第160話 シンガポール近海にて、ハグレモンスターが出現しました

「もうすぐシンガポールに到着だな。上陸したらなにを食べようかな?」




 日本を出てからおよそ半月。

 俺が乗船している大型タンカーは、目的地であるシンガポールまであと少しのところまで辿り着いた。

 定時の見張りをしているが、今回も異常ナシ。

 シンガポールに到着して積み荷の魔液を降ろしたら、数日間はお休みだ。

 観光、グルメ、現地の美人とアバンチュール……は、これまで一度もそうなったことがないので望み薄か……。

 このところ、我々日本の船員は大忙しでボーナスもタップリ出ているから、現地のグルメを堪能することにしよう。

 両親にお土産でも買って帰るかな。


「しかしながら、さすがにもうそろそろ纏まった休みが欲しいな。それも日本で」


 ダンジョン出現により、世界中の油田、ガス田が消えた影響で、最初我々タンカー船員たちは仕事がなくなって大変だった。

 クビは切られなかったけど、各種手当が消えて大幅な収入減になってしまったからだ。

 運ぶものがなくなってしまったのだから仕方がなかったが、あの時は辛かった。

 だがそれからすぐ、ダンジョンでモンスターから獲れる魔石を微細に砕き、純水に混ぜた魔液がエネルギーになることが判明して、我々は一気に忙しくなった。

 日本はとてもダンジョンが多く、世界一の魔石産出国となったからだ。

 さらに、高度な魔液の製造技術も持っていた。

 魔液ってのは、ようは魔石を砕いて水に混ぜるだけで作れるんだが、魔石を微細に砕かないと、魔石の塊が沈殿して無駄が出る。

 いかに魔石を微細に砕くかという技術で、日本が世界でもトップクラスの実力を持つそうだ。

 砕いた魔石に混ぜる水にしたって、水に不純物が多いと、火力と燃費に大きな差が出てしまう。

 純水を作る技術にも日本は優れており、そもそも日本は水が豊富なので、純水を作る工場も増えていると聞く。

 そうでなくても、タンクや内燃機関の重要部品をミスリルメッキしなければ、化石燃料の数十分の一の燃費になってしまうのだから、魔液を作る技術力の差はバカにできない。

 結果、日本で魔液を作り、それをタンカーで外国に輸出するケースが増え続けている。

 魔液の製造技術がなかったり低い国は、日本から輸入する魔液の代金として、自国のダンジョンで産出した魔石を支払うくらいなのだから。

 このグローバルな時代に、まさか国家間で物々交換するとは思わなかったよ。

 そんなわけで、日本の船員たちは忙しい。

 会社が補助用のゴーレムを導入したが、それでも船員が足りないので、大々的に募集して訓練しているそうだが、彼らが一人前になるまで時間がかかるので、しばらく我々は忙しいままだろう。


