と密かに組んでいるのね! だからあいつの暗殺を拒否している」


「そんなわけあるか」


「彼は元々、どこに出しても恥ずかしくないレベルのカタギ側の人間だ。我々暴力団のことなどよくは思っていない。なのに、我々など一瞬で皆殺しにできる力はあるがね。だから我々は、古谷良二の機嫌を損ねないよう静かにしているのだよ」


「過去に、彼の抹殺に手を貸した暴力団関係者はかなりいたが、全員ろくな目に遭っていない」


「彼が本気になると、文字どおり細胞一つ残さずにこの世から消える。いまだ行方不明扱いの同業者は多い」


「皮肉なことに我々は、逸って古谷良二に消された同業者たちの縄張りを回収することで生き延びている」


「彼の命も永遠ではないのだから、それまでは静かにしていた方がいいというのが我らの決断だ。まあ、我々の方が先に寿命で死ぬだろうがね」


「彼は若いが、我々のような『影』の必要性は理解している。静かにコソコソやっていれば目溢しはしてくれる」


「そんな彼を殺す? プロは絶対に受けないぞ。そんな依頼」


「プロは失敗するどころか、自分が殺されるとわかっていて、そんな依頼は受けないからな」


「加山都知事、あんたは我々と懇意でもないし、我々を使ったこともないではないか。慣れんことはしない方がいい。政治家は政治をしたらどうだ?」


「……」


 古谷良二暗殺の片棒を担がされる……加山都知事なら最悪罪を擦り付けられる危険もあって困っていたんだが、まさか呼び出した暴力団組長たちが一人も依頼を受けないとは予想外……実は優れたほどこの手の実力行使を嫌うから、おかしな話ではないのか。

 依頼を断られた加山都知事は身体を震わせているが、彼女自身や支持母体からして暴力団と懇意なわけがなく、むしろ彼女はこれまで暴力団排斥を訴えてきた人だ。

 そんな彼女の依頼を、暴力団が引き受けるわけがなかった。

 冒険者特性を持つ人が出始めてから、暴力団、半グレなど。

 アウトローな人たちの活動はかなり静かになった。

 彼らは一般人に恐怖を与えつつ、違法行為で利益を掠め取る存在だが、自分たち以上に怖い冒険者が現れたら大人しくするしかない。

 賢い者たちだけが地下に潜り、なんとかやってるといったイメージだ。

 当然だが、冒険者特性を持つアウトローもいるわけで、ただ彼らは目立つことを極端に恐れていた。

 元々日陰者のアウトローが目立ってもろくなことがないので、彼らは間違ってはいない。

 しかも彼らは、昔ながらのシノギに興味がなく、単独か少人数で上手く稼いでいた。

 暴力団は左前で構成員も減っており、残念ながらカタギの世界で生きていけない者の多くは、冒険者になってスライムを倒すか、中途半端なチンピラや犯罪者になるか。

 そんなところであった。

 暴力団組長たちとしても、なかなか集まらない若い衆を古谷良二へのヒットマンにはしたくないだろう。

 それでも成功の目があれば引き受ける組長がいたかもしれないが、銃ごときで古谷良二を殺せるわけがないことを知らない暴力団なんて、バカすぎて存在する価値すらないのだから。


「臆病者のヤクザなんて存在価値すらないわね!」


「加山都知事、知らないのかね? 我らヤクザは見た目は怖くしているが、基本臆病なのだよ」


「戦場で猪武者が生き残れないのと同じだ」


「キィーーー! やっぱり暴力団は必ず全員排除してやるわ!」


「頑張ってくれ、都知事閣下」


 『ヤクザ如き』が東京地知事様の依頼を断ったので、加山都知事は暴力団などすべて潰してやると憤ったが、現時点で生き残っている暴力団を潰すのはかなり困難だし、組長たちは加山都知事が『言うだけ』な政治家なのを見抜いているので、激高すする彼女をニヤニヤと眺めるだけだった。


