第165話 お酒のお話

「古谷さん、このお酒は?」


「ダンジョンで苗木がドロップする、ダンジョンリンゴの果汁をお酒にして樽に詰めたものが、宝箱からドロップしたものです」


「つまり、ある程度の期間熟成されたものだと?」


「俺はこのお酒を作っていないので、別世界の誰かが作ったものがダンジョンに吸収されたのか、ダンジョンがドロップアイテムとして作り出したのか。そこは不明ですけど」


「この色味と香りからして、熟成期間は五百年を超えているでしょうね。実に素晴らしい」


「よくわかりますね」


「私は、上級ジョブ『ソムリエ』を持っていますからね。お酒の鑑定なら任せてください」




 今日は珍しく、他の動画配信者とコラボしていた。

 プロト1が新しい商売を始めるため、その宣伝だそうだ。

 古谷企画は、ダンジョンから産出したお酒の販売を始める。

 異世界のお酒がドロップアイテム化したものは、珍しさもあって高値で取引きされていた。

 ただその質はピンキリで、ちゃんと鑑定できる人がいないと売るのが難しく……ダンジョンから出たお酒なら高く売れるからと、大して価値のない酒を高値て売る冒険者も多く、偽物を作って流通させる者までいる始末。

 俺はそれが嫌だったので、ドロップアイテムのお酒は売らずに溜め込む一方だった。

 『鑑定』すると、お酒の名前や大体の価値はわかるのだけど、お酒に詳しくない俺はどんなお酒かよくわからず。

 十八歳の俺はまだお酒を飲める年齢ではないし……向こうの世界では飲んでみたこともあったが、俺はあまりお酒が好きではないというのもあって、在庫が山積みになっていた。

 そんな時、また変わった上級スキルを持つ冒険者が現れた。

 ソムリエだ。

 ソムリエはお酒鑑定のプロであり、彼はこの特技を生かしてダンジョンで産出したお酒の買い取りと販売をする会社を立ち上げて大成功し、動画配信者としても稼いでいた。

 ダンジョンでドロップしたお酒の解説や、美味しい飲み方、お酒に合うオツマミの作り方などを動画で紹介し、酒造メーカーともコラボして荒稼ぎしている、新進気鋭の動画配信者というわけだ。

 俺はそんな彼とコラボを行い、俺が溜めに溜め込んでいたお酒を鑑定したり、彼は成人していたので、テイスティングなどもして感想を述べるという内容だった。


「この樽は、見たことがない木でできていますね」


「マジックツリーという、魔法使いが使う杖の素材になる木です。これで樽を作ってお酒を入れ、熟成させると、他の木の樽とは比べ物にならないほど豊潤な味わいになるとか」


「お詳しいですね」


「『鑑定』でわかったことなので、普段お酒を飲まない俺にはそれがどの程度凄いことなのかわからないんです。試飲をお願いします」


「いやぁ、役得ですよ。ちなみに、このお酒の樽はどこでドロップしたのですか?」


「富士の樹海ダンジョンの三千八百六十一階層です」


「私では、到底辿り着けませんね。さすがは古谷さん」


 富士の樹海ダンジョンの攻略は続けているけど、なかなか最下層に辿り着かなかった。

 他の仕事もあって、以前ほどダンジョン攻略に時間をかけられないというのもある。

 今は俺しか手に入れられないモンスターの素材や宝箱から出るドロップアイテムを最優先で手に入れ、残りは順調にレベルを上げている他の冒険者たちに任せることが多かった。

 低階層のモンスターの素材や魔石は、フルヤ島ダンジョンにゴーレム、ロボット軍団を展開させて効率よく獲得しているけど。


「深い階層でドロップするお酒は貴重なものが多い。異世界の大地で逞しく育ったリンゴの酸いも甘いも包み込んだ味が舌を刺激しつつ、その後味と余韻の素晴らしいことと言ったら……。この樽で熟成を始めて七百二十六年と二十八日経っていますね」


