第161話 警視庁と特区警察

「加山都知事、警視庁と特区警察との分離が無事に終わってよかったですね」


「そうね。これで東京都が、冒険者特区内の治安維持をしなくて済むわ。これまでは警視庁の人員に余計な仕事を背負わせて、本当に田中総理も飯能総区長も! 東京都ばかりに負担を強いて! これだから冒険者は!」




 すでに冒険者特区は独立しているけど、手続きの関係でこれまでその治安維持は警視庁が担っていた。

 かかる経費に関しては冒険者特区が予算を出していたけど、人員は警視庁が出したというか、警視庁と特区警察が分割するまで警視庁の人間が引き続き担当していたから、迷惑もいいところだった。

 そんな状態がやっと終わるので、こちらとしても清々するわ。

 特に、冒険者特区の治安維持にあたる警察業務が、完全に独立する特区警察の担当となるのが嬉しい。


「冒険者なんて、もし町中で暴れたら大変なことになってしまうもの。犯罪を犯した化け物を押さえるのは、同じ化け者に任せるのが一番よ」


 今のところ、どういうわけか冒険者が重大な犯罪を犯すケースは少なかったし、稀にそういうことがあっても、すぐに冒険者たちが取り押さえていたから問題になってなかったけど、もし特区内で冒険者に暴れられて犠牲者や被害が出たら、世論から責められるには都知事の私、なんて理不尽なことがなくなってよかったわ。

 これからは、特区警察とその上にいる飯能の責任になるのが素晴らしい。

 そのうえ、もし特区外で凶悪な冒険者が暴れた場合、特区警察が対処することも決まったから、これで安心できるというものね。


「(そして、もし冒険者が重篤な犯罪を犯したら、懇意のマスコミを使って……)」


 冒険者の危険さを世論に伝えつつ、その厳重な管理を訴える。

 その提唱者である私は国民からの支持と人気を取り戻し、将来総理大臣になったら、冒険者完全管理法を実現させるのよ。


「(民衆に冒険者の脅威を煽り、彼らを国家が完全に管理する! 冒険者を公務員かつ給料制にして、その莫大な稼ぎをすべて国庫に入れさせ、大幅な減税と、物価も大幅に引き下げる! 医療費の完全無料、ベーシックインカムの導入もやる! そうすれば……)」


 この政策に反対する国民は、ほとんどいないでしょう。

 愚民なんてものは、テレビや新聞の受け売りをそのまま信じて、普段は人権だの民主主義だの言ってるけど、一部の冒険者の犠牲で自分たちの暮らしがよくなるのなら、彼らの人権が抑制されたとて反対するわけがないのだから。


「(古谷良二、散々この私をコケにしてくれたお礼をしてあげるわ! そうね、あんたの資産を総理大臣権限で奪ってもいいわね)」


 それに成功すれば、加山一族は百代日本を支配できるのだから。


「(素晴らしいわぁ、この私に相応しい立ち位置よ)」


「あの……加山都知事、再開発地区にある樹木の伐採中止を求める声が大きい件についてですが……」


「はあ? たかが木如きでうるさいのよ! 木なんてまた植えればいいでしょう!」


 人がせっかくいい気分になっていたのに、小役人の分際で邪魔するんじゃないわよ!


「再開発地区にある樹木の伐採はともかく、警察の分離、独立には一つ大きな問題があります」


「問題?」


 問題なんてないでしょう!

 面倒事が減ったんだから。

 これだから官僚って奴は!

 小うるさいばかりで、やっぱり秘書の陣内以外は使えないわね。


「ハグレモンスターが特区内ではなく、都内に出現した場合。もしくは、都内に出てしまった場合です。これまでは同じ警視庁の管轄だったので、冒険者たちへの連絡が非常にスムーズでしたが、これからは、警察庁→特区警察→冒険者ですから、一つ経路が増えます」


「そのくらい大丈夫でしょう」


 それにもし特区警察がやらかしたら、その件で飯能と冒険者を叩けるから、私からしたら好都合よ。

 国民は、お役所仕事で自分たちに損害を出した公務員に容赦ないもの。

 私も懇意のマスコミを使って炎上させるし。


「いえ、特区警察の方はまったく問題ありません。あそこは大変効率的ですから。問題は警視庁の方です」


「警視庁に問題?」


「凶悪なハグレモンスターですが、ダンジョンの外に出ると一応火器が通用しますし、警視庁では自衛隊の大幅な増強と装備改変の影響で払い下げられた火器と、魔力を用いた新兵器を装備した特殊部隊の編成と訓練が進んでいます」