「陣内! 帰るわよ!」


「はい」


 加山都知事は秘密の会合を打ち切り、その場をあとにした。

 世間にバレないよう、彼女と暴力団組長たちとの会合をセッティングしてくれた与党政治家……名前は言えないけど……は、今後二度と加山都知事に手を貸してはくれまい。


「陣内! 古谷良二を殺せそうな冒険者を探しなさい! 」


 暴力団組長たちに古谷良二暗殺を断られた加山都知事は、冒険者を使って彼を暗殺しようと目論む。

 ただ彼女と懇意の冒険者は一人もない。

 だから私に古谷良二を殺せる冒険者を探してこいと命じたが、そんな冒険者が存在するのか疑問だな。


「わかりました(そんな冒険者が本当にいるかね?)」


 すでに、古谷良二が世界一の冒険者であることに異論を唱える人は……たまにいるけど、あれは動画の視聴回数目当てで言ってるに過ぎないからなぁ。

 古谷良二は忙しいから、彼らに反論なんてしないし、ましてや実際に勝負などするわけがない。

 それがわかっているからこそ、自分は古谷良二に勝てるだなんてイキれるし、それを利用して視聴回数を稼いだり、ファンを獲得しているのだから。

 以前に、某格闘系動画配信者が古谷良二にワンパンで意識を狩ろ取られて以来、本当に彼と戦おうとする冒険者など一人もいなかった。


「(古谷良二の暗殺を請け負う? もしいたとしても、とんでもないバカのはず)」


 そんな冒険者に古谷良二の暗殺を依頼してもまず成功しないし、下手をすると背後関係を掴まれてしまう。

 彼の後ろには、加山都知事嫌いと批判を公言している飯能総区長と、田中総理もいる。

 下手なことはできなかった。


「時間がかかります。なにしろ、あの古谷良二を殺すのですから」


「……次の都知事選までに、必ず殺すのよ!」


「わかりました」


 これまでは綺麗事のオンパレードだったのに、今では簡単に人を殺せと怒鳴る。

 彼女の真の人間性を垣間見た気分だ。

 これはもう、私も潮時かもしれない。

 加山都知事のおかげで大分儲けさせてもらったけど、古谷良二の暗殺に関わらされた時点で私は終わってしまう。

 上手くこの泥船から逃げ出す準備をしないと。






「というわけで、加山都知事にご注意をって話が流れてきました」


「……俺、そんなに加山都知事の恨みを買うようなことしたかな?」


「リョウジさんはそう思ってても、向こうはって……パターンは多いですから」


「でも理不尽だよねぇ……というか、東京都知事が一般人の暗殺を目論むなんて、世も末というか……」


「東条副社長、どこからこのようなお話が?」


「加山都知事の秘書である陣内からです」


「初手から身内に裏切られるなんて、そんなことを目論む資格すらないんですね。加山都知事は。人を統べる器がないと思います」


「貴族であるイザベラさんらしい意見ですね。加山都知事の支持って、表層上の軽いものなのです。元々彼女はマスコミ出身なので、テレビの内容を鵜呑みにする、いわゆる『B層』の支持を掘り起こして票を稼いで人気となった。だから彼女自身の政治家としての能力など、事実を指摘すると可哀想になるレベルですよ。どうやら秘書の陣内は、彼女と心中するつもりはないようですね。彼を罪に問わなければ情報が流れてくるので、古谷さんにはそれを許していただきたい」


「それは効率いいですね。俺は秘書の陣内に被害を受けていないからいいですよ」


「これで情報は筒抜けですね。もっとも、古谷さんの暗殺を引き受けた反社勢力はゼロですけど。一つくらい、功名狙いで引き受けるところがあると思っていたんですけど、考えてみたら古谷さんに勝てるわけがないので、さすがの反社勢力でも引き受けませんか……」


「自殺願望でもなければ、冒険者特性がない人間が、リョウジさんの暗殺なんて引き受けないと思います」



 俺は加山都知事に狙われているそうだ。

 東条さんが教えてくれたけど、普段冒険者特区の外を歩く時、魔法で顔を変えてしまう俺に気がつくものなのだろうか?