「シンガポールで束の間の休日を……あれ?」


 すでにシンガポールの陸地が見えてきたところで、俺は海面になにかを発見した。

 実は船員なんてしているとよく見かける、サメのヒレらしきものなんだが、よく見るとおかしな点があった。


「なんか異常に大きくないか?」


 海面から見えるサメのヒレの高さと長さが尋常ではなかったのだ。

 そもそも、操舵室にいる俺からも確認できるって、よほど大きなサメである証拠だろう。


『二時の方向、シンガポールの陸地と本船の間に巨大なサメを発見!』


 当然だが、甲板上前方にいる見張りからも、巨大サメ発見の通信が入る。

 相変わらず海面にはヒレしか見えないが、これまでの経験から推測するに、サメの全長は百メートルを超えている可能性があった。


「こちらでも確認している。デカイ……。これはハグレモンスターかもしれないぞ!」


「船長、大丈夫でしょうか?」


 このところ定期的に、ダンジョンの外にもモンスターが出現するようになった。

 これをハグレモンスターと呼び、世界中で問題となっているが、日本には優秀な冒険者が多いのでなんとかなっていると聞く。

 ハグレモンスターが出現したら、すぐに近くにいる警察官か冒険者が種類とおおよその強さを警察に報告。

 現場に近い、そのハグレモンスターを倒せるであろう冒険者に討伐命令が出るシステムを、冒険者特区の飯能総区長が整備したそうだ。

 ただ日本はそれでいいとして、問題はシンガポールのハグレモンスター対処能力だ。


「そういえば、シンガポールのハグレモンスター対処能力ってどうなんです?」


「高い」


「へえ、高いんですね。確かシンガポールって、ダンジョンが一つしかないって聞くのに……」


 今の世界、ダンジョンがない、少ない国は不利になってしまう。

 シンガポールは色々と大変だと思うのだ。


「それでもシンガポールは、アジアの国際金融センターだからな。金があるから、優れた冒険者を確保しやすいのさ」


「ですが、冒険者ってのはダンジョンがないと金が稼げませんよ。シンガポールのダンジョンは階層が低いって聞きます。ハグレモンスターに対処するため、シンガポールに滞在する冒険者は少ないのでは?」


「ああ、それなら大丈夫だ。シンガポールに住居を置いている冒険者たちは、普段は周辺の国のダンジョンで活動しているから」


 ああ、そういうことか。

 昔から節税のためにシンガポールに住む富裕層は多かったが、冒険者も同じだと。

 ただ今の日本も、全国に百ヵ所以上の冒険者特区を抱えているから、そこに住めばシンガポールやドバイとそう変わらないと聞く。

 となると、シンガポールに住居を置いている冒険者は、日本の冒険者よりも格下だろう。

 となると、いまだ全貌があきらかでない巨大ザメに太刀打ちできるのだろうか?

 などと思っていたら、シンガポールから飛んでくる人影を複数確認できた。

 魔法で飛んで来れるということは、かなり優れた魔法使いのはず。


「……」


「船長、これで安心ですね」


 シンガポールでも指折りの冒険者たちなら、巨大なサメにも対抗できるはずだ。

 彼らは早速、上空から魔法を放って攻撃を開始した。

 冒険者から放たれた巨大な火球が、ヒレの下にある海面下の本体に命中して爆発する。

 その時に発生した熱が、艦橋正面に張られた強化ガラスにまで伝って、ビリビリと音を立てた。


「魔法って凄いですね。あれなら、巨大ザメもイチコロだ」


「……」


「船長?」


「どうやら全然効いてないみたいだぞ」


 連続して巨大な火球が体に命中、爆発したにも関わらず、巨大ザメは悠々と海を泳いでいた。

 あれだけの火球を連続して食らったのに、ダメージを受けているように見えないなんて……。


「この船、大丈夫でしょうか?」


 シンガポール向けの魔液を大量に積み込んでいるため、巨大ザメに沈められるとシンガポールの魔液供給に大きな支障があるからだ。

 私たちの命だって危ない。


「まずは大丈夫そうだな。どうやらあの巨大ザメは、この船よりも大量の魔液を備蓄している海沿いの貯蔵センターを目指しているようだそ」


「駄目だ! 倒せる気がしない!」


「あっちは、魔液の貯蔵施設がある方向だぞ! どうにか止めないと!」


 巨大サメに冒険者たちの魔法が効かなかったことで同僚たちが大騒ぎしているが、我々にはどうにもできない。

 何発火球を食らってもなんともなさそうな巨大ザメが、シンガポールの魔液貯蔵施設を目指していることに冒険者たちも気がついたようで、かなり焦っているように見える。


「どうするんでしょう?」


「さあな」


「さあなって……」


「どのみち、魔液の貯蔵施設の次はこの船が狙われる可能性が高い。反転して逃げ出すか?」


「そんなことをしたら、シンガポールへの到着が遅れてしまいますよ」


「このままシンガポールに到着すると、次はこのタンカーが巨大ザメの次の餌食になるんだよ。本社に通信して判断を仰ぐか」


「船長! 本社から通信です!」


 とそこに、通信士が艦橋に駆け込んできた。


「どんな内容だ?」


「シンガポール政府は、自国でのハグレモンスター討伐を断念し、日本の冒険者に一任するとのことです。このタンカーはハグレモンスターが討伐されてからシンガポールに入港するようにと」


