第162話 東京都専属冒険者の末路

『はい、こちら立川署です』


『大変です! 昭和記念公園に突如モンスターが出現しました! あり得ないほど大きな鹿なんです! 今は夜中ですし、今のところ公園の中心部にいるモンスターは動いていませんが……』


『決して近づかないでくださいね。すぐに対ハグレモンスター部隊を出動させますから』



 夜中の二時。

 立川署に一般人から通報が入った。

 昭和記念公園の中心部に、突如モンスターが出現したというのだ 。

 事前に上から伝えられていたが、まさか本当にダンジョンから離れた場所にもハグレモンスターが出現するとは……。

 私はすぐ上司にこの件を伝えると、上司はすぐ霞ヶ関の警視庁本部に連絡を入れた。

 

「すぐに対ハグレモンスター部隊を出動させるそうだ。こちらもすぐに警察官を出動させないといけないが、拳銃程度で役に立つものやら……」


「これまでのように、警視庁本部に連絡するとすぐ冒険者が出動してくれるわけではないんですよね?」


「警視庁のお偉いさんが、対ハグレモンスター部隊では手に負えないと判断したら、特区警察に応援を要請するそうだ。ここに警察庁は関われないらしい。おかしな縄張り意識のせいでなぁ……。愚痴っても仕方がないか」


「ワンクッション入ったせいで遅くなってますね。そのせいでまた、編成、訓練した特殊部隊が全滅しないといいですけど……」


「さすがにそんなバカなことはしないと思いたいが……。装備の質がこれまでと比べ物にならないから、ここは予算と人員をかけた成果を見せるため、実際にハグレモンスターを倒してみせたいところなんだろうな」


「そのせいで、一般市民に犠牲者が出たら堪らないですけど……」


「功名狙いなんだろうな。どんな組織でもよくある話だ」


 これまでなら、警視庁本部に連絡すればすぐ冒険者に連絡がいったのに、これも警視庁から特区警察が分離、独立してしまったせいか。

 ここで対ハグレモンスター部隊がハグレモンスターに通用するか、試さずに特区警察に応援を求めてしまうと、なんのために多額の予算をかけて部隊を編成したのだと世間から批判されてしまうという理由もある。

 税金の無駄使い批判に、今の公務員は敏感だからな。

 だから必ず、対ハグレモンスター部隊の実力を試さなければいけないのだろう。


「通報にあった大きな鹿ですが、強くないことを祈りますよ」


「どうだろうな……。こればっかりは、我々にも判別できないからな」


 モンスターの厄介なところは、基本的に大きなモンスターほど強いのだが、たまに小さいのに恐ろしいほど強いモンスターも存在することだ。

  小さいから油断していると、強くて素早く動けるため、 普通の人間ならあっという間に皆殺しにされてしまう。

 これまでのようにハグレモンスターがダンジョン付近で出現すれば、有志冒険者が先に倒してしまうケースが大半だったが、こうもダンジョンから離れた場所に出現されると、冒険者も対ハグレモンスター部隊も到着が遅れるので、その間一般人に多くの犠牲が出てしまうかもしれないのだ。


「どうにか公園から出ないでほしいところだ」


 その後、対ハグレモンスター討伐部隊が到着するまで、機動隊と対ハグレモンスター用に支給された魔銃を装備した警察官たちが昭和記念公園に駆けつけるも、どうやら大きな鹿は公園の中心部からほとんど動いていなかったと連絡が入った。


「ハグレモンスターは、どうして動かないのでしょう?」


「昭和記念公園だから、多少なりとも緑があるからか?」


「ですが、ダンジョンに自然があるところなんて少ないですよ。ダンジョン探索チャンネルでちゃんと見ましたもの」


「ああ、研修名目で山ほど見させられたあの動画か……。モンスターに関する情報を集めておくべしと、 上から言われてみんな見てたからな」


 万が一に備えてという名目で、モンスターの情報はダンジョン探索チャンネルから入手していたし、実は各警察署や自衛隊に導入された魔銃も、古谷良二と、ダンジョンの女神の一人であるアメリカ大統領の孫娘が設計を担当し、イワキ工業と古谷企画が量産に関わっていると聞いている。