 優れた魔法使いなら、ディスペルマジックで見破るかもしれないが、俺の変装魔法を破るには相当な実力を持っていなければ。

 少なくとも、加山都知事には雇えないはず。


「念のため注意しておくよ」


「その話はそれで終わりでして、実は古谷社長に協力してほしいことがあります」


「俺に協力してほしいこと?」


「ええ、加山都知事の政治生命もあと少しなので、あの無能には最後に役に立ってもらおうかと」


「東条さん、辛辣だなぁ……」


「加山都知事って、人気取り以外の取り柄はありませんからね。実務能力はゼロに近いですし……」


 今となっては、その人気取りの才能も怪しいところだけど。


「若いですが、陣内はああ見えて意外とその手の能力があるんです。だから、彼に色々とやってもらおうと思いまして」


「色々と?」


「ダンジョン出現以来、社会は大きく変わりましたし、これからも変わっていきます。いや、変わらざるを得ないのですが、それを嫌がる人は多いのです。政治家は99パーセントの有権者に嫌われてもやらないといけないことがありますが、選挙で選ばれた政治家はそれを嫌がる傾向にある。覚悟を決めて変えた結果、失脚してしまう人も多い。加山都知事は人気を失いたくないからそんな大胆なことができない人ですけど、最後くらいはそんな政治家にしてあげましょう」


「東条さん、悪いなぁ」


「幸い、加山都知事は政策に詳しくないし、国会議員時代も立法なんてしたことないので、陣内にやらせます。彼が『支持率が上がりますよ』と言えば、加山都知事はなにも迷わずにオーケーを出しますから」


 そして色々と改革をした結果、人気がなくなった加山都知事は政治家として終わるのか。

 それにしても、煽動政治家まで利用し尽くすとは、田中総理って怖い政治家なのかもしれない。







「東京都の職員をさらに減らします! 自ら身を切る改革をしてこそ、未来の東京が光り輝くのです!」


「おおっーーー!


 このところ、加山都知事の決断が早くなった。

 職務の大半をAIとゴーレムに任せて効率化を進め、余った職員たちは人間が必要な部署に回すか、残念ながらリストラとなった。

 当然労働組合から抗議の声が殺到したが、加山都知事はテレビで東京都の予算の削減に成功したことを大々的にアピール。

 減税も実行すると宣言して、支持率を上げることに成功した。

 公共工事は予算の増減はないが、ゴーレムの導入と、円高による資材の値下がりで予算不足の心配もなく、必要な公共工事を行えている。

 以前から問題となっていた少子化対策の予算も増えており、担当する人員も増やしたので、少子高齢化対策に熱心な加山都知事という評価まで出てきたほどだ。


「町も綺麗になったな」


「ああ、加山都知事が導入したみたいだ」


「あの人もやればできるんだな」


 都庁内や東京都の各施設、道路などにゴーレムが配置され、常にゴミ拾いや簡単な修繕、案内、その頑丈な体を生かして犯罪者から一般人を守るなんてこともするようになり、この手の仕事で人間を雇う必要もなくなった。

 人件費に比べるとゴーレムのレンタル費用の方が圧倒的に安いので、これまで予算不足で手が出せなかったところにもゴーレムを配置。

 公共設備の修繕や維持を行えるようになった。

 その分人間の仕事がなくなったり、自治体に支払う清掃助成金を廃止して一部の……自治体関係者……の恨みを買っていたが、大幅に上がった支持率のおかげで加山都知事は彼らを無視した。

 他にもゴーレムにやらせた方が安い仕事が沢山あるので、東京都は予算の削減ができるゴーレムの導入に積極的だ。

 失業率は上がってきたが、これは全国的な現象なので仕方がない面もある。

 各自治体や国は、人間でなければできない仕事の求人を増やしたが、それにも限界があった。

 人間でなくてもできる仕事をゴーレムに任せる流れを作り出した加山都知事は、今のところは大人気だ。

 予算の無駄遣いを、減税も約束しているので、今のところ職を失っていない人たちは、加山都知事を熱烈に支持するからだ。

 この流れが民間に波及すると……私も加山都知事という豪華な泥船から逃げる準備も並行して進めていかないとな。


「予算の無駄遣いは許しません! 」


 加山都知事は、秘書であるはずの私が考えた改革の大鉈を振るっていく。

 税金が投入される事業を落札できる企業は、ゴーレムを使っているところだけになった。

 そうしないと、落札しても利益が出ないどころか赤字だからだ。

 じゃあ予算を増やせばいいって?