「随分と自信があるんだな。その日本の冒険者も、本社も、日本政府も」


「みたいですね」


「誰が来るんだ?」


 冒険者の中には、魔法で瞬時に目的地に辿り着ける者もいるとか。

 たがその数は非常に少なく、到着までに時間がかかるような冒険者なら、討伐を頼むわけがない。

 この条件に当てはまる冒険者は少ないので、余計に気になってしまった。


「古谷良二だったりして」


「まさかな」

 

 確かに彼ならその条件に合致するが、忙しいだろうからな。


「他の冒険者だろう」


「ですよねぇ」


 なんて思っていたら、突然巨大ザメの上空に人が出現した。

 よく見ると、なんとその人物は古谷良二だった。

 動画で何度も見ているから、間違えようがない。


「本物の古谷良二だ。どうやって戦うんだろう?」


 なんて考えている間に、彼は大きな剣を構えると、そのまま真下にいるであろう巨大ザメのヒレに向けて突進を開始。

 そのまま水面に突入した直後、巨大な水柱があがった。


「どうなった?」


 普通の人間なら、水面衝突時点でよくて大怪我、悪くて即死だと思うが、そこは冒険者。

 死んでいるわけはなく、数秒後、海面に大量の血が浮かびあがってくる。

 続いて巨大な物体も海面に浮かびあがってきて、そのお腹を海面上に晒した。


「倒したのか?」


 私の疑問に答えるかの如く、古谷良二はまるで手品にように海面に浮かんだ巨大サメの死骸を消し去ってしまった。

 確か魔法の袋と同じ仕組みの魔法で、アイテムボックスというスキルだとか。

 魔液の輸送にも使えたらいいのだけど、アイテムボックスを使える冒険者が少なく、その容量にも個人差があり、そもそも冒険者がダンジョン潜らないと運ぶ魔液すら生産できないため、物資の輸送には使いにくいそうだ。

 そのおかげで我々船員が失業する心配はないので、それでいいのだろうけど。


『こちらシンガポール政府、無事にハグレモンスターは倒され、安全を確認しました。待機していたすべての船の入港を許可します』


 それからすぐ、シンガポール政府から通信がきた。

 無事にはハグレモンスターが倒されたので、入港許可が出たのだ。


「日本に引き返すことにならないでよかったですね」


「それ以上に、ハグレモンスターにタンカーを撃沈されなくてよかった」


「本当ですね」


 現時点で、魔液で動くタンカーを作れるのは日本だけ……正確には経済的な燃費で動く機関を搭載したものか……だから一隻でも沈められると損失が大きい。

 現在、世界各地で日本の船が海賊に狙わる事件も多発しており、今では自衛隊の艦艇がマラッカ海峡などで海賊の取り締まりをしているくらいだからな。

 この件でまた野党が、自衛隊の海外出動は憲法違反だと騒いでいるが、背に腹は変えられないというか。

 タンカーが海賊に奪われると、魔液と電気代が高騰する原因になってしまうのと、別に戦争をしているわけではないので、世論は自衛隊艦艇の海外活動に好意的な意見が多かった。


「では、シンガポールに入港しようか」


 タンカーが無事にシンガポールに入港できてホっとしながら、タンカーに搭載した魔液の積み下ろし作業や、船のチェックなどを終え、船室で受信できるようになったテレビをつけると、シンガポール政府はハグレモンスターを討伐した古谷良二を政府主催のパーティーに招待し、勲章を授与、これかもシンガポールの冒険者たちが討伐できないハグレモンスターの討伐を彼が担当することにはったという発表をしていた。


「他国の冒険者にハグレモンスターの討伐を任せるのか……。シンガポールは大丈夫なのかな?」


「大丈夫とは?」


「あっ、船長。船を降りなかったんですか?」


 船長に声をかけられたが、どうやら彼はシンガポールに上陸する予定はないようだ。


「シンガポール中が、ハグレモンスターを倒した古谷良二の功績を称えて大騒ぎしてるからな。日本人が町中を歩くと面倒が多い。シンガポールは極めて効率的な国だ。古谷良二はシンガポールに野心などなく、ハグレモンスターの討伐を仕事として引き受けた。ただそれだけのことさ」