「そこまでわかるんだ……」


「古谷さんの鑑定ほど応用は利きませんけど、お酒の鑑定なら完璧ですから。やはりダンジョンでドロップするお酒は、階層が深いほど価値のあるお酒が出てきますね」


 その後も、ソムリエ系動画配信者にして、冒険者でお酒の販売業で成功した酒本(さかもと)さんは……本名は坂本だそうだけど、お酒好きなのもあって今では改名までしてしまったそうだ……俺が持ち込んだ大量のお酒をテイスティングして、その売値をつけていく。


「このところ、日本のウイスキーが高値で取引きされているのと同じで、ダンジョン産のお酒も高値で取引きされています。ですが、偽物のダンジョン酒を作って高値で販売したり、ダンジョンでドロップしたお酒を冒険者から買い叩く悪徳業者もいて、私はこれはよくないと感じたのです。だから私はこの商売を始めました」


 元々お酒好きだった酒本さんは冒険者特性が出たこともあり、普通に冒険者として活動していたが、ダンジョンでお酒がドロップすることを知ると、それを積極的に集めるようになった。

 さらにドロップアイテムは完全にランダムなので、お酒だけを集めるのは難しいから、稼いだお金で他の冒険者から買い取っていたそうだ。

 そのうち、元々味覚が敏感でソムリエの資格を持つ酒本さんに上級スキルソムリエが現れ、今ではどんなお酒でも詳細に鑑定できるようになったという。


「実に素晴らしいコレクションでした。できましたら、是非買い取らせてほしいです」


「いいですよ」


「すぐに詳細に査定しますね」


 俺はお酒にあまり興味がないし、今日動画で出したお酒は売るつもりだったので問題ない。


「(問題は、酒本さんが買い叩くきあもしれないってことかな)」


 俺は『鑑定』でおおよその評価額がわかるから、もし買い叩かれたら断るだけだけど。


「……この金額でいかがでしょうか?」


「この金額でいいんですか?」


「ええ、この金額でお願いします」


 予想外だったのは、酒本さんが提示した金額が、俺の鑑定金額を大きく上回っていたことだ。

 これは、なにがなんでも酒本さんが欲しいと思ったからか、この価格でも利益を出せると自信があるからなのか。

 彼の真意はわからないけど、高く売れるに越したことはないので売却を了承した。


「では、この金額でお願いします」


 動画の最後で、酒本さんは俺が用意した酒をすべて買い取ったが、その金額は軽く百億円を超えた。

 それにしても、ダンジョンのお酒って高く売れるんだな。

 俺のイメージだと、お酒って亡くなった父さんが飲んでた発泡酒のイメージが一番強いから。


「うちの会社で瓶詰めをして、この樽は知り合いの酒造蔵に売ろう。新しいお酒造りに使えるから喜ぶだろうなぁ」


 酒本さんは、本当にお酒が大好きなようだ。

 なお、この動画がヒントになり、俺のタンジョンドロップ品査定してみましたシリーズは驚異的な視聴回数を稼ぐ人気シリーズへと成長していくのであった。






「なぁ、高屋酒造の社長さんよぉ。天下の桜庭酒造があんたの会社を買い取ろうってんだ。ここは素直に会社を売ったらどうだい?」


「別にうちの会社は困ってませんから、売るつもりなんてありませんよ。ダンジョンからドロップした種籾を契約農家に栽培してもらい、それを原料にした日本酒が大変好評で、生産が追い付かないくらいなので」


「その日本酒の量産に、桜庭酒造の設備が役に立つはずだ」


「それなら、我々高屋酒造が桜庭酒造を買収するのが筋では? ですが、うちは安いお酒を大量販売するような業務形態ではないですし、ダンジョン米の生産量が増えないとお酒の生産量も増やせませんからねぇ。そちらの要求を受け入れるつもりはありません」


「んだとぉ! お前は知ってるのか? 桜庭酒造の経営者が誰なのかを?」


「加山東京都知事の弟さんが今の社長だとか。姉の七光で社長になって、今の安いお酒を薄利多売で売る方針に転換して最初は大成功するも、今では三期連続の赤字だとか?」


「ぐぬぬっ……」


「どうして桜庭酒造が駄目になったのか。非常識なあなたを見れば一目瞭然ですね。他の会社の人間を恐喝するのですから」


「三流酒造蔵ごときがいい気になりやがって! 桜庭酒造が本気を出せば、高屋酒造などすぐに潰せるんだぞ!」


「そういえば現在、創業家と大株主たちが、業績悪化を招いた加山社長を解任しようと水面下で動いているとか。あなたは加山社長派なんでしょう? こんなところで油を売っていて大丈夫なんですか?」