「いいことじゃないの」


 ハグレモンスターを倒すのに、強い冒険者……そういえば、昨日も古谷良二がシンガポール政府の要請を受けて、海上に出現した巨大なサメを倒したとニュースになっていたわね。

 彼はシンガポール政府から勲章を貰って、今後も手に負えないハグレモンスターの討伐を請け負う契約まで結んだとか……。

 それに釣られて、彼や高レベルの冒険者たちが世界中の国々と契約を結んでいる。

 でも、こんなことはこれまで考えられなかった。

 国が防衛の一端を、民間人、それも他国人に任せたのだから。


「このことに、警視庁は危機感を抱いています」


「それはそうでしょうね」


 もしハグレモンスターの討伐を冒険者に一任した方がいいという世論が形成されたら、せっかく編成した特殊部隊が無駄になってしまうのだから。


「でも先年、自衛隊も警察も先走りして、対モンスター部隊を全滅させているじゃない。焦りは禁物だと思うけど」


 とは言いつつも、私たち政治家は知っている。

 警察官も所詮はお役人で、せっかく作った部署を削りたくなんてないのだから。

 彼らはどんな手を用いても、自分の組織の拡大と予算増を実現しようとする。

 たとえ国民に大きな負担を強い、どんなに汚い手を使っても。

 なぜなら、対ハグレモンスター部隊を作れば利権が増えて、その分天下り先が増えるのだから。


「警視庁が、対ハグレモンスター部隊をなくすなんて決定。判断できるわけがないわ」


 ハグレモンスターの出現を冒険者に伝える部署は残るけど、これまでにない重武装をした大規模な部隊は解散。

 ハグレモンスターは冒険者に任せましょう、なんてことになったら警視庁も嫌でしょうからね。

 しかも、今東京都が押さえている冒険者はほとんどいない。

 いてもレベルが低いのよねぇ。

 だからこそ、警視庁は対ハグレモンスター用の特殊部隊に期待している。

 となると……。


「(一番あり得そうなのが、もし手に負えないような強力なハグレモンスターが都内に出現した場合、特区警察や冒険者に伝えずに自力で対処しようとして大損害を被る……。ないとは言えないわね……)」


 分離、独立した特区警察に対抗すべく、育成した対ハグレモンスター専門部隊に手柄を立てさせたいがゆえに、あえて特区警察に助けを求めない可能性がある。

 その際、自分たちが本当にそのハグレモンスターに勝てるのか。

 判断を誤る可能性が高い。


「(もしそれで大きな被害が出てしまった場合、私の責任になるのは勘弁してほしいわね。とはいえ、特区警察と冒険者に手柄を立てさせるのは癪なんてものじゃない。とると……)」


 こうなったら、東京都独自に優秀な冒険者を抱え込めばいいのよ!

 幸い財政状態はそんなに悪くないから、多額の資金を使うことができるわ。


「警視庁の特殊部隊だかなんだか知らないけど、 まだ訓練途中で海のものとも山のものともわからないものに都民の安全を任せておけないわ。 東京都が独自に、優れた冒険者を囲っておきましょう」


「そんなことをしなくても、特区警察に要請をすれば……」


「私は、東京都独自で強力なハグレモンスターに対処できるようにしておきたいと言っているのよ! 防衛と治安維持を他に任せるなんておかしな話じゃないの!」


「警察業務はともかく、防衛は国も関わる案件なので、同じ日本の冒険者特区や冒険者に任せてもおかしな話ではありませんが……」


「私は、東京都が独自にハグレモンスターに対処できるようにした方がいいって言っているの! もし特区警察がすぐに冒険者を送り出せない状況に陥った時、あなたは彼らが到着するまで待っていればいいって言うの? ハグレモンスターに都民を殺されているのによ! どうなの?」


「もし警視庁で対処できないハグレモンスターが都内に出現した際、特区警察が冒険者を派遣するまで、足止めをしたり、 都民の避難を行うのが対ハグレモンスター専用の特殊部隊ですから、 これとは別に東京都が独自に冒険者を揃えるとなると予算の無駄が……」


「警視庁がおかしなプライドから、特区警察に頼らず、自分たちだけで 対処しようとして大きな損害が出るかもしれないでしょう! 東京都も対ハグレモンスターに対処できる冒険者を確保するのよ!」


「ですが、そういう冒険者は無料では動いてくれません。それなりの契約料を払う必要が……。 先日のシンガポール もそうですが、古谷良二にかなりの契約料を払っていますから……」


「どのくらいなの?」


「年に五千万ドルです」


「高すぎるわよ! 古谷良二のクソガキめ! 勝手に相場をあげてるんじゃないわよ!」


 この世界で一番尊いのは、国家と国家を運営する私のような優れた政治家に奉仕することなのよ。 

 それなのに、ハグレモンスターへの用心棒代が年に五千万ドル?