「いやあ、シンガポールの軍隊や冒険者が怒らないのかなって……」


「怒っている奴もいるだろうが、そいつのくだらないプライドのせいで国土に被害が出たら損だって、シンガポール政府は合理的に考えられるのさ。だから発展している」


「もし日本だったら、どうなんでしょうね?」


「少なくとも今のところは、それを考える必要はなさそうだがな。なにしろ、日本には古谷良二がいるわけだし」


「ですが、古谷良二は一人じゃないですか。病気になったりとか、なんらかのトラブルでハグレモンスターに対処できないかも」


「日本の場合、質の高い冒険者が多いからな。よっぽどのハグレモンスターが出現しないと、彼に用事はないさ」


「よっぽどのハグレモンスターが出現しないことを祈りますよ」


「それについては同意見だな」


 数日後、やはりシンガポールで魅力的な美女とのアバンチュールはかなったけど、休養を終えて日本に出発する。

 タンカーは帰りも、シンガポールや周辺国のダンジョンで産出した魔石を大量に積んでいる。

 古谷良二はシンガポール政府主催のパーティーに参加すると、それから数日間、シンガポール政府の招待で観光を楽しんでいたようだ。

 それを終えると魔法を使って日本に戻ったようで、彼があげた動画には、ダンジョンの女神たちとシンガポールを観光する様子が流されていた。


『定番ですが、マーライオンでーーーす!』


 古谷良二と、ダンジョンの女神たち、そしてゲストだというビルメスト王国の女王陛下が、楽しそうにマーライオンパークを散歩している動画が流れた。

 独り身である私にとっては大変つらい光景だ。

 それにしても、彼はモテて羨ましいな。


「リョウジ君、一緒に写真を撮ろうよ」


「一人ずつ順番にツーショットがいいです」


「アヤノの意見に賛成!」


「リョウジ、はい、チーズ」


 マーラインを背に、順番に美少女たちと記念撮影をする古谷良二。

 まさに彼は、ハーレムを形成したイスラムの王みたいだな。

 もっとも彼女たちを除くと、まったくと言っていいほど女性の噂は聞かないけど。

 たまに彼との交際や結婚を宣言する女性もいるが、これまですべて嘘であり、古谷良二が雇っている弁護士から法的な処置を受けて悲しい結末を迎えることが多かった。

 彼と結婚すれば世界一の資産家の奥さんになれるから、気持ちがわからないでもないけど、さすがに嘘はダメだろう。


「リョウジさん、次は動物園に行きましょう」


「ナイトサファリも是非観たいところだね。あれはいいものだから」


「良二様、ガーデンズ・バイ・ザ・ベイもいいところですよ」


「イザベラとホンファと綾乃は、シンガポールに来たことがあるんだ」


「一度だけ観光で来たことがありますわ」


「ボクもそうだね。実は親戚も住んでいるんだよ」


「私も観光で一度だけですけど」


「俺が海外に旅行したのって、 冒険者になってからだからなぁ。他にも色々と回りましょう」


 その後も、シンガポールの中心都市を眺めることのできる観覧車シンガポール・フライヤーに乗ったり、マリーナベイ・サンズの屋上にある展望台サンズスカイパークの眺めを楽しみ、オーチャードで買い物を楽しんだり、 サルタンモスクやリトルインディアで異国情緒を楽しんだりと。

 まるで旅系動画配信者のようになっているが、ダンジョンの女神たちや、世界で唯一動画配信者となったビルメスト王国の女王陛下とのコラボだったので、恐ろしい視聴数を稼いでいた。


「はあ……羨ましい……」


 ただのモテない船員からしたら、ダンジョンの女神たちと、たまたま外遊でシンガポールを訪れていたというビルメスト王国の女王陛下と楽しそうに観光をする古谷良二に嫉妬したくなるが、じゃあ彼の真似ができるのかと言われると……だな。


「婚活でも始めようかなぁ」


 俺には冒険者特性もないし、インフルエンサーにもなれそうにないので、身の丈に合った幸せを探すとするか。

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