「また来るからな! あっ! お前は古谷良二!」


「突然他人から呼び捨てにされる筋合いはないけど」


「貴様! もしや高屋酒造を助けるつもりなのか?」


「意味がわからないんだけど。酒本さんの紹介で、高屋酒造と取引きするだけなんだけどなぁ……」




 酒本さんと動画でコラボしてから数日後。

 今日は彼と一緒に、東京都奥多摩にある小さな酒造蔵を訪ねた。

 この前酒本さんに売ったお酒が入っていたマジックツリー製の樽がもっと欲しいそうだ。

 完成した日本酒を入れて熟成させるのに使いたいらしい。

 マジックツリー製の樽なら融通できるので、今日は高屋酒造の社長と仲がいい酒本さんと一緒に高屋酒造を尋ねたのだが、たまたま運悪く変なのと顔を合わせてしまった。

 桜庭酒造の社員らしいけど、会社の力を盾に威張り腐る、誰からも好かれなさそうなおじさんだった。

 俺が若いのをいいことに、とにかく上から目線で腹の立つ奴だ。


「いつもいつも、東京都知事でいらっしゃる加山閣下に逆らいやがって! そのうち泣きを見るからな!」


「???」


 桜庭酒造とあの加山都知事との関係がわからずに首を傾げていると、無礼な男はその場から立ち去った。


「なんだったんだ? あのおっさん」


「古谷さんは知らなかったんですね。桜庭酒造の社長は、あの加山都知事の弟なんですよ」


「それは知らなかったです」


「加山社長ですが、就任当初は大規模なリストラと経費削減、安いお酒の薄利多売で大きな成果を出したのですが、今は赤字で大変みたいです」


「なんか、聞いたことがあるような話ですね」


 とりあえず社員のクビと経費を削り、質よりも安さを優先した製品を大量に売り捌いて数字の帳尻を合わせた。

 岩城理事長曰く、そういう社長で長期的に実績をあげられる人は少ないらしいけど、加山社長もそういうタイプらしい。

 あのババアの弟ってのもあるから、姉の七光りもあるのか。

 あんなのでも、一応元国会議員で都知事だものな。


「桜庭酒造は業界第四位のメーカーなので、大手といっても下から数えた方が早いです。安いお酒の製造では、ゴーレムを大量投入したトップ3の大手酒造メーカーには勝てませんし、その路線で長年やっていたせいで、ダンジョン出現以降の高品質、高価格帯のお酒の生産ができないで苦戦に陥っています。リストラの時に、技術がある社員を多数リストラしたので。リストラされた社員の多くが、他の酒造メーカーや地方の酒蔵などに転職して、いいお酒を造って上手くやってるのは皮肉な話ですけど。加山社長は、リストラした彼らに戻ってもらおうと声をかけたらしいですが、全員に断られたそうです。『どうせ会社の数字が悪くなったら、またすぐにリストラするだろうから嫌です』って」


「技術を持つ社員がいないから、技術を持つ高屋酒造の買収なんですか? なんともムシがいいというか、行き当たりばったりというか……」


「あの、加山都知事の弟らしいじゃないですか」


 酒本さんも冒険者だから、加山都知事が嫌いなようだ。

 俺はこれまでに、彼女が好きな冒険者ってのに会ったことないけど。


「本格的で高品質なお酒を作る技術を失くしてしまったから、技術力がある高屋酒造に頼ることになるってのに、 上から目線ってのが理解できない。向こうが頭を下げるのが筋だと思うけど……」


「そこは、一応大手のプライドってやつでしょうね。業界第四位でも」


「プライドが高すぎるせいで、高屋酒造の買収には失敗してますけどね」


 優秀な社員が腰巾着なんてやらないから当然か。


「多分彼は、加山社長派なんでしょう。加山社長は最近の業績悪化で、創業家と多くの株主たちから激しく批判され、クビを切られようとしています。高屋酒造を買収して、高価格帯のお酒を製造するノウハウが欲しいのでしょう。それを使って、高価格、高品質、高利益のお酒を作りたいはず」


「なんだかなぁ……。でも三年連続で赤字なんでしょう? 高屋酒造を買い取る余裕あるのかな?」


 大手酒造メーカーだからお金がないってことはないはずだけど、赤字経営が続いているということは、思ったよりも現金を持っていない可能性があった。

 どうしてそんなことがわかるのかって?