 この新型魔銃は冒険者有志でも購入して持っている者たちが多く、この従来のものよりも威力が大幅に上がった魔銃のおかげで、弱いハグレモンスターならあっという間に倒せるようになったとか。

 とはいえ、今夜突如出現したハグレモンスターに通用するのかはわからないけど。


「モンスターの強さを測定できる、『スカウター』のような装備があればいいのに……」


「それもすでに古谷良二が試作を終え、対ハグレモンスター討伐部隊にはすでに配備されているとか」


「その装備は、先に現場に駆けつける普通の警察官に支給してほしいところですね」


「どうやら本当にハグレモンスターは、ダンジョンの外にも出現するようになったみたいだから、じきに支給されるさ」


 それなら安心……いや、ハグレモンスターの強さを測定したところ、 あまりの強さに絶望してしまうかもしれないが。

 その場合、特区警察と冒険者に任せるしかないのか。


「対ハグレモンスター討伐部隊が到着するまでは、奴には動かないで欲しいですね」


「ああ」


 それから一時間後。

 昭和記念公園に、対ハグレモンスター討伐部隊が到着したという連絡が入った。

 

「早速、警視庁自慢の対ハグレモンスター討伐部隊のお手並み拝見というところですか」


「大丈夫だと思いたい。もし彼らが失敗したら、 立川署の警察官たちが矢面に立たないといけないからな 」


 対ハグレモンスター討伐部隊は精鋭揃いだと聞いているし、装備も潤沢だ。

 だから必ずや、ハグレモンスターを倒してくれるはず。

 そう思って待ち続けていたのだが、再び通信が入ってきた。


『現在、モンスター計測器での推定レベル測定と、目視によるモンスターの種類の確認を実行中……』


「本当にモンスターの強さを計れる機械があるんですね」


「あるが、これも古谷良二とイワキ工業頼りだ。対ハグレモンスター部隊には試験的に配備されているから、これから実際に試してみるようだな」


「先年にあった、富士の樹海における部隊全滅の二の舞は御免ですからね。さすがに同じミスはしないと思いたいです」


「実際のところはわからないがな。中には出世欲に目が眩んで、やらかす奴がいないとも限らない」


 特に、功名狙いの若いキャリアがやらかすんだよなぁ……。

 普通の刑事事件でも、そのせいで犯人逮捕に失敗するケースがあった。

 一流大学出で自信があるのだろうが、現場のベテランの意見を無視して『僕の考えた最高の方法』を実行させ、失敗すると現場の責任にする。

 他の官庁にも、そんなキャリアが一定数いるらしいけど。


「それは嫌ですね」


「さすがに、前回の件で学んだと思うがな」


 そんな話をしていたら、状況報告が入ってきた。

 先に現場に到着して様子を探っていた、立川署の同僚からだ。


『対ハグレモンスター部隊は、昭和記念公園に出現したハグレモンスターの討伐に成功。作戦は無事に終了です!』


「よかったぁ」


 新装備のおかげだろうか。

 対ハグレモンスター部隊は、デビュー戦で見事ハグレモンスターの討伐に成功させた。

 これで少しは、警察も信用を回復できたのかな。

 新型魔銃のおかげなんだろうけど。





「このモンスターは、第十六階層にいるマジックバンビだな。この階層のモンスターを冒険者特性がない人間でも倒せるのはいいな。冒険者の仕事が減るし」


「でもリョウジ、威力の大きい新型魔銃の運用コストを考えると、倒したマジックバンビの死体を買取所に売却してもトントンがいいところよ」


「赤字じゃないからいいと思うよ」


「それと、常にハグレモンスターに対しては先制攻撃をして、決して反撃されないようにしないと、隊員の負傷、死亡率は上がる。たとえリョウジが開発した『マジックアーマー』があっても、冒険者特性がない人間がモンスターの攻撃を食らえば、無傷では済まないもの。マジックアーマー自体の防御力は高くても、装備している人間の防御力には限界があるから」


「ようするに、無理そうなら特区警察に応援要請を出してくださいってことです」


「でしょうな……。ところで動画でも見ましたが、この大きさでバンビなんですね……。つまり小鹿だと?」


「あれで成獣なんですけど、下層にはもっと大きな鹿型モンスターがいるんです。バンビって呼ばれているのは、そいつらに比べればってことです」


「同じく動画で見た、ベビードラゴンと理屈ですか。ちなみに、もし冒険者特性がない我々が、マジックアーマーを装着しないでマジックバンビの攻撃を食らうとどうなりますか?」