 そんなことをしたら有権者が納得しないし、入札は競争なので、ゴーレムを大量導入したところが安く落札できる状況に変化はない。

 安く入札しても、手を抜かれるわけでもないからだ。

 むしろ以前よりもその手の不正が減り、管理する東京都が楽になった。

 なにも悪いことがない以上、この流れを止めることは不可能だ。


「杉花粉対策の杉の植え替え事業ですが、国と合同で進めることになりました」


 この事業は予算不足でなかなか進んでいなかったのだが、ゴーレムを投入することで一気に進める。

 他にも、介護、保育などの人手不足が深刻な業種に従事する人たちの給料を上げたり、ゴーレムの導入で労働負担を緩和していく。

 すべて私が後ろから指示を出しているが、功績は加山都知事のものだ。

 将来この高支持率が、職を失った大勢の人たちによりひっくり返されたとしても、その結果は加山都知事が受け入れるべきものだけど。

 

 こう言うと、私を悪党だと思われる方もいると思うが、元々ダンジョンが出現しなくても、人間でなくてもできる労働はロボットとAIに置き換えられ、失業者は増えると予測されていた。

 それなら、たとえ失業者が増えても生産性を上げ、税金で仕事がない人たちのフォローをした方が多くの人たちを救えるはず。


「労働が優秀な人の特権となる時代がやってくる。加山都知事は本格的にその道を切り開いた政治家として名を残すだろうな」


 それが彼女の幸せとなるか、私にはわからないけど。

 

「将来、たとえ元東京都都知事の秘書でも仕事を得られない世の中になる可能性がある。今のうちに資産を蓄えておこう」


 仕事が得られなかったら、上手く蓄財した資産でノンビリと暮らすとするか。 






「矢継ぎ早に大胆な政策を推進していく加山都知事。できるのなら、最初からやっていればいいのに……」


「イザベラさん、あれは全部秘書の陣内が指示を出しているんですよ」


「そうなのですか? とても優秀な方なんですね」


「ええ、多少金にうるさいところがありますが、優秀です。東京都の事業をゴーレムの大量投入により落札できた企業に顧問料を出させたり、天下り先さえ確保しておけばちゃんと働きますよ」


「それだけ優秀なのに、彼のおかげで支持率が上がった加山都知事はもう終わりなの? 大丈夫そうじゃない?」


「いえ、彼女は次の選挙では絶対に勝てません」


「東京都職員の他、関連団体の職員まで大幅にリストラしましたからね。そこからの組織票は期待できないでしょう」


「ええ、綾乃さんの仰るとおりです」


「支持率が高いのに?」


「ホンファさん、確かに世論は大幅に公務員の人件費を削った加山都知事を支持しています。だけど多くの有権者は、投票には行かないでしょうね。人間って現状に満足してしまうと、選挙には行かないんですよ。逆に首長や地方政治家の岩盤支持層である地方自治体の職員及びその家族の票はなくなり、元職員とその家族の票なんて絶対に期待できません。自分をクビにした都知事に票を入れないでしょうから。そしてなにより、この政策を進めていくと失業率が上がります。高支持率もいつまで続くやら……」


「次の選挙で、加山都知事は落選するんだね」


「この前の選挙で競った新人が、都知事になると思います。彼女は前の選挙でも人気だったので浮動票も期待できますからね。ですが、彼女が当選したところで、リストラした職員の復職なんてあり得ませんし、時代の流れに逆行する行為なので実行したら、これまた支持率が落ちてしまいます」