 俺も一応経営者だからさ。


「桜庭酒造は、東京都から補助金を貰うって噂がありますね。桜庭酒造は歴史が長いので、確か東京の酒造文化を継承するための助成金……みたいなやつです」


「そういうのって大手酒造メーカーではなく、高屋酒造みたいなところが貰うのでは?」


 俺は、高屋酒造の社長にそう尋ねてみる。

 先程の桜庭酒造の社員があまりに酷かったので、俺はすぐに彼と仲良くなってしまい、スムーズに話を進められるようになった。

 あの残念な桜庭酒造の社員が役に立った唯一の点である。


「うちの蔵は江戸時代からありますけど、補助金がなくても維持できますし、下手に補助金なんて貰っても、変に口を出されてうるさいらしいですよ。元が税金だから仕方がないのでしょうが……」


「そうなんですか」


 高屋酒造は経営に困っていないようだから、無理に補助金を貰う必要はないのだろう。


「桜庭酒造は社長の姉が都知事だから、補助金を貰うことになっても都の職員たちも口は出さないのでしょうが……」


「都の職員は口を出さないでしょうけど、世間から色々と言われそうですね」


 社長が都知事の弟だから補助金出た、なんて言われかねない。

 そういうことを気にしそうな加山都知事も、追い詰められて形振り構ってられなくなったのかな?

 自分の最大の支持者である、弟に忖度するくらいなのだから。


「とにかく買収には応じませんし、早くうちのお酒をマジックツリー製の樽に入れて熟成してみたいですね。ダンジョン産の食材を使ったお酒の試作もしてみたいですし。本当なら古谷さんにもうちのお酒を試食してもらいたかったのですが、まだ二十歳になっていないから仕方ありません。古谷さんが成人になったら、是非もう一度この酒蔵に来てください」


「必ず来ますよ」


 数年後、安いお酒の大量生産ではなく、高品質なお酒を丁寧に作り続けた高屋酒造は、マジックツリーの樽で熟成した黄金米の日本酒が大人気となり、海外にも多数輸出されるようになったのであった。





「俺は使わないけど、『英雄の酒』を未成年が使うのを禁じるのかぁ。あれは短時間ながら戦闘力を大きく上げるから、モンスターと戦う時、こんなに便利なアイテムはないのに……」


「それでもお酒じゃないですか。昨今、未成年の飲酒に厳しいご時世ですからね。と言いつつ、実は加山都知事の嫌がらせです」


「あのババア、本当にろくなことしないな。でも、未成年の冒険者が英雄の酒を使うことを禁止して、あの人の支持率は上がるんですか?」


「PTAとか、子供の飲酒は絶対撲滅……なんて主張しているところに媚びを売って、次の選挙に備えているんですよ。あと、桜庭酒造の件がネットで騒がれ出したので、先にマスコミの興味を引こうとしたんでしょうね」


「それってつまり、未成年冒険者に英雄の酒を使わせないように動くことで、東京都が桜庭酒造に不透明な補助金を出そうとしたり、その桜庭酒造の社長が加山都知事の弟なのを隠そうとするため?」


「そんなところです」


「相変わらずろくでもないババアですね」


「ええ、もはや老害です。田中総理も呆れ果てて、もう永遠に彼女を与党に戻さないし、選挙でも公認もしないそうです」


「与党内で反対されそうだけど」


「あの人、政治家としてはもう終わった人ですから。人望もないですしね」


「じゃあ、もう総理大臣にはなれそうにないですね」


「彼女が自分で勝手に総理大臣になりたいと言っているだけですからね。ほら、総理大臣になりたいなんて、その辺の幼稚園児でも言えるじゃないですか。 今となってはその程度の話ですよ」