「死体の頭と手足が千切れなかったら上等かなってレベルです」


「……我々の役割は、先行偵察部隊のようなものなのですな」


「大変心苦しいのですが……」


「我々も無意味に死にたくはないので、教えてもらってありがたいですよ」




 夜中の昭和記念公園に突如ハグレモンスターが出現したが、警視庁の対ハグレモンスター部隊が討伐に成功したという連絡があり、翌朝、俺とリンダは回収されたマジックバンビの死体を調べていた。

 対ハグレモンスター部隊に、俺とリンダで共同開発した新型魔銃を提供者しており、実戦で使用されたのでデータ収集にやってきたのだ。

 マジックバンビへの着弾、貫通状態を確認し、魔銃改良の参考とする。

 俺とリンダと話す対ハグレモンスター部隊の隊長……まるで海兵隊員のようなマッチョな人だ……は、俺たちにえらく丁寧な対応で好感を覚える。

 早速マジックボアの死体に開いた弾痕を確認するが、ガンナーであるリンダも感心するほどの腕前だった。

 ちなみに動画撮影もしており、これも後日、警察庁と合同で動画配信することになっていた。

 警察でも、ハグレモンスターに対抗できますよというアピールのためだろう。

 俺たちは動画のインセンティブが入るし、警察庁からもギャラが……こっちは大した額じゃないけど、動画配信者としてはお上から仕事を貰えるようになったことは悪くないのかな?


「頭部、心臓に念のため二発ずつ。いい腕してるわ」


「選りすぐりの精鋭なので。だからこそ、無為に死なせることはできませんから」


 先年の、冒険者特性持ちパーティの壊滅が痛いのだろう。

 あの事件のせいで、元々少なかった警察官志望の冒険者特性持ちがほぼゼロになってしまったのだから。


「(どうせ命を賭けるなら、冒険者の方が実入りもあるしな。理不尽な上司の命令も聞く必要がないし)この魔銃の威力から推察するに、三十階層のリフアリゲーターくらいまでなら対応できるはずです」


「それ以降は、特区警察に応援を呼んだ方がいいですか」


「ええ、新型魔銃の貫通力のみを考慮すれば、五十階層のモンスターまでは倒せるはずですけど、多分狙いをつけた瞬間に殺されます」


 モンスターは、この世の物理的な法則を無視した存在なので、巨大なのに人間よりもはるかに素早く動ける。

 新型魔銃の狙撃にいち早く気がつき、冒険者の先手を打ってくるので、冒険者特性がない人間は強いモンスターに攻撃しない方がかえって安全なのだ。


「そちらに売却したモンスター測定器で、モンスターのおおよそのレベルがわかるようにしました。それと、魔導双眼鏡による目視と、俺の動画チャンネルで『モンスター図鑑シリーズ』も始めたので、それを参考にハグレモンスターの種類を判別。手に負えないと判定したら、すぐに特区警察に応援を要請した方がいいです」


「それがいいですね。対ハグレモンスター部隊の隊員は狙撃の名人ばかりなので、遠方からモンスターの急所を撃ち抜くのは得意ですけど、こんな化け物の攻撃を受けたら、ひとたまりもありませんからなぁ」


「モンスター測定器は、順次イワキ工業から納品されると思いますので」


「モンスターは見た目だけで強さを判断すると危険なので、これは助かりました。さて、我々はこのあと記者会見がありますから」


 対モンスター部隊の隊長さんは、これから記者会見だそうだ。


「それは大変ですね」


「多額の税金でこの部隊は編成されていますからね。納税者の方々に説明は必要なんですよ」


 その後、この対ハグレモンスター部隊の隊長さんが、マジックバンビの死骸と共に記者会見をして、東京都のハグレモンスター対策は万全であることを都民にアピールすると共に、もしハグレモンスターが出現した場合、すぐに逃げることと警察への通報をお願いしていた。