「誰もやりたくないことを、加山都知事にやらせてしまうんだね」


「ええ、幸い加山都知事は政策に疎いので、今頃任せている陣内に感謝にているんじゃないですか?」


「政治に疎い政治家ってアメリカにもいるけど、カヤマもそうなのね」


 今は陰りが出てきたけと、以前の加山都知事は人気だけでのしあがってきた扇動政治家だ。

 実務を秘書に任せても、それで支持率が高ければ問題ないと思ってしまう。

 本当は雇用対策とセットでやらないと失業率が上がって、のちのち雇用を奪った政治家として糾弾されかねないのだけど、陣内は東京都の公共事業がゴーレムを使う会社でないと採算が取れないようなスキームを作ったのは秘書の陣内で、加山地知事はそれに気がついていないのだからい間抜けすぎる。

 その雇用対策も、ゴーレムが普及すればするほど効果が薄くなるんだけど。


「AI、ロボット、ゴーレム導入で東京都の失業率が増えた際のヘイトは、カヤマが一身に受けるのね。リョウジの仕返しが地味に怖いけど、まさか昔に戻れないものね」


 以前から、将来多くの労働がAIとロボットに切り替わり、多くの人間の仕事が奪われると予想されていたが、ゴーレムのせいでそれが加速した格好だ。

 それが気に入らない人も多いけど、昔に戻せば日本は世界との競争に取り残されてしまう。


「俺ができることって、稼いで納税して、ベーシックインカムの財源になる税金を支払うくらいだと思う」


 日本で活動している冒険者たちの納税額が爆発的に増える一方なので、日本政府は国債の大規模償還を進めていた。

 なんでも日本の借金は1200兆円を超えていたそうなので、国債を償還できた田中総理の人気はうなぎ登りであった。

 なお、加山都知事も都債の償還を実行して都民の支持を集めている。

 そのせいで、市場の貨幣量が減って恐ろしい勢いでデフレと円高が進んでいるが、それでも世論の支持は高かった。

 なにしろデフレなので、今は歴史上類を見ない値引き合戦が進んでいたからた。

 それでも働いている人たちの給料が減らないのは、日本が冒険者のおかげで経済成長しているからだ。

 もっとも失業率は20パーセントに迫っており、日本政府は失業率手当ての増額と給付期間延長、職業訓練の強化、生活保護の条件緩和で不満を押さえていた。


「新しい仕事といっても、そう簡単には。アメリカだって、今は失業率が増加中だもの。グランパも苦労しているわ」


 世の中を発展させようと、物やサービスを安く提供しようとしてゴーレムを導入したら、失業率が上がっていまった。

 皮肉というか、ただ社会保障を上手く利用すれば飢え死にする心配はないので、上手く活用してもらうしかない。


「別に加山都知事に仕返しする意図はないんだけど、ある意味とんでもない仕返しになってるな、これ」


「はい、加山都知事が陣内さんにやらせた政策のデメリットはこれから出てくるのですから」


 まさに綾乃の言うとおりで、マスコミも上手く利用してイメージアップを図り、無事加山都知事は東京都知事になれたが、彼女を応援していた層が一気に失業の危機に陥ったからだ。


「加山都知事は、次の選挙で負けて政治家引退。資産はあるんだから、遊んで暮らせばいいんじゃないの?」


「リョウジさんは命を狙われているのに、随分と寛容なのですね」


「あのババアが、俺を殺せる殺し屋を雇えるとは思わないからなぁ。路傍の石に仕返ししたいと思わないでしょ?」


「ええまぁ」


「俺に辿り着ければいいけとね」


 これがフラグだったとは思わないけど、まさかあのような特殊なスキルを持った冒険者が現れるなんて、この地点ではまったく想像していなかったのであった。










「食らえ!  『レベル5即死』だ!」


「はぁ? お前はなにを言ってるんだ? うぐっ……息が……」


「はははっ! 運が悪かったなぁ、レベル255の田中さんはよぉ!」


「こっ、こんな奴に殺されるなんてぇーーー! かっ……がはっ!」


「ふんっ、死んだか」


 少しばかりレベルが高いくらいで、僕のことをバカにしやがって!