「西条さんも辛辣だなぁ」


  東京都がというか、加山都知事が冒険者に増税を課そうとした結果、大半の冒険者に特区に逃げられてしまい、東京都は好景気にも関わらず税収が伸びていない。

 これに加えて、冒険者が使うと二時間身体能力が20パーセント上昇する英雄の酒というアイテムは飲酒になるので、未成年の冒険者は使うななどと言い始め、俺たちは呆れるしかなかった。

 すべてあのババアの思いつきだろうが、 人間は追い詰められるとバカみたいなことを言い始める人が現れるという、もっともわかりやすい事例だ。

 

「冒険者における未成年の割合は多いし、英雄の酒は冒険者の負傷、死亡率を下げる素晴らしいアイテムなのに、 それを禁じるってどうなんだろう?」


「ごく一部では大変 評価されているそうで。全員、 冒険者やダンジョンのこともよくわからないけど、未成年のお酒の使用を止めるという『正義』に酔っている残念な人たちです。イデオロギーに関係なく、 こういう人たちが加山都知事の養分なんですよ」


「東条さんも辛辣だなぁ……」


「でもこれは、困った問題になるでしょうね」


 東条さんの予想は大きく当たり、支持率が落ちたとはいえ、マスコミに影響力がある加山都知事が、未成年冒険者の英雄の酒使用を問題視すると、世間で大きな話題となった。

 賛成反対の議論が拮抗し、これを見た加山都知事が未成年冒険者による英雄の酒使用禁止条例を議会で通過させてしまう。


『いくらモンスターと戦うために必要なアイテムとはいえ、 未成年者にお酒を飲ませるなんてことはよくないと思うのです。 私は断固として、未成年冒険者による英雄の酒使用禁止を訴え続けていきます!』


  久々の晴れ舞台ということで、加山都知事はテレビ番組に出演しまくり、持論を語り続ける。

 未成年者にお酒を飲ませるのはよくないという考えは間違っていないし、 彼女の宣伝戦略が巧みなこともあり、徐々に世間では未成年冒険者が英雄の酒を使わない方がいいという風潮に傾きつつあった。


「凄いなぁ、これだけのことで支持率が上がるんだ」


「世間の大半の人が、この程度のことで支持率が上がったり、 選挙に行って票を入れたりするんですよ。だから加山都知事という政治家が出現したんです。それよりも、 東京都では英雄の酒を未成年冒険者に売却しないよう、製造と販売を許可制にして一本化するとか……」


「桜庭酒造がやるんですか?」


「あっ、わかりますよね」


「すげえ忖度ですね」


 未成年冒険者が英雄の酒を購入、使用しないよう、製造と販売を桜庭酒造のみに許可を出すらしい。

 

「こういう理由があれば、 東京都が桜庭酒造に補助金を出す大義名分になるじゃないですか」


「まさしく公金チューチュー。でも、高品質な普通のお酒すら作れなくなっている 桜庭酒造に、英雄の酒は造れないでしょう」


 そもそもそんな技術力があったら、桜庭酒造が経営危機に陥るわけがないのだから。


「桜庭酒造が製造とは言っていますか、ようは買取所や英雄の酒を造れる冒険者から仕入れるだけですよ。それに利益をおっ被せて高く販売するわけです」


「買う人いるかな?」


 東京都が、未成年冒険者が英雄の酒を買わないように独自の販売ルートを構築したところで、 他の都道府県や冒険者特区がそれに追随するわけがない。

 なぜなら東京都が定めた条例には罰則もなく、そもそも法律ですらないのだから。

 