「あの隊長さんなら、無理はしないはずだから問題ないのかな」


「さすがに同じ失敗は……しないはずだと信じたいわ。それよりもリョウジ。新型魔銃の改良の件なんだけど」


「コストさえ無視すれば、貫通力はいくらでも上げられるけど、街中で使って流れ弾が人や建造物に命中すると厄介だからなぁ。威力をあげればいいってものでもないさ」


「兵器扱いになってしまうものね。アメリカ軍から依頼を受けている分は、そこのところはあまり気にしないで、極力貫通力を上げてくれって言われているけど」


「そういうところはアメリカンだねぇ」


 日本だと、警察が重火器を装備するだけで騒ぐ人たちがいるから、今くらいの威力でいいのかも。

 どうせ強いハグレモンスターが出現したら、特区警察に応援を要請しないといけないのだから。


「とにかく、警視庁の対応がまともだから安心したよ」


「安心できるのはいいことよ。リョウジ、もうやることもないからランチに行きましょう


「いいねぇ、せっかくだからちょっと奮発してお寿司にしよう」


「オスシ、いいわね。特上にしましょう。大トロ、イクラ、ウニぃ!」


「じゃあ行こうか」


 新魔銃のデータを集め終わった俺とリンダは、そのあと都内の高級寿司を楽しんだ。

 まさか、そのあととんでもない事件が発生してしまうとも知らずに。






「きぃーーー! 古谷良二の奴! 東京都専属の冒険者にモンスター測定器を渡さないって、どういう了見よ!」


「東京都専属とはいえ、彼らは法律的に定義された存在ではなく、彼らが特区外でハグレモンスターを討伐するにはリスクが多すぎます。モンスター測定器は自衛隊と警察が最優先、という牙城を崩すのは難しいですね」


「そんなこと聞いてないわよ!」



 あーーーあ、加山都知事に正論を言った彼は、確実に都知事付きをクビになるな。

 しかし、都庁の官僚たちも学ばないな。

 加山都知事が、耳に障る真実なんてちゃんと聞くわけがないってのに。

 彼女は常に自分が正しと思っており、都合の悪い事実なんて聞きたくないし、それを聞かせる者はたとえ身内でも敵扱いしてしまうのだから。

 逆に言えば、常に彼女の機嫌さえ損ねなければ、ずっと秘書として美味しい思いができる。

 彼女に常に苦言を呈しながらも、ずっと公設秘書を続けていた前任者が尋常ではないのだ。

 もっとも彼も、ついに限界がきたのか辞めてしまったけど。

 そこで俺が代わりに公設秘書になったのだけど、やったことと言ったら加山都知事の意見に賛同し、彼女が実行すると決めた政策や方針で儲かるであろう企業や個人から政治献金を集めるだけだ。

 強かったはずの選挙で苦戦し、このところの失業率の上昇で支持率が下がりっ放しとはいえ、日本は経済的には成長しているから、利権のタネは多い。

 特にゴーレムの大量導入では、俺も大きく儲けさせてもらった。

 都庁も人間を減らしてゴーレムの大量導入をしたので仕事の効率が上がり、導入するゴーレムの選定では俺も色々と意見している。

 献金を出した企業に恩を売ってるので、秘書を辞めたあとの天下り先も安泰だ。

 普通の神経をしていたら、加山都知事の秘書なんて長々続けられるものではないからな。


「都知事、彼らは優れた冒険者です。今すぐモンスター測定器など必要ありませんよ」


「……それもそうね」


 俺は知っている。

 官僚たちは加山都知事が求める高レベル冒険者の確保に失敗しており、彼女から叱責、処罰されないよう、レベルを誤魔化した冒険者を東京都の専属とした。

 官僚たちは、どうせダンジョン特区から離れた場所にハグレモンスターなど出現しないと思っていたらしく……他にも報酬が年五十万円ということもあって、優秀な冒険者が集まるわけがなかった。

 だが、加山都知事の秘書を続けるには、それを正直に報告しては駄目なのだ。

 だって彼女は、そんな事実は聞きたくないし、聞けば機嫌を損ねるだけなのだから。


「とにかく、都内のダンジョンから離れた場所にもハグレモンスターが出現するようになったわ。これを東京専属の冒険者たちが討伐すれば、次に称賛されるのは、彼らを専属にした私よ」