 ボッタクリもいいところじゃないの!


「(まあいいわ。この情報は、懇意にしているマスコミに流しましょう)」


 そこで、古谷良二の拝金主義者ぶりを批判してもらいましょう。

 そうしたら、愚民たちもきっと彼を批判するはず。

 このところ減ってしまった私の支持者を増やすべく、業務提携した市民団体たちにも古谷良二を批判させるのがいいわ。

 そうすることで、東京のために働く冒険者へのギャラを安くすることができるのだから。


「出るか出ないかわからない、強力なハグレモンスター対策なんだから、年に五十万円も出せばいいでしょう。 向こうも名誉なんだから文句は出ないはずよ」


 日本の首都東京と、将来初の女性総理大臣になる私のために働けるのよ。

 本当はノーギャラでもよかったんだけど、さすがにそれだと可哀想だから少しは出してあげるわ。


「五十万円ですか? さすがにその金額ではろくな冒険者を雇えませんよ」


「自分の国のために働く気がない? そんな冒険者がいるわけないわ」


 もしいても、私を支持する右派系市民団体に叩かせれば、空気を読む日本人のことだから、安く引き受ける選択をしなければいけなくなるはず。


「すぐに高レベルの冒険者たちに声をかけて、東京都専属の冒険者だって大々的に都知事の記者会見で発表するわ」


 そうすればお金以上の名誉も得られるから、その条件を受け入れる高レベルの冒険者がいるはず。

 前回のように、すぐにモンスターに殺されてしまうダメな冒険者はお話にならないから、今度こそ優れた冒険者を東京都で抱え込まないと。


「すぐに始めるのよ! わかった?」


「わかりました……」


 やはり私のアイデアは的確だったようで、それから数日後には五名の高レベル冒険者たちが東京都の専属になってくれた。

 なんか、職員たちが『身元調査もしていないのに、いきなり記者会見で発表するなんて駄目です!』とか言っていたけど、これだから役人は駄目なのよ。

 あんたたちは、『前例がない』、『手続きに時間がかかる』しか言えないわけ?

 それに東京都が高レベル冒険者を専属にできたニュースは、ダンジョンからかなり離れたシンガポール沖にハグレモンスターが出現した事件の影響もあって、多くの支持を受けていた。


「急ぎ彼ら、東京都専属冒険者の調査をしないと……」


「好きにやったら?」


 どうせハグレモンスターが、冒険者特区外の都内に出現するなんてそうそうないでしょう。

 東京都は少ない予算で平均レベル500超えの冒険者を雇えたし、私の支持率も上がった。

 冒険者たちも、東京都専属という社会評価を得ることができた。

 お互いWINーWINなんだから、これでよかったのよ。

 この調子でもっと支持率を上げて、私は必ず総理大臣になってやる。

 そして、生意気な古谷良二と冒険者たちを徹底的に抑えつけ、富を搾取し、私は死ぬまで名誉と富貴を楽しむのよ。







「……あーーー」


「……えっ? こんなことが本当にあるのですか?」


「イザベラ、事実なんだから認めないと。しかしまぁ、あの加山って都知事は、本当に人気取りしか能がないんだね。ボクに言わせると、その人気取りも微妙な感じになってるけどね」


「誰かチェックしなかったのでしょうか? さすがに杜撰すぎます」


「東京都はスカウターを持っていないんじゃないの? 確か警視庁は持っていたはずだけど……トウジョウ、警視庁の人はなにも言わないの?」


「言うわけないですし、言っても加山都知事だから聞く耳持たないと思いますよ。あの人はそういう人です。それに今、 東京都と警視庁は対立関係にありますからね」


「東条さん、どうして東京都と警視庁が火花散らしちゃってるの?」


「これも、警視庁から特区警察が独立したことから端を発しています」





 シンガポールから帰国してから数日後。

 俺たちが 珍しくテレビを見ていたのは、 冒険者に関するニュースをやっていたからだ。

  シンガポールの事件で、ハグレモンスターは必ずダンジョン付近から発生するという法則が崩れ、世界中がハグレモンスターにどう対応すべきなのか大騒ぎになっていた時、突如東京が『高レベルの冒険者たちを専属にするので安全だ』と、海外からも多くのメディアを呼んで記者会見した。