「冒険者特区内なら、自由に英雄の酒を購入できるじゃないですか。それも、これまでどおりの値段で」


 逆に東京都は、桜庭酒造に英雄の酒の販売を任せるので、 彼らの利益が価格に上乗せされて高くなるはずだ。

 英雄の酒は冒険者特区内でも買えるので、わざわざ都内で高額の英雄の酒を買う冒険者はいないだろう。


「別に、東京都内にある桜庭酒造が経営する販売所で、英雄の酒が一つも売れなくても問題ないんですよ」


「そうなんですか?」


「すでに桜庭酒造は東京都からの仕事を受け、この件に関する補助金も受け取っていますし、英雄の酒を未成年に売らないよう、ずっと東京都からこの事業を受託しますから。あそこは今、ちょうど経営危機が騒がれて現金のストックが怪しという噂だったので、滋雨となったでしょうね」


「酷い話だ」


 加山都知事は、自分の弟が社長をしている酒造メーカーを救うため、補助金を投入する大義名分をでっち上げたというわけか。

 そして、英雄の酒を都内で独占販売する限りは東京都からお金が払われる仕組みだ。


「よくこんなババアに評を入れますよね。有権者は」


「桜庭酒造の関係者だったら、涙を流して加山都知事に票を入れたくなるじゃないですか。これが民主主義ってものですよ。ただ、これから先我々は手を打たないといけないと思います。冒険者特区が、未成年冒険者に英雄の酒を販売している。そうテレビで主張されて攻撃されると、我々としても困ったことになります」


「そのせいで冒険者の成果が減って、電気代が上がったらどうするんだろう?」


「 そういう因果関係が理解できない人は、ただ政府を批判すると思いますよ。 そしてその先頭に加山都知事がいるわけです」


「ある意味凄い人だな。まあ、対策がないわけでもないですよ。英雄の酒が駄目なら、 お酒じゃない、同じ効果があるアイテムを投入すればいいんですから」


 俺は東条さんに対策を説明した。

 英雄の酒は取り扱いを中止し、同じ効果があり、アルコールが入っていないアイテムを販売する用意があると。


「その方法なら大丈夫そうですね」


 西条さんがいいアイデアだと言ってくれたので、にかく先手を打つことが大切だろうと、俺は動画の撮影を始める。






『英雄の酒はお酒だから、未成年冒険者に使わせるなという意見があり、 俺もその意見に賛同したので新しいアイテムを販売しようと思います。『ノンアルコール英雄の酒』です! ちょっと値段は高いけど アルコールが入っていないので、飲んでも酔っ払う心配もなし。効果も英雄の酒とまったく変わりません。現在大量生産をしているので、 冒険者のみなさまはこちらをご購入ください』


 英雄の酒にアルコール分が入っていると問題になるのなら、 アルコール分を抜いてしまえばいい。

  俺は以前から研究していたが、当然ただアルコール分を除去しただけでは同じ効果が出ない。

 なぜなら英雄の酒は、 含まれているアルコールも効果を発揮する要素の一つだからだ。

 向こうの世界では大昔から、 モンスターと戦う時に飲む英雄の酒にアルコール分が含まれているせいで酔っ払ってしまい、モンスターとの戦いで不利な状況に追いやられる人もいた。

 それを嫌って他のステータスを上げる魔法薬を使用する人もいたけど、英雄の酒は 値段が安いという最大のメリットがあった。

 だから向こうの世界では、英雄の酒からアルコール分を抜く研究はずっと続いていたのだけど、 結局誰も成功できず、俺もこっちの世界に戻ってきてから やっと成功したというのが真相だった。


『というわけですので、ノンアルコール英雄の酒をよろしくお願いします』


 向こうがそういう手で冒険者に嫌がらせをしてくるのなら、こちらも冷静に対処するのみだ。

 裏島に作ったノンアルコール英雄の酒製造工場でゴーレムたちに作らせたものを、大量に市場に流していく。

 すると少し高いが、アルコール分が入っていないのに英雄と酒と同じ効果があるので、恐ろしい勢いで売れていった。

 特に、一階層、二階層で戦っている冒険者特性には大量に売れている。

 レベルが上がらない彼らにとって、身体能力が20パーセント上がり、値段も安いノンアルコール英雄の酒は成果を出し、命を守るために必要なものだからだ。

 そして、俺がノンアルコール英雄の酒を量産、 販売したことで割を食った人たちがいた。

 加山都知事のコネで、都内で英雄の酒の独占販売店を獲得し、東京都から補助金も貰って有頂天だった桜庭酒造である。

 