「……」


 どうやら加山都知事は、昨日、警視庁の対ハグレモンスター部隊の公式記者会見を見てしまったようだ。

 そして、警視庁にできるのなら、自分たちもできるはずだと。

 だが、彼女がそう嬉しそうに話す様子を見た職員が黙り込んでしまった。

 彼も、東京専属の冒険者がレベルのサバを読んでいることを知っているのだろう。

 それでも冒険者特性はあるので、今のうちにレベルを上げて強くなってくれれば……無理だな。

 そんな殊勝な冒険者が、東京都の専属になるわけがない。

 なにしろ加山都知事は、支持率を上げるために税金の無駄遣いを減らすアピールが得意技だ。

 年五十万でくる冒険者なんて、『東京都専属』の肩書を利用しようと考える、ある意味加山都知事の同類しかいないのだから。


「次にハグレモンスターが出現したら、正式に東京都専属の冒険者たちのデビュー戦ね」


 加山都知事が嬉しそうに語るが、彼らの冒険者としての実力では、返り討ちにされてしまう可能性が高い。

 その前に、彼らは逃げてしまうかも……それならそれで、余計な犠牲者が出なくていいけど。


「いいこと! 次に都内にハグレモンスターが出現したら、必ず警視庁よりも先に、特区の冒険者たちよりも先にハグレモンスターを倒すのよ! そのために、彼らを専属にしているのだから」


 こうなったら、彼ら東京都専属の冒険者たちには逃げてもらいたいな。

 もしそれで東京都が損をしても、その金額なんてたかが知れている。

 そもそも、年間五十万円でお上に飼われる冒険者こまで期待する方がおかしい……加山都知事はそうは思っていなしから話がややこしいのだけど。






「はい?  東京都の専属冒険者たちが全滅した?」


「はい。どうやら我々よりも先にハグレモンスターに戦いを挑んで、殺されてしまったようです」


 対ハグレモンスター部隊の隊長さんが、俺たちにそう告げた。

 その表情は決して明るくない。

 人が死んだからな。


「どうしてそんなことをしたんです?」


「警視庁の対ハグレモンスター部隊に対抗するためでしょうね。先日我々が、倒したモンスターと共に記者会見したのを見て、自分もって思ったのでしょう」


「そんなことにつき合わされて死んでしまう冒険者たちが哀れだけど……」


「とはいえ、レベルを誤魔化して東京都の専属になった彼らのにも責任はあります。刑事たちが聞き込みで、被害者たちと知り合いだという冒険者たちから話を聞いたのですが、彼らは冒険者特区内では下から数えた方が早い冒険者で、でもそのことに不満を持っていたと……」


「レベル二桁だと、冒険者特区内では目立たないだろうね。それなら努力してレベルを上げればよかったのに……」


 冒険者という職業で評価され、成果をあげる一番の早道はレベルを上げることだ。

 むしろそれしかないのだけど、レベルを上げるのは命がけなので嫌がる冒険者も一定数いる。

 それなら安全係数を大きく取ってノンビリ暮らすのもアリで、実際そうしている冒険者も一定数いた。

 なにしろ、レベル二桁の冒険者が一桁階層で活動するだけで、並のサラリーマンよりも圧倒的に稼げるのだから。


「ところが彼らはレベルを上げる努力もせず、とにかくチヤホヤされたかった。だからレベルを誤魔化し、東京都の専属になったのです。その知名度を生かした商売も考えていたとか。古谷さん、知ってますか? 東京都の専属になると貰える報酬って」


「一億円くらい?」


「いえいえ、年に五十万円だそうです。あの『税金の無駄遣いは許さない!』アピールしかしない加山都知事が、大金を出すわけないじゃないですか。彼女はお役所の税金の無駄遣いを指摘し続けて、その人気で政治家を続けているのですから」


「命がけなのに五十万円って……。そもそも、レベルのサバ読みなんてすぐにバレるでしょう」


 確か、都庁もスカウターを持っていたはずだ。

 レベルの誤魔化しなんてできない……どうして彼らはレベルを誤魔化せたんだ?