 あの加山都知事が一番目立つところで自信満々に発表しているので、 誰が見ても人気取りなのは明白だけど、その会見の画像を見た俺たちは驚きを隠せないでいた。

 なんと、 東京都が専属契約を結んだという高レベルの冒険者たちだが、あきらかに公表されているレベルよりも圧倒的に低かったのだ。

  彼らは自分たちの高レベルの証として手の平を見せていたが、 俺はテレビの画面越しでも数字に細工がしてあることをすぐに見抜いた。

 というか、別の高度な鑑定スキルを用いなくても、スカウターで直接見ればレベルなんてすぐにわかる話なんだけど、東京都の職員は確認しなかったのだろうか?

 もし彼らのインチキがバレると、加山都知事の支持率は上がるどころか地の底に落ちていくと思うのだけど……。

 俺たちがこの質問を東条さんにぶつけると、彼はこんなくだらない茶番劇が発生した理由を教えてくれた。


「警視庁から特区警察が完全に分離して、ハグレモンスターへの対処も特区と東京都に分裂しました。もし都内でハグレモンスターが出現して手に負えなかった場合、警視庁から特区警察に連絡がいくので問題ないと言われていますが……」


「そうでもないと?」


「イザベラさん、それに合わせるかのように警視庁はかなりの予算をかけ、対ハグレモンスター対策用の特別部隊を編成したんです。自衛隊の装備改変で放出された火器や、試作品の魔銃、魔火器まで装備していて、誰が見ても軍隊だろうというほどの重装備ぶりです。警視庁は、滅多なことでは特区警察にハグレモンンスターの対処を任せたくないのでしょうね」


「プライド……縄張り意識ですか……。イギリスでもよくあるお話ですけど……」


 分離した特区警察になるべく頼りたくないがゆえに、警視庁が対ハグレモンスター対策を誤る可能性がある。

 自分たちだけでなんとかしようとして、強いハグレモンスターに蹂躙されてしまうかもしれないのだ。

 都内でハグレモンスターの処置を誤ると大きな損害と犠牲が出てしまうので、それに備えて東京都も冒険者の確保に乗り出したってことかな?


「普通そこは、警視庁と協力するところなんだけど……」


 東京都まで独自に動いてしまったら、ハグレモンスターに対するリソースが警視庁と分散してしまい、対ハグレモンスター対策を誤ってしまうかもしれないのに……。

 これぞまさに、縦割り行政の弊害……お山の大将を気取りたいお役人は一定数いるものなんだな。


「たとえ非効率になっても、自分が、自分の派閥が、自分の組織が主導権を取りたいのが人間ですからね。警視庁も、東京都が勝手に冒険者たちを抱え込んだことに怒っていますけど、私から言わせれば目クソ鼻クソですよ」


「で、東京都は高レベル冒険者を専属にできたと思って大喜びして記者会見まで開いたけど、彼らは偽物ときたものだ。最近海外でも、レベルを偽る冒険者っているけどね。勿論、冒険者特性がないのにあると偽る人もね」


 実際、タトゥーシールのようなものが出回っていて、しかもかなり精巧な作りらしい。

 それを手の平に張って自分は冒険者だと偽り、優越感に浸るぐらいならいいけど、 脅迫や詐欺に使う人たちが社会問題化しているとか。

 もしくは、自分は冒険者だと偽って女性を騙す結婚詐欺師なんかもいるとニュースでやってたな。

 