「身体能力が上がるのでお酒が入るのも仕方がないと思っていた冒険者たちが、ノンアルコール英雄の酒に殺到していますね」


「前よりも少し高いんだけど」


「安心してください。都内で英雄の酒の独占販売店を獲得した桜庭酒造ですけど、 当然彼らの利益分値段が高いので、ビックリするほど売れてません。いかにも役人がやりそうなことなんですけど、都内の英雄の酒はノンアルコール英雄の酒よりも高いんですよ」


 加山都知事と桜庭酒造の取り分もあるので、英雄の酒の価格が上がってしまったのか。


「たまに、冒険者でもない人が興味半分で買っているぐらいだそうです。冒険者はノンアルコール英雄の酒が東京都以外なら購入できますからね。わざわざ東京で、アルコールが入った普通の英雄の酒を高い値段で買う人はいないでしょう」


「バカすぎて、逆になにか裏があるのではないかと疑ってしまいますが、加山都知事って凄いとなって思います」


 東京都で英雄の酒の独占販売を始めた桜庭酒造の結末を報告に現れた西条さんと東条さんだが、加山都知事と桜庭酒造に心の底から呆れているようだ。

 

「言うまでもなく、補助金を貰って英雄の酒の販売所新設した桜庭酒造は、赤字垂れ流し確定です」


「それでも東京都が補助金を払い続ければ黒字になるという商売スキームだったのですが、さすがに批判されるようになってきましたね。東京都も、大赤字の英雄の酒売り場に困っているそうで」


 最初は未成年冒険者に、たとえモンスターとの戦いに必要なアイテムでもお酒を飲ませるのはよくないという考えに多くの賛同の声が集まっていたが、俺がノンアルコール英雄の酒を販売することで解決してしまったので、次のターゲットが弟が社長を務める会社に英雄の酒の独占販売権を与え、補助金まで出してしまった加山知事に批判が集まり始めたのだ。


「支持率の上昇も一瞬のことでしたね」


「どうやら加山都知事、 次の選挙はダメそうですね」


 ノンアルコール英雄の酒は価格は安いが、今のところ俺しか製造方法を知らないのと、裏島にある工場でゴーレムたちが大量生産していたので、 各国にも輸出されて大きな利益を上げることに成功したのであった。


 なおこの騒動のあと、日本で第四位の酒造メーカーである桜庭酒造であるが、英雄の酒の独占販売に対する批判を受け、東京都が補助金や事業契約の停止を宣言。

 誰も人が来ない英雄の酒の販売所の新設と維持で大赤字を出してしまい、加山都知事の弟である加山社長は緊急株主総会で社長職を解任されてしまう。

 だが時すでに遅く。

 ついに力尽きた桜庭酒造は倒産し、しかも誰も事業再建に手を挙げてくれなかったので、百年以上続いた歴史に幕を閉じることになってしまった。


「業界第四位なんて中途半端な規模の酒造メーカーは特に今の時代、よほど工夫しないと生き残れませんよ。高屋酒造は規模は小さいですけど、 高品質、高価格、高利益のお酒を次々と製造して経営は順調ですからね。あっ、これお土産の高屋酒造のお酒です」


 酒本さんがお土産に持参した日本酒は美味しそうに見えるが、俺も動画配信をしている身。

 二十歳になるまで飲酒は控えないと。


「…… 俺は飲めないので、西条社長と東条副社長にプレゼントしていいですか?」


「ええ、美味しく飲んでいただければ、高屋社長も喜ぶでしょうから」


「「やったぁーーー!」」


 酒本さんが持ってきた、高屋酒造の純米大吟醸を貰って大喜びする大人の男性二人。

 俺も成人したら、お酒を楽しむようになるのだろうか?

 





「もう許さない……。どんな手を使ってでも、必ず抹殺してやるわ! 古谷良二がこの世からいなくならなければ、私は総理大臣になれないのだから」


「加山都知事?」


「いくらかかってもいい。選りすぐりの暗殺者たちに古谷良二を殺させてやる!」


 この私を舐めた報いよ。 

 必ず古谷良二を殺して、私は総理大臣になってやるのだから。

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