「年に五十万円で高レベルの冒険者が専属になるわけないじゃないですか。応募者ゼロだと加山都知事のヒステリーが始まるから、冒険者なら問題ないって都庁の連中は思ったんでしょうね。さすがに冒険者特性がない人を専属にすると問題になるので、彼らのレベル誤魔化しは不問とされた」


「それで死んでれば意味ないけど」


 自分たちのレベルが低いことを自覚していたのなら、報酬だって安いんだから無理する必要なかったのに……。

 しかしさすがは警察。

 裏の事情に詳しい……ただ、加山都知事の脇が甘いだけかもしれないが。


「そこが怖いところなんですよ。古谷さんはテレビを見ないでしょうけど、最初の記者会見やその後も東京都専属の冒険者だってことで、あちこちに呼ばれてチヤホヤされていたんです」


「その楽しさを、ハグレモンスターから逃げることで失いたくなかった、ですか?」


 くだらない理由だが、イザベラの言うとおりなのだろう。

 他にも、東京都専属の冒険者たちはその知名度を生かした商売を考えていたとか。

 もしハグレモンスターから逃げたら東京都専属を解任されてしまうので、戦わざるを得なかったというのが結論かな。

 

「そういうことなんでしょうね。ハグレモンスターに勝てるか怪しかったのに、彼らは逃げることができなくて死んだ」


 同じくその場にいた飯能総区長の推測を聞くと、人間のプライドってのは厄介なものなんだなと思ってしまう。


「彼らの本当の心情は知らないけど、死なせてしまった責任は加山都知事にあるはずだよね。そこのところ、どうなってるの?」


 ホンファが、無意味に冒険者を殺してしまった加山都知事の責任について訪ねた。

 確かにあのオバさんの思いつきのせいで、ついに犠牲者まで出てしまったからな。


「私も加山都知事には思うところが多々ありますけど、東京都専属とは言っても短期雇いみたいな契約なので、お見舞い金でも出て終わりでしょうね。加山都知事ですが、彼女が責任なんて取るわけないじゃないですか」


「そこは断言できるのですね」


「綾乃さんは、加山都知事が素直に責任を取って謝る人に思えますか?」


「いいえ、そんな人には見えませんね」


「今頃、誰に責任を押し付けるか、考えてそうね」


「その可能性の方が高いですね」


 その後、リンダの予想が嫌な当たり方をしていまい、俺たちも思わぬトラブルに巻き込まれてしまうのだった。





『こんなことになったのは、冒険者特区ばかりが冒険者を独占するからなんです! 先日、多くの罪なき都民たちを守るため、己のレベルが足りないのに、果敢にハグレモンスターに挑んで亡くなった若き冒険者たち! 彼らの犠牲を無駄にできません! 高レベル冒険者の分散配置と、引っ越しの禁止を新しい公約とします! ハグレモンスターはいつあなたの隣に出現するかもしれないのですから!』


 テレビでそう勇ましく語る加山都知事。

 なるほど、そういう手できたか。

 彼女の秘書である私でも想像できなかった……いや、予想はしていたのか。

 まさかここまでやるかな?  と疑問に思っていただけで。

 ハグレモンスターに対象するため、高レベルの冒険者を分散配置する必要があると言って、東京都に冒険者を呼び戻す。

 同時にハグレモンスター対策のため、高レベル冒険者の引っ越しを制限する。

 自分たちが専属にして殺してしまった冒険者たちは、未熟ながらも、か弱き都民たちのために命をかけた英雄として報道する。

 人気取りの名人である加山都知事の面目躍如だが、これは意外と効果があるかもしれない。

 誰しも、突然近くにハグレモンスターが出現したら嫌だからな。

 だが、そうやって高レベル冒険者の行動を制限すると、今度はエネルギーと資源の入手に支障が出るんだが、切羽詰まった加山都知事の支持者には格差の解消を求める左派系の市民団体も加わっている。

 冒険者がますます金持ちにならないよう、ダンジョンから魔石などを得る行為に制限を課したい意図が見えるな。

 だがそれをやると、今度は物価が上がってしまうんだが、彼らはそれを……そうなったら、今度は物価高を防げなかった政府を攻撃するのか。

 しかしまぁ、加山都知事も落ちるところまで落ちたものだ。

 一時は総理大臣候補と言われていたのに、今では支持率のために怪しげな連中と手を組んでしまうのだから。


『ダンジョンから遠く離れた場所に出現したハグレモンスター対策ですが、警視庁と自衛隊の特殊部隊が対応し、彼らの手に負えかなった場合、高レベル冒険者が移転魔法で瞬時に現場に辿りつく仕組みを作っており、そもそもダンジョンから遠く離れた場所にハグレモンスターが出現する確率はかなり低いという計算も出ています。ダンジョン大国である日本でも月に一度か二度出現すれば多いという計算が出ているものに、そこまでの過剰な対策は必要ないと思われます。新装備のおかげで、この二体も冒険者の力を借りることなく討伐できましたので、国民のみなさんは安心してください』