 確かに僕は辛うじて冒険者特性を持っている程度だけど、だからと言って僕をバカにしていいなんて話はない。

 それにしても、こいつは嫌な奴だったな。

 高レベル冒険者は、性格が悪い奴が多いから嫌になってしまう。

 以前ならそんな彼らにバカにされ、虐められる一方だったけど、僕はダンジョンでレアな魔法の本を見つけた。

 『レベル5』即死という特殊な魔法で、これを唱えるとどんなに強い冒険者でも即死させることができる。

 その代わり、レベルが5で割りきれる人にしか効果がないという条件はあるけど。

 だから僕は、昔から僕を虐めていた石島をこの魔法で殺した。

 このところ、ずっとスカウターで彼の様子を監視していて、レベルが5で割りきれる数値になってから、魔法をかけて殺してやった!

 僕とこいつには圧倒的なレベル差があったけど、レベル5即死の前では関係なかった。

 どんなに格上の相手でも、レベルが5で割りきれれば必ず殺せる。


「この魔法を手に入れた僕は無敵だ!」


 この僕が気に入らない冒険者は、こうやってダンジョンで待ち伏せて殺してしまえば、殺人の証拠すら残らないのだから。


「おおっ! しかも一気にレベルが上がった!」


 格上のモンスターを倒せれば大幅にレベルアップするが、それはあまりにもリスクが大きすぎる。

 だが、このレベル5即死で高レベルの冒険者たちを殺していけば、僕は効率よくレベルアップできるのだから。


「レベルが5で割りきれる格上の冒険者が隙を見せたら、必ず殺してやろう」


 その方が、レベルアップの効率が段違いだからだ。

 しかも必ず勝てるから、これほど効率のいいレベルアップ方法はない。

 この世界はレベルが高い者ほど名声と富を得られやすくなった。

 ならばこの僕が成り上がるため、冒険者を殺すという手もアリだろう。


「人間は、他人と同じことをしていても成功しないからな。時に冒険も必要だろう」


 覚悟を決めた僕は、以後単独でダンジョン内を行動している格上の冒険者を狙ってレベル5即死で殺し続けた。

 パーティを襲うと、レベルが5で割り切れない人がいるケースが大半なので、僕の悪事が露呈するし、反撃されて殺されてしまうかもしれない。

 自然と数少ないソロ冒険者狙いとなるが、この一年ほどで多くの成果を得ることができた。

 ソロ冒険者とダンジョンで出くわし、その冒険者のレベルが五で割れる数字の可能性は低いけど、全国を回れば普通に試行回数は上がるし、モンスターを倒すよりも安全に効率よく強くなれるからだ。

 殺した冒険者の装備品や所持金、アイテムにも期待できる。


「待てよ? もしこのレベル5即死で古谷良二を殺せれば、僕はとんでもなく強くなるのでは?」


 もしそれを実現できたら、僕はこの世界の王になれるじゃないか!


「古谷良二のレベルは不明だが、やってみる価値はある!」


 問題は、そう簡単に古谷良二と顔を合わせられないことなんだけど……。


「どうしたものか」


 今日も大きな成果を得てからダンジョンを出て、一人上野の食堂で夕食をとっていると、突然目の前に一人の若い男性が座った。


「相席は許可していないけど……」


「たまには相席もよろしいのでは? ちょうど優れた冒険者であるあなたにいいお話がありまして。あっ、申し遅れました。私はこの度、加山都知事の新しい私設秘書に任じられました。岩合和樹と申します。私の主は、あなたの力を欲しているのですよ。ねえ、レベル5即死という大変貴重な魔法をお持ちの高田純也君」


「……」


 魔法なのでスカウターにも表示されないレベル5即死を、どうして東京都知事の秘書が知っているんだ?

 スカウター……でもわからないはず。

 となると……。


「実は私、冒険者としては全然ですが、『真理の魔眼』というスキルを持っておりまして、古谷良二の化け物じみた能力も、あなたのあなたしか知らないはずのスキルと、その使用方法について知っているんです。ですが加山都知事はあなたをどうこうしようとは思っていません。我々に手を貸してくれたらですけど」


「話は聞こう」


「それは大変ありがたい。断られたらどうしようかと思っていました」


 まさか、僕以外にこれほどまでに特殊なスキル持ちが存在したとは……。

 僕の悪行はすべてお見通しというわけか。

 まずはこいつの話を聞いてから、どうするか考えよう。


 その前に、まずは飯だ。

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