「テレビの映像越しだけど、東京都の冒険者たちは二桁レベルだろうな。百の位をそのタトゥーシールで誤魔化している。数字の色合いに差があるからよくわかる」


「リョウジ君はさすがだね。ボクたちではわからないよ」


「それもレベルアップの効果ってことで」


 レベルアップの影響だろう。

 視力が上がって、テレビの画面越しでも彼らが手の平のレベル表示を誤魔化していることに気がついたのだから。


「良二様、レベル二桁では、強いハグレモンスターと戦ったらすぐに殺されてしまいます。この事実は伝えた方がよろしいのでは?」


 綾乃は優しいから、東京都専属の冒険者たちがレベルを誤魔化していることを東京都に伝えた方がいいと思っているようだ。

 逆に東条さんは、静かに首を横に振っていたけど。


「加山都知事は知らないですけど、間違いなく東京都の職員たちはとっくに気がついていると思いますよ」


「そこまでわかっていても、加山都知事に事実を伝えないのですか?」


「決して伝えないですし、伝えても無駄だからです。彼女は自分に気に入らないことが耳に入るとすぐに激昂してしまいますし、そのせいで左遷された人もいるので、彼女にはなにも言わない方が安全だって思っているんです」


「でも、もしその事実が公になったら、もっと大変になると思うけど……」


「リンダさん、確かにダンジョンから遠く離れた場所でハグレモンスターが出現しましたが、それはまだシンガポールの一例のみ。東京都は、都内にハグレモンスターが出現する確率が非常に低いと見ているのです。それなら、加山都知事の肝入りで専属とした彼らが冒険者特性を持っていないわけではないですし、たとえお飾りで都民たちが安心するのなら、それでいいと思ったのでしょう。どうせ加山都知事に事実を伝えたところでヒステリーを起こされるだけですから」


「救いがないわね。カヤマって人は」


「昔からあんなですよ。よく世間で彼女がやらかした時、彼女の後ろにいる黒幕、 フィクサーみたいな存在を口にする人がいるんですけど、その実態は彼女がその場のウケしか狙っていないので、あとで大変なことになるとわかっているのに押し通してしまう、が正解です。みんな、彼女のことを買い被りすぎです」


  レベルを誤魔化した冒険者たちを専属にするなと、彼女に忠告する職務に忠実な職員ほど悲惨なことになるのだから、なにも言うわけがないのか。

 どうせもしなにか問題が発生した場合、責任を背負わされるのは都知事である加山のオバさんだからな。


「問題は、これからどのくらいの頻度でダンジョン付近ではない場所にハグレモンスターが出現するかね。もし出現したら、警視庁は手柄目当てに無茶をするかもしれないし、カヤマが自慢げに紹介した専属冒険者たちは詐欺師。 困ったものね」


「本当だよ」


「でも、それで被害を受けるのはなんに罪もない都民なのよねぇ……」


 リンダはアメリカ合衆国大統領の孫だから、プライドを満たすことと組織の拡大にしか興味はない警視庁と、支持率にしか興味がない加山都知事に危うさを感じているのだろう。


「ですが、リンダさん。その加山都知事を選挙で選んだのは都民です。 民主主義とは、 代表者を選び損ねた不利益を甘んじて受けるしかないと私は思いますけどね。痛い目を見たからこそ、次は間違えないでしょうから」


「トウジョウはリアリストね」


「これでも警察OBなので」


 東条さんは警察庁にいた頃、 バカな政治家の尻拭いを散々してきたのだろう。

 だから、そんな政治家を選んでしまった都民を冷ややかに見ているのかも。


「本当に、都内にハグレモンスターが出現するかわからないけど、 そうなったらそうなったで臨機応変に動くさ」


 もし特区警察に要請が入るようなハグレモンスターが出現した場合、東京都専属の 冒険者たちを戦わせたところで死人が増えるだけだ。

  その前に彼らは確実に逃げ出してしまうだろうが、 むしろそっちの方が死人が出なくていいかも。

 その後、彼らは間違いなく大批判されて社会的に死ぬが、 それは自分を偽ったせいなので仕方がないだろう。


「さあてと……」


「リョウジさん、どちらへ?」


「このところ、いつ対ハグレモンスター対策で呼び出されるかわからないので、 世界中に一瞬で『テレポート』できるよう、場所を覚える作業をしているんだよ。 特に都内は急いだ方がいいかもしれない」


「しかしリョウジ君は律儀だねぇ」


「人が死なないに越したことがないからさ」


 向こうの世界で、俺は多くの人の死を見てきたし、人間に手をかけたことすらある。

 いわゆる支配者層にいる人たちがバカな決定をした理由が、実は案外くだらないことだったなんて経験してきた。

 警視庁や加山のオバさんに恨まれる可能性があるが、それは今更なので俺は俺で好きにやらせてもらおう。

 それに、 俺の取り越し苦労で終わるかもしれないのだから。

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