 田中総理の見解は正しいが、加山都知事が頼った連中にそんな理屈は通用しない。

 なぜなら、彼らはバカだからだ。


『人の命がかかっているんですよ!』


『ハグレモンスターに襲われて、一人でも犠牲者が出ることは許されない!』


『安全こそがなによりも優先されるんだ!』


『冒険者の住居固定と移動の禁止は、憲法の住居の自由に抵触する可能性があり……』


『冒険者は稼いでいるんだ! そのくらい我慢しろ!』


『そうだ! 国民の安全がなによりも大切だ!』


『これ以上、警察と自衛隊が武器を増やすことには反対だ! 憲法第九条を死守するんだ!』


 加山都知事は与党に所属していたはずなのに、もはや滅茶滅茶だな。

 とにかく支持率を確保して、総理大臣への芽を潰さないように足掻いているのだろう。

 感情のみで整合性の欠片もない連中だが、性質が悪いのは彼らの言い分が一定以上の支持を得てしまうことだな。

 さて、古谷良二はどう動くのだろうか?

 俺は、彼が加山都知事を振り払おうと、その影響下に入ろうと、それを利用して利益を稼ぐのみだ。

 俺が加山都知事についている理由、それは政治家としては最悪でも、俺に利益をもたらしてくれるからだ。

 唯一その一点において、俺は加山都知事の公設秘書を務めているのだから。




「おかしいじゃない! どうして私の提案がまったく話題にならないの?」


「それはこの一ヵ月、まったく都内にハグレモンスターが出現しないからですね。田中総理が話した内容が正しかったんですよ。間違いなく、古谷良二がアドバイスしていると思いますけど……。それに、強力なハグレモンスターがバミューダ沖に出現しましたが、古谷良二が瞬時に魔法で移動して倒したじゃないですか。あの動画はバズりましたね」


「古谷良二、きぃーーー!」


 最初は立て続けにダンジョンから離れた場所に突如出現して大騒ぎとなったハグレモンスターだが、一ヵ月に一~二回という田中総理の話は正しく、さらに警視庁と自衛隊が装備する新型魔銃で倒せたので、加山都知事と彼女と組んだ運動家、マスコミ人、自称知識人が騒いでも、すぐに静かになってしまった。

 これまでならその方法でも上手くいったのだろうけど、これも時代の流れなのかもしれない。

 なによりトドメだったのが、海外に出現したハグレモンスターを古谷良二が一瞬で移動して倒してしまったことだろう。

 バミューダ沖のハグレモンスターでも、彼はすぐに倒してしまったのだ。

 もし東京都内に強いハグレモンスターが出現しても、彼なら簡単に対処できてしまう。

 同時に、古谷良二と同じように『テレポーテーション』で瞬時に現場に向かえる高レベル冒険者数百名の存在も公表されたので、すぐに世論は沈静化してしまった。

 動画で見たが、古谷良二は世界中から『テレポーテーション』持ちの冒険者を見つけ出し、レベルリングをして世界のどこにハグレモンスターが出現しても対処できるようにした。

 しかしまぁ、彼はただ強いだけじゃなく、政治家としての資質もあるのかも。

 同時に、加山都知事の嫌がらせにもすぐ対処するので、彼女のことが大嫌いなのがまるわかりというか……。

 年老いた加山都知事は、時代の流れのせいで自分が成り上がった手法が通用しなかったことに激高し、自分が上手くいかない元凶を古谷良二だと思ったようだ。


「都民がハグレモンスターに怯えなくなったのは、都知事の支持率的にもよかったのでは?」


「この私が賞賛されて、支持率が上がらないと意味ないのよぉーーー!」


 都知事室でそう叫ぶ加山都知事。

 これはもう駄目かもしれないが、どうにか任期満了まで保ってほしいところだ。

 その頃には私のお金も溜まり、元都知事秘書という肩書を利用して第二のキャリアを始められるのだから。

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